キリト「ぬぉぉぉぉぉ、りゃあああああああ」
ユリエール「な……なんだか、すみません、任せっぱなしで……」
アスナ「いえ、あれはもう病気ですから……。やらせときゃいいんですよ」
グラント「お前が言うな」
マソップ「お前が言うな」
ハルキ「お前らも言うな」
2024年、11月1日。はじまりの街、解放戦。
その戦いの火蓋が切って落とされてから幾ばくかの時間が経過し、ちょうど正午を過ぎたあたりの事である。
街のあちこちで北海いくら率いるレジスタンスを始め多くの一般プレイヤーが蜂起している中で、その戦場の内の一つ、西四区の大通りにて突如として戦闘に乱入した一人の剣士に、軍と反乱勢力の両陣営が一瞬の硬直に囚われていた。
(……さて。参る、とは言ったものの)
黒鉄宮への潜入から、宮内の兵士達の外への追い出しまでを一通りやり遂げ、漸くアインクラッド解放軍に反旗を翻したレジスタンス達の元に合流したハルキだったが。
彼女には目の前の徴税部隊を制圧する事とは別にもう一つ、しなければならない事があった。
『ハルくん、ちょっと良いかい』
『ああ。……どうした、そんな神妙な顔して』
『うん、えっとだね。
ハルくんは今回の件についてどう思うかなって。つまりだね、その……誰がこれを引き起こしているかって意味でなんだけど』
『誰って……アインクラッド解放軍が過ぎた専横を行ってきたってグラントも言ってたじゃないか。だから今の軍のリーダーが元凶だって考えるのが妥当だろうな』
『そうなんだけどね。俺たちが知ってる二十五層から流れてきた軍……つまりALSのリーダーはキバオウはんだったけど、今の軍のリーダーにはどうやらシンカーって言う別人が就任してるらしいんだよね。キバオウはんはどうやら副リーダーに落ち着いてるらしくて』
『シンカー……! 俺がはじまりの街を出て少し経ってから、物資や情報を街中に均等に分配するべく立ち上げられたっていう、あのギルドMTDのリーダーか! 軍がここにやって来てからは完全に組織ごと吸収されたって聞いてたけど……あれ?
シンカーが、今の軍の横暴を許すわけないんじゃないのか?』
『そういうこと。
恐らく軍の内部で派閥が分かれてるんじゃないかなって思う。加えて、キバオウはんだって一時は攻略組のリーダーをやってた人間だし、そんな無為に人を傷つけるような真似をするとも考えにくい』
『おい、訳がわからなくなって来たぞ。今のグラントの話じゃ、つまり今の腐敗を招いた大元が、誰もいなくなっちまったじゃないか?』
『うん。だから多分、軍の内部には、はじまりの街を荒廃させようとしていた人間は、そもそも居なかったんだよ。
ハルくん、心して聞いてほしい。
黒幕が、別にいるんだ。それも、君がまだここにいた、本当にデスゲーム開始の頃からはじまりの街の治安悪化を目論んでいたって考えると……相当手練れの犯罪者プレイヤーが、キバオウさんやその一派を手懐けたって可能性が高い。
俺達少し前に、そういうレベルのレッドプレイヤーに遭遇したよね』
『……それって』
『うん。恐らく……あいつだ』
(軍の連中を相手にしながら、黒幕を見つけろってか)
デルフィニウムを八相の構えで構えながら、ハルキはごくりと唾を飲み込んだ。もしあの時のグラントが言った事が本当に正しければ、今この場においてもあいつに命を狙われている危険性がある。はじまりの街の腐敗という目論見が外れ始めている現状は向こうにとっても面白くないはずなのだ。
「……いいぜ、上等だ」
まずは大暴れだ。ハルキはあれこれ考えるのをやめた。ひとまずここで戦況を大きく動かせば、相手も何か手を打たざるを得ないはずだ。軍にその方策がなくとも、黒幕がいるのであれば必ず仕掛けてくる。
その時が、勝負だ。
「ぜ、全員、突撃っ……!!」
先ほどまでは大人数が相手だったが、今は目の前の剣士一人である。ただでさえ強力なこのプレイヤーを、他の反乱プレイヤー達が我にかえって攻撃を再開しないうちに退けてしまった方が良いに決まっているのだ。
そんな決死の覚悟のもと、直前の彼女の一太刀を見てやや気後れしながらも……部隊のリーダーと思われる男のその号令を受けて、総勢二十名近くの兵士がハルキに殺到した。
「おっ。いーもん持ってるじゃん」
「な……何っ!?」
だが文字通り一番槍となった軍のプレイヤーが、その得物である両手槍をライトエフェクトで光らせて彼女に突き出した時。彼にとって、いやその場のプレイヤー全員にとって信じられない事が起きた。
「ソードスキルを……手で掴まえた……!?」
これが片手直剣や両手剣ならそんな事は不可能だ、なぜならそれらは持ち手以外の全ての部位に攻撃判定が付いているからである。
ただし刃が矛先にしか付いていない両手槍は、ライトエフェクトこそ槍全体が纏うもののその攻撃判定も切っ先のみであった。ハルキは槍の一突きを剣で弾きざまにその胴金を掴むと、ぐいと自分側に引き寄せながら男の腹に蹴りを入れたのである。
今や攻略組の面々と比べても遜色のないレベルの高さを誇っているハルキの一撃である。当然足蹴にされたその兵士は背後の同僚達をいくらか巻き込みながら、後方に吹っ飛んでいく。
それだけではない。剣を鞘にしまいながらハルキは間髪入れずに、彼から奪い取った両手槍を大きく振り回したのだ。想定外のそのリーチの広さに、反応できなかった軍のプレイヤー達が一斉に薙ぎ払われ宙を舞った。
「ソードアート・オンラインって言うけどさ。短剣とか槍まであるんだもんなぁ。
ま、俺にとっちゃ好都合だけど」
ダン、と地面に槍の底部、石突を地面に突き立てて、仁王立ちでハルキはたじろぐ軍の兵士達を睥睨した。その超然とした姿は、相手のみならず味方にさえ戦慄を呼び起こした。
前に彼女がグラントに言った事だが、元々ハルキの得手とする武術は、刀のみならず多くの武器を使いこなす事で真価を発揮するのである。よって薙刀術や槍術の様な長棒を扱うすべも、ハルキにはお手の物なのだ。
「かっ……格が、違いすぎる……!!」
「ひ、怯むな! 相手はたった一人だぞ!?
大人数で一度にかかればこっちのものだ! 行くぞ!!」
だが敵もそのままおいそれと逃げるわけにはいかない。今度はきちんと陣形を組んだのか、誰か一人が先んじるような事なしに、複数のプレイヤーが一度に彼女に斬りかかった。
ハルキは両手槍を左脇に抱えると必要最小限の動きでそれらを回避して、今度はアイテムストレージから前も使ったスマートタガーを取り出し、右手に逆手で持つ。そのまま目の前の二人のプレイヤーの間に半歩すれ違うようにして踏み込むと……右のプレイヤーを短剣で、左のプレイヤーを抱えた両手槍で、反時計回りに回転するように斬り払った。
そして直後に、今まさにこちらに突っ込もうとしていた別の兵士の眉間に短剣を投げつけると、ハルキはなんとその場で後方に宙返りをし、その途中で地面に槍を突き立てることでその距離を稼がながら……叫んだ。
「トミィ、今だ!!」
次の瞬間、数秒前までハルキが立ち回り、今は彼女に攻撃しようと軍のプレイヤー達が踏み込んだその場所で……まるで爆撃を受けたかのような大爆発が巻き起こった。
「こ、今度は一体……!?」
前列の味方が壊滅したのを見て、部隊のリーダー格の男が焦りに焦った余裕のない声を上げる。だがその答えは自陣ではなく、相手の剣士の視線を追う事で判明した。
「助かるよ! 流石の投擲だな!」
『(*^^)v』
見ると、ハルキの少し後ろの建物の屋根に、一人のプレイヤーが何かを指で弾いた後のような格好をして立っていた。その全身は鎧で覆われており、表情も窺えないが、休む事もなく再び何か力を溜めるような動作を行う彼からは並々ならぬ決意が感じられ、部隊は慌ただしく陣形を変えざるを得なくなる。
「タンク隊、前に出て防御! 他の者は後ろへ下がれ!!」
だが、今度は先程のような何かしらの手段を使った遠隔攻撃は行われないようだった。何せ、その全身鎧男、トミィはあろう事か……両手を広げて、屋根から通りに向かって飛び降りたのである。
「よし、任せろ!」
そして今度はハルキが動く番であった。
仲間のその行動に反応して、彼女は持っていた両手槍をその場で大きく回転させ、まるで野球のノックのように落下してきたトミィに合わせて振ったのである。
未だに彼女達の行動の真意が掴めずにその場で防御を固める軍のプレイヤーを他所に、トミィはやってきた両手槍の腹の辺りに空中で足を乗せた。その瞬間にその両足がライトエフェクトを纏う。その時のトミィの全身の動きは、グラント帝国のメンバーなら誰もが知っている……「疾走」スキル発動のモーションである。
「ぶっとべぇぇぇっ!!」
『(╬•᷅д•᷄╬)』
トミィもハルキ程ではないとはいえ、ギルメンとして共に戦い、その経験値を共有してきた身である。そのレベルは当然軍のメンバーを凌駕している。
そんなプレイヤーが、速度制限を受ける程の重装備で、弾丸の様に飛んで来たのである。いくら軍のタンク隊が四、五人集まったところでどうこうできる代物ではなかった。
レジスタンスのリーダーであり、一部始終をトミィと反対側の屋根から見守っていた北海いくらは、その連携攻撃の効果の絶大さを思い知った。まるでボーリングのピンのように放射線状に弾け飛んでいった兵士の殆どが、建物の壁や側壁に何度もぶつかった後にようやく地面で落ち着いて……そして、殆どの面々がその場で蹲ってしまったのだ。
「お、お前たち……しっかりしろ! ここで屈してどうする!!」
だが、そんな中でも軍のメンバーであるというプライドが少しは残っていたプレイヤー達が一人、また一人と立ち上がる。彼らには、ここで戦う事を放棄してしまっては永久に主導権を取られてしまうという直感があったのだ。
「○%$☆#▲!!」
そんな彼らに、唐突に奇妙な声がかけられた。思わず後ずさって身構える彼らが見たのは、金髪大柄のおおよそアジア系とは思えない身なりのプレイヤーだった。
「な、何だ貴様は!! 軍に逆らうとは生意気だ……っ!?」
「※&○%■☆♭!! △#?%◎&@□!?」
二年近くはまるで聞いていなかった外国語である。ただでさえそのガタイの大きさは一種恐怖を呼び起こすというのに、言葉まで通じず、加えてそんな彼に鬼気迫る形相でメイスを振り上げられてしまっては、彼らも面子もプライドも捨てて発狂するしかなかったのだった。
「う……うわぁぁぁぁっ!!??」
「やめろぉぉぉっっ! わ、分かったから!!」
「よし、みんな!! 今だぁっ!!」
恐れ慄いてその場で逃げ回る軍の兵士を追いかけるオルス。それを見て好機と判断したハルキが、周りの味方達に声を張り上げると……これまでの彼女達の快進撃を見守っていた多くの反乱プレイヤー達が、一斉に声を上げたのだ。
ハルキ達がいればきっと……軍の部隊たちを制圧して、このはじまりの街に自由をもたらす事が出来る。そう、その場にいた誰もが確信した瞬間だった。
「ホッカ飯倉さん。ここは俺に任せて、みんなを連れて早く他の場所に行ってやってくれ。オルスも、向こうにすっ飛んでいったトミィを援護してくれ。
俺は……やる事があるんだ。すぐに行くから」
そのハルキの言葉は少々不可解なものであった。今この動乱の時において、軍と戦う以外にする事があるのだろうか。北海いくらもはて、と首を傾げて、屋根越しにその「純傑」と呼ばれる剣士に目を向けた。
だが、彼女の瞳からはどこか腹を決めたような意志を感じて……彼は多くを聞かずに頷き、目下の窓からこちらを見守っていた人々に合図を出す。するとレジスタンスをはじめとした実に多くの一般プレイヤーが、建物の扉から通りに姿を現した。
「分かりました。これでも私だってレジスタンスのリーダーです。軍の連中に目に物を見せてやりますよ」
そう言うと、北海いくらも屋根から街路樹を介して、軽い身のこなしで地上に降り立った。そして少し申し訳なさそうな顔をするハルキに向かって拳を突き出す。
「ハルキさん。……無茶は禁物ですからね」
「ああ。ありがとう」
その言葉を最後に、その細身の男は踵を返すと、号令を掛けて仲間達と共に、通りの奥へと進撃していった。オルスも一度ハルキに手をひらつかせると彼らの後を追ってゆく。
―――しばらくすると先程までは戦場だったその市街地は、未だに恐怖から抜け出せない軍の兵士達を除いて誰も居なくなり、SAO内で最も人口の多い街の一区とは思えない静けさが辺りを覆い尽くしていた。
だが、ハルキは知っていた。少し前から、彼女達を音も立てずに観察する、何かしらの存在がそこに隠れていることを。
「出てこいよ。索敵スキルなんて無くたって、そんなシロウト同然の隠れ方じゃバレバレだぞ」
戦っていれば黒幕がいつか姿を現すという、ハルキの初めの予測は結果として正しかったと言える。
彼女がそう言って暫くその場で立ち尽くしていると、やがてのろりと……先程反乱プレイヤー達が飛び出してきた建物と建物の隙間の道から、一人の男が姿を見せたのである。
冷静になれ。ハルキは自分に言い聞かせた。ここで逆上してしまっては、向こうの思う壺だ。怒りに任せて剣を振っては駄目なんだ。
(力を貸してくれよ、グラント)
ハルキは両手槍を足元に置くと、愛剣を右手に実体化させて男に向き合った。
「……前はやってくれたな。PoH」
「おっ、パイセン乙。成果はあったんだぜ?」
「いや……やっぱりここにはシンカーさんとやらは居ないみたいだ。最悪どこかで麻痺させられてるくらいの事は想定してたんだけど……」
さて、舞台は変わってここは黒鉄宮のキバオウの部屋である。
前線にてハルキ達が奮戦している一方で、グラントとマソップは未だにこの、はじまりの街最大の建物に留まっていた。
いや、厳密にはマソップがここで街の各所での戦局を確認している一方で、グラントは別の何かをしていた様であるが。
「ねーマソップ嬢、君にもシンカーさんが何処にいるか分からないのかい? 黒鉄宮にある隠し部屋とか、知らない?」
「流石にここの構造に関してはベータテスターのパイセンの方が詳しいと思われ。ワイの出る幕ではないぜよ」
そう、現在のアインクラッド解放軍のリーダーであるシンカーを探していたのである。ハルキや北海いくらから彼が良心的な人間であった事を聞き及んでいたグラントは、それならば軍が強硬派一色となった現在の彼の立場は如何にと思い当たり、この混乱に乗じてシンカー達を救出、および彼らと交渉が出来れば……と考えていたのだが。
「明らかにおかしいよこれ……仮にも軍のリーダーともあろう人が、こんな非常事態に何の指示も下さず影も形もないなんて……」
「生命の碑は確認したんだぜ?」
「うむ、まだ生きてるみたいではあるけど……」
「となれば、考えられる要因は一つだぜ。
そのシンカーニキは、今この街にはいない……パイセンがさっきキバオウニキにやったのと同じようなことを、誰かがやったんじゃね」
グラントがキバオウにした事、つまりは他の場所への放逐である。もしシンカーを邪魔に思った人間―――まずキバオウと見て間違い無いのだが―――が、彼を回廊結晶にてどこかへ転移させたとしたら。
「やっぱり、そんな犯罪紛いのネタを吹き込む奴が、この街のどこかにいると思っていた方が良さそうだなぁ……」
「パイセン、今日のお前が言うなスレはここですか」
マソップのツッコミもごもっともであるが、グラントは意に介さず彼女に確認を取る。
「マソップ嬢、現状ってどうなってる? なんか大きな動きはなかったかい?」
「ほいきた、ぐぶぐぶぐぶ……おっ、どうやら西九区で反乱プレイヤー側が大勝利だって。引き続き他の戦場の応援に向かってるらしいぜよ。オルスとトミィも向かってるって」
「ちょっと待った」
グラントはその報告に一つだけ違和感を覚えた。
基本的にこんな状況なのだ、彼のギルメン達が起こす行動としては、それぞれバラバラになって各戦場に参戦するか、むしろ全員一丸になって一つずつ戦場をのしていくかのどちらかである。
だが、今のマソップの最後の言葉は、ここを出たあの三人が、少なくとも二人と一人に分かれた事を意味していた。
その真意を……この世界において最も長い付き合いである剣士の思惑を悟ったグラントは、マソップに一言声をかけて部屋の大扉に向かって駆け出した。
「ごめんマソップ嬢、行かないと」
「おっ、どした。死亡フラグか?」
「そうなんない様に祈っといてよ。ハルくんは」
グラントは眼下に広がる街並みを廊下の窓から見下ろして、一人続けた。
「ハルくんは、俺を呼んでるんだ。早く気づいて、来てくれって」
(part3へ続く)