SAO (シールドアート・オンライン)   作:ニモ船長

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マソップ「ナウなヤングと朝までフィーバー」

オルス「死語っスね。いやマジで」




マソップ「2024年」
 


第二十四話 英雄達のダンシングトゥナイト

 

 

 「……解せぬ」

 

 

 アインクラッド解放軍の解散が、リーダーであるシンカーによって宣言された、その日の夜。

 はじまりの街では、遂に悲願の自由を手にした現地プレイヤー達によって、その吉事を祝わんと街全体を巻き込んだ祝勝会が開かれていた。NPCの露店は相変わらずの平常運転だったが、その周りでは多くの人々が解放感を満喫するかの様に、飲み物を持っては歌い、踊っている。

 

 

 「……解せぬ」

 

 

 せっかく無視して状況描写をしていたというに。空気の読めないやつである。

 仕方ない、こちらも説明しよう。もちろんその台詞を口にしているのは例の短髪男である。

 彼は今中央市場の喧騒の中で建物の壁にもたれながら独りごちていた。グラントのアインクラッド解放軍転覆作戦が大きな問題が起きる事もなく成功したと言うのに、その場は軍の解散を断行したシンカーとレジスタンスを率いた北海いくらがやたら賞賛されて……肝心の彼はなんかほったらかしなのである。

 

 

 「ふむむ……せっかくこれを機にグラント帝国の名声を一段と高めようと思ってたのに……解せぬぞ……」

 

 「あ、こんなところにいたんですね、グラントさん」

 

 

 そんな残念男の元に、朗らかな笑顔と共にやってくるプレイヤー二人がいた。前述の理由により先程まで歓喜の渦の中心で、乾杯の音頭を取っていたシンカーと北海いくらである。

 

 

 「グラントさん、今回は本当にお世話になりました。街のみんなを奮い立たせて、戦ってくれたと…彼から聞きましたよ」

 

 「私からもお礼を言わせて下さい、グラントさん。

 レベリングもままならなかった私たちレジスタンスをここまで導いてくれて……本当にありがとうございました」

 

 「い、いやぁ……それほどでは……あるんだけど」

 

 

 素直にお礼を言われてしまってはグラントもただただ照れるのみである。しっかりと自画自賛は忘れないけれど。

 

 

 「そんで、お前さん達。軍がなくなっちまったけど、これからの展望とかあるんかい?」

 

 「そうですね……解散だけして全て投げ出すのは無責任ですからね。

 改めてもっと平和な互助組織を作りますよ。一部のプレイヤーのみが実権を持つやり方ではなくて、この街に住むプレイヤー一人一人が参加できる様な、ギルドに囚われない方法を模索するつもりです。この北海いくらさんも、引き続き私の手伝いを引き受けてくれるそうなので……」

 

 

 おお、流石は元ギルドMTDのリーダーである。まだその詳細は定まっていないとはいえ、既に大まかな指針を考案し始めているあたり根っからの慈善家なのだろう。あの剣士と馬が合いそうである。

 

 

 「そこでなのですが、グラントさん」

 

 「うむ?」

 

 

 話を切り出したのは北海いくらの方であった。まるで何かを頼み込もうとしている彼のその様子に、拗ねてるだけだったグラントも微かに眉を上げる。

 

 

 「グラントさん達のギルド……えっと、てんじょうてん……げ?」

 

 「てんか、ね。二度と間違えるんじゃねぇでげす」

 

 

 てんげ、なんだけどね。後で大恥かくパターンだぞ。

 

 

 「……とにかく、グラントさんのギルドの皆さんにも、少しの間だけで良いのでこの街に残って頂けないでしょうか?

 私達のこれからのやり方を見つけるまで……もし宜しければ、色々とアドバイスを頂けないかと」

 

 

 これはグラントにとって、予想外の提案であった。はじまりの街を高レベルプレイヤーの暴挙から解放するという当初の目的は、ここの一大組織をぶっ潰して、目の前のシンカー達により良い組織を再編するという確約を取り付けた時点で、ある程度完遂したと言えるわけであり。その具体的な話に自分達がどれだけ貢献できるかというのは、また別問題であると思うのだが。

 そう考えるとグラント、結構無責任である。まあ悪い事をしたとは言わないけど。

 

 

 「それになぁ……ハルくんはともかく、どーせ俺の事なんてみんな覚えてないだろうから、俺達が主導したところでなぁ……」

 

 「あれ、知らないんですか」

 

 

 それに驚いた様に言葉を返したのがシンカーである。首を傾けるグラントに、彼は続けて衝撃の事実を告白する。

 

 

 「グラントさんは今回の騒動の立役者であり、にっくきキバオウを下したうえに誰も犠牲を出さなかったという事で、今やこの街じゃちょっとした人気者ですよ」

 

 「……ほぇ?」

 

 

 何たる事だ。やはりSAO民は少々頭が足りんのかもしれん。こんなおバカ残念男に賛辞を送るなんぞ正気の沙汰ではない。お前ら人間じゃねぇ。

 

 

 「まあ、ですけどグラントさんの持っていたあの凄い盾にみんな気を取られてたみたいで、どなたがグラントさんか殆どの人が知らないみたいですが」

 

 「アッチャァァ!! あの盾出さなきゃヨカッタノネ!?」

 

 

 思わず大マジでずるっとずっこけた短髪男。ちょっとこれは同情しちゃいそうだ。どうりで誰も彼に声を掛けない筈だ、つまり今現在「グラント」というプレイヤーは、はじまりの街を救った……しかしその姿を見たものは誰もいない謎の救世主として認知されている訳である。

 

 

 「いや、それはそれで神秘性があっていいのか……? 何か伝説の勇者っぽくていいのか……いや」

 

 

 それではだめだ、グラントは切り捨てた。彼がなりたいのは勇者などではないのだ。そんなものはあの黒んぼがやればいい。

 

 

 「……でも、もちろんグラントさん達にもご都合があることは重々承知しておりますので……」

 

 「いや、その話乗った!」

 

 

 と言うわけで、グラントは速攻で掌を返した。ここでちゃんと顔ごと売り込んでおかないとマジで忘れ去られてしまう。それは彼にとってはごめんである。

 短髪男のその様子に、対する二人も顔を見合わせると、ホッと安心した様な表情を見せた。

 

 

 「ありがたい……これからも、是非とも宜しくお願いします!」

 

 「上層でしか手に入らない素材等、何かあればどしどし依頼させて頂きますので……いや、その時は私もお付き合いします!」

 

 「但し! 一つ条件が」

 

 

 だが、その盾男は二人の挨拶に笑顔で応えると見せかけて、ちゃっかり条件を提示するようである。その言葉にシンカーと北海いくらは、目を点にして動きをピタリと止める。

 

 

 「いやー、実はっすね、俺たち……ここに来た理由が、もう一つあるんすよー」

 

 「もう一つの、理由ですか」

 

 「そう」

 

 

 どうやらグラントはそれに彼らを協力させる魂胆らしい。一体どんな目的があってこの街に来たと言うのだろうか。もしかして今までの中でそれっぽい事をなんか言ってただろうか。

 だが、それはすぐにグラントの口から明かされ……そして何となく、彼のその要件の内容を全力でバカにしてたこっちが、本気で申し訳ない気持ちになるのであった。

 

 

 「ちょっとね、手伝って欲しいんですよ。可愛いうちのメンバーの頼みでしてね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まさか、キリトとアスナまでこっちに来てたとはなぁ……」

 

 「それはこっちのセリフだよハルるん。私達が地下迷宮ダンジョンでシンカーさんを探している間に、こんな大規模なクーデターが行われていたなんて……」

 

 「一応俺たちも昨日からこの街に居たんだけどな。全然気がつかなかったよ」

 

 

 さて、こっちはハルキとキリアスコンビである。この三人の絡みが多い今日この頃である。

 中央市場の目立たなーい端っこで拗ねてたグラントとは違って、こっちは大通り沿いにあるNPCレストランの、屋外席での一幕である。

 

 

 「じゃあ、俺達が地上で軍の連中に一泡吹かせてる間に、キリトとアスナがシンカーを見つけ出してくれてたってことか。

 なるほど……それであのタイミングで、あの人達が転移門から出てきたのか……」

 

 

 一応経緯を記しておこっか。

 まずシンカーを邪魔に思ったキバオウが彼を地下迷宮ダンジョンに放逐し、その数日後である本日の朝にキリトとアスナがユリエールの先導ではじまりの街の地下ダンジョンに彼を捜索しに行って。

 すぐ後に今度はグラントがキバオウをトールバーナに追放した事で街全体でクーデターが勃発。その後帰ってきたトゲ頭と盾男のデュエルが中断されたタイミングで、キリト達がシンカーを救出、助け出された彼とユリエールによって、軍の解散が宣言された……というわけである。

 つまりはグラント達とキリト達のそれぞれの行動が、無作為の内に軍の崩壊という一つの結末にそれぞれ繋がっていたという顛末であり、当事者たる場の三人はその奇妙な因果にただ驚くのみだった。

 

 

 「それにしても、今回は本当におめでとう、ハルキ。

 君の人を想う気持ちが、この街全体を動かしたんだな、おめでとう」

 

 

 そう言うと、キリトはNPCウェイトレスが持ってきていたドリンクを右手に持って、ハルキの方へ掲げた。それに合わせてアスナも自身の飲み物をその隣に寄せる。

 

 

 「レベルを上げて、先に進むだけが正しい事だって、昔の私は思ってたけれど。

 でも今日ハルるんがやった事は、他の誰にも出来ない……あなたにしか出来ない素晴らしいものだったと思うな」

 

 

 ハルキは何とも照れ臭くなってしまい、自身もカップを持って二人のそれに控えめにコツンと当てながら、ぼそぼそと呟く。

 

 

 「い、いや……俺はただ、剣を振る事しか能がないからさ。

 俺なんかより……あいつらの方がすごいよ」

 

 「あいつら?」

 

 「もしかして、グラントさん達の事? ハルるん」

 

 

 二人は顔を見合わせた後に、こちらにそれぞれ尋ねてくる。ハルキは苦笑いして、頷いた。

 

 

 「……俺は、ずっと自分と向き合うのが怖くて。ここに来るのに、二年近くもかけちまった。がむしゃらにこの世界を生き抜こうとして。見当違いの無茶もしてさ。

 でも、あいつが……ギルドのみんなが背中を押してくれたから、これからは心残りなく生きていく事が出来ると思うんだ。これからは胸を張って……グラント達とも、心から笑って馬鹿やれると思うんだ」

 

 

 話の節々で、カップの中身にちびちびと口づけながら、ハルキはそう言葉を続けた。

 

 

 「だからさ。これからは……俺も、ちゃんと前を向いていこうかなって。

 攻略組、目指してみるよ。グラント達にも相談してみる。まあ、俺一人でも加わるつもりだけど、あいつの事だから、きっとみんなで行く事になると思う。……どうかな?」

 

 

 それは、あの三層での一件以来、一度もフロアボス討伐に参加していなかったハルキからは想像もつかない言葉であり、聞き手のキリトとアスナも目を丸くしていた。最も現在は休暇中であるものの、いずれは前線に戻らねばならない未来を薄々感じ取っていた二人からすれば、まるで他人事ではなかったのである。

 

 

 「……うん、次のフロアボス攻略は、一緒に行けるといいね」

 

 「ハルキやグラントさんとは、あの時からずっと、またLA争いがしたいって思ってたんだぜ?」

 

 

 それは言わば死地へと赴く戦士達の言葉である筈なのに、どこか穏やかで爽やかな会話だった。まるでこの世界がデスゲームである事を忘れてしまいそうな、そんな安楽な雰囲気であった。

 それがゲームの本質なのかな。ハルキはぼんやりと思う。この世界を創った茅場晶彦は、あの時の転移門広場で言っていたではないか。SAOはすでにただのゲームではなく、もう一つの現実と言うべき存在であると。

 だが、彼はSAOが最早ゲームでないとは一言も言っていない。そこに降り立った旅人には、世界の神秘やカラクリを十二分に満喫する権利があるのだ。それを、飽くなき探究心に任せて行使したい、心の通じる仲間と共に、世界の果てまでも突き進んで行きたい……そのような「ゲーマー」としての本能が、ハルキの中で遂に芽生えつつあったのである。

 

 

 「二人とも、ありがとう……ただ、次のフロアボスはちょっと難しいかもしれないな。この街のみんなの手助けをもう少しだけしたいと思ってるし。

 それに……実は、まだここでやる事があるんだ」

 

 

 しかし。そんな湧き上がる思いを一旦、ハルキは脇に置いた。これまでの自分と決別の時を迎えるには、まだ早い。

 まだ一つだけ、彼女にはやるべき事があった。

 

 

 「人探しをしないといけないんだ。昔、この街に置き去りにした、あの子を……探さないと」

 

 

 

 

 

 

 

 「……はるねーちゃん」

 

 

 

 

 

 

 その懐かしい、風鈴のように軽やかな声音を聞いても、ハルキはすぐにその場を動けなかった。

 

 

 「……え……?」

 

 

 前では、キリトとアスナが、不思議そうにハルキの背後にいる誰かを見つめている。その目線から、その誰かさんはかなり身長の低いプレイヤーのようであった。

 ……いや、そうではなく、年相応の背の高さだったのだが。

 

 

 「……ひさしぶり。げんきだったんだね」

 

 

 ハルキは震える足を踏みしめて、立ち上がった。すぐ後ろに目を向ける勇気がなくて、彼女は一度夜空……ここで上層の底というのは野暮だろう……を見上げて、目をきゅっと瞑り。

 そして、ゆっくりと、息を詰めて振り返った。

 

 

 「……あ……ああ……」

 

 

 目の前に求めていた少女がいるというのに、何故かその表情が窺えない。もしかするとこれは夢なのではないだろうか。

 いや、違う……それは涙だった。視界を覆う涙の震えが、ハルキの視界をぐちゃぐちゃにしていた。

 だが……それでも彼女が一歩前に動くよりも早く。その少女がとん、と軽い足取りで前に出ると、そのままハルキの胸に飛び込んだのだ。

 

 

 「あたし、信じてたよ。はるねーちゃんは、ぜったいに助けにきてくれるって。

 ぜったいに、いろんな人のひーろーになるって」

 

 「……違うよ、ばかだなぁ……俺は、そんな大層な奴じゃ、ないんだ……」

 

 

 ここは現実世界ではない。物体間の接触によって得られる感覚も全て、プログラムによって再現されたものである。

 だが今のハルキにとって、その胸の中にある暖かさは決して偽りではなかった。それこそが、今までの彼女がこの世界で足掻いた証だったのだ。

 

 

 「良かったねぇ。感動の再会、ってね」

 

 

 そして、次の瞬間には、ハルキが恐らくこの世界で一番耳にしたプレイヤーの声が聞こえてきた。背後のキリトとアスナが驚いて、やって来た彼の名を呼ぶ声が聞こえる。

 

 

 「いやー、やり方はハルくんに任せるとは言ったものの、一応北海いくらさんやシンカーさんに聞いてみたんだけどさ。

 簡単な話だったよ。ナーブギアの対象年齢を下回る子供達を保護している教会があってさ。行ってみたら、そこでも探すまでもなくって。

 なんせ、礼拝堂のど真ん中で、ハルくんの自慢話をしてるんだもんなぁ」

 

 

 どうやらキリト達はそのグラントの台詞に思うところがあったようだ、大きく目を見開いて、そのハルキを抱き締める少女を見やった。確かにそう言われてみると彼女は……彼等が昨日の午後から今朝までお邪魔していた、あのサーシャという女性が取り仕切る教会で何度か見知った顔だったのである。

 

 

 「ごめん……俺は、きみを見捨てて……こんなに長い間、放ったらかしにして……」

 

 「いいんだよ。あたしは、はるねーちゃんがここから出られて、うれしかったんだよ。

 きっと、いろんな人と会って、仲よくなって。……それで、好きなひとができたらいいなって、おもってたんだよ」

 

 「なんだよ、偉そうに……」

 

 

 安心と罪悪感の混ざった、複雑で苦しげな表情を浮かべるハルキの頬を、少女は両手で覆って、悪戯っぽく笑いかけた。

 

 

 「はるねーちゃん。……今日はいっしょにねてもいい?

 それでね、いっぱい、色んなこと聞きたいな。はるねーちゃんが、どんなぼうけんをして、どんな人にあってきたか。

 ……だから、またあとで会おうね」

 

 「……え?」

 

 

 そう言い、少女はあっさりハルキの腕から離れると、てくてくと歩いてキリトとアスナの間に入るや否や、二人の背中をどしどしと押しやった。

 そしてらくすくす笑いながらハルキに振り返ると。

 

 

 「ほら、おにいちゃんもおねえちゃんも。はるねーちゃんのじゃましちゃダメ!

 バレバレなんだから。はるねーちゃんは、いまはあの人といっしょにいたいって」

 

 「……んん?」

 

 

 ハルキがその言葉の意味を理解するまでの間に、その少女はキリトとアスナを無理やり引っ張って行ってしまっていた。やがてその意味に気付いた彼女が叫び返す頃には、もうその後ろ姿は通りの人混みに紛れて見えなくなっていた。

 

 

 「ばっ……バレバレたぁ何だぁ! 相変わらずませてんだから、なぁっ……!」

 

 

 なんとも締まりのない文句である。だが仕方もない、念願の再会から立て続けのからかいに、彼女の心も上手くついて行っていないのであった。

 

 

 「あ、えーとね、ハルくん。一応俺もあの子とフレンド登録しておいたから、一緒に宿屋とかどこかで泊まるんなら俺が連絡しておくから」

 

 「うるせぇっ! そういう問題じゃねぇっ!!」

 

 

 これはグラント可哀想である。親切心から言った言葉だったが、まあ明らかにタイミングが悪かったよね。そして思わず怒鳴り返してしまったハルキも、咄嗟のこととはいえ理不尽だったか、と少しは落ち着いた頭で反省する。

 ……いや、今のハルキには心を落ち着かせる事なんて、到底出来そうにはなかったのだが。

 

 

 「……その、ごめん」

 

 「あ、いや……俺は気にしてないよ、うん……」

 

 

 NPCレストランの屋外テーブルの前、周囲では吉事に浮かれた人々が大騒ぎしている中で、二人の間にはなんとも気まずい沈黙が訪れていた。なんとか話を切り出そうとして、ハルキはもごもごと口を開く。

 

 

 「……その、その髪型。似合ってるじゃないか。かなり、さっぱりしたと思うよ」

 

 「あ……そう? 俺は、まあ……前のロングヘアーも気に入ってたんだけど」

 

 「あ、うん……そうだな、いつもはあれでいいんじゃないか?

 でもこういうめでたい時くらい、髪型も清潔にしとけよな」

 

 「な、なるほどね、そりゃそうだ。ウケが悪いのは全くよくないからな、うむ」

 

 

 違う、違うんだ。ハルキは口をぎゅっとつぐんだ。そんな事を、目の前の短髪男に言いたかった訳じゃない。

 もっと、色々言いたかったのだ。ここまで一緒についてきてくれた嬉しさ、再びPoHと戦うことになった時の心細さ。キバオウと戦うグラントの変貌に対する疑問、そして。

 そして、そして、なによりも。あの二層での自分の身の上話を受け入れてくれ、再びあの子に引き合わせてくれた事に対する、言葉では言い表し切れないほどの。

 

 

 「は、ハルくん?」

 

 

 気が付けば、彼女はグラントに向かって身を投げ出していた。あまり大きくなくいささか頼りないその身体をひしと抱き締めて、自身の顔を……先程は何とか零すまいと抑えていた、大粒の涙に濡れた顔をその胸の中に埋めていた。

 そして、震える声で、何とかその一言を絞り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 「……ありがとう。

 お前に、お前に会えて良かった」

 

 

 

 

 

 

 それを聞いて、それまで慌てて両手をあわあわと揺らしていたグラントは、ピタリとその動きを止めて。

 ……そうして、少しためらいながらも、その手をやんわりと目の前の女剣士の背中に回した。するとそれに気付いたハルキは、頭をもぞもぞと動かし、右手をグラントの身体から離して目の前に表示されたハラスメントコードを、躊躇なく解除する。

 そうして、ハルキは父親以外で初めて、男の腕の中で泣いたのだった。

 

 

 「……鼻は、かまないでね」

 

 「かむかよ。汚いなぁ」

 

 

 相変わらずのとぼけたグラントの発言に、ハルキは彼を見上げて呆れ笑いを浮かべた。その表情は涙で濡れていても、今までに彼女が見せた事のないくらいに晴れやかで幸せそうな微笑みで、紛いなりにも異性であるグラントは思わずどきりと目を瞬かせる。

 

 

 「今回俺のわがままに付き合ってくれたお礼に、あとで何かおごらせてくれよな」

 

 「おっ、気前良いねぇ。そうだなぁ……でも大体SAOの食事って大して美味しくないからなぁ……料理スキルもあれだし……あっ」

 

 

 なんだかいつものグダグダ会話に戻ってきた事を察知して、仕方がないなとグラントから少し離れたハルキに、しかしその短髪男が一つの提案をする。

 

 

 「じゃあさ、これ。……ちょっと装備してみてよ」

 

 「装備? このタイミングで? って……はぁぁ!?」

 

 

 そして、ハルキはグラントから送られてきたトレード申請を受諾して、新たにストレージに入ったその装備を見て、素っ頓狂な声を上げた。

 

 

 「えーっと、その……ほら、もう無理に男っぽい服装をする事もないんだし。いやあれはあれで気軽なんだろうとは思うけどさ。

 今日はめでたい日なんだから、こういうのも良いんじゃないかってね……?」

 

 

 ハルキは暫くそのグラントの注文に口をぱくつかせて何かしら反駁の言葉を放とうとしていたのだが、続けて彼から述べられたその理由を聞いてからは、怒るに怒れなくなってしまったようで。

 

 

 「いや、まあ嫌だったらまたの機会でも良いんですけど、多分こういうのはハルくん持ってないだろうし、取り敢えずはプレゼントって事で」

 

 

 

 

 

 

 「今回だけ、だからな」

 

 

 

 

 

 

 「………………へ?」

 

 

 まさか了承されるとは思っていなかったグラントは、ハルキのその小さな呟きにすぐに反応できなかった。耳から聞いて、その意味合いをきちんと理解して……そして驚いて彼女を見やるまで、四、五秒はかかった訳だが。

 それは、ハルキが自身の装備を変更するには十分な時間だった。

 

 

 「……これで、いいか?」

 

 

 いいかと言われればそりゃもう、と答えたかったが、グラントにはその瞬間にはそんな余裕はこれっぽっちも存在していなかった。

 彼がハルキに送ったのは、いわゆるフリル付きのドレスである。先日のボスラッシュにて、モンスターのインゴット以外のレアドロップとしてグラントのアイテムストレージに収納されていたそれは、当然ながら男性であるグラントには無用の長物であり。だからといってこんな上品なものをマソップに渡すのはちょっと頂けないなと思った矢先の事だったのである。

 今、グラントの目の前には、先程までの男勝りな女剣士とはまるで同一人物とは思えない、凶悪な程に可憐で淑やかな雰囲気の少女が立っていた。元よりそのドレスはレアリティが高いのも相まって、彼女の美少年とも間違えられる鼻筋の通った美貌と、女性と呼ぶには少々控えめな肢体を最大限に美しく惹き立たせていた。

 だが、ドレスの構造上大きく開かれた背中にちゃっかり愛剣を背負っている辺り、やはりその突然現れた美少女は……あのハルキという事で間違いない様である。

 

 

 「……おい、何とか言ってくれよ……。またいつもみたいに、なんかちがうってさ」

 

 

 その口調も普段と変わっていないので、深窓の令嬢を思わせる外見とのギャップが甚だしい。グラントも一瞬奇妙な気持ちになるが……慌てて気分を持ち直すと、観念した様に言った。

 

 

 「あのね。俺そんな見境なくそれ言ってる訳じゃないからな。

 ……すごく似合ってると思うよ。綺麗じゃん」

 

 「……あいつらには、言わないでくれよ」

 

 

 ぶっちゃけ二人とも、色々と熱に浮かされているのである。この作品が始まって以来類を見ない甘酸っぱい展開の中で、しかしお互いに小っ恥ずかしさが限界を突破した様だった。それぞれ散々泳がせてた目がついに合ってしまい、彼らは堪らずその場から歩き出した。

 

 

 「それじゃ、行こっかハルくん。この後、転移門広場で街のbgmに合わせて舞踏会だってよ」

 

 「ちょっ!? おまっ、踊る気か!? いくら俺でも流石にこんな格好じゃ無理だって! 大体西洋舞踊は専門外だ!」

 

 「ほほう? じゃあ日本舞踊なら出来るの? ちょうどいいや、向こうからトミィ氏達もやって来るみたいだし、ハルくんの踊りをみんなで見る事にしようかなー。これギルクエね」

 

 「このおバカ落武者男がぁぁ!! っていうかみんな今は来ないでくれよぉぉ!!」

 

 『(〃ω〃)』

 

 「%△#?%◎……!!」

 

 「なっ……ハルキニキがハルキチュワァァンになってる……だと……!?」

 

 

 

 

 

 

 因みにこの後困りに困ったハルキは、錯乱気味に転移門広場のど真ん中で歌舞伎踊りをおっ始め……流石に事態を重く見たグラントによって必死に止められたそうである。

 

 

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