SAO (シールドアート・オンライン)   作:ニモ船長

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「お、おお。いいぞ、生活に疲れた農家の主婦っぽい」

「……それ、褒めてるの?」



グラント「自分がその主婦の夫だってこの男、気付いているのだろうか……」
マソップ「私が死んでも代わりはいるもの……」


第二十六話 MaCHoP

 

 「それで、話ってのはなんだねシンカーさん」

 

 

 アインクラッド攻略組筆頭であり、後のキリトに「防御の鬼」とまで称される男、ヒースクリフがお忍びでグラントの下にやって来た、その翌日。

 グラント帝国のメンバーは、今日まではじまりの街の統治に尽力していた筈のシンカーや北海いくらに、急遽呼び出されることになった。ここは第一層はじまりの街中央に位置する、黒鉄宮の大ホールである。

 

 

 「まさか、街の子供達と街路樹の果実で投げ合い合戦やったことがバレたのか……? いや、あの時ぶちまけた果汁は全部、遊びに来たシリカチュワァァンのピナが舐め回し尽くしたから残ってるはずがないし……あ、じゃああれか、最近友達になったプレイヤー達とトミィ氏の溶岩石のかけらを大量に使って、アルゴと一緒に二層の底まで人間ロケットした事が」

 

 「お前ホッカ飯倉や俺があくせく働いてた時に何してんの」

 

 

 考えが思わず声に出てしまっていたグラント、さっそくハルくんのドギツい視線に晒されている。人間ロケットはちょっと、成功したのか知りたいような気もする。

 実際のところ、この数日間のグラントの役目は、いわゆるシンカーや北海いくらの専属アドバイザーの様なもので、言ってしまうなら彼は暇だったのである。そりゃそうだ、何だかんだ一度は大規模ギルドのリーダーを務めていたシンカーに今更グラントが口を出す事なんぞ皆無に等しい訳であり。彼は知る由もないが、そもそもシンカー等によるこの地での残留要請自体が、せっかく街を救ってくれたその盾男への恩返し的なアレだったりもして、ハルくんはハルくんで実地活動にさっさと出向いてしまうし……何ならこのおバカ落武者男、結構寂しかったのである。

 

 

 「気を落とすことはないっスよ。オレだって、ここ最近は教会のクソガキ共に髪だの髭だのをメチャメチャに引っ張られた挙句に『$▲!#%?◎%』だの『○%×?&@$&』だのって散々暴言を吐かれてただけっスから。いやマジで」

 

 「色々あったのは分かったからクソガキって言わないであげて、オルス氏に言われると何かガチっぽいから。あと、暴言の事はきっと子供たちも自分が何言ってんのか知らないんだと思うよ、うん」

 

 『(´·ω·`)』

 

 

 前も言ったけど、オルスはただでさえエギル並みのガタイにグラディエーター装備と、泣く子も黙る屈強ないで立ちなのである。実際は泣くどころかいじられてたっぽいけど。

 そんな男に、流石に本気じゃあないだろうけどクソガキとか言われたら、大人ですら涙ちょちょ切れそうである。多分『クソガキ』すら相手には何言ってるか伝わらないけど。可哀想。

 ちなみにトミィもヘルメットを外しているのに、オルスがちょっと怖いのか顔文字である。

 

 

 「……いきなり皆さんを呼び出す形になり、申し訳ございませんでした。しかし、今回は極めて深刻な問題だったものですから……」

 

 

 だが、そんなグラント帝国の皆に言葉を選ぶように告げるシンカーの様子は、これから彼が伝える事態が想像以上に悪い何かである事を如実に示していた。それに気付いたグラント達は、それぞれ咳払いしたり姿勢を正したりして真面目な雰囲気を演出した。手遅れである。

 そんな中で唯一始めからまともに彼の言葉を聞こうとしていたハルキが口を開く。

 

 

 「極めて深刻な問題っていうと、このはじまりの街でのって事だよな。一応、一般プレイヤーとしての最低限度の生活を送るだけの物資は殆どの人に既に普及してるとは思うよ。それでも要領が掴めない人には俺が適時サポートしてるし……いや、その顔を見る限りじゃ、そんなせこい話じゃあないみたいだな」

 

 

 まるで落武者男とは対照的な彼女の行動力にその場の全員が舌を巻く思いだったが、それでもシンカーは申し訳なさそうに、そのハルキの言葉に首肯した。

 

 

 「ええ、ここの治政の問題以上に、可及的速やかに対処しなければならない問題です。

 実は、私が閉じ込められていた、あの地下迷宮のダンジョンのエネミーが……飛躍的に強くなっているようなのです」

 

 

 シンカーが閉じ込められていたダンジョンというのは、このアインクラッド第一層はじまりの街のとある場所から入ることの出来る地下迷宮型のダンジョンの事である。

 攻略組による上層の解放に伴ってか人知れずいつの間にか実装されていたその隠しエリアは、軍がまだこの街で横行していた頃は彼らの独占レベリング場だったのだが、実際は内部にてポップするモンスターはそこそこハイレベルな難敵揃いであり。

 現在のトッププレイヤーならともかく、中層プレイヤーに少々毛が生えた程度のレベルでしかない軍のメンバーではレベリングどころか体力を全損させずに逃げ帰るだけで精一杯であり、キリト達がシンカー捜索に向かうまではその全貌もあまり知られていなかったのである。

 

 

 「飛躍的に強くって……ダンジョン内のモンスターが、ある日突然さらに強くなったっていうのか?」

 

 「はい。最前線ですら未だに確認された事のない、極めて特殊な事例だと思われます。

 それに加えて、実はなんと、あの攻略組のヒースクリフさんが偶然ながら先日この街に来ておりまして、彼に例のダンジョンの様子を探ってもらったのですが……。

 どうやら、彼が見てもカーソルが赤に染まる程に、内部のモンスターが強化されているようでして」

 

 「ヒースクリフがこの街に来てたっスか!? マジっスかサインもらいたかったっス、いやマジで。

 リーダーはこの事、知ってたっスか? いやマジで」

 

 「い、いやぁ……知らなかったなぁ」

 

 

 嘘をつけ落武者男。よりによってあの聖騎士男、お前さんのところに乗り込んできてたぢゃあないかい。まあ……あの話の内容を、他の人に安易に話すというのも少々躊躇われるとは思うけど。

 

 

 「そ、それにしても、ヒースクリフのレベルでもヤバイ敵っていうのは只事じゃなさそうだね。今のアインクラッドじゃあ間違いなく、あいつがトップレベルなのはほぼ疑いようがないだろうしなぁ」

 

 「ええ、実は、この街から軍の統括がなくなった後、あのダンジョンに関してはその制限方法がまだ確立していないんですよ。

 もし街の施設の一部だと勘違いした一般プレイヤーが、誤ってあそこに足を踏み入れでもしたら……」

 

 

 ヒースクリフの名が出てきても何とか平静を装っていたグラントだったが、その北海いくらの言葉を聞いて流石に薄ら笑いを浮かべている余裕があまりなさそうである事に気づいたようだった。

 

 

 「あれ? たしか、シンカーさんをたすけるために、まえにキリトさんとアスナさんが探索したんだよね?」

 

 「ええ。ユリエールの話だと、その時は二人の強さがモンスターを遥かに上回っていたそうなのですが……あ、でもですね」

 

 

 戸惑いの声を上げるトミィに、冷静に状況を伝えようとするシンカーだったが、その途中で口をつぐみ、一つ言い忘れていた事を思い出したようだった。

 

 

 「当時私が数日間籠もっていた安全地帯のすぐ周囲を、他のモンスターとは明らかに格の違うモンスターが徘徊していたんです。ユリエール達が助けに来てくれた時も、キリトさんは私とユリエールの二人に先に脱出してくれと、凡そ余裕とは思えない形相で彼女に指示を送った様でして。

 もしかするとそのモンスターが、今回の前兆のようなものだったのかも……」

 

 

 SAOの原作、及びアニメとかを見た事ある人ならご存知でしょう。かのモンスターの名は「ザ・フェイタルサイズ」。主人公のキリト氏ですら撃破を諦めた、彼曰く九十層クラスの強さを持つ死神型トンデモエネミーである。無論グラント達はそんな細かい情報はその時は知り得なかったが、彼らからすればキリトが本気になる相手というだけでも、その脅威の大きさを察するに値したのである。

 

 

 「……何かあるな」

 

 

 重い沈黙を破ったのはハルキだった。

 

 

 「今までに前例がないって事は、逆に言えば向こう……茅場晶彦ら運営側が、何か予想外の事態に見舞われたって考えられないか?

 例えば、その地下迷宮ダンジョンの最下層に、プレイヤーには目撃されるわけにはいかない何かがある、とか」

 

 「もくげきされては、いけないもの?」

 

 

 そのある意味抽象的な彼女の言葉に、トミィが首を傾げた。確かに、今現在SAOの世界を維持しているサーバー他その他の関連設備は、基本的に現実世界に存在するものである。仮想世界から抜け出す術のないプレイヤーに見られて致命的なものが、果たしてこのアインクラッド内に存在するのだろうか。

 

 

 「シンカーさん、あなたがその地下迷宮に閉じ込められていた時、何か今までのアインクラッドに存在するダンジョンと比較して、何か変だったところとか、なかったかな?」

 

 

 ハルくん、本当に成長したなぁ。グラントと出会った頃はゲームの何たるかもさっぱりな音痴くんだったのに、今となっては運営側の腹を探る頭脳派に片足突っ込んでいる。……まあ、それでもツメが甘いのは変わっていないのだけれど。

 そしてその詳細は、次の突然のグラントの言葉で明らかになるのだった。

 

 

 

 

 「……多分今、鍵を握ってるのは君だね。マソップ嬢」

 

 

 

 

 普段と変わらないトーンで、しかしさりげなく突拍子もない事を言い出したグラントに皆の視線が集まり、次の瞬間にそれは全てマソップに向けられる。

 

 

 「……なんでや、ワイは関係ないやろ」

 

 「33ー4。確証はないんだけどね、マソップ嬢この話題になってから一言も発言してないからね。ちょっと気になったとゆーかね。

 どう? 何か、話したい事があるんじゃないのかなー?」

 

 

 確かに。何だかんだで普段はどうでもいいツッコミや一言を必ずねじ込んでくるこの鎖骨prpr女は、しかし今回そのなりを不自然な程に潜めていた。

 

 

 「そうだな、マソップ。何か知っている事があるなら、教えてくれないか……?」

 

 「ハルキニキの鎖骨をprprさせてくれたら」

 

 「それは却下」

 

 「フヒッ」

 

 

 しかし、そう答えた時点でマソップが既になんらかの情報を持っている事は確実である。ハルくんナイス相打ち。

 そしてその事にマソップ本人も、どうやら避けられないものとして認識をしているようだった。常に飄々と(?)している彼女にしては珍しく長いため息を吐くと。

 

 

 「……トップシークレット故、ギルメン以外のプレイヤーの耳に入るのはよろしくないと思われ。

 パイセン、一旦ズムフトに帰るぞい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなマソップの言葉に従い、ここは懐かしの我が家、アインクラッド第三層、ズムフトのギルドルームである。

 

 

 「久しぶりに帰ったな。埃が……って、仮想世界でそんな訳ないか」

 

 「ハルくん案外ひょうきんものだねぇ……ちょ、部屋の中で剣振り回すなかれ!」

 

 『(^^;)』

 

 「変わらないっスねー、いやマジで」

 

 

 別にギャグを狙ったわけではないだろうハルくんの言葉に乗ってしまったものだから、帰宅早々思いっきりとばっちりを受けている阿呆の図である。その光景にこれまでの年月を思い起こしたトミィとオルスが、感慨深げにその様子を見守っていた。

 いやお前たちそんなキャラじゃなかっただろ。

 

 

 「オルス氏、変わらないと言えば大事なのを一人、忘れちゃいませんかい?」

 

 

 ハルキの鞘入りの剣を必死にかわしながらも、そう返答したグラントが指差す先には……確かに、約二年間もの間本当に全く変わる事のなかった光景があった。

 

 

 「ホーム、すいーとほーむ」

 

 

 マソップである。部屋の角で再び自分のシステムウィンドウを弄り出した彼女は、まるでここに来た当初の目的を自分で忘れてしまったかのようであり。その様子にグラントはおろか、ハルキも彼への攻撃の手を止めて、彼女を嗜めようと試みたのだが。

 

 

 「こら、マソップ。希望通りここに来てやったんだから、そろそろ観念して話してくれよ。そうじゃないと俺達もお前の力になれないじゃないか?」

 

 

 

 

 

 「カーディナル」

 

 

 

 

 

 そこで突然、そんなハルキの言葉に重なるように、マソップは突然、語り出したのだった。

 

 

 「このSAOにおいてサービス開始以降、その維持及び運営は現実世界の人の手ではなく、内蔵されている一つの強靭な自立型プログラムによって為されている。カーディナルシステムと呼ばれるそれによって、人力では管理しきれないゲームバランスの調整やバグ潰しを滞りなく実行している」

 

 「ち、ちょっとまって、なんていったの? じりつがた……?」

 

 

 唐突に語り出したその口調は、普段のマソップのものとは似ても似つかぬ、言わば機械的なものであり。思わず声を上げたトミィを始めその場にいた四人が驚いてそれぞれ反応を示す。

 

 

 「されど、その万能のカーディナルにすら扱えないものが、このSAOには存在した。それはプレイヤーの精神性に関連するトラブル……言わば、プレイヤー間によって生じる衝突や、それによる個人の精神状態の悪化。

 それに対して、カーディナルの開発者達は、ナーブギアを利用してプレイヤーの感情をモニタリングし、問題を抱えたプレイヤーのもとへ訪ねてカウンセリングを行う、そんなプログラムを試作し、その行使権をカーディナルに委ねた」

 

 

 「……えっと、マソップ?

 その話が、一体今回の件と何の関係……が」

 

 

 ハルキも察したようである。マソップが今話している事が一層の地下迷宮ダンジョンとは何の因果があるかは分からないが。

 だが、少なくとも今彼女は、自分の隠していた秘密そのものに関して述べているのではなかろうか、ということに。

 

 

 「『Mental Health Counseling Program』と呼ばれるそれらのプログラムは、されどデスゲームの開始にあたってカーディナルにより、その機能を凍結させられた筈だった。

 しかし、数日前……2024年10月30日から2024年11月1日までの三日間の間、機能を停止していた筈のそのプログラムの一部が、何らかのシステムエラーによってアインクラッドのマップを徘徊した形跡があった。

 ワイはそのカウンセリングプログラム……通称MHCPのデータベースと同期して、その足取りを観測した。すると彼女がはじまりの街から地下迷宮のダンジョンに入り、最終的に最深部に存在する安全地帯にて、その存在をエラーと認知したカーディナルによって処分された事が判明した」

 

 「……何で、そんな……プログラムと同期するなんて事が出来るんスか。いやマジで」

 

 

 壁に身体を向けたまま、淡々と経緯を語るマソップに薄寒いものを感じたオルスが恐る恐る尋ねる。するとマソップは、少しの間その凍りつくような沈黙の間を開けた後に、こう答えた。

 

 

 「……ワイも、SAOの製作者たるアーガスの開発スタッフによって作成された、MHCPのひとつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………とでも、思っていたのかぁ?」

 

 

 「えっ」

 

 『(゚o゚;』

 

 「マジっスか。いやマジで」

 

 「知ってた」

 

 

 上からハルキ、トミィ、オルスにグラントである。

 そして唐突に戻ったいつものマソップ。てっきり彼女が実は運営側のプログラムだった! ドヤァ! 的な展開を暗に想定していた他の四人は、そのこちらへ振り返ってめっちゃ憎たらしく顔を下衆く歪ませる鎖骨prpr女に呆気に取られていた。グラント、強がったって駄目だよ。

 

 

 「んなわけないでしょ常考。そもそもMHCPは、プログラムを強制凍結されてるイレギュラー因子なんだぞい。ワイがその一員だったら、こんな長い間大立ち回りしてる時点でカーディナルに気付かれて存在を消されちまうぜ。むしろアインクラッドに表面化しちゃったあの子……Yuiだったっけ、はかなりのレアケースだったって訳で」

 

 「ま……待て待て。じゃあマソップ嬢、お主はどうしてそうやって、Yuiってプログラムの名前とか、運営側しか知り得ない情報をポンポンと手に入れちまう訳さ?」

 

 

 ごもっとも。というかいい加減引っ張りすぎだぞマソップ嬢。そんなグラントの心の叫びのこもった質問に、そのピンク髪の女性プレイヤーは壁に背を向けて彼らに向き直った。

 そして、ついに自分の正体を明かすのだった。

 

 

 

 

 

 

 「ワイは、SAOのゲームマスターである茅場晶彦の、現実世界の恋人にあたる人物…… 神代凛子に属するパーソナルAIにして、SAO開発中にスタッフにそのテクノロジーを提供した、MHCPのプロトタイプにあたる存在なんだぜ。

 茅場っちが今回やらかした事について、愛しのお姉様たる神代博士こと、リンリンの命を受けて……SAO内部からプレイヤーの状態やカーディナルの制御具合を監視し、デスゲーム中断の手掛かりを探す為に一人のプレイヤーとしてこの世界に舞い降りた、言わば内部スパイなんだぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ。なんかえらい事になっちまったなぁ……」

 

 

 さて、それから半日が経過した夕暮れ時の事である。グラント帝国のメンバーは、物資等の準備も兼ねてひとまず今日は久しぶりの我が家で一泊する事にした。シンカー達にはひとまず例の地下迷宮ダンジョンの攻略は必須である事、そしてなるべく早くその部隊を編成する必要がある旨をメッセージで述べ、ようやくひとまずの平穏を得るに至ったのである。

 

 

 「それにしても、マソップ嬢の秘密ってのがあんなに壮大なものだとは思わなかったなぁ。今から考えれば、初めに監獄エリアにいたのも、その後なるべくこのインスタントマップであるギルドルームに引き篭もろうとしたのも、なるべく運営側に存在を感知されないためだったんだなぁ」

 

 「……なるほど。あいつなりに色々考えてたのか」

 

 

 「Yui」という名前のMHCPは消滅する直前に自身の位置情報を残していたらしい。

 その場所である地下迷宮最深部の安全地帯は、そこで彼女が抹消された事を考えても……恐らくSAOで最もカーディナルに接触しやすい場所ではないか、というのが、これまで二年間もの間SAOの様々な要素を観察し記録していたマソップの出した結論だった。

 

 

 「……まあ、その結論自体は俺も少し想像してたんだけどさ。

 だってプレイヤーに茅場晶彦が最も知られたくないものって……そりゃ、ログアウト出来る方法かなって思うし、ってことは多分SAOのシステムに何かしら干渉できる、言わばデバッグルームみたいな場所なんじゃないかなーって」

 

 「……まだまだお前には敵いそうにないよ、グラント」

 

 

 ハルくんがツメが甘いって言ったのはこういう事である。シンカーに詳細を問わずとも、グラント位になればそれくらいの事は自力で察することが出来るのである。

 

 

 「それじゃあ、明日には一層に戻って、有志を募らないとな。被害が出る前に何とかダンジョンの調査をして……で、できればその最深部に何があるかを確認できれば言う事なし、か」

 

 「……うん、そうだね……」

 

 

 先程からグラントとハルキしか喋っていないのは、現在彼ら二人はギルドホームを後にしてズムフトの街に出かけているからである。明日にも始まるだろう例のダンジョン探索は、その要求レベルから困難を極めうるという事で、万全の備えをすべくリーダーとサブリーダーが直々に買い出しを引き受けたのだ。

 只今彼らはストレージを回復系のアイテムとギルメンの為の御馳走で満たした状態で、話しかけるとギルドルームへと連れて行ってくれるNPCの近くで、何となく一息ついていた。ズムフトの大樹をくり抜くような特徴的な構造の端っこ……つまりその巨大樹の枝に存在する展望台は、いつぞやの二層のテラスのように眼下に息を呑むような絶景が広がっていた。

 もちろんあっちは荒野で、こっちは森林だけどね。

 

 

 「ん、なんだよ。なんか乗り気じゃないみたいだな」

 

 「……んえ? 何のことかな? さっぱりワカラナーイ……んー」

 

 

 ハルくんの指摘に、分かりやすく動揺する落武者男。

 戦闘中はあれだけ策士であっても、何だかんだで小心者のグラントは見栄は張れども実は腹の探り合いが苦手である事を、ハルキはこの二年間で熟知している。

 なのでその情けない相棒に向かって、思わず苦笑いを浮かべて。

 

 

 「まあ、無理に聞き出したりはしないけどさ。……そうだな、明日はグラント、ダンジョンの入り口で待機にしておくか?」

 

 「ちょっと待ってそれはそれで捨てられたみたいでやだわー」

 

 

 文句の多いヤツである。せっかくハルくんが気を利かせて問い詰めたりもせずに妥協案を提示してくれたというのに。

 だがそれを聞いていよいよグラントも観念したようだ、ため息混じりに、ぽつりと切り出した。

 

 

 

 「……ねぇ、仮にさ、迷宮の奥で、何かしらログアウトするような方法が見つかったとして。

 そしたら、どうしよっか。やっぱりみんなに公開した方がいいんだろうなぁ……」

 

 

 

 そう、実は今回の件、グラントからすれば色々な意味でリスキーなのだ。

 彼は先日ヒースクリフ……の名を騙る茅場晶彦に、堂々とゲーム乗っ取り宣言をした。そういう意味では、そんなグラントがこのSAOのデバックルームを確保できたとすれば、それは間違いなくGMへの極めて大きな前進に繋がるだろう。

 だがそれと同時に、今度こそデマではなく本当のログアウトスポットが見つかったとなれば……その時はきっと、ゲーム云々の話ではなくなってしまうのだ。デスゲームの開始から二年がたった今でも、多くのプレイヤーがこの世界に馴染んでいるとはいえ……現実世界への帰還が可能になったと知れば、迷わずにこのアインクラッドを捨てる可能性の方が遥かに高いのだから。

 それが人間として、リアルに帰属する生き物として当然の行動である事をグラントも理解はしていた。ただ、ほんの少し……少しだけ、その事が彼の頭の隅をチクチクと突いて燻っているのである。

 そんな事、人に言えないよなぁ。絶対馬鹿にされるし、頭おかしいって思われるよなぁ。

 

 

 

 

 「そうだなぁ……どうしようかな。

 案外、誰にも教えずにそのままにしておくってのもいいかもな」

 

 

 

 

 グラントは隣の相棒の意外な言葉に、一瞬言葉を失った。ハルキは右手で躊躇いがちに頬を掻きながら、続ける。

 

 

 

 

 「みんなには今の内緒だぞ。仮に変な奴って思われたら嫌だし。

 でもさ、俺……この世界の事、そんなに嫌いじゃないから」

 

 

 

 

 ハルキはこの世界で二年間、生きた。

 人知れず悩みを抱えながらも、奇妙な仲間達とこの世界で出来る様々な事を試し尽くして、終いには一つの街の窮状を救って大勢の人々に救いの手を差し伸べた。

 始めは彼女だって、その他多くのプレイヤーと変わらずレベル1のプレイヤーとしてこの世界に降り立ったのだ。そんなハルキがここまでやってのけたのは、間違いなく彼女自身の選択に起因するもので。

 これだけは言える。ハルキは思った。自分の選んだ道に責任を持ち、覚悟を持って選択肢を選んだ上で、全力で生きる。それは間違いなくこの世界が教えてくれた事だ。苦しかったり、迷ったり、辛い事だってあったけれど、それを乗り越える事が出来たのは、この世界だから。この世界で、出会った仲間たちが居てくれたから。

 

 

 「俺はそんなに頭良くないし、実際どうするかはグラントに任せるけどさ。

 でも俺、ここで過ごした事、忘れるつもりはないから。お前がどんな選択をしても、この世界の事は肯定するよ」

 

 

 そう言い切ったハルキに、グラントはごくりと唾を飲んだ。

 現実世界も大概とはいえ、この理不尽なデスゲーム世界でも、こんな風に思う人間が、少なくとも一人は居てくれたのか……そう、このSAOの実際の作り手でもないのにしみじみと感激するような、不思議な気持ちに包まれていたのだ。

 

 

 「……そう、思っている人は、ほかにもいるかな」

 

 「さあな。さっきも言ったけど、よっぽど物好きだって思われるだろうけど」

 

 「もしさ」

 

 

 ギルドマスターがいつになく真剣な表情でサブマスターに向き合った。ハルキもそれを茶々を入れる事なく受け止める。

 

 

 

 「もし、街のみんなに、あるいはアインクラッド全体に、そういう気持ちを伝えるような事になったら……ハルくんは、手伝ってくれるかい」

 

 

 

 それは世界の選択でもあり、人生の選択でもある。この二年間を人生の一部として受け容れるか、はたまた消し去りたい黒歴史として他人に隠し続けるか。

 

 

 「……仕方ないな。やってやるよ。俺は、お前を信じてるからな」

 

 

 あの二層のテラスでの一件以来、彼女が度々見せるようになった柔らかな笑顔が、今日も夕日の暖光と共にグラントの心に焼き付く事となった……。

 

 

 

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