SAO (シールドアート・オンライン)   作:ニモ船長

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「無私の精神はよーくわかった。じゃあお前は戦利品の分配からは除外していいのな」

「いや、そ、それはだなぁ……」



グラント「そうはならんやろ」
キリト「えっ」
エギル「えっ」←


グラント「えっ」


第二十七話 みぎて

 

 

 「ひゃーっははは!!! テメエらもっとマシな攻撃は出来ねえのかワリャァァァァァ!!」

 

 

 出オチである。そう叫んでいるのは勿論我らがグラント。彼の翳す盾の前には、その場にいるどのプレイヤーが確認してもカーソルが真っ赤っかな高位のモンスターが軽く十匹を超える数で群がっている。

 

 

 「……忘れてたよ。あいつ、ガードホリッカーだった」

 

 『(´ε`;)』

 

 

 油断なく構えていた筈の愛剣デルフィニウムを鞘に入れて肩に担いだハルキと、フルフェイスをしてせかせか歩くトミィが続く。

 2024年、11月7日。はじまりの街地下迷宮ダンジョンの攻略を初めて、今日で二日目である。初日は取り敢えず様子見も兼ねて、攻略自体は消極的にしながらも強化されているらしきモンスターへの対抗策を考える目的があったのだが。

 

 

 「いやー、リーダーマジでパネェっスね。いやマジで。ヘイトの取り方と打たれ強さだけならヒースクリフを超えてるんじゃないっスか。いやマジで」

 

 「その言い方だとパイセンただの嫌われ者でワロタ」

 

 

 オルスとマソップも言及しているけど、戦闘も始まってみれば相手の攻撃は案外グラント一人で何とかなってしまい、おまけにこの落武者男調子に乗ってヘイトスキルを連発するから、いまやその場の全モンスターが彼一人をリンチする異常事態になっていた。それでも完全防御するグラントもグラントだが。

 そんなワケで、初日はその盾男をなぶるモンスターをハルキ達が一方的に攻撃するだけで簡単に戦闘が捗ってしまい、有志で集めたはじまりの街のプレイヤー達も最初はあまりのレベル差におっかなびっくりだったのが、終いにはみんな揃ってレベルがあり得ない程上昇して、本人たちも嬉々としてモンスターに突っ込みそうになるほどになってしまいました。流石にそれはヤバいとハルキ達が逐次止めているんだけど。

 そして、今日が二日目。いよいよ、本格的な攻略の開始である。

 

 

 「おーい、グラントー。まだやれそうかー?」

 

 「おう、ハルくん、勇気凛々、元気溌剌だぜ!」

 

 「興味津々、意気揚々っスね。いやマジで」

 

 「やっぱり著作権に触れたいだけじゃね常考」

 

 『(☝ ՞ਊ ՞)☝ピカピ、ピカピ!』

 

 

 何年前のアニメだよ。2024年だぞ。何でトミィとか知ってるんだよ。

 そんなワケで、今ハルキ達の後ろには、ここ二日でバカみたいに上がっていく自分のレベルに狂喜乱舞するプレイヤー達が群がっていた。今もグラントに群がるモンスターが彼女達に倒される事を今か今かと期待しているのが分かる。

 

 

 「……このモンスター達を倒したら、皆に喝入れないと駄目そうだな。こんなたるんだ雰囲気じゃ何かあった時に対処できないぞ」

 

 

 そう言ってモンスターに突っ込んだハルキにオルスが続いてメイスをソードスキルのエフェクトで光らせる。超鈍足トミィは基本的に自分でレベリングが出来ないので二人よりはレベルが低めであり、前衛として出るには不安が残るが……そこは彼お得意の遠隔射撃である。

 そんな様子なので、幾ら八十層クラスだか九十層クラスだかのモンスターでも、時間さえかければ意外にも特に被害を出すこともなくここまでやって来られたのである。マソップの情報によれば、現在目的地である最深部の安全地帯まで折り返し地点を過ぎたのだそう。

 

 

 「なあ、そういえばマソップ。お前、まえに茅場晶彦の恋人……? って人のスパイだって言ってたよな」

 

 「ぐぶぐぶぐぶ、その通りだぜハルキニキ。ワイは茅場晶彦の恋人だった神代凛子博士のパーソナルAIだぜ」

 

 「ねぇ、そのぱーそなるえーあいって、何なの……?」

 

 

 絵面が酷い。モンスターの首に何度も剣の切っ先を叩きこむハルキに、彼女を援護する様にトラップアイテムを撃ちだしまくるトミィ。そしてそんな二人に我関せずで現在位置を確認し、例のMHCPこと「Yui」の残した位置情報と照らし合わせるマソップである。

 

 

 「神代凛子ことリンリンは、茅場っちと同じく東都工業大学重村研究室の出身で、今やVRマシンの研究じゃ第一人者のチョーエリート女なんだぜ。

 でも工学関連の研究や実験には膨大な量の思考演算が必要で、それをこなしながらもあんな口うるさくて先鋭的なリンリンに付いていける人間なんて、まあ滅多にいないってものだったのさ。それこそ茅場っちと研究室長の重村のオッサンくらいのもんじゃね。

 そんなワケで、リンリンはそんな自分の要求水準を満たせるAIを欲しがったってわけ。そしたらリンリンにゾッコンな茅場っちがそれを無駄に高性能に作り上げちまったもんだからねぇ」

 

 「それがマソップってわけか」

 

 

 経緯は凄まじいのに茅場っちとかリンリンとか、人物に対する名称がクッソ適当なせいでシリアスがシリアルになってしまう。茅場晶彦よ、ゾッコンだったんかい。

 

 

 「そしたら茅場っちがトチ狂ってデスゲームおっぱじめちまっただろー? そりゃもう、リンリンは血相を変えて茅場っちの潜伏先を探し当てたんだけど。

 悲しきかな、一時は鉄の女とさえ言われたリンリンも、一度愛した男に手を下せるホド冷酷にはなれなかったの、サ……」

 

 

 神代凛子、熱い風評被害である。チョーエリートだの鉄の女だのと、可哀想である。

 一応誤解を解いてあげると彼女は、研究熱心な一方で不摂生だった茅場晶彦を心配して手料理を振る舞ったり共に外出したりと、口うるさいというよりはかなり良心的な世話焼きである。

 

 

 「結局リンリンは茅場っちを止められずに、彼の行いを実質的に補助する側に回っちまったんだよねー。具体的には、SAOのサーバーがあるアーガス本社にアクセスしてゲームの維持を行ったりしてるんだけど。

 その代わり、リンリンは茅場っちに隠れて、密かに自分のパーソナルAIであるワイをここに送り込んだのだぜ。カーディナルシステムのセキュリティホールを突いて、ナーブギアが無くてもアカウントのみでSAOに潜り込めるようにしたんだから、やっぱリンリンマジ天使だっわー」

 

 「う、うへっへへへ……もっとどんどんこぉい……!」

 

 

 カーディナルシステムを出し抜くってすげぇ、いわゆる脱獄である。もしSAOの発売直後にやってたら、アカウント数とナーブギアの販売台数の差で気付かれてしまいそうなものだけど。デスゲーム化及び茅場のプレイヤー化を逆手に取った妙策である。

 なんか盾男の汚い叫びが混じった気がするが、気のせいである。

 

 

 「じゃあ、マソップは本来のプレイヤーに出来ないような、特殊なコマンドとか操作が出来たりするって事か?」

 

 「な訳ないでしょ常考。それやっちまったらカーディナルに気付かれちまうぜ。

 でも、それを言うならワイ自体が一種の特殊コマンドな訳よ。MHCPと同期したり、位置情報を手に入れたり、他にもSAO中の新聞やデータから情報を抜き取って統計を取ったり、そういうのはSAOの中の不正操作によるモノじゃなくて、ワイ自身が行える機能なのだよ。だから、カーディナルもそこまでは干渉出来ないって算段だぜ」

 

 

 意外と忘れられがちだが、人間の脳と言うもの自体も、コンピューターと比較しても劣らない位に精巧で複雑な生体ネットワークを構築している。なので、このアインクラッドには総勢六万もの超ハイスペックなハードウェアが、その世界の調停者たる茅場やカーディナルの理解の元闊歩している事になる。

 だが、仮想世界というのはその人間たちを総じて「プレイヤー」という制限付きの記号でしか認識できないのだ。そのプレイヤーの正体がマソップの様な高度な情報処理を可能にするAIだったとしても、運営側が人間の思考を遮断出来ないようにマソップ本来の能力を制限することが出来ないのである。

 

 

 「だから、例えば今機能を停止している他のMHCPと交信でもしたら、一発で首ちょんぱだぜ。

 ワイが結局出来る事なんて、せいぜいアインクラッドに表面化したデータを誰よりも速く取り込むくらいのもんさー……んま、だからってプレイヤーにむやみに公開しても速すぎて不自然だし、それをカーディナルに感知される危険もありましたがな。ぐぶぐぶぐぶ。

 そうして、あくまでゲームのルールを壊さない範囲で、このデスゲームが収束する何かしらの手がかりを掴むのが、ワイの真の目的だったんだぜ」

 

 

 ある意味究極の情報屋。それが彼女の正体である。アルゴと仲良くなれそう。多分現時点では余計な誤解を生まないためにあまり接触したがらないとは思うけど。

 そして、そんなマソップがここに来てその目的をギルメンに話したというのは、つまり今こそが、恐らく最もこのデスゲームの核心を突き止める空前絶後のチャンスであるという事になるのだ。

 

 

 「……何と言うか、途方もない話だというか」

 

 

 一連の話を聞き終えたハルキが、グラントに襲い掛かっていた最後の一体を切り捨ててそう零した。どうやら丁度良く戦闘の方も終わりを迎えたようである。後に残ったのは、背後で再びレベルが爆発的に上がってなんか叫んでる愚民どもと、目の前で恍惚とした表情で天を仰いでいる落武者男のみである。

 ……この攻略メンバーで、ほんとに大丈夫か?

 

 

 「…………すぅ」

 

 

 取り敢えず色々と締めるべきものを締めるべく、ハルキは大きく息を吸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それにしても、残念だったねぇ。七十五層のフロアボス戦、今日でしょ?」

 

 「ん、ああ。まあ、すぐに向こうに行くのは無理だと思ってたからさ。気にしてないよ」

 

 

 そう、今日は第七十五層、フロアボス攻略の日である。先日までは思うがままに夫婦生活を満喫していたあの黒いのと白いのも(白いの……?)、今日はヒースクリフに召喚されて前線に赴いている。

 マソップのぶっちゃけ話から小一時間が経過して、グラント達一行はさらに奥に進んでいた。黒いの達がアインクラッドの頂点を目指すべく最上層の最頂点を目指している一方で、このグラント帝国と有志のプレイヤー達が最下層の最深部を目指しているというのは何とも、妙な展開である。

 

 

 「ところでグラント、あれからずっとぶっ続けで盾役やってるけど大丈夫なのか? 盾の耐久値は……まあ、アレとして、スタミナとか……あ、あと状態異常とか掛かったり」

 

 「俺を誰だと思ってるのかなー……とまあ、冗談はさておき。

 まあ、実はさっきからちょくちょく基部を外してるんだけどねぇ」

 

 「……何だって?」

 

 

 おいおい。相手はグラントのレベルを遥かに超えた強敵揃いなんだぞ。それは結構やばいヤツじゃないのか。顔色を変えたハルキに、慌ててグラントは手を振って応える。

 

 

 「あ、いやいや。この盾予想以上に高性能でして。一層で手に入れた強化前の時もそりゃーまぁ凄かったけど、これは予想以上なんだよなぁ。ちょっと防御ミスったくらいじゃ全然ダメージ入らないんだよ」

 

 

 そう言いながら、グラントはこの盾、「ラディウス・バックラー」が完成した際の、リズベットとのやり取りを思い出していた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『……とんでもないのが、出来ちゃったわよ』

 

 『そりゃね。あれだけ払ったんだから、元はとらないとねぇ』

 

 『そんなの幾らあっても足りないレベルよ、これ。

 キリトの剣のメンテナンスしてるから分かるわ。これのプロパティ、今の最前線で要求される能力を遥かに上回ってるわよ。っていうか、そもそも形状がただモノじゃないわね……』

 

 『メッチャ言うじゃん、自分で作ったからって……どれどれ。あっ。……ふーん』

 

 『あんたの盾でしょ。意味深みたいに言わないでよ』

 

 『いやあ、俺だって盾に関してはうるさいけど……こりゃーすごいわ。ヒースクリフの神聖剣に対抗できそうじゃんこれ』

 

 『だから言ってるじゃない。しかも要求ステータスもかなり低いと来てるわ、これならあんたみたいに防御に特化したスタイルのプレイヤーじゃなくても、その場で貸し借りして使えるじゃない』

 

 『まあ、貸しても上手く扱えるかは別問題な気もするけど。丸盾だから基部防御もしやすそうだし、これは俺の時代が来たか……? あれっ』

 

 『今度は一体何だって言うのよ』

 

 『いや、今盾を装備した時、何かヒットポイントバーの横にちらりと……? あ、やっぱり、何か付いたぞ。なになに……あっ。……ふーん』

 

 『あんたいい加減しばくわよ』

 

 『目がマジじゃないっすかリズ姐さん。いやあ、ほら……手の内は簡単に人に明かさないのが……分かった、分かったからメイスやめてん。

 

 

 ……全状態異常、完全耐性ですって』

 

 

 『……は?』

 

 

 

 「……マジかよ」

 

 「マジです」

 

 

 あんまりである。もともと防御技術だけは化け物な盾男だったのに、圧倒的防御力上昇に加えて状態異常無効なんて、これではユニークスキル持ちのあいつらに対抗できてしまいそうである。そんなのグラントじゃねぇ。なんかちがう。

 

 

 「お……お前、お前何だかんだ結局強いんだか弱いんだか分からないところが取り柄だったんじゃないのか!

 露骨に強くなったらそれはもうグラントじゃないだろ!!」

 

 「そうっスよ。それじゃただのテンプレオリ主じゃないっスか! いやマジで」

 

 「アンチ・ヘイトは保険だぜ、ぐぶぐぶぐぶ」

 

 「……なんかみんな揃いに揃ってすっごく失礼だよねぇ」

 

 『( ^ω^ )』

 

 

 今度ばかりはハルキ達色々と謝りなさい。色々。ほんと色々。まあでもグラントが強くっちゃこの話が何と言うか破綻しそうな気がするのはすっごく分かる。実際レベルとかはキリトの方が全然高いだろうし。

 

 

 「まあいいじゃないのー。何だかんだ俺ここまでただの一度も強化イベントなかったんだぜー? ハルくんだって武器に愛着があるって割に結構剣変えてるしー」

 

 「んなっ……!」

 

 

 気付いてしまったかー。よくよく考えると、ハルキはショートソードから始まってスタント・ブランド、そこからソロの一年間でどうせ何回か変えて……今現在はデルフィニウムで落ち着いているというように、武器に愛着ある派な割に、意外と武器強化イベントをこなしているのである。それに対してグラントは今回の盾強化以外、何かあったっけ。

 え? お前オルスのメイスとかトミィのフルアーマーとかマソップとか、どさくさに紛れて装備の変遷に関しては描写サボってるじゃないかって? え? 何の話かな?

 

 

 「それに、強くなるに越した事は無いぜー。シンカーさん達の情報によれば、そろそろ出てくるはずでしょ?

 ……あの黒んぼキリトがしっぽ巻いて逃げたっていう、トンデモエネミーが」

 

 

 そのギルマスの言葉に、さしものハルキ達もハッと表情を引き締める。

 現在キリトのレベルが九十五の大台を易々と突破している事は、先日のはじまりの街解放戦で会った際に彼自身から聞いていた為その場の全員が知っている訳だが、そのキリトが撃退不可能と判断したという事は、単純に計算してしまえば……SAO内におけるレベルの安全マージンが階層プラス十である事を考えると、百五層級クラスという事になる。

 限界を突破しちゃったよ。そこを考慮してキリトは当時「九十層クラス」といったんだろうけど。とにかく、アインクラッド史上最悪の強さと言っても過言ではないエネミーが、近くを徘徊している可能性があるのだ。ある意味隠し裏ボスである。

 

 

 「……そうだな、ここからは最大限、警戒していこう。

 みんな! 絶対に隊列を崩すなよ! 危なくなったら無利しないで、すぐに転移結晶で離脱するんだぞ!」

 

 

 グラント帝国を取り仕切っているのがグラントでも、こういう時に作戦の指揮をとる役目はハルキが担う事が多い様である、それでいいのか落武者男。ともあれ、彼らの強さを軍との戦いの際に思い知っていたその場のプレイヤー達は、彼女のその真剣な掛け声に異を唱えることなく頷き、息を潜めて武器を構えだした。

 

 

 「基本的には俺が前に出て攻撃を防ぐから、ハルくんは隙を見て攻撃を頼むよ。トミィはいつも通り遊撃してちょ。

 オルスは状況を見て前衛とメイスぶん投げ遠隔攻撃と、あと他の皆のカバーをお願いね。マソップは寝てて」

 

 「フヒッ」

 

 

 マソップ可哀想。いや仕方ないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 「あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!

 『ワイはギルマスに寝るよう言いつけられたと思ったら、いつのまにか目的地に着いていた』。

 な……何を言っているのかわからねーと思うが、ワイも何をされたのかわからなかった……」

 

 「それ前に俺が言ったから」

 

 

 別に重複はアウトとかないだろ。心が狭いぞグラント。因みに黒鉄宮の時ですね、ハイ。

 と言うわけで、なんとあれ以降一度も目立った戦闘をせずに、グラント達は最深部に辿り着いてしまったのである。

 

 

 「うーん……偶々すれ違いになったのか……? でも、それにしては上手く出来すぎてるような気もするんだけどな……」

 

 

 てっきり最後の最後、安全地帯への道すがらで大規模な戦闘を繰り広げることになるだろうと思っていたハルキは、あまりの呆気なさにかえって不安を掻き立てられていた。

 グラントやマソップを見習って深読みをしてみるなら……ボスを置いていないという事は、実はやっぱりその場所にはSAOのシステムに入り込める要素なんてなかったのか。あるいは。

 あるいは。

 

 

 「よーし、みんなストップ。こんなにスムーズにここまで来れちゃうとは思わなかったよー。でも奇襲とか心配だから、みんなはここで新たな敵がやってこないか見張っててくれるー?

 ここの安全地帯は、ひとまず俺とマソップが入って探ってみるから」

 

 「いいや、俺もいくぞ」

 

 

 グラントのその言葉に違和感を覚えたハルキは、すかさず名乗り出て、たしなめようとするその盾男に目で訴える。

 なにか隠してるな、と。

 

 

 「……むむ、分かったよ」

 

 

 そこまで思惑を見通されてしまっては、グラントもこれ以上渋るのは不自然になってしまう。仕方なく彼女の同行を認めて、みんなに合図を送った。そして、ついに地下迷宮の最深部である、謎の安全地帯に足を踏み入れた。

 

 

 「腐っても安全地帯だ。ここのモンスターは最前線も凌ぐ強敵ぞろいで、今まではグラントがいたから何とかなっていた。

 なのに、そこに誰も踏み込ませないで、モンスターのリポップする危険地帯に皆を待機させるなんておかしいよ」

 

 

 その小部屋の内部は、別段変わった様子のない、正方形型のドームの様な構造になっていた。黒い壁が基調になっており全体的に明度の低かった今までの迷宮エリアと比較すると、そこは場違いなほどに明るく、壁も床もクリーム色一色で染まっている。

 

 

 「だけど、グラントがそんな判断ミスをするっていうのはあり得ないよな。だから、考えられる選択肢は一つ。

 ……お前、ここがもっとも『危険地帯』だって確信してるな」

 

 「……ほんとに、成長したねぇ、ハルくん」

 

 

 この二年間で、グラント帝国のメンバーでは間違いなく、多くの面において一番実力が伸びたであろう彼女の成長に、グラントも純粋に喜んでいるようだった。

 

 

 「とりあえず、真ん中のアレが怪しいんじゃね」

 

 

 とはマソップの言葉である。安全地帯に踏み込んだ三人の前には、つるつるに磨かれた黒い立方体の石机が設置されている。流石に情報の高速処理が出来る(らしい)彼女にとってもこの場所は初見かつ未知の領域であり、あくまでただのプレイヤーとして認知できるありふれた事しか分からない様である。

 だが、そんなオブジェクトは果たして、今まで数多に存在した安全地帯に一度でも存在しただろうか。

 

 

 「ハルくん、マソップ。一つ、お願いがあるんだよね」

 

 

 その言葉に、二人は真ん中に立つグラントを見やる。目の前の石机に手を置く彼は少し前に立っている為に、そのギルドマスターがどんな表情を浮かべているかが分からなかったけど。

 

 

 

 

 「……しっかり、皆に伝えてみて欲しいな。

 この世界が、皆にとって価値のあるものだったのか、考える様に」

 

 

 

 

 直後。

 ハルキとマソップは、突然自分の前でなにかが炸裂したのを感じた。

 

 

 「……えっ……?」

 

 

 意味不明な事態に頭がついて来ず、思わず呆けてハルキが零したその刹那、今度は凄まじい勢いで後方へと身体が吹き飛んでゆく。

 その視界全体を覆うのは、紫色の六角形を基調とした障壁に、システムウィンドウの発光。

 そしてその更に奥には……その場で立ち尽くしたまま、両手を横に広げるグラントの姿があった。

 

 

 (……『溶岩石のかけら』か!!)

 

 

 トミィから貰ったというそのトラップアイテムで、圏内から上層の底まで人間ロケットをしたというグラント。彼は今度はそれを、このタイミングで後方の二人に向けて指で弾いたのだ。

 

 

 

 「………なんで………なんでだよ!!」

 

 

 

 だが、頭一杯に広がるその疑問は、次の瞬間には明らかになる。

 

 

 

 

 

 

 『やあ、グラント君。やはり、初めにここにやって来るのは君だと思っていたよ』

 

 

 

 

 

 

 それは、SAOの世界に閉じ込められたプレイヤーなら、必ず一度は耳にしている声。

 世界の真実を語った、全ての元凶にして、アインクラッドを統べる神。

 

 

 

 

 

 『だが、もしかするとグラント君の事だから、このダンジョンの仕組みには気付いていたかもしれないね』

 

 

 

 

 

 (このダンジョンの、仕組みだと……!?)

 

 

 直後に、飛ばされた二人は背中から地面に激突し、何度も転がって……その「安全地帯」から出口を跨いで、ダンジョンへと飛び出していた。だが、その安全地帯を離れても響き渡る声に、ハルキは身体ににわかに走る痛みに目もくれず、もう一度そのクリーム色の部屋に入ろうとして。

 そして、そこに突如として現れた「Immortal Object」と名打たれた透明な壁に阻まれる。

 

 

 「………罠、だったんだぜ」

 

 

 自分のすぐ横でいつになく小さな声でそう告げるのは、彼女と共にあの場から強制退場させられた、マソップである。

 

 

 「ど、どういう事ッスか!? いやマジで」

 

 「………わなって、まさか」

 

 

 ざわつくプレイヤー達を取りまとめていたオルスとトミィが彼女達を介抱しようと駆け寄るが、ハルキはその手を振り払って、自分達とはシステム的に隔絶されてしまったグラントを凝視する。

 そして、その目を疑った。

 

 

 

 「部屋が……膨らんでいく……!?」

 

 

 

 ボスの登場と同時に、ダンジョンやボス部屋の様相が変わるというパターン自体は良くあることだ。元々、ここに前にやって来ていたキリト達がかの「ザ・フェイタルサイズ」と戦った際も、部屋の通路の側壁が戦闘開始と同時に夜空のような奇妙な色に変化したものだった。

 だが、ハルキの目の前で、先程までほんの少ししかなかったはずのグラントとの距離が、どう言う訳かどんどん離れていく。彼と、彼の前の石机がまるでレンズの倍率を下げた時のようにみるみる視界の奥へと遠ざかっていくのだ。

 最終的には、その部屋はフロアボスの部屋と同等かそれ以上とも言えるほどの巨大なドームへと様変わりしていたのだった。

 

 

 

 

 

 『冷静に考えてみたまえ。運営側と何かしらのつながりのありそうなこの場所を、GMであるこの私が見落としてそのままにしているなんて、可笑しいと思わなかったのかい。

 このダンジョンはね、グラント君。君をこのゲームから退場させるための、いわば処刑場だったのだよ』

 

 

 

 

 

 

 ソードアート・オンラインをデスゲームと化し。

 しかし、プレイヤー一人一人にフェアに接していた筈の、あの茅場晶彦は。

 今、初めて明確な意思を持って、特定のプレイヤーに向けて殺意を向けたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「知ってたさ」

 

 

 

 

 

 

 だからこそ、グラントはここに来たのである。

 だからこそ、彼はあの場で、ヒースクリフに向けて宣戦布告をしたのである。

 それは神罰との直接対決。誰にも邪魔をされる事なく、一騎打ちによって神を打倒する為の、真のデスゲーム。

 

 

 

 

 『君はプレイヤーとして、この世界を生きるものとして余りある野望を抱いてしまった。

 これは私の信念には極めて反するのだが……だが、プレイヤーがGM権限を行使する、つまりはチーティングをするのを見過ごす製作者が、どこにいるというのかな』

 

 

 

 

 ハルキの脳裏にはあの、ズムフトのテラスでのグラントの姿が思い起こされていた。

 今から思えば、あれは自分に何かを託そうとしていたのではないか。彼がこの二年間行ってきたような、このアインクラッドを果てまで楽しみつくすような、そんな世界への肯定を。

 

 

 

 

 「……ハルくん、みんなを、よろしくね」

 

 

 

 

 そう、障壁を介しては聞こえやしない一言を零したグラントは、刹那に目の前に実体化した一体のモンスター―――デスゲーム開始時に茅場晶彦を名乗るアバターも纏っていた暗赤色のローブの下に深紅の鎧を纏っており、図体こそグラントの四、五倍近くの大きさを誇っているものの……見る人が見れば、あの、ヒースクリフに近い外見をしているそのモンスターと向き合うと。

 

 

 

 

 

 

 その右手をゆらりと翳した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その場にいた全員のプレイヤーが、言葉を失った。

 それはグラントがただ一人、GMたる茅場晶彦に立ち向かったからではなく。

 

 

 

 その右手に、片手直剣を握っていたからである。

 

 

 

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