SAO (シールドアート・オンライン)   作:ニモ船長

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第二十八話 シールドアート・オンライン

 

 「ちょっ……ええ、えええ!?」

 

 

 ハルキは目の前に広がる光景に目を奪われていた。彼女のいる、安全地帯に通じる道からはグラントの様子は見えても、そこに立ち入ろうとすると透明なシステム障壁に阻まれてしまう為にその場で立ち尽くすしかなかったのだが。

 

 

 「お、おい、どういう……まさか、トミィ達は知ってたのかコレ!?」

 

 『工エエェェ(๑̀⚬Д⚬́๑)ェェエエ工‼』

 

 「……マジっすか、いやマジで」

 

 「あー……なんだ、みんなそんな感じだったのか」

 

 「目下の危機がどうでも良くなってて草生えるわww」

 

 

 いいのかそれで。実はこのダンジョンが、アインクラッドにおけるプレイヤーとしての絶対則に離反したグラントに対する大掛かりな罠であった事とか、その彼がギルメン達を置いてたった一人、目の前でSAOの創世者たる茅場晶彦の悪意に立ち向かってる事とか、ぜーんぶうっちゃいかけてるじゃねーか。

 

 

 「いや、だって……あいつ。

 あいつ、剣を扱えるのか……!? 普通に……いや、結構使い慣れてるぞ……!?」

 

 

 確かに、そこへの驚きに関しては、一理どころか十二分に同情できるところではある。今ハルキ達の見る先でグラントは、右手に片手直剣、左手に盾を持って、敵から繰り出される攻撃を盾でいなしつつもその武器をライトエフェクトで光らせて、着実に反撃を重ねていた。

 そりゃまあ、ベータ時代のグラントを知らないハルキ達からしたらびっくりものだろうけど。この男当時は普通に片手直剣使いだったからね。「な☆ん☆か☆ち☆が☆う」とか訳の分からない事言って、SAOの正式サービスが始まってからは装備を控えていただけで。実際、体術スキル習得の際に「バーチカル」放ってたよね。

 つまり、「使わない」だけで、「使えない」とは言っていないと。

 

 

 「……『バーチカル・アーク』に、『レイジスパイク』。単発技及び二連撃までの連続剣を多用している辺り、片手直剣スキルの熟練度はあまり高くないと思われ。せいぜい50以上150以下だと推測されるZOY」

 

 

 なるほど。

 確かに、使えるとは言ってもソードスキルを使うには熟練度を上げておく必要がある訳であって、どうやら今のグラントは片手直剣スキル150以上で使用できる、所謂「スクエア」系の技を取得していない様である。マソップのそんな分析に、ハルキは違和感だらけの現状に頭を振って、再び眼前の戦闘を見やる。

 

 

 「……それに、あの敵……まさか」

 

 

 戦っているグラントは勿論のこと、その彼をずっと見守っているハルキには、そのモンスターの姿に違和感を感じていた。既視感だろうか、彼女は基本的に力を貸したり援助をした低層、中層プレイヤーの顔は間違えなく記憶している筈なのだが、しかしそのわだかまりの正体は彼らではなさそうだ。

 具体的には……見覚えがあるというよりは、聞き覚えがあるというのだろうか。彼女自身が直接その姿を見たわけではないにしても、その余りに有名な姿格好を語り草として誰かから聞いた様な。

 つまりは、最前線クラスの、それも名だたるトッププレイヤーだ。

 

 

 「まさか」

 

 

 ハルキだけではない。その場にいた、グラント帝国のメンバーと彼女等の背後に控えるプレイヤーが、そのモンスターの……そして、そこら一体に響いた先の声の主に、心当たりがあった。

 それは、アインクラッドに生きる人々全員の希望にして、「生ける伝説」の名誉を授かった……たった一人の英雄。

 

 

 

 

 「ヒースクリフが……茅場晶彦……なのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「the Holy Knight of the End」。

 少し意訳すると、「終焉の聖騎士」だろうか。チューニである。

 そのモンスターは、その正体たるヒースクリフのものと同じように、左手には盾、右手には剣と、それぞれ十字の外装が施された装備を身につけ、彼の持つユニークスキル、「神聖剣」になぞられる攻防一体の剣技を繰り出して来た。

 それも、フロアボスサイズの大きさで、である。

 

 

 (ジョーダンキツいよね。いやホントに)

 

 

 その、少し動かすだけでプレイヤーを四、五人は跳ね飛ばせそうな程に巨大な盾が、まるでクリーム色の部屋全体を照らし返す様に光り、その底でグラントを抉る様に突き出される。グラントは知る由もないけれど、それは「ヘイトレッド・シェル」と呼ばれる神聖剣での盾による単発打撃技だったりするのだけれど。

 ただ、それが普通のユニークスキルと違うのは、発動元になっている盾から、グラント目掛けてビームが放たれている事だ。盾から筒ビームって、グラントが前にマソップと駄弁ったアレじゃねーか。やっぱり茅場はチューニだぜ(確信)。

 それに対して、グラントは大きく足を踏み込んで、敢えて前に向かって飛び跳ねながらビームを避けた。そして空中で足を屈めながら、まるでその上に乗るかの様に盾を足の下に入れて。

 

 

 「やっぱ盾って言えばサーフィンだよね」

 

 

 ……なんたる事。

 その様子を見守っていたハルキ達も絶句していたが、只今グラントは、盾をボードにして、その聖騎士の放つビームの上をサーフィンしているのである。

 恐らく、盾で攻撃をガードした際のノックバックを利用しているのだろう。具体的には、重力(に真似たゲームの仕様)で落ちることでビームに盾で触れて、それによって生じるノックバックで再び上方に投げ出されて、落ちてきたところをまた……というサイクルを下に向けている盾の角度を微調整しながら、しかも敵に向かっていくようにノックバックの方向を計算して行っているのである。

 しかしだ。そのビームはあくまで前座、牽制用のものであって、本命は今も刻一刻と迫るライトエフェクトを纏った巨大な十字盾である。グラントはそれと自身がぶつかるギリギリの場所で足元の盾を少し強振して、ビームから大きく離れるようにさらに飛び上がると、今度はその日輪の形状をしたラディウス・バックラーを自身の前に垂直にした状態で構えて……一旦、左手から離した。

 

 

 「『↓タメ↑+k』!!」

 

 

 そして、接触する瞬間に、その右足をライトエフェクトで光らせて、今度はサマーソルトキックの要領で目の前の自分の盾の、基部と思われる場所を後ろから蹴り上げた。そういえばこの男、さっきも言ったけど体術スキルを習得していたんだった。その技の名前は「弦月」だったか。

 盾と盾の激突。なぜそんなことをしたかと言えば多分、後ろから基部を蹴ることで相手の攻撃との接触面を固定する為、そしてその際に生じる衝撃を……蹴り「上げる」事で上方へと受け流す為だろう。

 そんな訳でグラントの盾はダメージを完全にいなし切った後に、そのまま彼自身に蹴り上げられて上へすっ飛んでいった。

 

 

 「ま、まずいッスよ、リーダー!? いやマジで」

 

 「……いや、オルス、ちょっと待て」

 

 

 その様子を見て焦るオルスだったが、ハルキはそれを横で宥める。現在恐らくSAO史上最悪の危機に見舞われているグラントを助けられない事に歯痒く思い焦りながらも……しかし、今のグラントが手放しに盾を放棄したとは思えなかったのである。

 そして、果たしてそのハルキの直感は当たっていた。次の瞬間、グラントはなんとその巨大な光を失った十字盾を、垂直に走って登っていたのである。

 

 

 「『ウォールラン』……マジっスか。いやマジで」

 

 『Σ(゚Д゚)』

 

 

 ウォールランとは、SAO本編及びプログレッシブとかでキリトが愛用していたスキルである。

 とはいえ本編で実際にこれがスキル化するのはアインクラッド編以後の事なのだが、キリト当人は迷宮区の壁を走ってみたり、リズと一緒にドラゴンの巣に落ちた際などに脱出の為に試したりと、SAO内でも純粋な技術として多用していたらしい。

 一応少なからずのプレイヤーにその技術の存在自体は知られていた様で、キリト曰く、当人のテクニックとステータスによってその精度はまちまちであるとの事だが……つまりこのグラントも、キリトほどではないとはいえそのテクニックをある程度は習得していたという事になる。

 何というか移動がメンドくなって壁走れるかなーって試してみたら出来ちゃったとか、そんな感じじゃない事を祈ろう。

 

 

 「因みに、キリトに触発されてやったとか、そういうんじゃ……ないぜ! 絶対にないぜ!!」

 

 

 そうなのだろう。この男小心者だし。

 とにかく、遂に敵の十字盾の上まで走り切ったグラントは、そのまま跳ね上がっていた自分の盾を掴み、最後の跳躍を敢行した。そして、未だにスキルの技後硬直で動けない聖騎士の、フードに包まれた頭部に……その右手に携えた片手直剣を叩き込んだ。

 「ソニックリープ」。上段突進技と称されるその剣技は、使用方向に関する制限が比較的緩めである代わりに、威力が若干控えめである。

 だが、グラントはその低威力を持ってしても、だからと言って多連撃系のソードスキルに関してはあまり良い印象を持っていない様である。現在敵を攻撃する武器として剣を手にしているとはいえ、彼の基本的なスタイルは盾でガードをしながら隙をつくという防御主体のものであり……スキルの発動時間も長ければ技後硬直も長い上位スキルの連続技はあまりそれに適していないのである。

 だがである。しかし、である。ここで、この男のクレイジーっぷりを象徴する、あのステータスが絶妙に生きてくるのだった。

 

 

 「DEX極振りを、舐めんなよー?」

 

 

 そう、DEX極振りである。

 前も言った通り、DEXとは、一言で言うならば「器用さ」の事である。そのパラメータは一件、攻撃精度やガード性能などにのみ影響がありそうな、やはり副次的な印象が否めないのだが。

 だが実際は、他にも多くの恩恵が存在するのだ。生産職系の製作の成功確率が上がるのはもちろん、初見の敵でも攻撃すればシステムアシストによって自動で弱点の判別が出来たり、そもそも「器用なので経験からの成長が速い」と言う認識なのか他のプレイヤーよりもレベルが上がりやすいなど、その内容は結構ぶっ壊れだったりする。

 勿論ほんの少しDEXに振る程度ではその効果は得られないので、結果としてDEXへの注目度は未だにパラメータの中では最低レベルなのだが、それもグラントの様に極振りしてしまえば化け物ボーナスへと変貌するのだった。ちなみに、先程のウォールランの成功率や持続時間にも影響してるとかしてないとか。

 と言うわけで、その時グラントが放ったソニックリープは、彼の意図せずして攻撃対象であるその巨大な聖騎士の、そのローブに覆われ素顔の見えない顔の眉間に炸裂した。剣伝いに、弱点クリティカルの発動を表す大きな効果音と衝撃が彼の体に響く。

 

 

 『……なるほど。それが君の持つ強さなのかな』

 

 

 茅場の声を呈する聖騎士と交叉するように後方に着地したグラントは、その敵の頭上に示されるヒットポイントバーを睨んだ。あれだけの技を駆使して放った絶好の一撃は、しかしその絶望的な程に連なる緑のラインをほんの少しさえも削ってはいなかった。

 いや。後退りそうになる足を踏みとどまりながら、盾男はごくりと唾を飲む。そもそもこのモンスターは、茅場晶彦が直々に差し向けてきた処刑用のモンスターなのだ。

 それが本来のSAOのモンスターに通ずる法則に遵守しているとは考えにくく、どちらかと言えばあの街の入り口にいた衛兵NPCに近しい存在なのではないか。だとすれば、あのヒットポイントバーに、果たして意味はあるのか。

 

 

 『圧倒的なハイレベルプレイヤーでもなければ、ユニークスキルを持つほどに性能が突出している訳でもない。

 だが、この世界に成り立つ多くの知恵や技巧を駆使して、他の誰にも真似できない独特な立ち回りを作り上げている。タンクとも違い、ダメージディーラーとも異なる、自己完結した戦士の究極形……それは君だけの、この世界での唯一性と言えるのだろう』

 

 「……落ち着いて評価しちゃって。調子乗ってんのも今のうちだぞチューニ患者め」

 

 

 先程、ヒースクリフの神聖剣を「攻防一体」の剣技と称したが、それになぞらえてグラントのプレイスタイルを評価するなら、それは恐らく……「変幻自在」の要塞、である。順当な成長を遂げたプレイヤーでは思いもつかないような多くの引き出しを持ったグラントは、現在最前線で戦うトッププレイヤーとはまた違うベクトルでその強さを確立させたと言って良いのだろう。

 

 

 『だが、そのやり方は柔軟性こそあれ、弱点も明白だ。それらの技のネタは……いつまで保てるのかな』

 

 

 グラントはその台詞を聞き終わる前にその場を飛び退いていた。直後に、その場所には目にも止まらぬ速さで、先程の十字盾以上に大きく長い、十字剣が突き刺さる……。

 

 

 

 

 

 

 

 「……おかしい」

 

 

 一方。なす術なく成り行きを見守っていたハルキは、そのグラントの様子を見て、そう零した。

 

 

 「ハルキおねえちゃん、おかしいって、なにが……?」

 

 

 ただでさえグラントの安否を案じてその場でオロオロしていたトミィである、彼女のさらなる不穏な言葉に、目をうるつかせて疑問を口にする。

 

 

 「多分、今グラントが避けたのって……あの、あいつが言うところの『フォーヌ』ってやつじゃないかなって」

 

 

 何だよフォーヌって。馬鹿かよ。まあそのうち遠い昔、遙か彼方の銀河系で戦っていた騎士っぽい事をキリトさんがするんだけど。別のゲームで。共に在らん事を。

 ちなみにその正体は、知る人からは「超感覚(ハイパーセンス)」と呼ばれるものである。その実態は所謂オカルトに近いレベルで胡乱なものなのだが、意外にもこれを備えているプレイヤーはSAOの攻略組にはそこそこいるそうである。

 その内容は、仮想世界における五感での周囲の状況把握とは異なる第六感として敵からの殺気を感じ取る、と言うものであり、それによって目視からの回避が不可能な早技を事前に察知する事で回避すると言う離れ技である。後にこれもキリトの推測したところによると、プレイヤーが攻撃する際にその対象となるアバターを凝視する事で、そのVRゲームのサーバーに掛かる一瞬の負荷の増大からくる処理落ちを攻撃対象のプレイヤーが違和感として捉えるのではないかとの事だったが……結局その真相は未だに解明されていない、不思議な能力なのである。

 そして、今グラントは十字剣が迫る一瞬前から回避行動を取っていたことから、恐らくそのボスモンスターからの殺気を感じ取っていた、という事になるのだが。

 

 

 「でも、つまりだ。そのフォーヌをグラントが感じ取ったってことは、あの相手のモンスターは、やっぱりただのCPUじゃなくて、何かしら意思を持った何かが操ってるって事になるだろ?

 ……信じたくないけど、もしヒースクリフが茅場なんだとしたら、あいつは今七十五層のフロアボス戦に向かってる筈だし、こっちと同時進行できるとはとても思えない。

 ましてやいつ俺たちがここに辿り着くかだって向こうにはわからなかった筈なんだ」

 

 

 確かにその通りだ。これはハルキが知る由もないけど、フロアボス戦の後はあの黒んぼ剣士がヒースクリフの正体を突き止めて、正真正銘ゲームマスターとの直接対決を行うはずなのだ。そんな状況で、こちらの事まで構ってる暇はないに決まっている。

 

 

 「でも……あの声は明確な意思がある以上、録音じゃないと思うんだ。

 だったらあれは誰なんだ? ヒースクリフじゃ、ないのか……?」

 

 「……いや、茅場っちは、ヒースクリフだぜ」

 

 

 しかしそこでハルキに答えたのは、横で冷静に障壁の向こうのグラントを見守るマソップだった。

 

 

 「生みの親の事は誰よりも知ってる自信があるのだぜ。ワイはリンリンの妹分だけど、そのワイを作ったのは他ならぬ茅場っちなんだからな、ぐぶぐぶぐぶ。

 いろんなプレイヤーの性格や行動、文章のセンスから装備品の趣味までをワイの持つ茅場っちの嗜好データと比較してきたけど、ダントツに照合が一致したのはヒースクリフ、あの男ただ一人なんだZOY」

 

 「じ……じゃあ、これって」

 

 「この世界には、おおよそノンプレイヤーとは思えない程に精巧に作り上げられたNPCがいるだろ?

 ああいうSAO独特の実装要素を開発したり、テストしたりする為の『もう一つの仮想世界』……つまりこのアインクラッドとは別の、正真正銘のデバックルーム用サーバーが存在するのだぜ。ワイはMHCPのプロトタイプとして、茅場っちとアーガスのスタッフにスペックを開示してた時に、そこに何度か行った事があるって訳だが」

 

 

 「虚の領域」と誰かの呼んだその場所は、基本的には如何なるプレイヤーをも立ち入る事が許されない開発者用の秘匿マップである。もしそこに忍び込めるとすれば……それは、このSAO全体に何かしらの大規模なシステムエラーが生じたりした場合に限るのだが。

 

 

 「そこでは、その開発テストの効率を上げる為に、当時からアインクラッドのプレイヤーIDを参照して忠実にプレイヤーのスペックをコピーしたAIを作成して保管するっつー計画か進められてたんだぜ。

 もしそのAIが、さっき言ったようにアインクラッドの一部のNPCみたく高度に精密化されたとしたら。

 ヒースクリフのホロウ・データが、茅場っちに自分自身の人格をトレースされて……本物の自己投影AIとして存在を確立させたとすれば」

 

 

 それはつまり、仮想世界の中において、デジタルクローニングという神の領域に踏み込んだ事を意味する……いや。

 そうではない。今このSAOでは、茅場こそが神なのである。

 

 

 「あそこにいるのは、茅場であって茅場でない。

 茅場の頭脳と知性を持った、もう一人のSAOのラスボス……つまりは『裏ボス』って事になるのだぜ」

 

 

 

 

 

 

 「……行かなきゃ」

 

 

 それを聞いて決意を固めたのはハルキだった。

 

 

 「ここままだとグラントが危ない。向こうがただのモンスターじゃない事はあいつも気付いているだろうけど。

 でもこのまま、黙って見てるわけには、いかない」

 

 

 その彼女の言葉に含まれる語気からは、その場のどのプレイヤーにも異議を唱えさせまいとする気迫が感じられ、全員が押し黙ってしまう。本当は誰かがそれを止めないといけないのだが。

 だが、誰もが思ってしまうのだ。あの盾使いのグラントの横に並び立つに相応しい人間は、彼と同じく自由奔放に剣を振る、目の前の女剣士しかいない、と。

 

 

 「この際だからついでに頼まれてくれ、マソップ。何か、この忌々しいシステム障壁を越える方法、思いつかないか?」

 

 「ぐぶぐぶぐぶ。SAOにおいてシステムによるマップの隔離や分断は、開発者の気でも変わらない限りはいかなる方法によっても解除される事はないぜ。

 ……正規の方法で、ならだけどな」

 

 「その言い方だと、何かしらの抜け道があるみたいっスね。いやマジで」

 

 「そのとぉ〜り! ワイは一度だけ、一介のプレイヤーがシステム的に隔絶された壁を突破した例を見た事があるのだぜ。

 すなわち、パイセンがワイと出会って初っ端にやった、『壁抜け』だな常考」

 

 

 おお、ここでその話題を引っ張ってくるか。

 「壁抜け」と言えば、グラントが黒鉄宮に送還されマソップと初めて出会った際に、自身の独房から抜け出すために行ったアレの事だろう。

 ちょっと復習してみると、当時の壁抜けは看守NPCの攻撃に付随する無駄に強力なノックバックを利用して、独房の壁にフレーム処理を超える速度でぶつかる事で位置情報を誤認させて行っていた。

 だけども、それだけ要素が集まったとしても、当時グラントも成功するまでに何発も看守NPCの制裁を食らって、しかもそれで成功したのもかなりの豪運によるものなのではなかったか。

 

 

 「駄菓子菓子! ワイはあの後、当時のパイセンが早めに成功した要因をもう一つ、仮説として打ち立てているんだぜ。

 いわば、『ディテールフォーカシングシステム』の応用だぜ」

 

 

 ディテールフォーカシングシステム。それはSAOという仮想世界を実現させるために茅場率いるアーガスのスタッフが開発したシステムである。

 いくらフルダイブ型のVR世界を実現させたとはいえ、その全貌を常にプレイヤーの視界三百六十度に展開させておくのは、現在の技術ではかなりの負担が掛かってしまう。その為、SAOではプレイヤーが周囲の世界を見る際に、その視界に入る範囲のみの解像度を大きく上げて映すという独特の手法を採用しているのである。

 これは確かにプレイヤーの視界に入る領域ではそのフレームの移り変わる速度は極めて速い事を意味するのだが……逆に考えれば、視界に入っていない領域では、処理を軽くするためにそのフレームの処理速度が比較的遅めとなる筈なのである。

 

 

 「あの時恐らくパイセンは、看守NPCの方を向いた状態で、横殴りの攻撃を受けたと考えられる訳さー。それなら九十度横の景色はパイセンの視界に入っていないから、そのフレーム処理速度も遅くなっていた筈だぜ。

 だから、ハルくんも壁抜けがしたかったら、なるべくその透過したい壁の方を見ずに、そこにとんでもねぇ速さでぶつかる必要があるのだぜ」

 

 「……なるほど」

 

 

 今回は小難しい話が多いなぁ。まあこの作品のアインクラッド編ももう最終局面だし、許して欲しいところではあるけど。

 

 

 「そういう事なら、トミィ。君のSTRなら、俺を思いっきりぶん投げる事ができるんだったよな」

 

 

 だが、そんなややこしい話にもしっかりとついて行ったハルキは、眼前のシステム障壁から数歩離れると、踵を返して後ろ向きに立った。そしてトミィを呼びつけて、そう言いつける。

 

 

 「合図をしたら、思いっきり俺を壁に押し飛ばしてくれ。何度も成功するまで試すつもりだけど、一応指示を出しておくな。

 オルスはここのみんなを引き連れて、早めにこのダンジョンから脱出してくれ。転移結晶を使ってもいいけど、もし今回の事で無効化とかされていたら……大変だろうけど、トミィと一緒にみんなを守り抜いて欲しい。

 マソップは、脱出した後に、はじまりの街のみんなにこの事を伝えておいてくれないか。ヒースクリフの正体については……できれば、グラントと俺が生還するまで黙ってて欲しい。ただでさえ俺たちの事で心配かけるのに、それ以上に絶望的な事を重ねて言うのも……憚られるし」

 

 「それ以前に、証拠もなければ根拠もないからヒースクリフ=茅場説は浸透しないと思うけどな、ぐぶぐぶぐぶ」

 

 

 オルスがそんなサブリーダーの言葉に、難しい表情を浮かべながらも頷く。マソップは最後までそんな調子だったけれど、そこにはある意味悲壮感を無くすための気遣いが感じられる。

 そして。我らがギルドマスターの為に自身の命をも賭けに出そうとしているハルキを、トミィがいよいよ涙を浮かべて心配そうに見つめていた。

 

 

 「大丈夫だよ、トミィ。俺らのギルドマスターが、死ぬ訳ないだろ?

 あいつが死なない限り、俺は死ぬ事はないよ。あいつが守ってくれるからな。

 ……だから、少しの間だけ、我慢してくれ」

 

 

 トミィの目線に合わせるようにしゃがみ込んでそう言うと、ハルキはその少年をそっと軽く抱きしめた。だがそこでトミィが感極まってしまう前に身体を離して、その両肩をバシッと叩く。

 

 

 「さあ! 頼んだぞ、トミィ!」

 

 

 トミィは偉かった。

 そのハルキの残酷な頼みに、しかし口をへの字に結んで……頷いたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてこの時、ハルキの両肩を全力で突き飛ばして、彼女をシステムの障壁に叩きつけた彼は、見たという。

 その、ソードスキルを持たない剣士の瞳が……金色に輝いていたのを。

 

 

 

 「システムを……超えろおおおぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ほう。これは、驚いたな』

 

 

 「ゴスペル・スクエア」と呼ばれる、神聖剣によるスクエア系片手直剣ソードスキルの亜種のような剣技が放たれる。盾からはビームだったが、今度は斬撃がそのまま鎌鼬のように飛来してくる仕様のようで、四角に結ばれた四つの光の刃がグラントに向かって襲いかかっていた。

 

 

 「むむ……ふる♡かうんたーっ!!」

 

 

 対してグラントはアレを敢行したようである。

 まずは盾ソードスキルの「ハウリングホール」を発動。それによってグラントの盾を目掛けて狂気の刃が飛来するのを確認して、今度はその盾をチャクラムのソードスキルで奥にいる聖騎士に向かってブン投げる。

 するといつぞやと同じように、当初彼を目掛けていたゴスペル・スクエアの斬撃波は打って変わって、敵に向かって放たれた盾を追ってその場で百八十度方向転換をし、そのままその真紅の鎧を四度に渡って切り刻んだ。

 

 

 『対遠距離用のカウンター技、とでも言うべきかな。ここまで追い詰めたというのに、まだ未知の技が飛び出てくるとは。本当に底の見えないプレイヤーのようだ』

 

 

 しかし、処刑用モンスターであるその聖騎士のヒットポイントはやはり、まるで減少のそぶりを見せていない。それどころか1ドットも減っていない事を考えると、やはりあの表示は出任せでしかないのだろう。

 残念ながら、その「終焉の聖騎士」なるモンスターは、倒せない仕様になっていると考えるのが妥当のようだ。

 

 

 「……出せる技の分、俺はこの世界を愛してる」

 

 

 それでも。

 それでも、グラントは愚直なまでに瞳に光を灯して、盾と剣を構えてその絶望の具現に立ち向かうのだ。

 

 

 「前も言ったよね。この世界には、神からの悪意が多すぎるって」

 

 

 まるで羽のように軽々と扱われる巨大な十字剣を盾で防ぎ、躱しながら懐に入り、着実にソードスキルをぶつけていく。

 それはもはや生き残るための戦いではなかった。心に燃え上がる意志を丸ごとぶつけるかのような、魂の戦いだった。

 

 

 「みんなさ。何かから逃げたかったり、忘れたかったりするんだよ。世の中の不条理さに辟易として、この世界でならって、思うんだ」

 

 

 足元でちょこまかと動き回るグラントに、聖騎士は這い回る虫を潰すかの様に盾の底を何度も地面に叩きつける。それを彼は転がり、たまに「スレットフル・ロアー」の発動、即解除を使って敵の照準をずらしてやり過ごす。

 

 

 「でもさ。だからって、みんなは『異世界』を求めてる訳じゃない。

 結局さ、みんな『ゲーム』がやりたいだけなんだよ。ヒーローにはなりたくても、その代償を払いたい訳じゃない。都合よく、自分主義を満足に味わいたくて、みんなナーヴギアを被ってこの世界にやって来たんだ。

 自分勝手で、独りよがりだよね。俺も……ずっと思ってた。

 ずっと思ってたよ。いつか本当に死んじゃうゲームが出来たら、その時きっと……本物の『勇者』が現れるんじゃないかって」

 

 

 叩きつけられた剣をバックステップを踏んで避けたその時、側面からやってきた十字盾に間一髪で剣を打ち込み、しかしバランスを失って後方に盛大に転がり込んだ。

 だけど、衝突の衝撃を盾で吸収していたからヒットポイントは殆ど損傷していない。

 まだ、やれる。

 

 

 「実際に、勇者は現れたと思うよ。キリトやアーちゃんなんていい例だよね。うちの自慢のサブリーダーみたいに、誰かのためを考えて必死になれる、本当に良い奴だってこの世界が生み出してくれた。

 だけどさ。それって、絶対に必要な事だったのか? 俺達はみんな、勇者にならなきゃいけないのか?

 いつでも誰かの為に戦って、誰かを守ろうとして……そうやって、誰かの為に死ななきゃならないのか?

 誰もがみんな強くなれる訳じゃないのに、そんなの極端で、残酷じゃないか」

 

 

 聖騎士は戦いながらも、そのグラントの言葉に口を挟む真似をしなかった。そのヒースクリフの影としての人格が、相手の持つ信念を最後まで聞きたいという戦士としての矜恃を思い出しているのだろうか。

 

 

 「……茅場晶彦さんよ。あんたが剣を持って、プレイヤーを上の層へ上の層へって駆り立てるうちは、そういう悲劇の螺旋は止まらない。

 低層プレイヤーはますます取り残されて、挫折を味わってグレたプレイヤーは凶行に走る。強さばっかりが美化されて、ステータスの優劣だけで生きる世界が分断されちまうんだ。……そんなの人となりには全く関係ないっていうのに」

 

 

 中層ギルドの壊滅。取り残された戦士の孤独と自罰。

 犯罪者ギルドの台頭。快楽的殺人の横行。

 安全圏の腐敗。女性子供を含む現地プレイヤーへの屈辱的蹂躙。

 二層のテラスで見てしまった、ハルキの泣き笑い。

 

 それらは全て、最前線のプレイヤーの攻略に対する、「強制力」が起こした悲劇だ。一刻も早くこのゲームを脱出したい。一刻も早く「現実世界」に戻りたい。その様な焦燥感から生じたかつての過度な推進力が、攻略以外の多くの要素を結果的に蔑ろにした。

 

 

 「だから、俺はその連鎖を止めたいんだよね。最前線のプレイヤーも死に急がない様に、低層や中層プレイヤーが孤立したり退廃しないように。

 現実世界と交信を取ったっていい、向こうとこっちで生活が両立できれば尚いい、どんな方法を使ってだって……やってみる価値はあるだろ?」

 

 

 綺麗事。そう言ってしまえばお終いの馬鹿げた構想である。デスゲームが開始して二年近く経ってしまった今、現実世界においてこのSAOという仮想世界の運営の持続が認可される確率は極めて低く、また認可が仮に降りたとしても新たにこのアインクラッドに降り立つプレイヤーがいるかと言えば、ほぼ皆無であると断言できる。

 だが。グラントがハルキに託した様に、この世界に生きたSAOプレイヤー達が、この世界を一つの異世界として肯定してくれれば、或いは。

 

 

 

 

 

 

 「……だから、この世界は、これ以上ソードアート・オンラインであっちゃいけないんだ。

 それは、なんかちがう」

 

 

 

 

 

 だからこそ。アインクラッドの王が持つべきは、人々を奮い立たせる剣ではなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「この世界は!!

 シールドアート・オンラインとなる必要がある!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ようやく、捕まってくれたようだね』

 

 「……ぐ……っ!?」

 

 

 その時。その咆哮をかき消すかの様に、神速の速さで十字剣が彼に突き出された。

 グラントはそれを構えていた盾で受け流そうとしたが、まるでシステムのオーバーアシストを使ったかの様に飛躍的に超速化したその凶刃を、彼は完全に避け切ることが出来なかった。盾を割り込ませた事で直撃は免れたが、右肩を深く抉られる結果となる。

 直後、グラントのヒットポイントバーの横に、おびただしい数の状態異常を知らせるアイコンがついた。毒、麻痺、攻撃力低下、守備力低下、鈍足、裂傷、火傷、凍傷……思わず処理落ちするんじゃないかと思われる程馬鹿みたいに重ねられたそのデバフは……しかし、次の瞬間には全て綺麗さっぱりなくなっている。

 そして唯一残ったのは、「状態異常無効」のバフ。

 

 

 (た……盾に、助けられたぜ)

 

 

 流石に今のはやばかったよ。ほんの少し敵の剣の切っ先が触れただけで、あんな数の状態異常をぶっかけられた日にはたまったものではない。ましてやこんな状況ではヒットポイントを全損する致命的な引き金になりかねない。

 

 

 『グラント君。やはり君は、このアインクラッドで生きるには危険すぎるプレイヤーのようだね』

 

 「く、くそ……!?」

 

 

 しかし、デバフは免れてもその右肩には未だに刃が食い込んでいる。実はそれだけのかすり傷でも、現在グラントのヒットポイントはイエローゾーンとレッドゾーンの境目程にまで落ち込んでいた。これ以上の剣の身体への侵食を許してしまうと、アウトだ。

 だが。向こうの十字剣は図体だけでもグラントが5、6人は縦に並ばないと全長を表現出来ない程に大きいのだ。その重量の剣を、未だにそのまま防いでいること自体が、グラントの防御技術とラディウス・バックラーの防御力が起こした奇跡なのである。

 

 

 『ここまでは君の本心を聞き出すために、敢えて遊ばせて貰っていたが。ここからは、本気で君を処刑する事としよう。

 私の理想は、信頼できる仲間と共に、この異世界をどこまでも旅したい……そんな、子供の頃に誰もが夢見る原動力に起因するのだよ』

 

 

 その茅場晶彦の声が聞こえなくなるほどに、グラントは全力を自身の盾に向けていた。少しでも気を抜くと死神が魂をかっさらっていってしまう。あまりの刃の重たさに、気を遠のかせながらも気力と意志だけで耐え忍ぶ。

 

 

 『そこにあるのは、遊びではなく、死の存在する本物の世界でなければならない。

 そこには人殺しも、差別や偏見もあって然るべきだろう。それらを受け入れた上で、私はこの世界の果てを見てみたいのだよ』

 

 

 この現ゲームマスターは、既に自分が異世界を作り上げたと思っている。

 それはある側面では事実だ。SAOにはその地で自ら考えて行動するNPCが多く存在し、定められた運命に囚われずにプレイヤーと交流して、その生き様を全うしている。

 だが。そこにいるプレイヤーは、本当に今のアインクラッドを、異世界だと認めてくれているのだろうか。

 このままでは、茅場晶彦の抱く空想も、グラントの描く構想も……全て反故になってしまう結果に繋がるのではないだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「勝手なことを……言うなぁぁぁっっ!!!」

 

 

 その瞬間。

 耳元で凄まじい剣戟の甲高い音が響いて、グラントは思わず顔を背けた。

 そして、つい数秒前までずっしりと右肩に刺さっていた圧倒的な重みが、今この瞬間には綺麗さっぱり無くなっていることに気づく。

 

 

 「探究心を否定するつもりはない。

 だけどそれだけで成り立つほど、どんな世界だって甘くはないんだ!!」

 

 

 思わず脱力して尻餅をついたグラントの前で、その突然乱入してきた剣士は、くるりと剣を回して両手に構え、たたん、と軽やかに靴で地面を鳴らすと。

 

 

 「ほら。寝てる場合じゃないだろ? ……グラント」

 

 

 振り返って、グラントに不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 




※ソードスキル、一部SAOHR準拠
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