グラント「せやかて工藤」
マソップ「さては子供の頃友達がゲーム機貸してくれないって泣いてたなオメー」
ヒースクリフ「(´・ω・`)」
「は……ハルくん!?」
グラントは驚いた。
無理もない。システム的にも、そして何よりも彼自身の献身的行動の結果としても、ここにはどうあってもいる筈のない人間である、相棒のハルキが目の前に立っていたのだ。
「よっ、落武者男。他の皆はともかく、俺を置き去りにしようなんて良い度胸じゃないか」
そのハルキは油断なく前方に剣を構えながらもニヤリと上げた口角を絶やすことなく、倒れこんだグラントに手を差し伸べた。反射的にその手を掴んで立ち上がりながらもその盾男は彼女に詰め寄ろうとして。
そして、その瞳を覗いて、言葉を失った。
「ハルくん、その目、どうしたの……!?」
そう、SAO開始早々にソードスキルを放棄して、それ以降博愛の精神をもって弱きを助け続けたその女剣士は……どういう訳か、その目の色を淡く金色に輝かせていたのだ。
基本的にアバターそのものの変更は髪色の変更を除いてキャラメイク時以後の変更は不可能とされており(現実世界と同じ容姿への強制変更によってそれは決定的になった)、その変質に思わずグラントは咎めの言葉を呑み込んでしまう。
だが、それも一瞬の事であった。ほんの瞬きの後にはその金色の輝きはみるみる勢いを失い、終いには彼女の瞳は自身の愛剣と同じ、いつもの深紫色に戻っていた。
(……戻った……今のは……一体……?)
そして、何よりもハルキ本人がその変化に気付いていない様である。彼女はその様に混乱しているグラントの様子を訝しげに見つめていたが、すぐに今が戦闘中である事を思い起こして彼に喝を入れる。
「おい、変な事を言ってないでシャキッとしろ! とりあえずこれを飲めよ!」
「むぐっ……むむむ……!!」
ひどい、ハルくん出し抜けにグラントの口に回復ポーション突っ込みやがった。殺す気か。とはいえ、ちゃっかりその瓶の中の液体を難なく飲み干しているあたりこの男も大概なんだけどね。
ぷっはー、と大きく息をついて、そして漸くグラントにまともに喋る機会が訪れる。
「え? 何なの? バカなの? 死ぬの? ハルくん何でここに来たの!? バカなの!?」
「ちょっと技を借りたよ。ここと通路をシステムの遮断壁で塞がれちまったから、ちょっと壁抜けをしてきてやったぜ」
「か、壁抜け……? あのハルくんが? ……って、そうじゃなくて!
何でここに来たんじゃい! せっかく君たちだけは大事がないように手を打ったのに!」
「うぬぼれんなよ、グラント!!」
……ついにハルくん、目の前の聖騎士に目もくれずにグラントに向き直ってしまった。おいおい、それダメなヤツだぞ。最近の悪役ってこういう時にちゃんと待ってくれるか怪しいんだぞ。
「最後は一人で決着を付けようってか、今まで散々巻き込んでおいて、ここでドロップアウトさせる気かよ!!
俺は知ってるんだ。お前はどんなに見栄張ったって、ちょっと片手剣持っていっぱしの剣士の振りしたってな、所詮お前は敵の攻撃を盾で防ぐことに快感を覚える真性の変人で、いつも何か変な事思いついてはギルドのメンバーにその検証を強要する傍若無人なヤローで、変に大口叩く癖にいざって時には小心者を発揮するダメダメな男なんだよ!!」
「お……おお……メッチャ言うじゃん……俺結構傷ついたよ」
もうやめてハルくん! とっくにグラントのライフはゼロよ!
今までの鬱憤を晴らさんとするかのようなその突然の強襲に、いかに色んな意味で歴戦の強者であるその落武者男であっても余裕でオーバーキルである。だけど、ハルくんが本当に敵意をもってそれをまくし立てている訳ではない事は、その彼女の怒っているような、泣きそうであるような表情からも歴然だった。
「それなのに、最後の最後になってギルドマスターらしい事したって……ぜんっぜん、説得力ないんだからな」
流石にそこまで一斉に言い切った為か、しばらく肩を怒らせながら息を切らしていたハルキだったが、やがてグラントに向かって上に向けた剣を突き出して、続ける。
「いいか。俺は剣だ。俺はこの手に持った剣で、自分にとって嘘偽りがないように道を切り開いてきたつもりだ。
でもそれは、俺にお前という盾があったから出来たんだと思ってる。いつだって、困った時にグラントが守ってくれていたから、俺はここまで前に突き進むことが出来たんだ。
なんか悔しいけど、でもお前と俺はもう運命共同体なんだよ。お前っていう『盾』があるから、俺は『剣』でいられたんだ。
だから……こんどは俺が『剣』として、お前の窮地を打開してみせる」
その言葉は、最後には諭すような穏やかなものに変わっていた。
それこそが長い間ハルキがその背中を追い続けた、ギルドマスターとして、そして大切な親友としてのグラントに対する、彼女の出した結論だった。それは、ある意味では男女間での恋愛感情とはまた違った……あるいはそれすらも飛び越えた、このSAOという世界の産んだ唯一無二の関係性の境地だった。
そのどこか奇妙な、しかし限りなく純粋で信念のある二人の繋がりが、彼女をここへと導き、次の言葉を紡がせたのだ。
「だから、今はつべこべ言わずに、一緒に戦おう。
そして、生きて帰るんだ。俺たちの、アインクラッドに」
二人にとってもう一つの現実世界である、アインクラッドに。
「……そんな事言われて、黙ってるわけにはいかないよねぇ」
グラントは目の前に翳された彼女の剣に、自身の盾をコツンと当てた。それは意せずして、古来の武士が違わぬ誓いを立てる際に行ったという「金打」を模したものになっていた事は何とも奇妙な因果である。
「分かった。こうなったら、二人であのトンデモエネミーをぶっ倒すしかないよね。
絶対に君を守り通して見せるから。だから……君も、俺を守ってくれ」
「ああ。命に賭けて」
そうして、ようやく二人は同時に前を向いた。その瞳で、目前にいるゲームマスターもどきの操る最強のモンスターの先に、全ての元凶たる……アインクラッド最強の名を欲しいがままにするヒースクリフよりも更に凶悪な、本物の「茅場晶彦」を見据えて。
最終決戦の火蓋が、今切られようとしていた。
『……半覚醒、というところかな。そして、本人の自覚なく、その発動は解除された。
それを「目覚め」とみなす事は出来ないだろうね。行為そのものはグリッチを利用したと認識する方が妥当な代物であって、それでは落第点だ』
恐らくハルキの事を言っているのだろう、フロアボス並みに巨大な聖騎士。ちゃんと二人を待ってて偉いね。きっと茅場っちは年代的にも、ちゃんと空気を読んで主人公側の作戦会議を待ってあげるテンプレ魔王に刺激を受けて育ったんだろうね。
『非常に残念だよ。SAOのルールに離反しただけでなく、処刑対象であるグラント君に肩入れをしてしまうようでは、ハルキ君、君の事も見過ごすわけにはいかなくなってしまった。
とりあえずは、これ以上侵入者を増やさない為にも……場所を変えようじゃないか。
本当の、処刑場に』
「本当の処刑場だと……っ!?」
茅場AIによって淡々と語られたその言葉に思わずハルくんが繰り返した、その時。
部屋を覆っていたクリーム状の壁が、地面が、一斉に光り輝き始めたのである。それはアインクラッドにてグラント達も何度も目にした事のある、まるで転移結晶を使って移動する直前に生じる発光エフェクトと酷似しており。
そして、次の瞬間には、そこは完全に別空間へとその様相を完全に変化させていた。
「グ……グラント、ここって……!?」
「……いよいよ、ヤバい事になってきたね」
そこは、部屋と呼ぶにはあまりにも異様な場所だった。
視界三百六十度、三次元的全方位を、まるでその場が宇宙空間であるかのように星空が覆っている。そしてその中に薄いガラス板のように透明で円形な足場が存在し、現在彼等はそこを踏み締めて立っているのだ。
そのような外観のエリアは、はっきり言って今まで二年間のアインクラッドのマップの中では誓ってどこにも存在しない事をグラントは断言出来た。なぜなら、今まで存在した迷宮区やダンジョンは、全てアインクラッドという浮遊城の「城内」である事を意識した、あくまで屋内であるという不文律を守った造りになっていたからである。森林型のダンジョンだったとしても空を仰げばそこには上層の底が広がっていたし、ましてやダンジョンや何かしらのマップがアインクラッドの外周よりも外側に存在しているなんて話は、少なくとも彼は一度も聞いたことがなかったのである。
だがこのエリアには、どこをどう見ても、アインクラッドを示唆する要素がない。眼前に広がるのは数多の光を灯す星空のみであり、そこには階層の概念も存在しなければ、構造としてダンジョンの体すら立っていない。ただ無造作に作られた3D空間に、雑に設置された円形の足場が添えられただけの、ある意味では殺風景なその場所は。
『折角だから紹介しよう。ここはアインクラッドとは似て異なる、もう一つの仮想世界だ。
ホロウ・エリア管理区、秘匿領域。私を含めたアーガスのスタッフはそう呼んでいる。簡単に言うならば、SAOの管理、調整を行う、開発者専用エリアと言ったところかな』
グラントは人知れず震えた。つまり、ここは正真正銘の、この化け物ゲームであるソードアート・オンラインのデバックルームなのである。いつかは辿り着かねばならない領域ではあったとは言え、まさかこんな唐突な形でそれが叶う事になるとは。状況も状況だし。
ちなみに裏設定を言ってしまうと、一応この「虚の領域」ことホロウ・エリアは第一層より地下に存在するとされていて、アインクラッドとは地続きの設定ではある。しかしそれはあくまでロールプレイとしての意味付けであり、実際はアインクラッドとは対をなすミラーサーバーによって維持された、完全にあの浮遊城とは別物の世界である……と、SAO本編とは分岐した世界でユイさんが推測していたりする。
何だっけ、ホロウ・ フラグクラッシャーだっけ?
『インスタントマップである上に、ここは本来のアインクラッドとは異なるサーバーによって動いている。
つまり、もう君たちはどこにも逃げる事が出来ない。そして……このエリアでなら、私も最大限のパフォーマンスを発揮できると言うわけだ』
「随分と喋るじゃないか、茅場晶彦もどき」
啖呵を切ったのはハルキである。ちなみに背後ではてっきりその聖騎士型モンスターを茅場本人が操っていると思っていたグラントが、目ぇパチクリさせている。
「え、何、あれパチモンなの?」
「らしいぜ。マソップが言ってたからまあ間違い無いと思うよ」
「うわー、ないわー。パチモンが随分偉ぶってるわー」
「なー。ほんとだよなー。これがあれだろ、チューニってやつだろ?」
「……それはちょっと違うかもだけど」
めっちゃ煽るじゃんお前ら。命惜しくないんだろうか。いやまあ、ゴキゲン取ったって許してくれそうにないし無理もないけれど。
『……それでは、そろそろ始めようか』
ほーら、遂にパチモン茅場が怒っちゃったじゃん。ハルキの乱入から今までぴくりとも動かなかった聖騎士のアバターが、遂にゆらりとその武器を構え直す。
「……見てろよ、茅場晶彦」
対してグラントは満タンになった体力バーを確認した後に、改めて盾を腕に通し直して、こちらも剣を構えたハルキの横に並び立つ。
「『勇者』じゃなくたって、奇跡を起こしてやるよ」
そして、その盾を大きく掲げた。
いいかいハルくん。相手は、今までアインクラッドで戦ってきたモンスターとは違って、本気で俺達を殺す事が目的の、正真正銘の処刑用エネミーだ。
だから、相手の攻撃は例外なく回避しよう。パリィも禁止、恐らく相手の攻撃は一撃必殺な上にありとあらゆる状態異常が付随してるみたいだから、防御は完全状態異常耐性のある俺が全部受け持つよ。君は間違っても攻撃をガードしようとしないでくれ。
あの敵は恐らく正攻法じゃあ突破できない。ヒットポイントゲージも全く減らないし、これからもどれだけパワーアップするか分かったもんじゃないから、しばらくは時間を稼ぐんだ。それで……何とか何かしらのシステムの抜け道を、考えよう。
「まったく……お前は軍師だよ、グラント」
立て続けに方針を立てるグラントに思わず苦笑を浮かべながら、ハルキはその場で大きく跳躍する。直後にその場にライトエフェクトを纏った、巨大な十字剣が突き刺さった。
だがそうして宙を舞っている彼女を次こそ仕留めるべく、矢継ぎ早に巨大な十字盾が側面から迫って来ていた。すると彼女と十字盾の間に……今度はグラントが割り込むように飛び出して、何とかそれをラディウス・バックラーで弾き返す。
「ありがと。一気に言葉詰め込んじゃったから、ドン引きされたかと思ったけど……ハルくんは優しいねぇ」
現在、聖騎士は両手に持つ武器を振り終えている。これを好機とみたハルキは全力で足場を蹴って相手に肉薄した。ソードスキルによる技後硬直はその対象がプレイヤーであれモンスターであれ等しく起こる事象であり、いずれの存在が術技を放ったとしても等しくそのペナルティを被る筈なのだ。
だが、しかし。今ハルキの目の前にいるその茅場もどきが操る敵は、そんなSAOに横たわる絶対法則をものの見事にかなぐり捨てたクソゲーエネミーなのである。そのようにして彼女が動き出したのとほぼ同時期、言わばスキル発動直後に、その聖騎士は一瞬でそのクールタイムを終えて、再び十字剣に光を湛え始めたのである。
「グラント、頼む!」
「あいよ!」
すると、そんな彼女に合わせたかのように背後で、グラントは盾ソードスキルの「ハウリング・ホール」を使用。敵の攻撃を盾に引き寄せるというその技の効果を受けて、聖騎士の十字剣の軌道はややグラント寄りに逸らされてしまい、空振りに終わる。
そして、それを見過ごすハルキではなかった。裂帛の気合と共に、愛剣であるデルフィニウムを翻してその十字剣を持つ右腕を大きく斬り上げて、そのまま勢いを利用して逆上がりをする様に宙返りをしながらグラントの下へと舞い戻った。
それは先程ハルキが自分で名打っていた様に、真の意味での「剣」と「盾」による攻防だった。ハルキが剣として眼前の敵を牽制し、グラントが盾として迫る攻撃を捌き切るという、限りなく洗練されたロールプレイがそこには成立していたのだ。先程目の前の聖騎士に「自己完結した戦士の究極形」と称され、以前に当時のDKBのリーダーであったリンドにソロの方が向いていると烙印を押されてしまっていたグラントだったが……この二人の連携を見ても、リンドは同じことが言えるのだろうか。
そう、もしかすると、この二人でなら、その実力はあのキリトを既に超えて……いや待て。二人掛かりなんだから当たり前か。単騎だったら絶対勝てないだろうし。
だが、いずれにしてもその二人の戦い方は、間違いなく他の誰にも真似できない鋭利さと堅牢さを兼ねそろえた絶技として昇華していたのである。その裏に彼等の絆の強固さと、お互いの強い信頼関係があることは言うまでもない。
そしてそれに因ってか、二人がそれぞれに感じる、まるで思考がダイレクトに接続されたかのようなリニア感が、彼等の動きを完全にシンクロさせていたのである。
―――ハルくん、剣でのソードスキルと盾からのビームが同時に来るよ!
―――よし、俺が注意を引き付けてあの剣を避けるから、お前は直後に放たれるビームを防いでくれ! 一瞬で散開して、すぐに戻るぞ!
―――了解!!
そして、遂に二人はその意思疎通を声にすら出さなくなった。まるで彼等の意識が統合し、「グラント」と「ハルキ」という一対の装備を携えた、一人のプレイヤーとして生まれ変わったかのような……そんな一体感が、二人を戦いにおける極限の世界へと誘っていた。
それは人を駆り立てる力と、守る力を兼ね備えた戦士。この浮遊城に生きる人々に勇気を与え、そして彼等を災いから守り抜くべく生まれた、アインクラッドの「王」たる唯一の存在。
―――うーむ、一応打開策は思い付いたんだけどさ。攻撃が激しすぎてそれどころじゃないんだよなあ……それに、その打開策ってのも……
―――おお、流石グラント! でも確かに、取り敢えずはどうにかして、あれを足止めしたいよな……
―――足止め、かぁ……あれに状態異常が通るとは思えないし、そもそもちょっとずつ押され気味の現状じゃああの十字剣と十字盾を掻い潜って冒険するのは自殺行為だよねえ……
―――……十字剣と十字盾……!? そ、それだ!!
―――……はい?
あれ、グラントの打開策はハルくんに伝わっていないし、ハルくんに思い付いたことはグラントに伝わってないみたいだけど、これホントにシンクロしてる? 大丈夫? やっぱりキリアスレベルの一体化には遠かったか?
―――「矛盾」って、グラントは知ってるか?
―――……!! なるほど、それは試す価値がありそうだね!!
お、すごい、それで分かるのか。やっぱり友好度ではあの黒白コンビに負けてないらしい。良かった。まあ、ユニークスキルの有無やレベルじゃ黒んぼに劣るし、これくらいはね?
―――よし、じゃあ、行くぞっ!
―――がってんだいっ!!
なんか気持ち悪い返答を相棒に返しながら、グラントは腰を深く落として上方に向かって盾を構える。するとその背後から軽くジャンプしたハルキが、その日輪状の盾を踏み台にして大きく飛び上がったのである。
『隙を見せるなんて、実に不注意なことだ』
そう言い放った茅場AIの宿る聖騎士は、十字剣を振るって空中のハルキを迎撃した。先程はグラントが庇ってくれたから事なきを得たが、今回は彼も手の届かない高さまでジャンプしてしまっている為、ハルくん、いよいよピンチである。
だが、その時。それまで防御一辺倒だったグラントが、右手の片手直剣である「クサナギシンケン」―――草薙神剣、だろう―――を構えると、突如として聖騎士の盾側に向かって突っ込み始めたのだ。
『……何?』
茅場もどきはそのアクションに些か面食いながらも、焦ること無くその左手に持つ盾でそれに応じようとしたのだが。
だがその時。グラントが右手の剣ではなく左手の盾を振りかぶり、何とそれを頭上のハルキに向かってぶん投げるなんてことは、一体だれが想像できただろうか。
―――そーら! 受け取れぃ!!
チャクラムのソードスキルも使わずに放られたその盾をハルキは空中で身体を反転させて受け取ると、すぐに迫って来ていた十字剣に向かって翳す。
その様子を見たグラントは聖騎士型モンスターの正中近くを狙って剣を引き絞り、「レイジスパイク」を発動させる。
そして、グラントよろしく、十字剣の凶刃を彼の盾で受け流したハルキが、眼前の聖騎士に言い放つ。
「……『矛盾』って言葉、知ってるか?」
あるところに、盾と矛を売る者がいました。
彼は自分の売る盾について、「私の盾の堅いことといったら、突き通すことのできるものはない」と、
また自分の売る矛について、「私の矛の鋭いことといったら、どんなものでも突き通さないことはない」と言いました。
すると、ある人が尋ねたのです。
「あなたの矛で、あなたの盾を突いたら、どうなるのですか」と。
『まさか……が ! れは たい、ど う … ?』
ハルキを斬るべく振られた十字剣と、グラントの攻撃を防ぐべく内側に向けられた十字盾が交錯したその瞬間、その聖騎士の眼前に二重になって「Immortal Object」の表示が映し出され、またその処刑用モンスター自体も、そして茅場AIの声も、何かしらのシステムエラーが起きたかのようにその動作を乱したのである。
―――ナイス、ハルくん!! 君がこんな妙案考えるとは思わなかったよ!
―――まあ偶然だよ。でも前からちょっと気になったんだよな。破壊不能オブジェクト同士が干渉したら、どっちが耐久値的に優先されるのか。
……なるほど。
ご存じだとは思うけど、SAOに存在するアイテムやオブジェクトには、基本的に耐久値と言うものが存在する。それは攻撃を受ければ減少し、その値がゼロになってしまったものはその場で消滅してしまうというルールである。
だが、街の外壁や迷宮区の壁の様に、幾ら攻撃しても耐久値を減らすことのない、いわば耐久値無限扱いの「破壊不能オブジェクト」と言うものがSAOには多く存在するのだ。ハルキがグラントに初めて会った際、この落武者男はそれまでコボルトの洞窟内で宝箱の中で眠って暮らしていた訳だが、それもこの世界では宝箱が破壊不能オブジェクトである事を利用した自衛手段だった訳である。
……それでは、破壊不能オブジェクト同士がぶつかって、お互いの耐久値を減らそうとシステムが働いた時、どうなるのだろうか。衝突によるダメージを割り出そうとするシステムの働きと、そもそも耐久値が減る事を許さないその属性が矛盾を起こして……上手くいけばシステムエラーを引き起こせるのではないか。
「処刑用モンスターなんだったら、持ってる装備を破壊されちゃたまったもんじゃないだろうし、あの十字剣も十字盾も破壊不能オブジェクトになってるんじゃないかなって思ったんだ。俺もなかなか、捨てたもんじゃないだろ……?」
「うん、ハルくんすごかったよ……なんというか、もう教える事は何もないというか」
いつの間にかほっとして、例の「接続」が切れてしまっているグラントとハルキである。
ここまで読んで来てくれていたら何となくわかるかもしれないけど、なんだかんだして二人ともそのトンデモモンスターへの対処の為にかなりのハイパフォーマンスを絶えずに続ける必要があったわけで、この時点でかなり疲労困憊なのである。
「……でも、向こうは開発者同然の存在なんだから、そんなシステムエラーなんぞすぐに復旧させちまうって考えた方がいいだろうねぇ」
「ああ。俺もそう思う。
だったらグラント、お前のいう打開策ってやつを、今のうちに決行する事にしようぜ」
「ハルくん」
だが、そう息巻いたハルくんの両肩を、グラントはそっと掴んで、言った。
「……確かに今からやる事は、現状を打破するって意味じゃあ間違いなく効き目がある事だとは思う。
でも、それをやったからって……俺達が生き残る保証が、ないんだ」
その残酷な事実を、グラントは罪悪感のあまり目の前の相棒の顔を見ながら告げる事が出来なかった。
「……ごめんね。どうしても、この方法以外に思いつかなかった。
君の事を守ってあげるって、さっき言ったばかりなのに……ぃ?」
「こら、グラント」
だが、ハルキはグラントの言葉を、両手を彼の頬に添えて軽くつねる事で遮った。
「初めから、覚悟の上だったよ。今大事なのは、それでも最後まで諦めない事だ。
言ったろ。俺はお前と出会えたことを、心から嬉しく思ってるんだ。そのお前の考えたプランで、俺達が生きて帰れる可能性だって、ない事はないんだろ?」
厳密には、それを行った後に自分たちがどうなるのか、それは自分にも分からない、というのがグラントの真意だった。それを明確に生存の確率がある、と言ってしまっていいのか分からず……彼は顔を歪ませる。
「いいんだ、俺は……俺は、お前と運命を共にするよ」
だが、そう言い切ったハルキの表情を見て、グラントは悟ったのだ。彼女が、現状に対して心から幸せに思っている事を。彼女は自身が行ったグラントを助けると言う選択に、一寸も後悔を感じていないのだろう事を。
……それなら。グラントは思った。見苦しく、手前勝手な決断だとしても、俺は覚悟を決めないとダメだ。今のハルくんの決意を踏みにじるような真似だけは、あってはならない。
茅場を倒して、彼女をもアインクラッドに帰す。それくらいの戯言を平気で吐く程の気概がないと、この世界の王になんてなれっこないのだ。
「……分かった。じゃあハルくん、まず作戦の第一段階だよ」
すぐ側で表示のエラーを起こしながら沈黙する聖騎士型処刑用エネミーを除けば、辺りは満面の星空に覆われていて、ある意味ロマンチックな場所と言えなくもない。
そんな場所で、こんな状況で、されどこの男は……よりにもよって、言いやがったのである。
「……結婚、しよう」
(part2に続く)