「これはSAOであって、ソードアート・オンラインではない」
「まじかよ」
log#1 2024-11-7 15:07-34:27
>いやはや、実に興味深い。
>キリト君達もそうだったが、まさか私が始めたこのアインクラッドという世界の物語が、このような一つの結末を迎える事になるとは思わなかったよ。まさにMMORPGの醍醐味ともいえる、予想以上の展開と言ったところかな。
>まずは答え合わせをしようじゃないか。
>グラント君、結果として君の見込みは、良くも悪くも正しかったと言えるだろう。
>第一層はじまりの街の多くのプレイヤーから集められた膨大なアイテムデータは、私が仕向けたホロウデータ及び彼の操っていた未実装エネミーのみならず……アインクラッドの開発を司っていたホロウ・エリアごと、そのミラーサーバーをダウンさせる事に成功したのだよ。
>そして、その場に居合わせたグラント君とハルキ君は彼の世界の崩壊に巻き込まれる形で、そのパーソナルデータの位置情報をロストさせてしまったようだ。
君達がそれでも未だ……生き残った全プレイヤーのログアウト処理が完了した今でもデータとして居残ってしまっているのは、このホロウ・エリアがカーディナルシステムの管轄から外れていた事、そしてそのアカウントがSAOから完全に切り離されてしまった事に由来すると考えられるだろう。
>そして今の君達の生死に関しては、システム的に極めて不透明だ。
SAOのルールとしては紛れもなく死亡しているものの……それによるナーヴギアでのマイクロウェーブ発動の寸前で、奇跡的に処理が停止している、と言ったところかな。
>なぜ、そこで処理が止まっているのかと聞かれれば、それはグラント君の持つ、その盾によるところが大きいのだろう。
「ラディウス・バックラー」……それは、このアインクラッドをデスゲームとする際にナーヴギアの殺傷機能を検証する為に作成された、GM装備なのだからね。
>つまり、その盾の元々の所有者は、私だ。
アーガスの他のスタッフの目を掻い潜って、ナーヴギアにマイクロウェーブ放出のプログラムを仕込む際に、その動作をテストする必要があったのだよ。それの所持者当人と、所持者とシステム的な連結を持つプレイヤー……つまりは婚姻関係にあるプレイヤーは、条件を満たしていても殺処分を受けないという仕様になっていた。
実際にその実験台として人間を使うことが出来ない為、あくまでプログラムの稼働から「ラディウス・バックラー」による外的プロトコルの強制停止、までしかテストでは行えなかったのだが。
>そして、その盾の取得条件は、全SAOプレイヤーの中で、誰よりもヘイトを集めたうえで、誰よりも無効化したダメージ数の多いプレイヤーに送られるといったものだった。装備の強化やインゴットへの変換から新たに生産する際に、加工元の盾装備に問わず変質する、という仕様付きだ。
本来なら「神聖剣」を持った私自身が取得するものだと、我ながら信じて疑わなかったのだが……いや、とんだところに伏兵のあったものだ。
>そのような観点から、私は自分の認識を改めねばなるまい。
グラント君、ハルキ君も含めて、君達はあのキリト君に負けず劣らぬほどに、この世界における不確定因子だったのだろうね。まさか……あくまで分身ではあるとはいえ、GM権限を最大限に活用したあのホロウ・データをもこうして退けてしまうとは思わなかったよ。
>そこには、真心を込めてアインクラッドを生きた者としての、確かな信念があったのだろう。私は君達を、アインクラッドの理に反する反逆者だと考えていたが……それも撤回しようではないか。
きっと、二人なりにこの世界を案じた上での行動だったのだと……お互いに思想の根は同じものであったのだと……そう、思ってしまう私は、傲慢なのだろうか。
>さて。
ここまで話しておいて今更ではあるが、恐らくこのログは君達には届かないだろう。現在のグラント君とハルキ君はいかなる外的な情報をも受信できる状態ではないだろうからね。
だが、それでも私はこの言葉を、ログに残そうと思っている。
>グラント君、ハルキ君。
―――ゲームクリア、おめでとう。
>それは確かに、正規の方法ではなかっただろう。キリト君やアスナ君のように純粋に祝福の意を込めて贈ることの出来る賛辞かと言われれば、残念ながら、否だ。
であるからには、私は君達には……特に一連の出来事の主犯格であろうグラント君には、あるペナルティを背負ってもらおうと思っているのだよ。
>何、そう息苦しく思う事は無い。既に「種」はここにある。
いずれ近いうちにそれは、あの「黒の剣士」に託すことになるだろう。そうなれば……君はきっと、私より上手くやれる筈だ。
>そして、それを成し遂げた時……そして君が、まだ解決しきっていない、「阿修羅」としての君との間に一定の解決を為したその時、改めて私は君をこう呼ぼうじゃないか。
あの時はじまりの街で多くのプレイヤーが連呼した、その名前を…………。
「……ふう、どうやら今日はこの森も大人しいみたいだな。いつもならこの時間帯は結構俺達シルフのプレイヤーを追いかけて、サラマンダーの連中がしょっちゅう襲い掛かって来るんだけど」
「まあ、今日は大晦日だし? みんなリアルで親戚とあったり色々事情がアンだろ」
2024年、12月31日。
ここは妖精の国。九つの種族が、世界の中心に位置する世界樹の頂を目指してしのぎを削る、おとぎ話の世界。
つい先日まで世界を震撼させた、空に浮かぶ鋼鉄の城とはまた別の世界である。
そして、その仮想世界―――アルヴヘイムの名を冠する世界の一部、シルフと呼ばれる種族の統治する領土の森を二人の妖精が見回りに出向いていた。
「いやあ、それにしても今年はたまげたよなあ。なんせあのSAOが、外部の手を借りずにほんとにクリアされちまったんだからよ」
「何でも『黒の剣士』とか呼ばれてるプレイヤーが、ゲームマスターの茅場晶彦を倒してログアウトにこぎつけたって話だよな。
あーあ。俺もこの世界で、ヒーローになってみたいもんだぜ。結局一握りのトッププレイヤーだけが注目されて、オレ達みたいな三下はそいつらに必死について行くしか能がないってわけよ。
……さ、いい加減スイルベーンに戻ろうぜ。領主様が報告をお待ちかねだ」
……ほんとに、そうかな?
「……ん、ちょっと待て」
「ああ? 何だよ、かったりぃなあ」
「いや」
俺達は、絶対にヒーローにならなきゃ、いけないのかな?
「……何だ、あれ」
そうじゃない。
ヒーローじゃなくたって、世界を救えなくたって、世界を愛する事は、出来る筈だ。
「ちょ、何あれ、サラマンダー!? え?
たった一人で、スイルベーンに特攻してるぜアレ!?」
「はぁ? いや、集団でならまだしも、たった一人でとか無謀にも程があるだろ……!?」
大丈夫。それは、現実世界でも、仮想世界でも同じことで。
だから、遅いって事は無い筈だよ。
「しかもアイツ、初期装備で……いや、盾しか持ってねーじゃねーか!!!」
さあ、楽しもうぜ。
世界の理不尽さを。その中に隠されている、ささやかな幸福を。
後に帰還者の協力を経て出版された、「SAO事件記録全集」の誰の目にも止まらないような項目に、あるギルドの存在は記されていた。
彼等は攻略に一切関わっていない事情から華々しい戦績を称えられる事はなく、代わりに構成するメンバーの異色さから、SAOでトップクラスに個性的なギルドという名誉なのか不名誉なのか分からない微妙な評価を下されていた。
だが、あざとくもギルドマスターの名前を冠したそのギルドは(特にその「純傑」の名を持つサブリーダーが)とある事情から少なくない数のプレイヤーから絶大な人気を博しており、SAOが「黒の剣士」によってクリアに導かれる直前には……たった数日間とは言え、SAO最大の街に住むプレイヤー達からカリスマ的存在として広く親しまれていたという。
そのギルドマスターに関する記述はそれはそれは簡素なもので、何故か武器を持たない変わった趣向のプレイヤーである事以外はその詳細が語られる事は無かった。
だが、その書籍の最後の章の一節に、次のような記述がある。
『あるところに、人を傷つける力のないプレイヤーがいた。
彼は、どれだけ周りから奇異の目に晒されようとも、自身の抱く世界への疑問を追求し続けた。
その信念はやがて、世界の創造主たる茅場晶彦に対する、一つの挑戦へと向けられることとなる。
そして彼を知る人々は……彼をその時が終わるまで支え続けた、もう一人の少女と合わせて、その男をこう呼んだのだった。
……