SAO (シールドアート・オンライン)   作:ニモ船長

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シグルド「ねぇねぇ今どんな気持ち?」

シグルド「笑えよ、グラント」





グラント「特大ブーメラン」
 


第二話 初ログインから三十分と経たずにレネゲイドされたけど、質問ある?

 

 

 どうしてこうなった。現シルフ領主、サクヤは思った。

 いや、正確には理由なんて解りきっている。目の前で鼻歌なんて歌ってやがるこの盾バカ野郎が、彼女の統治する都市、スイルベーンで散々やらかしてくれた結果なのだから。

 

 

 「あ、今日そういやコーハクやってたっけ……あ、ねーねーソコのチミ、神崎エルザが今年出るのか知ってる? ……知らない? 知らないかぁ……むむ」

 

 

 緊張感のへったくれもねぇ。先の領主部屋、人呼んで執政室にて部下のシグルドやリーファを始めとした多くのプレイヤーに囲まれて跪かされ、その首にあっちこっちから武器の切っ先を突きつけられているというのに、本人はその内の一人相手に気さくに話しかけている始末である。流石の冷静沈着な領主様でも、この異様な光景に現実味を失っているのか、気つけの意も込めて自分でグラスに注いだ高級ワインをぐいと一気に煽る。

 

 

 「……君という男は。自分のしでかした事が、いったいどれだけの二次的な問題を誘発する深刻なものであるかに、まだ気付いていないようだね」

 

 

 そう、今回の一件がどう考えてもこのグラントと名乗る、ロングヘアーの絶望的に似合っていないプレイヤーが単独でしでかした暴挙である事は間違いないのではあるが、それでも彼がその背中に赤い羽根を持つ一人のサラマンダーであるという事実は取り消しようがないものであり。

 

 

 「現在、シルフとサラマンダーの友好関係は極めて劣悪だ。シルフのプレイヤーに無差別にPKを仕掛ける辻斬りサラマンダーも少なくはなく、その逆も認めたくはないが、また然りという訳さ。

 そんな中、君の今回しでかした行為は、間違いなくこのスイルベーンに暮らすシルフのプレイヤーから、そして成り行きを見守る多くのALO のプレイヤーから、サラマンダーによるシルフ領の侵略行為とみなされるだろう。そうなれば……シルフとサラマンダーの全面的な敵対は、避けられないものとなってしまうのだよ」

 

 「あ、そうはならないとオモイマース」

 

 

 まるで小学生のように手をあげて、気持ち悪いウインクをかましながら、そのサクヤののっぴきならぬ事情の解説を遮った。

 

 

 「……どういう事かな」

 

 「だって俺」

 

 

 そして、その場の全員が一度に絶句するようなパワーワードを、平然と吐いてのけたのである。ここまで来るともはや伝説だぞ。

 

 

 「俺、昨日初めてALOにログインして、三十分と経たないうちにサラマンダーからレネゲイドされたんだよねー。だから今現在、このグラント様はどの種族にも属していないって訳だぜ!」

 

 

 うっそだろお前。このALOにて、レネゲイド……つまりは何かしらの事情から自身の帰属する種族を捨てた脱領者を意味するその存在になるという事は、逆にいえば「世界の中心にある世界樹の頂点を目指して、それぞれ九つの種族が競い合う」というゲーム本来のコンセプトから大きく外れた、いわばSAOでいうところのオレンジプレイヤー的立ち位置に身を置くってコトなんだぞ。分かってる?

 

 

 「な……君は脱領者なのか」

 

 「いやー、まああのサラマンダー領主、の弟だったかな? やたらゴツいアイツさぁ、妙に組織的なところあったし、なんか息苦しかったからむしろレネゲっちゃって正解、テキな?」

 

 

 ユージーン涙目である。誰かって? まあ多分後で話すからその時に詳しく。ただ現在のサラマンダーのある種強硬的な戦力の組織化に関してはサクヤも耳に聞き及んでいたところであり、少しだけ言葉を詰まらせた。

 対照的なのはシグルドである。まるで汚物を見るかのような目つきでグラントを見やっている。明日は我が身だぞ。警告したからな?

 

 

 「……なるほど、君の今回の行動が種族間の問題とならない理由はよく分かった。

 だが、君は先程までの間に、実に多くのスイルベーンのシルフプレイヤーを巻き込んで戦闘を繰り広げたそうじゃないか。それが侵略行為でなかったとしても、私は領主として君の事を見逃す訳にはいかないのだ」

 

 「ねぇ、俺にもワインちょうだい」

 

 「断る」

 

 

 ちぇー、とやはりヘラヘラ口を正す事なく、しかし少し反論しにくい事実を、その落武者男は突きつける。

 

 

 「お言葉ですがね、領主様。今回俺はあくまでこの領主館に用事があってスイルベーンに突っ込んだってだけで、別に避けられる戦闘はなるべく避けようと思ってたんすよ。

 その証拠に、このスイルベーンにて誰一人にも、俺は能動的に攻撃していないワケでして」

 

 「貴様ッ、シラを切る気か!! オレに魔法を撃ち込んでおいてどの口がそれを言うのだ!!」

 

 

 それに反駁したのはシグルドである。確かにグラントの言う通り、基本的に彼は攻撃を仕掛けてくるシルフのプレイヤーから逃げ回っていただけで、武器による攻撃はおろか盾によるバッシングなどの牽制行為すら行っていないのである。

 例外は一つ。魔法を跳ね返されたシグルドがダメージを負ったあの一件のみである。

 

 

 「あれは俺がしでかした事じゃないぜ。魔法の発動元もそっちのメイジであって、俺はあくまで自衛の一環として魔法を跳ね返しただけっすよー」

 

 

 この男、できる。サクヤはちょっとだけ思った。そう思った時点でグラントの術中に嵌っていることに気づいていないらしい。もっと本質を見よう、この盾馬鹿はただ屁理屈を言ってるだけだぞ。初っ端から「敵襲じゃオラァァ!!」とかメッチャ煽ってたじゃんこいつ。

 大体、グラント側からシルフ達にダメージが入らないのはそもそもの仕様だろ。

 

 

 「んま、それでもどーしても交渉決裂ってんなら、何とかこの場から逃げ出して、次はケットシー辺りの領主館を狙ってみるまでだけど。

 ここに目を付けたのだって、ただレネゲイドされて飛ばされた中立地帯から一番近かったってだけだし」

 

 「……馬鹿、なのか」

 

 「馬鹿、だね」

 

 「馬鹿だな」

 

 

 上からサクヤ、リーファ、シグルドである。まあ昨日初ログインした井の中の蛙な訳で、世界の広さを知らないんだよね。物理的にも精神的な意味でも。

 だがそのニュービーながらあまりに大胆なグラントの言葉に、ここまで来るとかえって興味が湧き始めていたサクヤは、一つ咳払いをし、念の為と抜き放っていた太刀を鞘にしまうと、自身のデスクに付随する豪華な椅子に腰を下ろして切り出した。

 

 

 「……良かろう。聞こうじゃないか。君がそこまでして、私に接触したがった理由をね。いや……今までの会話から察するなら、各種族の領主にあたる人間、と言った方が正しいのかな」

 

 「ふふん、よく分かってるじゃないの」

 

 

 するとグラントもニヤリと不気味な笑みを浮かべると、両手を上げて敵意のない事を示しながらもその場で立ち上がる。そのあまりに自然な動作に、武器を突き付けていたはずのプレイヤー達が逆に慌てて矛先を調整する有様である。

 いやね、一応言っておくけど、相当無理してんだと思うよグラント。忘れてないと思うけど、この男小心者だもん。

 

 

 「簡単に言えば、支援をお願いしたいわけ。レネゲイドの身分じゃあ、色々と不自由が多いって聞くからさー。

 俺は今から世界樹に行って、グランドクエストに挑戦する。その為の道案内とか諸々、頼みたいってワケ」

 

 

 これにはサクヤのみならず、その場の全プレイヤーが失笑した。彼らは知っているのだ……いかにこの世界の最終目標たるグラントクエスト……世界樹の天辺を目指すと言う行為が、無謀であるのかを。

 

 

 「このゲームがサービスを開始してからもう、一年近くの時が流れている。

 それでも未だにあのクエストを突破したプレイヤーは一人たりとも存在しないのだ。今までこのシルフを始め、多くの種族が総力を上げて世界樹の制覇に挑戦したが……そのどれもが壊滅という形で終わりを迎えているのだよ」

 

 「らしいね。あのゴツいサラマンダーも言ってたよソレ。

 でもさ。それって、あくまで同種族での挑戦でしかないよな?」

 

 「……それはそうだろう。世界樹の天辺に存在する、妖精王オベイロンの住まう空中都市。

 そこで光種族アルフとして転生し、永遠の滞空時間を持つ羽根を与えられるのは、一種族のみであると……ゲームの運営側も明言しているのだからね」

 

 「うーん、だからそこが盲点だと思うわけよ」

 

 

 しかし、次のグラントの言葉は、どうやら一年前にサービスが開始してから、誰も思い付くに至らなかったものの様であった。それが紡がれた途端、嘲るようなその場の雰囲気が、一瞬にして凍りついたのだから。

 

 

 「レネゲイドされたプレイヤーは、種族の依り所をなくす。それって裏を返せば、括りとしてはある種どの種族からも独立していた、いわば一つの『種族』って言える存在なんじゃないの?

 脱領者なら、世界樹を登れる。その可能性がないって、言えるかい?」

 

 

 リーファは大きく目を見開き、シグルドはさらに目つきを剣呑にする。さしものサクヤもこれには息を呑んで、直後に深く椅子に座り込んで、右手を頬に当てて考え込む。

 

 

 「……つまり、こう言いたいのかな、グラント君。

 君に支援した種族のみが、君の動向を探り、その実験の……つまり種族からの追放という行為にグラントクエスト突破の切り口があるかどうかの検証の、その結果を追うことが出来る、と」

 

 「そういう事。それこそ今のこの場のみんなの反応を見ても、どうやらALOプレイヤーにとってその考えが主流になる可能性も限りなく低そうだし、完全に独占市場になるんじゃないかな」

 

 

 これは上手い。ヒースクリフの時もそうだったけどこの男、小心者を補ってお釣りが付くくらいにはとんでもない事を考えつくなぁ。

 考えれば考えるほど、領主という立場からするとグラントの提示するその可能性はジレンマに満ちている。なぜならレネゲイドされたプレイヤーは、そのペナルティとして自身が元々帰属していた種族の領土に足を踏み入れる事が出来なくなるのだ。それはレネゲイドした側とされた側の間には、それを行なった時点で決定的なフットワークの差が出来上がってしまうという事実を意味する。

 つまり、同族間における被レネゲイド者を利用した検証を行うには、それに伴う障害が甚大すぎるのである。例外はたった一つ。今のグラントとサクヤのような。異種族間におけるケース。

 

 

 「……シグルド、リーファ、皆を連れて席を外してくれ。今日は大晦日だというのに済まなかったね。後はこの場を私が受け持つから、君たちは解散してくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数分と経たぬうちに、執政室にはその主たるサクヤと異邦人たるグラントのみが取り残された。しんと静まり返った部屋に蝋燭の光が淡く灯り、先程グランドが飛び込んだものの既に修復済みの大窓からは、妖精の生きるアルヴヘイムに相応しい神秘的な星空が広がっている。

 

 

 「さて。皆を帰らせたのは他でもない。

 君の言う支援を仮に私が受け持つとして、その前に確かめておきたい事がある」

 

 「……と、言いますと?」

 

 

 この時点でサクヤは、このグラントに対してそれまで抱いていたような猜疑心や敵意といった類の警戒は完全に解いていたと言える。現状の勢力としてサラマンダーは全種族の中でもトップクラスに入る実力を持つのだ、こんな回りくどい事をしなくともサラマンダーはシルフと本格的に全面戦争を行えば、彼女自身も討ち取られて結果としてシルフが衰退する可能性も少なくないのである。……まあ、サラマンダーからの全面戦争の口実作りと考えられない事もないけど。

 

 

 「分かった、それならもっと直接的に問おうではないか、グラント君。

 ……君が、レネゲイドされてまでこのALOを続け、世界樹を登る理由は、何かな」

 

 

 しかしそこだけが、サクヤの腑に落ちなかったのだ。

 もちろん妖精としての滞空時間の無限化も大きな要因ではあると思うのだが、彼女がそれを目指す理由はあくまでその恩恵が、一種族()()に享受されるものだと運営に告知されているからである。

 対してレネゲイドである彼が仮にグランドクエストを完遂させたとしても、その時レネゲイド全員がその報酬を受諾出来るのかどうか、そしてそこに従来の種族がどのようにして介入できるのか……そこは甚だ疑問である。

 そして更に、空を自由に飛びたいというある意味で漠然とした理由のために、目の前の男がグランドクエストに挑戦するというのも妙に思うのだ。それが一日前に初ログインしたばかりの、空を飛ぶ楽しさをまだ殆ど知らないと言っていいニュービーなら尚更である。

 

 

 「何か、あるのではないかな。

 君だけが知っている、他人には言うのを憚られる事情が」

 

 

 

 「さっすが、そこまで分かっちゃうかー」

 

 

 今度はグラントが観念する番であった。彼はその場でどっかりと座り込んで胡座をかくと、可愛い女の子でもない癖に右手の人差し指をピンと立てて自身の口元に寄せる。

 

 

 「……こっからの話は、ホントに他言無用でお願いね。仲良いプレイヤーにも、ましてや運営にすら」

 

 

 そして、その盾男は語り出したのである。彼が、彼をここに送り出した人物から託されたものについて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……なんかすんごい研究者って聞いてたから、てっきりどっかのラボとかに呼び出されるかと思ったら」

 

 

 2024年、12月24日。

 東京都品川区大井一丁目、大井町駅近辺はクリスマスイヴ商戦で賑わっており、そこかしこをツリーやサンタクロースの靴下を模した飾りが彩っている。

 そんな中、二年もの間暮らしてた異世界から生還し、一ヶ月超のリハビリ及び入院生活から漸く解放されたその男は、退院直後に院内にて知り合ったとある人物から話せないかと連絡を受けて……「彼女」の指定する待ち合わせ場所まで足を運んだのだが。

 

 

 「まっさか、大型家電量販店……の隣にあるファーストフード店で待ち合わせとは。案外庶民的な感性の持ち主なのかもしれぬ……?」

 

 

 あの仮想世界では長く伸ばしていた髪の毛をバッサリと切ったような短髪に、ダークブラウンのコートを黒デニムと白セーターの上から羽織った彼の名前は、信田玄太郎という。言わずもがな、あの「グラント」の現実世界での姿である。……なんだか予想以上にファッションがしっかりしていて納得がいかない。

 

 

 「あら、玄太郎君。こっちよ」

 

 

 だが、唐突に掛けられたその声に目の前の店内を見やって、そのひと席に目当ての女性が座っているのを認めて。そしてカウンターにてハンバーガーを購入した後にその女性と向かい合うようにしてテーブルについた彼に、彼女が続いてこう言ったのだ。

 

 

 「……良かった。ちゃんと私が言いつけた服装を着てきたのね。

 敢えて直接的に言わせてもらうけど、玄太郎君身だしなみのセンスは本当に絶望的だから……」

 

 「出会い頭にそれはご挨拶ですねぇ、神代さん」

 

 

 やっぱりか。オメーのファッションセンスじゃないのか。因みにSAOにダイブしている間に伸びに伸びたロングヘアーを、何を血迷ったかこの男さらに伸ばそうとしていて、それを見舞いにやってきた彼の両親と彼女……神代凛子博士が全力で止めに入ったという経緯付きである。

 

 

 『ぐぶぐぶぐぶ、流石パイセン、あの冷徹女リンリンを本気で心配させるなんて、ワイ達に出来ないことを平然とやってのける、そこにシビれる! あこがれるゥ!!』

 

 「いいね、前に比べて引用の正確性が上がってて大変よろしい、マソップ」

 

 

 神代博士がそれを見越して、その音声を発するパソコン本体の音量を前もって大きく下げていたので周囲の迷惑にはならなかったが……それは玄太郎がグラントとしてアインクラッドで耳にしていたマソップの声そのものである。

 一応辻褄を合わせておくと、SAOがクリアされて、グラントが玄太郎として病院で目覚めて数日が経った時、彼の病室に家族以外で初めての来訪者がやってきたのである。

 それが今彼の目の前にいる神代凛子博士だった。自身も茅場晶彦との関係性からかなり難しい立場に立たされていた筈の彼女だったが、どうやら特にエラーもなくかの世界から戻ってきたパートナーAIから「グラント」という極めて個性的なプレイヤーと行動を共にしていた事を聞いて、彼に接触を図ったそう。

 

 

 「改めて玄太郎君、退院おめでとう。あなたは他のSAO帰還者と比べても日常生活への復帰が早かったそうね。

 どう? 久しぶりの現実世界には、慣れたかしら?」

 

 「そうっすね。まあ身体が重いわーとは思ってますけど、今の問題はそっちじゃなくてですね」

 

 「……ええ、分かっているわ。

 玄太郎君は今年で十八歳。高等学校への復学は既に絶望的なのよね。

 現在、政府から帰還者に向けて、SAO事件被害者救済プログラムと呼ばれる……既に年齢的な理由で来年から開校される帰還者学校に通えない人々に対する救済措置を打ち出す事が検討されているそうよ。これを満了すれば、少なくとも高校卒業資格を取得できるらしいわ。

 って、そんな事は玄太郎君なら既に調べているわよね」

 

 「ええ、まあ。そっちは何とかやってみるつもりなんですけどね。

 問題はこの後、俺がどうするかって話でして。大学に行くかどうかとか、そういう辺りですかねー」

 

 『パイセンが学生になるとか、想像できないわー。もしそうなったら受験先を教えてくれれば、ワイのスーパーハッキング技術を駆使して大学側の試験問題を事前に盗み出して』

 

 「するなかれマソップ」

 

 「それは犯罪よマソップ」

 

 

 あの剣の世界では一人前の盾使いであったグラント/玄太郎も、リアルに戻ってみればまだ大人になりきれない若者である。

 そもそも社会に復帰して二ヶ月も経っていない現状では、この二年間で変化した世相はおろか彼の得意なサブカルチャー関連の話題すらまともに追いつけていないというのが実態なのだ。そんな状況で、しかし彼は法律的にも自立を推奨される年齢へと差し掛かってしまっているのだから現実は残酷である。

 ……まあ、後にそんな玄太郎を軽く上回る苦境に立たされた人物が出てくるんだけど。誰か分かるかな。サッポ□ビールのあいつって言ったら分かるかな。

 

 

 「……今はじっくり考えれば良いと思うわ。こんな事は、茅場君と一緒にあのゲームを維持していた私が言ってはいけないと思うのだけれど……。

 でも、あなたや他のSAO帰還者には、今後の人生を後悔しないような道を歩んで行って欲しいから。こんな忌々しい出来事に囚われずに、力強く生きて欲しいから……」

 

 「ちゃんと本心で話して欲しいなぁ、神代さん。マソップも言ってやってよ。

 あなたは茅場晶彦を殺す為に彼のもとに向かったのに、それに失敗した。もちろん交際関係にあった間柄だったからだってのも分かるけど」

 

 

 もちろんこんな突っ込んだ話をしているのも、彼らが既にある程度交友関係を深めているからではある。初めは茅場晶彦の協力者であった彼女に玄太郎も多少の警戒心はあったのだが、彼女のパソコンから聞こえる気の知れた仲間の声と、何より彼女自身の真摯な対応によって、現在その気構えは完全に氷解していると言っても良い間柄にはなっているのだ。

 

 

 「茅場の事が好きだったのなら尚更、あなたも知りたかったんじゃないですかね。あの茅場が、一体どうしてあの世界を作って、何をしようとしていたのかを。加えて、これからあの世界をどのように、誰の手に委ねるつもりだったのかを」

 

 「……女性の心の内を詮索するのはあまり褒められたものじゃないわよ? 今回みたいな只ならぬ事情でもなければ、女の子と会話する時には余計な事に探りを入れない方がいい場合もあるって、私から一つ忠告させてもらおうかしら。

 でも、敢えて玄太郎君には腹を割って話すとね、あなたのその推測は間違っていないわ。そして」

 

 

 だが、神代凛子はどこか淑やかな雰囲気を持つ女性でありながらも、一方で世界を牽引するVRマシン研究の第一人者なのだ。そう言いながらも、玄太郎のその遠慮のない発言にその目をきらりと光らせると、彼女は声を潜めて。

 

 

 「だからこそ、あなたにもう一度、あのフルダイブ型VR世界に触れる機会を与えたいと思っているの。

 あのSAOという仮想世界がこの現実世界に与えた影響を体験してもらう為に。そして……その影響が、本当に正しい事の為に作用しているのかを確かめる為に」

 

 

 そして、彼女は自身の前に開いていたパソコンを、玄太郎の方へとくるりと返す。その液晶画面には、右下にあるマソップの音声データウィンドウを除くと、全面にとあるゲームのポータルサイトが開かれていたのである。

 そのゲームの名前を、「アルヴヘイム・オンライン」と言った。

 

 

 「通称ALOと呼ばれるこのゲームね、滞空制限はあっても、自由に空を飛べるVRMMORPGとして、今ではあのSAO事件の勃発があったにも関わらず大人気なのよ。機能面において絶対安全を謳うアミュスフィアって言うナーブギアの次世代機を使ったフルダイブ型VRゲームなのだけれど」

 

 『その実態は、SAOのコピーサーバーを利用していて、どうもきな臭いのさー。運営会社のレクト・プログレスは、サービス開始から未だに成功者の出ないクエストをゲームの最終目標として掲げていて、おまけにその突破について完全ノーヒントと来たもんだぜ』

 

 「SAOの、コピーサーバーだって……?」

 

 

 玄太郎はマソップのその言葉に耳を疑った。

 あんな事件が起こってしまったのだ、その上でVRゲームに新規のユーザーを呼び込むには、「絶対安全」を確約しているアミュスフィアのように徹底的なシステム面における安全性を確保していないと夢のまた夢の話だと思うのだが。

 だがそんな状況において仮想世界のプラットフォームを作るにあたって、わざわざ問題だらけだったSAOのサーバーを参考にするなんぞ言語道断である。

 因みにその事実についてはプレイヤーはおろかレクト・プログレスの殆どの社員にすら知り渡る事はなかった。というのも、ALOの創生はたった一人の男…… 東都工業大学重村研究室の出身にして、茅場晶彦の後輩、須郷伸之によって成されており、その経緯を知る人間がレクト内部にすらいなかったのである。

 よってALOサーバーに直接探りを入れない限りはそのプラットフォームの模倣に関しては浮き彫りにならない筈なのだったが……今のマソップと後の元MHCP001ことユイが、まさにそれをやってのけてしまったのだから仕方がない。

 

 

 「レクト・プログレスはSAO事件の責任を取る形で解散に追い込まれたアーガスに代わって、そのサーバーの管理を任されているらしいわ。それと合わせて考えると……一つ、思い浮かぶ話題があると思わないかしら?」

 

 「目覚めない、SAOプレイヤー達」

 

 

 黒の剣士、キリトが茅場晶彦の分身たるヒースクリフを打倒した事で、SAO内に閉じ込められていた総勢六千人ものプレイヤーは例外なくそのログアウト処理を完遂させている筈だった。

 この玄太郎も(いや、この男とあの相棒、そしてキリアスの四人だけはちょっと他の皆とは経緯が違ったりはするのだけど、まあそれはいいや)、それによって晴れて病院のベッドにて目を覚ましたのである。だが、SAO事件に関してまだ完全に収束したとは言えない状態が、2024年の終わりに差し掛かった今でも続いていたのだった。

 目覚めないのだ。三百人ものプレイヤーが、SAOプレイヤーが。あの世界から現実世界へと送り返された筈のプレイヤー達の意識が、戻らないのだ。

 

 

 「アーガス本社地下五階に存在するSAOサーバーのメインフレームも、SAOのクリアと共に初期化された筈なのに……どういうわけか今現在も不可解な稼働を続けているらしいわ。

 未だに機能するSAOサーバー、それらを管理するレクト・プログレス。そのSAOに閉じ込められたプレイヤーが一部目覚めず、そんな中レクトはSAOのコピーサーバーを転用してALOを運営している。

 玄太郎君は、どう思う? あの世界は、茅場君の創り上げた世界は……この現実世界に、一体何をもたらしたのかしら」

 

 「……つまり、神代さんは、ALOっていうそのVRゲームが、一部のSAOプレイヤーの昏睡状態に関わっている、と思っているんですかね。

 ……マソップ、例の件だけどさ」

 

 『ほいほい、こっちも調査済みだぜー。

 いい知らせと悪い知らせがあるんだが、どっちが知りたいのだぜ?』

 

 

 その神代博士とマソップの言葉に、一度玄太郎は大きく息を吐いた。もしかすればあり得るかもしれない事態である事は彼も重々理解していたのだが、いざそれが的中してしまったとなると……いよいよそれ相応の覚悟をせねばならないのだ。

 

 

 「誰なんだい」

 

 『トミィ』

 

 

 長い付き合いである。玄太郎もそのパソコンから聞こえる機械音声がいくら無機質なものであったとしても、それは彼女が無感情である事を意味している訳ではないという事をよく知っていた。

 上がってしまった一つのプレイヤー名に、神代博士も目を伏せる。

 

 

 『ハルキニキとオルスニキは、問題なくそれぞれの病院内にて意識回復が確認されたそうだけど。

 トミィチュワァァァンだけは……まだ目覚めていないらしいぜ』

 

 

 

 

 

 ……ふむ。

 話を整理すると、君はいわゆるSAO生還者で、このALOに、正確には運営のレクトに、一部のSAOプレイヤーの意識不明状態に関連した何かしらの陰謀が隠されている、と疑っている……これで合っているかな?

 

 断言も出来なければ証拠もないよ。

 だけど……あの世界で寝床を共にした仲間の力になれないまま、俺はこの仮想世界に区切りをつける訳にはいかないんだよねぇ。

 

 正直……あまりに荒唐無稽な話だ。いや、きっとそれは私があの悪魔のゲームに閉じ込められていないからこそ、ゲームを只のゲームとしか認識出来ないからかもしれないが……。

 

 まあ、俺も自分の言った事が真実じゃない事を願っているんだけどさ。でも、仮にもこのALOで一種族の領主をやった身なら、少しは心当たりがあるんじゃないかな。

 この仮想世界は、良い事も悪い事も含めて、俺たちの想像もつかない様な可能性を沢山……実に沢山、秘めているって事に、ね。

 

 

 

 

 

 

 「……それにしても、意外っすね神代さん」

 

 

 玄太郎はその場で一つ伸びをして、目の前の女博士に向き直る。その目は既に何かを決心した様な光を讃えており、それを察しながらも神代博士は微笑んで彼の言葉を受け止めた。

 

 

 「てっきりあなたは、俺の両親と同じ立場なのかと思ってたんですけどねぇ。それはつまり、VRゲームの続行を全力で否定する立場って事なんですけど」

 

 「……実はね、あなたの両親にはもう説明済みなの。最終的な決定は本人に任せる事、そしてあなたの安全を保証する事を条件にね。

 私はね、玄太郎君。今回の事があなたの仮想世界に対する、一つのけじめになってくれればと思っているの。今回のこの事件で生み出されてしまった被害者の数は数知れないけれど……茅場君と共に多くの犠牲者を出してしまったこの私が、生き残ってくれた人々に施さなければならない償いの第一歩に……君がなってくれればと思っているのよ」

 

 『な…なるほど、つまりリンリンはSAO帰還者に弱みを握られてアンナ事やコンナ事をされるけど、これが償いだとやがて瞳からハイライトを失ったリンリンはそれを受け入れて……』

 

 「流石に自重しろ鎖骨prpr女」

 

 

 あまりにムードデストロイヤーなマソップに流石の短髪男も下世話な想像をする前に突っ込んだ。マソップお前自分で姉代わりって言ってたリンリンになんて恥知らずな事を。この空気どうしてくれるんだよ。

 

 

 「…… もしあなたがあの仮想世界で、何かやり残した事があったのなら、その手伝いをさせて欲しい。その体験があなたにとっても、私自身にとっても、きっと前に進むきっかけになってくれると思うの。

 だから、無理にとは言わない。出来たらでいいから、手を貸してくれないかしら。このALOというゲームで……茅場君の世界を継いだこのVR空間で、何が起こっているのか、一緒に探ってみてはくれないかしら」

 

 

 祈る様な、何かを堪える様な瞳を讃えて、そう言い切った神代博士……いや、神代凛子を少しの間玄太郎はぼんやりと見つめていたが。

 やがて彼はその顔に、「グラント」譲りの気持ち悪い笑みを浮かべて、それに応えたのだった。

 

 

 「受験勉強、教えてください。それで手を打つとしますよ。

 美人の女性に家庭教師してもらうなんて、夢みたいじゃないっすか」

 

 『テメーこそ自重しろ落武者男』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてさて。ここで場面を少し変える事にする。

 2025年、1月4日。ここはアルヴヘイム、インプ領。山岳地帯の構造のために昼夜を問わず日光が入りにくく、その領地と首都は極めて異質な事に常に暗闇に包まれているのだが、紫色の羽根を持つインプは種族の持つ特性として暗視が出来るために、その闇の中でも他の地域と変わらずに行動が出来るのである。

 そのサラマンダー領の東、世界全体でいえば南東に位置する土地にて、一人のプレイヤーが、またこの妖精世界に舞い降りようとしていた。

 

 

 

 

 

 「……帰って来ちまったなぁ。俺もとんだ馬鹿ってか」

 

 

 ―――彼女の名前は、ハルキといった。

 

 

 

 

 

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