SAO (シールドアート・オンライン)   作:ニモ船長

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「滅亡だな、滅亡。ハイ決定」

「なんでそんな事を言うのかにゃん! インプのみんなは今までヨワヨワだったけれど、それでもみんななりに精一杯楽しんでいたのにゃん!
 領土内を全部使ったかくれんぼをやったり、暗闇の中で暗視能力を使わずに誰とも目を合わせないでクリスマスにプレゼント交換したり、そうやって種族内で特に派閥が出来たり分裂したりせずに頑張ってたのにゃん!!
 それが、なんで滅亡しなきゃいけないのにゃん!!」

「それはね」




「ここがPK推奨の、アルヴヘイム・オンラインだからだよ」 
 


第三話 弱小種族のウォークライ

 

 

 「……えっと」

 

 

 2025年、1月5日。

 年越しを祝う三ヶ日が過ぎて、迎えた新年に多くの人々が思いを馳せる、そんな日の出来事である。

 

 

 「いや、あのさ。俺今日ここにログイン? したばっかりで……その、このゲームがどんなゲームかとか色々状況がさっぱりなんだけど……」

 

 

 戸惑う様にそう零したのは、先のSAO事件の当事者にして、その仮想世界の中で多くの人間の希望となった女剣士、ハルキである。

 彼女が再び仮想世界に舞い降りた理由はまた後述するとして、その瞳と同じ紫色を基調とした初期装備の服を着ている事から、どうやらこの妖精世界に置いて自らの種族としてインプを選んだ様である。実はALOの女性ユーザーに人気な種族トップスリーにランクインする訳でもないのに、どういう訳か種族内の男女比が圧倒的に女性側に傾いている珍しい種族だったりする。

 つまりはあれだよね、シルフやケットシー、ウンディーネって感じの華々しい種族が眩しすぎて、自分に見合わないと思ったネク……いや、これ以上はよそう。あくまで推測だし、事実だとしても例外はいるだろうし。何よりハルくんは例外だろうし。

 え? 何を言いかけたかだって? ネクストジェネレーション?

 

 

 「いいや! この際どうでもいいにゃん! 是非とも、是非とも!

 是非とも、このインプの代理領主になってほしいにゃん!!」

 

 

 おお、おお?

 ログインしたばっかなんだよなハルくん? 初っ端からすんごい話に巻き込まれてるね。

 因みに今彼女は目の前のにゃんにゃん言ってる女性プレイヤーと共にインプ領の首都の領主館にいるのだが、それまでにハルくん、勝手が分からず何となく街の外、領地の外の中立地帯に出た経緯がある。

 

 

 「キャラを作ったばっかりだというのに、中立地帯でおっかないサラマンダーに囲まれても、ビビらないで全員斬り伏せちゃったハルにゃんには是非ぜひ、今のインプを引っ張っていって欲しいのにゃん!」

 

 

 そう、グラントも中々やらかしていたが、こっちはちゃんと正統派のやらかしである。ちなみに月末にキリトもリーファの目の前で複数のサラマンダーを相手に無双したりするのだが、こちらもそれに負けない大暴れっぷりだったそう。

 まあ、元々現実世界で剣の道を突き進んでいた剣客少女なのだ。その上でこちらも後述する事情からSAOのキャラデータをそのまま持ってきているのだから、はっきり言ってこの世界で彼女の敵はそういないだろう。ちょっとだけ魔法が気掛かりだけど。

 

 

 「い、いや、領主? えっと、領主ってのが何なのかよく分からないけど、領主って言うくらいだから、今の領主はどうなったんだよ?」

 

 「めっちゃくちゃ弱いにゃん。インプのプレイヤーの中でもかなり弱い方だにゃん。インプ領主撃破特典はこの今のアルヴヘイムで一番手に入りやすい領主撃破ボーナスとして狙われてるくらいだにゃん。つまり最弱領主だにゃん」

 

 「ええ……」

 

 

 妖精達を統治する領主を討ち取ると、それだけで種族間の勢力がひっくり返る程のボーナスが生じる。

 具体的には、討たれた側の領主館に蓄積されてる資金の三割を無条件で入手でき、かつ十日の間、撃破された側の種族の街を占領状態にして税金を自由に掛けられるのだ。それによって得られる総額は一種族の持つ総資産に迫るほどである。インプは九つの種族の中では力関係として極めて弱い立場にあり、その領地内で流通する経済も比較的貧弱ではあるが……それでも、領主撃破特典の被害を被って仕舞えば、その勢力の衰退はほぼ確定的になってしまう。

 

 

 「……だから、俺に領主をやって欲しいって? 俺の事を知ってるプレイヤーなんて全くいないっていうのに? そもそも領主ってそうやって決めるもんなのか?」

 

 「ふつうは領主投票っていう選挙をするにゃん。でもただでさえ最弱クラスの種族のインプの領主なんか誰も期待してないのにゃん。そうやってみんなでふざけて投票したら、インプの中でもヨワヨワの現領主が選ばれちゃったのにゃん。

 このご時世だから、もうそんな選挙をするかなんて誰も気にしてないにゃん。今から領主の執政室に行くから、挨拶するにゃん」

 

 「ちょっ!?」

 

 

 あんまりに強引なにゃんにゃんプレイヤーに手を引かれながら、ハルくんはダラダラと冷や汗が頬をつたるのを感じた。これっていわゆる内部クーデターじゃないのか。流石にそんな事に巻き込まれたくはないんだけど。

 だが実際に執政室に入って、そこにいた領主ににゃんにゃん少女が事情を説明してみたら、まさかの返答である。

 

 

 「いいよ! 願ってもないよ! これでゆっくり油断できるよー!」

 

 「いいのかよ!?」

 

 

 思わずハルキも全力ツッコミである。そんな二つ返事で領主って変わっちゃっていいものだっけ。いや、それだけ現インプの情勢が世紀末って事なのか。

 

 

 「マロンちゃんもありがとねー。私いっつも失敗ばかりだからさー。いっつももう油断はしないって決めるんだけどねー」

 

 「みーこにゃん前も水色の装備を付けたサラマンダーをウンディーネだと勘違いして、大喜びで近付いて殺されかけたにゃん。しかも別にウンディーネとは同盟関係でもなんでもないのだにゃん」

 

 「……いや、もうそれは油断ってレベルじゃないだろ……」

 

 

 にゃんにゃん女性プレイヤー……ことマロンと、なぜか油断しちゃう現女領主ことみーこの掛け合いを聞いて、ハルキは思わず目をぐるりと回して呆れ果てる。こんなにあまりな事にあんまりだと感じたのは、あの落武者男と初めて出会ったとき以来だったか。

 

 

 「とにかくだにゃん! 細かい事はあたしとみーこにゃんが受け持つにゃん! ハルにゃんには、今のインプがサラマンダーの包囲網を突破できる様に鍛えて欲しいんだにゃん!!」

 

 「サラマンダーの、包囲網……?」

 

 

 現在、アルヴヘイムに存在する九種族の中で最も強大な勢力を誇っているのがサラマンダーである。その様になった大きな要因の一つに、初代シルフ領主を罠にかけて殺した事になる領主撃破ボーナスを享受した事が挙げられており、未だにその事件をめぐってシルフとサラマンダーの間には根深い確執が存在している。

 だがそれだけがサラマンダーの勢力拡大の秘訣ではない。ここ最近、サラマンダーはもう一つの隣国であり、弱小勢力であるインプに目を付けて、その領土の外縁に広がる中立地帯に部隊をそれぞれ待機させる事によって……領地から出ようとするインプを軒並み虐殺してスキルアップを行い、その戦闘力をじりじりと強化しているというのである。

 これによってはや数ヶ月もの間、領地内のインプは外に出られず、また領地外のインプも自らの拠点に帰る事が出来ない状態が続いているのである。流石に横暴だぞサラマンダー。

 

 

 「……それで、戦力強化してサラマンダーを追っ払ってくれ、か」

 

 「そういう事! 私剣を持って行こうとしたら鎧を忘れて、鎧を着ていこうとしたら剣を忘れちゃうくらいだからー。私ってホント馬鹿!」

 

 「……分かった。分かったからそこまでにしておこう」

 

 

 みーこちゃん居た堪れなさすぎる。自己肯定感が低いのも相まって思わずハルにゃんも止めに入る程である。魔女にならなきゃいいけど。

 

 

 「……事情は分かった。よく分からないけど、このインプって種族のプレイヤー達には、一応は今の領主であるみーこさんが話をつけてくれる、って事で良いんだよな?

 言っておくけど、一度本格的に戦力強化するって決めたらとことんやるのが俺の流儀だからな。ちゃんとそこんとこの覚悟が出来てるか、みんなにちゃんと確認を取ってもらったほうがいいと思うぜ」

 

 「了解だよ! じゃあ今からみんなに全体メッセージ送るね!」

 

 

 そう言うと、領主最後の仕事だー♫ とばかりにうきうきとした様子で、みーこは自らのスクロールを操作し始める。それで良いのか。プライドってもんはないのか。

 妙な事になったなぁ。ハルキは嘆息する。話を聞いているとどうもみーこ現領主も彼女と仲良いいにゃんにゃんマロンも、状況の割にはあまり緊張感が感じられない。まあただでさえ薄暗い土地である、その上で陰鬱なムードというのも気が滅入って仕方ないとは思うのだが……。

 だが、あの中立地帯で遭遇したサラマンダー達は、はっきり言って自身のスキルアップの為ではなく、単純に殺しを楽しんでいる連中の様にハルキには思えた。幸い敵がそこまで強くなかったのでコテンパンにした上で見逃してやったが……あの剣の世界とは違ってこの妖精郷で実際の命が失われる事はないとはいえ、その様な敵と戦うのであればそれなりの気胆や根性が必要だ。

 

 

 「……少々、手荒にやるとするかな」

 

 

 やがて視界の端に映ったみーこのメッセージを確認しながら、ハルキは意気揚々とはしゃぐ乙女二人を見て、そう決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「このウスノロ共めっ!! トロトロと走るんじゃねぇっ!!」

 

 

 夜の様に暗い山岳地帯に、ハルキの怒号が木霊し、山彦となって反響する。

 

 

 「全く! なんてザマだ!! お前達は妖精とすら呼ぶに値しない、言わばウジ虫だっ!! サラマンダーの足の下で落ち葉と一緒に踏み潰されるウジ虫だっ!!」

 

 

 どこの鬼軍曹だよハルくん。そう叫ぶ彼女の周りでは、みーこからの領主交代宣言に伴い発令された徴兵令によって集められた、総勢百名に上るプレイヤーが、しかしおそらく彼女らの予想とは真逆の訓練……つまり既に一時間半ぶっ続けで走り込みを強要させられていた。

 

 

 「は、ハルにゃん……? この訓練って、意味あるのかにゃん……?」

 

 「直接はないな。だがこいつらはどう考えても技術以前の問題だろ。

 根性さえ出来上がれば、技術はある程度後からついてくるよ。このALOじゃ武器の性能とか以外はステータス差はあまり出ないんだろ? だったら、思い切りが一番大事だ」

 

 

 口調はともかく、インプの連中の中では目立った失敗談もなく比較的まともな思考を持っているマロンが、目の前に広がる異様な光景に思わず隣のハルキに意図を確かめる。だが帰ってきた暫定領主からの返答に、理解した様な理解できない様な微妙な表情を浮かべるのだった。

 

 

 「そ、そうは言ってもだにゃん、インプの総人口の過半数が女性プレイヤーなのにゃん。今回集まってきたプレイヤー達も全員女の子だし、流石にこれは酷なのにゃん……」

 

 「女子供関係ないだろ。向こうはそんな事お構いなしでぶっ殺してくるんだからな。大体俺だって昔は二日に一回、五時間ぶっ続けで山道を往復したりしてたぞ?

 自由を勝ち取るには、それだけの覚悟が必要なんだ。その為には、まずこいつらのある感情を目覚めさせる必要がある」

 

 「ある、感情……?」

 

 

 不安げに尋ね返すマロンに、ハルキは口を歪ませて笑うと、言った。

 

 

 「怒り、だよ」

 

 

 そして、再び大声で叫び始めるのだった。

 

 

 「いいか! お前達は厳しい俺を嫌うだろう! だがお前達が俺を憎めば憎むほど、それだけ何かを学ぶんだ!!

 俺は厳しいがフェアにやるぞ!! 種族差別は許さん! 女だからって容赦もしない!! お前達は等しく妖精以下、ウジ虫だ!!

 

  全て! 平等に! 価値がない!!

 

 

 学校の部活で行う様なランニングとは訳が違う。先程言った様にここは山岳地帯で地形の起伏が激しく、またインプで暗視が出来るとはいえ真っ暗なその場は少しでも気を抜くとけっ躓いてしまいそうだ。そんな中でぶっ通しで走り続けているんだから、インプの女性プレイヤー達は次第に意識を遠のかせてゆく……。

 

 

 「お前達は今は妖精なんて代物じゃない! 戦闘の為のマシーンだ!!  戦士として、戦えない奴にこの場にいる価値はないっ!!!」

 

 

 だがそこにこのハルキの怒鳴り声である。あまりの傍若無人な内容に一瞬で意識が覚醒し、再び彼女への憎悪を滾らせながらも渋々走り始めるのだ。

 

 

 「もう音を上げるのか! まだ二時間も経ってないぞ!!

 どうせお前達の根性なんて、その程度のものって事だ! リアルに帰って、お前達が大好きなSNAPの写真でも抱いて寝るんだな……まあ、根性なしのお前達が好きなアイドルなんて、へちゃむくれの腰抜け浮気男に違いないだろうけどな!!」

 

 

 SNAPって、ハルくん色々と時代が古いよ。あの五人組ユニットとっくに解散しちゃったんだよ。流石エンタメに疎い系女子。

 だが、その言葉は、どうやらその場にいた多くの乙女達の琴線に触れた様だった。

 

 

 「……何ですって……?」

 

 「あたしのキタムクが、へちゃむくれの浮気男ですって……!?」

 

 

 「ああそうだとも、何度でも言うぞ。キタムク始めSNAP全員が、醜くくて毛むくじゃらの、女性を自分にとって都合のいい道具だとしか思っていないクソ野郎だってな!!」

 

 

 ……プツン。

 あまりに分かりやすく響いた、いや実際は響いていないけどまあ何となくプツンったのが分かる程に続いた長い沈黙に、ハルキはニヤリと笑う。

 ついに、この時が来たか。思ったより早かったな。やっぱりその気になっていないだけで、女はこういう時には実力以上の胆力を発揮するものだ。

 

 

 「……んだとコラああぁぁぁぁっ!」

 

 「ぃわせておけばノコノコと調子に乗りやがってええぇぇぇ!!」

 

 「SNAPの良さも分からないガキは引っ込んでろぉぉぉ!!!」

 

 「ほーう、そこまで言うならガッツを見せろ!! SNAPの名誉を守る為に俺を憎んでサラマンダーを斬れ!!

 ついでに教えてやる!! 俺がこき下ろすものはサラマンダーもこき下ろすものだ! 俺がSNAPを蔑む時、サラマンダーもSNAPを蔑んでいると知れ!!」

 

 「んだとぉぉぉぉ!! あのゴリマッチョ共がぁぁぁっ!!!」

 

 

 ……ちなみにそう叫んだのは、私ってほんと馬鹿のみーこさんである。

 その様子に満足げに頷いたハルキは、最後の仕上げと言わんばかりに剣を掲げて、ありったけの声量を轟かせた。

 

 

 「いいか!! 俺たちの特技はなんだ!!」

 

 

 「殺せっ!! 殺せっ!! 殺せっ!!!」

 

 

 「この訓練の目的はなんだっ!!」

 

 

 「殺せっ! 殺せっ!! 殺せっ!!」

 

 

 「ふざけるな! 大声出せっ!! 肝っ玉もねぇのか!!」

 

 

 「殺せっ! 殺せっ! 殺せっ!!」

 

 

 

 

 

 

 「……なんか、想像してたものと違うにゃん」

 

 マロンは、口調以外はまともなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いいかみんな。昨日の訓練では散々言わせちゃったけどな、なるべく敵を安易に殺さない様に戦ってほしい。

 今から俺たちは俺たちを苦しめる敵と剣を交えにいく。その行為そのものに誇りを、相対する敵にはしっかりと敬意を払うんだ。ゲームの中だろうと命を軽んじる様な事をした奴は、もはやウジ虫以下だ。俺がこの手で抹殺してやる」

 

 

 「Sir,Yes Sir!」

 

 

 次の日である。もうツッコみたくない。なんか色々酷すぎる。せめて情景描写だけはさせてもらおう。

 2025年、1月5日のこと。現在ハルキの引き連れたインプの軍勢は、インプ領と中立地帯の境界寸前の所で隠れて待機していた。サラマンダー側はインプ領の外側を丸ごと包囲する様に部隊を割いているのだが、それだけ大規模な包囲網線を張っているのだから、当然それらを指揮する中枢が存在するはず……と提言したのは、のほほんとしていた目付きを血走らせ、まるで別人の様になってしまったみーこである。

 彼女の提言を受けて、ハルキが偵察部隊を送って中立地帯に駐在するサラマンダーの部達を見回らせた結果、現在ハルキ達が襲撃を掛けようとしている中立地帯の一隊に、どうやら彼等を指揮する将軍がいる様なのである。こういう時にインプ領の視界の悪さと、暗視及び暗中飛行に長けたインプの特性の光るのである。ALO内において現在太陽はとっくに沈んでおり、月は照れども夜の暗がりに紛れられるのも彼女達にとっては幸いだった。

 

 

 「……それじゃ、行くぞ、みんな。

 今からみんなはウジ虫を卒業する。君達は立派なインプの戦士、戦場を掛けて仇敵を懲らしめる女武将、戦乙女だ!

 にっくきサラマンダーを中立地帯から撤退させて、インプは今後誰にも支配されないという事を、この世界に知らしめるんだ!!」

 

 

 「半殺せっ! 半殺せっ!! 半殺せっ!!」

 

 

 「よし、行くぞぉぉぉっ!!!」

 

 

 ……助けて。「半殺せ」なんて言葉あるのかよ。

 何はともあれ、そのハルキの号令によって遂にインプの軍勢は一息に山を駆け下りて中立地帯に入り、領地を出るインプの監視をするサラマンダー達の元へとなだれ込んだのだった。

 

 

 「な……何だいきなり!? 集団出奔か……ぐはっ!?」

 

 「うんドリャアアアああっっ!! これでもくらえヤアアァァァァっっっ!!!」

 

 

 戸惑いの声を上げた一人のサラマンダーを、複数名の女インプが手にした短剣や両手槍で蜂の巣にせんとばかりに突き刺す。そのあまりの手際の良さと身体から溢れ出る気迫に気圧された他のサラマンダーは、一人残らず足を竦ませて尻餅をついた。

 目が、死んでいるのだ。およそ人の魂の宿したプレイヤーだとは思えない。まるでそこに光も意思も存在しない様な、感情の色が極太の筆で黒く塗り潰されたかの様な圧倒的な圧迫感。いや、むしろ逆に純粋に昇華された怒りが他の感情の追随を許していないのかも知れない。

 そんな、人外の如き、美しさを捨てた戦女神達。

 

 

 「全員、一気に突撃だ!! 今まで虐げられていた分、根性見せてやれぇぇぇ!!!」

 

 「んゴアアアアアアァァァァァっっ!!」

 

 

 そのハルキの追加の鬨の声に咆哮で応じるインプのみなさん。怖い。ちなみにマロンもその中に入っているけど、どうやら彼女は悪質な洗脳を受けずとも一日で慣れたらしい。素養あるよ。

 

 

 「おい! 早くこっ、この事を将軍に知らせろっ!!」

 

 「お、おうっ!! それまで持ち堪えてくれ!!」

 

 

 一人のサラマンダーが彼の背中側に存在する枯れた森の茂みに走って消えたのを確認しながら、ハルキは目の前のサラマンダーの両手槍を弾き飛ばした。いいぞ、もっと敵を寄越せ。目撃者が多い分、インプの変貌は強烈な印象を持ってALO中に広まるだろう。

 やがて先程敢えて逃した敵の救援を受けたのか、多くのサラマンダーが次々とその場に姿を現し交戦せんとやって来た。そしていわゆる「タンク隊」と言われる大型の盾を持った部隊が、インプの戦女神の前に立ち塞がる様にして一列に並ぶ。

 

 

 「……今だ!! B隊! C隊!! 一斉に撃てっ!!」

 

 

 だがハルキはこの状況を想定済みだった様だ。その場で大声でそう指示した次の瞬間、敵のタンク隊は一斉に……何と側面から、矢継ぎ早に魔法攻撃の雨を受けることになった。

 何かというとハルくん、事前にサラマンダーがタンク隊を起用する事を予想して、サラマンダーの側面から回り込むように別働隊を忍ばせていたのだ。隠密行動に関してはALO内ではスプリガンに次いでその優位性が実証されているインプである。生身ならともかく、隠行魔法を身に纏ったインプ達に、サラマンダーは気付き様がないのである。

 

 

 (急襲で押し込まれた敵は、一度防御に徹して態勢を立て直そうとする。

 ……あのはじまりの街でも、そうだったもんな)

 

 

 つい数ヶ月前のあの戦いがもう随分昔の事のように感じる。きっとそれは、当時は隣にいるのが当たり前だったあの男が、今はまるで影も形もない為なのだろう。残ったのは思い出と、彼から受け継いだ信念だけ。

 

 

 「よーし! 突っ込め!!」

 

 

 感傷に浸っている暇はない。ハルキは剣を構え直した。瓦解したタンク隊の盾を踏ん付けて飛び越えると、慌てて杖を振りかぶるサラマンダーのメイジ両手を一思いに斬り飛ばし。

 両手を、斬り飛ばして。

 

 

 「……っ!?」

 

 

 その時、ハルキは水に打たれたかの様に頭が冷えるのを感じた。戦闘の高揚感と仲間への鼓舞の為に少し気が大きくなっていたが。

 何をしているんだ、俺は。あいつらにも言ったけど、これじゃあただの人斬りじゃないか。

 SAOでは、デュエルというのはあくまで模擬戦の意味合いが強く、そもそもそれを行うものすら少なかった上に行ったとしても……その勝負するプレイヤー同士がそれぞれ、相手の生身を切断したり、串刺しにする様なあからさまな殺傷行為は暗黙の了解で避けられていた傾向があったではないか。それが、このALOはなんだ。

 人を当たり前のように斬る。腕を斬り、足を斬り飛ばし、心臓に刃を突き立て、頭を眉間から真っ二つに割って相手を絶命させる。ついさっきまでは俺だって……俺だって俺以外の誰かの身体を切断していたのだ。

 ゲームなら良いのか。それは仮想世界だから許されるのか。それはいずれか……頭に結びついた無意識な挙動として、現実世界でも行ってしまうのではないか。いや、それ以前に……仮想世界のキャラクターなら、その命を殺めてしまっても良いのか。

 

 

 「……抵抗は無駄だ。少しでも動いたら斬るぞ」

 

 

 ハルキは両手を失いその場で跪いたメイジのサラマンダーの首元に剣を突き付けて、心の内をおくびにも出さずに言い放った。それを聞いた彼は、がっくりと項垂れて、残った二の腕だけで両手を上げる。

 忘れちゃダメだ、気を強く持たないと。ハルキは思った。これはおそらく、俺があのアインクラッドにいたからこそ思う事だ。例えゲームだとしても、守らなければならない一線がある、という意識は、普通のゲームをやっているだけではたどり着かない境地であるかもしれない。

 重要なのは、例え相手が憎い敵でも、あくまで無力化に徹する事。幸い周囲を見渡しても、ハルキの軍隊と化したインプの女戦士達はサラマンダーをいたずらに殺める事なく、武器を奪ったり手を斬り飛ばしたりして事なきを得ているようで、妖精達が死んだ際に残すリメインライトは、その場にはインプとサラマンダーを合わせても五つも存在しなかった。

 それでも、ハルキが短く僅かながらの犠牲者に黙祷を捧げた、その時である。

 

 

 

 

 「……弱小種族の烙印を押されていたインプがここまでやるとは。どうやら新たに軍務を扱う事になった者が相当優秀な様だな」

 

 

 

 

 そう、重々しい声で周囲に響くように告げたのは、ハルキの目の前、広がる乱立した枯れ木の森から飛び上がる様にして宙に浮かんだ、一人のサラマンダーの戦士だった。

 豪炎の色の髪を針地獄のように逆立て、浅黒い肌に猛禽に似た鋭い顔立ち。逞しい体躯をひと目で超レアアイテムと知れる赤銅色の鎧に包んだ男が、荒野を照らす満月を背にして上空からゆっくりと下降してきていた。

 彼の名はユージーン。戦闘力のみで言えば、現在のALOで最強の男である。

 

 

 「だが、こちらとしても勢力拡大が大詰めを迎えている今、大事な狩場を失うわけにも行くまい。

 悪いが、ここで全員剣の錆になってもらおう」

 

 

 そう言った紅蓮の双眸を持つ男は、隣に呼び寄せたサラマンダーの剣士から剣を借り受けると、その先端をハルキに向けて突き出す。

 

 

 「お前か。インプを纏める大将は」

 

 「……ハルにゃん、ヤバい相手にゃん。向こうはサラマンダーの中でも最強の男にゃん。勝ち目がないにゃん……」

 

 

 「マロン、確か味方に一人、薙刀を持ってるのがいたろ」

 

 

 だが、ユージーンの相手を焼き殺す様な視線をハルキは真っ向から受け止めながら、右手を翳してマロンに言いつける。にゃん!? とそのインプは一瞬慌てたものの……数秒後にはハルキの言葉を飲み込んで、近くにいた女戦士から薙刀(厳密には両手槍の括りなヤーツね)を取り寄せて、その手に握らせた。

 

 

 「……舐めた真似を、借り物でオレを下すつもりか……っ!?」

 

 

 そして、ハルキはその薙刀を両手で持つと、軽く助走をつけた後に棒高跳びの様に薙刀の鋒を地面に叩きつけると、羽根を使わずに一瞬にしてユージーンとの高度差を詰めて肉薄した。そして間髪入れずに、地面から離れた薙刀を彼の胴に叩き込む。

 

 

 「……ほう……!!」

 

 

 それをユージーンは驚きながらも慌てる事なく手にしていた剣で受け止める。しかし今度はそれすらも起点にして、ハルキは薙刀そのものを弦と例えるならば、まるでその円弧を描く様に飛び上がって、薙刀の刃の上からユージーンに向かって強烈な蹴りを放ったのである。

 

 

 「人と話す時は、ちゃんと同じ目線で喋る事だ! 上からなんて言語道断!!」

 

 

 その通りだ、その通りだけども。

 果たしてその一撃はある意味で不意打ちの様に決まって、ユージーンを下方へと吹き飛ばした。そのままその紅色の体躯は枯れ木の森の中に消えていき、ハルキもそれを追って森の中に飛び込む。

 

 

 「みんなは残りのサラマンダーの制圧を頼む! 目に物を見せてやれ! ただ……さっき俺が言ったことだけは忘れるな!!」

 

 

  「Sir,Yes Sir!」

 

 

 想像して欲しい。ゲームアバターだから、個人差はあれど実年齢とか関係なく、みんな殆どが十代から二十代くらいの初々しい若者の容姿である。

 そのうら若きレディ達が、ドス声で「サー、イエッサー!」である。この時点でサラマンダーもちびっちゃうよ。女の子怖い。でも仕方がないよね、SNAPのメンツかかってるし。

 

 

 「……少しは、やる様だな」

 

 「掛け合いを楽しむ気はないんでね!」

 

 

 どうやら向こうは着地の瞬間にホバリングをして衝撃を吸収していた様である。難なく地面に降り立ったユージーンの目の前に受け身を取りながら着地したハルキは、間髪入れずに薙刀の柄の中央部分を両手で持ち、刃と石突で交互に打つ様にしてユージーンに詰めかかった。そのやり方はどちらかと言えば薙刀術よりも棒術に近いもので、連撃速度も速い。一刀しか持っていないユージーンがこれを捌くのは至難の技だ。

 だがそこは相手も流石のALO最強プレイヤーである。回避行動を織り込みながらその打撃と斬撃の雨を捌ききると、一度剣を強振してハルキとの間に距離をとって、立て続けに何かしらの詠唱を行った。

 ハルキはこのALOにログインして二日目である、本格的な攻撃魔法というのを今まで体験したこともなく……だがそれでも今目の前の敵が行おうとしている何かが危険な物である事を察して、思わずその場で大きく跳躍した。

 直後、ハルキの立っていたその場所を筒状の巨大な炎が焼き払ったのである。サラマンダーが得意とする火炎魔法による攻撃だろう。ユージーンそういう系の魔法使えたのか。まあディスペル系の魔法使えるらしいし、基本的な魔法に関しては使えるのだろう。剣による勝負を良しとする彼自身にとっては不本意な手だっただろうけど。

 

 

 「なぁっ!? そんなのありかよ……!!」

 

 「悪いな。こうしてまでも……斬りたくなった!!」

 

 

 宙に浮き上がってしまったハルキは急いで、背中の紫色の羽根を羽ばたかせる。昨日のうちにマロンとみーこからALOにおける随意飛行の手解きを受けた彼女だったが、いかんせん熟練プレイヤーの様に思うように飛ぶ事が出来ず実に危なっかしいので、なるべく飛行戦闘は避けようと決めていたのだった。VR適性に優れているキリトと、リアルで鍛えられた反射神経を武器にしていたハルキとの差がここで出てしまったのである。

 対するユージーンは飛行、地上戦闘両方にて数多の修羅場を潜ってきた歴戦のプレイヤーである。空中で垂直に体勢を整えるのに精一杯なハルキを下から斬り上げる様に、物凄いスピードで彼女の元へ飛び上がってきたのだ。

 

 

 「こ……このおっ!!」

 

 

 こうなったら仕方ない、ハルキはその場で薙刀を振るってユージーンを迎え撃った。だが地上でのそれほど勢いがなく易々と避けられてしまう。その一撃で彼女が空中戦になれていない事を看破したユージーンはふっと息を吐いて神速の剣を彼女に振るい、それをハルキは必死で薙刀の鎬で受け止める。

 

 

 「捉えたぞ」

 

 

 ユージーンがハルキと剣を交えながら、にやりと笑った。その時になってようやく彼女は自らの過ちを悟ったのだ。

 薙刀を使う事でユージーンを出し抜けていたのは、ひとえにそのリーチがあったからこそである。だがその将軍の剣を防御してしまった現在……二人は剣と剣の鍔迫り合いでもするかの様に肉薄してしまっていたのだ。

 次の瞬間、ユージーンのラッシュが始まった。まるで赤影の嵐のように迫る剣戟に、ハルキはたまらず薙刀の柄で防ぎ逃れようとするのだが、長棒では近い間合いでの攻撃を防ぐのに都合が悪い。

 

 

 「なっ……しまった……!!」

 

 

 遂に手にしていた薙刀が真っ二つに折れて、ハルキはその場で大きくのけぞる。それを見逃すユージーンではなかった。まるで太陽のプロミネンスの様に翻された彼の剣が、彼女の腹部を深く抉ったのである。

 

 

 「ぐあ……っ」

 

 「は……ハルにゃん!?」

 

 「総帥殿!!」

 

 

 

 研ぎ澄まされた剣速が、彼女のヒットポイントを大きく削り取る。加えて生じた反動によって、ハルキは空中から枯れた森の跡目掛けて一気に叩き落とされた。今度は落下の衝撃を逃がす事も出来ず、一瞬全身から空気が吐き出されて、起き上がることもままならない状況に陥ってしまう。その状態に周囲で他のサラマンダーをボッコボコにリンチしていたインプの戦士たちが、倒れた我らが指揮官に心配の声を上げる。

 それにしても、総帥って何だよ。マロンがなけなしの良心である。

 

 

 「残念だったな。良く持ちこたえたとは思うが……ここまでだ!」

 

 

 そうして、そんなハルキにとどめを刺さんとばかりに、ユージーンは上空から急襲する。今度こそその剣は狙い違うことなく彼女の身体を貫くだろう。その場の両種族のプレイヤー全員が、その決定的瞬間を息を呑んで見つめようとしていた。

 

 

 (……こんなの)

 

 

 だが。

 だが、ハルキはまだ、諦めていなかった。

 

 

 (こんなの、あの時に比べれば、理不尽でもなんでもない)

 

 

 あの時。ゲームマスターの化身に立ち向かい、その神たる御業をふんだんに使われても……最後まで諦めなかった、あの時。

 地に左手をついて、かつて「純傑」と呼ばれた剣士は立ち上がる。既に敵のサラマンダーの将軍は彼女の目と鼻の先まで差し掛かっていた。

 だがその瞬間。彼女の右手があり得ない程素早く、元々装備していた、左腰の彼女自身の武器の柄を握りしめたのだ。

 

 

 (そうだろ、グラント)

 

 

 そして、かつての、ハルキの中では永遠の相棒にそう語りかけると、その右手を疾風の如く振り抜いた。

 一陣の風。水を打ったように静かになった荒野で、二人の剣士がすれ違うようにして交錯する。その刹那を切り抜いたかのようなひとときの間の後に……ユージーンとハルキはそのまま残心を取る事も敵わずに倒れこんだ。

 ユージーンの脇腹からはまるで鮮血の様に赤いダメージエフェクトが飛び散っていた。それは彼自身の速度も相まって多大なダメージとなって、そのヒットポイントをハルキと同じ……ぎりぎりイエローゾーンというところまで落とし込まれていたのだ。

 

 

 「それが、貴様の本来の、得物か」

 

 

 ユージーンはよろめきながら立ち上がると、振り返ってそのインプの女剣士の持つ……その片手剣を見やってそう、投げかけた。

 

 

 「……その言い方だと語弊があるな。弘法筆を選ばず、武器にも貴賤なし、だ」

 

 

 対してハルキは片膝をつきながらも両手に剣を持ち、ふらつきながらもそのサラマンダーの将軍に向けて構えた。

 

 

 「……なるほど。それだけの気概があれば、確かに今後インプは最早弱小と乏しめられる事もなくなるだろう。

 我々も、態度を改めねばなるまい。最近はあの盾しか持たない痴れ者といい、このALOにも新たな風が吹き込んでいると考えた方がいいようだな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……なんだと」

 

 

 ハルキは、周囲の音が一瞬、全て鳴りやんだのを感じた。

 この仮想世界において、盾しか持たない痴れ者なんて。

 

 

 「貴様には関係ない話だ。それにあの男は最早サラマンダーの一員ではない」

 

 

 だが、そう口元に笑みを浮かべながらも静かに零したユージーンは、周りにいる、インプの狂戦士どもの毒牙から辛うじて逃れていた兵士たちに向かって合図を送ると、彼等と共に自身も背の赤い羽根をはばたかせて、大きく舞い上がった。

 そして手にしていた剣をもとの所有者へと手渡すと……彼自身が持つ、本当の装備を実体化させる。

 

 

 「次相まみえた時は、この魔剣グラムにて相手をしよう。それまでに空の飛び方を会得している事を願っている」

 

 

 魔剣グラム。

 それはこのアルヴヘイムにて、未だ発見されていない伝説の聖剣エクスキャリバーに次ぐ最強装備の一角であった。「エセリアルシフト」と呼ばれるそのエクストラ効果は、攻撃対象が行う防御をすり抜けることが出来るという破格の性能を誇り、またそれ自体の圧倒的なプロパティも相まって他の装備との性能比較において追随を許していないのである。ユージーンがALO最強となった所以もこれが大きいのである。

 だが、この時のその男は、その最終兵器をもってインプのプレイヤー達を一掃する、という強行的な選択肢を選ばなかったようだ。荒野にてハルキを囲むようにして布陣を展開させたそのバーサーカー同然の女狂戦士たちを再び空から一瞥すると、自身の部隊を引き連れてその場を立ち去ろうとして。

 

 

 「……貴様。名をなんという」

 

 

 

 「ハルキ。剣を振るしか能のない、ただのゲーム初心者だよ」

 

 

 

 正直ゲーム初心者かどうかに関しては、SAOを経て割と返上しても良いレベルにいるとは思うけど。だが彼女にとっての一人前のゲーマーがあいつである事を考えるとまあ、仕方ないか。

 

 

 「その名、覚えておこう」

 

 

 ともあれ、その返答に満足げに頷くと、ユージーンは大きく手を振り、ハルキの視界の先、彼等の領土であるサラマンダー領へと飛び去って行った。周囲をよく見ると、サラマンダー領とインプ領の狭間に存在するいくつかの中立地域から、無数の赤い影が夜空を飛んでその猛炎の将の後を追っているのが見て取れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……やった……やったにゃん!!

 ハルにゃんすごいにゃん!! あのユージーンを追い返しちゃったにゃん!! みんなもすごかったにゃ……」

 

 

 

 

 「終わりか、このクソッタレどもが!!

 さあ降りてこい、もう一度勝負してやる!」

 

 

 

 

 

 「ガッツを見せてみろこのゴミ野郎!!

 貴様らは道端でがさつくゴキブリにも劣ったウジ虫だっ!!

 悔しいか!? 悔しかったらそのウザい赤髪を――」

 

 

 

 

 

 

 「……やっぱ、俺、領主になるのはやめとくよ。きっと時間が彼女たちの傷を癒してくれるさ」

 

 「ハルにゃんがやったんだにゃん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論として、やはりハルキはインプ領を旅立つ事となった。

 理由はあのユージーンが零していた最後の一言。このALOのどこかに、盾を持った馬鹿野郎がいるという情報。

 

 

 (……ここに、いるのか。グラント)

 

 

 約束したのだ。必ず会いに行くと。

 そう言ったのは確かにグラントの方ではあったが、だからといって彼の事を指をくわえて待っているほど、ハルキは受動的な人間ではなかった。

 彼女は確かめたかったのだ。あの浮遊城にて仲間と、そして彼と共に歩んだ軌跡を、自分自身がどのように捉えているのか。あれだけ長い間過ごしていた日々を、しかし今ではまるで長い夢を見ていた様にも感じてしまう。それではだめだ。俺は自分で言ったではないか。あの世界を肯定したいと。ただの人生の一ページとして忘れ去りたくないと。

 ユージーンの言葉が正しければ、彼はサラマンダーの土地から離れて、マロンから教えられたところの「脱領者」となっていると考えられる。彼らは基本的には特定の種族の領土に留まらず、中立地帯に存在する街やフィールドにて活動するケースが多いとの事だったが……だが、ハルキには確信があった。

 あいつは世界樹を目指すだろう。奇天烈で周囲から冷遇されることが多くとも、その目は常に世界の中枢へと向いている筈だ。だから、俺も。

 そうして、明日にはインプ領を出て、同行を快諾してくれたマロンと共に世界の中心への旅を始める予定が立って……そうして、彼女は漸くALOからログアウトをして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……おかえり。今日は長かったね」

 

 

 現実世界にて目を開いたハルキ/春花に、およそ六年ぶりに再会した人物の声が掛けられた……。

 

 

 




マソップ「こうして、インプ領包囲網突破を巡る戦いは幕を閉じた」

マソップ「結果はインプの女戦士たちの圧勝。最強種族と名高いサラマンダーの、インプ領境界中立地帯管轄のとある一小隊は、この敗戦のショックから立ち直れず、以後長期に渡って前線への復帰が出来ずに軍の物資調達係にまで降格する事になる」

マソップ「後に当時のインプの女戦士たちは、狂乱の戦乙女(ワルキューレ)として語り継がれ、しばらくの間種族としてのインプは最強ではないとはいえ、一度その気にさせるとアルヴヘイムの中で最も獰猛な兵士として他種族を蹂躙する恐怖の代名詞的存在となった」


ハルキ「戦いはいつも空しい。彼女らは身を以ってそれを俺に教えてくれた……」



――――このエピソードを二子玉川のラグビー場に捧ぐ
 
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