SAO (シールドアート・オンライン)   作:ニモ船長

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※残酷な描写注意報
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第十一話 阿修羅

 「……なんだと……!?」

 

 「SAOプレイヤーが……このALOにかイ!?」

 

 

 彼の言葉ををその場のプレイヤー達が理解するのには、数秒の時間が必要だった。その後の彼等の反応としては大まかに分けて三通り、何言ってんだこいつ的な懐疑的な人間と、言って良い事と悪いことがあるぞ的不快感を抱く人間、そして何か面白い事が始まったぞ的な好奇心を向ける人間に分かれている様だった。

 そして、彼等の長たる三領主(ユージーンは将軍だけど)の内の二人、ユージーンとアリシャもグラントの予想外の言葉に思わず当惑していたのだが。

 

 

 「……あの時の、あの話の事か」

 

 

 だが例外として、この中に二人だけ、彼のその言葉をただの妄言とはとらえていないプレイヤーがいた。その一人であり、先日グラント自身の口からALOに対する不審を聞かされていたサクヤが、皆の意を代弁して、グラントに促す。

 その盾男は申し訳なさそうに彼女に軽く頭を下げると、続けた。

 

 

 「このALOを運営するレクトは、あの事件の後にアーガスからSAOサーバーを引き継いでいることは知ってるかな。つまり、まだ目覚めないSAOプレイヤーの生殺与奪も、レクトの思いのままなんだ。

 ()()S()A()O()()()()()。だから、あのSAOというゲームがどれだけゲームとして完成されていたかはよく知っている。だから、ゲームがクリアされたのにも関わらず、一部のプレイヤーのログアウトがされないなんてヘマは、起きる訳ないと思ってる」

 

 

 そう。

 あの時キリトの手によってSAOがクリアされる、その決定的瞬間に立ち会う事は出来なかったが……それでもグラントはグラントで、キリトとは別の意味でアインクラッドの創世者である茅場晶彦と対決していたのである。

 だからこそ……いや、それまでの彼の歩んだ二年間をもってしても、明白な事だ。茅場はフェアな男だ。グラントというただ一つだけの例外を除いて、特定の人間にのみ理不尽な仕打ちを与える事をするはずがない。

 

 

 「だから……眠る彼等の意識がSAOにないとすれば、それはこのALOにある筈としか考えられないんだよね。

 俺はそれを確かめるためにこのゲームにログインした。グランドクエストにも挑戦したし、世界樹の外側から登ってみたりもしたんだぜ」

 

 「じ、じゃあ、あの出回ってる写真って……!?」

 

 

 なんて愚かな奴だ。サクヤは息を呑んでグラントを見つめていた。あの男、自分がSAO生還者である事を、あんなに躊躇いもなく公開するなんて。それに対する風当たりの強さは、当事者達が一番自覚しているだろうに。

 

 

 「それで、俺は結論を出したってわけ。話せば長くなるから、詳細は割愛するけど。

 でも意識不明のSAOプレイヤーは、ほぼ間違いなくこのALOにいる。恐らくその位置は世界樹の上、グランドクエストの突破先だ。みんなも挑戦したんなら感じただろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だから、みんなの力が欲しい。ここにいるみんなで、どうか……彼等の意識を取り戻すのに、協力して欲しいんすよ」

 

 「一つ、質問いいかナ」

 

 

 だがグラントがそこまで言い切った時、アリシャが手を挙げて発言した。

 

 

 「どうやって彼等を助けるかとか、そもそもその話の裏が取れていない事とか、細かいのを後にしたとしてもダ……キミが行おうとしているのって、つまりは運営に対する反逆だロ?

 それを実行するにあたって、こっちにもリスクがあるって考えるのが普通だと思うんだけどナ」

 

 

 痛いところを突かれてしまった。流石、伊達にケットシーで長期政権を維持してはいない、鋭い指摘である。そもそもみんなを巻き込んで具体的に何をするのかとか詳細が明らかになってはいないものの、それだけは現状でも考えられる問題点なのだ。

 グラントはこれにやや躊躇いつつも……だけど隠しても仕方ない事だと割り切って、正直に話す事にした。

 

 

 「……そうっすねアリシャさん、あなたの言う通りだ。俺がやろうとしている事は、要はプレイヤーの身でありながら運営に喧嘩を売るっている、本来のゲームの遊び方から逸脱したものだよね。

 だから……もし上手くいかなかったら、運営であるレクトにこの計画に参加したアカウントを特定されて、もしかしたら……BANされちゃうかもしれない」

 

 

 一瞬、静寂。

 そして直後、その場に怒号が響き渡った。

 

 

 「ふ……ふざけんなよ!!」

 

 

 見れば、それは深紅の全身鎧に身を包み、背中に巨大な両手剣を背負ったサラマンダーだ。たしか、領主モーティマー、将軍ユージーンに次ぐ地位にある指揮官格のプレイヤーだったはずだ。

 ヘルメットをもぎ取り、怒りに燃える両眼を露わにした彼は、背後の大集団が一瞬押し黙るほどのボリュームで更に言葉を放つ。

 

 

 「ただでさえお前のせいでこっちは散々振り回されてるってのに、その上アカウント停止するだぁ!? お前その補償は出来んのかよ!

 大体レクトがそんな物騒な事に関わってる証拠があんのかよ! 細かい事は割愛するって、それじゃ俺達だって判断する材料がねぇだろうが!!

 そんなリアルの事情をこっちに持ち込むなよ!!」

 

 

 容赦のないその言葉に、しかし大勢の人間が続くように賛同してグラントに異を唱え始めた。

 

 

 「そ、そもそもお前らが勝手にSAOを買って、勝手に茅場に捕まったのが悪いんだろ!!

 ただでさえ俺達の税金使ってこの二年間食わせてやってたんじゃねぇか!!」

 

 

 それは、あまりにSAO生還者にとって理不尽な言葉で。でも、それと同時にあまりに妥当で筋の通ったもので。その非難を凌ぐ盾すら持っていないグラントは、一身にそれを引き受ける事しか出来なかった。

 だけど、ここで折れてしまっては、結局俺は誰も救えずにこのALOを去らざるを得なくなる。三百人ものプレイヤーはおろか、あの世界で共に過ごしたトミィ氏やハルくんの事も、だ。

 それはあの二年間の否定なんだ。グラントは冷や汗を流す。それだけはあってはならない。茅場にアインクラッドの支配権をかけて挑戦状を叩き付けた他ならぬ自分が、ここで仮想世界に対して諦める訳にはいかないのだ、そう強く自分に言い聞かせて……何とか返す言葉を考えようと、顔を上げて目の前の群衆を見やって。

 だが、ここで意外な助っ人が、彼の前に飛び出す事になる。

 

 

 「みんな、聞いて!」

 

 

 それは、サクヤの他に、グラントの言葉を確信を持って受け入れる事の出来ていたもう一人のプレイヤー……リーファだった。

 

 

 「みんな、この人の言っていることは本当よ! この世界に、SAOをプレイしていた人の魂が囚われている―――キリト君……あたしの、あたしのお兄ちゃんがグランドクエストに挑戦していたのも、愛する人が世界樹の上に囚われているのを助けるためなの!!」

 

 

 これには三種族のプレイヤー達のみならず、グラントも大きく目を見開いて驚いていた。自分の前に立つそのシルフの女剣士に、声を潜めて真偽を確かめる。

 

 

 「ち、ちょっと待った、リーファ……さん? 君は、あのキリトの妹さんなんですのん?」

 

 「ええ、そうよ。お兄ちゃんがSAOじゃどれくらい有名だったのかは分からないけど……グラントさん、あなたは知ってるみたいだね」

 

 

 まあ、そりゃあね。グラントは苦笑いする。あの世界でキリトっつったら、知らない人間はいないと言ってもいいだろうからなぁ。ビーターだのブラッキーだの黒の剣士だのこれでもかと二つ名をつけられた挙句に、ユニークスキルを取得して茅場晶彦扮するラスボスことヒースクリフを打倒してしまったというのだから、間違いなく彼はデスゲームを終わらせた英雄として、これからもSAO生還者の間で語り継がれていくだろう。

 

 

 「な……リーファ、君は、あのキリト君と……!? そんな事一言も……」

 

 「……あたしだってその事に気付いたのはほんの少し前の事だったの。そりゃそうよね。現実世界のお兄ちゃんと、この世界のキリト君は名前も、姿も違うんだもの。

 そう、確かにそうよ! この世界じゃ、現実世界でのいざこざは全く関係のない事で! それを持ち出す事はきっと、あまり良い事じゃないのかも知れないけど!」

 

 

 突然その場に乱入し、訴え出したリーファの言葉に、サクヤを始めとしたその場の人々は虚を突かれたかのように押し黙る。だが彼女からすれば、グラントのやろうとしているそれを、他人事で済ませる訳にはいかなかったのだ。

 なぜなら、彼女はこの数日間の間、見てきたから。ニュービーながら、この世界をまるで現実の事のように扱う、あの黒装束の剣士の姿を。

 

 

 「でも、それでもあたしにとってこの世界は、やっぱり一つの現実だった! 

 種族だとか地位とか、色々考えなきゃいけないことがあってあたし自身もそれを忘れていたけど……でもあたしは、やっぱりただの一種族の兵隊である前に、自由に空を飛んでみんなと手を取り合ってこのアルヴヘイムで暮らす、一人のALOプレイヤーでいたい!」

 

 

 あのALO最強と謳われたユージーンに、初ログインから三日も経たないキリトが逆転勝利を収めた時、種族の関係なくその場の全員がその決着に歓声をあげた時……彼女は感じたのだった。シルフだろうとケットシーだろうと、そして敵……無法な強奪者としてしか認識していなかった筈のサラマンダーでさえ、やはりそれ以前に純粋に世界を楽しむれっきとしたゲーマーであるという事を。立場が違うだけで、そこに自分達との差なんて想像していたよりも殆どないという事を。

 

 

 「だから、あたしはやるわ、グラントさん。

 このアルヴヘイムを人を苦しめる世界から変える為なら……あたしは、喜んで力になりたい」

 

 

 シルフ有数の実力を持つリーファの、グラントサイドへの加入。それはそれを見守っていた他大勢のプレイヤーに、批判に代わり困惑として伝わっていった。

 だが、先程と比べれば状況はまだマシだ。目の前の少女……あのハルくんと大して年も変わらないだろう彼女が必死に勇気を振り絞って作ってくれたチャンスを、無駄にするわけにはいかない。

 

 

 「……俺は、この世界の事を、もっと好きになりたい。

 みんなが繋いできた、このALOっていう一つの世界の事をもっと知って、もっと遊びたい。もっと楽しみたい。

 だから、みんな。陰謀だとか虚偽だとか、そういう面倒なものからこのアルヴヘイムを解放する為に、力を貸してくれませんか。

 ……お願いします。助けたい人が、いるんだ」

 

 

 そういって、深々と頭を下げるいつになく真面目なグラントに……ついにその場は感情の発露のない、静寂に包まれた。水を打ったかのように批判の嵐は止み、されどすぐに彼に賛同するものが現れる、という訳でもなく……只々、張りつめた緊張が辺りを覆っていた。

 

 

 「……無理な相談だな」

 

 

 だがそこに、それでも異を唱えたのは、他ならぬサラマンダーを率いる将軍、ユージーンだった。

 

 

 「この場でお前の情に流され安易に協力したとして、後に運営に感知された際にアカウントの大量停止でも起きたものなら、種族の勢力差に大きな偏りが出る」

 

 「……残念だが、それは無視できない問題なのさ、グラント」

 

 

 その言葉を継いだのは、シルフ領主のサクヤである。

 

 

 「一プレイヤーとして、君に協力したい気持ちは勿論ある。

 だが、私達は多くのALOプレイヤーを率いる身だ。先日の君に対しての様に、多少の支援をしてやることくらいはやぶさかではなくても」

 

 「自分の種族のプレイヤーの、ゲーム人生を賭けるような話に簡単に乗る訳には、いかないんだよネー」

 

 

 そして、それにケットシー領主のアリシャも続いた。

 

 

 「あのキリト君の様子もキミとおんなじ感じだったし、リーファちゃんも嘘は言ってないとは思うんだけどサ」

 

 「……そんな」

 

 

 横にリーファのひねり出すような声に、グラントも遂に顔を歪める。万策尽きたか。いざとなれば、自分一人で出撃する事も覚悟した身だったが、それにしてもこの状況はとてもやりきれなくて、歯がゆいものだ。

 ああもう。好き勝手言いやがって。こうなったらいっその事、力づくで。

 

 

 

 ……力づくで?

 

 

 

 「そういう事だ、グラント」

 

 

 見れば、サクヤが厳しい表情を変えずに、しかしきらりと目を光らせていた。

 そして……自身が背中に帯びさせている長太刀を、引き抜いたのだ。

 

 

 「貴様もこの世界のルールは知っているだろう。

 協力して欲しければ、力づくで俺達三人を従わせてみるんだな」

 

 

 続いて魔剣グラムを構えたのは、猛炎の将ことユージーンである。

 

 

 「三種族が等しくキミに敗れたって体が出来れば、まあ協力してあげなくもないってことだネ!

 ……それが出来ないなら、残念だけど諦めてもらうしかないナー」

 

 

 「……どうしても、やらなきゃだめかい」

 

 

 そのあまりに無謀な三人の提案に、グラントは小さく零す。それは恐らくその領主達の最大限の譲歩だったのだろう、それほどの事をしない限りは、この場にいる多くのALOプレイヤーを動かす事は出来まい、という指摘だったのだろう。

 だが、それではやはり真の協力関係とは言えないだろうし、なによりも。

 何よりも、それでは。

 

 

 「俺は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 彼の背中には、この世界に来てから今までずっと愛用している、市販の丸盾が取り付けられている。

 だが、領主達の提案に乗るという行動は、必然的にその他に武器を持たねばならないという事と同義だ。

 

 

 「……どうしても、話し合いじゃ解決できないのかい」

 

 

 だが、そんな彼のか細い抗議も、武器を構えたまま戦闘態勢を解こうとしない三人の前では、そしてそんな、これから殺し合いを始める自分たちの領主をどこか不安げに……されどどこか楽しげに見守る大勢のプレイヤーの前では、あまりに無力だった。

 そんな、急にしおらしくなった落武者男に、しびれを切らしたサクヤが問いかける。

 

 

 「どうした、怖気づいたか、グラント」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「人を、斬りたくなかったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 右手を後ろに回して、取り付けていた盾を背中から外す。

 

 

 

 

 

 「仮想現実だからと言って、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 続いて、左手を振ってシステムウィンドウを出すと、初ログイン時に背負っていて、それを確認するや否や彼が即行でストレージ内に封印した……小ぶりの初期装備の片手剣を取り出す。

 

 

 

 

 「……みんな、簡単に命のやり取りをするんだもんな。

 この世界のみんなは、プレイヤーを殺し慣れしすぎだ」

 

 

 

 

 そのグラントの言葉に、領主の三人を含む多くのプレイヤーが頭に疑問符を浮かべる。今更この男は何を言ってるんだ。PK推奨のゲームなんだから、人を殺し慣れる事なんて当たり前じゃないか。

 だが、やや俯いていているせいでロングヘアーに隠れている顔から、彼が……その別人の様に冷酷な瞳を覗かせたとき。

 

 

 

 

 

 

 

 「……ちょっと、幻滅しちゃったな。お願いする側だってのに」

 

 

 

 

 

 

 

 ……彼は、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず、グラントが狙いを定めたのはユージーンだった。

 

 

 「……ようやく、やる気になったか……っ!?」

 

 

 どういう訳かその場に盾を転がしたその男が、しかし予想以上に速い速度でこちらにダッシュしてくるのを確認したサラマンダーの将軍は、構えた魔剣グラムで迎え撃たんと、袈裟斬りを放つ。

 だが、その時。ユージーンは、目を疑った。

 

 

 (……なんだ、と!?)

 

 

 グラントは、そのままでは魔剣の一振りの攻撃範囲に飛び込んでしまうというのに、詰め寄る速度を緩めることなく彼に肉薄すると、まるでその剣の軌道に沿うように右手の片手剣で斬り上げを敢行したのだ。普通のプレイヤーなら、その魔剣グラムの迫力ある大刃に潜在的に恐怖を感じるのか、回避行動をとるか、その刃を受けようと防御態勢を取るかだというのに。

 しかし、その盾を捨てた男の判断は、結果として正しかったと言えるだろう。何故なら、両手で持つほどの重さのある大剣と、片手で持つことの出来る軽い初期装備の片手剣では……その剣を振る速度に、決定的な差が生じるのだから。

 そう、次の瞬間には、ユージーンの魔剣を持つ腕はグラントの肩すれすれで彼の左手に遮られ、逆にグラントの剣は狙い違わす……ユージーンの喉に突き刺さっていたのだ。

 

 

 「……ぁ、が」

 

 

 喉を切り裂かれ弱点クリティカルが発生していても、その初期装備としての威力の低さの為かユージーンのヒットポイントは殆ど減少していなかった。ここは敢えて攻撃を続けるべきだと意を決した彼は、両手に握る力を込めて、そのままグラントの左腕を斬り飛ばそうとした。

 だが、それよりも一瞬早く……何とグラントは、その相手の喉に刺さったままの剣を握りなおすと、まるで気管を抉りだすようにその刃を蠢かせたのである。

 

 

 「っあ、がは……ぉえっ……!!」

 

 

 ペインアブソーバーによってその痛みは軽減されていても、首に剣が差し込まれている時点でユージーンはまるで窒息するかのような異物感を感じていたのだ。それが、抜かれるでもなくその首を斬り飛ばそうと振るわれるでもなく、中で掻きまわされるように暴れたことによって……サラマンダーの将軍はあまりの不快感と吐き気に思わずその場でよろけて、その魔剣を取り落とした。それをグラントはすかさず蹴り飛ばす。

 この時、その勝負を見守っていた全員が言葉を失った。不意打ちのようなやり方だったとはいえ、ものの数秒でALO最強のプレイヤーが無力化されたのだ。

 

 

 「へ、へえ、結構強いんだねキミ! でも敵は一人じゃないヨ!」

 

 

 そんな中、対照的に行動を起こしていたのはアリシャである。彼女は自身の両手に付けたクロー装備を振りかぶってグラントの背後から突撃した。流石にケットシーのリーダーを担うだけあり、そのスピードはALOプレイヤー全体と比較してもトップレベルを誇っていて、はたから見ればそれはまるで小麦色の弾丸のようであった。

 それに対し、グラントはその場で膝を突いて喉を押さえようとするユージーンに身体を向けたまま振り返らずに、無造作に左手で何かを背後に放った。

 

 

 「そんな牽制っ、効かない……ヨ……?」

 

 

 もちろん、そんな投擲程度でたたらを踏むアリシャではない。突撃の速度を維持したまま、彼女はその飛来物をクローで一閃して。

 そこで気付いたのである。自分が切り裂いたものが……誰かの左手首だったことに。その手の甲に備わる赤い籠手から、それがユージーンのものである事をアリシャは察して――――。

 

 

 「――――――しまッ……!?」

 

 

 それが彼女にとって命取りだった。つまりは、普段は感じない筈の、「人の身体を斬った」という自覚からの一瞬の思考停止が、である。

 気付いた時には、アリシャの右胸に……グラントの片手剣が刺さっていた。見ればいつの間にかそれを投げ終わっている彼がいて、その直後に彼女の身体は弾かれるように真逆の方向に吹き飛んで行った。

 

 

 「部分だけだと、妙に具体的に意識しちゃうもんだよね。自分が今、何を斬ったのかを」

 

 

 そして、背後に存在した石柱に激突し、さらにヒットポイントを減少させたアリシャに今度はグラントが迫り、彼女に刺さっていた剣を引き抜く。そして、そのケットシーの猛者が我に返って両手のクローで反撃する前に……その両手両足を斬り飛ばしたのだった。

 これで、二人目。

 

 

 「こ……こんなのって……まるで、リアルで人を殺してるみたいじゃねぇか」

 

 

 それまでのグラントの、ある種猟奇的とも捉えられる立ち回りを見ていたサラマンダーのプレイヤーが、震える口調でそう呟くのをリーファは聞いた。彼女はと言えばそもそもあの男があれだけ器用に片手剣を扱えることにも驚いていたが。

 だが……それ以上に、リーファは気が付いていたのだ。

 

 

 「……違うよ、それは違うよ。

 だってグラントさん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 リーファの言葉に、それを聞いたプレイヤー達がハッとグラントと三領主を見やった。確かに、あれだけ壮絶な攻撃をグラントが行い、それによってユージーンは喉と、アリシャ牽制用にその左手を、そしてアリシャは四肢を切断されてはいても……されどその場において、誰もリメインライトとしての犠牲者が出ていないのだ。

 

 

 (……どうしても、どうしても殺したくないんだ。こんなつまらない諍いで、サクヤやアリシャさん、ユージーンさんに死んで欲しくないんだ。

 あの人は、お兄ちゃんと一緒だ。この世界を、ちゃんと生きてる)

 

 

 そのグラントはというと、つい先ほどアリシャを無力化したところで……しかし先程のユージーンの時のように、直ぐに振り返って攻撃に備える事もなくその場に立ち尽くしていた。

 

 

 「サク姐。なんで、俺を斬らないんだい」

 

 

 そう、なぜなら既に……グラントの直ぐ後ろで、最後の一人であるサクヤが太刀を振り被っていたからである。

 だが、その刃を振り下ろせば間違いなくグラントを一刀両断出来るというのに、彼女はそれを行う事に躊躇いを覚えていた。今までならシルフの脅威となるプレイヤーは躊躇いもなく斬り捨てる事ができた彼女だったはずなのに……今はその両手に上手く力が入らず、ただその落武者男の背中を睨むことしか出来なかったのだ。

 

 

 「……くそっ」

 

 

 サクヤは眉を顰める。だが、目の前で広がっている光景……片手を失って右手で喉を抑え跪くユージーンと、立つ事さえ叶わずに横たわるアリシャを見て、本能的に彼女は混乱してしまったのだ。現実世界にて刃物を振り回して殺し合うのと、アルヴヘイムにて剣を持って人を斬るのと、一体何が違うのか、と。

 

 

 「……それなんだよ、みんな」

 

 

 そして、おそらく同じ動揺を覚えているだろう、他のプレイヤーにも、グラントは静かに問いかけた。

 

 

 「そういう葛藤に、俺達SAOプレイヤーはずっと晒されてきた。さっき、現実の話をこっちに持ってくるなって言われたけど……うむ、その通りでさ。

 俺達はずっと、ゲームの中なのに、人を殺す事を避け続けていたんだよ。あの二年間は、俺達にとっては遊びなんかじゃなかった。誰かに殺される事を恐れて、自分のせいで誰かが死ぬ事を恐れて……それでも、前を向いた二年間だったんだ」

 

 

 気がつけば掲げていたはずの太刀を下ろしていたサクヤに、グラントは振り返って少しだけやつれた笑いを向けると、しかし直ぐに顔を引き締めてその場のプレイヤー全員に向かって声を張り上げる。

 

 

 「みんな、一部の例外を除いてだけど、多かれ少なかれ自分自身の問題と向き合って、必死に生きてたんだ。

 俺はそんなSAOプレイヤー達を、ゲームにマジになってバカみたいだとか、人生を狂わされて可哀想だとか、そんな風に勝手に評価して欲しくないんだ。ましてや、そんな彼らの尊厳を踏みにじる様な事をしているかも知れないレクトの事を、見過ごす訳にはいかないんだ。

 みんな、ただ! ただ、生きてただけなんだ! あのSAOっていう世界で! それを現状で一番理解できるのは、このALOで今日までプレイヤーとして暮らして来た、あなた達しかいないんだ!」

 

 

 ……そして、グラントはその場で跪いた。目の前には未だに太刀を両手で持つサクヤがいる。

 彼の意図を察したシルフの領主は、大きく目を見開く。

 

 

 

 

 「サク姐。今ここでみんなの意見を聞いて、どうしても俺の事を受け入れられないっていうなら……俺を斬って、この場を去ってくれればいい。その意味が、今のみんなには分かるはずだよね。

 

 

 ……俺は、グラントとしての命を賭ける」

 

 

 

 

 たかがゲームである。

 たかが一度のデスである。

 だが、グラントにとって、そこには二年と二ヶ月の重みがあるのだ。その間、一度も死ぬことのなかった彼の、その歴史の終止符を……今この場で、ALOプレイヤー達に委ねたのである。

 

 

 「……グラント、君って人は」

 

 「どうしたの、サク姐、みんな。とどめを刺さないのかい」

 

 

 ユージーンはそのグラントの姿を目を剥いて、アリシャはやがて彼にのろのろと太刀を構えるサクヤを不安げに見つめていた。リーファを含むその他のプレイヤーも、その異様な光景を言葉を失って見守っていた。

 その彼らを、サクヤは見渡した。その全員と視線を合わせた彼女は、自然と一つの意思が伝わってくるのを感じた。

 それを彼女が心に決めた時……その決定的な瞬間は、訪れたのだった。

 

 

 「さあ! 決めろおおおっっ!!」

 

 「―――――はあああああっっ!!!」

 

 

 そして、サクヤは太刀を頭上に翻すと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて」

 

 

 ……それから、五分と経たぬ後の事。

 

 

 「取り敢えずみんなには、酒場エリアで待機して貰う事にしたヨ。都市内だったらお互いに戦闘が起きる事もないからネ」

 

 

 そこは、アルンのとある宿屋の一室だった。市街地に数ある宿屋の中でも比較的間取りの広いその一室は、あの世界樹北部のテラスに集まった三人の要人と……あともう一人が入ってもまだ快適さに余裕がある。

 

 

 「……俺は未だに納得がいかないんだがな。だがあんな戦い方でも、不覚をとった事に変わりはない」

 

 「そうだネー。でも、何というか……すごく気持ちのこもった戦いだったヨ」

 

 

 しみじみとそう語るユージーンとアリシャは現在、部屋の中央に設置されている円形のテーブルに座っている。それぞれその口調からは少し恨みがましさが滲み出ていたが、その表情は晴れやかだった。

 

 

 「……全く、一介のレネゲイドでありながら、領主や将軍をここまでコケにして振り回したプレイヤーなんて、前代未聞だぞ」

 

 

 その二人と自分の席にコップを置き、それぞれに自前のワインを注いだサクヤが、彼らの間に入るように腰を下ろした。

 そしてそれをお互いに確認した三人は……目の前に目線を移す。

 

 

 「だが、リーダーというのは民の意見を取り入れるものだからな。

 今回は命拾いしたな。これからはあらゆるALOプレイヤーに感謝して過ごすといいぞ。……グラント」

 

 

 「へ、へい」

 

 

 ……そこには、彼らとは違って部屋の奥、壁際に敷かれた藁の敷物の上で体育座りをして、ワインも貰えずに冷や汗を流しながら縮こまるグラントの姿があった。

 

 

 「さて。作戦会議だ、説明してもらおうか。

 君の言う、レクトからSAO生還者を解放する方法というのを」

 

 

 「……ほんとに、ありがとうございました。うん。

 と、ゆー訳で! 詳細を説明しますけどね! うむ!

 

 「もう少し自重して頂けないか落武者男」

 

 「同感だナ」

 

 「貴様の話し方を聞いていると、無性に斬りたくなる」

 

 「グエッ」

 

 

 せっかく復活しようとしたら容赦なくフルボッコである。ぐすん、と嘘泣きをかましながら、されど図々しく復活したグラントによって……その大勢のALOプレイヤーを巻き込んだ一大作戦の、詳細が説明されたのだった。

 

 

 「いいかい、もう一度グランドクエストを突破するってのは骨が折れるし、なんかどうやらあのキリトが一人突破したそうじゃないの。

 だったらそっちはあいつに任しちゃおう! あいつの事だからきっと上手いことやるだろうさ。

 その代わり、俺たちは当初から言っている通り、SAO生還者達を現実世界へと解放する事に集中しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らは、このALOにデータとして存在するSAOのマップデータに、脳機能の維持のために定期的に送られている筈なんだ。

 だから、俺たちはその失われた鋼鉄城(ロスト・アインクラッド)に乗り込んで、彼らの意識と接触するんだ」

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