SAO (シールドアート・オンライン)   作:ニモ船長

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マソップ「落ち着け運対だ!!」

グラント「じゃあ和訳して、小さな世#運対……おっと誰か来たようだ」

マソップ「早く逃げろっ!!」

 


第十二話 イッツ・ア・スモール・ワ#運対

 

 

 

 「気をつけてね。……アスナさんに、よろしくね」

 

 「ああ。今度、ちゃんと紹介するよ」

 

 

 そう言ったのちに自転車に乗って、桐ヶ谷家前の道路を疾走して行った兄……桐ヶ谷和人の後ろ姿を、妹の直葉はそれが見えなくなるまで見送っていた。

 

 

 「……行ってらっしゃい。お兄ちゃん」

 

 

 桐ヶ谷直葉と桐ヶ谷和人は、兄妹ではない。

 どういう事かと言えば、元々和人は二人の母親の姉夫婦の子供だったのだ。だが、彼が一歳になる前にはその両親は不慮の事故で他界しており、それを桐ヶ谷家が引き取ったのである。

 つまり、直葉と和人は、戸籍上では従兄妹関係である。それはつまり、彼らには法律的には婚姻が許されている事を意味していて。

 そして直葉は、そんな見かけ上の兄……和人に、密かに想いを募らせていたのである。

 

 

 「……これで、良かったんだよね」

 

 

 だが、二年間の昏睡状態から回復した和人には、その年月の中で既に恋人となっていた女性がいて。その彼女が未だに目覚めない現状に心をすり減らしていく和人を見守り続けて来た直葉/リーファは……「キリト」とのアルヴヘイムでの交流の末、自身は身を引く事を決意したのだった。

 

 

 (でも)

 

 

 先程から降り始めた雪のせいか急に冷え始めた気温に身震いしながら、直葉は玄関の戸を開けて自宅の廊下を駆け、二階の自室に入ってその扉を閉めた。続いてベッドに腰かけた彼女は、そのまま仰向けに横たわり、天井に貼られているB全版のポスターを暫し見つめた。

 そこには、アミュスフィアの向こう側にいるもう一人の自分……シルフの女剣士、リーファが写っている。

 

 

 (それでも、あたしは……キリト君を好きになったリーファを、バカだとは思わない)

 

 

 空を飛ぶ楽しさに魅了されてALOを始め、それなのに種族間の争いや対人関係のしがらみに鬱屈していた数日前の自分に、ゲームとしての楽しさやそこに真摯に向き合う姿勢、ゲーマー同士に通じる絆を思い出させてくれたのは間違いなく、キリトと呼ばれる一人のプレイヤーだった。そんな彼との日々を通じて、リーファは再びあの仮想世界を愛する気持ちを取り戻したのだ。

 結果として、キリトは和人であり、その恋すら叶う事はなくなってしまったが、だからと言ってそんな過去の自分を愚かだと思ってしまう事は、人間としても、そして一人のプレイヤーとしても……あってはならない事のように、彼女には思えたのだ。

 

 

 (だから、これはけじめだ。恋人にはなれなくても、確かにキリト君と繋いだ絆があるって事の、証明だ。

 キリト君が愛した世界を……お兄ちゃんが愛した世界を、あたし達が守るんだ)

 

 

 アミュスフィアを被った直葉はちらりと部屋の時計を見る。あと三分以内にアルンの世界樹前の広場に集合しなければならない。あの後近くの宿屋の一室でログアウトした事を考えれば、ダイブするにはちょうどいい時間だ。

 

 

 (だから……あたしも行ってくるね、お兄ちゃん。

 好き、だったよ)

 

 

 仄かに残る胸の疼きに、そよ風のような祈りを捧げて。

 ……直葉は、リーファとなった。

 

 

 

 

 「……リンク・スタート!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、時を結構戻そう。

 どれくらい戻すかというと、あのレクト本社にて須郷と接触した神代博士と一緒に、玄太郎が大森駅周辺のカフェで話し合ったところ……ああめんどくせぇ、要は第九話直後である。え、幾らなんでもメタ過ぎる?

 

 

 「……なんだって……?

 神代さん、アインクラッドが、あのALOにあるって言うんすか!?」

 

 

 覚えてるかな、なんか玄太郎がめっちゃ神代博士とマソップを質問責めにしたら、それをヒントに神代博士が思い付いたっていうアレだ。

 何を思い付いたかと言えば、あのアルヴヘイム・オンラインがSAOのコピーサーバーである事から、そこにはアインクラッドのデータがまだ存在しているのではないか、というトンデモ論を、である。

 

 

 『……ぐぶぐぶぐぶ、まあ、あり得ない話じゃないと思うぜ。つまりリンリンはこう言いたいんだろ?

 SAO生還者という被験体の感情を引き出すには、SAOで何かしらの感情を発露した際の、それを引き起こした出来事を再現すれば良い……って、須郷が考えたって』

 

 

 もう少し細かく思い出してみようか。

 あの時、神代博士は須郷によって、レクト内にてSAO生還者の脳をサンプルにした、思考、感情及び記憶の操作を目標とする人体実験が行われている事を聞かされた訳だけど、それに対して玄太郎は疑問に思ったのだ。

 すなわち、経験やそれに対する感情の種類は人それぞれだから、外的刺激で脳を操作すると言っても無理があるんじゃないかと。それぞれの経験や思考パターンを分析しないと、それは不可能じゃないかと。

 

 

 「……でもそれは、逆にこう言い換える事も出来るわ。

 SAO生還者達がSAO内で体験した出来事をALOのデータを使って再現すれば、当時と同一の反応を彼らの脳は発現させる。そのデータを集めて、平均的にどんな刺激がどんな反応を発生させるか、統計を取れば……外的刺激による思考操作の技術が、体系化出来るかもしれない」

 

 

 つまりだ。

 例えば一人のSAOプレイヤーが、第一層の迷宮区でコボルドにフルボッコにされてすげー怖かった記憶を持っていたとしよう。

 そこでその状況を、ALOがSAOのコピーサーバーとして持っている、第一層迷宮区のマップデータと、コボルドのモンスターデータを利用して再現し、そこにアバターを持たせてSAO生還者を送り込めば……恐らく彼は当時のトラウマから、怖い、と強く想起する事となり、そこから彼が「恐怖」を感じた際に脳のどこが活性化しているか、どのような反応を取っているのかを観察する事が出来るのではないだろうか。

 

 

 「……だから、その実験を行う為には、少なくともSAOと同じ、マップを始めとしたデータが必要なのか」

 

 『まあ、SAOとしての全てのデータを含有している可能性は、サーバーの容量的に低いがな常考。

 恐らく余分なデータが悉く排除された、それこそ所々が抜け落ちた遺跡みたいなアインクラッドのマップデータが、アルヴヘイムのマップとは切り離しされた状態で存在してる筈だぜ』

 

 

 そうだね、例えば七十五層以降のマップデータは、そもそも誰も立ち入っていない訳で思い出に残る可能性は無く、無駄な容量として削除されているんじゃないかな、って感じか。そこに出てくるモンスターやNPC及びイベントのデータもこれ然りである。

 

 

 「……それに、二年間デスゲームに囚われた彼等の脳の機能を正常に保つ際には、現実世界での出来事を思い出させるよりも、SAO内にまだいるって錯覚させた方が安定するんじゃないかしら。

 そう考えると、実験時でない平時もSAOデータ内に放置している可能性はあるわね。もちろん、その記憶はその都度削除するのでしょうけど」

 

 

 次々と仮説を立てていく神代博士とマソップをよそに、玄太郎は飲みかけのコーヒーを置いて一つ考え事をしていた。先のアインクラッドにて茅場晶彦に反逆の意を示した彼からすれば、今はもう無いと思っていたアインクラッドがまだあのALOに存在するという事実は、どこか胸が高鳴るような、運命のような気持ちを思い起こさせているのだが。

 だが、それとは別に、一つ……その彼女達の推測に決定的に足らないポイントがあるように、その短髪男は感じていたのだ。

 

 

 「ねぇねぇ、ちょっと待ってくださいよ。やっぱりおかしいんじゃないかな。

 だって、じゃあ()()()()()()()()()()()()()()()()S()A()O()()()()()()()()()()()()んです? 仮に一部のスタッフが当時SAO内にいたとしても、そんな大人数の行動を把握してるなんて……」

 

 

 だがこれに、神代博士は一旦加速していた話を止めると、目を伏せて小さく息を吐き……そして低い声で返答した。

 

 

 「……玄太郎君、知っているかしら。

 あのデスゲームが起きている最中に、現実世界では総務省に『SAO救出対策本部』なんて呼ばれる、あの事件に対処するための対策委員会が設置されていたのよ。だけど、結局外部からSAO内に干渉する事は叶わなくて、彼等が出来た事といえば被害者の病院受け入れ態勢の整備と……あと。

 あと、()()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()しか出来なかったそうだわ」

 

 

 

 

 

 「それって」

 

 

 「ええ、そういう事ね。

 この案件は、恐らく国家が絡んでる。レクトと総務省に癒着があって、当時のSAOでのデータや位置情報が横流しにされているんだわ」

 

 

 ……マジかよ。これには流石の玄太郎も絶句である。つまりは、須郷の行なっている人体実験が、国の後ろ盾を密かに得たものだと言っているのだ。割とガチな度合いで世も末である。って事は、海外の軍や企業に研究を売るって話も国家間での裏取引ってことか。

 でもそう考えれば確かに、なんでこのALO事件に対して政府がまだ対応出来ていないのか問題に対して、SAO事件の後処理に手間取ってる説よりは納得できそうである。

 

 

 「とは言っても、流石にそれが露呈すれば、国は全ての責任をレクトに押し付けるでしょうし、事件の真相も一部隠蔽するでしょうけどね。私はある程度総務省に顔が効くし、玄太郎君は安心して取り掛かってくれればいいわ」

 

 「……正直かなり怖気付いてるんですけど、うん、そうっすね。

 ハルくんやトミィが待ってるんだ。どうこう言ってる場合じゃないか」

 

 『かっこいい事言いながらめっちゃ震えててワロタ』

 

 

 おいおい、コーヒー持つ手がめっちゃブルって、皿がカタカタ鳴ってるぞ。大丈夫か。流石に武者震いって言えないレベルだぞ?

 

 

 「そ……そういうマソップや神代さんは怖くないんすか」

 

 『ぐぶぐぶぐぶ、ワイらはまあ、こんな事で戸惑ってたら何にも始まんないからなぁ。

 ………… 近いうちにレクトにハッキングする予定だったし

 

 「……はい?」

 

 

 すっごくナチュラルに飛び出てきたトンデモ予定に、玄太郎は顔をさらに痙攣らせて神代博士を見やる。本気か、正気か、と。

 だがそこで彼が見たのは……先程までの冷静で淑やかな彼女のものとは思えない、瞳にメラメラと焔を滾らせた、戦士の表情をしたマッドサイエ……いや、女博士だった。

 

 

 

 

 「女さ怒らせると、おっかねぇのよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と言うわけで、ようやく時を元に戻そうか。あー説明なげえ。めんでぇ。自分で言うなって?

 

 

 「……この際、いっその事スケールの大きさは置いておこう。

 だが、レクトにハッキングとはまた、その女性も随分と思い切ったものだな……というよりそれは法律的にアウトではないのか?」

 

 

 「……恐ろしかったっす。彼女本人は、どうせ事なかれ主義の国は表立って動けねぇだろとか存在を消されそうなコトのたまってましたよ、はい」

 

 

 怖えよ神代姉貴。まあ須郷もかなりロクでもなかったけど、女性の本気モードはガチで世界をも滅ぼすってはっきりわかんだね(絶望)。

 場所はアルンの宿屋の一室。シルフ領主サクヤとケットシー領主アリシャ・ルー、そしてサラマンダーの将軍ユージーンの一堂に会する中で、グラントはその神代博士達との最後の打ち合わせで決めた計画について、要点をかいつまんで説明していた。因みにもちろん、神代博士の実名は伏せておいたらしい。

 

 

 「と、言うわけで、今現在彼女達がレクトのALOサーバーに侵入して、俺達をアルヴヘイムから、存在すると推測されるSAOデータに送る手筈を整えてるって訳っす。

 さっきの結構時間的にキツかったんだよ、まともにトッププレイヤー三人を相手にしちゃいくら時間があっても足らなかっただろうし」

 

 「……だからってあの不意打ちの様なやり方は許せないがな。

 グラント、これが終わった後に俺と正々堂々と勝負しろ。真っ向から斬り捨ててやる」

 

 「ウボァー」

 

 

 勝てるわけがないんだよなぁユージーンさん。エセリアルシフトとか盾殺しにも程があるだろ。というかそもそもまともに領主クラスと戦ってもグラントには殆ど勝ち目はないだろうよ。武器ないし。

 

 

 「で、もし推測が正しければ、向こうにはかなりの確率でSAO生還者の意識が送られているはずで、アバターを与えられているかは分からないけど……みんなには出来るだけ彼等に接触して、実験を妨害して欲しいんすよ。

 彼等をアインクラッドからアルヴヘイムに脱出させる事が出来れば、何かしらログアウトさせる方法が見つかるかもしれないし、少なくとも『自分達が今SAO内にいない』っていう自覚を持たせるだけでも、彼等の脳の自発的な活性化を促す事が出来るんじゃないかって」

 

 

 確かに、実験体としてまるで能動的な行動が出来ないよりかはその方がましかもしれないし、あとに後遺症を残さないかもしれない。そう言えばその現状の事を、どこぞのナメクジ研究員は夢を見ている状態、と言っていたなぁ。

 

 

 (……あとは、神代さんの方が上手くいけばいいけど)

 

 

 『ハッキングって言ったって、SAOとは違ってALOは生身の人間がGMスタッフとしてダイブしてるんですよ? 例え成功してシステムをいじったって、すぐに修正されるのが関の山じゃないっすか?』

 

 『普通にALOにハッキングした場合はそうなるわね。

 でもね、実は私、茅場君とアーガスに招待されて、開発段階のアインクラッドにログインした事があるの。もちろんゲスト用だったから、アーガススタッフのそれと比べるとプライマリーは低いと思うけど……でも、少なくともエリア自由移動の権限に関してはアンロックされていた筈だわ。何て言ったってあれは描画エフェクト及びマッピングデータの解像度のお披露目が目的だったんですもの。

 だから、あのIDでALOに潜り込むことが出来れば……』

 

 

 因みにグラントがサクヤ達と話している少し前に、キリトが茅場の使っていたヒースクリフのIDを使ってGMたる須郷に逆転勝利をかましていたりする。

 

 

 「大体は分かっタ。つまりここの三人でそれぞれの種族の指揮を取って、運営側に気付かれる前になるべく効率よく行動させろって事だナ。

 だけどちょっと待ってくレ。SAO生還者は三百人いて、こっちは三種族合わせても百人ちょっとだヨ?」

 

 「仮に全員接触出来たとして、一人当たり約三人……微妙なところだな」

 

 

 そのアリシャとサクヤの疑問もごもっともである。たかが三人とは言っても、正しくは三シチュエーションである。さっき言った例で言えば、コボルドの群れを追い払って、言葉を交わして漸く一人である。結構時間が掛かりそうである。

 だが、それに対してグラントは……座っていた藁の敷物からすっくと立ちあがると、三人に外に出る様に促した。それを不審に思いながらもサクヤ達は彼に続いて部屋の扉を潜り、宿屋の玄関から夜のアルンに繰り出す。

 

 

 「ふふーん、そう言うと思って、援軍を用意しておいたんだぜ!

 そろそろ来るはずなんだけど、いるかなー、いるかなー……おっ!」

 

 

 そしてその落武者男は目的のモノを認めたのか、やたら得意げに夜空の一方を指さした。

 

 

 「おーい! こっちこっちー! 違ったー! 世界樹前の広場におねがーい!!」

 

 「グラント、君は一体何に向かって……叫……んで……」

 

 

 いい加減に困惑したサクヤが身を乗り出して、その指先を見て。

 そして、固まった。

 

 

 「ネー、あれって、もしかして」

 

 「……間違いないな。見覚えがある」

 

 

 続いてアリシャが興味深げに、ユージーンが少しうんざりしたように続く。

 それは夜空に上る満月に映る、無数の黒い斑点だった。どうやら背中に羽根が見えることから、かなり多くの……目算百人近くのプレイヤーが空を飛んでアルンまでやって来ているらしく、やがて大きくなってきたそのシルエットが、全体的に紫色の装備に身を包んでいるのが確認出来た。

 そして、そのうちの一人と、例外的にその横に並走する緑色の羽根の妖精がグラントに気付いたらしく、大手を振って彼に叫び返す。

 

 

 「グラにゃーん!! みんなを、連れて来たにゃん!!」

 

 「旦那! なんとか間に合わせたぜい!!」

 

 

 マロンとフカ次郎だった。予め彼女らに連絡を取っていたグラントは、二人にこの瞬間の為にとある一勢力に全面協力を要請する様頼み込んでいたのだった。

 すなわち、インプの女戦士達に、である。

 

 

 「みんな! あのロングヘアー男が、あのハルにゃんのカレシーにして元上司だにゃん!

 総員、グラント皇帝に敬礼!!

 

 

 「ハッ!!(敬礼)」

 

 

 ……どうやらまだハルくんの残した傷は癒えていない様である。ホバリング飛行しながら、一矢纏わぬ敬礼を披露したインプの大軍にサクヤ達は信じられないものを見るかの様な目つきでそれらを見て、次にグラントを見た。

 というか皇帝ってなんだよ。グラント帝国だけの話じゃないのかよ。まあ、よく考えたらハルくんが総帥だったし、それ以上の位が他に思いつかなかったってだけかもだけど。まさかこんな所で彼女渾身の暴走っぷりが役立つとは思わなかったね。

 

 

 「これでこっちはだいたい二百人! これなら行けそうじゃない?」

 

 

 やがて、そう言って歩き出した落武者男と共に、領主達は約束の世界樹前の広場に足を運んだ。見れば、かたや酒場エリアに待機していた多くのシルフ、ケットシー、そしてサラマンダーの軍勢が、そしてかたや広場前には先程挨拶をしたインプの軍の総力がまるで川の流れの様にぞろぞろとこちらにやってくるのが分かる。

 するとそこに、さらに新参者が姿を現す事になった。

 

 

 「刮目せよ! これがリンリンのナイスバディだっぜ!! 流石は重村研究室の、魔性のオンナっ」

 

 「だから変な事言わないのマソップ嬢。お前さんあの人の事どう思ってんのさ?」

 

 

 それは、外見が完全に神代凛子そのもののアバターであった。ただし羽根は生えておらず、明らかに一般のプレイヤーとは一線を画した存在である事もまた、明白であった。

 だが、その中身はグラントの言う通り、マソップである。

 

 

 「その様子だと、神代さんは成功したっぽいね。一先ずは良かった」

 

 「おう。このアバターはリンリンの二年前のIDを使ってるから、任意の複数人のプレイヤーを対象としたマップ移動が可能だぜ。

 こんなこともあろうかと、一度スイルベーンとここを往復して、テストしておいたんだぜ」

 

 

 GMアカウントに片足突っ込んでいるお陰か、その外見はランダム生成されていない様である。まあSAOベータテスト以前に作られたキャラなので別に本人クリソツである必要はなかった筈なのだが、そこは神代博士の性格の問題だろう。

 何はともあれ、その時点で既に神代博士(というよりマソップが、だけど)はレクトにハッキングを敢行しているという事になる。既に時間切れまでのカウントダウンは始まっているのだ。そうなれば、もうあまり余裕をぶっかましている訳にはいかない。

 二人の会話を何言ってんのか分からないと首を傾げて聞いていた領主達に、グラントは目で合図を送る。すると彼等をその表情をすぐに改めて、自身の受け持つ種族の方へと歩いていき、その右手をそれぞれ上げた。

 途端に、辺りは静寂に包まれる。

 

 

 「……それじゃあ、みんな。ほんとに、ほんとに集まってくれてありがとうね。ここにいる全員が、最高のALOプレイヤーである事を、この俺と、シルフ、ケットシーの領主、そしてサラマンダーの将軍が保証する!!」

 

 

 そのグラントの掛け声に、広場に集った二百人のALOプレイヤー達は揃って鬨の声を上げる。分かりやすいもんである。領主や将軍に目をかけられると知ればこの盛り上がり様である。

 

 

 「今から二十秒後に、みんなを目的の非公開マップデータに転送するZOY。本物のSAOとは違って、向こうの世界じゃヒットポイントをゼロにしてもリアルで死ぬ事はないから、みんな思う存分暴れ回ってくるんだぜ、ぐぶぐぶぐぶ」

 

 

 その神代マソップの言葉を背中越しに聞きながら、グラントは二百人ものプレイヤーを見渡した。

 サクヤを始めとするシルフのプレイヤーは、その身体に一目で伝説級である事が分かる新緑色の豪華な装備を見に纏っていた。そしてその鎧をガチャガチャ言わせながらお互いに肩を叩いたり軽口を叩いたりして、その士気を鼓舞させている。その中には、この中でいの一番にグラントへの協力を宣言したリーファや、一時はグラントの相棒を担っていたフカ次郎も混じっていた……彼女等は普段の格好だけど。え? レンコン? おいしいよね。

 サラマンダーの軍勢はそれとは対照的だ。ユージーンの厳格さの影響を受けたのか、無骨で粗野な印象ながらある程度沈黙を守って待機している。加えて、それ以上に完全な直立不動を保つ、インプの戦女神達。ちょっと彼女達に距離的に近いサラマンダー達が引き気味である。

 そして、十人程度の少数精鋭ながら各々に割り当てられたドラゴンに乗りこむケットシーは、その一人一人の元に行って話しかける神代マソップの相手をしていた。まあ、誰も彼女がマソップだって気付いていないんだけど。

 其々がそれぞれ、決戦前だというのに良い表情をしていた。それは正に、彼等がただの兵士ではなく、それぞれ一人のゲーマーである事を意味していて。

 

 

 (……俺も、心から笑わないと)

 

 

 グラントは少しだけみんなと立場が違う。SAO生還者だし、中に知り合いが捕われている事を考えると、実は内心気が気でない瞬間も少なくはない。

 それでも、今は笑うべきである様に感じた。懐かしの、それでいて未知のエリアであるロスト・アインクラッドに足を踏み入れる事への、隠れた高揚感とかもそうだが。

 なによりも、俺が笑ってどっしりしていないと、救える人間も救えなくなってしまう。そして、このALOを現実世界に息づかせる事が出来なくなる可能性が高くなる。

 

 

 「……みんな、行こう!

 これが俺の、俺達の……異世界へのリベンジだ!」

 

 

 仲間が集まり、お互いを労い、共に力を合わせて強大な敵を倒す。それ自体で、本当は既にそこは小さな異世界で。

 その輪を広げようと……SAOでは成し得なかったそれを、このALOで成し得ようと、グラントがそう声を張り上げた、その時。彼等全員の身体をライトエフェクトが包み込んで―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……二ヶ月ぶり、か」

 

 

 見覚えのある、円形の広場。

 

 見覚えのある石塔と、その上に吊るされた鐘。

 

 そして、見覚えのある、黒鉄の宮殿。

 

 所々のテクスチャが剥がれていても、そのマップの外観は忘れようがない。

 その巨大な広場の中心に立ったグラントは、見上げた先に存在する上層の底を見据えて、呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 「……ただいま、アインクラッド」

 

 

 

 

 

 

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