SAO (シールドアート・オンライン)   作:ニモ船長

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第十六話 最後のギルドクエスト

 

 

 「フェンリルストーム、放てッ!!」

 

 

 サクヤが扇子を下ろして号令を下すと、彼女を取り巻いていたシルフの一小隊が一斉に長剣を突き出す。するとそれぞれの剣先からまばゆいグリーンの閃光が走り、宙をジグザグに切り裂いて……そして視界の先の、たった一人の男に向かって殺到した。

 

 

 「今だヨ!! ドラゴンライダー隊、続けーーッ!!」

 

 

 続けてアリシャの号令によって、数体の竜に跨るケットシーの少数部隊が波状に突っ込み、牽制攻撃を加える。

 ALOプレイヤーが合流したところで、相手はGMだ、やるべき事は変わらない。すなわち、右手と口に攻撃を集中させて、彼……芹沢に管理者権限を使わせずに時間を稼ぐのだ。そしてその間に、何とかして現状を打破する方法を思い付かねばならない。

 

 

 「……と言うわけで、作戦会議をしようか」

 

 

 フカ次郎とマロンの魔法での援護を受けて、更にユージーンが魔剣を携えて突っ込む……それを遠目に見守りながら、現在グラント達は一度戦線を離脱して次なる策を練るべく集まっていた。

 

 

 「……まさか、あんな大博打に向こうが出るとは思わなかったよ。ALO全体を封鎖しちまうなんてなぁ」

 

 「ぐぶぐぶぐぶ、こっちはパイセンに合わせるのに一苦労だったぜ。何せようやくSAOプレイヤー達をアルンに届けたと思ったら、いきなり別行動してた筈のマロンネキにパイセンを追ってくれって言われて、来てみれば……」

 

 

 まあそうだよね。そもそもSAO生還者(人ではないが)のマソップにとっては、右手の転移メニューの底に紅玉宮がある事にも驚いただろうけど。

 

 

 「ALOを封鎖……つまり芹沢さんは、俺達鈴風流の人間、助けに来てくれたグラント達、レクトが監禁したSAOプレイヤー三百人に、そして……もしグラントの言う通りになっていれば、アルンで彼らと既に接触したプレイヤー達を全員、現実世界に出さないようにしたって事でいいのか?」

 

 「……また、あの時みたいになっちゃったね……」

 

 

 肩を落としてそうしょんぼりと溢すトミィに、オルスを除いてようやく集結したグラント帝国のメンバーが暫しの沈黙に陥る。トミィからすれば、SAOクリアからまともに意識のない状況で目覚めて、まだログアウト出来ないという認識なのだ。せっかく家族の元へ帰る事が出来ると思ったのに、という肩透かしを食らったような寂しい気持ちもひとしおだろう。

 実際、ログアウトボタンを消去されて、デスゲームまでとはいかないものの未曾有の非常事態になってしまっても、尚……目の前のGMに向かって戦い続けているその場のALOプレイヤー達は、かなり肝っ玉が座っていると言えるだろう。

 

 

 「だけど、一層から百層まで上らないといけなかったSAOの時とは違って、今俺達の前には既にGMがいる。みんなの為にも、ここで決着を付けないといけないよな」

 

 「そういう事だねハルくん。流石にさっきの俺の氷結魔法の一手はもう使えないだろうし、今度こそぶっ倒すのに苦労しそう、って訳なんだけど」

 

 

 まあ、逆にこの状態のまま半日も経ってしまえば、恐らく現実世界側もその異変に気付くだろうし、強制的にALOサーバーを外部から落とす事でいずれは解放される運命なのかもしれない。

 

 

 「でも、そのことはあのひとも分かってるんじゃないかな……?」

 

 「ワイもそう思うぜトミィチュワァァァン。つまり、外部に、または多くの内部のALOプレイヤーに気付かれる前にGM権限を使ってワイ達を無力化して、真相を知る人間から記憶をリセットしようとしてる、って感じじゃね」

 

 

 ……原作での筋書きを知っている方なら、何となくお察しだろうけど、実はこれ向こう的にかなりの悪手である。

 なぜなら、「アミュスフィア」が脳に発する電子信号の出力程度では、須郷が推し進めていた脳の思考や記憶操作をするに至らない事が、ALO事件発覚後に解明されるからである。須郷やどこぞのナメクジ研究員のような、根っからの科学者として彼の研究に携わっていた訳ではない芹沢は、その辺りの細かな懸案事項が把握できていなかったのである。まあ、その事をグラント達もこの時点では知らなかったのだけど。

 だけど、仮に芹沢がそれを実行した際、少なくとも現在「ナーヴギア」を被っている三百人のSAOプレイヤーと、ハルキ含む鈴風流の人間は記憶を失ってしまう事には留意してもらう必要がある。半数以上の人間がその行いを否定してしまえば途端にその事実の信憑性は薄くなってしまうだろう。脳の思考操作の実験に関しては認知されていたとしても……実際に彼等が人為的なプロセスで記憶を奪われたのかを証明するのは、極めて困難である筈だからである。

 

 

 「……そういう訳だから、現状として、打開する為の条件はかなり厳しいんだよね。

 あの芹沢って男を倒すだけじゃダメだ。彼から何かしらの方法を使って、G()M()()()()()()()()()()()()()()()。そうしないとログアウトボタンも元に戻せないし、そうしてぐずぐずしているうちにまた向こうにログインされて振り出しに戻っちゃうから」

 

 「管理者権限を、奪い取るって……」

 

 

 ふーむと唸りながらそう悩ましげに語るグラントに、ハルキが呆れたように呟く。お前それSAOで一回おじゃんになってんじゃねーか。今度は大丈夫なのか?

 

 

 「……と言うわけで、今俺たちに取れる外部との唯一の情報交換口が」

 

 「ワイって訳だな。

 おk、リンリンと連絡を取ってみるぜ。ちょま!」

 

 

 そう、一応マソップはレクトにハッキングを計った身であり、現在もロスト・アインクラッド内の状況を、現実世界で神代博士がモニタリングしている筈なのである。そういう意味では、彼女が現状を最も把握できているリアル側の人間であると言えるのだ。

 そして、果たしてその交信が上手くいくかどうか、グラント達が見守る中で……しかし、その数秒後にはマソップは俯かせていた顔を上げて、ガッツポーズを放つ。流石はAI、やる事が速い。

 いや待て。AIの速度について行ける神代博士どうなってんだよ。

 

 

 「……待たせたな。と言うわけで、リンリンと情報交換をして来たぜ。

 やっぱり、現在レクトの開発スタッフのアカウントのみが全プレイヤーのログアウト権を受け持っていて、でもリンリンのアカウントじゃ権限が低すぎてまるで干渉できないらしいぜ。

 それでも頑張ってその管理者のアカウントに侵入すれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()けど、現実的じゃーないよな常考」

 

 「む……だとしたら……俺達に出来ることって言ったら、やっぱり芹沢さんをここで釘付けにして、外部の手による救助を待つしかないって事か……?」

 

 

 まあ、そのハルキの口にした案が、現状取り得る方法として最も手堅い様に思うよね。あくまで一般プレイヤー達なのだから、プレイヤーらしく死なない様に踏ん張りながら、彼を引き付けて持久戦に持ち込む……と言うのが最も妥当な作戦ではある。

 だが。彼女は知っていた。

 

 

 「分かってるよ。お前がそういう消極的な作戦を取りたくないって、そう思ってるって事はな。グラント」

 

 「……ハルくんには敵わないなぁ」

 

 

 もし、ここでグラント達が、()()()()()()()事を解決する事を諦めて、先程のハルキの口にした策を採用してしまったら。

 確かにそれだと、上手くいけばそれほど長い時間閉じ込められることもなく、外部の介入によって救出されるかもしれない。マソップの交信によって神代博士は事情を把握しているので、彼女が迅速に対処してくれればそれだけALOプレイヤー達の監禁も長期化しないかもしれない。

 だが……だが、もしそうなってしまったらその時点で、「ALOを運営する企業の人間が、そのゲームを利用するユーザーを一定時間監禁した」という露骨な既成事実が出来上がってしまう。そうなればもう本当にVR市場は再起不能なんてレベルではなくなってしまう。何度も言う通りただでさえ現在のフルダイブ型VRゲームに対する世間の評価は、予断を許さない状況なのである。

 いや、というより、芹沢があんな暴挙に出てしまった時点で、その事実自体はもはや隠しようがないものではある。彼が法の裁きを受ける事になればいずれは明るみに出てしまう問題であり、それ以前に既にこの紅玉宮にいるプレイヤー達も全員自分たちが監禁されてしまっている事を自覚してしまっているのだから。

 

 

 「それでも、今ここで俺達があいつに打ち勝って、すぐにALOの異常を直すことが出来れば……その印象は大分変わって来ると思うんだ。監禁も実質的には監禁『未遂』になるかもしれないし、それによってALOプレイヤー達が生活に支障をきたすような実害を減らすことが出来れば……」

 

 

 そう、つまりグラントは既にALOでの事件が収束した後に巻き起こるであろう、世相について考えているのである。彼が本物の異世界として想ったあのSAOでの出来事を経て、ようやく少しづつ現実世界に理解が広がりつつあったこのALOという世界が……それすらも疎まれ、忌避されてしまうなんてことは、あまりに残酷ではないだろうか。

 それは、見方によってはとても独善的な考え方だ。二度に渡って明らかに手に負えない程度の不祥事を起こしてしまったコンテンツを社会が見限るのは、何も悪意を持ってというばかりではなく実際に起きる可能性の高い危険を回避したいと願う、人間として当然の反応であって。

 ……でも、それでもこの仮想世界に降り立つプレイヤーは、どこか心の中で願っているのではないだろうか。今まで偽りなのか本物なのか……そうせめぎ合い、悩みながら生きてきたゲーム人生の末にようやくたどり着いたこのもう一つの現実を、どうか壊さないで、と。

 

 

 「……この一件をどう受け止めるかは俺達じゃなくて、世論が決める事だとは思う。

 だけど、そうなる前に、俺は俺達でやれるだけの事をやっておきたい。ここで、俺達のVRゲーム人生が断たれちゃうとしても、あのSAOから始まった俺達みんなの歩んだ軌跡に、ちゃんと区切りをつけておきたいんだ。

 ()()()S()A()O()()()()()()()()んだ」

 

 

 グラント帝国の皆の中で留まる話ではない。あのSAOでは、幾千もの人々が過酷な運命の中で力強く生きて、儚く散っていった。

 その全ての記憶の果てにあるものが、ただ理不尽な運命に屈しただけの敗北であってほしくない。それによる社会からの一方的な淘汰で終わってほしくなんて、あるものか。

 

 

 

 

 

 「だから、みんなで考えよう。この世界を、少しでも理不尽から救う方法を。今は、あのGM野郎から権限を奪い取る方法を」

 

 

 

 

 

 それは、グラント帝国のギルドマスターであるグラントの発令する……最後のギルドクエストになろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「一つ、疑問に思う事があるZOY」

 

 

 まず手を挙げたのは、マソップだった。

 

 

 「そもそもSAOのコピーサーバーであるこの世界に、アルヴヘイムなんていう大規模なデータを追加した時点で、その容量は限界まで圧迫されている筈なわけで、だからこそこのロスト・アインクラッドはギリギリまで不要なデータを削った状態で存在してるんだぜ。

 だってのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだぜ?」

 

 

 おお、いきなり鋭い指摘である。

 確かに、前に言った様にSAOがクリアされた時点でアインクラッドは七十五層までしか解禁されておらず、それ以降のデータはプレイヤーが立ち入る筈もない事からデータ節約のために削除されていると考えられていて、事実七十六層から九十九層までのマップの名称は例の右手の転移メニューにも表示されなかったのである。

 ……彼等のいる、この第百層を除いて。

 

 

 「俺がみんなと別行動を取ってここに来たのはそれが一番の理由ではあったかなー。明らかにメッチャ怪しいし、もしかしたらここも何かしらの、レクト側の求める用途があったのかなって思ったといいますか」

 

 「ええ? だけど、芹沢さんは基本的に自分のシステムウィンドウを使ったりはしてたけど、何かオブジェクトを利用したりする素振りは見せなかったぞ?」

 

 

 続いてグラントとハルキである。まあ、他にもその落武者男には何と言うか、男の勘的なアレがあったのだろうけど。

 だが、ハルキのいう事もごもっともである。別に彼女達を覚醒させる場所が、必ずしもこの紅玉宮である必要があったかと言えば、そんな事はないだろう。強いて言うならば他の層では人体実験の妨げになってしまうから、とかくらいしかその理由は思い付かない。

 

 

 「……えっと、じゃあ、ここにはじつはすごいヒミツがかくされていたのです! みたいなことはないってこと?」

 

 「うーん、まあ断定は出来ないけど、あればこれまでのどこかの段階で何かしら行使してそうだよねぇ」

 

 

 突然何を話しだしてるんだお前らは。芹沢を止める方法じゃなかったのか、と思ったそこのキミ。もうちょい待って欲しい。

 これが、実は関係、大アリなのだ。

 

 

 「えっと……ますます分からなくなってきたんだけど。

 つまりレクト側は、特に必要のない筈のここ第百層を、だけど唯一なぜか残したって事になるんだよな……」

 

 「わけがわからないよ!!」←マソップ

 

 「/人◕ ‿‿ ◕人\」←トミィ

 

 「トミィ氏メール機能がないからってモノマネは……いや、待てよ?」

 

 

 何でトミィはそのネタ知ってんねん。年代が違うし子供向けじゃないヤツだぞ。

 ともあれツッコミを入れながらも、グラントはそのハルキの困惑の言葉の中に、何かを見出した様である。

 

 

 「ねぇ、もし、もしもだよ?

 ()()()()んじゃなくて、()()()()んだとしたら?」

 

 

 「消せないって言うのはパイセン、レクトにはこのアインクラッド第百層のデータを、消去できないって事か」

 

 「消去できない? だって今の芹沢さんは、このALOのゲームマスターなんだよな?

 俺はそういうの詳しくないけど、ゲームマスターが、データを消せないなんてこと……」

 

 

 「そう、あり得ないよね。あり得ないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ここが、SAOサーバーのコピーじゃなければ」

 

 

 ここで、ハルキ達は漸く、グラントの意図する事を掴んだようである。

 

 

 

 

 「ゲームマスターすら超える、真の世界の創造主。

 ……茅場晶彦のアカウントが、存在するんだ」

 

 

 

 

 よく、SAOでの事を思い出してみよう。

 茅場晶彦は、あの世界においてはヒースクリフという、全プレイヤー最強の強さを誇る絶対剣士として降臨しており、その正体を七十五層迷宮区にて看破された際には、自身が最後のラスボスとして、紅玉宮にて攻略組を迎え撃つ予定だったと明かしていたよね。

 だけど、実はSAOがデスゲームになる前には、アーガスによって本来第百層紅玉宮には別のラスボスが用意されていた事が後に判明するのだ。「An Incarnate of the Radius」と呼ばれる理不尽なまでの強さを誇るそのボスと、後に黒の剣士達が刃を交える事になるのはまた別の話だが。

 だが、正式サービス開始に伴いそのモンスターから茅場自身にボスが変更されたという経緯は、このアインクラッド第百層のデバック権限は、アーガス社員全体ではなく()()()()()()()()()()()()()()()()という事実を意味していて。

 

 

 「……つまり、ここだけはアーガスの管轄じゃなくて、茅場っち個人のみがデータを調整できる仕様になっていたと。

 だから、例えレクトがアーガスからデータを引き継いだとしても、レクトがその管理者としてのアカウントをアーガス社員のものから受け継いだとしても……それよりも高位の茅場のアカウントの管理下であるここだけは、消すことが出来なかったと。そう言いたいんだな、パイセン」

 

 

 つまり簡単に言えば、このアインクラッド第百層が残存しているという事自体が、IDオベイロンが真のゲームマスターのIDではないという事の証明なのだ。

 

 

 「マソップ、また、そのこうじろさん、って人と連絡だ!

 それで、このALOの中で、茅場晶彦のアカウントがどうなっているのかを探ってもらうように頼めないか!?」

 

 

 反射的にハルキがそう叫び、それにマソップは再び顔を俯かせて応じる。今度は先程とは違って、十秒近く沈黙しており、思わず残されたグラント達は不安げな顔を見合わせる。

 だが。

 

 

 「……覚悟の準備をしておいて下さい、パイセン」

 

 

 やがてゆっくりと顔を上げたマソップの表情は、いかにも笑いを堪えるかのようなもので。

 

 

 「……ほぇ? 俺が? 覚悟?」

 

 「どうやら、茅場っちのアカウント……ヒースクリフのIDが、つい数時間前に一人のALOプレイヤーによって使用された痕跡があるらしいぜ。今現在は非ログイン状態らしいけど……でも、そのIDは未だに『彼』に付属して存在しているって」

 

 「ALOプレイヤーに、ヒースクリフのIDが!?」

 

 「誰なんだいマソップ嬢、そんな、俺を差し置いて茅場のお眼鏡に適うヤツ……!!」

 

 「フヒッ」

 

 

 うむ。あれだけ茅場に盛大な喧嘩を吹っ掛けたのである。もしあの男が今度はALOにちょっかいを出しているというのなら、まずはこのグラントに声を掛けるのが筋ではないだろうか……と、この恥知らずな勘違い男は考えている訳なのだが。

 ……まあでも、グラントなんかよりも茅場が絶対に優先するであろうヤツが、一人いるよね。

 

 

 「ぐぶぐぶぐぶ聞いて驚くなよ、彼の名は――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 その名を聞いた、トミィの反応がこちら。

 

 

 「◝(⁰▿⁰三⁰▿⁰ ‧̣̥̇)◜」

 

 

 続いて、ハルキの反応は、こちら。

 

 

 「……やっぱりあいつ、ちょうど良くカッコいいな」

 

 

 ……そして、グラントの反応が、こちらである。

 

 

 

 

 

 

 

 「……あんの、クッソゴキブリトがああああぁぁぁっっっ!!!」

 

 

 

 「だからいい加減妬むのやめろって落武者男」

 

 

 ああ懐かしや、ハルくん久々の一刀両断である。

 

 

 

 

 

 

 

 「ドアアアッ!!」

 

 

 赤い羽根をはためかせて上空へと飛び上がった猛炎の将軍ユージーンが、大上段から魔剣グラムを振り下ろした。それに対し、芹沢は左手で剣を翳して防御の姿勢を取りながら、右手で自身の管理者用のシステムウィンドウを開こうとする。

 だが、直後にその妖精王から見て、信じがたいことが起こったのだ。目の前の紅蓮の鎧を着た大男の剣は、何とこちらの剣をすり抜けて、自分の右腕を抑え込んだのである。

 これがそのサラマンダーの将軍の持つ、魔剣グラムに付随したエクストラボーナス。相手の防御を一度透過するという破格の効果であり、その名をエセリアルシフトという。

 

 

 「く……!! システムコマンド、実装されている全魔法を0.5秒おきに継続して発動!!」

 

 

 おうおうおう、マジかオメー。やりたい放題じゃねーか。途端に最早一つ一つを判別できない量の魔法が、まるで合わさるに合わさって虹色の光線の様になって芹沢の前を押し流した。

 

 

 「ぐあっ……何だとっ………!!」

 

 

 まさにその射線の中心にいたユージーンは慌てて旋回して逃れようとするが、若干遅れてしまいその右足が光線に掠れてしまう。だがそれだけで驚くほどのダメージがその将軍を襲った。加えて生じた無数に重なった衝撃がでたらめに大きなノックバックとなって、その大柄な身体を盛大に弾き飛ばした。

 

 

 「っ、総員、散開!! 少しでも当たれば致命傷になるぞ!!」

 

 

 これを重く見たサクヤが素早く命令を飛ばすと、シルフの部隊は瞬時にその場で三次元的に大きく広がる。それに芹沢は両手を広げてまた一言二言囁くと、今度はその光線の様になった魔法の速射を複数に散開させて一度にその場の全員を薙ぎ払おうとした。

 

 

 「みんな、落ち着いテ!! ファイアブレスで迎撃……!!」

 

 

 アリシャも冷静に自身のドラゴンライダー隊に指示を下す。こちらも広く散らばった部隊が、その命を受けてまるで芹沢を取り囲むようにして一斉に豪炎を噴き掛け、分散した妖精王の魔法光線を受け止める。

 だが、所詮その抵抗は有限なものだ。ケットシーたちが跨る飛竜もテイムモンスターである以上ステータスが存在し、その数値の許す限りでのみ攻撃を行えるのに対して……芹沢のものは無限に、かつ最高火力である。次第にその優劣が明確になり、ケットシーのドラゴンライダー隊は追い込まれてしまう。

 ……という訳で、そろそろ主役を登場させようか。ヒーローは遅れて何とやらって、言うじゃん?

 

 

 

 

 

 「芹沢ぁぁぁっっ!!」

 

 

 

 

 

 名を呼ばれたその男が見れば、先程まで戦っていた二人のプレイヤーが、その後ろに一人の女性プレイヤーを、その前には一人の鎧づくめの小柄な男を連れて……こちらに突進していたのである。

 

 

 「……五月蝿い」

 

 

 流石に多くの意味で現状追い込まれつつある芹沢は少し苛立っていたのか、声をいつになく荒げながら両手を彼らの方へ向ける。すると四方八方に分散していた光線が一点に集中し、その四人を丸ごと飲み込むかの様に襲い掛かる―――!!

 

 

 「今だマソップ嬢!!

 思いっっきり、ぶっ放せぇぇ!!」

 

 「了解道中膝栗毛っっ!!」

 

 

 現在マソップはいつものケットシー姿ではないものの、そもそも神代凛子のIDが半分運営側に片足突っ込んでいるような状況なので、ガドリングメイジを行うだけのステータスを揃える事自体は造作にもなかったそう。

 という訳で、ここで一番背後に控えていた彼女が、例の高速詠唱を……いや、高速詠唱をし始めたのである。最早ALO編最後の戦いという事で、元々サーバーに異常をきたすのを避けるためとか言ってある程度制御していた詠唱速度を、しかし今彼女はまるで制限せずに恐ろしい速さで唱えまくっている。

 するとどうしたことか、マソップの頭上からも、芹沢のそれに匹敵するほどの大量の魔法が、筒状になって放たれていくではないか。

 

 

 「な、何ッ…!?」

 

 

 そしてそれはマナポイントの都合からほんの一瞬だったが、敵側の放つ魔法光線とかち合い、そしてその奔流を押し込んだのである。これには流石の芹沢も焦って全神経をマソップの排除に向ける。

 ……それが、グラント達の狙いだった。その目的は、魔法攻撃を潜り抜けて相手の懐に入る事。

 

 

 「でやぁぁぁっ!!」

 

 

 まず、ハルキが猛然と芹沢に斬りかかる。その太刀筋は先程の彼女渾身の居合斬りほどに洗練されている訳ではないので、不意をついたとはいえ残念ながら、詠唱を即座に中断して振られた彼の剣に苦もなく受け止められてしまう。

 だが、彼女はそこで諦めずに、剣をすり寄せる様にして芹沢の右腕に巻き付くと、まるでそれを決めるかの様に右に回って、手にした剣ごと押さえ込む。

 

 

 「ま……まだ性懲りもなく……春花ぁ!!」

 

 「知ってるだろ、俺は懲りない性分なんだよ!!」

 

 

 その彼女を引き剥がそうと振り上げた左腕を、しかし今度はグラントがガッチリ抱え込んで拘束する。

 

 

 「一つ言い忘れてたぜ、セリザワさんとやら!!

 ハルくんを、俺の大切な相棒を、あんまりコケにするもんじゃないぜ!!」

 

 「な……何を……!」

 

 

 そう、今芹沢は、左右の手をグラントとハルキに拘束されて磔の様になっている状態だ。

 そこにさらに……最後に、彼の真正面から突進してくる男がいた。

 

 

 「いっけええ、トミィ!!!」

 

 「# ゚Д゚)·;’.」

 

 

 ALOプレイヤーとしての権限はなく、ステータス的な表示も強化の恩恵も一切受けられないが……それでも、身に纏うフル装備の重量はSAOの頃から変わっていない。そんなトミィが、当時の重量制限の枷から解放されて、全力疾走しながら芹沢にぶつかれば。

 

 

 「ぐあ……っ!!」

 

 

 ……その態勢を崩さない訳にはいかないだろう。

 というわけで、トミィの渾身のタックルを喰らった妖精王はその場で仰向けに倒れてしまう。加えて、追いすがるように彼の右肩に馬乗りになったその鎧ずくめの男……いや、少年の為に、思う様に右手を動かす事もままならなくなったのである。

 そうして、ここまで来れば、前と手順は同じ。ハルキが剣で彼の口を塞ぎ、不自由になった芹沢の右腕をグラントが動かして、そのシステムウィンドウを操作しようとして。

 

 

 

 

 次の瞬間、芹沢の身体が、消えた。

 

 

 「……え?」

 

 

 場が一瞬、静寂に包まれる。何が起こったのかを把握出来ずに、その場の全プレイヤーが呆気に取られていた、その時。

 

 

 

 

 

 

 「全く、手間取らせるんだからなぁ。まさかこんな、周りくどい方法を使う事になるなんてさ」

 

 

 

 

 

 ―――その場のALOプレイヤー達は、声も上げられずに、一斉にその場に膝をつく事になったのだった。

 

 

 (ま……さか、一旦……ログアウトを……!?)

 

 

 迂闊だった、ハルキは自身のヒットポイントバーの横に付いた状態異常のアイコンを睨みながら歯噛みした。

 こちら側は現在ALOに閉じ込められていても、芹沢は自由に現実世界と行き来できるのだ。しかも、ログアウト処理自体は一般のプレイヤーでも行う基本的手段な為、その行使は右手ではなく左手で行われる。トミィの抑えていなかった方の手だ。

 そしてログアウト処理によって彼の拘束から逃れると再びログインして、素早く右手のシステムウィンドウを行使したのだろう。

 

 

 「もっと早くこうすれば良かったな。ゲーム慣れしてなくてさ、ついつい君たちのペースに乗らされてたよ」

 

 

 その紅玉宮のドームに集結したプレイヤーは遂に、そう余裕を取り戻した芹沢の前で倒れ伏してしまう。ああ、こうなってしまっては絶望的だ、後は彼の思う存分に蹂躙されて、リメインライトと化すしかないではないか。

 

 

 

 「……でも」

 

 

 

 だが、そう言いながらも、その妖精王のアバターを纏った芹沢は続いて右手を再び操作して、自身の持つ剣を変更させた。そうして彼の右手に新たに握られたのは、金色を基調として柄に緑色の装飾を持つ、一目で究極のレアリティを誇る一品だと分かる一振りの剣だった。

 エクスキャリバー。レジェンダリーウェポンの頂点的存在にして、このALO内にただ一本しか存在しないとされる、文字通り最強の武器である。

 

 

 「……おかしいなぁ、どうしてさっきから、君は」

 

 

 なぜ、芹沢がここに来てそんなオーバーキルな真似をし出したのか。それは。

 

 

 「……君は、GM権限から免れてるんだい」

 

 

 それは、今目の前で、じわりと焦りの表情を浮かべながらも、ほかのプレイヤー達と違い状態異常を受けずにその場に立つ、グラントがいたからであった。

 

 

 「さあ、何でだろうなぁ。そのさぞかし優秀な頭で考えてみろよ」

 

 

 因みに、その理由がどこにあるのか、グラントには一つだけ、確証のまるでない推測が一つだけあった。実はさっきのログアウトボタンの消失時の影響も受けておらず、未だにそのシステムウィンドウにはログアウトボタンが存在していたりする。

 それでもそれを使用しなかったのは、仮に一度ALOから脱出出来たとしても、その後再びログイン可能であるという保証がない為に、結果としてハルキ達を見捨てる形になりかねなかったからである。

 

 

 「全く、君達は、つくづく。

 つくづく、五月蝿くて、目障りな連中だね!!」

 

 

 ―――グラント!!

 

 

 その時、彼のちょうど右後方で倒れていたハルキは、取り落としていた自分の剣を、SAOから引き継いだ高ステータスに任せて指先で何とか弾く。その意を汲み取っていたグラントはそちらは振り返りもせずに、その背後から飛んできた剣を右手で受け取ると……すぐに、こちらへと突進しながらその伝説の剣を振りかぶった芹沢に、負けじと斬り込んだ。

 二人のシルエットが交錯する。しかし一瞬の時が流れた後に……なんと、グラントの手にしていた剣が、ぶるぶると震えながら明滅し、その場でライトエフェクトになって消滅してしまう。

 

 

 「……初期装備の剣で立ち向かってくるなんて、君も結局はとんだ間抜けだね」

 

 

 そして、振り向き様にさらにもう一閃、金色の剣光を光らせる芹沢に、今度はグラントも負けじと左手の丸盾でそれを防ごうとして。

 ……エクスキャリバーの一閃に、その盾すら耐えきれずにその場で光の粒子となって飛び散ってしまったのである。

 

 

 「君の負けだ、グラント君」

 

 

 完全な無手となってしまったグラントの首に、芹沢が伝説の剣を突きつけて、高らかに宣言する。

 そう、確かに、この瞬間、少なくともこの戦いは、芹沢の完全勝利にて、幕を閉じる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お待たせ、グラントさん」

 

 

 

 

 

 

 ……「彼」が、現れるまでは、である。

 

 

 「うん、君は?」

 

 

 グラントに剣先を向けたまま、芹沢は突如としてその場に響いた、その声の主を見やる。

 そこに立っていたのは、つんつんと尖った勢いの良い髪型が特徴的な、一人の男性プレイヤーだった。やや釣り上がった大きな目を持ち、そのてくてくと歩く様はどことなくやんちゃな少年を思わせる身のこなし。その背中には、体格と比較しても明らかに不相応な程に巨大な大剣が背負われている。

 

 

 (間に、合ったか)

 

 

 その黒衣の少年が倒れ伏すALOプレイヤー達の合間を縫って芹沢とグラントの元へ歩くのを、ハルキは安堵の表情で見守っていた。彼が現れた時点で、理論的にも精神的にも、こちら側の勝利はほぼ確定である。

 なぜなら、彼こそが。彼こそが、現在あの茅場晶彦のアカウントを継承したプレイヤーだから。真の世界の創造主の力を継承した「勇者」だから。

 あの終焉を迎えた鋼鉄城にて、最強の剣士にして最悪の黒幕ヒースクリフを打倒して、六千人ものプレイヤーを現実世界に解放した、「黒の剣士」なのだから。

 

 

 

 ……いや、それはちょっと、違うか。

 

 

 

 

 

 「……()()()()()、力を貸して。

 この世界を守る為に、あたしに、力を貸して!!」

 

 

 ―――なぜならそれは、桐ヶ谷「直葉」が、英雄でありただ一人の愛する兄である和人のアバター、「キリト」を纏った姿だったからである……!

 

 




 
和人「ちょっ」
 
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