SAO (シールドアート・オンライン)   作:ニモ船長

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グラント「せっかくだから、俺はこの作品のイメージbgmを作ってみるぜ!」




グラント「カジウラ語には勝てなかったよ……」


マソップ「詳しくは目次参照」


後日談 えくすとらえでしょん!

 

 2025年、8月4日。

 季節はすっかり夏休み。泳げない直葉の水泳訓練を行うべく、キリトを抜かしたヒロイン達が学校のプールを使い、キャッキャウフフしてた……その、数日後の事である。

 

 

 「ねえ、どうして俺達はその一方でこんなリアルサバイバルしてんすかね」

 

 「そのいっぽうでって、何のはなし?」

 

 

 かなりげんなりした様子のグラント……こと玄太郎と、彼と対照的に元気いっぱいに足踏みするトミィ……こと拓也君。現在二人は、その背中に着替えや水筒、その他諸々のレジャー用具を詰め込んだリュックサックを背負っている。

 そしてその足に履くフェルトソールの長靴の踝までをヒヤリと冷たい水の流れに浸しながら、ざぶざぶと歩いていく彼等の先では……ごろごろと広がる岸辺の岩場に片足を乗せた少女二人組が、呆れたようにその男子二人組(厳密には玄太郎一人)を見下ろしていた。

 

 

 「まったく、これだから都会育ちは。これくらいで音を上げてどうするんだよ」

 

 

 こんの野生児め。玄太郎は何とも言えぬ表情でぐぐっと言葉を詰まらせて、その鬼ガイド……ハルキこと春花を見上げる。

 現在、四人は東京都奥多摩、海沢川のとある地域に入渓している。何を言っているか分からないと思うが、こっちも、そしてもちろん玄太郎も、初めはマジで何言ってんのか分からなかったのだ。

 

 

 「まあまあはるねーちゃん。ゲン君もたっくんも沢のぼりはこれが初めてなんだから、あたし達がリードしてあげないとね」

 

 「まあ、それはそうだよな。みんながナツ、君みたいにたくましいとは限らないもんなぁ」

 

 

 そう、彼等がやってるのはいわゆる沢登りである。春花の横で彼女を宥めるようにそう言う、ナツと呼ばれた少女……SAO内にてはじまりの街でハルキが探していたあの娘の台詞から滲み出る優しさとちょっぴりの余裕が、すごく心に痛い玄太郎であった。

 事の始まりは一週間前の事だった。予備校の夏期講習を八月の第二週に控える玄太郎に、こちらも帰還者学校が夏休みを迎えた春花が提案をしたのだ。一度、こっちに来てみないかと。

 だがまさかの自宅招待か、ちょっと気が早すぎるだろまずは手を繋ぐところからとか妄想猛々しく宣いまくし立てた玄太郎を完全無視して、春花が次に行ったセリフが、こちらだったのだ。

 

 

 『トミィも誘ってさ、みんなでこっちにおいでよ。確か奥多摩に来たことないんだろ? せっかくだから、俺のとっておきの場所を教えてやろうかなって思ってさ。

 そういうことだから、レインウェアって言うんだったか? あんな感じの服装で、よろしく! じゃ!』

 

 

 全くもって情報不足である。

 と言うわけで玄太郎はその後の一週間で慌ててトミィと連絡を取り、自宅にあるアウトドア用の衣類も取り寄せて何とか時間を作って……そして今日、晴れてトミィを引き連れて彼は青梅線にて白丸駅へと向かい、そこで彼の苦労も知らずにニコニコと手を振って待っていた春花と出会ったのだった。

 

 

 「まったく……三十分近く駅から歩いたと思ったら、これだもんなぁハルくん」

 

 「たかが三十分歩いたぐらいで音を上げるもんじゃないぞ。ほら、そこ深いから気をつけて」

 

 

 おわっ、と足元の川の水の滞留したスポットに思わず声を上げる短髪男を、他の三人が声を上げて笑う。

 一応解説をしておくと、沢登りとは文字通り滝や沢と言った渓流を登るアウトドアの一つであり、区分としては登山に近いものである。美しく、変化に富み、また涼しくて心地よい風景を楽しみながら身体を動かす……それがこの野外活動の醍醐味であり。

 そしてそれは玄太郎やトミィを呼び出した春花もよく分かっていた。元々子供の頃から実家の周りの、熊などの危険動物の居ない地域の山地を駆け回っていた彼女からすれば、沢登りなんてもうお茶の子サイサイである。そして彼女程ではなくても獣道も何でもどんとこいな、鈴風道場門下生の妹分、ナツちゃんもそれ然り。

 

 

 「ほら、たっくんも、つまさきに力をこめて、ひざを伸ばしてじめんにまっすぐ足をのばして!」

 

 「え? え? つまさきを伸ばして、ひざに力をこめてじめんにまっすぐ……!?」

 

 

 トミィそれ試しにやってみ。多分できねーやつだぞ。まあ小学生には要求量が多いのは分かる。言ってるナツちゃんの方も小学生なんだけど。

 

 

 「あー、いちいち気にしなくて大丈夫だよ、そこまで来たら後はこっちまで歩いてくるだけだから。トミィはそこの落武者男に掴まって。ほら、ゲンタロー」

 

 

 だけどまあ、取り敢えず玄太郎達もあと数歩でひとまず休憩地点の足場までたどり着く地点なののだから、もうあれこれ言うのは野暮だろう。春花のその言葉に、トミィは玄太郎と手を繋ぎ、そしてその短髪男は岩場の上から差し出された彼女の手を握って、その身体を川から引き揚げる。

 

 

 「だー、シテーボーイの俺は疲れたわー。ちょっと休憩にしようよハルくんー」

 

 「うわー、ゲンにーちゃんオヤジくさい」

 

 「f^_^;」

 

 

 シティーボーイとか、やはりセンスが微妙に昭和な玄太郎。どういうこったい。時代から取り残されてる系女子のハルくんが相手じゃなかったら会話通じてないぞ。

 だがそんな彼を意外にもナツちゃんがぶった斬った。子供ってのは残酷なんです、ただでさえこの中で圧倒的に年長者な玄太郎に容赦なく年寄り呼ばわりである。現実世界じゃロングヘアーじゃないからそんなでもないけど、SAOやALOでは老け顔に見える事が実はちょっとコンプレックスだったりする彼のメンタルを、思い切りグッサリと深く抉り取る一言である。え? ざまあみろ?

 

 

 「……まあ、あんまり無理させても仕方ないしな。

 分かったよ、休憩しよう。よーし、昼ご飯にするぞー」

 

 「いやんハルくんマジ天使」

 

 

 因みに先程春花達が居て、今さっき玄太郎達も辿り着いたその岩場は、川のど真ん中に位置しテーブル状の形をしていて、ギリギリ四人分の座るスペースがある程には広かった。そこに彼らは向き合って座って、緑溢れる周囲の景色と雲一つない快晴の空を眺めて一息つく。

 

 

 「はるねーちゃん、はるねーちゃん!」

 

 「ああ、もう、がっつきすぎだ、すぐ出してやるから……ほら」

 

 「うわぁ……!!」

 

 「おー、これが、音に聞く……」

 

 

 ナツちゃんにせがまれて、春花は苦笑いしながら自身のリュックからとあるパッキングを取り出して、その蓋を開ける。その中身を見たトミィと玄太郎から歓声が上がった。

 それは綺麗に正方形に並んだおにぎりの列だった。基本的に鈴風家での稽古において、休憩時の差し入れは春花の担当であり、その際に彼女が子供達に握るおにぎりはちょっとした道場の名物になっていた。それがあのSAO事件によって二年間お預けになったものだから、春花が復帰してからというもののその期待度は以前よりもさらに跳ね上がっており。

 

 

 「うわぁ……梅に昆布にしゃけに……山菜づめとか、えほーまきみたいなのもある……!!」

 

 「ハルキおねえちゃん、これ全部、ひとりでつくったの!?」

 

 「まあな、寧ろいつもと比べれば少ない方なんだけど。ここには君達しかいないしさ……って、こら」

 

 

 せっかく今にも一口齧り付きたそうな子供二人が「いただきます」を言うまで我慢してると言うのに、さも当然のようにその昼食に手を伸ばしていた玄太郎の手をぴしゃりと叩く春花。この瞬間玄太郎の忍耐力は小学生以下と証明されたのである。残念な落武者男。

 しかし、だ。そうしていただきます、と皆で手を合わせた後に、春花はさらに自身のリュックから、もう一つ風呂敷を取り出して。

 

 

 「……ほら、お前はこっちがあるから」

 

 「ほえ?」

 

 

 呆気にとられながら玄太郎が彼女から渡されたその包みを解くと、そこには一段の重箱におかずが敷き詰められた弁当があった。それに驚く彼を見ながら、春花はつんと澄まし顔で、

 

 

 「若い男っていうのはたらふく食べてすくすく育つって言うからな。おにぎりだけじゃ味気ないかなと思って、作ってきたんだよ。

 まあ、お節介だと思って、食べてくれ」

 

 

 何というクーデレ。いや最早照れてすらいない彼女にはその自覚はまるでなさそうだけど、逆に素クールか……ともかく、これにはトミィもナツちゃんも冷やかしを通り越して呆れ笑いを浮かべている。

 

 

 「……トミィ氏、俺どうしよ、喜んでいいのかな」

 

 「黙って食べればいいと思うよグラントにいちゃん」

 

 

 流石煽り担当のトミィ。リア充に慈悲はない。

 これには玄太郎もうまく言い返せずに、改めてその彼女が作ってくれたという弁当を食べるために箸を割る。

 茄子と大葉の肉巻きに、ごま油の香るきんぴらごぼう。崩れる事なく纏まった玉子焼きに、ほうれん草のワサビ和えやブロッコリーなどの緑色野菜も忘れずに入っており、栄養のバランスもきちんと考えられているのが分かる。

 

 

 「はるねーちゃんね、ししょーが料理ぜんっぜんできないから、むかしからずっとひとりでごはん作ってたんだよー。でもね、ハンバーグとかオムレツとかスパゲッティとか、ようふーの食べ物は全然作れないの」

 

 「……余計なお世話だよ、ふん」

 

 

 なるほど、習いに来る子供達を含めて、鈴風家の食事情を一身に背負っていたと。まあ確かにそれは料理も上手くなりそうだけど……何となく春花の実家での苦労を推し量って、へり下る思いで彼女を見ながら……玄太郎はその肉巻きを一口頬張った。

 なにこれ、メッチャ美味い。というか塩加減とか絶妙に好みを見抜かれている感じだ。

 

 

 「そりゃ、長いこと同じギルドルームで食事してたからな。お前含めギルメン全員の味加減は大体把握してるつもりだよ」

 

 「う、うむ……すごく、すごく旨いんです、すっごく感激して驚いてありがとうって感じなんだけど、なんか一周回って怖いわ……」

 

 

 どうして料理スキルに手を出さなかったのか。今になってハルキの、SAO内でのスキルを完全放棄したビルドに口を出さなかった事に後悔を覚え始めていた玄太郎だった。

 

 

 「あー、まあ、なんだ、その。ありがとうね、ハルくん。おにぎり含めて、本当に美味しく食べさせていただいております」

 

 「なら良かった。不味いって言われないかちょっと心配だったんだ」

 

 

 なにが怖いってこの少女、さっきも言ったけどここまで照れ顔を一度も見せていない事である。そういうとこだぞヒロインになれない主人公め。そういう時は顔を赤くしてチラチラカレシーの方を見ながら、「ど、どう?」的な素振りをしておけばポイントは高いだろうに。

 

 

 「……うむ。だが、それがいい」

 

 「そうそう、どんどん食べてくれよ! 二人もな!」

 

 

 おや、しかし玄太郎はそれでも全然満更ではないらしい。そりゃそうか、一応は女の子が自分の為だけに作ってきてくれた弁当である。しかも旨いし。そしてそれをうんうんと得意げに眺める春花。

 そんなだから、彼らをさらに見やる年下の小学生二人に、思われてしまうのだ。コイツらまだまだだなと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇ……あれから何時間経ったよ……?」

 

 「またつかれたの? ゲンにーちゃん、だらしないなあ。

 えっとね、おひるごはんをたべたのが十二時半だったから、今ちょうど一じかんたったとおもいます」

 

 「……そっか、情報ありがとっす」

 

 「いつまで文句言ってんだ。もう少しだから我慢しろ落武者男」

 

 「m9(^Д^)プギャー」

 

 

 一時間ならそんなに経ったとは言えないよね。ちゃんと運動してんのか玄太郎、それでも男か。

 まあそういう感じで、昼食を終えた一行は春花の先導でさらに川を歩いて上流へと登って行った。彼女が指定したルートは川の中でも一番流れの穏やかなポイントを的確に見抜いたものだったので、沢登り初心者である玄太郎とトミィも基本的には難なく彼女について行くことが出来たのだった。流石元野生児ハルくん。元って付けてあげただけでまだマシな?

 

 

 「それでナツちゃんは、ハルくんが一体どこに向かってるかご存知なんです?」

 

 「ううん、あたしもこんなところはじめて来たよ。はるねーちゃん、うちのまわりじゃあ飛び抜けてオテンバ娘だってゆうめいだから、きっとだれも知らないようなところをいっぱい……あー、はるねーちゃんやめてやめて!!」

 

 「さっきから聞いてりゃ散々に言ってくれるじゃねーかこのチビガキめ」

 

 「チビなのはガキだからだもん! 全く悪口になってないもん!!」

 

 

 うむ、出来る。玄太郎は心の中で思う。その通りだ、ちゃんと論理的にハルくんを論破してる。問題なのはハルくんがそんな事お構いなしに実力行使に出てる事だけど。でもいつかあの娘さんがまたアミュスフィアを被りたいって言い出してくれたら……その時はグラント帝国の一員にしてあげてもいいだろう。

 やめて差し上げて。これ以上お前さんの犠牲者を出さないで。

 

 

 「あれ、ねぇグラントにいちゃん、いわからなんかピューって出てきてるよ?」

 

 

 その時。玄太郎の横にいたトミィが突然声を上げ、その視界の先を指差した。それに他の三人が辿るように見ると、確かに岩の割れ目から、何やら湯気のものが二十センチくらい垂直に吹き上がっている。

 

 

 「ああ、そうだったな」

 

 

 ついに来たか、と如何にも熟練な雰囲気を醸しながら、人差し指を立てて春花が解説する。

 

 

 「ここよりもさらに西の奥多摩湖の辺りに、昔まとめて小河内温泉って呼ばれてたいくつかの温泉があったんだよ。今はダムが出来て湯治場自体はなくなっちまったんだけど、どうやらこの辺りにもどういうわけか、その源泉の末端が届いているみたいなんだよな」

 

 

 因みに小河内温泉自体は奥多摩湖湖畔に引湯され、現在も奥多摩町内外の旅館等へ配湯されているそう。そんな貴重な源泉が人知れずこんなところに湧き出ているとしたら、それは自然の神秘の生んだ奇跡だとしか言いようがないだろう。

 

 

 「ええ……はるねーちゃん、それ大発見なんじゃないの……?」

 

 「いや、あくまでこの辺りで温泉って言ったらあそこしかないからっていう推測で、ほんとの事は分かんないんだけどな。

 まあそういうわけで、ちっちゃい頃にそれを発見してから、ここは俺だけの秘密の場所だったってわけ」

 

 「……ねぇ、ハルくん?」

 

 

 一連の話を柄にもなく静かに聞いていた玄太郎が、しかしその額に疲れとは別の意味の汗を流して、口を挟む。

 

 

 「うん、君がすっげー野生……フィールドワーカーだったことはよく分かったんだけどね?

 今のハルくんの言葉を纏めると、つまり俺達は温泉の噴き出る知られざる沢のポイントに来ていると。

 つまり……俺達の目的地って」

 

 「お、流石だな、もう気付いたか」

 

 

 しかし、そんな玄太郎の戦慄に全く気付かず、春花は自信満々に言い切ったのである。

 

 

 「もう少し行ったところに、ちょうど四人入っても余裕があるくらいの野湯があるんだよ! 森で囲まれて静かだし、湯加減も丁度良くて、みんなで入ったら楽しそうだなって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねえ、グラントにいちゃん、なんとかしてよ」

 

 「あれー? はるねーちゃんって昔からこんなに頭クルクルパーだったっけ?

 うーん、つける薬ないっ! ゲンにーちゃん、まかせたっ!」

 

 「……いや、俺にどうしろってんですか……」

 

 

 子供って残酷なんです。困ったら全部大きいお兄さんに丸投げである。

 というわけで、玄太郎は引き攣った笑みを浮かべ、後頭部を一度ガリガリ掻いて、さりげなくトミィの後ろに回ろうとして……彼に拒否されて。

 そして万事休すと、ついに彼女に……その一連の彼の行動を不審げに見つめる春花に、それを告げたのである。

 

 

 

 

 「……水着って、持ってきてないじゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おい落武者男、後ろ向いたら頭引っ掴んで沈めるからな」

 

 「やめてください。子供が見てます」

 

 「……そういうと俺が間男みたいじゃないか。やっぱり沈めてやろうか」

 

 「ウボァー」

 

 

 流石に理不尽であるハルくん。お前さんが女性としてあるまじき恐ろしい短絡さで、みんなをここまで連れてきたのが悪いだろ。玄太郎もたまらず断絶魔を上げる有様である。

 

 

 「うわー、ほんとだ! あたたかーい!!」

 

 「ちょっとお湯がみどりっぽーい!!」

 

 

 ああ、なんと健全極まりない光景だろう。玄太郎は遠い目で視界の先でお湯遊びをしている子供二人を見やった。ここまで来て入らないのはそれはそれでどうかという事で、辛うじて全員分持ってきていた大きなタオルを身に纏って……現在四人で仲良く入浴中である。仲良く。

 辿り着いた滝沿いの野湯は春花の言う通り、円形で直径にして七、八メートル位もあり、四人で一斉に使ってもお釣りが出る程の広さがあった。現在は先程も言った様にその滝側に陣取ったトミィとナツちゃんがわちゃわちゃはしゃいでいるというわけなのだが。

 

 

 「……おい、何か話してくれよ」

 

 「い、いい湯ですね~」

 

 

 そっちはさておき、反対側のこっちは気まずいったらありゃしない。お互いタオルを巻いているとはいえ、年頃の男女が同じ湯に浸かって背中合わせに座っているその場には、もはやウキウキ気分なんて通り越してマジで気まずいムードが漂っており。

 というか玄太郎は今回は完全に被害者なのだが、でもこの状況で春花を責めたところで、ねぇ。

 

 

 「あ、あれだよ? 俺君が出るまで外で待ってても良いんすよ? うむ」

 

 「ここまで来てそれは悪いよ。だいだい、それくらいは流石の俺だって考えたけど」

 

 

 玄太郎の背後で、かすかに身体の動く音と、水面を通じて波紋が伝わってくる。

 

 

 「……折角みんなで来たんだから、やっぱりみんなで入りたかったんだよ。

 いっつもここには、俺しかいなかったからさ」

 

 

 まあ、致し方ないところではある。いろんな観点から考えて、こんな人里離れた知られざる場所では地元町の銭湯と同じようにはいかないだろう。だが、その一人で満喫するにはいささか広すぎる秘密の場所を、幼い彼女が誰かと共有できたらと思ったとしても……そこに罪があるとは言えないだろう。

 

 

 「い、一応聞くだけっすけど……ぼっちではない?」

 

 「滝壺に叩き落としてやろうか」

 

 

 いささかバッサリのキレ具合が普段よりも鋭い。やっぱり彼女も気恥ずかしいんだろうか。表情が見えないので玄太郎には分からなかったが。

 だけど、まあ。彼はぼんやりと考える。ハルくんはこんな、浮世離れした環境で育ったんだなあ。こちとら今年になるまで一度も東京二十三区を離れて暮らしたことのなかった身である、今周りに生い茂る森の木々や草、時々木漏れ日を遮るように飛んでいく野鳥や虫……その全てがとても新鮮だ。

 こんなに違う種類の人間が、あの一つの世界で同じ仲間になって戦ったんだから、奇妙な話だよなあ。

 

 

 「そういえばさ、ハルくん。そっちは見つかったかい? 君んちの道場と、提携を組んでくれるところ」

 

 「……今のところは、まだ手応えなし、って感じだな」

 

 

 あのALO事件で忘れがちになっていたが、春花の父親、秋ノ介が経営する道場の危機は未だ去っていない。そもそも彼女達にVR空間を提供してくれると約束していたあの男……芹沢がその支援はおろかこちらの破滅を望んでいた時点で、鈴風家の危機打開作戦はいわば振り出しに戻ってしまったわけであって。そうしてレクトの力を借りる事が出来なくなった以上、春花と秋ノ介は一から多くの会社に接触して、どうにか彼女達と提携を組んでくれる企業を見つけ出さねばならないというのが現状なのだ。

 

 

 「ごめんね、俺も一応当たってはいるんだけど、こっちもなかなかでさ。

 例のザ・シードってやつのおかげで色んな会社がVR業界に乗り出してはいるんだけどさ。実際にVR空間の提供とか、そういう相互的な取引が出来る程の技術とか、予算とかそういうのが揃ってるところってのは……なかなかないんだよね」

 

 「……ああ、気にしなくていいよ。むしろありがとうな、こっちの問題なのに」

 

 

 実は玄太郎には、先のALOでの新生アインクラッド実装がユーザーからかなり好評だった事を受けて、その運営会社ユーミルとの間にちょっとしたパイプの様なものが出来上がっていたりする。そのツテを伝って、玄太郎も幾つかのVRゲーム運営会社に打診を取ってみたのだが……。

 

 

 「まあ、気を落とさずに、粘り強くいこうね。だいたい君は通学するのだって大変なんだから、あんまりそっちに根詰めないように。

 大丈夫かい? 最近無理してない?」

 

 「……お前こそ。勉強の方、相当きついみたいじゃないか。ALOにログインしてまで参考書のファイルと睨めっこしてたし」

 

 「あー……はは……助けてハルくん」

 

 

 「無理だな」とため息交じりに言いながら、その場でバシャリと音を立てて湯の中の腕を上げて空に伸ばす春花。

 その時に、玄太郎は肩にそれを感じて……思わず口にしたのだった。

 

 

 「……髪、伸びたね」

 

 

 それはやはり明日奈の様に背中まで伸びているとはとても言い難い長さだったが、それでもバッサリとショートカットにしていたSAO時代と比べたら大違いだ。五月の時点ではギリギリ肩にギリギリ届くくらいだったのが、今はいわゆるミディアムボブというか、肩に少しだけ垂れるくらいにはなっており、それがすぐ背後にいる玄太郎の背中をくすぐったのだった。

 

 

 「へへ、どうだ。これで俺の方がロングヘアーだな」

 

 「チクショー、女の子はいいよな。俺ロングヘアーが本体なのにこんな短髪で、ほんとなんかちがうわー」

 

 「お前はカツラか。……でも前言っただろ、お前はどう考えても、短髪の方が似合ってるよ」

 

 「……そうかな」

 

 「ああ。まあ、あの落武者男ヘアーもあれはあれで……最早なじみ深いけど」

 

 

 とはいえ、短髪の方が似合うの下りは、実はかなり春花の主観が混ざっていたりする。……いや、ロングヘアーよりマシな事は間違いないんだけど。

 というのも、彼女にとって玄太郎の……グラントの短髪姿というのは、あのSAO内でのはじまりの街解放戦を彷彿させるからだ。彼がヘアスタイルを変えたのはあの世界ではあの一回のみであり、彼女が二年間近く囚われ続けていた自責の念から解放された、あの出来事の象徴的なアイコンなのである。

 

 

 「……なあ」

 

 

 そして、その時のことを思い出した春花は……野湯の熱に浮かされたのか、とんでもないことを口走り始めたのだった。

 

 

 「ちょっと、撫でてみてくれよ、あの時みたいに、俺の頭」

 

 「……はぇ?」

 

 

 湯に浸かっているというのに凍り付く玄太郎。だがそんな事もつゆ知れず、こんの天然脳筋少女は盛大にやらかしていく。

 

 

 「ほら、いまならハラスメントコードは出ないだろ? ちょっと、あの時のことが懐かしくなってさ」

 

 

 あの頃というとあれか、空から少女が降って来た時の事か。確かにハルくん、トミィの頭をはじまりの街で撫でた時も、父親に頭を撫でられた時もあの時の事思い出してたし、随分大事な思い出にしてるみたいだもんなあ。やっぱりこの子かなり乙女である。

 

 

 「い……いやいやいや、俺あの後聞いたけど、女子の皆様方は基本的に頭を無遠慮に撫でられるのがお嫌いだとか……」

 

 「髪のセットとかが崩れるから、だったか? それ、俺も明日奈から聞いたよ。

 でも今はそんなのあったもんじゃないし、いいよ、気にしないから」

 

 「ええ……ほんと今日はなんてこったい……だいたい後ろ向いてんのにどうやって……」

 

 

 そうだよ、大体無理じゃないか。お互い背中向いてるのに。玄太郎が振り返るか春花が回り込まなきゃ……。

 

 

 「……じゃあ、こっち向いていいから。変なところ見るなよな」

 

 

 言いやがった。この物語の暫定ぶっちぎり一位の甘々展開である。嘘だろお前ら。リア充は死ぬしかないぞ。キリアスは例外だけど。

 だが、そこまで詰められてしまうと、かえって断ってしまうとさらに気まずくなるんじゃね……と、のぼせ切った頭で必死に考えた玄太郎は、ごくりと唾を飲んでゆっくりと振り返る。湯あたりには気を付けて。

 

 

 (これは……やばい、やばいぞ)

 

 

 ……何と言うか、とても筆舌しがたい。いや、見えるものって言ったらそりゃハルくんの後姿しかないんだけど。何というか、刺激が強すぎるというか。

 タオルを巻いている為、脇から下は隠されているし、そもそも不透明な湯船に隠れて見えないが……それでも肩から背中にかけては完全に見えてしまっているし、そのすらりとした肩甲骨のラインも浮かび上がってしまっている。先程話題に上った髪も、彼女のは日本人女性としての例に漏れず少し硬めのようだが……それが逆に少量ながら柔らかく膨らんだシルエットを生み出していて、もう少し伸ばしてしまえばまるで少女漫画に出てくるお姫様のくるくる巻き毛のような、雲の様にふわふわとした髪型になるのではないか。

 うわぁ。玄太郎は思う。俺は何でこの子を、二年近くも男だと思ってたんだろ。どっからどう見たって可愛い女の子じゃないか。……さっきまでも若干忘れかけていたとかそういう事は言わない。

 

 

 「……こら。早くしてくれよ」

 

 

 流石に今度のは恥ずかしいらしく、耳を赤くして何かを堪えるようにプルプルして、しかし決して弱気な姿勢を見せずに……背後をちらりと気にする春花に、我に帰った玄太郎はまごまごしながらも、ちょっとその強情っぷりに笑った。結局のところ、あれだけあの世界で中層プレイヤーやはじまりの街の現地プレイヤーに手を差し伸べて、今も門下生たちの姉貴分として道場を支えているハルキ/春花も……自分に降りかかる多くの出来事に対して精一杯虚勢を張って飛び込んで、そうして何とか今日まで潜り抜けてきたただの女の子なのだ……そう考えると、何とも微笑ましい気持ちになる。

 いや、それに加えて、俺とまともに張り合える、超ド級の変人プレイヤーか。

 

 

 (……これからもよろしく、ハルくん)

 

 

 そうして、ようやくそっと玄太郎がその右手を、目の前の彼女の頭に乗せようとして。

 

 

 

 

 

 「うわぁたっくん見て見て、ゲンにーちゃんとはるねーちゃんがいかがわしい事してるよ」

 

 「(⊙◞౪◟⊙)」

 

 

 

 ……春花は伸びてきたその手を両手で持ち、そのまま抱え込んで玄太郎を一本背負いで投げ飛ばしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……なるほど。事情は把握した」

 

 「……あい」

 

 

 さて。あれからさらに時間を進めよう。時刻は既に午後四時を過ぎて、夕暮れとまでは行かなくても太陽が少しずつ西へと傾き出した、そんな中で。現在玄太郎はあの海沢川の野湯から帰路につき、一度疲れを癒してちゃんとお風呂にて身体を洗うべく、鈴風家の実家に身を寄せていた。

 ……そう、鈴風家の実家にいるという事は、当然一家の主もそこにいる訳で。

 

 

 「つまりこういう事でいいんだな、玄太郎君。

 君は私の娘と湯浴みを共にして、あまつさえ手をつけようとしたと

 

 「ちょっと待ってくださいお父さん、あり得ない程に語弊が生じています」

 

 

 このタイミングでまさかのラスボス降臨である。ちょっともう、この時点で一万字超えてるからこっからのラスボス戦はきついっす。

 もうお分かりだと思うが、現在縁側の付いた座敷に胡坐をかいて座る春花の父、鈴風秋ノ介の前で、玄太郎はガッチガチに固まりながら正座して相対している。因みに隣の部屋でトミィとナツちゃんは遊んでいるし、春花は現在入浴中である。

 

 

 「ふむ、先程うちの門下生がこう言っていたのだがな。

 『ゲンにーちゃんが、温泉ではるねーちゃんの方を向いて手を()けようとしてた』、と」

 

 「あんのマセガキめ月夜ばかりと思うなよ」

 

 

 ナツちゃん確信犯である。確かに玄太郎は春花の頭に手を付けようとはしていたし、漢字違いとか高等テクすぎて対処不能だわ。ほんと近頃の子供は。

 ……いや、最早そんな事を言っている余裕は玄太郎にはない。なぜならその瞬間に、目の前の春花さえを一瞬で沈める最強剣士が、こちらを凝視したまますっくと立ちあがったからである。

 

 

 「玄太郎君」

 

 「へ、へい」

 

 

 さっきから返事がヒドいことになっている。その竦みあがった情けない落武者男に思わず秋ノ介も眉を顰めた。

 

 

 「君は、春花に何をしたんだ」

 

 「……いや、だからかなり悪質な誤解でして」

 

 「違う」

 

 

 秋ノ介は目で頷くと、続ける。

 

 

 「あれは、昔から男勝りが治らなくてな。何度女性としての所作を考えろと言い渡したかも分からないが、男手一つで育てた為か、この道場という環境がそうさせたのか、いつまで経っても淑やかさの欠片もなかったのだ。

 それが、あの二年間を経て、髪を伸ばし、女性用の衣服を着るようになったのだから、私が不思議に思ってもおかしくはないだろう」

 

 

 なんと、親父さんもハルくんの男らしさに頭を悩ませていたようである。どう考えてもその原因はお前さんにあるんじゃないすかお父さん、という咄嗟の一言を住んでのところで呑み込んで……玄太郎は答える。

 

 

 「俺がなんかしたわけじゃないっすよ。あれはハルくんが、自分でそう言う風に思うようになったってだけで。

 それを俺やギルメンのみんなは、ただ受け止めたってだけで」

 

 

 そう、もともと彼女はナツちゃんと一緒に、はじまりの街でおしゃれをしようかとか言って自分でも変わろうと思っていたのだ。その機会が、二人の分断という形で長い事奪われていたというだけ。

 だからこそ、玄太郎達はそんなハルキの全てを、何の偏見もなくすんなりと受容したのだ。そもそも性別とか関係なく、一人の仲間として。あの世界においてトップレベルの、一人の変人プレイヤーとして。だからこそ、ギリギリまで気が付かなかったアホなグラントとの和解を除いて、彼女の問題はどこまでも彼女の問題だった。

 

 

 「……なるほど。あれは誰に言われるでもなく、自分で乗り越えたのか」

 

 「そういう事ですね。ハルくんは、そういう奴です。辛いことがあっても、立ち向かえる強い奴ですよ」

 

 「ふむ」

 

 

 だが、ここで秋ノ介の目が光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……()()()()()()()()のか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さあ」

 

 

 その問いに、玄太郎は顔色一つ変えずに、そう一言だけ返した。それを最後に、その場に短い沈黙が走る。どこからか立て続けに聞こえてくる蝉の鳴き声が少しだけ奇妙に聞こえる。

 

 

 「よく、分かった」

 

 

 だが、それもその秋ノ介の言葉で終わりを迎える。身に纏っている浴衣の裾の乱れを正すと、彼はその座敷の部屋を後にしようと背後の襖を開けて。

 

 

 「……君には、私含めこの道場の人間を救ってくれた恩があるからな。今回の事は不問に処すとしよう。

 但し、私は恩はしっかりと形で以て返す主義の男だ」

 

 「……へ?」

 

 

 その春花の父親の言葉の意味が分からずに、思わず聞き返した玄太郎だったが……次の彼の言葉を聞いて、その顔を見る見るうちに青ざめさせる事となる。

 

 

 「私に出来ることなど、ここの道場にて人に武術を教える事くらいだ。

 一週間に一度、ここを訪れるがいい。その時は私が自ら、君に鈴風流の手ほどきをしようじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 ……言っておくが、手を抜くつもりは、無論ないぞ。()()()()来るといい

 

 

 

 

 これは、今日の事、絶対、怒ってますね。ハイ。

 玄太郎は秋ノ介が部屋を去るのを見届けたのちに、その場でワッと泣き崩れたのだった……。

 

 

 

 




 
※海沢川近辺に小河内温泉の源泉の一部が奇跡的に噴出している、というのはあくまでこの作品のオリジナル設定であり、フィクションです。実際にはそのような現象は確認されておらず、また地理的にも大きく離れている事からあり得ないものと考えます。
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