※ここからガチ回注意
※ここからガチ回注意
※ここからガチ回注意
※ここから閲覧注意報
「……どういう」
突然のピトフーイとエムの離反に、ハルキは呆気に取られて上手く言葉を発することが出来なかった。
思わずちらりと横を見るが、北海いくらも先程までの力の抜けた、ある種間抜けだった表情を嘘のように凍り付かせている。
「済まないな、二人とも」
だが、その事態が全部冗談で、またつい数分前までのようにまた四人で朗らかに会話をする関係に戻る……という訳にはやはり行かない事を、そのエムの謝罪が言い表していた。
「だが、ピトの言う事だからな。俺には拒否権はない」
―――それはつまり、今のこの状況が、初めから予定され仕組まれたものである事を意味していて。
思わずピトフーイにその真意を問い正そうとしたハルキを、しかしそのポニーテールの女戦士はKTR09を構え直し、彼女の眉間にバレットラインを突き付ける事で黙らせる。
「ちょっとエム、人聞きの悪い事言わないでよ。でもま、本人たちが何にも分かってないまま撃ち殺しちゃうってのはつまんないわよねぇ」
どうする。ハルキは混乱していた。
何が狙いなんだ。もしこの対物ライフルが目的だったのなら、さっき俺が彼女に譲ると言った時点で貰っておけば良かったではないか。だがこのピトフーイという女は、こちらからの銃の譲渡を断ったうえで、今自分達に銃を突き付けてきている。
「……銃が目的なら、やるよ。わざわざ奪い取る必要なんてないじゃないか」
「分かってないわね、ハルちゃん」
だが、直後のピトフーイの言葉を聞いて、漸くハルキは彼女の思惑を察するに至ったのだった。
「言ったでしょ、この世界でそんな取引なんて、あり得ないのよ。
ここであんたを殺したら、今持ってるシモノフとSPAS12のどっちかがドロップする。んで、ホッカさんが仮に手に入れていたとしても、シモノフかUZIだったわけよ。もちろん私達二人のどっちかにドロップしたら結果オーライって感じかしらね?
……まあ、いずれにしても二人の事は殺すつもりだったけど」
つまり、銃が欲しくて、ハルキ達を殺したいのではない。
「この世界じゃ、騙し騙されなんて当たり前よ。ここを訪れる目的は人それぞれだけど、でも確かに言える事があるとしたらね。
みんな、誰かに銃をブッ放したいのよ。リアルで嫌な奴とかを思い浮かべて、そいつらをブチ殺してやりたいのよ」
「……そんなのって」
ハルキはその場で思わず、一歩後ずさった。
「そんなのって、ありかよ」
「……ハルキさん!!」
だが、そこでじっくりと考えを纏めるような時間を、目の前の熟練プレイヤー二人が与えてくれるはずもなく。直後に発せられた北海いくらの切羽詰まった声に俯きがちになっていた顔を上げると、いよいよ彼女達は無駄話は終わりとでも宣告する様にそれぞれの銃の照準を定めていて。
―――その瞬間、ハルキの全身をぞわりと、寒気が襲った。それは間違いなく、あのSAOにて彼女の相棒が「フォーヌ」とか抜かしていた、他者から向けられる殺意を感じ取る第六感からの警鐘で。
「く……くそおっ!!」
それを感じたハルキは反射的に……その体制のままで撃ったら間違いなく反動で自身も吹き飛んでしまうというのに、構わず両手に持っていた対物ライフルをでたらめに前に向けて。
そして、引き金を引いたのだった。
「う……おおっっ!?」
「危ない、ピト……ぐあっ!!」
当然SPAS12のそれとは比べ物にならないような、物凄い反動が持ち主たるハルキの全身を襲い、なんとその場から大きく後方に吹っ飛ぶことになった。幸いSTR値だけは異常に高かったために反動によるダメージは発生しなかったが、突然の事に受け身も取れずに宙を舞い、すぐに地面に身体を打ち付け転がる事になった彼女のヒットポイントは一割ほど削られる事になってしまった。
だがそれと同時に、その一手は辛くも現状の突破口ともなった。14.5×114ミリ弾の絶大な威力は、その射線の周囲に存在する空間ごと抉り飛ばしたのだだから。勿論その中には、その銃弾を撃ったシモノフの現持ち主とほんの数歩の距離しか離れていなかったピトフーイとエムも含まれており、咄嗟に庇おうと前に出たエムの努力もむなしく、二人もハルキと対称的な方向に飛ばされる事になったのだった。
「うっ……ぐうっ」
「ハルキさん、今行きます!!」
仰向けに倒れた自身の腰の上に乗っかった対物ライフルの重さでしばらくその場で動けずにいたハルキだったが、やがてそばに駆け寄った北海いくらと共に何とか二人掛かりでその超重量銃火器を持ち上げて。
そしてひとまず重すぎるその対物ライフルをストレージ内にしまうと、ハルキは代わりに先程までも使っていたSPAS12を取り出した。
「逃げましょう。ここは競技場です、隠れる場所がまるでない。これじゃあ銃撃戦に慣れている向こうの方が圧倒的に有利です」
「そ、それってつまり、ピトフーイさん達と戦うって事か!?」
「もちろんです。そうでもしなければ私達は二人とも、撃ち殺されてしまいますよ?」
「ほ、ホッカさんは」
二人して追撃が来ない内にスタジアムの退場口―――ダンジョンボスを倒すと今まで塞がれていた入退場口の遮蔽物が取り除かれる仕様の様だ―――まで全力疾走し、急いでドーム内へと飛び込みながら、そう続けられた北海いくらの言葉にハルキは、困惑したように尋ねる。
「ホッカさんは、あの人達を撃てるのか? 人に向かって、銃を……」
「―――ハルキさん!!」
……だが、そんな彼女に突き付けられたのは、北海いくらからの厳しい叱責だった。
「ピトフーイさんは初めから、私達をこういう状況に陥れるためにあのグロッケンで声を掛けてきたんですよ!?
私達のようなニュービーに優しい先輩のフリをして、そのSPAS12までハルキさんに買って与えて……そうやってじっくり私達と信頼関係を築いていくように見せかけて! でも実際はレアドロップの確率に掛ける人手集めと、裏切られて悲しむ私達を愉悦に浸って殺すために! その為だけに、あれだけ長い間芝居を打ってきたんですよ!?
やられっぱなしで悔しくないんですか!? 今私達は追い詰められていて、反撃するしかないんです!!
私達は銃を持っているんだ、返り討ちにしてやらないと!!」
「…………な」
ハルキは信じられないような表情をして北海いくらの顔を見やった。リアルでは彼女の二倍近くの時を生きている筈の彼は、しかし「返り討ち」……つまり殺し返すという決意を、迷うことなく言い切ったのだ。
それはある意味では正論だ。基本的に目玉とされるのがPvP(対人戦)であり、PvE(対エネミー戦)はあくまで銃器の入手の為の要素と見なされる事の多いこのGGOなのだ。ここでなくてもFPSやガンゲーというのはやられたらやり返す駆け引きを楽しむコンテンツであり、今の北海いくらの様な思考回路はそのユーザーとしては極めて常識的な思考だろう。彼もまた重度のゲーマーである事を考えれば十分に納得のいくものだ。
……彼が、そしてハルキが、あのSAOという、ヒットポイントの全損がそのまま死に直結するゲームに、閉じ込められていなければ、だ。
「……それじゃ、変わらないじゃないか」
だからこそ。彼女は珍しくも怯えた様な口調で、小さく零す。まるで隣の暫定相方がどういう類の人間なのかが分からなくなってしまったような、そんな戸惑いを隠しきれない声で……次の言葉を告げるのだった。
「
一応言っておこう、全然違う。実際にそのプレイヤーのリアルをも殺している疑惑のある死銃と、あくまでゲームをしているに過ぎない北海いくらは、まるで全然違う。ましてやその「死銃」のせいで友を失った可能性のある彼に対しては、それはあまりに失言である。
「――――――ハルキさん」
だが、その話の決着が着く前に、二人の前方から聞き捨てならない音が聞こえてくる。どうやら足音の様だ、慌てて突き合わせていた顔を離してそちらを見た彼女達は……その表情をサッと青ざめさせる。
『―――逃げても無駄よぉ? ハルちゃん達だって見てたじゃない。
二人がエムから渡されていたままだった無線用のアイテムから聞こえてくるピトフーイの声が疎ましい。実際にハルキ達の前に姿を現したのは、このダンジョンの入り口にやって来るまでは彼女達四人を護衛していた、あの五人の用心棒達だったのだ。
「ま、まずい!! ハルキさん!!」
「く……そっ!!」
視界がカッと白熱するのを感じる。GGOの戦闘は銃撃戦がメインである為か、ALOやSAOと比べてしまうと戦闘が一瞬で決着付いてしまうケースが多いことを何となく彼女も察してはいたが。
これで終わりなのか。あのSAO開始から一度もヒットポイントを全損させていないというのに、こんなつまらない諍いで殺されてしまうのか。そんなのは、どうしようもなく嫌だ。
だが、やがて目の前の五人のプレイヤーがそれぞれの持つアサルトライフルを持ち上げる、乾いた金属音を耳にして、その嘆きが無為に終わる事をハルキは察して、その場で大きく目を瞑って……。
「さ……せるかぁぁっっ!!」
次にハルキが目にしたのは異様な光景だった。
場所は先程と同じ、ドーム型ダンジョンの施設内部、円形の回廊だ。五人の覆面プレイヤーは彼女の予想通り一斉にその銃を掃射……おや? 一人だけ銃を撃つふりをしているだけのプレイヤーがいる。
だが一番に驚くべきはそこではない。その五人衆とハルキ達の間に割って入るかのようにして突如現れた「それ」は、ど真ん中に鉄の板のようなオブジェクトを立て掛けた上で、その周りをまるでバッタの様に何度も細かく飛び跳ねながら、迫る銃弾を弾いて彼女達二人を守っていたのである。
「こ……これは、一体」
隣で茫然と北海いくらが呟くのも無理はない。ハルキはその瞬間、置かれている状況を忘れてその、目の前で飛び回っている謎の影に目を凝らして。
そして、直後に全てを察する事になったのだった。
「二人とも!! 早く逃げてっ!!」
……その大声を聞いてハルキは、すぐに相反する二つの叫びを心の中で上げた。
―――よく来てくれた!!
という歓声と、
―――何でここにいるんだよ!!
という悲鳴である。
「……ホッカさん!! 今は取り敢えず引き返そう!!」
「あ、はい!!」
そう、よく見ればその影の正体は一人のプレイヤーだったのだ。ハルキの腰より少し高い位にしか身長のない、ベリーショートな茶髪のアバターが、その腕に何やら長方形の「盾」のような何かを腕に備え付けて、飛び上がっては数発銃弾を弾いて、すぐに鉄板に身体を隠して、また飛び出して……といった事を繰り返し高速で行っているのだ。
そして銃撃が一旦止むや否や、防御を解いた「彼」はその防壁代わりに使っていた鉄板を敵に向かって蹴り飛ばすと、後方に逃走し、先を走っているハルキと北海いくらの横に並んだ。
もう隠しようもあるまい。現時点でキリトを除いて、この作品内においてそんなトンデモ芸当が出来るVRMMOプレイヤーなんぞたった一人しかいない。
「え、えっと、あれ、グラント、子供!?
……いや違う、えっと、その」
「話は後! 今は隠れるのが最優先!! 周囲への警戒を怠らないで!!」
ようやく合流。我らが落武者くん、グラントである。
ツェリスカと別れてドーム内のダクトを進んでいたところを、偶然ハルキと北海いくらのピンチに出くわしたのである。そしてその場で実は破壊可能オブジェクトであるダクトの板を、「彼のメインアーム」で破壊、地面に突き立てながらその場で飛び降りたところで、先程に至るのだ。
(一応、弾を込めといて良かったよホント。これ以上撃つ気もないけど)
VP70。西ドイツの銃器メーカーの製造した自動拳銃である。
それまでのスチールを材質とした従来設計を大きく覆した世界初のポリマーフレームの銃ではあるのだが、引き金はダブルアクション……つまり通常よりもトリガーを引く距離が長く、またマズルの隙間からガスが漏れる構造のため銃口初速が低い、構造上の理由も相まって反動が強いなどと、様々な欠点も持った曰く付きの銃なのだ。
その為その手のマニアは例外としても、実力主義のGGO内においては殆ど最前線では使われる事のない拳銃であり、プレイヤー間ではかなり安価で取り扱われている。グラントが少ない所持金でも購入できた理由である。
だが、そのVP70の最大の特徴は拳銃そのものにはあらず。グラントが目を付けたのはその専用のストック兼ホルスターである。まるで拳銃をアサルトライフルの様に長くするために造られたような、銃の全長よりもさらに長い長方形のそれは、この元祖ポリマーフレーム拳銃のもう一つの射撃方法、三点バースト(一度引き金を引くと三発の銃弾が放たれる)射撃をする際の補助装置として機能するのだが。
(だけど、それを
またお前もアホな事言いだしおって。マジで銃マニアの皆さんに泣いて謝れ。
つまりだ。フツーは銃を撃つ際、その銃床……ストックは身体の内側、腕の付け根から胸辺りに固定して撃つものだ。
だが、グラントは
「一方向からの銃撃だったら大体俺が防ぐから、二人は安全な場所を探して……ぐっ!?」
そう言い終わらない内に、追ってきた一人のプレイヤーのバレットラインがギリギリ三人の下に届いた。すかさずグラントが振り返りその射線に飛び込んだかと思うと、左手に握っているVP70を横にして、まるでALOで彼が盾で行うような防御姿勢を取る。
そして、そのストックの中央付近に一瞬火花が飛び、それによる衝撃を彼が腰を落としてやり過ごす……その姿を見て、ハルキは少しだけ張りつめていた表情を和らげる。
ああ、お前は、この世界でも
「……ハルキさん! グラントさん!! 向こうに空き部屋があります!!」
「ターゲットの現在位置、不明。引き続き捜索を続ける」
『頼むわよー? 大事な私の獲物なんだから、逃がしたりしたら全員、ぶっ殺すからね?』
部屋の外から、そんな覆面の一人とピトフーイの通信との会話が微かに聞こえてくる。
その直後に鍵の付いていない、閉めた扉を人影が横切り通り過ぎたのを確認すると……その場で息を潜めていた三人、グラントにハルキ、北海いくらはそれぞれがっくりと肩を落としてその場で緊張を解いた。
そこはどうやら選手用の控え室の様だ。部屋の中にはずらりとロッカーが並び、いざとなればその中にそれぞれ三人とも入り込む事も出来そうだ、隠れるにはもってこいの環境である。
「……えっと」
だが、途端に広がるのは何とも気まずい雰囲気である。それはそうだ、ハルキと北海いくらは二人してグラントを意図的に介さずに、このGGOにログインしたのだ。それが彼を巻き込まない為であったとしても、実際はそれも達成できずにこの場に彼がいる時点で意味を成していない。
とにかく、ようやく合流したのだ。まずはお互いの情報交換から。
「……グラント、どうして」
だが。そこで彼女にとって、彼と出会って今に至るまでの中で初めての、衝撃の出来事が起きた。
そう疑問を口にしながら、隣で荒く息を付いていたグラントの身長に合わせて腰をかがめたハルキの頬を……何と、彼が思い切り引っ叩いたのだ。
「ちょ、ちょっと!? グラントさん!?」
「俺は行くなって言ったよね。このGGOには」
咎めの言葉を口にする北海いくらにも構わず、驚いた顔のままハルキはその相棒の顔を見下ろす。
その顔は完全に子供のものだ。リアルの玄太郎の顔とは似ても似つかぬ、トミィにも負けず劣らずの純粋そうな雰囲気を醸した少年のものだ。
だが、その顔には。その表情はまるで多くのものを抱えて塞ぎ込み、失われてしまった何かを悔やむような、そんな今まで見せた事のない悲痛なものだったのだ。
「分かったでしょ、ハルくん。
この世界は、
そりゃみんな、ゲームの中だからマジじゃないって言うさ。だけど、ハルくん。君はどうだった」
さらに詰め寄って、その少年は自分の二倍近くの身長差のある女性に向かって、小声で強く言い放つ。
「君は、その銃で他人を殺せるかい。人に殺されても、何とも思わないかい。
何のためらいもなく、必死の形相のままエフェクトをまき散らして消えてくプレイヤーを見ても、何も思わないかい!?」
「……怖いよ」
頬を涙が一筋、伝っている事に気付いたハルキは、もう自分の中でこの数分間、一気に押しあがっていたその気持ちを抑えきることが出来なかった。
「無理だよ。俺には無理だ。いくらゲームだからって……怖いよ」
足から力が抜けて、その場でへたり込みそうになる。それをグラントが精一杯背伸びをして支え、何とか近くにあったベンチまで補助して彼女を座らせた。
ニュースで他国で起きたテロの映像などで見るような、そんな殺伐として慈悲のない銃撃戦を、あのピトフーイを始めとしたプレイヤー達は、何の躊躇いもなく繰り広げているのだ。
だってゲームだから。だから他人の額を銃弾で撃ち抜いても、所詮はゲームだから。
だってゲームだから。ナイフで誰かの首を掻っ切っても、ゲームだから問題はない。
だってゲームだから。手榴弾で誰かの身体をバラバラにしても、ジープで轢き殺しても、だってゲームだもの。
だって、ゲームだから。
「そんなの、おかしいよ。だって、実際にこの世界で、人を殺してるじゃないか。
滲み出てくる自分の涙にハルキは腹が立った。今までSAOでもALOでも、彼女とグラントは多くの困難を乗り越えて普通のプレイヤーでは決してたどり着けない境地に何度も辿り着いてきた。
だからこそ、ハルキは心のどこかできっと思ってしまっていたのだろう。今度の「死銃」事件に関しても、きっと自分達なら乗り越えられると。自分なら何かの役に立つことが出来るに決まっていると。そこに、人の命が関わるという重みがどれほどに圧し掛かっているのかを、考えもせずに。
なまじSAOで命の危険と隣り合わせになっていた彼女は、GGOの他のプレイヤーの様に、命のやり取りをそう簡単に考える事は出来ない―――その認識の乖離に彼女自身が気付いていなかったのだから、これはもう落第ものである。SAO生還者としても、GGOプレイヤーとしても。
だからグラントは言っていたのだ、深く関わるなと。SAO以前からゲームを嗜んでいたらしい北海いくらはともかく、SAOが初めてのゲームで、かつあの世界の事も一種現実世界と区別が付き辛かったハルキに、デスゲームなんて体験した事もないプレイヤー達によって命が軽く損なわれるこの世界は……どう考えても天敵なのだ。
そして、グラント自身にとっても。
「……北海いくらさん、あんたもあんただ。あんたはこの子を止める立場だったでしょう。ご友人さんの事で冷静じゃなかったとは思いますけど。
……かく言う俺も」
項垂れる北海いくらに合わせるように、グラントもすぼみ調子で言う。
「……俺も、今回は不手際が過ぎたよね」
元々春花に北海いくらの真意を伝えなければ、彼女のGGO入りは避けられたのかもという話なのだ。グラントは一つ息をつき、ベンチに力無く座り込んだままぼろぼろと泣いているハルキの、叩かれてライトエフェクトが付いてしまっている頬を手をそっと当てて何度かさすり、謝念を乗せて慰るように包むと、
「……とにかく、ここを脱出する方法を考えよう。ログアウトしてもリアルに戻れるっちゃ戻れるけど、どの道コンバートするには安全圏に戻らないと手続きが出来ないし……それに」
意を決する様に宣言する、グラントの言葉は確かに前向きだが。
「それに、ログアウトしてもアバターは一定時間、ここに残る。
幾らゲームの中だからって、殺されるのは嫌だよね」
だが、自分の頬にあてがわれた彼の手に、無意識に自分の両手をのろのろと添えたハルキは気が付いていた。今そう語りかけながらこちらに微笑んでいるグラントは、しかしどうやら既に何かしらの誤算をしてしまっている様だ。その目は先日の秋葉原で見たものと同じで、仄暗い光を淡く灯したままなのだ。
だからこそ。ハルキは再び、問いかける。
「……グラント。
その時だった。
「っ!? グラントさん!!」
北海いくらのその声と重なるようにして、突如部屋の扉が大きく開かれたのだ。
「っな……!」
「まずい、気づかれた!!」
入って来たのは一人の覆面プレイヤー。あの五人のうちの一人のようだ。
その男と三人が完全に鉢合わせの状態になる。確かにちょっと真面目な話してたせいで気が抜けてたよね。慌ててグラントとハルキも気分を切り替えて、撃てるのかは別として何とか銃を構えて。
だが、である。その侵入者はその場にいた三人を確認はしても、その腕に備えているライフルをこちらに向ける事はなかった。その代わりに何やら両手を振ってこちらに合図を送っているようで。
「ぐ、グラント? これって……?」
「……分からないけど、隙を見て離脱するから、身構えてて」
そう、この二人に出来る事は相手の撃退ではなく、離脱である。どうやら向こうは何かを伝えようとしているようだが、本当に伝える気があるのなら声を出して話せば良いだろうし、罠である可能性も無きにしも非ずであり……。
(……ん? 待てよ?)
そこでグラントは思いつく。何とも楽観的な思考ではあるが、もしこの目の前の男が、自分達に味方する気だとしたら。声を出さないのは周りに気付かれないため、あるいは近くに他の四人がいる事を知っているからか。
可能性は限りなく低いけど。その落武者くんは、後ろにハルキを庇った状態で左手の拳銃を握りしめる。もし彼がこちら側に加われば、脱出出来る可能性が高くなるのは確かだ。取り敢えず銃を下ろして、何かしら会話をするのも一手だろうか。
……しかし。その考えは、またもや予想だにしない展開によって打ち砕かれる事となる。
「くそ……これでも喰らえぇっ!!」
「あっ……!!」
何と、その状況をピンチと早合点した北海いくらが……その覆面プレイヤーを背後から、手にしたUZIで蜂の巣にしてしまったのである。
フルオートで立て続けに続く銃声音。そしてザクザクと銃弾がアバターの身体に刺さる被弾SEを響かせながら、身体中を蕁麻疹のようにライトエフェクトで一杯にして……その場に倒れ込む一人の用心棒。
―――そして、その後頭部から、プレイヤーの死亡を示す「DEAD」という表示が浮かび上がった。直後、その身体は赤いライトエフェクトに包まれてその場で霧散し、彼が持っていたらしい光学銃がその場にドロップする。
「……何で」
背後で自身の相棒が震えているのを感じながら、グラントは目の光を更に昏くして、北海いくらに問いかける。
「何で、殺した」
「何でって、今私達は殺されそうになっ―――」
だが、それに対する返答も返される事はなかったのだ。
なぜなら、その瞬間……北海いくらの身体のど真ん中に、彼が寄り掛かっていた回廊側の壁ごと、ショットガンでぶち開けたと思われる穴が空いていたからである。
「ターゲット、確認。現座標をチーム全員に送る」
『でかしたわぁ!! さぁ、私も行くからハルちゃん、それまでは何とか殺されないでよ!!』
次の瞬間には衝撃で北海いくらの身体は鞠のように飛んだ。そして一列に並ぶロッカーの角にぶつかり、ぐるぐると回転をしながらグラントとハルキの目の前で地面に激突する。
その顔は驚きと、苦悶に満ちていた。所詮はアバターの死でしかないこの世界だが、実は海外産のゲームである為かALO等の国内産のVRMMOよりもペインアブソーバーが低めに設定されている。
―――つまり、今の北海いくらは痛いのだ。実際の痛みではなくとも、アバターを操る身としてれっきとした死の痛みを、「敗北を告げる弾丸の味」を味わって。
……そして、先程の覆面用心棒と同じ、彼の頭にもDEADの表示が付いて。最後の一言を彼がグラント達に告げる間も無くその身体は飛び散り、後には彼が持っていたUZIが残るのみであった。
「……っ、ハルくん、ロッカーの後ろに隠れて!!」
「あっ、あ……!」
だが二人にはその死を悼む暇すらない。既に敵に位置を気付かれてしまっているようだ、おそらく先程の北海いくらの射撃を聞かれてしまったのだろう。グラントは反射的に目の前にあったロッカーをいくつか思い切り蹴り倒してなけなしのバリケードを作り、そこに隣の女性の手を引いて飛び込む。その直後には、サブマシンガンかアサルトライフルに銃を変えたらしい敵のフルオート射撃が、その鉄製のロッカーに炸裂して轟音を立て始めていた。
同じような体験を、ハルキはダンジョンに入る前に経験している。あの時は敵が人ではなくエネミーだった。殺戮を本能としてインプットされているあの機械人形達を倒した際は、彼女には確かに何の躊躇いもなかった。
だが今。彼女達に降り注いでいるのは、人間の人間に対する明確な殺意だ。ゲーム内である事を免罪符にした、こちらを始末しようとする意思の乗った
(くそっ、ああもう。何で俺はこんなに、意気地なしなんだ。
……でも、もう嫌だ。もう沢山だ、こんなの)
相手の銃撃が終われば、今度はこちらが反撃する番である。そこで敵を撃ち殺さないと、この現状は打破できない。とうとう無傷で撤退と言う訳にはいかなくなってしまった、自分達か向こうか、どちらか雌雄を決さない限りは、この場は納まらない。
だが、もう疑いようがないだろう。今のハルキには撃てるわけがない。その引き金を引く事が出来るわけがない。それに、手にした散弾銃で相手をぶっ叩く為に近づくことも……もう無理だろう、身体が萎縮し切ってしまっている。
「ハルくん」
だからこそ。
その時。身長差の都合上、自身の胸に飛び込むような形で抱き締めてきた、その相棒のアバターが……彼女にはとても暖かく思えた。
「君はこの中に隠れてて。俺が大丈夫って言うまで、絶対に出ちゃダメだからね」
続けて、ハルキがその温もりに脱力した瞬間を見計らって、グラントは彼女を目の前の即席バリケードの一部である、一番敵から遠い手前側の横倒しになったロッカーの中に押し込んだ。
「え……!? おい、グラントっ!?」
「―――ごめんね、ハルくん」
そして、どうあっても彼女が自力で脱出出来ないように、扉を下にするようにしてロッカーを転がしたのだ。
(駄目だ、今、今お前は……行っちゃ駄目だ!!)
途方もなく、嫌な予感がした。
まるでそれまでの自分達の軌跡が、関係が、全て壊れてしまうような。何か触れてはいけない、見てはいけないものを見てしまうような。
(外は、どうなってるんだ!? どこか、穴があったりは……!)
その直方体の狭い空間の中でハルキが身を捩って四方を確認すると、どうやら背中側から一条の光が差しているのが見えた。どうやら先程の銃撃で一発だけ弾が貫通していたようだ、片目で何とか覗ける程の穴がそこには空いていて。
―――そして、その穴から外の様子を覗いたハルキは、見てしまったのだ。
敵のフルオート射撃が響かせる銃声を聞き、次弾が撃たれなくなった瞬間を見計らっていたグラントは、その銃撃が終わる一瞬前にはその場を蹴ってバリケードを飛び越えて、敵の足元に潜り込んでいた。
どうやら現状敵は一人。相手もその大胆なちびアバターの突進に驚いたようで、素早く再装填を終えて周囲に鉄の雨を降らせようとするが……一瞬早く、グラントは自身に向けられた銃の鋒を右手で殴りつけ、その射線がずれるや否やその場で回転して体重を乗せた足払いを放つ。
その動きはAGI型のように目で追えないほどの速さではない。あくまで実際に人間が起こせる程度の速度でしかなかったものの、その細かな行動を起こす戦闘判断の速さに敵は完全に翻弄されているようであり、予想以上に力の篭ったグラントの蹴りに両足を掬われて、その場で宙を舞った。それを確認もせずに身体の勢いのまま、先程の乱入してきた覆面プレイヤーが落としていった光学散弾銃「Peacock」を掴んで。
……そして。何と彼は、コマのように一回転しながら、その右手の銃器を。
「―――ッ!? ―――ッッ!!」
どうやらそれは敵の防護用の覆面を突き抜けて、その口を深く引き裂いたようだ。敵は苦痛の声を挙げる事も出来ずに、宙に浮いたまま目の前のちびアバターの顔を睨みつけて……そして、ゾッとする。
その表情は既に、プレイヤーとしてのそれをとうに超えていた。ものも言わず、激情に駆られず、されど波立たぬ凪でもなく。
神をも堕とさんとする、死神の目。
「――――――」
そして、それがそのピトフーイの用心棒が最後に見た光景となった。
なぜなら、次の瞬間には……グラントはその至近距離で、光学散弾銃の引き金を引いたからである。
(グラント)
一部始終を見ていたハルキは、その余りに凄惨な戦いに認識が追い付かず、暫し茫然としてしまっていた。
(嘘だろ)
GGOプレイヤーは光学銃対策として、普通はプレイヤー防具である「対光弾防御フィールド』を纏っているものだ。
だが、今グラントの行ったようにゼロ距離から光学弾を撃ち込んでしまえばその限りではない。その防護フィールドもあくまで光学
……つまりそれは、今グラントに撃たれた敵は、その頭部に光学散弾の全てを受けたという事になる。
(嘘だって、言ってくれよ)
覆面ごと、敵の顔面が破裂する。その破片が飛び散るように周囲に爆散して、それぞれが地に落ちると同時に光片として散っていく。そしてその頭部から切り離された身体はその場から弾かれたように吹っ飛び壁に激突するが、既にそこにはプレイヤーの意思は宿っていないようだ。肩の辺りまで抉れてボロリと落ちたその身体は、DEAD表示が付く間もなく他と同じように飛び散っていく。
(……お前は)
だが、そんな敵に見向きもせずにその場で手にした光学銃を打ち捨てると、目の前の
そんな彼が、ちらりとこちらを向く。恐らくハルキのいるロッカーに損傷が無いかを確認したのだろう、思わず目が合いそうになって、ハルキはその瞳を覗き込んで。
そして……恐怖を覚えたのだった。その、普段の彼ではあり得ないほどに研ぎ澄まされた鋭さと、感情のない機械の様な冷徹さ。それでいて、鬼神の様な圧倒的な激情の発露。
それはまるで、小さい頃に父親から聞いて、恐ろしさのあまり泣き出してしまった……殺戮の絶えない世界「修羅道」の主とされる、あの。
あの、阿修羅の様だった。