※作品屈指の閲覧注意報
仲間からの連絡を受けた三人の用心棒達は、彼から受信した座標に向かってドーム内の連絡通路を駆けていた。
どうやらその第一発見者の仲間は敵との交戦の末、敗れてしまったようである。その他もう一人とも連絡がつかない事を考えると、どうやら相手は相当手練れのプレイヤーのようだ。雇い主であるピトフーイからは、GGOを始めて間もないニュービーだと聞いていたのだが。
『そっちはどーかしらー? 私達は挟み撃ちする為に回り込んでるから、ハルちゃん達を見つけ次第連絡しなさいよ?』
「了解。目標地点まであと三十秒前後。直ちに急行する」
『……おい、ピト』
入ってきたピトフーイの無線に機械的に答えるが、どうやらもう一人の雇い主であるエムが、彼女に疑問を呈しているようだ。基本的に作戦遂行をスムーズに行う為に開放している無線音声として、その内容が伝わってくる。
『相手はたった二人のニュービーなんだぞ。確かにハルキや北海いくらのプレイヤースキルは初心者とは言えない程に洗練されてはいたが、少し大人気ないのではないか?』
それは、実は彼女達二人に雇われた五人が五人とも思っていた事であった。熟練プレイヤーがニュービーを陥れると言うだけでも悪質なのに、そこにここまで彼女自身も手間と資材を投入する意味があるのか。
……それに対するピトフーイの返答は、他の四人が固まるほどには驚くべきものだった。
『……普通のニュービーなら、私もそう思うわよ?
でも間違いないわ、ハルちゃんのあの白兵戦への拘りと、そんな彼女のスタイルに何だかんだ言って合わせられるホッカさん。
SAO生還者。既に一年以上前に収束した事件ではあるが、未だにあの出来事が世間に与えた仮想世界に対する影響は大きい。また、それによる世間からのSAO生還者に対する見方も、ある種随分と穿ったものとなっている。
日本にはまだチョンマゲをしたお侍さんがいると外人に思われている様なものだ。実際のSAO内ではその大多数のプレイヤーは戦闘を極力回避して、なるべく命の危険に晒されない様に細心の注意を払って暮らしていたの言うのに、世間では誰も彼もが剣を取りエネミーや人と命を奪い合いを行なって、戦い抜いた生き残りだと認知されてしまうケースが多いのだ。
そしてこのピトフーイもその例外では無かった。彼女は何を隠そう、SAOのベータテストに参加していた人間であり、VRMMOという環境への憧れに、
だが、その願いは叶わなかった。『今後の人生を決める重大な用事』とサービス開始日が重なり、彼女は後者を選んだのだ。それによって、ピトフーイは待ちに待ったはずのSAOをプレイする機会を失ってしまった。
『でも、これはチャンスよ。
あの二人を極限まで追い込めば、彼女達は恐らく死に物狂いで……遊びじゃなくて、本気でこっちを殺すつもりで反撃してくるに決まってる!!』
つまりそれは、ピトフーイが密かに持ち続けている死への異常なまでの渇望と興味が導き出した、正気とは思えない計画だったのだ。これがあの二人がSAOと何の関係もないただのニュービーなら、流石の彼女もここまではやらなかっただろう。
最早今のピトフーイにはハルキ達という人間は見えていない。彼女達はそのSAO
……だが、彼女はまだ気が付いていなかった。
もう一人、ハルキなんか霞むほどに遥かに彼女のお眼鏡に適う人間が、この場に乱入してきている事に。
「―――うッ!?」
直後。駆けていた三人の中で一番後列にいた一人が、突然声を上げた。驚いてその他の二人も足を止めてその場で身構えるが、それ以外は特に何も起きずに数秒が過ぎる。
「一体何が……おい、大丈夫か?」
「あ、ああ。特に何ともない様だ……体力もコンマ数ミリ……いや、減ったのか……?」
では、先程のは一体何だったのか。いずれにしても敵が近くで何かを企てている可能性を無視出来なくなった以上、今まで以上に慎重に事を構えなくてはならない……と、三人が身構えた、その時。
「おい、待て。……何だ、この音」
それは何かの電子音だ。時間が経つたびに、少しずつ速くなっていく。
「まさか……グレネードか!?」
「い、いやしかし、どこにも視認できないぞ!?」
「音を、音を辿るんだ!!」
爆発物なら、急いでその炸裂範囲から逃れないといけない。その為には場所の把握が最優先だ。しかしその開けた回廊をどう見回しても、そんな危険物はまるで見当たらない。
その時。先程突然の衝撃に呻いた、一番後方にいたあのプレイヤーが……震える様に、口を開いたのだった。
「みんな。急いで俺から離れてくれ」
それを聞いた二人のプレイヤーは、不思議に思い振り返る。すると、そう言った彼は、身体を震わせたまま、徐ろにその場で二人に背を向けるのだった。
……その背中には、まるでナイフによって斬りつけられた様な切り傷のライトエフェクトがあり。
その裂け目から、グレネードの起動を示す赤い光の点滅が漏れ出ていた。
「
そして次の瞬間には……その男は身体の内側の―――背後からナイフで切り開かれ、その傷口に埋め込まれたグレネードによって、その場で原型を残す事なく爆発した。
そして残り二人も例外ではない。一番近くにいた一人はその爆裂に巻き込まれて全身を焼かれただけでなく、そのまま向かいの壁に激突してその四肢があり得ない方向に曲がってしまう。やがてその頭上には死亡アイコンが表示され、そのシルエットとして異様な状態のまま戦場から退場することになった。
辛うじて生き残ったのは一人だけだった。彼も爆風には巻き込まれて下肢を失って転がる事になった。幸いステータスをVIT重視で振っていた為かヒットポイントはギリギリイエローゾーンで留まったようだが、銃も手放してしまった現状、敵に対する反抗行為は何も出来そうにない。
覆面もいつの間にか剥がれてしまい、銀髪で西洋風にクリエイトした素顔が露わになる。そうして上半身だけで横たわる事になった最後の一人は、しかしやがてこちらに歩み寄ってくる足音を
(来いよ。お前を誘い出す、罠になってやる)
恐らく走っている方が味方、つまりエムかピトフーイだろう。今の爆音を聞きつけて駆けつけてくれているのだ。そして歩いている方が敵だ。死亡アイコンが表示されていないこちらの出方を窺っているのではないか。
だとしたら、動かずにトドメを刺される直前まで粘るのが最善手だ。そして、自分に注意がいったところを、味方に撃ち殺してもらうのだ。
……だが。
「……うが……っ!?」
だが。やって来た敵の次の行動は、彼の予測のどれにも反していた。
上半身だけになったその身体を右手で髪の毛を掴み上げて起こすと、目の前の子供のようなアバターのプレイヤーは……何と、空いた左手の親指と人差し指を、彼の目を抉り取るように眼窩に突き刺したのである。
ブル、ブル、と体験もしたことのない痛みに二度痙攣したその最後の用心棒は、一瞬の後に眼球の部位欠損扱いとなり、視野が一切見えなくなる。自身のヒットポイントを示すUIだけは相変わらず視界の端に映っているが、それ以外は何も視覚情報が与えられない。その上で眼球のあった辺りで指の蠢く感覚に、彼はGGOを始めて以来最も大きな恐怖を味わう事になったのだった。
「やっ……やめ……!!」
だが、これで終わりではない。
やって来たもう一つの足音―――あまり騒ぎ立てない辺り、どうやらそこにいるのはエムの様だ―――が止まり、直後に銃を構える乾いた音がしたと思ったら、何と彼を目に突き刺した手で持ち上げているその少年は、まるで彼を盾にするかのようにエムの方へと突き出したのである。
直後、彼のある程度の防弾性があるジャケットに背中側から銃弾が突き刺さり、自身のヒットポイントがガクンと減るのが見えた。生半可に防御力の高い装備とステータスだ、銃弾はジャケットを突き抜けはしても、彼自身を貫通することはない。それを初めから見越していたかは分からないが、そうしてその銀髪の男を弾除けにしながら、先程彼の目を潰した少年は歩き出した。
二度、三度。銃弾が身体に突き刺さる度にヒットポイントが減っていく。加えて視覚情報のない不気味さが、身体の中に貯留する銃弾の感覚を妙に鮮明にさせ、普段は感じない程の異物感に……いつの間にか彼は悲鳴をあげ、意味をなさない叫びを繰り返していた。
やめてくれ。助けてくれ。
やがて真っ暗な視野の中にいよいよアミュスフィアの安全装置が作動するアラートが表示された、その時……されど人の気配が目前にまで近づいたと言うところで、彼は少年の蹴りを受けて前方に飛ばされた。
ようやく眼の痛みからは解放されたが、続いて背中に何かと激突したような衝撃が伝わり、どこをどう転がっているのかも分からないままに地面に叩きつけられて……そこで、ヒットポイントを全損させることになったのだった。
(こんな戦い方をするプレイヤーは……今までに一度も見たことは無い。
……あの人を除いて、だが)
M14・EBRでの射撃の全てをいわゆる「肉壁」によって阻まれ、その挙句足蹴にされ吹っ飛んできた一人のプレイヤーに巻き込まれて。
その結果としてその場でよろめいたエムは、密かに自身のパートナーの事を思い出していた。あの、殺戮と自死の衝動に駆られた、文字通りの狂人女を。
その彼女と重なる目の前のプレイヤーは、今まで共に戦っていたハルキでも北海いくらでもない、突然現れた乱入者だ。その実力は間違いなく、あのニュービーの二人はおろか、自分達の雇った覆面用心棒達をも遥かに凌駕している。
(……何者だ)
直ぐに横に転がって移動し、敵が直ぐに掃射し始めたUZIの9×19ミリパラベラム弾を辛くも避けると、エムは柱の影へと隠れながら、自分の持つ二丁目の銃、サブアームである「HK45」を腰から抜いて。
そして意を決すると、VP70と同じ会社によって開発された、言わば後輩に当たるその拳銃で数発牽制射撃を行いながら、迫り来るちびアバターの前に躍り出たのだった。実はかなり臆病な性格なエムにしては、随分大胆な立ち回りである。
驚くべきは、その眼前のプレイヤーは手にしたUZIを園芸用の大鋏を持つように両手で胸の前に構えると、自身を襲う銃弾の幾らかを、そのバレットラインにT字の銃身の中央部分をピンポイントに当てて防いだ事である。加えてそのままこちらに向かって駆け出し、一気にその距離を詰めようとする。
だが、いくら何でもサブマシンガンをその様に使ってしまっては……その機関部は致命的な損傷を受ける事になるだろう。実際にその短機関銃は残念ながら次の瞬間にはブルブルと震えて発光し、少年の手から飛び散っていく。
(―――甘いっ!!)
それこそがエムの狙いだった。現在目の前の敵は如何なる銃器をも手にしていない。向こうは接近戦に持ち込むしか勝機がない。
対してエムには、
「むん……っ!!」
普段は背中に背負っているそれを、予め開きっぱなしにしておいたシステムウィンドウを操作して……ちょうど、こちらに突っ込もうとする敵のど真ん前に実体化させた。
それは高さ50センチ、幅30センチの長方形の板が八つほど並んで展開された、言わば蛇腹楯だった。数分前のダンジョンボス戦にてハルキに彼が投げたのもこのうちの一枚であり、当時に彼も口にした通り、「宇宙戦艦の装甲板」というGGO最強の材質で出来ている代わりに、とてつもない重量である為に筋力値の高い彼ですら使用の際は筋力値をフルで費やす必要があるのだとか。
しかし、ストレージから直接オブジェクト化した場合は別で、その楯は予め展開された状態で使用プレイヤーの目の前に実体化する。BoBや後のSJと言った各大会では個人ストレージの使用は禁止されている為使えないスキルだが、今回の様なただのフィールド戦闘なら十分通用する戦法である。
さらに、この一手は敵の知らない一手だ。分け目も振らずに突っ込んで来た目の前のプレイヤーは突如として実体化したその鉄壁に激突するしかないだろうし、いくらその楯をナイフや素手で攻撃しても傷一つ付きやしないのだ。つまり、そこに絶対に隙が生じる筈であり。
……筈だったのだ。
「な……っ!?」
気付けばエムの視界は、天井を向いていた。
何と相手のちびアバターは、目の前に広がる幅にして二メートル半近くある光の集約を見て尚、その走行速度を緩める事なく実体化した楯に体当たりをかましたのである。
アイテムをストレージから取り出した際のザ・シード規格の共通ルールとして……実体化したアイテムは、
(楯が実体化して、コンマ数ミリ浮いたそれが地面に落ちるまでの、限りない微小時間。
その間を突くことで、空中にあって固定されていない楯ごと、俺を押し込もうとしたのか……!?)
最強の楯の誇る最強の強度は、今度ばかりは逆に持ち主であるエムに向かって獰猛な牙を向いた。見ると、彼の大柄な身体の左肩口から右腰にかけて、敵の激突によってこちら側に飛んで来た楯の角が突き刺さっていたのだ。
そして、その蛇腹楯の超重量によって、地面に叩きつけられたエムの身体にそれはさらに食い込む事となった。見れば彼のヒットポイントは既に半分を割っている、このままではまずい、と彼はその愛用の防具を全身の力を振り絞って持ち上げようとして。
―――しかし、間髪入れずに肉薄した敵がその楯を上から思い切り踏みつけた事で、とうとうエムの身体は斜めに切り裂かれてしまったのだ。
「ぐあ……っ!?」
両足と左腕を失ったエムは、それでも辛うじて残っていた右手のHK45にてなけなしの反攻を試みる。だがそれすらも伸し掛かって来た敵の左手に押さえられてしまい。
そしてその右手に光るナイフを、遂に眼部に深々と突き立てられてしまうのだった。
(ピ、ピト。お前の、言う通りだった)
ぐしゃり、と言う音と共にエムの右眼をダメージエフェクトで真っ赤に染め上げながら、されどまるでトンカチで釘を打つ様に再びナイフを振り上げ、今度はもう片方の眼球に刺しこもうとする。それを、必死の思いでエムは右腕に全筋力値を注ぐかの様にして相手の左手を押し込み、続けてナイフを持つ右手をも掴んだ。
それは、最早勝ちたいからではなかった。生きたいから、生き残りたいから。あの自分のパートナーが常に追い求める「死」に、自身が先に辿り着くことへの恐怖から。
……でも、ここはゲームである。ゲームのルールに従う限りは、プレイヤーは何をしても許されるのだ。そうハルキ達に教えたのは、他ならぬエムとピトフーイだったではないか。
(ここに、ゲームの範疇を超えた存在がいる)
エムの右腕一本に両手を抑え込まれた少年が、トドメとばかりに何を行ったか。
(ああ……お願いします、ピト。俺の、最愛の人。
どうか、
その思いを最期に、エムはその場から退場する事になった。
「死んだ……死んだぁ!!
雇ったみんなも、エムも! みんな、みーんな、死んだ!!」
同刻。
スタジアム上層階に存在する、言わばVIPルームに潜伏していたピトフーイが、遂に誰とも無線が通じなくなったのを確認して……その顔を、狂喜と畏怖の混ざったかの様に歪ませる。彼女は覆面の用心棒達が全滅した事態を受けて、現場にエムを向かわせながら自身は引き返して、今いる部屋にて最後の戦いに臨もうとしていたのだ。
「やっぱり私は間違いじゃなかった!! やっと、やっと見つけたぁぁ!!
本気で、本気で殺し合える相手を、やっと見つけたぁ!!!」
ピトフーイはGGOをプレイするに当たって、
それはつまり、誰もが安全装置の付いたアミュスフィアを被ってログインするこの銃の世界において、ただ一人だけ命に関わるレベルの駆け引きが可能である事を意味していて。彼女がずっと、現実世界では到底満たせない欲求を満たす為にGGOに降り立ち、虚構尽くめのこの世界で本物を探し続けている事を意味していて。
そうして、瞳に微かに涙すら浮かべたSAO失敗者は……しかし次の瞬間、呟くのだった。
「エム、見てなさいよ。
SAOベータテスト。
まだデスゲームとなっていないその世界では、剣士同士で武器を交えるPvP……つまりデュエルでの対戦戦績のポイント制ランキングが、当時のプレイヤー間で非公式に作られていた。そして在りし日のピトフーイも多くのプレイヤーとデュエルを行い、時には「ゲーマーとして心身ともに自分に勝っている」、やけに格好つけたイケメン優男と巡り会ったりもしながら……その対人戦の順位を着実に上げていったものだった。
だが。ベータテスト最終日。突如としてランキング一位にまでのし上がったプレイヤーがいた。当時のルールとして、
そして、その一日で頂点に上り詰めたプレイヤーは、何とベータテスト終了間際に一レイド、つまり四十八人ものプレイヤーを皆殺しにしたと言うのだ。そんな余りに無茶苦茶なポイントの上げ具合に、当時のコミュニティサイトは騒然となったものだった。
(あの時の私は、随分甘っちょろかったわよねぇ)
あの時。ナーヴギアを外して、すぐにSAOの情報交換サイトを閲覧して……そして直ぐにその衝撃の伝説を目撃した時。ピトフーイはその場で思わずキーボードを床に叩きつけてしまいそうになる程のショックを受けたものだった。
そうだ、それがやりたかったのだ。デュエルになどと言う生易しいものではなく、正真正銘の殺し合い。それに対する渇望こそが、彼女がベータテスト中にずっと心の何処かで抱えていた満たされない思いの正体だったのだ。
正規サービスになったら。やがて部屋中の家具を無茶苦茶に撒き散らしてその衝動をどうにか抑え込んだ彼女が、まず思った事である。正規サービスになったら、私も徹底的にPKをやる。試合ではなく、死合いを交わすのだ。そして、いずれかは……今画面の中で一位に輝いている、このプレイヤーの心臓に剣を突き立て、抉り出してやるのだ。
絶対に忘れない。流星の様にランキングに現れた、そのプレイヤーの名前は。「阿修羅」と呼ばれ騒がれた、その片手直剣使いの名前は。
「――――――『
ピトフーイはあの日、そのランキングのフォントまで覚え込むほどに見つめて暗記した、そのアバター名を口にしながら。
……その場で瞬時に横に飛び退いて、背後から襲い掛かる銃弾を回避したのだった。
「来たわねハルちゃん!!
ご機嫌いかが、GGOを楽しんでるー……!?」
そして。振り向き様に準備万端に整えておいた、メインアームのKTR09の引き金を引こうとして。
反転させた視界の先にいた、まるで子供の様に背の低いアバターを見て、首を傾げたのだった。
「……アンタ、誰?」
そう、今この瞬間まで、ピトフーイはここにやって来る相手はハルキだと思い込んでいた。あの推定SAOプレイヤーが、SAO事件時代の本気の命の駆け引きを思い出し、その底力で自分の部下達を一網打尽にしたものだと思っていたのだが。
だが、ここに別人が来たと言うのは、それはそれで意味があると、ピトフーイは思った。つまり、あれだけ大規模に戦闘を繰り広げていたのだから、ここに辿り着く人間というのは、あの場にいたプレイヤー全員を制した強者であるに違いなく。
「ねぇ、そこのキミ」
それを確かめる為に、ピトフーイは嗤いながら、手にしたアサルトライフルをぶっ放した!!
「アンタは、あのSAO生還者よりも強いのかしらねぇ!!」
直後に、そのちびアバターがいた場所が銃弾の炸裂エフェクトに包まれる。この部屋の入り口はそこしかなく、また設定としてVIPルームである為か壁も破壊不能な厚みである。なので、基本的にはピトフーイはその場で銃弾の雨を降らせているうちは一方的に攻撃できる筈なのだ。
……油断にもならない程の一瞬の間とは言え。そう思った時点で、ピトフーイの負けは確定していたのだった。
「ねぇ、楽しいねェ! アッハハハッ……!!」
装填された弾丸を全て撃ち尽くし、素早く身を潜めてリロードしようと身体を動かそうとした彼女は……エフェクトが消えた先にある、それを見たのだ。
目の前の謎のプレイヤーは、その小さな体躯の前に一つの大きな板を構えていた。その下部を床に立てており、手で持ち上げる事が出来ていない辺り、それは相当な重量を誇っているのだろう事は容易に想像がつく。
言うまでもなくエムの楯である。彼の死亡とともにドロップした一枚の蛇腹楯を、その少年の姿をしたプレイヤーはここまで筋力値全開、全体重を掛けて運んで来たのである。
―――そして。その後ろから聞こえる、微かな電子音。
「ハ――――――」
ピトフーイがそれを察した時には、既に楯の後ろに置かれたグレネードが起動しており。その爆発の衝撃を至近距離で受けたエムの楯は、まるで先程のピトフーイの掃射した弾道を逆に辿る様にして彼女に向かって弾き飛んで。
……激突。そのまま観戦用のガラスを打ち破って、彼女の身体をスタジアム上空まで盛大に吹き飛ばしたのである。
「ハ――――――ッ」
今まで人生で一度も味わったことのない様な、全身を打ち砕く様な最強の硬度を持つ素材との直撃に、BoBに出場する程の歴戦のステータスを持つピトフーイを持ってしても……そのヒットポイントの半分程を持って行かれる事になった。それに加えて、現実世界では間違いなく重体となるだろう高度からの落下によって、彼女の身体はスタジアムの地面に直撃、更に二、三度バウンドして、まるで乱暴に扱われた人形の様にその運動場に打ち捨てられたのだった。
「――――――ッハ」
だが。まだ、死んではいない。
「……ハハ、アハハハ……!!
ヒャッハァー!! まだ、まだ死ななかったぁ!!」
狂った様にその場で大の字になって笑い続けながら、ピトフーイは考えた。
今のは何だ。私にあんなとんでもない攻撃を仕掛けてきた輩は、どちら様だろう。
その時。ピトフーイのまともな思考が既に出来なくなっている脳裏に、一つの考えが電撃の様に走ったのだ。
(ハルちゃんやホッカさんよりも強くて、私をここまで楽しませてくれる人。
そんなヤツ、私は一人しか知らないじゃない)
やがて、どうやらまだ生きている彼女に引導を渡すべくやって来たのだろう、その無人のスタジアムに響く足音を聞いたピトフーイは、自身の三割を切ったヒットポイントを一瞥すると、素早く次なる武器を取り出した。
スプリングフィールドXDM。40口径の自動式拳銃で、その重さから通常なら両手で構えて撃つのがセオリーであるそれを、なんとピトフーイは高いSTR値のお陰で片手で取り扱う事が出来る。
……よってゆらりとその場で立ち上がり、ふらつきながらも腰に下げたその
それを、そのちびアバターは再びストレージから取り出したVP70のストックで弾く。GGO内の銃の耐久値はそれぞれのパーツで細かい区分があるが、基本的には複雑な機構を含んでいるパーツは低め、単純な造りのものは高めに設定されており、ホルスターにもなる事を除けばただの銃床としての役割しか持たないそのストックは、実はGGO内ではリアルではあり得ないほどに耐久値が高めなのだ……その事をこの時点の彼が知っている筈も無いが。
そして。その現実離れした光景に、ピトフーイも一瞬目を剥き、口を裂けんとばかりに大きく開いて……更に恍惚とした表情を浮かべながら片手でマガジンを装填させながら両手の拳銃を狂った様に撃ち続ける。
二人の距離は着々と近づいている。決着の時は近い、更に弾幕を激しくしようとピトフーイが更に左手のXDMのリロードを行おうとしたところで……しかし、次の瞬間その拳銃は手から弾き飛んでいた。そして立て続けに右手にも衝撃。
命中のしにくさに定評があるVP70の、されど必中距離に到達した事を察した向こうが、そのストックを素早く身体の内側に抱え込んで3点バースト射撃を行なったのだ。
「……あはっ」
いよいよ他の銃器を取り出す余裕もなく、後がなくなったピトフーイは……されど口元の笑みを絶やさない。今の自分では敵う相手ではないことに気付き始めていると言うのに、彼女はまるで戦いを止めようとはしない。向こうから突きつけられたバレットラインが自身の額を穿つのを感じながら……彼女は腰につけていた最後の武器―――青白い光刃を持つGGO特有の近接武器、
―――その刃を起動させる前に、一瞬で投げ飛ばされて、額にVP70を突きつけられて。
「アンタ、『阿修羅』ね」
それを言ったのだった。
間違いないわ、アンタはあの『ミニマム』よ。
世界初のVRMMORPGであるSAOで、誰よりも早く、誰よりも人を殺した―――
……その瞬間を以て。その猟奇的な殺人者は、グラントへと戻ったのだ。
「アハ……ようやく見つけた……私の」
拳銃を突きつけられたままだと言うのに、ピトフーイはまるで気にせずその場で立て膝を付いて、グラントを見上げた。
「さあ、殺してよ。
私に、死の味を味わせてよぉ……!!」
彼は大きく目を見開いた。始めはそこに、彼の正体を知る目の前の人間への大きな驚きと、それに対する畏れと困惑の混ざった色を浮かべていたが。
「この、人殺し。
人殺し!! 人殺し!! さあ、私を殺せ!!」
やがてその銃口を更に両手で自身に突き付けて、挑発する様にそう怒鳴り出したピトフーイに、グラントも心の底に激情を灯らせ始めたのである。
「どうしたのさ! あれだけの人を殺したんだから、私の一人や二人くらい殺せるだろ!?
さあ早く、殺せ!! そしたらいつか私がお前を殺してやる!!」
「……っ」
耳鳴りがごうごう鳴る、全身が震える。呼吸が止まり、光が遠ざかり、警告音が鳴る視界にも構わず、グラントの意識はその場を離れて。
……思い出すのはあの日。阿修羅の像が安置された荒れ寺で、途方もなく長い間、誰かの首に、顔に、胸に剣を振り下ろした、あの日。
アインクラッド十層。
SAOベータテスト最終日。
「ミニマム」を殺し、「グラント」を産んだ、あの日。
「アンタも! アンタの友達も!! 大事なヒトを皆殺しにしてやる!!
それが嫌だったら……私を殺せぇぇぇ!!!」
……それが、彼の臨界点だった。
そして、一人取り残されたピトフーイはその場で力無く倒れ込むと、タトゥーの入った顔に引き攣った笑いを張り付かせたまま、静かに涙を流していた……。