SAO (シールドアート・オンライン)   作:ニモ船長

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第9話 なんかちがう。

 

 

 トンネルを抜けると雪国だった下りって、目を覚ますと病室だった今の状況でもやっていいのかな。

 などと意味不明な供述をしながら(というより思っただけ、だが)、玄太郎はカーテンから漏れた朝日の眩しさにその目を覚ますことになった。

 

 

 (えっと)

 

 

 時間帯として今が午前中である事は間違いないだろう。というよりまだまだ夜明けである。窓からはまだ夜景として電灯が光る都会の街並みが眺望でき、何よりもカラッと晴れた夜空に少しだけ覗いた太陽の橙色の光が、この東向きの病室の窓に燦燦と射し込んでいる。

 そのどこか浮世離れした光景をぼんやりと眺めていた玄太郎は、しかし次第に思い出すことになるのだった。意識を失う前に、彼に何があったのかを。

 

 

 (……助かっちゃったんだ、俺)

 

 

 兎にも角にもと起き上がろうとした彼だったが、腹に力を込めて上体を起こそうとして……そこに走る激痛に思わず小さく悲鳴を上げてしまう。

 

 

 「いっつ……!? ……そっか、そういや刺されたんだった」

 

 

 再び横たわる事になり、何となく掛布団の上からその傷部分に手を当てようとして。

 そして、どういう訳か左手がほんのりと暖かく、そして何故か上手く動かない事に気付いた玄太郎は、不思議に思って窓とは反対側のベッドサイドを見やって。

 ……そして、驚きに息を呑んだのだった。

 

 

 (……どうして、君がいるの、……ハルくん)

 

 

 そう、彼の左腕を抱え込むようにして椅子に座り、ベッドに上半身を投げ出して眠りに付いていたのはあの……GGOからグラントがアミュスフィアの安全装置にてリアルに引き戻されて以来、そのまま離れ離れになっていた相棒、春花だったのだ。玄太郎側からは顔面を伺う事は出来なかったが……最近ようやく伸びてきたと自分でも誇っていた、ふわりとした輪郭の黒髪を見ても間違いないだろう。

 それじゃあ。玄太郎ははたと思い付く。意識を失う前に最後に聞いた彼女の声は、幻聴ではなかったのだ。あの死銃を名乗る男は春花に目撃されたことで逃走を図り、そしてやって来た彼女が救急車を呼んでくれたのだ。

 

 

 「……すごいね、何と言うか」

 

 

 SAOでのラストバトルでも、ALOでのグランドクエストでも、グラントが危機に瀕した時にいつも彼女は駆け付けてくれたものだったけど……まさか、現実世界でまで自分を救ってのけるなんて。

 ここまでくると執念や気合いを通り越して、もう因果に等しいんじゃないかい、と呆気に取られていた玄太郎だったが、何だかむず痒くなって左腕を彼女の両腕の中で動かすとだ。何と彼女は無意識でそうしているのか、目覚めぬままにまるでしがみつくように更に抱え込んでくるではないか。

 あまりに健気である。たまに垣間見えるこういう彼女の一途さには何度も元気付けられたものだったが、今度ばかりは……玄太郎の胸中は、複雑なもので。

 

 

 (ねぇ、ハルくん、見たんでしょ。

 俺は、()()()()()()()()()()()

 

 

 春花はハルキとして、あのGGOという世界で見てしまった筈なのだ。グラントが、彼女に襲い掛かってきた敵対プレイヤー全員を、逆に一網打尽にした証拠を。彼等のドロップ品に関してグラントはエムの楯のみしか奪い取っていないのだ、あとの数丁の銃は彼が強制ログアウトをした後でも、あの場に残っていた筈なのだ。

 そして。それを見たハルキは間違いなく、自分を責めてしまっただろう。そんな彼女が斃れた玄太郎をまだ見限らずにこうして看病してくれているというのは……つまり。

 

 

 (……君が贖罪の為にこうしてるんなら。

 俺は、君から離れないとね)

 

 

 それだけは、避けないといけない。玄太郎は思った。

 目の前の真っ直ぐな彼女が、良心の呵責に耐え切れずにこうして傍にいるようになってしまう事だけは、あってはならない。元々あれは俺の問題なのだ、彼女がそれと心中しないといけない理由なんて、どこにもないのだ。

 そう思って……玄太郎は、意を決して左腕を彼女から引き抜こうとしたのだが。

 

 

 「……っちゃ、ダメだ」

 

 

 黒髪の間から微かに漏れたその小さな囁きに、動きを止める事になる。

 

 

 「ひとりで……いっちゃ、いやだよ」

 

 

 僅かに開かれた窓から、朝の澄んだ空気の匂いが病室を突っ切っていく。

 そんな静かな風に前髪を吹かれた春花の、その寝顔を見た玄太郎は。

 

 

 

 「ぜったいに……離して、やらないからな」

 

 

 

 その瞬間、憑き物が落ちたように腕に込めていた力を抜いて……右手で掛け布団をめくり、彼女の身体に掛けてあげるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから五分と経たぬ間に見回りにやって来た看護師に発見された玄太郎は、続いてやって来た当直の医師に搬送までの詳しい経緯を聞かされることになるのだった。

 やはり彼は、今もベッドに伏せて眠る春花に見つかって、意識のないまま救急車に運ばれたらしい。腹部のナイフで刺された傷も、深く抉られる前に犯人が逃走した事で臓器までは届いておらず、一か月ほど入院すれば命に別状もなく社会復帰が出来るらしく……ギリギリ彼の大学受験までには退院出来るのではないかとの事だった。

 だが、傷口の縫合後も彼は随分とうなされていたらしく、治療室から病室まで同行した春花はそれを見かねて……なんと、病院のスタッフ達の反対を押し切って徹夜でその左手を握っていたのだとか。それぞれの夜勤の為に未だに見舞いに駆け付ける事が出来ない彼の両親の代わりに、医師からの容態の説明や診察に必要な情報の提供に関しても、全て彼女が受け持って対応していたのだとか。

 

 

 (ハルくん……君ってやつは)

 

 

 前言撤回。玄太郎はしみじみと理解した。彼女があの場に駆け付けたのは偶然でも因果でも何でもない。敢然たる覚悟を持って彼を追って大森までやって来て、そして彼を見つけたのだ。恐らくその前には予備校の学寮の方にも顔を出したのだろう、そう考えれば午後九時を回っていた時間的な辻褄もあう。

 

 

 (君はやっぱり……強いんだねぇ)

 

 

 一通りの説明が終わった後、彼の担当の医師は病室を去った。次に医療スタッフがここにやって来るのは朝食時であり、午前六時過ぎの今からだと二時間近くも間が開くことになる。その間、もちろん玄太郎は安静にしている事を余儀なくされるわけなのだが。

 ……流石にそんなに長い時間、朝の寒い空気に隣の春花の身体を晒したままにする訳にはいかないよね。一応布団の代わりに、毛布を看護師さんが掛けてあげてるんだけど。

 

 

 「……ごくり。……おーい、ハルくん、起きてちょ」

 

 

 試しに左腕を再び強請ってみて、やはり更に抱え込まれるだけだと思い知って……少し悩んだ末に、思い切って右手でその頭を軽めにぐしゃぐしゃと撫でる。

 ……逆効果である。むしろなんか気持ちよさそうに頭を摺り寄せてくる。ちょっと待て、こんな時だけどマジでそれ止めろ。ヒロインになっちまうぞ。

 だが、その時である。突如として眠る春花が彼の左腕から両腕を離すと、頭に乗った右手を両手で掴んで。

 

 

 「……へっ……いだだだっ!?」

 

 

 なんと、眠ったまま玄太郎の手の骨の間のところを両手で強く押して、そのまま極めに入ったのだった。安心した、流石プロファイターである、当分ヒロイン(笑)確定である。思わずその痛さに玄太郎も悲鳴を上げてしまい。

 

 

 

 

 「……んだよ、うるさいな…………あ」

 

 

 

 

 ……ぱちりと目を覚ました春花と、ものすんごい形相のまま目を合わせる羽目になるのだった。

 

 

 「あ……えっと、お……オハヨー?」

 

 「…………」

 

 

 直ぐに表情を正して、そっとそういう玄太郎だったが、時すでに遅し。暫くはぼんやりとしていた春花だったが、そのまま頭を預けたままにしていた彼の左腕と、その頭上で両手で掴んでいる彼の右手を見て。

 ……置かれている状況を把握した彼女は、その顔をみるみる赤くして、その場でプルプルと震えるのだった。

 

 

 「よ、よーしどうどう、冷静になろうハルくん」

 

 「――――――っ」

 

 

 だが今回は流石に状況が状況だったか。彼女はすっくと立ちあがると、ばたばたと病室を出て……一分としない内にまた戻ってきた。どうやらトイレにて火照った顔を洗ってきたらしい、前髪にちょっとだけ水滴が付いてしまっている。

 

 

 「えーと、落ち着いた?」

 

 「……もともと焦ってない」

 

 「誰も焦ってるとは言ってないんだけど」

 

 「……うるさい」

 

 

 こういう時、彼女は自分を取り繕うのが苦手だ。思い切りキッと睨まれて、玄太郎は冷や汗を掻きながら両手を振って悪意がない事を示して。

 

 

 「……その、君が助けてくれたって聞いたよ。ありがとね」

 

 

 偽りないその感謝の意を、素直に示したのだった。

 

 

 「今回は流石に、心配かけたよね。刺された件もそうだし、それに」

 

 

 目線を落とす。その時までは現状把握の為にあまり気にしていなかったが、それを彼女の前で口にする怖さのようなものを……今になって彼は気付き、まともにその相棒の澄んだ瞳を見つめる事が出来なくなってしまったのである。

 

 

 「……ごめんね、ハルくん」

 

 

 だからこそ。初めに彼の口から出たのは謝罪の言葉だった。

 こんな風に自分に素直に接してくれる、彼女を多くの意味で傷つけてしまった事への……後悔の言葉だった。

 

 

 「君に偉そうな事言っておいて……俺、今度ばっかりはダメな奴だったね。

 ごめん……ホントに、ごめんね」

 

 

 その玄太郎の只ならぬ様子に、既に彼が大森駅周辺で襲撃された一件の話のみならず、あのGGOでの出来事も全て含めて……そう、詫びている事に気が付いた春花は。

 

 

 「……こんな時まで。何ばかなこと言ってんだよ」

 

 

 椅子をもっと玄太郎の枕の横の方に寄せて、彼の肩を両手で引き寄せると、そのまま胸に抱え込む様にしてひしと抱き締める。それは、あのスタジアム型ダンジョンでは彼女がツェリスカにしてもらった抱擁そのものだった。

 

 

 「お前がお前のままだって、俺は……信じてるからさ。

 だから無事だったことくらい、喜ばせてくれ」

 

 

 それは紛れもなく彼女の本心だった。

 まるで玄太郎/グラントがあのGGO内で行った殺人の報いを受けるかのように起きた今度の事件は、その整合性を考えてもまるで本当に運命が彼の命を刈り取りにやって来たではないかと……集中治療室の外で施術が終わるのを待っていた彼女は、その身体を震わせていたのである。

 そうなってしまったら、分かり合うどころではない、乗り越えるどころではない。彼女の心には永遠に癒える事のない傷として刻まれてしまうだろう。それを、しかし甘んじて受けて、彼を忘れずに生きていく……そんな残酷な覚悟まで、春花はするに至っていたのだ。

 

 

 「そりゃ、びっくりはしたけど。

 でも、隣でずっと見てきたんだもんな。今までのお前が嘘だったなんて、俺は思ってないよ」

 

 

 何か、彼が自分に話していない事があるのは最早明確である。そう、よく考えてみればあのSAO時代から……彼はその片鱗を見せていたのだ。PoHに襲われた際のグラントのあの目つきや、はじまりの街解放戦でキバオウ相手に見せた、豹変ぶり。

 だがそれらは全て、彼が追い詰められたり、何か相手に働きかけようとしている時に現れるものだ。決して彼が望んで、普段から明らかにしているものではない。

 

 

 「―――だから、俺は信じたんだぜ。例え本性じゃなかったんだとしても、そんなお前の今を。

 俺は、俺の知っているお前の事しか信じられないけど……それだけで、十分だって思ったんだ」

 

 

 今の玄太郎を、春花は信じている。

 だからこそ、「阿修羅」の玄太郎の事も、春花は信じる。

 一見理屈の通っていないその考えは……されど、他ならない玄太郎の心にはとても暖かく沁み込んでいく。

 

 

 「……嫌ったって、いいんだよ。

 君には、俺以外の人間を、好きになる権利だって、あるんだよ」

 

 「そうじゃ、ないだろ。

 お前が好きだから信じるんじゃない。お前を信じてるから……好きなんだ」

 

 

 傷心のまま玄太郎が発したその言葉を、しかし即座に切り捨てる。だがそれはどうしようもない程、この二人の関係性の真理を突いていて。

 近頃はALO編以降の甘々展開が多かったから忘れがちであるが、グラントとハルキは一般的なカップルとは関係性が少し違い……()()()()()()()()()()()()()。心の一番底で繋がっているのは恋愛感情ではない。それよりもっと原初な……あの二年間のデスゲームを生き抜いた、いのち丸ごとを預け合うような、底なしの信頼感情なのだ。

 

 

 「別にね、聞いても面白い話じゃないよ。

 今まで打ち明けた人全員が、馬鹿じゃねって切り捨てた話だよ」

 

 「……ん」

 

 

 躊躇いがちに、でも茶化すようにそう牽制する玄太郎の頭を抱え込んでいる春花は、その腕の力を少しだけ込める。

 それはつまりところ……理解者がいなかったという話ではないか。

 

 

 「『よぅし、どっしり腰落ち着けて、聞こうじゃないか!』」

 

 

 だから、そうちょっとおどけるように言う春花に、玄太郎は息を詰めた。それはあの浮遊城の岩場のテラスで……身の上話を打ち明けようとしたハルキに、彼自身が言った台詞であり。

 

 

 (……敵わない、かぁ)

 

 

 一瞬だけ、彼を包み込む、年下の少女の温もりに……目を閉じて身を任せて。

 

 

 

 

 そして、玄太郎は口を開いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「四歳か、五歳くらいの頃にね。正月に親戚の集まりで、金沢に出向いたことがあってさ」

 

 

 意を決したような、されど少しだけ弱弱しい口調に、思わず春花は彼の頭を右手でそっと撫でていた。その感触を玄太郎も味わいながら、言葉を選ぶように話を続ける。

 

 

 「子供ってのは、往々にしてうるさいわけよ。だから、煩わしくなった大人たちは子供である俺達を集めて、家の子供部屋で遊ばせてたわけ。

 でも、それが三日四日続いちゃ、こっちも飽きてくるじゃん。それで、そこにはでっかい当時の最新型のテレビがあったもんだからさ、ゲームをしようって話になった」

 

 

 まあ、ここまではよくある一般的な元旦の光景である。とは言っても2025年になってしまった今からすればちょっと時代遅れな気もするが、信田家やその親戚にはその様な風習が根強く残っていたという事だろう。

 ……その年、までは。

 

 

 「だけどね、その時、一番年長だった親戚の兄ちゃんがそのソフトとして選んだのが、いわゆる18禁、海外産の当時出てたタイトルの中でもダントツにグロテスクな描写が多いヤツでさ。……その子供集団の中では一番年下だった俺が、他のみんなの悪ふざけに乗らされて……コントローラーを握る事になった」

 

 

 当時の彼等に悪気はなかったのだろうと、今の玄太郎は思う。思春期の少年などによくある、知的好奇心の延長の様なものだ。流血とか、暴力とか……そういう過激な描写を大人の階段の一歩だと早合点した、そんな浅はかで未熟な子供たちの精一杯の背伸びだったのだ。

 

 

 「酷くってさ。なんてったって()()()()()に特化したゲームだったから。ガンゲーだったけど、人を撃ったら内臓は飛び出るし、画面中に血とか筋肉の繊維とか神経とか、酷いときはぐちゃぐちゃになった顔とかがこびりついて離れないし。

 もうやめたいって、何度も言った。途中からたぶんギャン泣きだったと思う。でもみんな面白がってやめさせてくれなかった。そのゲームをクリアするまで、夜遅くまでずっとコントローラーを握らされて、それをみんな周りで面白がって眺めてた。大人の皆もそうしてれば子供たちが静かだったからなのか、部屋の外でやり過ぎない様にって言うだけだった。

 ……それが三日続いて、気が付いたら俺は……みんなを、近くにあった椅子で殴りかかってたんだ」

 

 

 所詮子供同士の諍いに過ぎなかったが、一人は顔面から流血する大惨事になり、それを最後に親戚同士で集まる習慣は、ぴたりと止んだ。そしてその代わりに……信田家と玄太郎は、親戚中から冷たい目で見られることになった。

 だが。玄太郎は当時、それどころではなかった。夜な夜な画面越しに見た死体や人肉が現れる夢を見て、寝不足で吐き気やめまいが収まらなくなり、見かねた両親はそんな彼を自分達が勤務する病院に連れて行ったのだ。

 

 

 「なんかね、医者が変わるたびに病名が変わるんだよ。ADHDだとか、自律神経失調症だとか、統合失調症だとか。一番多かったのはPTSDだったかな。

 そうやって診断がコロコロ変わっていくうちに、うちの両親も俺を病院に連れて行かなくなった。何でも診断が付かないって事は、疾患に陥ったって程じゃないんだって言ってたけど」

 

 

 だけど、玄太郎は気付いていた。両親が自分を病院に連れていったのは、言わば自分達は最善を尽くしたとパフォーマンスするようなもので、それを途中で中断した本当の理由は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である事を。

 その証拠として、父親は彼の前で当たり前の様に戦争映画を観た。母親は彼の六歳の誕生日プレゼントに、ファンタジー系ではあったものの人間同士が争い合うゲームを彼に買い与えたのだ。実際に彼等も、親戚たちから後ろ指を差される原因となった自分の扱いに困り、疲れ切ってしまっていたのだろうと……彼は思っている。

 

 

 

 「それで、それからの俺はゲーム内の死を、本当の死と間違える様になったっていうか……いや、頭では分かってるんだよ? 別にゲームで死のうが自分は画面の外にいるんだから。

 でも、体力が下がっていくとめまいがして、殺されるって本気で思うようになったんだ。逆に殺した相手の事はいつまでも頭の中に残って、思い出すたびに気分が悪くなるようになった。だから……俺はそれ以来、まともにそういうの出来なくなっちゃったんだよね」

 

 

 それでも玄太郎はゲームというコンテンツ自体に対して、まるで忌避感がなかったというのだから皮肉なものだ。だが、ここではないどこかにアバターとして自分を旅立たせて、その世界で生きるというスタイル自体は、まさにフィクションに生き死にを、つまりはリアルを過敏に感じてしまう彼の感受性にはマッチしたものであったのだ。

 ……このころから、玄太郎は「ゲーム内で生きる」という道を歩み始めていた。

 

 

 「まあ、とは言っても対エネミーならともかく、対人戦はちょっときつかったから、何か牧場を経営するヤツとか、街の中でお金を稼いで家を立派にしてくヤツとか、大体そういうのをやってたけど。

 ……そんな時に世の中に出てきたビッグタイトルが、ソードアート・オンラインだったってわけ」

 

 

 その公式パンフレットを読んだ彼は、密かに決意したのだという。

 この世界で、本気で生きてみたいと。この世界で、彼なりに冒険を重ねて、ゲームがゲームである事を理解して……そうして、現実世界でも前を向けるようになれば、と。

 

 

 「当時は俺、ミニマムって名前だったんだよ。え、理由? ……中学までチビだったから。悪かったね自虐ネタで。ふんすっ。

 でも、ベータテストに当選して、ログインしてみて、正解だったって思ったよ。あんな、画面越しじゃなくて……本当の異世界を目の当たりにするなんて、思わなかったからさ。

 それから、俺は階層攻略に夢中になった。迫りくるエネミー相手だったらなんの気兼ねなく戦えたし、実はトラウマ克服も兼ねて結構デュエルもしてた。気付いたら攻略勢の目立たない一員にはなることが出来て……。

 それで、そのまま、あの十層で、最終日を迎えた」

 

 

 ……ここまでは玄太郎の話。信田玄太郎が、如何に今日まで過ごしてきたかの身の上話。

 

 

 

 

 ここからは、「阿修羅」誕生の話である。

 

 

 

 

 「当時十層の攻略をしてた俺は、偶然あるクエストを発見したんだ。

 ハルくんは知ってるかな。……ヤマタノオロチ伝説と、ヤマトタケル物語」

 

 

 アインクラッド第十層は、SAO全体の西洋ファンタジー風の世界観とは異なる、いわゆる和風を全面に出した階層である。

 そして、その中でグラントが見つけたそのクエストは、日本神話に出てくる二つの伝説……スサノオと呼ばれた男が、生贄として捧げられる運命にあったクシナダヒメとその両親を救うため、彼女を要求する怪物ヤマタノオロチを打倒するというものと……朝廷から存在を疎まれていた皇子であるヤマトタケルノミコトが、厄介払いに押し付けられる数多の任務を遂行した後に非業の死を遂げるというものを重ね合わせたものだった。

 ……知る人ぞ知る、カーディナルシステムの自動クエスト生成機能によるものである事は間違いない。

 

 

 「つまりね、クエストNPCの名前はクシナダヒメ。それで、彼女を護衛してヤマタノオロチを倒しに向かうんだけど、その途中途中でヤマトタケルノミコトが戦ったらしい中ボスやらイベントやらに、わんさか遭遇する。

 ……それで、そのクシナダヒメがバカみたいに死にかけるんだよ。クマソタケルとかいう熊型エネミーだの、イズモの刺客だの、東国からの刺客だの。……池を船で渡るときなんてさ、何度も船から落ちかける彼女を守りながら、自称海神の巨大エネミーを倒さなきゃいけなかったりしたんだぜ?」

 

 

 恐らくそのクシナダヒメというNPCが死んでしまった時点でその大掛かりなクエストは失敗に終わってしまうのだろう、ミニマムはそれを肌で感じていた。だからこそ、そんな面倒なクエストであったとしても……彼は諦めることが出来なかった。どこかで気を抜いたら、クシナダヒメは死んでしまうのだ。例えそれがNPCであったとしても……彼にとってそれは他人事で済む問題ではなかった。

 

 

 「今思うとさ、多分もっと大人数で受けるべきクエストだったんだよね。そんな事してたらしまいにゃ、一人でヤマタノオロチを倒してくれって言われた。流石に無理かなって……もう妥協しちゃおうかって、本気で考えた。

 でもね、そしたら、クシナダヒメが、言ったんだ」

 

 

 生きていて、良かった。

 私は『定められた運命を背負う身』ではあるけれど、その中でもあなたに出会えたことは奇跡だった。

 

 

 それは、果たして「ヤマタノオロチの生贄」としての運命の事なのか。

 それとも、「NPCとしてクエストの範囲内でのみ命を与えられた存在」としての意味なのか。

 

 

 「いずれにしても、すっごく嬉しかったなぁ。

 俺がこの世界を本物だって思って、頑張った甲斐が、ベータテスト最終日に……漸く報われたんだって、本気で思った。

 本気で思って……俺、()()()()()()()()、ヤマタノオロチを倒したんだ」

 

 

 安全マージンが足りていなければ、呆気なくヒットポイント全損にまで持っていかれる非情なゲームにおいて、初めてミニマムは無茶な冒険をした。推奨レベル未知数のボスに向かって、死ぬ覚悟を持って本気で挑み、そして打ち勝ったのだ。

 すると、クシナダヒメは控えていた荒れ寺にて……神話においてはヤマトタケルノミコトの后であり、前述の海神の生贄となってしまう女性、「オトタチバナ」という自身の本当の名前と、苦難に打ち勝った証として一振りの剣をミニマムに授けようとしたのだった。

 クサナギシンケン。「草薙神剣」と当てるのだろうそれは……十層で手に入る片手直剣のプロパティを大きく超えた、正規サービス版でいう所の二十層前半まで通用する破格の性能を持つ剣であった。

 

 

 「せっかく手に入れた剣だけど、ベータテストが終われば全部チャラになる。

 分かってたけど、それを持つことが出来たって事が嬉しくて……これで、少しは俺も前を向けるかなって本気で思って。

 

 

 

 

 

 

 ……そう、思ってたんだ」

 

 

 

 

 

 ―――直後、クシナダヒメ改めオトタチバナとの会話が終わらぬうちに……彼は麻痺毒の塗られたピックを受けて、その場で倒れる事になった。

 

 

 

 

 「たまたまクエスト開始地点の近くでダンジョン探索をしてた大規模レイドが、そのクエストの情報を手に入れて、ずっと俺をつけてたんだ。

 それで……俺が全部クリアして、報酬をもらう所を見計らって……それを掻っ攫うつもりだったんだよ」

 

 

 

 

 

 だが、彼等の誤算は、ミニマムが報酬をもらう直前で麻痺にさせてしまった事にあった。直ぐに彼とオトタチバナを取り囲んだレイドのプレイヤー達は、しかしミニマムのストレージ内にお目当ての品がない事を不思議に思うと。

 

 

 

 

 ―――その場で、オトタチバナに暴行を加え始めたのだ。

 

 

 

 

 「バグかなんかで手続きのどこかで報酬アイテムが滞っているって解釈した彼等は……そのイベントNPCを殺す事で、その場でドロップするんじゃないかって考えたんだ。

 彼女の腕を斬って、脚をもいで。……女性だからって、ひどいこともした。当時はまだ、アンチハラスメントコードが充実してなかったんだ」

 

 

 

 

 麻痺毒は当時のレベルでも数分は続いた。その間、彼は地面に倒れ込んだまま、何も出来なくて。

 ……そして、その瞬間が訪れたのである。

 

 

 

 

 「オトタチバナは、()()()()

 俺の目の前で、全身八つ裂きになって、死んだ。

 ……死んで直ぐに、麻痺毒が解けて。その瞬間に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 受け取る瞬間に麻痺によってクエストが中断されたために、受け渡しが宙吊り状態になっていただけだったのだ。その銅剣の様な形状をしたベータテスト最強の剣を持った、ミニマムは。

 

 

 

 

 「許せなかったんだ、あんな酷いことを笑って、平気でして。

 それで『NPCだから何やっても許される』って、当然の様な顔で言って」

 

 

 

 

 ……気が付けば、彼は形見の片手直剣を、目の前の一人の頭上に振り上げていた。

 

 

 

 

 「……でも、戦いが始まって、直ぐに俺は冷静になって。

 何やってるんだって、これじゃ、目の前のプレイヤー達と何が違うんだって。……でも、もう戦いは収まりようがなくて。

 結局、俺は……ちゃんと自分で相手を殺すって意思を持って、皆殺しにしたんだ」

 

 

 

 

 もちろん、彼はすぐに争いをやめたかっただろう。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、()()()()()()()()()()()()()相手のプレイヤーたちがやめる筈もなく。

 その凄惨な激闘は、どちらかが死に絶えるまで終わる事は許されなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう。物語の始まりに語った話は、この直後に繋がる。

 それはもう一人のプレイヤーの話。強制ログアウトの瞬間まで、全ベータテスターの最前線をひた走るキリトのちょっと後ろ、千蛇城に入ってすぐのところで抜け殻の様になってモンスターと戦っていたプレイヤーの話。

 

 

 

 

 いや、「彼」もまた、キリトに負けず劣らずのプレイヤースキルの持ち主だったのだ。

 モンスターの振るう刀を紙一重でかわし、生じたわずかな隙に剣の舞……ソードスキルを叩きこむその様は紛れもなく熟練のそれであったし、彼自身のレベルもテスター全体で言えばほぼトップと言っていい程に高かった。

 

 

 

 そのアドバンテージをいかんなく発揮し、周囲を囲んでいた人型モンスター、所謂オロチを一気に蹴散らしたその瞬間までは、彼も一人の真っ当なSAOのプレイヤーだったのだ。

 

 

 

 ……だが。

 やがてベータテスト終了のアナウンスがアインクラッド全体に響き渡り、そこを尋ねた千人のベータテスター達のログアウトが始まったその瞬間に。

 

 

 

 

 

 彼は自身の持っている片手直剣をぼんやり眺めながら、呟いてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……なんかちがう。これ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。ログアウトして、自室のベッドで起き上がり。

 その場で蹲って、一人でむせび泣きながら、呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なにもかも、ちがう……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……お前って、やつは……!!」

 

 

 玄太郎が痛がるのも構わずに、思い切り春花は腕の力を強めた。

 そうか、そういう事なのか。全ての点が彼女の中で線として繋がっていく。

 

 

 「だから、お前は()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 効率を重視するあまり、アインクラッドの他の要素をないがしろにしない為。オトタチバナの二の舞となる惨劇を、自ら産み出さない為。

 

 

 「だから、お前は()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 現実世界との隔絶が生み出す、アインクラッドに起きる様々な確執から、プレイヤー達を守る為。安易に人を殺すことの出来る世界で、その禍根となる「デスゲーム」という仕組みを根本から変える為。

 

 

 「だから……お前は、()()()()()()()()

 

 

 ベータテストを経て出した、グラントの結論だった。SAOという限りなく現実世界に近い仮想世界のサービス開始から、逃げないと決めた彼が、その上で選んだ生き様である。

 即ち、武器を捨てる事。身を守る盾だけを持ち、どうあっても人に刃を向けるような事を避ける事。

 そして、その上で、世界の理不尽から、プレイヤーを守る事。

 ……ソードアート・オンラインを、シールドアート・オンラインに変える事。

 

 

 

 

 「だから……お前は、()()()()なのか……!!」

 

 

 最小(Minimum)の、反対(Grand)の存在になる為に。そのままだと「グランド」だけど、そこは言いやすいように「グラント」にしたのだろう。

 

 

 「だから、お前は……。

 俺に、GGOで、人殺しをさせたくなかったのか……」

 

 「……違うよ、ハルくん。これは俺の価値観であって、君がそれに囚われる必要は全くと言っていいほど、ないわけ。

 だからね、君を行かせたくないって言ったのは、まあ……言ってみれば俺のわがままみたいなもので。それなのに……あの時はごめんね、いきなり叩いちゃって」

 

 「いちいち謝るなよ、もう」

 

 

 ハルキが良くも悪くも自分の影響を受けている事にグラントも気が付いていたからこそ、PKをしてしまった時の後味の悪さを経験して欲しくない、と彼は思ってしまった。それ自体は、もしかすると彼女を束縛する行為に等しかったのかも知れない。

 だが彼の予測通り、ハルキがGGO内で行われているPK行為に対して恐怖を覚えてしまった、というのもまた……紛れもない事実なのだ。

 

 

 「……ツェリスカさんって、お前の友達がいただろ? あの人に、言われたんだ。

 現実がどこにあるのか、見つけて来いって。それを探す為に、もっと経験すべき事があるはずだって」

 

 

 全てを話し終えて脱力する玄太郎と共に、春花は空を覆っていく朝焼けの空を見上げる。それはあの、グラントがハルキを連れて眺めた、あの浮遊城での出来事を二人に思い起こさせた。

 あの時はグラントが彼女をリードして、自分の思いの丈を語ったものだったが、今度は自分の番だ、と春花は思う。彼の話を聞き、そして自分たちがこれから経験すべき事。それらを考えるに当たって、春花には一つ、思いついた事があったのだ。

 

 

 「……なあ、ゲンタロー。

 ()()()()G()G()O()()()()()。お前の怪我の具合を考えた上で、好きなタイミングでいいから……もう一回、あの銃の世界に入らないか。

 俺に、考えがある。きっと俺たちなら、二人でなら乗り越えられると思うんだ」

 

 

 玄太郎は起き上がり、春花の腕から離れて、真っ直ぐ彼女の瞳を見る。

 ……そして、そこに灯る不屈の光と凛々しい表情に、純粋に見惚れるのだった。

 

 

 「……やっぱり、ハルくんは俺以上の変人プレイヤーだよ。あの話を……馬鹿にすら、しないなんて。

 『阿修羅』なんて言われちゃって、俺はもうこんな自分は、捨て去っちまえばいいって思ってたのに。

 こっちは……君の前から去る事まで、覚悟してたってのにさ」

 

 「そんなもん、覚悟されたって困るんだよ」

 

 

 だからこそ。

 そんな負け惜しみの様な玄太郎の言葉を、春花は力強く一蹴するのだった。

 

 

 「みんながお前の阿修羅を否定するなら、グラントだのミニマムだの、俺は丸ごと受け容れてやる。

 お前がなんて言おうと、どこに行こうと、俺は必ず追い縋ってやる。絶対に離してやんないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと……隣にいるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――この数時間後。

 玄太郎と春花は、ニュースの速報によって死銃事件のあらましを知り、GGOからラフコフの脅威は完全に消え去ったのだと安堵することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここからが、もう一つの事件(ショウタイム)の始まりである事も、知らずに。

 

 

 

 

 




 
Q.minimumの反対って、maximumじゃないんすか?

A.元々どっかのアメリックなヤべんじゃーの盾しか持ってないアイツのミドルネームが元ネタ。要は後付けだ悪いか(逆ギレ)。
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