シノン「ねぇ、この作品SAOの二次創作なのに私なんでこんなに出番遅いの?」
アスナ「その様子じゃ、他に仲のいい子とかいないでしょシノのん」
シノン「会話のドッジボール」
『はい、正解。今日は調子いいみたいね。この調子で共通テストまでペースを落とさずに行けば、間違いなく足切りは突破できるんじゃないかしら』
「……ほい」
笑顔。
とっても気持ちのいい、笑顔である。
『予備校の方は一区切りついたんだから、ここからは自主的に勉強しなきゃダメよ。年末とお正月の行事がある事も考えて、早め早めの行動を立てる事。
……最も、今の玄太郎君はマトモに動けないみたいだけど』
「……あぃ」
『パイセンガッチガチでワロタ』
画面越しの笑顔が、マジで怖い。よく見ればメッチャ血管浮き出ている。因みによそで煽っているマソップ曰く、これが彼女……神代博士が普段研究している際のノーマル形態らしいけど。それがホントだとしたらこのコンビは普段、どんなおぞましい会話をしてるのかね。
『まあでも、逆に考えれば下手に色んな所に出歩けない分、余計な道草を食う事もなく勉強に集中できるじゃない。
良かったわね、玄太郎君』
「……くーん」
もう分かると思うけど、二日前に彼女に「何があってもGGOにログインしちゃだめ」と言われたばかりだというのに、その翌日には思いっ切り約束をブチ破ってこの始末☆な玄太郎に……どうやら神代博士は大変ご立腹の様である。
それを何とか話を逸らしてはぐらかしていたマソップから問い詰めて知った彼女は、その夜にはどうしてやろうかと玄太郎のPCに何度も通信を計っていたのだ。だが何度送っても反応のない状況を不審に思い、また信田家の固定電話に連絡を入れても応答がなく……と途方に暮れていたところを、マソップが玄太郎が事件に巻き込まれたという一報を春花から聞き入れて。
直ぐにその玄太郎のパートナーである彼女に連絡を入れ、状況を固唾を呑んで見守っていた神代凛子だったが、残念ながらスケジュールの都合で、泣く泣く昨日の時点ではメールでのやり取りを行う事しか出来ず、その女博士も昨夜は彼への心配で随分と眠れない夜を過ごしていたらしい。
「……えっと。横から申し訳ないんですけど、神代さん。
その辺りで、ゲンタローの事は許してあげてくれませんか。GGOの件は、俺が勝手に動いたのが原因だったので……」
すると、ベッドから上半身を起こした状態でガクブルしていた玄太郎の横にすっと割って入ったその彼女が、苦笑と謝念の混じった微妙な表情でそう言葉を添える。
2025年、12月16日。現在午後三時である。あの後も引き続き病室で安静にしている玄太郎を看病する為に、春花はなんと授業に出ずに寝袋まで持ち込んで、今までつきっきりであった。玄太郎は勿論反対したのだが、曰く既に進級に必要な単位は取得済みで、出席日数も足りているとか。まあ、冬休みまであと一週間程度だけどさー。
ともかく、昨日のあの夜明けのひと時の後、玄太郎は割とバタバタした時間を過ごすことになった。朝には玄太郎の両親が押し掛けて彼の無事を確認して涙し、続いてマソップに無事の報告を入れて、続いて医師の診察、昼過ぎには母親同伴のトミィが早めに終わった学校から直接駆け付けてくれて、更には北海いくらまでやって来てくれて。
そして、その翌日の今日。午前中の検査を終えた彼にいよいよやって来てしまった、神代凛子、鬼の説教タイム……ではなく、お勉強タイムである。
『ええ、もちろんそのつもりよ。春花さん、あなたも随分と大変だったそうじゃない。
責任感が強いのは良い事だわ』
「うぐっ」
春花まで巻き添えくらって大ダメージである。まあある意味玄太郎をGGOに引き入れた戦犯だから仕方ないね。とはいっても流石にこの状況で彼女を大いに責めるのも大人気ないと思ったのか、少々口調は和らげだけど。
因みに春花と神代博士は既に面識がある。茅場晶彦の遺体が発見されて彼女が拘留された際、その釈放時にグラント帝国でお祝いパーティーを開いていて、それ以来彼等の母親分となった神代博士とはちょくちょく交流を重ねているのだ。
『……まあでも、思ったよりも元気で安心したわ。無傷でという訳にはいかなかったけど……でも玄太郎君にとって、今はとても大事な時期だものね。
とにかく、今は軽はずみな行動は慎むこと。ちゃんと安静にして、無用な外出は避けること。春花さんも、玄太郎君に目を光らせておいてね?』
「あ……えっと、その事なんですけれど……」
だが。そう言って漸く顔から険を解いたパソコンの画面越しの神代博士に、春花は分かり易くその表情を曇らせた。その様子に「お? お??」とか言ってなんか楽し気なマソップを放っておいて……玄太郎が相棒に代わって口を開く事にしたのだった。
「えっとですね。……この後、もう一度、GGOにログインしようかなって考えてるんすよっひぐっ」
グシャ、と何やら紙の様なものを握り潰すような音がパソコンから響いて、思わず悲鳴を上げる玄太郎。せっかくの穏やかムードがまた修羅場に逆戻りである。
「
『方言リンリンまじワイの嫁』
お願いだから空気を読めマソップ。これまたGGOリベンジの発案者である春花は神代博士をまともに直視できずに玄太郎の肩に隠れ気味になってやがるし、だーれも味方がいない残念短髪男である。
……仕方がないので、上ずった声で、玄太郎は続ける。
「……え、えっとですね? どう考えてもニノマイだってのはよーく分かるんすけどね?
でも、どうしても……乗り越えないといけない事だって、思うんです」
頼りなくともはっきりとした意思表示に、眉を寄せたまま神代博士はチラリと、その教え子を見やった。どう考えてもこの状況でそれを許して良いはずもない、ただでさえ受験勉強中に何やってんだという話であるというのに、さらに彼のトラウマを露骨に抉るであろうそんなタイトルのゲームをプレイさせるなんてどうかしているのだ。
思い出してみよう。玄太郎が元々心的ショックを受ける事になったゲームは、
だけど。神代博士は少しだけ思った。一年前は実際に何度も向き合って、そして今も画面越しに覗く彼のこげ茶色の瞳は、当時と変わらず静かに……されど確かな信念が籠もっている。そんな、いつもどこか馬鹿げた事をやらかしながらも、決して曲がることの無い情熱に……あのALO事件の時は随分助けられたものだ。
『……玄太郎君、あなたはその行動にちゃんと、責任を持つ事が出来る?
さっきも言ったけど、今の大切な時期を……限られた時間を割いてまで、それはするべき事なのかしら?』
「と、とても耳が痛いっすけどね。でも出来るなら、今のうちに……大学に入る前に、一つ結論を出しておきたいんですよ。
ずっと、そんなの無理だって思ってたんだ。立ち向かって生きていくしかないって言うけど、俺はずっと、それすら出来ないもんだと思ってた」
「諦める」か「立ち向かう」か、それしかない……それは、かつてグラントがハルキに向かって投げかけた言葉である。だが、それを以て立ち向かう選択をしたハルキと違って、グラントは「諦め続けてきた」人間なのだ。
なぜなら、人殺しとしての行動そのものは、永久に消える事がないから。所詮はゲーム内での出来事だからと周りでは一般論が確立されている事ではあるけれど、彼自身が主観的な行動として、
だけど。玄太郎は隣でベッドに腰掛けている春花の肩に手を回して画面内に引き込むと、悪戯っぽおぞましくキモい顔で笑う。
「お、おい、ちょっと」
「だけど、彼女が言ってくれたんですよ、全部受け止めてやるって。うちの両親ですらもう諦め気味だってのに、全くの赤の他人の、この子が。
……ちゃんと向き合ってくれる人がいるのに、何もしないって言うのは筋が通ってないし、男がすたるってもんです」
『パイセンが男を語る……だと……!?
そうだよ(便乗)、パイセンやりますねぇ!』
「おいちょっと待てそう言うオトコじゃねぇ」
せっかくの大事なシーンもマソップが全力ブレイクである。当然何言ってんのかさっぱり分からない神代博士と春花だったが、やがてその、近いうちにカリフォルニアの大学に研究職として就く予定の彼女は……そうしてPCのマイクに向かってわちゃわちゃ言っている短髪男と、その彼に腕を回されてタジタジしながらも、意外と満更でもなさそうな春花を見つめる。
『……もしどうしても行くと言うのなら、これだけは聞いておいて。
玄太郎君。ちゃんと、自分の将来の事を考えて行動する事。その可能性を潰すような無茶は、あなた自身に取ってマイナスにしかならないって事を覚えておいて。
春花さん。あなたはしっかりと彼の事を見ていてあげなさい。人って常に変わるものよ、一番あってはならないのは……あなたが、彼の事を完全に知り尽くしているって慢心する事。
……かつての私が、茅場君に対してそうだった様に』
人間関係というのは、変わりゆくから面白いものだ。運命の相手だとか、付き合いが長いとか、そんな理由程度でお互いを分かった気になっていると……そんな関係性はいつか必ず、破綻する。お前SAO編十二話で時は人を変えるとかよくもまあ適当なことをとか言ってたくせに
この二人なら、自分達が違ってしまった過ちを乗り越えられるかもしれない、神代凛子は思った。それはかなり危険な賭けではあったが……それでも、目の前の愛弟子と、かつての自分と同じ立場にいる少女が、人生の次のステージに立つ事を信じて。
―――信じて、彼女は言うのだった。
『……戦ってきなさい。運命と』
「……やっぱり、ここか」
スタジアム内の回廊の様なエリアに降り立ったハルキは、直ぐに辺りを見回す。流石に一昨日その場に転がっていたあの銃火器は既に転がっておらず、直ぐに身をそばの陰に隠して聞き耳を立てるが……今のところはその場で他のプレイヤーと出くわす、といった危険性はなさそうだ。
だけど、エネミーがポップして戦闘になる可能性はゼロではない。すぐにフィールドに出て、ある程度安全が確保できる場所にて身を隠さねばならないだろう。
(……あいつは、いないか)
ダイブ直前に彼が言った言葉。
あの時、俺はアミュスフィアの安全装置のせいでログアウトする事になった訳で……だからもしかしたら、こっちのリスポーン地点はあのダンジョンじゃなくて、グロッケンかも知れないなぁ。
どうやらその予感は正しかった様である。既にログインして数分が経っていると言うのに、グラントの姿は影も形もない。だとしたら、彼はきっと俺を迎えに来る為に、今頃こちらへと向かってくれている事だろう。
(ああもう、何思い出してんだ、俺のばかっ……)
えー、せっかく語る必要がないなら語らないであげようと思ってたのに、ハルくんこのタイミングで思い出しちゃうのね。こら、テレテレすな。男だろ。
何かって、あの神代博士との通信を終えて、すぐに二人はGGOにログインしている訳で。それはつまり玄太郎はともかく、春花はどこか身体を安定させる場所が必要だった訳で……今現在、リアルの彼女は玄太郎の隣に並んでベッドに横たわってダイブしているのである。もちろん余計なリア充に慈悲はないので、セリフはカットである。
だけどだ。そんな風に彼女らしからぬ行動に出たのは、それなりの思惑があった。
(……でも、出来るのか。
俺に、
いわば願掛けである。ちゃんと二人揃って壁を乗り越えられる様にと、せめてリアルでは一番近い位置で。
身体を見下ろす。彼女のメインアームであるSPAS12はチューブマガジンを採用しており、リロードの際には弾薬を一つずつ込めねばならない面倒な性質になっている。その為ニュービーのハルキはあまり弾薬を購入出来ていないまま、あくまで近接攻撃が主体、切り札として射撃というスタイルを取っていたのだが。
だが、そんな彼女がおととい購入し今も胸の下に備え付けられているショットシェルホルダーには、彼女が使用して少し減っているはずのその12ゲージの弾薬が……しかし満タンに入っている。加えて、腰にはSPAS12を納める専用大型ホルスターと、手に入れた覚えのないスチールケースが付けられており、中には成り行きで彼女のストレージ内に入っている、シモノフPTRS1941の使用弾薬こと14.5x114mm弾がずらりと固定されて入っている。
(……ありがとう。使わせてもらうよ、ツェリスカさん)
恐らくアバター残存の際にあの銀髪の女性プレイヤーが彼女の使用銃器を見計らって、弾薬や装備を補充してくれたのだろう。勝手にストレージ内を覗いた事に関しては如何なものかと思うが、親切心でやった事だと信じて今回は見逃してあげよう。
ハルキは落ち着いてシモノフをストレージから実体化させる。流石にそれぞれを片手で持つ事は出来ないので同時使用は不可能だが、シモノフを背中のスリングに、SPAS12を腰のホルスターに下げれば、その状態でもギリギリまともに動く事が出来そうだ。むしろ超高STRによる装備の身軽さが無くなり、丁度良く自重の体感がリアルに近づいたと言ってもいいかも知れない。流石にちょっと強がってるけど。今後の課題である。
まあでも、あとは、その背中の対物ライフルを……どう使うかだ。
(少なくともあいつは、何か銃の一部分を無理矢理盾みたいにして、銃弾を防いでたよな。
でも逆に言えば射撃を弾く方法はあっても、SAOやALOでのあいつと違って、今度は逆に近接攻撃を防ぐ為の手段が無い事になる。
……
装備をフルで実体化、セットして、弾薬も全て詰め込み……まるでSAO時代の頃のように念入りに準備を重ねて、ハルキは素早くダンジョンのルートを遡ると……ドームの正面玄関から入り口に出る。入る際は機会人形が襲いかかってきたが、今回はその襲撃からは運良く免れたらしい。
そうして、外に出て。彼女にダンジョンからフィールドに移行した事を知らせるかのように、目の前に広がる廃墟群を吹き抜ける風がその黒髪を靡かせて。
……やがて少し経った後に、その場にバギーのエンジン音が響き渡るのを聞いて。
(俺は戦うよ、グラント。……やってみるさ)
ハルキは、瞑目を解いて、顔を上げるのだった。
「……いくら何でも、不用心じゃないかねー」
SBCグロッケンにて目覚めたグラントは、ハルキを迎えに行くべくその近未来都市に存在するレンタル三輪バギーに乗ることで、徒歩での所要時間の何倍も短い時間でその廃墟群に到達する事に成功したのだった。おとといの時点でその存在を知っていればあの悲劇は食い止められたのだろうかと、少し悔いる気持ちもあるが、置いておいて。
……半年前、夏休みの二週間近くの休暇中に自動車免許を取ったとは言え、ギリギリペーパードライバー程度の腕しかない玄太郎である。その上彼のちびアバターではステップに足がギリギリ届かず、バギーの操作はかなり難航したのだが……それはまた別の話である。
だけど、そうして漸くドーム前について見れば、その道のど真ん中に立つ人影が。あのダンジョン内ではまともに観察する暇もなかったが、それは紛れもなくあの時目にしたハルキのアバターである。
リアルの彼女より滑らかで長い黒髪を持ったその相棒は、長身でややスタイルの良い身体を黒いタンクトップとカプリパンツで包み、さらに胸の下あたりと腰のベルトには弾薬のホルダーを引っ提げている。その上から灰色のジャケットを羽織るその外見は、前も言ったがSF映画に出てくる海外の軍人女性のような、凛とした力強さを感じさせる。
そして。何よりも、腰の長いホルスターに刀のように引っ提げるSPAS12と、背中から弁慶の薙刀のように飛び出る対物ライフルの銃身がとても印象的だ。こちとらまともに重火器と言えるアイテムはVP70くらいしか持っていないというに、君は一体何をどうしたらそうなったんだいハルくん、とグラントは思わず心の中で突っ込みをいれる。
とにかく、今はそんな目立った格好をしているのに無事でいる事を良しとしよう、と、その落武者くんが彼女に話しかけようとして。
「……そのアバター。
お前も俺も、随分変わる事になったけど……でも、漸くわかった気がするよ。
中学まではチビだった玄太郎。
当時もロングヘアーである筈もなく、おそらく短髪であった玄太郎。
今のグラントは恐らく、当時ミニマムと名付ける由来となった自分の、或いはミニマムのアバターそのものの姿にかなり近い造形なのでは無いか。後にGGOを席巻するピンクのラッキーガールよりはちょっと背は高くても、言わば小学生高学年あたりのルックスで未だ初期装備を纏っているその落武者くんは、気兼ねないその問いに思わず苦笑する。
だが、そうして返答しようとすると、目の前の彼女は右手を前に突き出して制止する。
(……ハルくん……?)
一陣の風が、吹き抜ける。
まるで、距離を空けて向かい合っているその二人の立ち方は、まるで。
いよいよ違和感を持ち始めたグラントに、だがその予感は現実となって……ハルキは言うのだった。
「グラント。決闘だ。
―――その瞬間、耳を疑ったグラントは、目の前の相棒から、ぞわりと身震いする様な何かを感じ取って。
「な……っ!!」
……彼が瞬く間に、距離を詰めた目の前の相棒が自身に向かって気合いと共に、腰のショットガンで斬り掛かってきていたのである。
思わず意識を切り替えて、大きくその場でバックジャンプをして後退するが、アバターの歩幅の差によってか不意に詰められた距離を離すことが出来ない。二度、三度と振り抜かれる銃身が黒い幻影となって何度もグラントの身体を掠める。
「い……いくら何でもやって良いことと悪いことが……おわっ!?」
斬撃から間もなく体重の乗った体当たりを食らって、グラントは大きく吹っ飛ぶ事になった。向こうは平均より重いショットガンと20キロ超の対物ライフルを背負うトンデモ重量である、体格差も相まってそのちびアバターは物凄い勢いで宙を舞って、空中でくるりと一回転をするも勢いを殺しきれずに背後の廃材に激突する羽目になった。
―――自身のヒットポイントが、二割ほど減少したのを確認する。
(……本気なのか)
何はともあれ、自衛手段だけは持っておかないと。そう思ったグラントはストレージからVP70をストックごと取り出して、左手に備え付ける。まさか、まさかあのハルくんが自身を傷付けようとするとは思わず、また俄かに信じたく無い気持ちもあって、その時の彼の動きも些か緩慢であった。
……だからこそ、直ぐに廃材の上に飛び上がって、今度は背中の対物ライフルで突き下ろしてくるハルキへの対処が遅れてしまうのであった。
「ぐ……うぁっ」
直撃は間一髪交わしたものの、その超重量の一撃は周囲に俄かに振動を起こし、グラントは思わずたたらを踏んでしまう。だがそれを好機と、ハルキはまるでポールの様に対物ライフルをその場に立てると、それを軸にそのまま両手でそれを持って身体を横に一回転させ、体操選手も真っ青な勢いで周囲を蹴りで薙ぎ払ったのだ。
――― 自身のヒットポイントが、さらに一割ほど減少したのを確認する。
「どうした、グラント!!
お前の実力がそんなんじゃ無いってことは、俺が一番知ってるんだ!! 本気で掛かってこい!!
頭を殴られた様な、鈍い心の衝撃。
つまりハルキは、グラントから「阿修羅」を引き出そうとしているのだ。他の誰かを殺してしまう事は二人にとって後味が悪くとも、
……そして、他ならぬ彼女自身も、本気になろうとしているのだろう。このGGO内で、覚悟を持って人を殺す為に。
(ばっ……バカヤロー、んな事出来るかぁ!!)
飛び上がって目の前の錆びた車を駆け上がり、さらに大きく飛び上がる。そうしてハルキの頭上を大きく越えて、逃走経路を折り返す。目的地はあのバギーだ、ひとまずこの場を離れて、心の整理と相棒への抗議をせねばならない。
だが、そうして道路に転がる障害物を盾にして逃げ惑うグラントの直ぐ横の空間を、何かが大きく穿った。
「――――――っ!?」
視界の先の三輪バギーが、轟音と共に弾け飛ぶ。まるで何か巨人に蹴られたかの様に吹っ飛んで、やがて起こした大爆発に思わず落武者くんが振り返ると……そこには、廃材を背にして反動を抑え、立った姿勢のまま対物ライフルでバギーを撃ち抜いた、ハルキの姿があった。
「―――逃がさないぞ。お前の考えることくらい、手に取るように分かる」
「……ハルくん」
だが、グラントは気が付いていた。
彼女の両手は震えている。今の射撃が一発で当たるとは思っていなかったのだろう、荒く息をついてその身長の1.5倍近くの全長を持つ対物ライフルを両手で横にダンと立てる彼女の瞳は、まるで何かを必死に堪えて、抑え込んでいる様で。
彼女も覚悟を決めようとしているのだ。SAOによって縛られた今までのゲーム内での死に対する価値観を、彼女は必死に打破しようとしている。きっと今でも……グラントを殺そうとしているという事実に、彼女自身でも刃物で切り裂される様な気持ちを抱いているのだ。
「だ、だけどハルくん、そんなんじゃ……」
グラントは、玄太郎は知らないのだ。
人を殺すという行動に、そんな覚悟を持って行うという手順が必要なのか、否なのかを。彼自身、
対して、今のハルキは確かに銃身を振り
だが。次にグラントに投げられた言葉は、これもまた彼の想像を上回るもので。
「グラント。俺は、思うんだ」
火の粉が飛び散り、黄昏空の暗がりを燦々と照らしつける。
その紅蓮の空気の中で、ハルキは言った。
「人が生きるか、死ぬか。それが現実かどうかを決める訳じゃ、ないんじゃないか。
つまり。
ゲーム内で人を殺す事は、人殺しを意味するものにあらず。
死んだらそれきりではなく、殺す事で開く現実も、殺される事で開かれる現実もある。
それが、この仮想世界に存在する「現実」なのではないか。
「……こんな当たり前の事を言ってやるのに、こんなに時間が掛かるとは思わなかったよ。
でも今、はっきり分かった。
それでも俺は今、お前を『殺す』んだ。それできっと、見えるものがある筈だから」
それは、慰めでもなく。綺麗事でもなく。
純粋な事実として、驚く程すんなりと玄太郎の心に響くもので。
『人殺し』としての目の前の彼女の姿が、自分にとってのそれとは余りに違い過ぎる、その理由がはっきりして。
「だったら、殺してみろよ」
―――フッと、グラントの意識が鋭敏になる。
その雰囲気の変化を、ハルキをその瞬間に感じ取った。まるで先程までの逃げ回っていた彼とは別人の様だ……それはそうである。今の彼は、幼い頃に画面の中で、そしてSAOベータテストではその手で以て殺した全てを背負って、その場に立っているのだ。
(……想像以上に、圧倒されるな)
それは間違いなく、あのグラントだ。
普段の調子の良さは微塵にも出さずに、まるで全ての色を掻き消したかの様に感情を失った、最高点のまま起伏のない激情と冷徹さを併せ持ったかの様な……言わばゲームのプレイヤーである事を、逸脱した存在。
だけど。ハルキは思った。あいつは、
良いじゃないか、上等だ。ハルキは嗤う。漸く、三年かけてようやく、本気のあいつと戦える。生まれて初めての「命の駆け引き」を、一番戦いたかったやつと交える事が出来るのだ。当然、それはゲームの中での話だけど。
(だけど、仮に替えのある命だったとしても……真剣に賭けることが出来るくらいには、俺たちは、この世界を生きている)
SPAS12を腰のホルスターに仕舞って、隣に立てたシモノフを、銃口が先になる様に両手で薙刀の様に構える。ここまですりゃあ後はやる事は同じである。銃マニアの皆さんに泣き叫んで土下座して詫びろ。
そして、深く腰を落とし、全神経を集中させて、グラントを見る。その虚な瞳の中に先程彼女が切り開いた、
―――彼女が手に力を込め直した瞬間、グラントは一直線に飛び込んで来た!!
「う、おおおっ!!」
雄叫びを上げて、ハルキはシモノフで前方を薙ぎ払う。それをグラントは、普段なら上に飛び上がって避けるところを……敢えて下に滑り込み、そして振り下ろされた彼女のライフルのチークピース(銃床近くの、狙撃時に頬を当てるところ)に足を掛けて逆上がりの要領で乗り上げて、まるで曲芸の様にその上に立ったのだった。
(な―――っ!?)
驚いても呆けている暇はない。すぐにハルキはライフルから両手を離して、右手で拳を作って腰にためると疾風の速さで繰り出す。
だが。その瞬間に右手でVP70とストックホルスターを分離させていたグラントは左腕を曲げて、そのまま自分に当たらないように拳銃の引き金を引く。そして、その反動の強さを利用して物凄い勢いで反対方向に打ち込まれた肘鉄が……ハルキの拳よりも速く、彼女の顔に突き刺さった。
「が……っ」
さらに、男女平等エルボーを炸裂させただけに留まらず、さらにその反動で逆回転しながら左足で回し蹴りを放ちつつ……今度は空中で両手で支えて、一発。
連続で顔面に打撃を受けただけでなく、更に右足に銃弾を撃ち込まれたハルキは、アクション映画さながらに空を舞って、そばのバスの窓に突っ込む事になる。
(こっ……これは、お見事)
絶妙に右膝の関節部分を撃ち抜かれたらしく、ダメージ以上に足の痛みで動きが阻害される事に歯噛みする彼女のヒットポイントは、既にイエローゾーンに差し掛かろうとしている。このGGOはSAOやALOに比べて、弱点クリティカルが発動すれば一瞬で体力の全てが消し飛ぶ世界だ、その様な意味では既にお互いに一発勝負の状況に追い込まれている事だろう。
―――そう、まるで予断を許せない状況だ。今も、間髪入れずにバスの中にグレネードが投げ込まれたのだから。
「く、くそ……っ!!」
慌ててバスから飛び降りようとするが、そこで思いとどまり。まだ空中にあるそのグレネードを……シモノフを長めに持って、バットで打つようにして車外に弾き返す。
直後に、爆発。その衝撃波を自分の潜むバスを盾にしてやり過ごすと、ハルキは音が鳴りやまない内に窓に左足を掛けて。
「お……返しだあぁぁっっ!!」
そして……その有り余る反動を利用して、ハルキはグレネードの爆風の中一直線に、その奥にいる小さな影に向かって突っ込んだのである。先程のグラントの肘鉄から銃撃の反作用を使う事を学んだ彼女の、絶好のタイミングでの意趣返しだ。
続いて対物ライフルの銃弾を撃ち込まれたバスが引火し、更なる大爆発を引き起こす。どうやらそれは彼の予想を超えていたらしく、その装備の重さを考えてもあり得ない速さで突っ込んでくる彼女と背後からの衝撃波に、やがて見えてきた阿修羅の顔が……ほんの一瞬だけ、驚愕に見開いた。
「グラントぉぉぉっ!!」
それに構わずに、彼女は踏ん張っていた両腕の緊張を解く。そして、それこそ数秒前のグラントの様に反動を抑えきれずに反対方向に、つまり前に持っていかれる両手を……その勢いに任せて、振り抜いて。
そして、吠えた。
「これが、俺の、覚悟だぁっ!!」
―――それを聞いたグラントは、すっと目を細めて。
ソードスキル並みに加速したそのシモノフでの一撃を、なんと右手で受けたのである。
「―――っ」
もちろん、それではグラントのヒットポイントは大きく減少する。
だが、それに構わずに彼は右手を離さずにいた。すると右下から左上に振り抜かれたシモノフの銃身に伴って、彼の身体も空まで突き上げられる事になる。
……だが、それすら構わず。その空中で、シモノフを右手で掴んだまま、左手のVP70を、ハルキの額目掛けて突きつけて。
「そうだ。それでいい」
直ぐにぶるり、と震えた彼が、「阿修羅」から戻ってしまう前に。
ハルキはシモノフから手を離し、そんな彼のVP70を持つ手に自分の手を添えると、口元を緩ませながら。
―――その引き金を、押し込んだのだ。
「―――ぁ、ハル、くん」
ズバン、と。彼の全身に、左手の拳銃が火を吹いた事を知らせる振動が伝わり。
そして、その衝撃な展開に戦闘も忘れて我に帰った彼が、目の前の相棒を見ると……その額に、銃弾が貫いた事を示すライトエフェクトが刻まれていたのである。
(……うそ、だろ)
ガクン、と彼女の顔がのけぞり、二人は離れる。
だが……よく見れば、ハルキはそんな状況でも不屈な精神を持って、左腰のショットガンを引き抜くと。
「これで……引き分け、だな」
一撃。
ギリギリ近距離から放たれた散弾銃が、一つ残らずグラントの身体に突き刺さって。
そうしてお互いに会心の銃弾を撃ち込んで……二人はその道路に少しだけ離れて倒れ込んだのだった。
「ああ、何て事だ、ハルくん」
グラントは全身に残るダメージに構わず身体に鞭を打つと、自身のヒットポイントが着実にゼロに向かっていくのも構わずに、彼女の傍まで執念で這って行った。そして、その力ない上半身を全身を使って抱き上げる。
「死んじゃダメだ。ダメだよ、よりにもよって、こんな」
「グラント」
一番殺したくない相手を、他でもない自分が撃ち抜いてしまった衝撃に目の光を失って、うわごとの様に呟くグラントを……だが、ハルキはその手を両手で包み込んで、我に帰らせる。
「大丈夫、大丈夫だよ。
俺は死なない。お前も死なない。だって」
やがて。
二人のヒットポイントがゼロになり、視界にDEADのアイコンがついて。その身体がお互いに半透明になっていくのを感じながら。
「約束したろ。ずっと、ずっと一緒だ、ほら」
……その繋がれたお互いの手の温もりを感じながら、彼らは一斉に光片となって空に溶けていって。
「ほーら見たことか。言った通りじゃないか」
気の遠くなる様な一瞬の後。真っ暗になった視界におかしくなってしまいそうになったグラントの手に、されど先程失われたはずの手の感触が、再び蘇っていて。
「目を開けてみろって、グラント」
……その言葉に、彼は思い切って目を開く。
そこは、彼がリスポーンしたその場所、SBCグロッケンのワープポータル前だった。まるで先程までの決闘が嘘だったかの様に周囲をプレイヤーが行き交い、高層ビルを彩るケバケバしいネオンが賑やかに広告を表示している。
そして、全身を見る。当然リアルの腹部の傷は痛まず、だが少し前に散弾銃を受けたはずの身体も傷一つ付いていない。
「……あ」
そして、横を見る。
そこには、やはり彼の手を握っている、相棒の姿があった。つい前に彼が付けたはずの額の傷跡も、今はまるで何事もなかったかのように影も形もない。
「今回は勝てると思ったんだけどな。お前本気でも、本調子じゃなかったみたいだし」
ちょっと愚痴を言うように、悪戯っぽくそう笑って、隣のハルキはグラントと目を合わせてしゃがみ込んで。
―――そのちびアバターを、優しく抱きしめる。
「怖かったな」
「……うん」
「辛かったよな、苦しかったよな」
「……ん」
「本当に自分が死ぬんじゃないかって思って。
俺の事も、殺しちゃったんじゃないかって……思ってくれたんだよな」
「……っ」
「―――でも、生きてる」
ほろりと、グラントの頬を涙が伝う。
「……そっか。
お互いに殺し合って、お互いを
そんな当たり前の現実が、グラントには極めて新鮮に映った。ハルキ越しに見えるグロッケンの姿が、初めて見た景色とはまた違うものとして、彼の前で広がっていた。
迷彩服を着て、談議に耽るプレイヤー達。
購入したばかりの銃を見せびらかして、愉悦に浸るお調子者。
建物の裏路地でひっそりと開いている、怪しげなプレイヤーショップ。
それらは騙し騙されがあったとしても……お互いを活かしあい、励まし合い、楽しみ合う為のものなのだ。そこに悪意が無いとは言えなくても、決してそこは虚ろではない。
―――それが、このGGOの……いや、VRMMORPGゲーム全体の、現実なのだ。
「……やれそうか?」
相棒から離れたハルキは、ストレージを見る。
どうやらデスペナルティとして彼女はSPAS12をあの場に落としてきてしまったらしく、恐らくグラントの方もVP70を失ってしまっているのだろう。彼等が今後もGGOを続けるのなら、それらの装備はぜひとも回収しに出向きたいところである。
だからこそ、ハルキは問いかけた。これからもこの銃の世界で、生きるつもりはあるかと。少しリスクを孕んだこの世界で、まだ戦うかと。
「―――暫く、傍にいてくれるかい」
「もちろん」
何とも気弱な言葉で返すグラントに、思わずちょっと笑う。その様子は本当にアバターに見合った、子供のそれで。
……いや、それが妥当なのだ。彼は幼い頃に止まったままの時を、動かそうとしているのだから。
「―――、――――――――――――――」
だから。
そんな彼が、おもむろに
「……そうだったな」
ハルキは大きく息を吸い込んで、意気込むのだった。
「よし、行こうか―――あれ?」
その時である。
ピコン、となった着信音に、ハルキが不審に思い自分のメッセージボックスを確認して。
「あら~。来てくれたのね~。
……二人とも、大丈夫だった? もう、
グロッケンの居住区エリアにて、システムウィンドウをいじって、移動。
そうして足を踏み入れたのは……先程ハルキに連絡を入れた、あの無冠の女王のホームであった。
「ああ、こんばんは、ツェリスカ。
弾薬の補充ありがとな、助かったよ。……勝手にストレージの中を見られたことはちょっと怒ってるけど」
「ごめんなさいね。ルール違反なのは分かっていたのだけれど、放っておけなくて。何も奪ったりはしていないから、どうか許して頂戴ね~?」
「……なんか、随分仲がよろしくなってるんですねぇ」
「あら、グラントくん」
自分の知らないところで懇意になっている女性プレイヤー二人に何とも言えない仲間外れ感を抱いてへちゃむくれるグラント。大人気ねぇぞ落武者くん。そんなんだからガキ扱いされんだよ。
「あなたも、色々大変だったみたいね~。
ここはゲームなんだから、無理しないで困ったらいつでも、私を頼っていいのよ~?」
「……そりゃとても、ありがたいことで」
どうやら曲がりなりにも恋人であるハルくんの前で子供扱いされている様なアレが、ちょっと気にくわないらしい。そんな様子に思わず残りの二人が揃って苦笑する。
「それで? ツェリスカさん。
そう。
ここにグラントとハルキがやって来たのは他でもない、ツェリスカが紹介したい人がいると、二人をホームまで招待したからである。何でも彼等に面識があり、ぜひとも会って話がしたいと言っているとか。
「そうだったわ、ちょっと待ってね~。
……ほら、入ってきて大丈夫よ~」
そして。
横に取り付けられたホームの自動ドアから入って来たそのプレイヤーを見るや否や、グラントは跳ねるように飛んでハルキの前に出て、唯一の装備であるナイフを身構える事になる。
お前確か短剣の扱い絶望的じゃなかったか。
「っな……!?」
そう、それはあの覆面のプレイヤーの一人だった。おとといのドーム型ダンジョンにて彼等を襲撃した、ピトフーイとエムが率いていた五人の刺客の内の一人だったのだ。
全身真っ黒な迷彩服にプロテクターを要所に備えたそれがあの五人の内の誰なのかは見当が付かないが……だが。
「……ん?」
だが。やがてその目の前のかつての敵が、両手をプルプルさせて何かを伝えようとしているのを見て。
「グラント、こいつって、あの」
「……うむ」
あの、彼が阿修羅になる直前に北海いくらによって蜂の巣にされていた、あの挙動不審なヤツではないか。そう言えば彼らがハルキと北海いくらに一斉掃射を行った時……一人だけ、撃ってないヤツがいたよね。
「もう、みんな落ち着いて~。
あなたも、そんないかつい覆面つけてちゃ、誰だか分からないでしょ~?」
その時。そんな三人の様子を呆気に取られて見守っていたツェリスカが事情を察して、助け船を入れる。するとその目の前の覆面プレイヤーは合点が言った様に、自分のストレージを操作して、その覆面を取って。
その覆面を、取って。
「……え」
ハルキは目を点にして。
「……およ」
グラントは、あんぐり口を開ける。
何故なら、その中から出てきたのは、かつてほど長くはない金髪をなびかせた、されど当時と顔の造形が殆ど変わっていない―――。
「こんちわっス、二人とも、お久しぶりっスね! いやマジで」
―――GGOの翻訳機能を存分に活かして普通に喋る、あのオルスだったのだから。