「[壁]* ¨)* ¨)チラチラッ」
マソップ「[壁])≡サッ!!」
トミィ「壁]ω・*)」
グロッケン地下迷宮型ダンジョン、中層部。ちなみに言っておくと、地下
「……随分のうちのハルくんが世話になったらしいね、ピトフーイさん」
その地下トンネルを爆走するジープの荷台の上で、現在ある二人のプレイヤーが、それぞれの命を賭けた危険なやり取りを交わしていた。
……言うまでもなく、グラントとピトフーイである。
「いやいや、それほどでもないわよ? ちょっとハルちゃんには、この世界の現実ってもんを教えてあげただけ」
「……この世界の、現実だって?」
ハルキ達の目も気にする事なく腰の拳銃を抜いたピトフーイの声音は興奮に震えており、突きつけられたXDMの銃口に愛銃のストックで蓋をして塞ぎながら答えるグラントの目は……ハルキや北海いくらを弄んだ彼女への怒りで静かに燃えていた。
だが、その滅多にないグラントの激怒を全面に受け止めながらも、ピトフーイは怖気もせずに言い返すのだった。
「そ、この世界の現実よ。
阿修羅のアンタなら分かってくれるわよね、私達にとって、この世界は初めからただのゲームじゃなかった……でしょ?」
今のピトフーイには、周りのハルキやシノン、ツェリスカ……そしてパートナーである筈のエムさえもまるで眼中になかった。その全員が今も彼女を抑えるべきかと固唾を飲んで見守っていたと言うのに、当の本人はまるで気が付いていない。
それもその筈だ。彼女が血の涙を流して渇望し、追い求めた憧れの存在が、一度ならず二度も自分の目の前に現れたのだから。
「私はアンタを知ってるわ。史上初のVRMMOゲームであるSAOのベータテストで、最も多く人を殺したプレイヤー。
「おい、ピトさん……!」
「いいから」
覚悟していた事とはいえ思わず声を荒げるハルキは、しかし他ならないグラントに押し留められた事で渋々引き下がる。だがそれ以外のメンバーは……ピトフーイから告げられた彼の真実に、二の句が継げずに凍りつく事しか出来なかった。
フルダイブ型VR環境は、ただのゲーム空間とは一線を画す存在である。プレイヤーとキャラクターとして、現実と仮想を隔てるテレビのスクリーンは存在せず、ナーヴギアを被る人間の意識は仮想世界に飛ぶ事で、ゲーム内で迫られる全ての選択を
つまり、従来のゲームで面白半分に残酷な行為をするのと、仮想世界でそれを行うのとでは……プレイヤー自身に対しての影響も段違いなのである。もちろんそれはリアルでの殺人と比べてしまえば軽いものではあるが。
だが十一月に新宿駅にてVRMMOゲーマーが、模造の西洋剣を自分で研いでその場にいた民間人二人を斬り殺した事件があったように、仮想世界内の行動がプレイヤーの深層意識やリアルの行動に少なからず影響を与える事例も多い事を忘れてはならない。
「さあ、阿修羅!! 私と勝負しなさいよ!!
アンタと私のどっちが人殺しとして相応しいか、ここらで決めるのも……!!」
ピトフーイの拳銃を持たない左手が、彼女の左腿に備わるもう一つのXDM拳銃にかかった!!
「悪くない、わよねぇ!?」
「あなた……っ!?」
その一瞬の手捌きに一番早くそれを目撃したツェリスカは思わず叫ぼうとして……。
「ごめんね、恐縮だけど」
―――彼女が口を開く前に、既にグラントは素早く行動を起こしていた。
力瘤を作るような格好でストックを縦にして銃口を塞ぐ事で作り上げていた均衡を、その左腕を拳銃を持ったピトフーイの右腕の内側へと滑り込ませて崩す事で、そのバレットラインを上に逸らしながら手で彼女の右手首を掴み上げる。
「……お断り、するっ!!」
そのままそこにしがみ付くように体を横に向かせて引き寄せながら……左足の踵でヒールキックの要領で、突き出されたピトフーイの左手のもう一つのXDMを蹴り飛ばしたのだ。
つまり現在、ピトフーイの両手は完全に上に挙げられた状況である。右手はグラントの左手で押し上げられ、左手は蹴り上げられている。辛うじて右手のXDMは無事だが、その射線は既に立て直しが効かないほどにずらされ、左手の方は既に彼女の手から離れて宙を舞ってしまっている。
「なん、ですって?」
だが。ピトフーイはその拒絶の言葉を聞いて、耳を疑ったように声色を変えた。続けてなんと右手の拳銃を手から離すと、振り上げられた両手を組み合わせて大きな拳を作る。
「……逃げるんじゃ、ないわよ!!」
そして、そのSTRを全開にしたダブルスレッジハンマーを、グラントの頭上から叩きつけたのだ。その予期せぬ打撃にグラントは不意をつかれてモロに食らってしまい、一気に荷台の端まで錐揉み上になって吹っ飛んで……そこにいたエムに受け止められる事になった。
「……ぐぅ……あ」
正直、この組み合わせはちょっと気まずい。ピトフーイをおかしくした張本人であるグラントはエムにとってかなり印象が悪く、またグラントにしてもエムから楯の一つを奪っちゃった事が後ろめたい。
「え、えっと……取り敢えずありがとです」
「……」
黙っていれば強面の大男のエムである。一瞬ピトフーイの事すら忘れて冷や汗をかくグラントだったが……すぐにクッションになってくれた彼からぴょこんと離れると、荷台の反対側の端にいるピトフーイと対峙する。
「えっと、色々と謝りたいんですけど……まずは彼女をどうにかしてからで、いい?」
「……やれるものならな」
だがエムは知っている。今のピトはもう完全に周りが見えていない。目の前のこのちびアバターの男を殺すまでは、いくら周りを巻き込んでも悪びれもしないだろう。流れ弾が誰かに当たったとしても謝りもせずにさらに銃を乱射する、それがこの女である。
「私はね、ずっとアンタを探して、アンタを殺す為に今まで生きてきたのよ。何度も諦めて、他の事に何とか打ち込んで忘れようとして。だけど忘れられないのよ。
だって『阿修羅』のアンタなら!!
……そんな残酷な言葉と共に先程落としたXDMを拾い上げながら、ピトフーイは腰のポーチからムラマサF9を取り出して起動する。ハルキのSPAS12に取り付けられたのと同じ色、青白い刃の光が、暗いダンジョン内の地下通路の中でうっすらと彼女の顔を映し出した。
―――彼女の狂笑は、引き攣っていた。
「……ピトフーイさん、俺はあんたの事を良く知らない。あんたは俺を知ってるつもりみたいだけど」
それに対してグラントは、右腰の彼のもう一つの武器……アマノムラクモD7を起動させ、その緑の光剣を右手で逆手に持つ。
「俺はまだ、『阿修羅』だって自己紹介した覚えはないぜ」
その言葉に、ピトフーイはますます表情を硬直させて光剣を握りなおす。
銃の世界ではかなりイレギュラーな、某有名星戦争映画の騎士達が戦う時の様に光刃を構え合う二人の間には……それを黙って見守るハルキ達には理解できない、異様な世界が広がっていた。
―――SAOベータテストという、まだ仮想世界が何たるかも分かっていない、何もかもが未知の世界に触れた者同士しか理解できない世界が。そんな不安定で何の保証もない世界で刃を他人に向けた者同士にしか、理解できない境地が。
「いいかい、耳かっぽじって、良ーく聞けよ」
だが、それはあくまで、彼がSAOのベータテストに参加していたという、それだけの話。
それから彼は数多のVR世界に触れた。二年間のSAO世界での冒険を始めとして、ALOや、実はちょっとだけグラント帝国で他のゲームに手を出してみたりもしているのだ。
そして。この数日、GGOにログインして。今まで避け続けてきた自分自身の問題にぶち当たって、今もそれと向き合い続けている彼が……当時の「阿修羅」だった彼と一緒である筈がない。
いや違う。もう一緒であってはならないのだ。大もとから辿れば十年以上の歳月の末に、彼はやっと前に時間を進め始めたのだから。
「俺は『ミニマム』じゃない。
あいつも良い奴だったし、今も心の中にいるけど……でも、もう違う」
だからこそ。
ここからはピトフーイの知らない世界。「阿修羅」でない彼が歩む物語だ。
「俺は『グラント』!! どっかの世界じゃ皇帝やってた―――」
ピトフーイの右頬、幾何学文様的なタトゥーに表示されている
そして、直後に縦一文字に振り下ろされた青い光剣を、紙一重ギリギリのところで横に避けながら。
「最っっ高にイケてる盾使いだぜぇぇぇ!!!」
―――
「―――な」
「みんな、敵襲だ!! 多分あのオフィスの野郎どもが追ってきやがってる!!」
その落武者くんの声に我に返った残りの四人が急いで後方を確認すると……なるほどどこから引っ張り出したのか、数時間前にグラントが乗っていたような三輪バギーが一台、こちらに向かって爆走してやって来ていた。
そしてその後部座席から突き出されているのは、スイスでは一家に一挺あるとされるアサルトライフル、「SG550」だ。スコープ無しでも400メートルまでの距離を射程に収める高い命中精度を誇り、またその精密な造りを備えながらも耐久値も高い優れものである。今回の様な車上での遠隔射撃には持ってこいだろう。
「……あァ……!?」
ピトフーイは数秒前に目の前のちびアバターが振るった緑の閃光に、未だに目をしばたたかせていた。その圧倒的な速度もさることながら、この男は自分の頬に刺さった敵のアサルトライフルのバレットラインに気が付くや否や……直ぐに勝負を破棄して自分を守るために、その光剣を射線に割り込ませたのだ。
これが、あの「阿修羅」なのか。ベータテスト最終日に五十名近くのプレイヤーを虐殺した殺人鬼が、こんな人を死から救う真似をするというのか。
「エムさん、取り敢えず彼女を頼んだ!! ハルくん、シノンちゃん!!」
「ああ!!」
「了解!」
引き続き荷台の端に立ってVP70のストックと光剣で敵のフルオート射撃を防ぐグラントの足元で、彼の号令を受けたハルキとシノンが各々の対物ライフル……シモノフPTRS1941とへカートⅡを立て膝の姿勢で構えると、直後に物凄い轟音を立ててそれぞれの銃口から必殺の威力の弾丸を撃ち出す。因みにこの時ちゃんと構えてなかったハルくんは思いっ切りひっくり返って、ツェリスカに支えてもらっていたりする。
だが両者とも大まかな狙いは外さなかったようで、シノンの一撃は敵のSG550の機関部へ、ハルキのはちょっとずれてバギー前輪のタイヤに突き刺さり。
結果としてスイスの名銃はその場で光になって爆散し、バギーは操縦不能になって側面の壁にぶつかって減速し、次第にジープと距離を離されていくのだった……。
「……まったく、あいつのお仲間さんって言うのはそれ、みんな出来るのかしらね」
「いやいやー、これ出来るのはあのキリタンポの奴と、俺の他には……あ、でももう一人できそうな人いるけど、まあそんなもんよー。あと俺」
「自己主張の強い男は嫌われるわよ」
シノンさんまじかっけー(棒)。ちなみにもう一人って言ったらあの「任せて!」の人である。抜刀妻である。
ちなみにちなみに、彼女のいう「それ」っていうのは所謂銃弾を防ぐアレの事だ。どうもシノンさんはグラントもキリトと同等レベルだと捉えたみたいだけど、よく考えよう。キリトみたいに光剣っていう線で銃弾という点を防ぐ技術と、グラントみたいにストックっていう面で点を防ぐのと、どっちがムズいかは……うん、お察しの通りである。
まあせっかくシノンちゃんが誤解してくれているので、わざわざ向こうの方がすごいって訂正してやる義理もないかな、とか不貞な事を考えているグラントであった。
「あと、ハルキさん。あなたは後で一緒に狙撃の練習をしてもらうわ。今回は上手くいったけど、そんな撃ち方じゃまともに狙いも定まらないわよ。反動も抑えられてないし」
「あー……へへ」
同じ対物ライフルの使い手としてちょっと看過できないところがあったらしいシノンさん、ハルキに個人指導を受けさせるつもりの様である。え、彼女突然どうしたのかって? むしろよくまあコイツ等のガンゲー舐めプをここまで我慢してきたなって話なんですけど。
「それはともかく。二人とも、今の戦闘でなんかストレージとかステータスに変化があったりする?」
「え? ……いいえ、特には何もないわ。経験値も入ってないわよ」
「つまり、今の連中はまだ生きてるって事か。下手に殺す訳にもいかないからな、結果オーライなのかもしれないけど……」
「……いや、そうじゃないんだよハルくん」
グロッケン戦場化の真実。
アカウントの金額化、それによるリアルもGGOも巻き込んだ、プレイヤー間の混乱。
つい数分前に明かされたその衝撃的な事実をその場の全員に告げると、荷台の上の空気はピトフーイが拳銃を抜いた先程以上に重い空気に包まれた。
「……危険性を挙げたらキリがないわ。
例えば、今から初ログインするニュービーはそもそもアカウントとして所有するものがないから、彼等は私達とは違って
初心者でも戦い方によっては上級者を倒す事だって出来るのがGGOなの。もし彼等がそういう不死身戦術を使って他のプレイヤーを倒して、アカウント分の資金を奪い取った上でGGOから別のゲームにコンバートされたら……」
その時は完全にザスカーの手に負えなくなってしまうだろう。海外に渡ってしまった犯罪者の引き渡しを行うように、他のVRMMOゲームにも金銭トラブルの影響が伝染していってしまう。
ツェリスカの出したその例えはあくまで一例に過ぎない。海外産のゲームとしてRMTを採用しているGGOだが、そのツケはここに来て最大限のレベルで悪用される事になるのだった。
そう、PoHが言ったことは悔しくも事実なのだ。主に戦争や国家間の摩擦で交わされる思惑には、必ずと言って良い程金の問題が絡むものである。土地資源を争ったり、貿易における上下関係を主張し合ったり、そういうトラブルにはほぼ間違いなく、それを勝ち取る事で得られる利益と言う金が存在する。
……そしてその思惑の中で、まるでごみを処理する様に失われていくのが命なのである。
「で、ツェリスカさん。
例えば、今の勢いのままさっきのオフィスに再突撃して、奪還できたとして……そしたらグロッケンをもとに戻せるかな」
「……残念ながら、無理なのよ。
さっきシステムに介入した時に分かったの。あの人たちは、
先程の秘匿エリアをGGO担当部門オフィスとは言ったが、開発室自体はあそこ一つだけではない。そもそもGGOにはSBCグロッケン以外にも都市は存在し、例えば十二月初頭にシノンが仕留めたベヒモスと言うプレイヤーは、北大陸を根城にして用心棒を営んでいたりする。
その安全区一つ一つにオフィスはそれぞれ存在し、しかしその全てが現在、あのキルオと言う男の別動隊によって占拠されている事実を……ツェリスカはあの時目の当たりにしていたのである。
「そんな、じゃあ、今はGGOのどこにも安全圏は存在しないっていうの……?」
「……一応、ログアウトは普段通り出来るようだが」
シノンの悲痛な声を励ますようなタイミングで、彼等が悪い目的で自分達を助け出したのではないと悟り始めたエムが口を開く。そうして歩み寄りの姿勢を見せてくれた彼にグラントは申し訳なさそうに軽く頭を下げると、
「だからこそ、逆に新規でプレイヤーが参入しやすいってわけだね。引き続き被害者を増やせば増やすほど、お金の廻り具合も、お金そのものも増えていく。タチが悪いよねぇ」
「さっき周りの人に連絡した際に同僚にも連絡を取ったから、今頃うちのスタッフが総動員でプレイヤー達のログアウト勧告に回っている筈だけど……」
だがそれは取り敢えずの避難には成功しているとはいえ、根本的な解決にはまるで至っていない。オフィスを奪われた現状、運営ですらろくにサーバーダウンも行えない状況なのだ。そんな時にも何も知らない新規のプレイヤーが普段通りログインしてくる事を考えれば、事態の深刻さは目に見えている。
「それにしてもさっきの敵のリーダーみたいな奴……あいつがもし運営側の人間なんだったら、アメリカサーバー側もどうなってんのか分かったもんじゃないって事か?」
確かにそこは気になる様な、ならないような。だけど向こうのサーバーを無法地帯にしたところでパワーバランスの推移は起きないだろうし、あまり意味がないようにも感じられる。あくまでアメリカ勢が日本勢に接触するところがミソであり、(この時のグラント達は知る由もないが)日本人に対する偏見とヘイトが大きいPoHのやりそうなことである訳なのだが。
……その時、運転に集中している様子だったオルスの肩が、ピクリと揺れた事に気が付いたのはハルキだけだった。
「いずれにしても、今回の件に関してもザスカー本社は、なるべく水面下で事を済ませるようにって考えている筈よ。……自社の事ながら、本当に情けないわ」
「……まあ、ツェリスカさんはよく頑張ってると思うわよ」
思わず同情の言葉を口にするシノンだったが、しかし何よりも一番質が悪いのがその、
ぶっちゃけ今回の話もザスカー本社が全ユーザーに向けて不具合の発生と謝罪を行い、現実世界に存在するGGOサーバーを直接ブチ切ってしまえば大事には至らない話なのである。
だがそれは絶対に起こりえないだろう。ツェリスカは嘆息混じりに言う。GGO内にオフィスを移した事以外には、特に何もセキュリティ対策を打とうとしない本社にこれまでも幾度となく提言をし、その都度弾かれてきた彼女にはよく分かっている。もし今回の事件が深刻化しそうになれば、ザスカーはメンテナンスどころか
「……でも。
だからって、方法がない訳じゃないの」
―――何度打診を送ってもろくに返事の来ない本社に業を煮やした彼女は、有志を集めてある仕掛けを講じていた。
「名付けるなら、緊急ターミナルってところかしら。今回みたいにスタッフが、何らかのアクシデントで一切のシステム介入が出来なくなる事態を想定して設置したの。
だから、システム権限も通常のオフィスでなされるシステムコマンドよりも高位で、ゲーム内では最優先事項として処理されるようになっているのよ〜」
仮想世界でのGGOをゲームとして楽しんで欲しいと願う彼女と日本支部の同僚達の、努力の結晶である。そして、会社全体で見ればあくまで非公式なものであり、
「……つまり、今GGOを襲っている脅威を取り除くには」
さて。ここまで来れば結論は出たようなものだ。グラントがまず疑問を投げかけて。
「そう経たないうちにやって来るだろう、アメリカ勢のプレイヤーを潜り抜けて」
それをハルキが繋いで続ける。
「そして、通常のオフィスよりも権限の高い緊急ターミナルに辿り着く必要があるのね。そして、そこで」
「現在の日本サーバーに掛けられた、安全圏解除とアバターの金額化を撤廃、GGOを元通りにする……そういう事で良いんだな?」
さらに、シノンがバトンを繋いでエムが結論付けて、ツェリスカに確認を取る。本家GGOメインヒロインとSAOAGGOのメインキャラ、そしてSAOFBのメインヒロインが会話をすると言う、GGOファン的にはある意味ドリームな状況である。……そうでもない?
「ええ、それで大丈夫よ。
「……浮いてるって、それどうやって行くんです?」
……よく分かんない人は「SBCグロッケン」とかでググってみよう。それにしても、あのフジなテレビの本社ビルっぽい球体にそんな役目が存在したとは。まあ何も無しにただ浮かせているだけってのもちょっとカッコ悪いもんね。むしろ意味があんのは日本サーバーだけって事になるけどいいのか
だけどグラントの疑問もごもっともだ。そもそも浮いてるのにどうやってあのエリアに立ち入れと。まさか上まで登って落ちろとか言うんじゃないだろうな。
「まあ、それは見てからのお楽しみでいいんじゃないっスか。いやマジで」
「……突然喋り出したねチミ」
それまでは運転に徹していたオルスのその言葉に荷台の前の運転座席の方を向いて……そして、何故このタイミングで彼が口を開いたのかを察した。
既にジープが進む通路には薄らと光が漏れ出ている。現在時刻は午前零時に差し掛かりつつあり、恐らく時間のキリとしてはそのタイミングでアメリカサーバーのプレイヤーが参入して来ると考えるのが妥当だろう。
そして同じタイミングで、あと数分と経たぬうちにグラント達もその戦場へと乗り出す事になるのだ。
「ねぇ、じゃあ色々長ったらしくて申し訳ないけど最後に、ツェリスカさん。
さっきも言ったけど例の事……今のうちにやっておくべきだと思う」
「……ええ」
だからこそ、その事実に気が付いた他のメンバーは自然と自分たちの銃の手入れをし始め、それを他所にグラントはツェリスカに声を潜めて続ける。
「……なんなのよ」
―――そんな彼の様子を、先程からエムの横で呆けていたピトフーイは、信じられないものを見る様な目で見つめていた。
「何で、何でアンタが、そんな事してるのよ……?
アンタはレッドプレイヤーじゃないの、だから私は」
……ここまで見せられてしまっては、最早否定する余地すら残されていない。
彼女が長い間追い求めた、大量殺人者としての彼はもう既に……居なくなってしまっていたのだ。漸くその人を見つけたというのに、当の彼はかつての自分と折り合いを付け、彼女を含めたGGOを楽しむプレイヤーを守る為に行動して、人として真っ当に生きようとしているのだ。
(アンタは)
だが。
それは、彼に取っては成長であったとしても、ピトフーイにとっては絶望でしかなかったのだ。
(
幼い頃の記憶が蘇る。胸が苦しく、今にも意識が飛びそうになる痛みを堪える彼女のベッドのそばには、いつも誰も居なかった。誰一人として彼女を案じてはくれなかった。
それが「普通」ではなかったと知った高校時代。漸く見つけた、自分を大事に扱ってくれる祖父母が、しかしそう経たない内に先立ってしまった高校時代。
結局、彼女はどこまでも一人だった。誰にも理解されず、誰にも案じられない、そんなちっぽけな少女だったのだ。それ自体を苦しく思った事はあまり無いけれど……そんな世界から抜け出す事が出来るとしたら、その糸口はもう、アンタしかなかったのに。
「ピトフーイさん」
気が付けば、ピトフーイは裂けるように目を見開いて笑ったまま、涙を伝わせていた。そんな彼女の目の前まで歩み寄ったグラントがハンカチを取り出そうとして……んなもの持ってなくて、泣く泣くツェリスカさんから借りてようやく彼女に差し出した。その一部始終を両隣のハルキとエムが呆れて眺めていたのはお約束である。
「俺は確かに人殺しだった。でも今は違う。
んで、俺はあんたの事はよく知らないから、元気付けようがない」
ピトフーイは持ち前の社交性と巧みな話術で、基本的に自分の胸中を人に晒す事はない。むしろ今のように激情に駆られて行動したり、人前で涙する様なケースははっきり言ってあり得ないのだ。本家SAOAGGOでも一、二回あったかなかったかというレベルである。
そしてそれはグラントに対しても同じ事。どうせならさっきの時点で自分の思いの丈を感情的に捲し立ててしまえば、それはそれで楽だったかもしれないが、しかしそんな惨めな真似をする程彼女も落ちぶれてはいない。こんな自分のおかしな考えを人に漏らして苦い思いをするなら、黙っていた方がマシに決まっている。
……でもそれって、グラントが「阿修羅」の事を誰にも知られたくなかったのと、同じだとは思わない?
「もう俺はあんたに『阿修羅』を見せる事は出来ない。ごめんね。
だけど、その代わりに」
だったら、きっと。グラントにも、彼女に伝えられるものがある筈だ。かつて人殺しだった彼が、人殺しになりつつある彼女に、伝えられるものが。
「……俺は、あんたに背中を見せる事は出来る。
だから見ててよね。そんで、良かったら一緒に戦って欲しい。
あんたの力が必要なんだ。人殺しとしてじゃなくて……GGOプレイヤーとしての、あんたが」
―――示し合わせたかのように、彼の隣に「紫陽花」を脇に持ったハルキが並び。
それに相対するように、ピトフーイの隣にM14・EBRを抱えたエムが立った。
そしてその様子を、サブアームのグロック18Cを手にするシノンと、新たにストレージから実体化させた銃を両手に握るツェリスカが笑みを浮かべて眺めている。
「みんな、まもなく到着っス! 外に出たら直ぐに戦闘になる可能性が高いっスけど、準備は大丈夫っスね!? いやマジで」
やがてジープはダンジョン入り口の最後の直通路に差し掛かった。既にグラント達の眼前からは、グロッケンを照らすネオンのけばけばしい光が眩しい程に降り注いでいる。
その中で、ピトフーイは……ゆるりと立ち上がった。
「……言ってくれんじゃないの、
すぐにストレージを操作して装備を身に付ける。出現した防弾ベストとマガジンポーチ、それに背中の防弾プレートが合わせてまるで漆黒の鎧を着ているようであり、その頭部にもメカニックな黒いヘッドギアが装着される。
……後に彼女が、「魔王」と呼ばれる所以となる見た目である。
「……ハルちゃん。あの時は悪かったわ。
仕切り直しって事で、改めて言ってあげる」
だが。
そう言って、瞳に光を取り戻して口角を釣り上げる彼女の姿は、そんな大仰なものではない。
だって今だけは、彼女は純粋なGGOプレイヤーなのだから。
「GGOに、ようこそ」
その言葉に、ハルキは笑って。
エムは帽子で顔を隠して。
シノンは肩を竦めて。
ツェリスカは優しげに見つめて。
「……さあ、開戦だ」
―――グラントは、ピトフーイに背を向けた。