マソップ「おっと」
神代凛子「あら、どうかしたのかしら?」
マソップ「…………いや、バッチグーだぜ」
神代凛子「……? ほら、余所見しないで、早くこの演算をやって頂戴」
マソップ「パイセン、やりますねぷ」
地下通路の長いトンネルを抜けると、そこは近未来都市だった。
「……なんか今回は風情が出てね? 俺ラノベ作家いけるんじゃね?」
「馬鹿なこと言ってないで構えろ落武者男。シノン、後ろからは何か見えるか?」
「……いいえ、外見だけは普段のグロッケンね。まだ戦闘は始まっていないのかしら。今の時刻は―――」
「午後十一時五十九分。日付が変わるまであと数秒ってところみたいよ。ねーぇ? ところでシノンちゃーん……?」
「あげないわよ、ヘカート」
そういやピトフーイとシノンは面識があったんだったね。まあ、どのくらいかと言えばシノンにヘカートくれってせがんで一蹴されたってくらいだけど。
そんな事は今はマジでどうでもいい。とにかくダンジョンを抜けたので、現在ジープは絶賛グロッケン最下層近くの道路を走行中である。既にこの場は戦闘区域に変更されてしまっている筈なので、いつ戦闘が始まってもおかしくないと思っていたのだが……その夜のグロッケンは驚くほどに人気がなく、日本プレイヤーへの避難勧告が上手く効いてくれた事が伺える。
だがオルスが同行していたあの覆面用心棒達の様な、元々このイベントを狙って日本サーバーで待機している海外プレイヤーは既にこの街のどこかで獲物を狙っている可能性があり、未だに予断を許さない状況ではある。
「油断しちゃダメよ。恐らく向こうは零時に合わせてイベント開始って考えてると思うし、そのタイミングでやって来るプレイヤーもいる筈よ」
流石にツェリスカも隙がない。見上げれば夜の曇り空に象徴的に聳え立つ、グロッケンの総督府―――まるで山を縦真っ二つに分断した様な二つの三角形型の高層ビルが並び、その真ん中の隙間に目的地である浮遊する球体の建築物が存在する―――がここからでも確認できる。
「オルス氏、ここからあそこまではどれくらい掛かるのかね?」
「あのオフィスと緊急ターミナルは同時に制圧されない様に意図的に離してあるんスよ。だからここからはグロッケンのあらゆる施設よりも遠い場所……最短距離でも三十分以上は掛かると思うっス。いやマジで」
最短距離で、である。つまり敵の妨害を限りなく受けたとして、まあ一時間超と見積もって間違いはないのではないだろうか。
この都市は基本的には中央部にショップや各施設は集中しているものの、郊外にはマイルームとはまた違った不動産型居住スペースがあったり、圏内とはいえ隠しダンジョンの入り口がある廃墟エリアがあったりと、その全貌自体は東京都心レベルの広さが存在するのだ。だからこそ、屋外への移動は基本的には移動用ビークルを使うか、フィールドへの一方通行のワープポータルを潜るかのどちらかである。
「……よし、みんな継続して戦闘態勢をキープだ。まだ戦闘が激化していない間になるべく距離を縮めよう。
エムさん、今のうちにあれを頼む」
意外とこういう時のリーダーシップはハルキの担当である。そして彼女の号令を受けて、アレを取り出した。
「了解だ……ふんっ!!」
先日阿修羅グラントとの交戦で失った筈の一枚を既に補充し終えている様だ。半円状に設置したその蛇腹楯は見事にジープの荷台後方を囲んで防壁となった。これで六人のうちの三人はこの楯に身を隠すことが出来るだろう。
逆に言えば後の三人はそのトラックの様に大きい軍用大型ジープの、運転席と後ろの楯との間で銃弾に晒されるわけである。すでにその辺りの配列は想定済みで、一番防御技術が高く唯一個人で銃弾を無力化出来るグラント、近距離はお任せの上に実は後述の理由でサブマシンガンを大きく上回る射程を誇る改造SPAS12を持つハルキ……そしてアサルトライフル、拳銃に光剣などと、武器の多彩さからマルチに対応出来るピトフーイの三人がそこに収まったのだが。
「……よし、こっちも準備完了よ」
対して、後方はスナイパーのシノンを始め、楯の扱いに慣れているエムと、実はグラントに次ぐDEX型であり案外撃たれ弱いツェリスカが担当している。一応現時点では、楯の溝からはエムのM14・EBRが遠近どちらにも対応出来るという事で覗かせていて、その脇からシノンとツェリスカが援護をする形になる様だ。現時点では。
「みんないいか。今回の目標はあくまで目的地への到着で、敵の殲滅じゃない。むしろこの状況で敵を殺しちまったら、今以上のトラブルに発展しちまう事を忘れるなよ。
一応暫くは例のスタン弾で対応出来ると思うけど、それを切らしても極力敵の無力化を心掛けてくれ」
ハルキが言うように、現在六人が六人とも、使用弾を運営用のスタン弾に切り替えている。これが込める銃によって形状を変える優れもので、一つのスタン弾で拳銃にも対物ライフルにも込められるのだからおかしなものだ。まあ、その分スタン弾であるうちは容赦なく撃てるのは幸いではあるけれど。
ただ、それも無限にある訳ではない。元々この事態そのものが想定外な訳で、スタッフ側も下手に悪用できない様に弾数は制限されているのだ。ただでさえツェリスカとオルスへの配給分を分けて使っているのだから、余裕がないのは一目瞭然である。
そう、この戦いは、言わば初めから分の悪い賭けである。この場にいるたった七人のガンマンでGGOを救おうと言うのだから、SAOでの対茅場もどき戦以来の無謀さである。
「なんかそういう映画あったよねぇ。元々日本ので、アメリカの西部劇にリメイクされたやつ」
「……へぇ」
そのグラントの呟きに、ぴくりと反応するポニーテールをツェリスカは見逃さなかった。
実はただの暴れん坊ではなく教養も深いピトフーイである。恐らくその古い映画を鑑賞したことがあるのではないか。それを察したツェリスカが、表面的には揶揄う様に、内心いたわる様に彼女に話しかける。
「あらあら。お二人さん、案外趣味が合うんじゃないの〜?
今度、リアルででも会って、一緒に映画でも観に行ったらどうかしら〜?」
それは何というか、この状況にはそぐわないのどかな会話でありながらも、側から見たら関係性としてアレな二人に爆弾を投げ込んだ様なもので……シノンとエム、運転席のオルスは思わず息を詰めたのだが。
「んー、私は別に構わないわよー? こっちとしては、アンタの事を知るいい機会だし、興味あるわぁ!」
……さっきまでの一触即発の空気はどこへやら。流石GGO勢、なかなか神経の図太い性格である。
だけどまあ、それくらいの方がグラントにとってもやり易いというものだ。若干ジト目をピトフーイに向けながらも、彼女に合わせて軽口を返す。
「なーんか、きな臭いっていうか、ただのデートじゃなさそうって言うか……ま、モテる男としては? 美女からの誘いとか受けないワケないんすけど?」
「おい」
そして、そんなキモい事言っちゃうもんだから、当然本妻から雷が落ちるのはお約束である。二人の背後で腕を組んだハルキが、冷ややかな声で呼びかける。
「―――その時は、俺も……ついてくからな」
……呼びかけたかと思った直後にコレだったので、グラントは不意打ちで面食らいながらも苦笑いである。ピトフーイもそんなハルキにおやおやぁ、とニヤケ顔を向けようとして。
「―――っ!!
みんな、午前零時になっ……!!」
そう。シノンの言う通り。
その時、ちょうど時刻は午前零時を回り。
その瞬間、
「……これは」
エムが思わず呟くのも無理はない。現在グロッケンに存在する電子掲示板の全てが真っ赤に染まってその都市を照らしているのだから。控えめに言って不気味である。
とはいえその得体の知れなさも、次の瞬間そんな血塗られた様な色をした掲示板一面に映し出された、たった一言の英文で打ち壊される事となる。
「『IT'S SHOW TIME!』……なるほどねー、向こうも随分と大仰に演出してくれるじゃない」
まあPoHならそう来るだろうね。ピトフーイがそう意気込んだ直後には、既に電光掲示板の光は以前と同じように色とりどりなものへと戻っていた。但し、映し出されたその英文を消す事なく。
……だが、その次に起きた出来事には、彼女でさえその笑顔を凍りつかせる事になるのだった。
「こ……これは……ちょ、オルス氏、見えてる!?」
「……ええ、見えてるっス。いやマジで。
視界の先で次々と発生するフラッシュと、それがすぐに消えた後に降り立つ数多のプレイヤー達。
さっきも言った通り、グラント達はグロッケン最下層から車道とインターチェンジを使ってどんどん上へと向かっているわけなのだが、そんなまだ主街区に居ない状況でも、現在彼らの目の前にはそれだけの新規プレイヤーが突如として湧き出たのである。
……これがメインストリートにでも辿り着いたら、一体何人いると言うのだろうか。
「こんな……こんなに、みんなリアルな戦闘を求めていたっていうの……!?」
元々数日前に死銃の噂が流れたばかりだ。そのカラクリはまだ報道されておらず、未だに日本サーバーは曰く付きであるという認識はアメリカでも多い筈だ。
それにも関わらずこれだけの人間がやって来たのである。これだけの人間が、リアルに飢えてこの日本サーバーにやってきたのである。それは、GGOはあくまで
「待てツェリスカ! 今顔を出しちゃダメだ―――!!」
咄嗟にハルキがその銀髪の頭を掴んで荷台の下に引き下ろす。
すると間髪入れずに、まるで彼女ら蜂の巣にするかの様にジープにバレットラインが突き刺さったのである。
「……みんな、伏せてっ!!」
荷台の残りの三人と運転席のオルスが一斉に伏せて、対照的にグラントがVP70とアマノムラクモD7を構えて立ち上がる。
直後、車全体を、未だかつて経験した事のないほどの凄まじい銃撃の雨が襲った。粉々に砕けたフロントウィンドウから体を逸らしつつ、オルスが適宜ハンドルを切っているので何とかその全てを受けずに至ってはいるが……何度も車体は衝撃に揺れて傾き、現状タイヤに穴が開いていない事が奇跡であるほどにボディから火花エフェクトを散らせていた。
「ぐ、グラント……!?」
「ぐ、ぅおおおっ!!」
そしてそれを生身で引き受けているグラントにも流石に一切の余裕がない。前後は運転席とエムの楯で防がれていても、横二方向からの被弾は免れず、その状況でハルキとピトフーイを守らなければならないのだ。荷台の縁をピョンピョン飛び交いながらストックと光剣を掲げるオーバーワークを強いられている彼に、ハルキが思わず気遣うのも無理はないだろう。
しかしそれとは対照的に、すぐ側を素早く動く落武者君のことなんてまるで気にも留めずに……ピトフーイは縁から銃身を突き出してKTR09で敵対プレイヤー達に反攻する。
「ハルちゃん、よそ見してる暇はないわよ!!」
そして隣のニュービーを叱咤する。元々ハルキの初ログインから色々とレクチャーをしたピトフーイだったが、そんな彼女が妙な打算無しに純粋にその後輩に語り掛けたのは……これが初めてである。
「前にも言ったでしょ? この世界の醍醐味は、他人を殺して、何かを奪う事。
ここでは、奪った者が、強者だって」
道路沿いの施設の陰から。隣接するビルの窓から。別の道路に、バイクで並走させながら。
あらゆる方向からこちらを狙う本場アメリカサーバーのプレイヤーに、しかし熟練の技を持って研ぎ澄まされた精度で、着実にスタン弾を撃ち込んでいく。そうして言葉を裏打ちする実力を示しながら、彼女は堂々と言い放つのだった。
「でもね、だからこそ。
この世界では、誰にも殺される事なく、大切な何かを守り抜ける者こそが……
ハルキは大きく目を見開く。
「ハルちゃんも守り通して見せなさい! グラちゃんが今、私達を守ってるように!!
あいつもアンタもただの人殺しにならないって言うなら、お互いの事ぐらい守って見せなさいよ!!」
―――この戦いが始まる前に、彼は言った。絶対に守り通して見せるから、隣にいて欲しいと。
そしてその約束を今、彼は全力で守ろうとしている。それ自体は彼が何としてでも貫き通さねばならない、謂わば男の意地のようなものなのだろう。
でも。だからと言って、自分が守られっぱなしになってなきゃいけないなんて法は、ないよな?
「……ありがとう、ピトさん。
見直したよ。おかげで目が、覚めたぜ!!」
ピトフーイから敵へと振り向きざまに、こちらに伸びる赤いバレットラインの元を狙って、ハルキはSAPS12の引き金を引いた。
元々SPAS12はショットガンの中でもかなり有効射程の短い、近接特化としての側面を持つ武器である。だからこそ、今のようにジープの上から遠距離の敵を狙った所で、敵への期待通りのダメージは見込めないはずである。
だが今のハルキのSAPS12はオルスの魔改造を施されている。その機構自体も大幅に変更され、何よりも光剣の高出力がそのまま光学弾の発射速度に作用する仕組みによって、どうやらその射程距離も大幅に改善されたらしく。
―――果たして、その瞬間に撃ち出された青い光の花弁は……夜のグロッケンの闇を切り裂き、何と目算二百メートル近くは離れた複数の敵を撃ち抜く事に成功、続けて付随させたスタン効果でその全員を昏倒させたのである。
「グラント! 引き続きカバー、頼んだぞ!!
お前が守ってくれる限り、俺は力の限り戦ってやる!!」
その相棒の呼びかけに、両手をフルに使って銃弾を弾き続けるグラントの口元に、笑みが生まれたのだった。
「……その銃、つくづく反則よねぇ。光学銃なのに威力は実弾銃並みで、射程までアサルトライフル並み、おまけに光剣付きだなんて。
ねぇエム? あれハルちゃんから買い戻したいんだけど、私今いくらくらい持ってたっけー?」
「悪いがピト、リアルマネーの話はタブーだ。
それに今は、終わった後の話をしている場合でもないぞ」
ピトフーイの軽快な言葉に淡々と返すエムは現在、後方から追い立てるように射撃するプレイヤー達に対して、楯の溝にM14・EBRを立てて反撃を重ねていた。
「教えてやろう。狙撃銃として知られるこのM14は、元々はアサルトライフルとして開発されたものだ」
事実である。しかし、高威力と射程の長さと引き換えに反動の大きさが深刻で、実戦には不向きとされてしまった経緯がある。
だかそれが後に狙撃銃としてなら機能するのではと再評価されて今に至るのであり、GGO内でもその使われ方からこの銃はカテゴリーとしてはスナイパーライフルに属しているのだ。
……ここで考えてみよう。元々アサルトライフルとして製造された以上、M14・EBRは
「普段はこういう使い方はしないんだが、今回は特別だ。
そう。
通常スナイパーライフルでフルオート射撃を行うと、二発目以降が反動で弾道が大きく逸れる。その為に寧ろ複雑な機能の備わっていない、ボルトアクション型のライフルの方がスナイパーには好まれる、というのが通例である。
しかしだ。実銃での射撃経験もあるエムがプレイヤースキルを最大限に活用した上で、自身のSTRで反動を抑えつつそれを行えばその限りではない。引き金を引く瞬間まで指を添えずに、プレイヤースキルのみで狙撃を行う「ラインなし狙撃」と組み合わせることで実現する狙撃―――初弾はバレットラインが発生せず、かつ次弾が間髪入れず次々と撃ち込まれるという凶悪な狙撃に、敵側は一人、また一人と倒れていく。
「流石ね。同じ狙撃手として参考にさせてもらうわ、エムさ……っ!!
危ない!! みんな、グレネードが……!!」
思わず賛辞の言葉を送ろうとしたシノンだったが、直後に荷台の中央付近に突き刺さる山なりのバレットラインに思わず悲鳴を上げることになった。直後には前方の立体交差道路の上から一人のプレイヤーが、両腕に抱えたグレネードランチャーからグレネードを射出させたのが伺えた。
……ここで立ち上がったのは、ピトフーイである。
「はいはーいっ!! 私にお任せっ!!」
そして口元に笑みさえ浮かべてそう宣言した彼女は、いつの間にか左腰に提げていた彼女の多彩な武器の一つ……ハルキがガンショップでSAPS12を選ぶ前に北海いくらが推薦した「レミントンM870」の短縮ショットガン版こと「M870ブリーチャー」をこちらも両腕で構えて、一発だけ撃ったのだ。
それによって百発以上の粒のような弾を網のように広げさせて、グレネードをその中に飛び込ませる事で……その擲弾をジープに被弾させる事なく、空中で爆発させたのである。
「せんきゅー助かったよ! 流石にアレまで処理すんのは無理ぽだったぜ!」
「なぁに、いいって事よー! アンタとのデートの約束、破る訳にゃいかないものねぇ!」
「だからデートにするなよ! 俺も行くからなぁ!!」
上からグラント、ピトフーイ、ハルキである。前々から存在を噂されていた、「ハーレムっぽい雰囲気を作ってハルキを精神攻撃したがる不逞な輩」の図である。詳しくはALO編の設定置き場にて。まさか公式一人目が天敵のピトフーイだとは夢にも思わなかったけど。そしてハルくんには時期もあってか効き目十分である。
「……問題発生だ。後方から先程と同じように、バギーが二台追随している。早急に排除しないと乗り込まれるぞ」
しかしまあヒーロー達のそんな活躍も虚しく、敵は驚くほどにその頭数を減らす事が無い。グレラン使いかと思ったら次はまたカーチェイスである。
「加えて、俺のM14ではフロントウィンドウを撃ち抜けない。恐らく何か特殊な素材で補強してあるらしいな、ただのレンタルバギーでなく、所持品としてのバギーなのだろう」
サーバーを移動するだけなら所持品やステータスはアメリカサーバー時代から据え置きである。それを利用して、向こうで購入し改造したバギーを持ち込んだのだろうが……そもそもビークルを購入するのには数十万円単位の金額が要求される筈であり、敵側が普段GGOに費やす費用を考えると戦々恐々とせざるを得ない。
そして、だからこそ、こちらも強力な手段を持って対抗せねばならないだろう。
「と言うわけでシノン。交代だ」
「任されたわ」
中腰のままお互いの位置を入れ替えて、シノンは
「オルスさん! 車の蛇行走行を一瞬だけ、止められるかしら!?」
「了解っス! 五秒くらいなら何とかしてみるっスよ!! いやマジで」
「いいえ」
しかしその運転席からの言葉に軽く口角を上げて、ニーリングの姿勢で彼女はスコープを覗き込む。
―――既にバレットサークルは、収まっていた。
「三秒で充分よ」
オルスがハンドルを切り、ジープは一瞬、道路にピッタリと並行に走行する。
直後にヘカートの七十センチある銃身から12.7x99mmNATO弾が放たれ、車の走行速度など比較にならない速度で向かって右のバギーに吸い込まれていくと……やはり寸分の狂いもなくフロントウィンドウをぶち破って運転手の左胸に突き刺さり、衝撃で運転席から強制的に弾き飛ばした。
相変わらず期待を裏切らない仕事っぷりに、歓声を挙げるハルキだったが。
「よし!! ナイス狙撃だ、シノン!!」
「まだよ!! みんな、警戒して!!」
しかしシノンの指摘通り、残ったもう一台のバギーへの対処が遅れてしまうという問題が残る。ボルトアクションライフルであるヘカートで次を狙うまでには数秒のタイムラグが発生する。
その間に向こうは、なんとバギーの前方に取り付けた「M61」……人間が運用できる代物でない、戦闘機や艦艇等に搭載される「バルカン砲」の圧倒的破壊力を以てこちらを制圧しようと、その砲身でこちらに狙いを定めようとしていた。
「……だから、私は言っていたのよ」
その時。
突然聞こえた声に、荷台のメンバーは一斉に
「何度も、何度も上に報告したわ。GGOはあまりに利益優先過ぎて、多くが手薄になっているって」
「ちょ……ちょっと? ツェリスカさん?」
今にもバルカン砲撃に晒さようとしているというのにゆらりと立ち上がる彼女ことツェリスカに、グラントが異様な雰囲気を感じて思わず語りかけるが……どうやら彼女にはそんな呼びかけはまるで聞こえていない様で。
「なのに、何も聞き入れられずに、こんな事になって。……とんだ茶番じゃないの」
そして、先程から押し黙ったままさりげなく携帯していた、光学散弾銃Peacock、軽機関銃PKMに続く、彼女の
それが何たるかを見抜いたエムが困惑を、ピトフーイが不敵な笑いを浮かべる。
「な、おい」
「……アハァ、やるわねぇ、ツェリスカちゃん」
―――ここで一つ、質問をしよう。
ツェリスカの本名は星山翠子。職場はちょっと特殊だが、そりが合わない上役や上司に悩まされるごく一般的なOLであり、その名前に「ツェリスカ」という単語を彷彿させるような要素はどこにもない。
ならば、だ。
「……もういいわよ。全部ぶっ飛ばしてやるわ。ストレス発散よ」
彼女は初心者時代、職場のストレス発散の為にGGOをプレイし、ある時はチームを組んだ友人をグレネードの爆風に巻き込むほどには荒れていたそうで、現在と違って当時は敵を豪快に撃ち砕くような、大胆な武器が好みだったとか。
……そんな在りし日に大枚をはたいて入手して以来肌身離さずに持っている、
「……上司、死すべし!!!」
―――
その全長は五十五センチ、重さは六キロもあるハンドガンを逸脱した、オーストリアの銃器メーカーが開発した拳銃。そこから撃ち出される600NE弾は象を殺す為に存在するライフル弾であり、威力はシモノフやへカートの様な対物ライフルにも迫る。
……その代わり、あまりの取り回しの悪さと撃つ側も無事で済まない反動の大きさから、実用性は皆無だとされるネタ銃筆頭ではあるのだが。
とにかく、そんな大きさと威力だけはとんでもない銃の引き金を、瞬間ツェリスカは怒鳴りながら力強く引いたのである。
直後に発煙と共に彼女の両腕は思い切り上を向き、荷台の上を運転席側まで吹っ飛ぶ。それを見越したピトフーイとシノンが、身体を張って彼女を受け止めたのだった。
しかし銃弾の方は見事に敵のバルカン砲を撃ち抜き、さらにその奥のバギー本体の装甲を貫くに至っていた。瞬く間におかしな走行を始めた自車に恐怖を覚えたらしく、操縦者は自ら乗り物を捨ててその場でジャンプする……。
「ナイスファイトよ、ツェリスカさん」
「アンタ良い度胸してるじゃない! これが終わったら私と戦ってくれないかなー?」
そんな二人の労りの言葉に、我に返ったツェリスカは引き攣った笑いを浮かべて応じる。そして誤魔化し気味に咳払いをしながら直ぐに姿勢を正すと、彼女は手にする最強のハンドガンを一旦ストレージ内に仕舞い、すぐにPKMを取り出して持ち場に戻っていく。なんか黒歴史誕生の瞬間を見たような気がする。
と、ここで運転席から、オルスの声が飛んでくるのだった。
「もうすぐメインストリート層に着くっスよ! 折り返し地点っス、もう少しだけ持ち堪えて下さいっス! いやマジで」
気がつけば既に初期位置に設定されているワープポータルや、初心者用のNPCショップ等がある最上層が目視出来た。一瞬そのネオンに照らされて浮かび上がる総督府の建物に目が行ったグラントだったが、直ぐに両側面から伸びてくるバレットラインに気が付き、慌ててその間に割り込んで片方をVP70のストックで弾き、即座に反対側に飛んでもう一方を光剣で弾こうとして。
「……な……っ!?」
グラントは見た。
それまでジープを思い思いに銃撃していた敵対プレイヤー達のバレットラインが、
一挺ずつなら大した衝撃にはならなくとも、複数の銃撃を一点に集中させた時、それは何倍にも増幅される。そうしてこちらのビークルを側面からひっくり返すのが目的ではないか。
「まずい、みんな、ジープから降り―――」
敵の思惑に気が付いた彼が、仲間達に避難勧告をしようとするも、時すでに遅し。
―――瞬間、ジープは突如として横っ飛びに宙を舞い、荷台に乗っていた六人はそこまで走行していたグロッケン市街道路に投げ出される事になったのである。
「む……ぅ」
直前に身を躍らせていたグラントはその横転に巻き込まれなかったものの、もたもたしていればあっという間に蜂の巣にされてしまう。直ぐに頭を切り替えて舗装された道路に受け身を取って着地すると、視界の先でエンジン音を燻らせるジープに向かって全力疾走をした。たちまち標的の乗る移動用ビークルが大破した事を受けて、それまではバレットラインのみしか見えなかった敵一人一人が道路に飛び込んできて見えるようになる。
(みんなは……いた!)
それと同時に、投げ出されながらも六人で固まって、後方を横倒しのジープ、前方をエムの楯で防いで穴熊戦法で持ちこたえている仲間たちが見える。ひとまずは無事だったかと一瞬安堵するが、戦況は最悪と言っていい有様であり。
「こ……のぉ!!」
それを何とか打破するべく、グラントは彼女達に猛攻を加えるプレイヤー達にVP70を向けて、その引き金を引いた。本来のポリシー的にはあり得ない行動だが……今回はスタン弾なので例外とする。
突然の急襲に敵が面食らっているうちにその懐に入り込み、プレイヤーを影にしてなるべく全方位からの射撃を受けないようにすれば、ある程度は一人でも立ち回れるし、その間にハルくん達も持ち直してくれるかもしれない。何にせよ今は、自由に動ける俺が時間を稼がないと……。
「……え?」
気が付けば、グラントは思い切り宙に撃ち上げられていた。
どこからかハルキの叫び声が聞こえる。一切の痛覚を刺激されていない辺り、どうやら直撃を受けた訳ではないらしいけど……?
その時、視界の端で銃身を上げて弾を込め直すプレイヤーが、こちらを向いてニヤリと笑ったのが映り……すべてを察する。あれはシノンちゃんやハルくんの持っているものによく似た、大型の狙撃銃だ。
恐らくVP70での反射性能に頼り過ぎて、敵の銃弾の威力の偏りにまで意識が向いていなかったのだ。その為に、
「ぬ……ぬかったっ……!!」
先程のグレネードの様に綺麗な放物線を描いて吹き飛び、結局彼も横になったジープの荷台に激突して、そこで一部始終を見守っていたハルキに抱き留められる事になった。そのヒットポイントは衝突によるダメージで半分近く削れ、これで彼だけが横転事故から逃れられていたアドバンテージがなくなってしまう。
「馬鹿野郎、無茶しやがって……銃撃戦の中を生身で動ける訳ないだろ……」
「……うーんまさかそれをハルくんから言われると思わなかったナー」
ハルくんもこれで真面目だからつける薬がない。ともかく地面に下ろしてもらい、直ぐにエムの楯の影に隠れて身を屈めるが……蛇腹状とはいえ元々七人も身を隠せる程大きな楯ではなく、流石にこのまま敵と渡り合うには厳しい。
……つまり、この時点で作戦の失敗はほぼ確実になりつつあった。何度も言うが、元々あまりに分の悪い賭けだったのだ。シノンとツェリスカはじめ運営スタッフが多くのグロッケン内のプレイヤーを避難させた時点で、アメリカ側からやってきたプレイヤーが彼等に集中する事は目に見えていたのである。
(あと、もう少し)
だからこそ、グラントは考える。一応、
どうすれば、敵の猛攻を凌ぐことが出来るか。少しでも長く生き延びるにはどうすればいいか。それを、彼のみならずその場の全員が言葉を交わす余裕もなく考えていて。
「……なぁるほど。
だったら、私が行くわ」
……だから。
ピトフーイがそう言って、軽快に楯から飛び出すのを、その場の誰一人として咄嗟に止める事が出来なかった。
「お、おい! ピトさん!?」
「ちょっと、何するつもりっスか!! いやマジで」
直ぐにハルキとオルスが慌てて声を上げるが、既に彼女は彼等の前へと躍り出ていた。そして右手にAK47、左手にKTR09という、まさかのデュアルアサルトライフルスタイルで仁王立ちになると、一斉に彼女に突き刺さったバレットラインを逆に狙って、両腕の銃を一斉にぶっ放し始めたのだ。
「ピト、無理だ!! 幾ら悪運が強いからとは言っても、この数を相手に持ちこたえられる訳がない!!」
「おい、ピトフーイさん!! 自棄になっちゃダメだ!!」
エムとグラントも血相を変えてそう叫ぶ。先程ハルキに無茶だと叱られた落武者くんは辛うじて銃弾を弾く手段を持っていたが、今のピトフーイは身に纏う黒のプロテクターとヘッドギアしか防御性能がないのだ。
誰がどう考えたって、今の彼女が無謀な事は明白である。シノンとツェリスカは逆に説得を他のメンバーに任せて、それぞれグロック18CとPKMで彼女の援護に徹しているが……それで現状を打破できるとは到底考えにくい。
……されど、ピトフーイは一歩も引かなかった。両手でライフルを撃ちまくり、何度も脇や足、頬までを流れ弾で裂かれながらも、決して物怖じせずに立ち向かって。
そして、ぼやくように呟いた。
「……グラちゃん、見たことがあるなら知ってるわよね。
あの七人の映画……オリジナル版もリメイク版も、
―――グラントは一瞬、喉から笛の様な音を出して……絶句する。
気付いてしまったのだ。その気になれば彼も飛び出して彼女を守る事は出来るだろうが……それを、他ならぬ彼女が望んでいない。つまり、
そうして愕然とするちびアバターを見て、続けてエムも彼女の思惑に行き着いて、目を見開いて彼女を凝視する。
「……社長!! もうやめてください!! あなただって、死ぬのは怖い筈でしょう!?」
その口調の変化振りに残りの皆は驚いてエムを見るが、それにすら気が付かない彼は目にうっすらと涙さえ浮かべていた。
……そんな自分の付き人に、ピトフーイは笑って言葉を返した。
「そうねぇ、まだ死にたくないわよ。こーんな楽しい事、もう味わえないなんて」
今ピトフーイが死ねば、そのアカウントは金額化されてロスト扱いになり、彼女は一からキャラメイクをして初心者装備から始めなければならなくなる。
そうなればGGOでの戦闘のクオリティも下がり、彼女が楽しむようなハイレベルな殺し合いは当分できなくなってしまうだろう。
「でもね。そんでも私は退かないわよ。
後悔とかもしてないから。―――グラちゃん」
「ダメだよ、ピトフーイさん、ダメだ。
約束したろ、ハルくんと三人で……なんならエムさんだって来ればいい、みんなで、みんなで映画を見に行くって」
「『勝つのは農民だけだ、俺達はいつも負けだ』」
それは、あの映画のラストシーン。農民の暮らす村を暴漢達から守り抜き、生き残ったガンマンが、最後に言う台詞。
「でも、負け方くらい選んだっていいでしょ?
アンタが教えてくれたのよ。アンタの背中が……私に、
―――ピトフーイの右腕とAK47が吹き飛んだ。
上半身を覆うマガジンケースとプロテクターがブルブル震えて消滅し、立て続けに撃ち込まれた銃弾が彼女の身体を貫いた。
「エム、今回はアンタを巻き込むつもりはないわ。私が死んでも、現実で死ぬ事は無い。
だから、安心して……このGGOを、守ってちょうだい?」
「……ピトさん……!!」
思わず身を乗り出そうとするハルキを抑えて、グラントはダメージ換算されかねない強さで唇を噛み締める。
エムは想い人のその決然とした言葉と託された思いに、安堵と苦悩の表情を浮かべる。
オルスとシノンはその壮絶な散り様に圧倒され、ツェリスカは自分の愛するGGOを守り抜けず、犠牲を出してしまう現状に血の涙を流す思いだった。
(……ダメだ、こんなのってダメだ……!!)
また、俺は誰かを失うのか。
たかがゲームだからとかそんな理由で、当然の様に突き付けてくる無情さの矢面に立った誰かを救う事も出来ずに……ただ彼女が殺される様を見ている事しか出来ないのか。
(
隣で震えるハルキの悔しさを感じながら、自身もやりきれずに脳に火花を散らせるようにして、グラントは心の中で叫ぶ。それは、彼がベータテスト最終日に、麻痺で動けない中オトタチバナに必死に願った祈りそのもので。
(俺はどんな代償を払ったって良い、どんな目に遭ったって甘んじて受け入れるさ。
だから誰でも良い、どんな展開でもいいから、彼女を救ってやってくれよ……!!)
その時。
突然ピトフーイの前に、一つの影が躍り出た。
「……せやあああああっっ!!」
肩のラインで鋭く切りそろえられた、艶やかな黒髪。
透き通るような白い肌、血の如く赤い唇。
黒装束にシルバーのブレストプレートを付けて、腰にはベルギー産のサイドアーム用自動拳銃、「FNファイブセブン」を引っ提げて。
―――そして、そんなハルキに匹敵する長い髪を翻しながら振るうのは、彼女のほかグラントやピトフーイも使用する、あの銃の世界における「剣」、紫色の光刃を持つ「カゲミツG4」。
(……ちょっと待て)
グラントは先程までの必死さを忘れて、思った。
(言ったよ? うむ? 確かに助けてって、言ったけどさ?)
彼の前で、倒れ伏したピトフーイの前で、光剣を使って迫る銃撃を斬り裂く、そのプレイヤーを見て。
グラントは、思った。
「悪いな。ここから先は……通行止めだ!」
(―――コイツを呼べとは、言ってねぇわ!!)
第三回BoB優勝者。
GGO最強の、光剣使い。
黒の剣士キリト……じゃなくてキリ子。
実は中身が直葉とかそんな事もなく、原作主人公久しぶりの、シールドアート・オンライン本格参戦であった……!