「……クッ、ハハハハ……!!
俺の勝利だ。こっからが、本当のショウタイムの始まりだ……!!」
あの距離では、いくら逃亡を試みた所で爆発に飲み込まれるのがオチだ。つまり、グラントが生き残る可能性は、ゼロに等しい筈だった。
「…………ん?」
しかし。
そう思っていたPoHは次の瞬間、煙幕エフェクトの中、グロッケンの夜景の淡い光で浮かび上がった影に……その目を剥くことになる。
「死ぬ訳にゃ、いかねーんだよ」
阿修羅は……いや、グラントはまだ、立っていた。
壁一面に貼られたガラスが割れ、吹き込む夜風に短髪を踊らせている
「俺にはまだ、守ってやりたい仲間がいる」
全身鎧の少年トミィ。漸く再会できた外人オルスに、産まれて間もないトンデモAI、マソップ。
奇天烈ながらも、大切な仲間たち。
「まだ、多くを教わりたい先生達がいる」
彼の将来の指針にして、今も専門分野にて世界を牽引する博士こと神代凛子。理想と現実の狭間で苦心しながらも、プレイヤーである自分とは違う運営としての立場から仮想世界を守ろうとするツェリスカ。
「まだ、戦って気持ちを伝えたい奴がいる。勝利をもぎ取りたい奴がいる」
死への渇望に囚われ彼を追い求めていたピトフーイ。「勇者」として皆の希望としてプレイヤーの先頭に立つ、黒の剣士キリト。
……そして。
「俺にはまだ!! ずっと一緒に居たい相棒がいる!!
こんなとこで志半ばで倒れるなんぞ、なんかちがうんだよぉぉっ!!」
そう。
ジープから投げ出されて彼が阿修羅になりかけた時、ピトフーイが身を挺してそれを止めた。
PoHに人質にされ、直後に惨殺される憂き目にあったとしても、ツェリスカは最後までグラントが一人のプレイヤーである事を信じ続けてくれた。
そして、彼が阿修羅であった事を丸ごと受け止めて、その上で彼と共に自分の命を投げ出して、戦いに身を投じる事を誓ってくれたパートナーがいて。
みんなが背中を押している。これまでの間もみんなが、俺を阿修羅から引き戻してくれていたのだ。
「……オマエ……!」
だってのによ、PoH。
「オマエ、阿修羅じゃねぇな……!?」
―――PoHは、一つ勘違いをしていた。
阿修羅とは、
もちろんグラントは怒っていた。大事な仲間であるツェリスカを殺されて本気でPoHを憎んでいた。
だが……無意識の内に鈴風家の道場で習った護身術を放った時、彼は我に返っていたのだ。自分を人殺しではないただの一人の人間だと、どれだけ多くの人が信じてくれているかに気付いたのだ。
「……Suck!!」
今度はPoHが逆上する番だった。それはそうだ、今の今まで相手はあくまでこちらを騙し続けていて、本気で自分と相対していたわけではない事が露呈したのだから。
それこそが、グラントが敢えて一芝居……つまり初めに逆上して挑発に乗った素振りを見せ、その上で敵を煽る様な攻撃と暴言を放ち、トドメにそれらが全て演技であったとネタばらしをする……という一芝居を打ち、一世一代の大博打を仕掛けた理由に他ならなかったのだ。
すなわち、PoHを怒らせる為。殺しのプロであり、ちょっとやそっとの揺さぶりではまるで動じないその殺人鬼から、冷静さをもぎ取る為。
「やって、くれんじゃねぇかぁっ! 阿修羅ァァッ!!」
M4カービンの銃弾が空を裂く。しかし今度はこれを意地と気概だけで、グラントはひとマガジン分全てをストックで防ぎ切って見せた。
理由は二つ。PoHの射撃精度が落ちているのと、グラントが防御にのみ意識を傾け始めたから。
「オッ……!?」
「お前には俺のゲームに付き合ってもらうぜ。
俺を殺せたらお前の勝ち。全て俺が防ぎ切って、お前が銃弾を撃ち尽くしたらお前の負けってのはどうだ?」
そうしてニヤリと笑うと、その落武者くんは左手の親指と人差し指でグリップを持ち、後の指で……何と、PoHに手招きをする様な挑発ポーズをかましやがったのだ。
そうそう、これがグラントである。「阿修羅」なんて大層な名前の付かない、「落武者男」、「キモいロングヘアー男」、「おバカ盾男」。それこそが、武器を捨てて盾を持った事で掴み取った彼の、誉れ高い二つ名なのだ。
……それを前にして、まだPoHが人殺しとしての勝負を続けるには、方法は一つしかない。
「てめぇ……!! 雑魚が、ほざくなッ!!」
PoHはM4カービンをストレージにしまい、赤い光剣を起動させる。そうして相手からの誘いを踏み倒すべくPoHは、キリト顔負けの速さでグラントの眼前まで肉薄すると、その小さな身体を一刀両断するべく両手で光刃を振り下ろしたのだ。
それをグラントは、やはり左腕を掲げて受け止める。ストックが光剣と衝突、金属が切断される時に散らす様な大量の火花エフェクトが二人の間で舞い踊った。
「諦めろ! オマエにはもう……カードは残されてねぇ!!」
留意しておきたいのは、オルスによってリファインされたそのVP70のストックは、決して宇宙戦艦の装甲板の耐久力をそのまま受け継いでいるわけではないという事。その材質はあくまでポリマーとのハイブリッドであり、限りなくGGO最強の耐久力に昇華されていても、光剣を真正面から弾き返す程の強靭性を備えているわけではないのだ。
―――故に、PoHの赤い閃光はストックの表面を焦がす。じわじわとその刃が食い込んでいくのを、二人ともそれぞれの感触として感じ始めていた。
「……分かんねーよ?」
しかし。
グラントにはまだ、一つだけ勝算が残されている。
彼は
(なぁ、そうだろ?
――――――ハルくん!!)
一方で。
決戦場の遥か下、隣の高層ビルの屋上からスコープで彼らを覗き上げようとしていたシノンは、その一見窓のない筈の球体の一点において、中から漏れ出る様な火花を捉えたのだ。
「……居たわよ。そっちでも確認できる?」
隣でシノンの命令通りにシモノフにスタンドを装着し、塀の上に固定していたハルキは、突然の一報に慌ててライフルのスコープを覗き込み、力を入れて銃身を上げて目標の球体を見上げる。
なるほど、確かに一箇所不自然な光点が存在し、さらによく見れば、まるで内部が透けて見えるかの様にそこに二人の人間が交差しているのが分かる。
……大柄なフードを被った一人の男が、その半分程しか背のないちびアバターに刃を振り下ろしているのが分かる。
「……グラント……それに、あいつは……!?」
まるで弾ける様に早くなった鼓動に戸惑って、ハルキは思わず両手に持った超重量のライフルを取り落としそうになる。
予想はしていた。事前にグラントからも告げられており、覚悟は出来ていたはずだったのだ。
その筈なのに……身体はすくみ上がり、浅く何度も吸う息が震えている。
「……PoH……!!」
迷いの森で、はじまりの街で殺されかけた記憶が蘇る。そのどちらの危機をも乗り越えてこの場に立っていると言うのに、まるで過去の亡霊に取り憑かれたかの様に身体が硬直し、視界の中央にアミュスフィアの安全装置の発動通知が表示されかかる。
だが。そんな彼女の様子に気付いたシノンが、静かに、されど確かな声音で言うのだった。
「ハルキさん。
戦えない人間なんていない。戦うか、戦わないか、その選択があるだけなのよ」
……それは数日前の死銃との戦いにおいて、彼女もあの黒の剣士に突き付けられた言葉であり。
そこに、彼女自身もその経験の末に見出した答えを、その後に繋げるのだった。
「強さは……結果じゃなくて、それを目指す、過程の中にある。
あなたにはあると思うわ。選択を選ぶだけの、強さが」
シノンは第三回BoBが終了した直後に、今まで友人だと思っていた男が死銃の一員である事を本人から聞かされ、更には殺されかけている。
だが、そうして遂には縋れる相手が居なくなってしまった彼女は、その孤独感や救いの無さに打ちひしがれたりはしなかった。それ以来も彼女は一人暮らしを続け、嫌がらせをする同級生に立ち向かう生活を自ら選んでいる。
だからこそ彼女には分かる。
……そして、シノンにとって、横にいるハルキは立派な、彼女の仲間であった。
「……さあ、構えて。
システムなんて関係ない。あなた自身の、意志の力で当てるのよ」
ハルキは彼女から教わっていた。どれだけバレットサークルの変動が収まったとしても、その円の中で目標の敵に当たる確率は、五割もないという事を。
その為スナイパーは鼓動と鼓動の狭間、サークルが点になる瞬間を狙って引き金を引くのだが……そのタイミングを自ら見極めるために必要なのは、テクニックでも、運でもない。
絶対に当たる。絶対に当てる。そんな、自らの決意なのだと。
(……そうだよな。
決めたじゃないか。今度は、俺がグラントを救うんだって)
以前ツェリスカに叱咤されて心に決めた誓いをシノンの言葉で思い起こしたハルキは、ぐっと歯を食いしばってシモノフを持ち直す。
窓際で競り合っている二人だが、外側にいるのはグラントの方であり、ここから撃てばPoHではなく彼に弾が命中してしまう。
……だからこそ、彼に自分達の意図が伝わる様な、「合図」が必要であり。
そして、それを発する役目は、ハルキが担っていた。グラントとの距離が離れていてシンクロ会話は通じないけれど、それでも。
(あいつは俺を信じてくれてる。立ち向かう人間だって、最後まで共に戦ってくれる相棒だって信じてくれている。
それに、今こそ……応える時だ!!)
大きく息を吸う。スコープを覗き込み、シノンと組んだ作戦通りに、その照準を固定させて。
(……グラント!!
大丈夫だ、俺が、ついてる……!!)
「合図」が何なのか。それには、今の玄太郎と春花のダイブ状況が関係している。
具体的には、第12話の最後そのままであると言う事。リア充ムーブでありながら、実際にもしもの事があった時にお互いに危険を知らせ合う為の対処法。即ち、抱き合ったままダイブしているという事。
アミュスフィアによるフルダイブは、ナーヴギアでのそれと違って本当に全ての外界からの感覚を遮断するわけではない。寝ている本当の身体を強く揺り動かされればダイブ中でもその感覚はアバターに伝わり、またゲーム内での感情や動作が、現実世界の身体をぴくりと動かすケースも存在する。
現に死銃と対決していた時のキリトは、その極限状態からリアルの身体は脱水症状になりかけ、またその左手を明日奈に握られた事でキリトは死銃に対しての反撃の一手……左手で拳銃を使うという判断が出来たのだ。
(……これは……!!)
つまりだ。
ハルキの強い思いは現実世界の春花の身体を確かに動かす。
そして、それを密着している事により玄太郎が感じ取り、その感触は内なる信号となってグラントに届く。
―――グラントの全身に突然、仄かに熱を持ったかの様に活力が湧き上がる。PoHの赤い刃を受け流して横に逃れる事に成功する。
(ありがとう。信じてたよ、ハルくん……!!)
そして。直後に彼の真横、PoHの額目掛けて、一発の致命的な威力の乗った弾丸が放たれて。
「……へっ」
……それを、なんとPoHは躱したのだった。
「気付かねぇとでも思ったのか? 何でオマエが、俺を窓際に誘い出したのか」
「……」
あまりに異常、最早ゲームの枠を超えた立ち回り。
間違いない、この男も使えるのだ。グラントやハルキ、キリト達元SAO攻略組も習得していた、あの
それは、この一手を切り札としていたはずのグラントにとっては悪魔の宣告である筈で。
「目標、フェイル。初弾を左に回避」
……それを見ていたシノンが、淡々と結果を口にして。
「―――
「……了解」
PoHを倒す決め手は、シモノフに任せるとは言った。
だからと言って、
「あなたの予測、正しかったみたいね。
あとは頼んだわよ。ハルキさん」
「……ああ。任せとけ」
ハルキの提示したのは、ヘカートとシモノフの「二段構え」で敵を撃つという作戦だった。
だからPoHが避けた一弾は、シノンのヘカートが撃ち出したもの。
そして、避けられる事まで想定した上での狙撃だった。だからこそ、シノンはそんなハルキの提案を受け、敵が
……後は、体勢を崩した因縁の相手に、ハルキが致命弾を浴びせるだけである。
(……PoH、お前の汚い手で!!)
不思議と、頭は澄み渡っていた。
その胸の高鳴りを乗せたシモノフの一撃が、引き金を引くと同時に一直線に夜空を昇っていき。
(俺の大切なグラントに、触れるなぁぁっ!!)
「グハ……ッ」
―――PoHの胸板に、向こう側が覗けるほど大きな風穴をぶち開けたのだった。
「決まった……!!」
普段の冷静な声音も構わずに叫んだシノンと、緊張から解放されてガクリと両手の対物ライフルを落とすハルキ。
その遥か上で、大きな穴を開けた全身を仰け反らせたまま数歩後退したPoHと入れ替わる様にして……二人の控えているらしいビルの屋上を見下ろして、ガッツポーズを送るグラント。
ここに、阿修羅とラフコフの因縁に、決着が付いたのだ。
「―――冗談、じゃねぇ」
……付いたと、思ったのに。
「―――っ!? グラント!!」
場をスコープで見守っていたハルキは、視界の先で脱力するグラントの背後のそれを見て……思わず悲鳴を上げるように叫び声を上げる。
だがそれは相棒には届かず、されど自力で異変を察知して振り返った彼は。
「が……ぁ、ああッ……!!」
―――胸に穴を開けたままのおぞましい姿のまま、こちらに詰め寄って光剣を振るうPoHに気付き、思わず飛び退こうとして。
間に合わず、その両目を焼かれてしまったのである。
「う……嘘よ……あのダメージで、どうして……!?」
普段からスナイパーとして敵を一撃で仕留めているシノンが思わず震え声を上げる。
あり得ないのだ。明らかにあのダメージエフェクトは、プレイヤーとして持ちうるヒットポイントを全損させるだけの威力を証明している筈なのだ。
だと言うのに、PoHはまだ生きている。まるで不死身かゾンビであるかの様にむくりと身体を動かして、弱点クリティカルの発生部位である心臓を丸ごと失いながらも、左手で両目を覆って数歩よろめき、思わず膝をついたグラントに向かって……持ち替えたアサルトライフルを突き付けていた。
―――その殺人者の表情がフードから覗いたその時、ハルキは信じられないものを見た。
(な……どういう……!?
以前自分もSAO最終盤にシステム障壁を越えた際に、その瞳を金色に変えていたハルキ。だがそれは無自覚によるものであり、かの変貌がゲームのルールに逆らい、システムを超越した証である事を知る由はなかった。
だけど、はっきりと分かる。今のPoHは、最早ただのプレイヤーではない。
「あいつは……死神になったのか」
「そうだ。俺は、死神だ」
望まれずに産まれた、悪魔の子。
望まれ望まれずに人を殺した、
金で買われた女に産み落とされ、臓器を父の実子に奪われ、裏社会で汚れ仕事を押し付けられて、何とかこの男は今日まで生き永らえて来たのだ。
「何人、殺したと思ってる」
彼は死神だ。
誰に呼ばれるでもなく、既に死神なのだ。
「何度、殺されかけたと思う」
彼は
既に死んだも同然なのだ。だから、誰にも殺されない。
―――そして、今。
彼は、本物の神となった。
「今度こそ終わりだ、阿修羅。
俺はオマエを殺す。この世界の全ての
イッツ・ショウ・タイム。これはその、前哨戦だ」
だが、その時。
PoHの瞳の黄金の光が、薄れ始めた。
「それは、違う」
そして。
一人の男が、立ち上がった。
「ここは戦場じゃない。そして、俺達は兵士じゃない」
「……何……?」
PoHは気付いた。自分を包んでいた全能感が、少しずつ、ほんの少しずつ……目の前のちびアバターに奪われている事に。
「ここはSAOじゃない。俺達は、誰も死なない」
銃を持ちながら覆っていた左手を、両目から離す。そこを真一文字に刻むダメージエフェクトが、まるで血の涙の様に夜空に舞っていく。
「だけど、それ以前に。
人が死ぬか、死なないかが、現実を決めるわけじゃないんだ」
……あの時、ハルキから教えてもらった事。
これまでに、共に仮想世界でゲームをした、数多くの仲間達が教えてくれた事。
「お前に分かる訳はないよな、PoH。
お前にとっては、元のGGOは現実じゃなかった。現実世界の戦場とあのSAOだけが、お前にとっての現実だった」
だからこそ、PoHはGGOを変えた。この世界を、少しでも本物の戦場にする為に。そして、現実世界において日本に更なる軋轢を生み出す為に。
「だけどな、PoH。
この世界を現実かどうか、決めるのに命の重さも、金も必要ないんだ。
それがゲームだ。それが仮想世界なんだ」
そして。
遂にPoHの両眼からは、神の証である金色の光が……完全に失われたのだ。
「……ケッ、言ってろ。腰抜けが」
グラントの只ならぬ様子に業を煮やしたPoHは、この戦いを終わらせるべくライフルの銃口をグラントの額に向けた。バレットラインが伸びて、真っ赤に光る眼部の僅か上に突き刺さる。
だが、そのちびアバターは避ける事もせずに、ゆらりとVP70を握ったままの左手の平をPoHに突き出す。
「じゃあな。……『グラント』」
指切り。
僅かに掃射された銃弾が、狙い違わず宿敵に目掛けて発射されて。
「……そうじゃない」
―――それらは一発残らず、グラントの掲げた左手の前で静止したのだ。
「……な」
驚いたのはPoHだけではない。
ライフルのスコープで見守っていたハルキやシノンはもちろん、その時……GGO中のプレイヤーが一斉に、何かを感じ取って総督府へと目を向けていたのだ。
「……この感じは、まさか」
そんな中、ただ一人だけ、ビルの前で奮戦を続けていたキリトはデジャヴに囚われていた。
SAOの黄昏時。ALOで
「今の俺なら、はっきりと分かる。
この世界は現実だ。それを決めるのは誰でもない、本当に自分自身なんだ。それさえ知っていれば、何にでもなれる。仮想を、現実にできる」
左手を握りしめて、拳銃をPoHに向ける。その途端、空中で止まっていたM4カービンの銃弾が、床にバラバラと落ちていく。
VP70も先程のプラズマグレネードで致命的な損傷を受けて、まともに銃弾を撃ち出すことは不可能な筈だ。現にマガジンは少し前の時点でグリップからずれ落ちていて、残弾すら残っていないのである。
「そう、思うかい?」
だが。
グラントは迷わなかった。目が見えていない筈なのに、バレットラインを寸分の狂いもなく、眼前の宿敵の眉間に向けていたのだ。
―――そしてPoHは見た。横薙ぎに引き裂かれた相手の顔面のエフェクトの中で、薄らと黄金の瞳が覗かせ始めたのを。
「SAOもGGOも関係ない。
全ての現実は、俺たち自身の手によって委ねられている。そういう事だよな、――――」
―――それはALO事件の直後、神代博士との別れ際に、彼女から投げかけられた謎掛け。
「阿修羅」としてのグラントとの間に、決着をつける事。その為に、必要な極意。
半日前に初めてハルキと、仮想世界の死を経験した際にも呟いたそれを……VP70の引き金に指をかけながら、グラントは。
「……だって、そうだろ? ―――これは」
そっと、口ずさむのだった。
>おめでとう。
その瞬間。
GGOを覆う曇空が、ある一点を中心に吹き飛んだ。
>実に見事な勝利だった。
特別なフィールドでもない限りかなりの確率で空を閉ざす雲が、四方八方に霧散する。そして残ったのは、荒廃したGGO世界を優しく照らす、夜の星空。
そして、その雲を地平線まで吹き飛ばしたのは……グラントのVP70から放たれた、存在しない筈の銃弾。PoHの眉間を穿ち、緊急ターミナルを飛び出し、遂には空そのものまで貫いた、
そこにトリックはない。タネもカラクリも何も存在しない。システム外スキルでも、チート行為ですらもない。
>あらためて賞賛を送ろう。
>クリアおめでとう。勇敢なる者たちよ。
……いや。少し、言い方を変えよう。
>そして、グラント君。ハルキ君。
>クリアおめでとう。
―――ハルキはスコープ越しに、見たのだ。
いつの間にか元に戻っていた眼を金色に光らせながら、その不可視の一弾を撃ったグラントの背後に立つ……白衣を着た男の影を。
「ああ」
そして、その男……グラントがあの朝焼けの浮遊城以来諦めた筈のその男が、その場の日本プレイヤー全員と自分達二人を祝福するのを……確かに聞き及んだのだ。
やっと。やっとあいつの祈りが、届いた。あいつの悲願が、叶ったのだ。
「俺、やっぱり……グラントが好きだ」
感極まってそう零したハルキに向けて、思わず苦笑いを浮かべながら……されどシノンは注意深く緊急ターミナルを見上げる。先程の様な、敵の不意打ちがまた起きうると思ったからだ。
「……く……クソッ……!!」
だが、どうやらそれは杞憂に終わった様だった。PoHは呻く様に一瞬空を仰ぐと、死に抗う様に両腕を痙攣させていた。
「……お前も、いつか気付けたらいいな。
いつだって、俺達はやり直せるんだって。お前の在り方を決めるのは……お前自身だって」
―――しかし、その願いは届かない。
このPoHという男は、約半年後に他のVR空間にて、今回以上に諸外国を巻き込んだ争いを誘発する扇動者となる。そしてその場に居合わせた「閃光」ことアスナや「黒の剣士」キリトの活躍によって、あまりに重すぎる代償を支払う事となるのである。
だが、そんな事をつゆとも知らなかったグラントは、本気で彼を不憫に思った。ゲームの中にリアルを持ち込む姿は、かつて阿修羅だった自分とも重なるものだ。
「いつか、お前もゲームを楽しむ事が出来る様になったら、いいのにな」
そんな叶わぬ願いを捧げるグラントに憎悪の視線を向けるPoHは、しかしやがて足を踏み外し、空中に身を躍らせながらポリゴンの欠片となったのだった……。