SAO (シールドアート・オンライン)   作:ニモ船長

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「でも、名前だけでよくあんただって判ったね。いくら昔馴染みって言っても」

「ああ……。剣筋でバレた」





グラント「剣筋で……バレた……?」
トミィ「((((;゚Д゚)))))))」




バーサクヒーラー「フヒッ」
 


第23話 宣戦布告は星降る夜に

 

 

 

 「さてと。どうしたもんかな」

 

 

 緊急ターミナルの窓から落下したPoHを少しの間見守っていたグラントは、しかし呆けている場合ではない、と気合いをいれなおして再び室内に踏み入った。

 そして総督府ロビーでツェリスカが操作していて、そのままこの場所まで持ち上がって来ていた端末の前に立つ。

 既に、彼の瞳は元の茶色に戻っていた。

 

 

 「おー……?」

 

 

 なるほど、分からん。グラントは思った。

 そもそも端末操作やゲームのメンテナンス関連に関してはツェリスカの領分である。彼女がPoHに殺され、そのPoHをこの落武者くんが打倒したお陰で、一応システム的にはグラントにスタッフ認証が委託されている状況ではあるのだけれども……だからって目の前にあるコイツをどう扱えば良いかなんて、分かるわけもない。

 ALO編最終戦で直葉キリトが経験した苦労が、漸く伝わった瞬間である。

 

 

 

 「早くしないとみんながヤバいんだけどナー。

 いい加減にね? ()()()()()()()()()()()()()()()、こっちを手伝って欲しいんだけど?」

 

 

 

 と、いう訳でだ。

 グラントはおちょぼ口を作りながら両手を頭の後ろで組んで、PoHにとどめの一撃を放った前後辺りから気配を感じていた、背後の男を呼ぶのだった。

 ―――アインクラッドではヒースクリフとしてしか会えず、ロスト・アインクラッドでも相見える事は叶わなかった、あの全ての元凶を。

 

 

 

 「……やっと、お目見えかよ。―――茅場晶彦」

 

 

 

 

 『久しいな、グラント君。もっとも私にとっては――あの日のこともつい昨日のようだが』

 

 「あの日っていつの事だよ。いいからこっちを何とかしてプリーズ」

 

 

 

 ……うむ、まあそうなるだろうよ。因みに今の茅場の言葉は、ALO編でキリトが須郷をぶっ倒した直後に彼が投げかけた言葉とほぼ同じなのだが……ぶっちゃけ茅場とグラントって直接の接点は殆どないから何のこと言ってんのかさっぱり分からねぇ。

 それを受けて、まるで幽霊の様に半透明な身体でこちらに歩み寄る茅場は、一瞬苦笑を漏らすと、

 

 

 『……そうだったな。あのログは、君達二人には届いていないのだったか。

 これでも私は、君達の事は目を掛けて見守っていたつもりではあったのだがね』

 

 「日本語でおk。あのログってなんだよ。

 っていうか、今更出てきておいてなんだい、目を掛けてたとかテキトーな事言いやがって」

 

 

 

 『アーガス内においても、「阿修羅」の存在は波紋を呼んでいた』

 

 

 

 グラントの動きが、ぴたりと静止する。

 

 

 

 『仮想世界での殺人は、現実世界における犯行の精神的ハードルを下げるのではないか。

 VRMMOを根本から揺るがす問題点があの瞬間に、実際の出来事として露呈したのだ。当然社内ではその是非を巡って、SAO自体の開発を中止すべきかどうかも含めて激論が巻き起こったものだったよ。……結果としては、ハラスメントコードの徹底化という消極的な処置で落ち着いたのだが』

 

 「……じゃあお前さんは、俺が『ミニマム』だった事を初めから知ってたのか」

 

 

 

 背を向けたままのグラントに、茅場は淡々と返答する。

 

 

 『いや。ベータテストのデータは、引き継がれない限りは初ログインの時点で完全に削除される。

 そして君は恐らく当時のデータを使わずに、新規のデータとしてSAOの正規サービスに参入したのだろう。「ミニマム」という名前のプレイヤーは、当時の一万人のプレイヤーの中には、一人も存在しなかったのだから』

 

 

 ……なぜ引き継がなかったのかは、言うまでもない。

 そして、()()()()()()()S()A()O()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そこに彼だけの並々ならぬ思いがある事も、言うまでもないだろう。

 

 

 『私が君を阿修羅だと見抜いた理由は、私のホロウデータと戦っていた君が……あの片手直剣を使っていたからだ』

 

 

 そう。

 彼が単独でヤマタノオロチを倒して、オトタチバナから「クサナギシンケン」を授かったのは、あくまでベータテストの話。

 当時のデータを引き継いでもおらず、また引き継いでいたとしてもアイテムまでは相続されない正規サービスにおいて……グラントがそれを持っていた理由は一つ。

 

 

 『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()あの剣を、誰よりも早く取りに行ったのは君だ、グラント君。

 君は十層が解放されたその瞬間に、いち早くクサナギシンケンを回収しに行ったのではないかな? ……その剣を巡って、自分と同じような悲劇が行われない様に』

 

 

 アインクラッド第十層安全区、「千蛇城下町」が解禁されて直ぐに、グラントはギルメンに連絡も入れずに現場に向かい、「クシナダヒメ」の佇むヤマタノオロチ関連クエストの発生地点に直行した。

 茅場の言う通り、そのオーバースペックの剣を取りに行くという利点もあったが、そんな考えは当時の彼の頭にはなく。

 ……ただ、あの時殺され、生き返った筈の彼女にもう一度会うことが出来たらと思ったのだ。今度こそ誰にも邪魔されずに、彼女のクエストmobとしての使命を全うさせてあげたいと、そう思っただけだったのだ。

 そして、あの時守れなかった彼女に……心から、謝罪の言葉を贈りたかったのだ。

 

 

 

 「……居なかったよ。あの人は、もう……居なくなっていた」

 

 

 

 SAOベータテストにおいて発生したクエストは、ある程度のアレンジや派生ルートを新たに備えた状態で、ほぼ全てがSAO正規サービスに引き継がれていたという。少なくともあの鼠のアルゴの攻略本によれば、ベータテスト時点で存在したクエストは九割九分、その存在が確認されていたそうだ。

 ……そこに例外がある事を知っているのは、恐らく彼だけだったのだろう。

 

 

 

 『そうだろうとも。

 ヤマタノオロチ関連クエストは、ベータテストから唯一……正規サービスに引き継がれなかったクエストなのだから』

 

 

 

 ―――たどり着いたグラントに待っていたのは、残酷な空虚だった。

 そこにクシナダヒメは居ない。あの時確かに進んだクエストのルートは存在したというのに、道中はボスどころか、モンスターすらポップしない。

 ……そして、果てに存在した荒れ寺の中に、ポツンと……まるで誰かの墓標のように、クサナギシンケンは突き立てられていたのだ。

 彼女は完全に死んだ。その事実が、遂にグラントに突き付けられた瞬間だった。

 

 

 

 『あの場所は文字通りの、負の遺産として扱う事になったのだよ。

 アイテムもモンスターも何も設置されていない。人知れず、ただそこに存在するだけの……完全な、死にエリアとして扱われていた。

 それとも、君はあのクエストは、あのNPCは復活されるべきだったと、そう思うかい?』

 

 

 「……意地の悪い質問を、どうも」

 

 

 

 あの時もし、ゲームらしく元通りにクエストが進行していれば、グラントはトラウマを克服し、「阿修羅」から脱する事が出来たかもしれない。

 だけど……それでは、逃げているだけだ。乗り越えた事には、全くなっていない。

 

 

 

 『確かにあの世界は、確かに異世界と呼ぶには不備が多かったかも知れないが……それでも、私にとっては一つの現実であり、一つの』

 

 

 「異世界だったさ。でも」

 

 

 

 ……そして。

 敢えて苦難の道を強いられて、SAOクリア後も密かに「阿修羅」との決着を求められていたグラントは、しかしそれらと真摯に向き合って……茅場に振り返って、正面から対峙していた。

 

 

 「あんたも気付いたんじゃねーのかい。

 スタンドアロンRPGとは違う。ゲームマスターが異世界を掌握するんじゃなくて、プレイヤーが世界の担い手になる……VRMMOゲームは、そういう場所だって」

 

 

 元々あのSAOというVRMMOは、この希代の天才たる茅場晶彦が少年時代から見続けて来た空想の世界観をゲーム化したものだった。それはつまり、彼自身が作らなければ、異世界として完成されなかった世界でもあったという事になる。

 だが。そんな彼は「他人のやってるRPGを傍から見ていることほど詰まらないものはない」人間である。決して、彼は神になりたくてなった訳ではなかったのだ。

 彼こそが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったのである。

 

 

 『……初めて意見が一致したな、グラント君。

 私は、奇跡は信じない―――』

 

 

 だからこそ。

 彼はキリトとの最後の戦いを終え、彼とアスナに最後の挨拶を終えた後……山荘のベットから覚醒して、介抱をしてくれていた神代凛子に向けて、告げたのである。

 

 

 『―――でもね。私はあの時、生まれて初めて奇跡を見たよ。

 プレイヤーが世界の理を超えて、立ち向かう奇跡をね』

 

 

 解除不可能な麻痺状態を振り切って、愛する人の盾となったアスナ。

 ヒットポイントを全損させながらも、消滅から抗いながら彼の胸に剣を突き立てたキリト。

 

 

 「おいなんでうちのハルくんを入れない」

 

 『あれは落第点だ。真っ向からシステムを超えた訳ではないだろう。

 ……最も、ハルキ君もまた、君やキリト君、アスナ君に並ぶ特別なプレイヤーだとは思うがね』

 

 

 ざんねん。まあ壁抜け自体に多少のカラクリがあった上でだからね。決して不可能を可能にした訳ではないのだ。

 

 

 「……ふんっ。素直に認めたらどうだい、うちのギルドは天下一だってな。

 ついでに、あの時の勝負も俺達の勝ちって事で」

 

 『……本当に変わらないな。グラント君。

 だが既にあの戦いに、決着は必要ないだろう?』

 

 

 

 

 

 

 「……そうでもないんだなぁ、これが」

 

 

 しかし。粘着質なほどにしつこいこの男は、尺がもうあまり無いというのにまだ食いつくのである。

 

 

 「いいかい。今まではあんたの掌で踊ってたかも知れない。SAOが残した傷みたいなのに振り回されてたかも知れない。

 でも、もう終わりだ。ここからは、俺達のやりたい様にやらせてもらう」

 

 『……ほう? どうするつもりなのかな?』

 

 

 ―――なぜならこれは、新たな勝負の始まりなのだから。

 あの時アインクラッドの支配権を巡って茅場と戦ったグラントは、もう一度……今度は人生丸ごとを賭けた、世紀の大喧嘩を始めようとしていたのだ。

 

 

 「俺は東都工業大学に入る。いずれはブレイン・インプラント・チップの関連研究に携われるように、あんたや神代さんの学んだ場所で力をつけるつもりだぜ。

 最前線は、どーせキリトみたいな奴がやるんだろ。俺はもっと、みんなに分かりやすくVR技術の良さが伝わる様なモノを考えるさ。そうやって、あんたが始めた筈のこの分野の栄光を……全部俺がもぎ取ってやる」

 

 

 新技術というのは、公に出るまでそのご利益は伝わりにくいものだ。

 だからこそ、最前線を走る人間とは別に、そのノウハウを広く世間に浸透させる副次的な技術と研究者が必要となるだろう。

 ―――医療業界でのターミナルケアの為に開発されたメディキュボイドと、その設計責任者である神代凛子のような。

 

 

 「それだけじゃない。VR世界が拡充されるって事は、その分()()()()()仮想と現実を錯綜する人間も増えるって事だよな。

 そういう人達を、VR技術の観点からサポートする。脳科学の分野の人とコンタクトを取る必要があるかもだし、詳しい事はまだまだだけどさ」

 

 

 ALO事件直後には既に彼の中で定まっていて、神代博士にも当時の時点で見抜かれていた指針であった。それこそが仮想世界の王としての、そして「阿修羅」だった男としてのVR市場への関わり方であると……そう思ったのだ。

 

 

 「だからよ、残念だったな。茅場晶彦。

 耳かっぽじってよーく見とけよ。お前が必死に植え付けた世界の種子(ザ・シード)が、俺達の手で育っていくところをな。

 それを生みの親である筈のお前は、ただ指咥えて寂しそーに見守る事しか出来ねーんだからな」

 

 

 

 『……舐められたものだな』

 

 

 

 しかしもちろん、ここはただグラントか勝利宣言をするだけの場にあらず。

 

 

 『いつ私が、VR技術の最先端から離れたと言ったのかな?

 もちろん私は見ているとも、グラント君。君達のこれからの歩みを観測し、そしていつでも()()()()()()()()

 これでも、売られた喧嘩は買う主義でね』

 

 「だろうな」

 

 

 ―――ここは、宣戦布告の場。

 仮想世界の王座をめぐって二人の男の戦いが始まる、そのはじまりの地なのだ。

 

 

 

 『さて。

 全てのシークエンスが完了した。たった今、GGO日本サーバー内の海外プレイヤーの一斉ログアウトと、このサーバーに加えられた仕様変更のロールバックが開始された』

 

 「ヤベッ忘れて……ありがとっす」

 

 

 早速敵に情けを掛けられる落武者くんの図である。さすが半人前である。

 

 

 『……君はもう帰るといい。

 この瞬間を以て、君と私は敵同士だ。そう頻繁に会う事もないだろう』

 

 

 ……そして更に、グラントの立っていた緊急ターミナルの円盤リフトが振動して、下降を始めたのだった。

 

 

 

 『だが安心したまえ。我々の道は必ず、近いうちに交差する。

 《連結体(ネクサス)》の未来は、世界そのものの意思と、そこに住まう者たちの選択に委ねている。君が今回、悟った様に』

 

 

 

 「ネクサス……?

 茅場さん? お前さんは一体、何を……?」

 

 

 だがリフトは止まらない。既に総督府の双塔の真ん中、グロッケンの星空の中に飛び出した彼は、頭上で閉じる緊急ターミナルの底を見上げて……そこに見える白衣の男に尋ね返した。

 

 

 

 

 『そして、それらがただ無秩序に拡大し、いずれ枯死する事なく……次の段階、《統一(ユニフィケーション)》に進む事があれば。

 その時。君とキリト君、そして私は……再び相対する事になるだろう』

 

 

 

 

 「仮想世界の……統一……!?」

 

 

 

 そう。

 ザ・シード規格にて生成された無数の仮想世界が、統一化(ユナイタル)され、連結(リング)される、その時まで。

 そんな途方もない、想像も付かない構想を突き付けられたグラントには、その思惑を探る余裕もなく。

 

 

 

 

 『さらばだ、グラント君。

 忘れない事だ。具現化する世界(アン・インカーネイト・ラディウス)の将来とその責任を担うのは、仮想も現実も等しく……君達自身なのだと』

 

 

 

 

 ただただ唖然として、遂にそのホロゴーストの姿が見えなくなるその瞬間に掛けられた、最後の言葉を受け止めるのみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――然るべき時まで、どうか君とハルキ君で仮想世界を守ってくれ。

 それまでは君達が、アインクラッドを統べる者(キャプテン・アインクラッド)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……えっと、それぞれの銃器の補修と弾薬、アイテムの補充。それから、後は……何かして欲しい事はあるか?」

 

 

 ―――グラントが決戦の舞台から帰還して、数時間が経った。

 彼が茅場と別れを告げた数秒後には、GGO日本サーバーからは海外勢は一斉にログアウトされ、また戦場と化していたグロッケンも、本来の安全圏としての機能を取り戻していた。

 だがまだ大きな問題が残っている。PoHやキルオによるバーチャルテロ敢行から、事態の収束までには数時間を要していたのだ。その間に犠牲となり、アカウントを紛失したプレイヤーは……最小限に食い止められたとは言っても少なからず存在しており。

 その様な被害を被ったプレイヤー達に、ロストしたデータの修復に関する相談を行なう役目を……元々行動派のハルキは率先して執り行っていた。

 

 

 (まあ、大変だけど仕方ないよな。

 元のデータ自体は有ったらしいけど……だからって、ただアイテムやアカウントを元通りにすれば良いって話じゃないもんな)

 

 

 まず、グラントと共にオフィスに侵入した際に、事件が予想以上に深刻化している事に気付いたツェリスカは……キルオにステルスを見破られるまでの間に、当時のの全GGOプレイヤーのバックアップデータを取る事に注力していたのだ。それにより、今回の戦闘で紛失したアイテムに関しての復旧には直ぐに取り掛かる事が出来たのだった。

 だけれど、事情はもう少し複雑である。GGOの中にも、自分の持つ銃に並々ならぬ愛着を持つプレイヤーはとても多い。つまりは、「一生懸命お金を貯めて買ったコイツが良かったんであって、代わりのをやるからって新しいの渡されても困る」という反発を招きかねないという懸念があったのだ。

 

 

 「でもだからって、協力したGGOプレイヤー一人一人に出向いて調整するなんて、運営も随分手間のかかる手段を取ったモンねぇ」

 

 

 そんな訳で、ハルキを始めとしてグラント帝国のみんな、そしてザスカー社員も手分けをして、その地道な作業に徹すること数時間。時刻は午前四時を過ぎて、現実世界と昼夜が同期しているGGOにおいて、その夜空が薄らと光を帯び始める頃になっても……まだ達成率は全体の八割程に留まっていたのだった。

 ちなみに、「別にフツーに復旧でええわ」って人には高速処理の可能なマソップが引き受けていたりと、色々と工夫はしているのだが、まあ細かい事はいいとして。

 

 

 「……ピトさん、お疲れ様。

 いいんだよ、協力してもらったんだから、これくらいはな」

 

 

 ……そして、そんな感じでグロッケンで待機してもらっているプレイヤー達の間を奔走している彼女を呼び止めたのが、ピトフーイだったのだ。

 

 

 「大活躍だったな。もう、具合は大丈夫なのか?」

 

 「ええ、バッチリよ。あんなのでダメになる程ヤワじゃないわ」

 

 

 ジープ横転の際に矢面に立って獅子奮迅の活躍を見せた彼女は、あの後エムに抱えられて、他の日本プレイヤー達と合流してからも暫くの間……物陰にて安静に徹する時間を送っていた様である。ただでさえつい先日のグラントとの対決の件で調子を崩しているのだ、寧ろあの彼女の犠牲が無ければ……グラント達は総督府にすら辿り着かずに目的遂行が出来なかったのである。

 いかに彼女の存在が、今回の作戦に多大な貢献をしたかは……考えるまでもないだろう。

 

 

 「エムは? あいつも弾薬と銃の修繕くらいはしてあげた方が良いと思うんだけど……?」

 

 「あいつは今、リアルに戻ってるわよ。私も含めて特に損害は出てないからどうぞ、お構いなく!」

 

 

 そうか、とようやく一息ついたハルキはその場で伸びをしながら、グラントが切り開いた星空の奥に覗く、橙色の朝焼けを眺めた。

 

 

 「それに、もう一つあるんでしょ? そうやって手間をかける理由。

 ……()()()、とか?」

 

 「……まあ、そんなとこかな」

 

 

 初めはグラント達の間だけで解決しようとしていた今回の一件も、いつの間にか規模が拡大して、遂にはGGO全体を取り巻く大事件へと変貌してしまっていた。

 だからこそそれは、敢えて汚い表現をするならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()G()G()O()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事を意味しているのだ。

 言ってしまえば、普通ならば既に手遅れなのである。秘密にしろと言われれば言われるほど拡散したくなるのが哀れな人間の性であり、そうなれば今回起きた戦争は、先日の「死銃事件」に上乗せされる形で世間の関心を大きく引いて……そしてGGOは旧ALOに次ぐ悪徳VRMMOゲームとして、ザスカーは怠慢な運営として激しい批判に晒されかねない。

 

 

 「でもなぁ、予想以上に ()()()()()()()()()()()んだよな。

 驚いたよ。一体何に巻き込んでるんだって、怒鳴られるのも覚悟の上だったんだけど……」

 

 

 しかしだ。その事は、彼女だけでなくGGOプレイヤー達もよく理解してくれていた様である。

 そもそも後ろめたい事が苦手であり、それを言うのも一苦労だったハルキに対して、今まで顔を合わせてきたプレイヤー総勢百名近くの人間が……一人残らず快諾してくれていたのである。

 

 

 『おうお前ら! ここ数時間の間にこのGGOでなんか変な事起きたか!?』

 

 『いーや、特にナンも起きなかったっすけどねぇ!

 好きな銃は撃てるし、アニキはカッケェし、やっぱGGOは最高っすね!』

 

 『あら、まさかここで大事件が起きたなんて、そんな事あるわけないじゃない。

 ……え? 声が低い?

 

 

 という感じで、意外とみんな協力的なのだ。まあ、かなりの確率でハルくんのアバターの容姿端麗さが関係している気がするけれど、それでも自分のキャラをロストしかけていたというのに、あり得ない位には寛容な反応である。

 ―――初めにツェリスカが言った通りだった。「口ではぶっきらぼうだったり、気難しい様な事を言っていても……実際はただ銃が大好きな、単純で憎めないおバカさんな人達」。それがGGOに生きる、ガンマン達の姿だったのだ。

 

 

 「ピトさん、ありがとな。

 教えは色々と手厳しかったけど……でも、あれがあったお陰で、あいつも俺も成長する事が出来たよ」

 

 

 人気のない、ネオンライトも消えたグロッケン最上層のビル街。

 未明の空からはまだ影も伸びず、点在する照明からの光に照らされて……ハルキとピトフーイは肩を並べていた。

 

 

 

 「もう少しだけ待っててくれよ。俺たちが必ず、ログイン数が増える朝までには、このGGOを元に戻してみせるから。

 だから、その時は……改めて俺達と勝負してくれよ。フィールドで、真っ向から」

 

 

 

 その時のピトフーイの顔を、ハルキは当分忘れないだろう。

 期待、興奮、幸福がボルテージを上げるように弾けていき。

 

 

 

 

 

 

 

 「ダメよ。ハルちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 ……しかしそれが、まるで萎むように失われていく。

 

 

 「だ、駄目って、どういう事だよ?

 GGOの問題は終わって、ピトさんもあいつに会えたじゃ……」

 

 

 そして。

 ふらりと倒れ込むように、だがしっかりと温もりを伝えるように……ピトフーイはひしと、ハルキを抱きしめる。

 

 

 

 「……ダメなのよ。

 私はまだ、拭いきれてない。今は落ち着いてるけど……多分すぐに私はまた、前の私に逆戻りするわ」

 

 

 

 先程も言った通り、今回の件において彼女は日本勢とアメリカ勢が衝突していた時点では、既に戦闘不能となり完全に蚊帳の外であったのだ。

 その事実を後日、彼女はどう思うのだろうか。()()()()()()()()()()()()()()と、そう考えるのではないだろうか。

 

 

 

 「きっと、こんな気持ちになってるのは今だけなのよ。少し経てば、直ぐにまたこのGGOで、いつものイカレた女に戻っちゃう。

 …… ()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ピトフーイは知っている。

 グラントが、阿修羅を乗り越えようとしている事。そして、それを()()()()()()()()()事を。

 そんな時、またリアルな戦闘を求める自分が関わってしまったら、彼がどうなってしまうのかは言うまでもない。自分と同じように、再び以前の彼に、「阿修羅」に戻ってしまうに違いないのだ。

 

 

 「……同類が欲しいって、ずっとどこかで思ってた。

 私と同じ様に、本気で戦う相手と殺り合いたいって。ここがゲームである事なんて関係なく、マジになって私を殺そうとする相手。

 ―――私にとっては、それが阿修羅だった。あの時……あいつが、私の頭に弾をブチ込んでくれたら……どんなに……」

 

 「……ピトさん」

 

 

 あのスタジアムでの決戦の最後に、グラントはピトフーイを追い詰めて、遂にはその額に銃口を突き付けた。

 しかし、結果として彼は彼女を殺せなかった。冷静になって考えれば、安全装置のあるアミュスフィアを付けたプレイヤー達にリアルな戦闘を求める事自体が、大きな矛盾を孕んでいたのだ。

 そして……次に会った時には遅く、グラントの中の阿修羅は、なりを潜めてしまっていた。

 

 

 「だけどね。

 その時初めて、私は…… ()()()()()()()()()

 

 

 誰かの死を経験した分だけ、人は命の重みを知る事が出来るという。

 グラントは本当に人を殺した経験がある訳ではない。だが仮想世界に置いてその重みを疑似的に体験した彼は、されどその分強さに拘らない、MMOゲーマーとしては論外なトンデモスタイルを貫き続けている。

 ―――そして、それを知った時……そんな彼の背中を見ていたピトフーイからは、いつの間にか彼への同類としての負の感情は無くなっていて。

 

 

 「ハルちゃん、あいつを頼んだわよ。

 自分の事で手一杯な私じゃ、出来ない事なのよ。あいつの隣に自分の意思で立って助けてあげられる人なんて、ハルちゃんくらいしかいないんだから。

 ……いつか、ちゃんと遊びとして、このGGOをプレイ出来る日が来るまで……私は、あいつからは離れないと」

 

 

 ……それは、ほんの微かな予感。

 それをハルキが感じた理由は、彼女自身も()()()()を、不本意ながらもあの落武者男に抱いているから。

 

 

 

 「ピトさん、もしかしてグラントが―――」

 

 

 

 「―――おっと、そこまでよ」

 

 

 

 しかし、それが彼女の口から漏れる事はなく。

 長身アバターであるハルキの胸元から顔を上げたピトフーイは、ニッと笑みを浮かべる。

 

 

 「なーに馬鹿な事言ってんのよ、私にはあの奴隷(エム)がいるんだから。

 それに……それを私が今言ったら、()()()()()()()()()()()()わよ?」

 

 

 代わりに帰ってきた揶揄うような言葉に、ハルキは息を呑んで彼女を見つめた。

 その表情は、一見普段の浮かれてハッピーな彼女なものではあったけど……少しだけ、瞳が潤んでいて、仄かに熱っぽさを感じる。

 

 

 「ま、そーゆー事だから。私がきっちり胸張って会えるようになるまで、グラちゃんを大事になさいな。

 あんた達なら、きっと上手くいく。今の私が越えられないモノを……あんた達なら、きっとブチ破れる筈よ。だから、先に行っててね?

 

 

 

 

 

 

 ……でも、私があんた達に追い付けたら……その時は全力で、あいつを奪っちゃうかもよ?」

 

 

 ガバっと飛び退いたハルくんは、目の前のこのヤベー女の言わんとしている事を察して……アワアワと口を震わせながら、叫ぶのだった。

 

 

 「こ、このっ……このアバズレ女ぁっ!!

 グラントは絶対に渡さないんだからなぁ!!」

 

 「あらぁ? ハルちゃんもそんな一面があるのね、驚いたわぁ!

 ってゆーか、グラちゃんとそういう関係だってところは否定しないのねー?」

 

 「な……なっ……!!」

 

 

 ―――彼女の予測は、残念ながら正しかった。

 この後ピトフーイは、やはり心の底に燻らせていた死への願望を抑えきれずに……エムもろとも巻き込んで、敗北した際には自殺する事まで覚悟して、GGOのとある大会に乗り込む事になる。

 だがそれと同時に、彼女はこの後、とある運命的な出会いをする。かつてSAOベータテストで巡り合った剣士とは別の、もう一人の「ゲーマーとして心身ともに自分に勝っている」プレイヤーと出会う事で、いつしかその抑えきれない衝動は少しずつ緩和され、そのうち彼女は純粋にGGOを楽しむ一人のプレイヤーとして生まれ変わっていく。

 ……「ピンクの悪魔」と噂されるラッキーガールによって。グラントに続く、二人目のちびアバターによって。

 

 

 「大丈夫よ、その時はハルちゃんも、グラちゃんとのリアル映画デートに招待してあげるから!」

 

 「 だ か ら デ ー ト に す る な ぁ !! 」

 

 

 ……まさかあの落武者男の為にこんな痴話喧嘩が繰り広げられるとは思わなかったけど。

 だけどよく見てみると。イジるピトフーイも、怒るハルキも、どこかその表情は晴れやかで。

 

 

 「かーっもうあったま来たぞ! 今度会ったときにはただじゃ済まさないからな! もう既に敵同士だっ!!」

 

 「へーえ、そりゃ楽しみねぇ! 撃ち合いじゃあんたに勝ち目はないんだから、私に勝ちたいならもっと女を磨く事ね、男勝りのハ、ル、ちゃん?」

 

 「……げ、現在進行形で、試行錯誤中だっ!!」

 

 

 ……そしてそんな二人の乙女に留まらず。

 このGGOに生きる全てのプレイヤーに、やがて黎明の中に消えていく最後の星の光が……穏やかに、優しげに降り注ぐのだった。

 

 

 

 

 ―――この硝煙漂う銃世界を、担う全てのプレイヤーに。

 

 

 

 




エム「……捨てられた……?」
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