ユウキ「けっきょく ぼくが いちばん つよくて すごいんだよね」
グラント「この おれさまが! せかいで いちばん! つよいって こと なんだよ!」
キリト「……合ってるような、合ってないような……?」
オルス「熱い風評被害と完全一致っスね、いやマジで」
どうしてこうなった。ハルキは思った。
いや、正確には理由なんて解りきっている。目の前でにこにこ上機嫌顔を浮かべている不思議な少女が、唐突にデュエルをしようと言い出した結果なのだから。
「あ、そうだ。お姉さんは、地上戦と空中戦、どっちが好き?」
……その上で、そんなことを聞いてくるのだから参っちゃう。要はどっちだったとしても勝算があると言ってるのである。
「……随分と自信があるみたいだな。ALOはもう長いのか?」
「んー、まだ始めて一週間も経ってないかな? どうして?」
ほう。ハルキの中で少しだけ、好奇心が湧く。
幾ら何でも自信過剰というものだ。彼女自身だってあのSAOで相当腕を上げたというのに、ALOに入ってみればトップクラスにはなったものの、ユージーンやサクヤの様な領主クラス相手にはまだまだ勝ち越すのも相当に難しいのである。
そもそもの話、ALO最大の名物であり特有の要素である随意飛行の習得だって、普通なら数日は掛かるものだ。人によってはひと月経ってもまだおぼつかないケースもあるし、なんならあの落武者男は未だに補助コントローラーを使う始末なのである。
それを、まだ始めたばかりのニュービーが。こちらが誰かも分からないというのに、随分と大きく出たじゃないか。
お前ログインして直ぐの頃にサラマンダーイジめた癖に良く言えたな。
「……よし、やろうか」
別に洗礼だとか、そんな理不尽なことをするつもりはない。もし実力が伴ってないなら、最低限の事をレクチャーしてあげればいいし、本当に強かったらそれはそれで戦い甲斐があるというものだ。
それに……さっきまでの、妙にうわついてしまっていた気持ちを仕切り直す、良い機会じゃないか。前も言った通り、ハルキにはこの後やるべき事がある。時間的にはある程度余裕があるし、GGOから戻ってきて間もない、久々のALOだ。ちょっと身体を動かして、ウォーミングアップをするには最適だ。
「じゃあ、地上戦で。ルールは初撃決着モードでいいか?」
「うん! そっちに任せるよ!」
……みんな、このやり取りをよーく覚えておいて欲しい。何かとは言わないけど。まあ終わってみればわかると思うから、今はそういう事でよろしく。
よっこいしょと身体を起こして、背中の螺鈿の鞘からすらりと武器を引き抜く。ハルキがこの一年ALOにて愛用している長剣が、鈍く光を湛えていた。
「飛燕」。青い皮巻柄に湾れ刃のその刀は、実は中堅より少し下あたりのダンジョンで手に入る、そこまでレア度も高くない一品だ。攻撃力もぶっちゃけかなり低い部類であり、実力としてはとっくに上級者であるハルキを取り巻く環境ではまるで使い物にならない安物である。
……だが、その耐久値だけはレジェンダリーウェポンに匹敵する程に高く、基本的にどんな攻撃を受けたとしても武器破壊の憂き目に遭う心配がないという大きな利点がある。実際にハルキが使っていて、メンテナンスの必要性に迫られた回数はこの一年で、たったの三回。
『薄い剣は鋭いが脆く、厚い剣は鈍いが丈夫だ。
俺は人一人救うのも精一杯ななまくらだけど、お前みたいな人を弄ぶだけの薄っぺらい代物に、遅れを取るわけにはいかない』
……なんて、かつてSAOにてPoHに放った言葉の、まさにその通りのなまくら刀を選ぶあたり、とても彼女らしいと言えるだろう。
ちなみに、「飛燕草」という花があり、その学名は……デルフィニウムだったりする。
「じゃあ、始めるよ!」
対して、デュエル相手である少女、ユウキが抜き放った剣は……まるで黒曜石で出来ているかのように暗く、鋭い光を帯びた紫色の剣だった。
「マクアフィテル」。かつて中南米で使われていた刀剣の名を冠するその細めの片手直剣は、見た目通りに非常に軽く癖のない優秀な名剣なのだそう。無論エクスキャリバーやグラムの様な伝説級とは比べられないものの、少なくともハルキの得物よりは鋭利さを備えていることだろう。
(……油断するなよ)
デュエル開始までのカウントダウンが始まった。
冷や水を浴びる様に意識を深く沈めながら、ハルキは相手を観察する。
相手はゆらりとどこか緩慢な動きで、右手の剣を中段に据えて半身の姿勢を取っている。……いや、それは構えというにはあまりに砕けていて、そのからっとした笑顔も相まって試合としての緊張感をまるで持ち合わせていないかの様だ。
ALOにも色々なスタイルのプレイヤーがいる。デュエルを一種のスポーツとなぞらえて、膝を曲げてステップを踏んで構える人がいれば、リーファの様な武道の構えに準じるプレイヤー、そしてキリトやアスナの様な、膨大な経験則の元で我流ながら自分に適した構えをするプレイヤーもいる。
―――だが、どれをとっても言える事として、格好をつけ過ぎていたり、逆に何も考えずに構えるプレイヤーは総じて、デュエルにて遅れを取ってしまうことが多い。そして今回のユウキは、ハルキから見れば後者の……つまり一見、気の抜けた典型的な初心者ミスを犯したプレイヤーである様に感じる。
(だけど、それにしては……それにしては、堂々とし過ぎてないか。
戦闘形式も、ルールも相手に選ばせて、おまけにあの構え……本当の初心者にしては、
それは、つまり。
ハルキは無意識にぎりりと刀を構え直す。もし、万に一つでも、彼女の頭に浮かんだ、その予感が当たっていたとすれば、これは……。
―――そう思い至ったところで、デュエルの開始音がその浮島に鳴り響いて。
「――――――っ」
次の瞬間。ユウキの剣の鋒は、ハルキの左脇腹をびしりと捉えていた。
「なに……ッ!?」
気を緩ませなかったことが幸いして、ハルキはコンマ数ミリ身体を右に捻っていた。そこに生じていた僅かな間隙に刀の峰を捻じ込ませて、なんとか初撃を弾き返す。
速い。尋常ではない。その鋭さたるや、あのキリトをも凌ぐ程じゃないだろうか。
「よーし、どんどん行くよっ!!」
さらに、当のユウキはそんな冴え渡るような一撃を放っておいて、息一つ乱れていない。直ぐに持ち直した剣で、引き続き斬撃を加えてくる。
「ぐ……っ」
左上段、左下段、右中段、正中、右下段。
まるで踊るような剣だ。驚愕のスピードもさることながら、その剣筋には一切の躊躇いがない。見れば表情もデュエル開始前と同じように朗らかだ。
ここまでなんとか全てを捌き切っていたハルキだったが、このままでは押し切られるのも時間の問題だ。そう判断した彼女は、次の一太刀の際に身体を前に詰めて強引に流れを変えようとした。
(なかなか、どうしてっ!)
飛んできた右斜め上段からの一刀を迎え撃ちながら、そのまま絡め取るように押し込んで足を一歩踏み出す。小さく弧を描くようにして敵の剣と右腕を押さえながら、開かれたそのユウキの身体に向けてハルキは刀を持つ右肩でタックルをして体勢を崩しにいった。
―――そこで、更にユウキは驚くべきパフォーマンスを見せる事となる。
「はぁ……あああっ!!」
ハルキの体当たりを受けた彼女はその場で踏ん張ろうとせずに、勢いに任せて後退しながら……しかし剣に紫色のライトエフェクトを纏わせていた。
「スピニングスラッシュ」。片手直剣スキルによるシステムアシストによって勢いを反転させて、反時計回りに二回転しながら開けた間合いを一瞬で詰めてくる。
一見隙の多そうなその技はしかし、ぴったりとハルキの身体に直撃するよう正確に振るわれており、タイミングも絶妙過ぎて下手に踏み込んで反撃に転じる事が出来ない。ちっ、と小さく声を零しながらも、ハルキはやむなく後方に転がってその刃を凌ぐ事しか出来なかった。
(なんだよ、今の……?)
彼女は愕然としていた。
前にハルキとクラインがSAOで戦った時のことを覚えているだろうか。彼女は言っていた、プレイヤーはソードスキルを放つために、通常の剣の斬り合いの動作とは別個に、その開始モーションをどこに盛り込むかを考えなくてはならないと。その切り替えの瞬間に、ほんの瞬間だけ、敵の動きに隙が出来ると。
実際この前提は領主達を始め多くのALOプレイヤー、そして果てはアスナまでにも適用されるものだ。純粋な反応速度ではハルキを上回るプレイヤーも少なくない中で、ソードスキルの恩恵を受けずに敵の攻撃を回避しDPS(単位時間当たりの火力)的にも渡り合う為には、そういった一瞬の勝機を突いて最大限のダメージ効率を叩き出さねばやっていられない。そんな刹那の戦いを、彼女はリアルでもALOでも今までこなし続けていた。
―――例外はキリトだ。彼の動きはVR世界に順応し過ぎており、ただの剣技とソードスキルとの間に境界がほぼない。だからこそ純粋な速度やパワーでの戦いを強いられ、未だにハルキはかの黒の剣士には一度も勝てたことがないのである。
(……この子も、あいつと同じなのか……!?)
そして。
その例外の二人目と呼んでいい程に、目の前のユウキという少女は自分の行動とソードスキルをフィットさせていた。今のスピニングスラッシュはまさにあの疾さで起動させていなければ、ハルキの追撃が間に合って中断せざるを得なかった筈だ。
SAOプレイヤー最高の反応速度を持つ、英雄キリト。そんな彼に匹敵……いや、もしくは凌駕する程の能力の持ち主。それがこの、ユウキと名乗るプレイヤーの正体だというのか。
「……やるな」
「そう? ……えへへ」
気が付けば、ユウキの表情もほんの少しだけ、凄みを帯びていた。
あれは焦りや、劣勢による動揺によるものではない。純粋な、戦闘に対しての高揚感だ。
勝てないかもしれない。ハルキは暗に考える。キリトとの勝負とほぼ同じ展開、つまりただの殴り合いの勝負になってしまえばソードスキルのないこちらが不利だ。それでも一つだけ勝機があるとすれば、それは……ユウキの剣筋は、キリトのものと違って少々素直すぎるというところか。
恐らくデュエル慣れはしていないのだろう、とハルキは推測した。速度やセンスは大したものだから、多分VRMMO自体の経験はあるのだろう。だけど、PvP戦闘に特化しているかどうかは別問題だ。
(エネミー戦中心とかのゲームで、実は有名な子なのかもしれないな。
正攻法じゃ敵わないなら、あとは一つしかない。……搦め手だ)
愛剣をぴたりと据え直して、今度はハルキの方から突進する。
敵の右側、敵からみれば左側の中段に一撃を加え、そこから左手を添えながら右手首だけで上下に振り分けて連撃を重ねる。当然ユウキもそれを精密に弾き返し、更に余裕の表情を浮かべている。
……だけど恐らく彼女は気が付いていない。執拗なまでのハルキの左からの攻撃が、その右肩を前に押し出してしまっているのを。
「……今っ!」
ほんの一瞬、ハルキは意図して攻撃を緩める。即座にユウキはそこを突いて、右に傾いた体勢のまま袈裟斬りに剣を振るう。
―――思惑通りの軌道を描いたユウキの攻撃を見切り、ハルキはその剣を持つ右手首を左手で掴み、小手投げを決めようとして。
「……っ!」
―――しかし、それは失敗に終わる。
ギリギリのタイミングでこちらの狙いに気が付いたのか、剣を振り抜く直前に身体をぴたりと硬直させ踏み止まって、ハルキの手から逃れたのだ。
あり得ない。思わず息を詰める。引っ掛からなかったならまだしも、引っ掛かった上で避けるなんて。反応速度の凄まじさは知っていたけれど、これは。
(……いや、違う、もしかしたら)
……ソードスキルと通常の動きとの間に出来る、隙。
同じ原理じゃないか。ひょっとしたら、ユウキには見えているんじゃないか……ハルキの剣と、投げ技との間の、隙が。
もしそうだとするならば。彼女が他のプレイヤーにそう言ったチャンスを見出すように、ユウキがハルキのその弱点に気が付いてしまったというなら、それは。
―――それはもう、俺の、限界……?
「これで……終わりだよっ!!」
ハッと意識を切り替える。この相手によそ見なんて命取りだ。気をしっかり持て、と自分に言い聞かせる。
だけど、こうなってしまうともう勝ち筋がない。反応速度やセンスの差が開き過ぎていて、小手先ではどうしようもない。
(久しぶりだな……ここまで、追い込まれるなんて)
単純な戦闘の話ではない。
ハルキの剣技は対応性に優れている。グラントのアピールポイントが防御力と戦闘判断力の高さなら、彼女にはソードスキルの制約に縛られていない分、どんな攻撃にも柔軟に対応して、最適な攻めを繰り出す事の出来る強みがある。火力がアレだけど
……そう言った強みを全て潰された、いわば完敗としての勝負は数える程しかない。SAOでいえば迷いの森でのキリト戦、同場所でのオレンジプレイヤー+PoH戦くらいしか無いのである。黒星級の失態自体はそこそこ多いけども
これが、三戦目になるか。既にユウキは動き出している。マクアフィテルを水平に構えて、こちらに神速の一撃を繰り出そうとしている。
(……面白いじゃないか)
その場から一歩後退しながら、飛燕を鞘に収める。
ここからが踏ん張りどころだ。ウォーミングアップのつもりがとんでもない苦戦となってしまったが、だからって引き下がるつもりはない。
……グラント帝国の一員として、あいつの相棒として。理不尽に抵抗する心構えは、とっくに出来ている。
「……っ!!」
冷や汗が伝う様な思いを飲み込んで、腰を落としたハルキに、ユウキは豪然と迫り、剣を一閃させる。
―――そして。
「ボクの勝ちだね」
ぶい、と左手でピースを作るユウキの剣が、その首元に突き付けられていた。
その上空には、ハルキの武器が大きく跳ね上がっており。
「どうかな?」
ニヤリと笑うハルキに、ハッと自身を見下ろす。
その胴には、飛燕の鋒が刺さっていた。ユウキは動揺する。おかしい、だってさっき、その剣は跳ね除けた筈……。
だが、直後にドサリと落ちてきた、その「跳ね除けたもの」を見て、彼女は目を剥くことになる。
「さ、鞘ぁ……?」
久しぶりの登場……ぷろぐれっしぶで一回やったからそんなでもないが、あのSAO編最序盤で衛兵NPCにやった鞘でのフェイントが久々の登場である。迫り来るユウキの剣にハルキは鞘ごとぶつけて中を引き抜き、如何にも剣を弾き飛ばされたかの様な素振りをして油断を誘ったのだった。
「まあ、こういう手もあるってことさ。じゃ、続きを―――」
とは言え、所詮は急場凌ぎの苦渋の一手でしかない。結局ユウキの剣はおもいっきしぶっ刺さってるし、お互いに体力ゲージを二割ほど減少させた現状、まだまだ気を抜くわけにもいかず。
……ハルキが、そう思った時だった。
「ま……参りました〜っ!!」
えっ、とハルキの目が点になる。
なぜなら、たった今まで彼女を追い詰めていた筈のユウキが、突然気が抜けた様に座り込んで……そう言ったからであった。
「ええーっ!?」
それから数分後。
ハルキとユウキは一旦デュエルを中断して、二人並んで大樹の元に座り込んでいた。
「『初撃決着モード』って、はじめの攻撃が外れたら体力の半分まで削ったほうの勝ちになるの!?
『
「……やっぱりか。初めてだと間違える人、多いんだよなぁ」
思いっ切り目を見開いて驚くユウキに、ハルキは苦笑して頷く。最初にルール決めの会話を覚えておいてって言ったのはこういう事である。
あの時、綺麗に決まったと思ったらハルキの術中にハマってた!と気が付いたユウキは、
……だけど実際の「初撃決着モード」のルールは、初撃が外れた後はどちらかのヒットポイントが半分を割るまで続くというもの。結局ユウキは完全にハルキをやり込めていたというのに、せっかくの勝機を投げ出してしまったのだった。
「そっかー……今のうちに気づけてよかったよ。明日それやっちゃったら、みんなから大笑いされちゃうところだった。
うーん、上手くいくと思ったんだけどなぁ……」
「上手くいってたさ。君の動きは大したもんだ、ALO自体は初めてだったんだろうけど……流石、デュエルを募るだけの事はあるよ」
「最強の対戦者求む」。ユウキはシンカーの運営するMMO情報サイトの一つであるMMOトゥモローの掲示板に、数日前そう書き込んだそう。反響としては「初心者の癖に何チョーシに乗ってんだテメー」的なのが多かったらしいのだが……なるほどこれだけの腕があれば、中堅プレイヤーなら軒並み一網打尽に出来る筈だ。
その辻デュエルは明日の午後三時から始めるそうで、最初にユウキがハルキに対して「ちょっと早い」と言ったのも納得である。
「じゃあ、ハルキさんは別にボクとデュエルがしたくて来たわけじゃなかったんだ?」
「ああ、突然だったからびっくりしたよ。
悪気がないのはすごく分かるけど、あれじゃプレイヤーキラーと間違えられてもおかしくないから、もうちょっとがっつかない様にした方がいいかもなぁ」
「はーい、先生」
ハルキのテメー何様な説教にも素直に頷き、ションボリとするユウキ。
……それが何とも可笑しくて、ハルキは笑ってしまう。
「あーっ! 笑ったーっ! ボクだって結構緊張してたんだよ!?」
「あれでか? ……っはは、悪い悪い、あんなに強いのに、話してみたらそんな分かりやすく、がくっとするんだもんなぁ」
「もぅ、ヒドいなぁ……そういうハルキさんは、ここに何をしに来たのさー!」
膨れっ面で問われたその言葉に、ハルキはちょっと言葉に詰まる。まさか某落武者男に調子を狂わされた結果とか言えないし、そもそもこの場所に辿り着いたのも完全にランダムだった訳で。
……でも、大元の目的があるにはある。
「えーっとだな。実は今から、いわゆる『正月限定イベント』ってのに参加しようと思っててさ……」
『……春花さん、そして玄太郎君も知っているかな。
この年末、つまり明日から
昨日のVR道場内覧でのこと。
父親と揃ってひとしきりあの落武者男を粉砕した後に、引き攣った顔の暮井からそう投げかけられたのである。
―――国内最大手、二大タイトルのコラボ。それはVRMMORPGとしては初の試みだそうだ。当然彼女もALOプレイヤーの一人としてその事は知っていたし、なんなら馴染みのある和風な催しが開かれるとの事で内心楽しみにしていたくらいだった。
『もし春花さんに参加する予定がおありでしたら、そのイベントの進行具合や、違和感等有れば報告して頂けないでしょうか。
お互いの要素の擦り合わせを含めた様々なギミックが用意されているとの事ですが、如何せん前例がない。重大な欠陥やバグ等が生じたとすれば、それは今後のVR産業への良い反面教師となってくれる筈ですので』
暮井率いるベンチャー企業「クロネコ」はその活動拠点を主に、国内最古参のVRMMORPGであるかのゲーム、「アスカ・エンパイア」に置いているのだそう。
そしてその都合上、他のVRゲームに対してのフットワークがどうしても一歩遅れてしまい、統計やデータ処理の観点からアスカ・エンパイア以外のVR世界に対するパイプを欲しているのだとか。
―――その「パイプ」を、春花に担って欲しいのだという。
「アスカ・エンパイア……和風だって聞いてるから、ちょっと楽しみなんだけどさ」
「そっか、アスカ・エンパイアかぁ……」
そろそろ休憩も終わり、と立ち上がって言ったハルキに、ユウキは並んでそう相槌を打った。
何気なく、横の少女を見る。のどかな湖畔の風に髪を揺らがせる彼女の瞳は、どこか遠い何かを懐かしく眺めている様で。
「……もしかして、アスカ・エンパイアをプレイしたこと、あるのか?」
何気なく尋ねたハルキだったが、直後に大きく目を見開いたユウキを見て、あ、いや、と両手を振る。
「なんとなく、そんな気がしただけだからさ……ごめん、詮索はマナー違反だった」
……踏み込み過ぎてしまったか。
プレイヤーが仮想世界に降り立つ経緯は人それぞれだ。他愛のない動機な場合もあれば、他人に教えるのを憚られる事情を持つ人間もいる。
そして、少なくともこのユウキというプレイヤーにとっては、彼女の過去への追及が最も困惑する事柄だったに違いない。別にハルキに悪意があったわけではないが、先の言葉以来ユウキの挙動はどこかぎこちなくなってしまっている。
「……そろそろ行くよ。君もデュエル、頑張ってな。応援してる」
元よりここには休憩に立ち寄ったに過ぎない。また明日、時間があれば様子を見に行こうかな……なんて、気持ちを切り替えながらハルキが羽根を広げようとした、その時。
「―――待って!」
振り返ると、ユウキが……出会ったばかりの物凄く強く、それでもって快活で可憐な少女が、その顔にニカッと乾いた笑いを浮かべていたのだった。
「……ボクも行く!
ボク、アスカ・エンパイアには詳しいから……きっとハルキさんの役に立てる筈だよ!」
「えっ……いいのか?」
驚いたハルキが念を押す。先の事もあるし、あまり触れない方がいい話題だと思ったのだが。
「……少しだけなら、いいよね」
「……?」
まただ。再び、ここではないどこかを見るような瞳で。
今度はハルキも何も言わなかった。彼女がこのユウキという少女の秘密を知るのは、もう少し先の事である。
「……いいよね。姉ちゃん」
―――ユウキは自分だけに聴こえる声で、そう呟くのだった。