センリは胸の高鳴りを覚えた。
(あのアルラウネといい、強盗竜団の頭領といい最近戦い慨のあるのが多いわ)
センリは内心笑みを浮かべる。
しかし施設内はチェルノフレイの話しを聞いて空気が重くなっていた。それは幼いエンジェですらわかるくらいだった。エンジェは泣きそうになるのをこらえる。
センリはエンジェの様子を察知した。
「エンジェ、観光に行こうか? さっき言ってた教会へ行こう」
「え?」
センリはエンジェの手を優しく引く。
エンジェが見たセンリの顔はここにいる誰よりも穏やかな顔をしていた。しかし、その穏やかさは内の何かを隠しているようにエンジェは見えた。
センリとエンジェがギルドを出て行こうとした時にチェルノフレイが声をかける。
「センリ、予定では明日強盗竜団が攻めて来ますわ」
「わかってる。みんなの敵討ちは私がしてあげるから安心して」
「何か準備するものは?」
「できるだけ町の人達を避難させとけばいいんじゃない。他は任せるよ」
センリとエンジェはギルドを出た。
センリとエンジェは昼ご飯を食べると都市──大陸で1番大きいとされる教会、ブルーブルー教会に向かった。
2人はブルーブルー教会の入口を見て圧倒された。2人の想像以上にブルーブルー教会は大きかった。
「うわ~! 大きい~!」
「遠目からはちょくちょく見てたけど想像以上に大きいね」
確かに荊の塔に及ぶくらい高いわけではないが、高い建造物の多いこの都市の中でも群を抜いて高い。それにとてもつもなく広かった。広さという意味では荊の塔でも及ばないくらい広いだろう。
これがブルーブルー教会を間近で見たセンリの大まかな感想だった。
「センリ、入ろ?」
「うん。そうだね」
センリはエンジェに手を引かれる形で教会の中に入って行った。
2人は扉を開けて中に入った瞬間、眩しさに目を細める。
規則的に並んだ無数の窓から太陽光が射し込んでいる所為か部屋の中は非常に眩しかった。
「眩しいね」
「かなり眩しいわ」
センリは道中で買ったガイドブックを開いて読む。
「えっと……。ブルーブルー教会、蛇の国で最も大きい教会である。ブルーブルー教の預言者ハート・ブルーブルーが建造したもの。施設内は朝も夜も関係なく常に光で満たされてるらしいわ」
「へぇー」
センリは施設内を見渡す。
長く赤いカーペットが奥まで敷かれ、両側には長いイスが並べられ、カーペットの先にはブルーブルー教のシンボルとされる置物と祭壇がある。外観からも想像できる通り天井が高く、内装は煌びやかであり天井や壁には絵画やステンドグラスにシャンデリア、柱や梁には幾何学的紋様が彫られ描かれとされていて、その様は教会というより聖堂に近い。
エンジェはセンリの手を引き、ブルーブルー教のシンボルの置物を指差して言う。
「ねえねえセンリ! あの変なやつの所まで行こうよ!」
「変なやつ……。まあ、別にブルーブルー教徒じゃないからいいか。私もあの変なの知らないし」
現在では合法的に動いているブルーブルー教徒はいない。そのためか、エンジェとセンリの今の話しを聞いてもクスリと笑う者がいても怒る者はいない。そもそも誰1人としてハート・ブルーブルーを偉大だと思っていないからだ。
2人は祭壇の所まで歩いて行く。
先にも示した通りこの教会は広い。
2人はブルーブルー教会に来るまでかなりの距離を歩いている。元々の強靭な体力の為かセンリはほとんど疲れていないが、エンジェの体力は普通の5歳児相当なため結構疲れていた。
だからエンジェが駄々をコネるのも仕方ないといえる。
「センリ、疲れたよ」
「じゃあ、おんぶしてあげるよ」
センリはエンジェの前で屈みおんぶしてあげると促す。
エンジェはセンリにおんぶされる誘惑に駆られるが、エンジェの大人の部分とも言うべきプライドが微かに否定する。
(子供っぽく見られるのはイヤ! だけど……)
エンジェはおとなしくセンリにおんぶされる事にした。
「じゃ、じゃあ行くよ?」
「うん」
センリがエンジェをおんぶするのは2度目である。しかし、1度目以上に余裕がない。精神的に。
一方エンジェは悔しさを感じながらも、センリの背中に心地よさを感じていた。そして1度目にはやらなかった事をやる。
「ひゃっ! な、何? エンジェ」
「センリの髪て白くてふわふわしてて可愛いね」
エンジェはセンリの白い髪を指で巻きながら言葉を紡いだ。
「や、やめてよ……エンジェ……恥ずかしいから。きゃ!」
センリは床に足が引っかかり転ぶ。センリは転ぶ直前にエンジェを真上に投げる。
「うぅ……」
(カッコ悪い……)
一方、エンジェは普通ではありえないくらい高い視点から教会内を見渡した。
「うわぁ……」
(綺麗……)
エンジェは落ちるスリルを味わいつつ煌びやかな絶景を目に焼き付ける。
そしてこの時、エンジェは妙な違和感を覚えた。しかし、この時本人も何がこの違和感の正体かわからない。この正体がわかるのはまだまだ先の話しである。
センリは起き上がると落ちるエンジェを抱き止めた。
「大丈夫?」
「アハハハハ! 面白いね! もう一回やってよ? センリ」
「ダメ」
「え~! なんで?」
「危ないから」
「大丈夫だよ。センリだったら危なくないよ」
「ダメ」
「え~」
「言う事聞かないとおんぶしないよ」
「え~」
「わかった?」
「……うん」
センリは抱っこしながらイスに近づきエンジェを座らせた。センリもすぐ隣りに座る。
「ちょっと休憩ね」
「うん」
エンジェは頷いた。
先程の態度は子供っぽかった。
年相応のどこにでもある幼稚的なワガママだけれども大人っぽく振る舞おうとするエンジェにとってそれは致命的だった。
エンジェにとってその心は自分でどのように表現していいのかわかっていないが、それをあえて言葉にするなら『対等な関係になりたい』というものだろう。
ともかく2人は曰わく奥にある変なやつを眺めながら話しをする。
「センリはどうして私をあの塔から助けたの?」
「……さあね。たまたまだよ」
「ふ~ん。私に惚れたの?」
「な、なな! 惚れてない! 確かに君の事は好きだけど!」
「君って呼んじゃダメ! エンジェって呼ぶ約束でしょ?」
「ごめんエンジェ」
「許してあげる」
「それは良かった」
「センリは綺麗で可愛いね」
「ど、どうしたのエンジェ? 突然何?」
「センリ、顔赤いよ」
「悪い! 普通おばさんとかでしょ?!」
「好きな人をおばさんなんて言うわけないでしょ!」
「でもエンジェの方が可愛いよ!」
「ありがとうセンリ」
(センリは可愛いな)
エンジェにとってセンリは恩人であり憧れの人であり思い人である。
(こんなに可愛い人……好きにならない方がおかしいよ)
「センリはギルドの任務受けるんでしょ? 危なくないの?」
「危ない?」
「だって敵は町1つを滅亡させた人達でしょ? 強い人もいるみたいだしセンリ死んじゃったらどうするの? センリが死ぬの嫌だよ」
エンジェはセンリに悲しそうな表情を向ける。今にも泣きそうだったりする。
それも当然。エンジェはセンリの強さの片鱗を目の当たりにこそしたが強さの全貌を見ていない。
しかし、当のセンリは自分が死ぬなどと一片たりとも心の片隅にも思っていない。むしろ、どうやって早く任務を終わらせるか、強盗竜団の頭領がどのくらい持ちこたえられるかという事で頭がいっぱいだった。
「ありがとうエンジェ。でも大丈夫よ。私は強いからね。ううん。むしろ強過ぎるくらいなんだから!」
センリは安心させるようにドキドキとエンジェの黒くて長い髪を撫で下ろす。
確かにセンリは強い。少なくともおよそ1000年間、誰も攻略できなかった世界最高の塔──荊の塔を攻略するほどには強い。しかし、強者の傲慢とでも言うべきか今のセンリには自分の負けを想像しないしできない。
なぜならこの4年間、センリは本気を出さなくてもどんな強者にも負けなかったし、どんな数でも返り討ちにしていた。そういう意味ではセンリの本気を引き出した荊の塔のアルラウネ──キリーはかなりの強さを誇っていたと言える。
「エンジェ、明日は私の言う事を聞いてね?」
エンジェは余裕に1滴の心配を零したようなセンリの顔を見上げ、体をすり寄せてセンリにもたれる。
「うん」
「私が絶対に守るからね」
(センリ……大丈夫でいてね)
(私は負けない。負けるわけにはいかない。エンジェのためにも……)
翌日。
この都市で大虐殺が起こる。