センリは洞窟から出ると太陽の輝きに一瞬目を眩ます。
洞窟に入ってたのはたかだか15分程度だったがセンリにとっては太陽の光は随分久しい感覚だった。
「さてと、たぶん魔物の群れは全滅させたよね」
センリは呟くと嫌でも目を引く荊の塔を見る。
(ちょうど近くまで来たし荊の塔でも見て行くかな)
センリは荊の塔に向けて歩き始めた。
センリが歩き始めると予想以上に早く荊の塔に辿り着いてしまった。
荊の塔があまりにも大き過ぎたため距離感覚が狂ってしまった。しかし、センリにとってそんな事は些細な事に過ぎない。
センリは入口だと思われる大きい扉の前に立つ。
「大きいな~。これが扉? 押しても引いても開かないか……」
センリがあっさり諦めて踵を返すと目の前に受け付け係の女がいた。
「キャッ!」
センリはなんとも可愛い叫び声を上げると、1歩下がり背中を壁にぶつけた。
「あら、ごめんなさい」
「な、何?」
センリは少し動揺を顔に出し、受け付け係は先程会った時と同じ笑顔をセンリに向ける。
「いえ、ただセンリ様の戦闘シーンを見学しようと思いましてね」
「戦闘シーン? 戦闘シーンならとっくに終わって今は観光シーンだよ」
「そのようですね」
「君、どうしてここにいるの?」
「センリさんのファンだからです!」
「そうじゃなくて……。仕事は?」
「職務放棄です! 1人ストライキです!」
「1人でストライキしても意味ないよね?」
「唐突だけど握手してください!」
「本当に唐突ね」
受け付け係は手を差し出したのでセンリもそれに応えて手を握る。
「センリ様と握手しちゃいました! 握手しちゃいました!」
受け付け係は嬉しさに悲鳴を上げながら握手している手を上下に振り回す。
「ところで君は職務放棄してクビになったらどうするの?」
「大丈夫です。心配しないでください。仕事は今日限りでやめますから」
「そ、そう。それで君はなぜここに?」
センリが質問した時、背後から大きな音が響いた。
ゴゴゴゴゴ! と扉が開く。
センリと受け付け係は開かれていく扉を見ている。
やがて音が鳴り止むと扉は全開になっていた。
センリは驚きを隠せず言葉を失う。
受け付け係は開かれた入口を見てからセンリを見て言う。
「センリ様は運が良い人ですね。この扉が最後に開いたのは3年前です。その前が今から38年前だったらしいですよ」
受け付け係は先程までセンリに向けていた笑みとは明らかに違う愉快そうな笑みを向ける。
「3年前はギルドメンバーの1人の男が塔に入ったきり帰って来る事はありませんでした。38年前は荊の国の精鋭部隊100人という大人数に関わらず帰って来なかったらしいですよ」
「なぜそれを私に言う?」
「仕事を受けてみませんか? 内容は荊の塔内部の攻略。ランクSのメンバーにのみ許された超高額報酬の仕事ですよ。そしてこの通り、これはギルド公認の仕事です」
受け付け係はセンリに仕事依頼が書かれた紙を見せる。
センリが見たところそれは間違いなくギルド公認のものだった。センリはその報酬金に目を疑う。
「はっ? 何この額? 国1つ買えそうな報酬金なんだけど……」
そしてもう1つ。目を疑う事があった。
「それに依頼者の名前がギルドオーナーなんだけど……」
町に1つ1つあるギルドは小さな組織だが、それらは大きなギルドの子会社のようなものである。この大きなギルド及び小さなギルド1つ1つを実質支配しているのがギルドオーナーと呼ばれる人だ。
「そうなんです。ものすごく胡散臭いですけど本当の本当に本物で事実なんです!」
(本当だとか事実だとか幾多にも重ねると嘘に聞こえる……)
「まあいいよ。この荊の塔に入って何人死んだかは知らないけどみすみす死ぬわけないしね。それにその報酬金は魅力的だし」
「そうですか! 健闘をお祈りします。行ってらっしゃいませ」
「うん。じゃあね。また会おう」
「はい!」
センリは受け付け係の女に心地よい笑顔で見送られながら恐怖を感じさせない足取りで荊の塔に入って行った。
「どうかお気をつけて」
受け付け係がセンリに向けて小さく呟くと同時に塔の扉が閉まった。
■■■■
センリが荊の塔に入ると、まるでセンリを待ち望んでいたかのように塔内部が明るくなった。
内装のセンスが古い、これがセンリが最初に内部を見た感想だ。
内部は特に最上階まで吹き抜けというわけではないのか天井がある。光源がないのに明るくまるで太陽の下にいるみたいである。一部屋の面積がとても広く天井も高い。意外な事に埃っぽくなく清潔感すら漂っていた。そして階段がある。しかし、それら以外──階段の横にある真っ先に目に飛び込むであろう物があった。
「誰だろう? この人……」
センリは扉とは反対の壁にある大きな肖像画を見て言った。扉から反対の壁までそれなりの距離があり、それでも肖像画が大きく見えるのだから相当大きい肖像画だ。
肖像画の人物は男性──その容姿は若々しく、それでいて女性と見間違いそうなほどの美青年。炎のような赤い髪と燃え盛るような赤い瞳が印象的だった。
「なかなかの美形だけど少々女性的過ぎるかな」
センリは一目見てから肖像画の横にある階段を上った。
センリは知る由もなかった。その人物こそがこの荊の塔を建造した悪の魔導師だという事を。
それはそれとしてセンリ自身はわからないが何事もなくセンリは最上階の半分まで来ていた。正確には次の階でちょうど半分なのだが。
最上階半分一歩手前の階でセンリは部屋を見渡していた。
その階にあえて名前を付けるなら武器庫、宝物庫、図書館。それくらいその階にはあらゆる武器と金銀財宝、本がまるで玩具の如く転がっていた。
魔法に関してはあまり詳しくないセンリが本を見ても書かれている内容は意味不明以外の何物でもなかったが、転がっている武器の1つを見た瞬間に驚愕する。
「ちょっとこれは……どうしてこんな物が? これは最近の技術なんだけど。いや……もしかしたら」
センリはその武器──拳銃を手に取る。そして壁に向けて撃つ。壁に銃弾がめり込む。しかし、そこには銃弾がなかった。
「間違いない。空気銃ね。理論上は可能と言われているけど未だに実現されてない。しかも往年の普通の銃とは威力の次元が違うし重くないうえに反動が一切ない」
完全にオーバーテクノロジーだった。
正にその空気銃は科学の塊であり魔法は一切使用されない。しかし、悪の魔導師はあくまで魔法使いでありその空気銃を作る過程では魔法が必要であった。
センリは空気銃を床に置き金のネックレスを手に取った。間違いなく本物の金である。
(困ったな。こんなにたくさんの宝は持っていけないよ)
センリは夢中になってどの宝を持って行くか吟味していると、突然目の前の空間に文字が浮かび上がった。
「何コレ? え~と……『あなたは何を手に入れる? 知識──それは名声と禁断、武器──それは強さと修羅、富──それは自由と孤独。そしてもしあなたがこれらを放棄するならば最上階にて私のとっておきの者を与えよう』」
センリが読み終えると空間の文字は消えてしまった。
(とっておきのものね……。ここにある宝物と武器は魅力的ね。だけど、もしかしてここにある何もかもが罠かな?)
センリがこの階に上って来るまでの間、実は人間の死体や骨を見ていない。しかし、この荊の塔に入って戻って来た者はいない。つまり、センリが上って来たこの階までは、少なくとも3年前のギルドメンバーの男と38年前の100人の部隊はここまで上って来た事になる。そうなると、もし命を落としているとしたら今いるこの階くらいしかセンリには思い付かなかった。
確かにセンリは守銭奴で現金な人ではあるが、お金のために命を賭けるほど金の亡者ではない。
それにわざわざここで命を賭けなくても荊の塔を攻略した暁には多額の報酬金をもらえる。
(まあ……この宝は惜しいけど危ない橋を渡る事はないね。癪だけど誰だか知らない君のとっておきをもらいに行ってあげる)
センリはこの階のあらゆる物を放棄して階段を上った。
結果的にと言うべきか、幸運にもと言うべきか。センリは悪の魔導師の罠に引っかかる事はなかった。なぜならこの部屋の物は間違いなく本物だがこれらを手に入れた時、破滅の未来を見せられて心が壊れる。
ちなみに誰も知る由はないが3年前の男は今の階をクリアーしたが次の階で命を落とした。38年前の100人は今の階で100人の内の1人がオーバーテクノロジーの武器を手にし心が壊れて皆殺しの後、心が壊れた。
倉庫のような階の次の階。
その階は規則的に円状に並べられた柱があるだけで壁もなければ階段もない。
センリが外に目を向ければ下の方に山が見える。そして塔に絡みついた荊。
「もしかしてここで行き止まり? それともここが最上階なの?」
はっきり言って何もない。
壁から上ろうかな、とセンリが考え始めた時に何かを這いずるような音を聞いた。床から塔が響いているのがわかる。
そしてセンリは気付いた。塔に絡みついている荊が動いているのを。
センリは部屋の中心に移動すると、千本鞘から剣を2本取り出しそれぞれ1本ずつ両手で持つ。
「は~い」
どこか楽しげな声がセンリの背後から聞こえた。
センリは素早く後ろを振り向いた。そこにはバラの花から生えるように美人な女性がいた。
「ここまで人が来るなんて3年振りくらい? 3年前の男はなかなか男前な男だったけど、今回はなかなか可愛い女の子ね。……だけど3年前の男よりなかなか強いのね。楽しめそう」
「もしかして君が誰だかのとっておきなの?」
「まさか。私はあれよ。ガーディアン? てやつかな? それであなたは誰なの? あの魔導師が送って来た刺客? それとも勇者って言うべきかな?」
「刺客でも勇者でもないかな。私はセンリ。しがないギルドの剣士。たまたま観光でこの塔の扉の前に来たら偶然にも扉が開いちゃって……」
「ふ~ん。もう少しで1000年という時にこんなの誘い込むなんてなかなかの幸運の持ち主ね」
バラの女性はセンリではなく、むしろ上に向けて言った感じだ。そして再びセンリに意識を向けて言う。
「私はキリー。この塔を守るアルラウネ」
「アルラウネ……。今まで会って来たアルラウネとは格が違うね」
「当然よ。私はセンリの言う誰だかに育てられたんだから。3年前の男が言うには私はSらしいわ。Sって何かしら? サディストの事?」
「Sって言うのはたぶんギルドメンバー内における相手の強さの指標。Sはその中でも最高クラスね」
「ふ~ん。じゃあ私は最高クラスのサディストという事ね。それじゃあ私はあなたを殺すわね? 良い声で泣いてよね? あなたの声すごく可愛いからさ」
キリーは喋り終えると同時に荊の触手を伸ばしてセンリに襲いかかった。センリはそれらを切りジャンプする。天井に着地して持っている2本の剣をキリーの体に投げた。しかし荊がそれを遮って剣が刺さる。
「あら? 大切な剣をこんな事に使っていいのかしら?」
センリは鞘からさらに8本の剣を取り出して答える。
「ご心配なく。まだまだたくさん剣はあるから」
「そうみたいね。心配して損したわ」
「とりあえずお礼と言っては難だけど身も心も串刺しにしてあげる」
センリは天井を蹴って神速でキリーをすれ違い様に8本の剣を投げた。すべて剣はキリーの体を串刺しにした。センリは床に着地して再び両手に1本ずつ剣を持ちキリーに向き直る。
「あれで死なないんだ」
センリの一言にキリーはセンリの方を向き言う。
「だから言ったでしょう? 私はあなたの言う誰だかが育成した傑作だって」
キリーは荊をセンリに向けて振った。センリはそれを避けると荊が床に叩きつけられる。そして叩きつけられた荊の棘がセンリに向かって飛ぶ。センリは目を見開くと2本の剣で飛んで来る数多の棘を弾いていく。
するとさらに大きい荊がその部屋を埋めるように外の四方から押し寄せる。
「バカね~。ここは私のホームよ。塔の荊はすべて私なのよ」
センリは見ていないがキリーは勝ち誇った笑みで言っている。
しかし、キリーはセンリを侮っていた。3年前の男ほどではないとはいえセンリの事をキリーは弱いと思っている。
だからキリーは気付くのが少し遅れた。
センリは塔の外壁に剣を刺して刃の側面に乗っていた。
つまりセンリは神速で押し寄せる荊を回避して外に出たのだ。
センリはキリーを無視してそのまま外壁を駆け出した。ここでキリーはセンリの駆ける音でセンリの居場所に気付く。
「なっ?! センリ! あれを避けたのか?!」
キリーは驚きを隠せなかったが別段慌てている様子はなく、外壁に絡みついている荊を動かしセンリに襲いかかった。
センリは襲いかかって来る荊を剣で切りながらひたすら駆け上がる。
キリーも外に出てセンリを追って外壁を駆け上る。
実はセンリの方が駆け上るスピードは速いのだが襲いかかって来る荊を相手にしながらのためかキリーとの距離が縮まっていた。
キリーはセンリの姿が見えたからかさらに荊で猛攻する。
「しつこい!」
「よく言われるわ!」
センリはキリーの方へ体を向けてバックステップで駆け上がりながら剣を投げて応戦する。しかし、投擲した剣は荊に阻まれてキリーに届かない。
「無駄よ無駄!」
センリは剣を壁に突き刺してその上に乗ると、鞘から100本の剣を取り出す。100本の剣は一瞬だけ滞空している。そして100本の剣を次々と真下へ向けて投げていく。
100本の剣はストレートやカーブをしながらキリーに飛びかかって行く。キリーは焦りと恐怖を感じながら自分の周りに荊を盾として置く。しかし、先程と違い今回は刺すように飛ぶ剣以外にも回転しながら切るように飛ぶ剣も混ざっていた。当然切るように飛ぶ剣は荊を切る。しかし、キリーも後退──否、下りながら自分の周りに荊を次々と置いていく。
しかしセンリの猛攻も止まらない。再び──否、次は先程の倍の200本を取り出して投げる。
センリにとってもはや意地だった。出費の事など考えない全力の意地。
一方のキリーは荊の塔のガーディアンとしてのプライドだ。この988年間あらゆる侵入者を殺して来たプライド。
キリーは荊で盾を作り、荊を伸ばして剣の軌道を逸らす。キリーはこれをギリギリ防ぎ切る。
「本当に……こんだけ剣使わせといて大したものじゃなかったら誰かさんにキレるよ」
キリーが気付いた時にはセンリが目の前まで来ていた。
キリーも油断していたわけじゃない。だからこそセンリに距離を詰められていて驚いた。
「なんであなたがこんなところに?!」
「私……少しだけ神速できるの。それに言ったでしょ?」
センリはキリーの体を足場にしてジャンプすると鞘から千本の剣を取り出して投げた。
「な! 何コレ?!」
キリーは恐怖に声を上げる。
当然と言えば当然だ。なぜなら千本の剣が四方──否、八方──否、足場の外壁の方向以外の七方から取り囲まれていて飛んで来ているのだ。投げたのだから当たり前だが。
「必殺・千羽の星。身も心も串刺しにしてあげる!」
キリーは回避する間もなければ既に荊を盾にする隙間もなかった。
キリーは悲痛の叫び声を上げながら死んだ。例え生きていても心は死んでいるだろう。
正に身も心も串刺しにされたのだ。
センリは先程まで乗っていた剣に再び乗り、天辺を見上げる。
「このまま外壁を走って上ろうかな~? でも出入り口無さそう」
仕方なくセンリは先程の階──最上階から半分の階まで戻った。
キリーを倒したからか、次の階に行くための階段が出現していた。