天を泳ぎて地に戻りきよ   作:緑雲

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幽霊と少年
プロローグ


 ソーマ・シックザールには幼い頃から、奇怪なものが見えることが度々あった。一般的に幽霊と呼ばれるものとか、そこらへんの、アラガミとはまた違う意味で人知を越えた存在が。神機適合試験の一室や、病室にそれらは出現し、なにもせずなにも言わず、ふっと姿を消す。かつての仲間を見ても、未来ある若者を見ても、ソーマを見ても。何も。

 恨み言のひとつくらい言えばいいものを。とソーマはいつも思う。

 あれだけいつも死神化物人でなしと騒いでいたのだから、どうせ聞こえないのだと口汚く罵っていたのだから。呪いの言葉でもなんでも、言ってしまえばいいものを。

 もしかすると言葉を発せられないのかもしれない、と思い至ったのは、それなりに成長してからの話だ。かつて愛したものにさえ、彼らは声をかけなかった。だから、そういうことなのだろう、と――――思ったそれを、今しがた一瞬でぶち壊された。

 

 

『始まった瞬間に終わってたとか人生ハードモードかよーーー!ッハーー!!そうですねーー人生終わってたんでしたっけー!?しんどーーいやばーいいっそ成仏してええええええ!!』

 

 

 声はすれども姿は見えず。

 それが彼女との、最初の出会いだった。

 

 

「五月蝿い」

『アッすみません……あ、私じゃないか。私今誰にも見えないし……え、見えないよね?お兄さん独り言やめてね期待しちゃってしんどいから……』

「期待もクソもあるか不法侵入女、とっとと出ていけ」

 

 相手が霊であろうとなんであろうと、ソーマの部屋に土足で足を踏み入れられたのは事実である。人と関わることさえ煩わしいのに、自室という最も個人的な場所に勝手に入られた不快さは、相手の意味不明さを軽く凌駕していた。

 眉間に皺を寄せ、不機嫌を隠しもせずに低い声でそう言うと、騒がしい声は返ってはこなかった。

 そう、騒がしい声は。

 

『私が見えるの?』

 

 耳を打った声は、みっともなく震えていた。欲しかったものが思いがけず与えられてしまったような、頼りなく、不安と期待にまみれた声。ソーマは深く溜め息を吐いて返答した。

 

「見えない」

『あ、だ、だよねー』

「だが声は聞こえる」

 

 ソーマがそう言うと、相手は言葉を失ったかのように黙りこんだ。黙ってしまっては、ソーマは相手の顔も見えないのでどんな表情をしているかわからない。けれど間をおいて響いた声音が、彼女の全てを物語っていた。

 

『ありがとう』

 

 落ち着いた、美しい声だった。花が綻ぶような、春の日差しのような。こんな声を、言葉を。向けられたことはただの一度もなかった。こんな言葉が存在することにさえ、ソーマはうち震えた。

 

『うれしいです、とっても。わたし、このまま誰にも知られずに消えちゃうんだと思った、そうなるのが正しいのに、それが悲しいって思ってしまってた』

 

 だからね、だから。震える声で彼女は言葉を紡いだ。身体があるなら泣いているだろう。きっと美しい涙だったろうに、それを見られないことが、柄にもなく残念だった。

 

『ありがとう、お兄さん』

 

 

 

 

「………で、今のは成仏する流れじゃなかったのか」

『やめて………私も超そう思ってるんだからやめて………なんで……?未練でもあるのかな??』

「未練のないやつがいるのか?」

『知らないよ……わかるはずないじゃん……゛自分が誰かもわかんない ″のに……』

「は?」

『あ、言ってなかったっけ?私、記憶喪失なの。いつの間にかここにいて、目を開けたら何もわからなかったんだー、やばいでしょ?』

 

 不覚にもソーマは人生で初めて心の底から他人に同調した。なるほど、それは確かにやばい。けれど何もかもを忘れてしまっているくせして、のほほんと暢気に状況を説明するこいつも、かなりやべーな、とソーマは思った。

 

 

 

 

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