天を泳ぎて地に戻りきよ   作:緑雲

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流石に二週連続で忘れはしまい


幽霊、悲鳴

 

「それで、いつまで探す心算だい?」

 

 任務帰り、呆れ混じりにからかう青年を一瞥もせず神機を降ろした。腹立つくらい空が晴れ、ありふれた任務日和な本日。今日も、ソーマの幽霊は見つからないままである。

 

「いつまでもだ」

 

 常に周囲に耳を欹て、彼女の気配を探り続けて一月が経った。それでも、彼女は現れない。

 エリックの呆れもわかる、尤もだ。ソーマだって逆の立場であれば盛大に呆れただろうし、やめておけと忠告さえしたかもしれない。だがエリックは、ただの一度もソーマにそうは言わなかった。彼がソーマではないこともあるし、訳を話していないからでもあるだろう。それでも、エリックはこんな奇妙な行動を続けるソーマを見放すことも見捨てることもなかった。物好きな男である。

 

「その調子じゃあ、黄泉の国まで探しに行きそうな具合だね」

「世界中探し回って、いなかったならするかもな」

「え本気で?」

「冗談だ」

 

 そう聞こえないから。本気にしたらしいエリックが半眼でソーマを睨むが、それがまったく恐ろしくないので鼻で笑った。ソーマがやっと失笑だろうと笑みを見せたので、エリックはホッとして口角を上げた。

 

「頼むから後追いとかしないでくれよ。ボクの友人を殺さないでくれたまえ」

「お前とアイツなら百ゼロでアイツのストレート勝ちなんだが?」

「ワァ、ボクの優先順位ひっくそー」

 

 そうでもない、というのは調子に乗りそうなので言わないでおいた。ある程度ソーマとコミュケーションが取れるとかで、一月近く殆ど同じ任務をこなしているのだから、互いの性格も少しくらい把握できるというもの。昔ならともかく、今のソーマにそこを怠る意志はなかった。それを彼女もきっと望んでいるだろうと思ったから。

 

「はやく見つかるといいねぇ」

 

 エリックの言葉に肯定するようにフードを被り直した。今頃彼女はどうしているだろうか。迷子になって途方に暮れてるかもしれない。そう思えば可笑しくて、そしてそれ以上に何故か少し胸が押しつぶされそうで、今にも彼女の情けない声が聞こえてきそうで。やはりソーマは小さく微笑んだ。

 

 

『いつまでそうしてるつもり?』

 

 見慣れた顔が盛大に呆れ返った様子に歪む。膝を抱え、身を丸めて声には出さず口を動かした。

 

『いつまでだって』

 

 目視できるぎりぎりの場所に、もうずっと見つめ続けた群青の背中がある。

 今日でようやく一月経った。彼の前で口出ししなくなってから、一月。出逢って過ごした時間と、同じ時間が。

 

『いい加減諦めることを諦めたら?あの様子じゃ彼、永遠に君を探し続けるよ』

『そうかもね』

『いよいよキミの幻聴とか聞こえて来たりしたらどうするのさ』

『どうしようね』

『……ちょっと、聞いてる?』

『聞いてる』

 

 重症。長い溜息を傍らで吐かれたのが鬱陶しくて、ようやく、視線をそちらへ向けた。フユキ少年はどういう訳か、ずっと私に纏わりつく様に側にいる。理由を一度聞いてはみたものの『面白そうだから』の一点張り。お兄さんといいフユキといい、理解不能というか予測不能というか。

 フユキの青い眼がくりくりと小動物のようにこちらをじっと見つめている。この少年も、行く宛てがないのだろう。帰る宛ても同様に。

 

『そろそろ透視ができそう』

『覗きはほどほどにしたら?』

 

 お兄さんの横顔が好きだった。静かで、優しくて、少しだけ冷たくて、月のようなその微かな笑みが。幽霊だけが見られていたその表情を、幽霊はそこかしこにいる見る目のない人間共に吹聴して回りたいくらい、好きだった。

 ああ、そして今、彼の横顔が、同じ僅かな微笑みを湛えていた。幽霊の知らないところで、関係がないところで、いつも通りに。赤髪の男がお兄さんに快活な笑顔を向ける。お兄さんはそれを鬱陶しそうに振り払って、けれど楽しそうだ。

 

『私、バカだね』

 

 ぽつり。勝手に口から言葉が転び出た。

 

『あのひとを救ったのは私じゃなかった』

 

 今でも瞼の裏に鮮明に思い描ける。空が薄ら暗くなってきたその誰そ彼時に、満開のさくらの木の前で。彼の浅黒い肌の色に映えるその舞う白い花びらが、大樹に向けられたその青色に揺蕩うその瞬間を。

 

『あのひとを救ったのは、』

 

こちらに向けられない視線に安堵を、ほんの少しばかりのさみしさと。そのうつくしい光景を、焼け付くほどに覚えている。

 

『私じゃ、なかったんだ』

 

 遠ざかって行く背中。見えた淡い笑み。彼を救うのは私じゃなかった。彼を救うのは。

 

「ゲッ、嫌なもん見かけちまった」

「ん?あー、最近出没率高いよなぁ」

「ヤダヤダ、縁起悪いぜ。アラガミでも降ってくるンじゃねぇの?」

 

 口さがない男たちの罵詈雑言に、幽霊はゆっくりと振り返って半眼で睨んだ。お兄さんのようなゴッドイーターがいるというのに。品位が足りないというか、人間性が低いと言うべきか。マッタク誰の事を罵っているのやら。

 あの、とその集団に控えめな声がかかる。大人しそうな少年が、おずおずと彼らを窺っていた。そうだ少年、いけ!そこだ!陰口囁く人間など成敗してしまえ!と誰にも見えないのを知りながら腕を振り上げる。

 

「あの、さっきのひと」

「ソーマか?」

「ご存知なんですか?前に任務でご一緒したときに、ずっと顰め面で、僕何かしてしまったのではと」

 

 ウッ。幽霊は痛い所を突かれたように低く呻いた。気の弱い少年にまさかお兄さんの良い所を一目で見抜いてくれなんて理不尽な事は言えない。お友達ができたから今アタックすればきっとチャンとした対応してくれると思うよ!お買い得!なんでダイマしているんだ私は!

 

「気にするな、アイツはいつもそうだ」

 

 気弱そうな少年に会われっぽく、それでいて侮蔑を持った表情を向け、吐き捨てるようにそう言った男に眉を顰める。いやそうでもないよ?割と穏やかで優しい人なんだよ?根気とメンタルが必要なだけで!

 

「テメェが強いからって調子乗ってンのさ。俺達はそこらへんにある石ころと大差ないんだ。見下しやがって」

 

 いやいやいや、ちょっと待てよ。さすがにそれは被害妄想が過ぎないか。お兄さんは怒りっぽいし短気だし我慢強い方じゃないけど、誰かを悪く言ったことは一度もないよ。私が聞いてないだけかもしれないけど、あのコミュ障に愚痴る相手が他にいたとも思えないし。むしろ、応援要請に全力疾走するくらい人が好きだよ。

 

「悪い事は言わないが、関わらない方が良いぞ」

 

 もう片方の男が気の毒そうに言う。

 

「アイツといっしょの分隊になると、必ず死人が出るって専らのウワサなんだよ。……最近だとジャンだな……」

 

 ちょっと。

 

「誰が何時から呼んだか、ついた綽名が死神」

 

 待って。

 

「触らぬ神になんとやら。実際、アイツといるとアラガミの出現率が違うぜ」

「データ取ったバカいたよな。あれは流石に笑ったわ」

 

 待てよ。

 

「なんでも実験で作られた特別な因子が入ってるらしいぜ。傷も俺達より数倍早く治るし」

 

 おい。

 

「マ、化物ってやつだな」

 

 

『違うだろ!!!』

 

 

 意図した声とは丸きり違う声が口から飛び出た。

 

『お兄さんはあの日だってめちゃくちゃ頑張って走ってた!息が切れても足がもつれても!体力がなくなるギリギリで!助け呼んでるひとたちのところまで必死に!走って行ったんだよ!誰か一人でも助けられるようにって!』

 

 だってそうだろう。今私の声は彼にしか届かない。他の誰にも届かない声に意味なんてない、だからせめて、聞こえてくれているひとに、できることをしてあげたかった。

 

『誰かを守るためにいつだってお兄さんは頑張ってきた!訓練だって誰よりも朝早くから夜遅くまでやって!あんたたちがきっと省いてるようなことだって全部丁寧にやってた!』

 

 それなのに、そのはずだったのに。口から我先にと飛び出していくのは無意味な言葉ばかりだった。こんな当たり前の事、彼が一番よく分かっているだろう。しかも当の本人には聞こえていないのだ、はは、笑える。

 

『吹っ飛ばされた人がいたときはわざと前に出てアラガミの攻撃を一手に引き受けてたし、回復柱も回復球も毎回!誰かに使ってばっかりで!』

 

 無力だった。

 どうしようもなく私は無力だ。

 彼を救う言葉を言えたらよかった、彼を守る言葉を言えたらよかった、――彼を勇気づけられるような言葉が、言えたら。

 

『まだ一ヵ月しか一緒にいないような私だってこの人が良い人だって、優しい人だってわかるのになんであんたたちがわかんないんだよ!』

 

 ああ、そうだ彼は強い。この目の前のすっとこどっこいなんかより、私なんかより、ずっとずっと強くて。

 

『こんなに、こんなに強くて優しいひとなのに!くそめ!なんで!なんで!なんで――』

 

 こんな言葉で、私のような中途半端で不可視の存在なんかの言葉で、彼を慰められるわけがなかった。彼は一人でなんでもできるし、勝手に彼のやり方で自分を労われるし、前も向けるし、きっといつかしあわせにだってなれる。

 それでも、私は今、彼の痛みを、彼の苦しみを、彼のつらさを、彼の弱さを、彼の傷跡も、彼の心をぜんぶ、私が知ってる彼の分だけでいいから、全世界に知らしめて叫び散らしたかった。

 それなのに、

 

『―――なんで、届かないんだよ……!!』

 

 どうして目の前のこの男どもにさえ届かないのだろう。こんなに願っているのに、こんなに叫んでいるのに。私の声は、なんで。

 気づけば男たちは廊下の反対方向へ消えていた。何も聞こえないまま、何も知らないまま、あの人の良い所ひとつも理解しないままに。

 今までひとつだって落ちなかったくせ、ここにきて、視界が潤いを訴えた。水分でできてない身体のくせに、なにひとつだって私の思い通りになってくれないくせに。握りしめた拳を拭うために動かしたその瞬間、ぱしり、と後ろから温かいものがそれを止めた。フユキ、アンタってほんと余計なことしかしないね。

 振り払おうとして、出来なかった。その力が強すぎて。あの薄っぺらな身体のどこにそんな力があったのやら。諦めてのろのろと顔を上げる。そこに、思い描いたへらりとした情けない笑みはなかった。その、代わりに。

 

『―――お兄さん?』

 

 




文字数的にここで切るしかなかったと供述しており。
クソどうでもいい豆知識コ~ナ~!悪口言ってる人たちはいつも同じ人たちだよ。特に伏線でもないどうでもいい設定でした~。
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