天を泳ぎて地に戻りきよ   作:緑雲

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幽霊、墓場

 

『ソーマさんソーマさん!こっちこっち!』

「見えてる聞こえてる。あらゆる方面から気を散らさせるな」

『今アラガミいないじゃんか』

「そういう問題じゃないだろ」

 

 離れたところで子どもっぽく頬を膨らますユウカに追いつこうと軽く駆け、しゃがむ彼女の隣に立った。探索力二倍だが騒がしさは三倍な任務後のこの時間は、ソーマにとって中々に悪くない時間だ。

 

『これ、これで合ってる?』

「……間違いないな」

『マンガン銅、ヒヒイロカネ、チタン合金、アラミド繊維、鋼材、でオッケー!だよね?』

「ああ」

 

 重力なんてない癖して、ぴょんぴょんと少女はよく跳ねる。天敵もないもんだから気楽なもんだ。まるで森の中を我が物顔で疾駆する小鹿のよう。

 

「楽しそうだな」

『嬉しいの!』

 

 それくらい分かってよね、などと無茶振りしてくる彼女に嘆息する。いつも予想の斜め上を往くお前のどこをどう察すれば良いと言うんだ。

 

『ソーマさん戦闘中ちらっちら私の事見てたんだもの。幽霊なんだから襲われるわけないのにさ』

 

 理解しているのと、それに対応できるかは別である。会敵中はユウカも流石に空気を読んで目立つところでジッとしているのだが、普通そんなところに人影があれば二度見もするというもの。おかげでユウカは一ミリも悪くないが本日は戦闘が少々伸びてしまったのである。

 

『そんなわけでたくさん目も合うし、ご機嫌なのです!なのです!』

「鬱陶しい……」

『今の素の声じゃんこわ』

「率直に言って腹が立つな」

『わざわざハッキリ言ってくれてどうもありがとうございますねぇ!』

 

 バッキャロー!懲りずに拳をソーマに抜き差しするそれを避けもせずに資材を肩に担ぎ上げた。サカキがどうしてもと言うので資材収集しているが、どことなく楽しそうで何よりである。まあ彼女が楽しそうでない時を数える方が簡単だが。

 

「帰るぞ」

『うん!って、帰ったら墓場かー、なんか陰気みたいだー』

「お前には地元みたいなものだろ」

『いや他人様のじゃんか……あ、お供え物とか必要かな……』

「プリン味レーションでも持っていってやるか」

『なんでわざわざゲテモノを供えようとするの?』

 

 

 仏教に由来する由緒正しき灰色の墓石がずらりと並ぶ―――わけでなく。そこはある種、共同墓地のようなところだった。石造りの建造物の中に入ると、壁一面にずらりと白黒のタイルが張り付けられ、ところどころ空洞が口を開いている。白黒タイルの向こうに骨やら遺品やらを入れているのだという。お花やお供え物は基本的に床に置くそうだ。この時代だから、お供え物すらケチることが普通だ。つまり、供えるもの好きなど基本いないということである。なんとも物悲しいものだ。

 

『靴箱みたい』

「死人のいる場所があるだけでもマシだ」

『私がここで眠ったら、毎日詣でてね、お供え物は甘いのがいいなぁー』

「プリンレーションを?」

『そのネタもういいから!ジョーダンですぅー』

 

 実際問題、ユウカがここの中に入る事は無いだろう。今のところ、極東内に死体がある可能性は限りなく低い。今頃アラガミにでも喰われているのだとしたら業腹だが、自然の摂理でもある。アラガミに喰われようが微生物に分解されようが結果は変わらない。この一色のみの退屈そうなタイルの向こうに眠りたいとも思わない。

 

『フユキもここのどこかに眠ってるの?』

 

 一枚一枚に刻まれた名前をじろじろ不躾に眺めつつ、ユウカのペースに合わせてゆっくりと歩くソーマへと視線を向けた。

 

「……いや。ここはゴッドイーターやのための墓だ。悪いが身内や身寄りのない人間は、」

『あーあー、わかったわかった大丈夫。当たり前だよね、ここは生者の国なんだから』

 

 むしろ彼が前述した通り、墓があるだけマシだ。生者は死者に囚われてはならないし、生者の妨げになってはならない。例え歩き続けるために、時には後ろを振り返らなくてはならないとしても。ソーマさんは後ろを振り返ってくれるだろうか、いや、そうならないならいいな。そんな暇がない位、騒がしくって忙しくって楽しい毎日なら、良いな。

 

「ユウカ」

『んー?』

「行くぞ」

『ん?うん』

「くだらないことを考えている顔をしていた」

『えひどい。チョーシリアスなこと考えてたのに』

 

 咄嗟に茶化すが、ソーマは笑いもせずにユウカに手を差し伸べた。その手に触れられないことをわかっていながら、乗せるようにその手に重ねる。ユウカのぼろっちい手より一回りも二回りも大きい。きっと触ったらごつごつして、硬くて豆だらけなのだろう、『彼と違って』―――

 

『………』

 

 誰、それ。

 

「おい」

『……ううん、なんでもない』

 

 よく晴れた昼間で、今は初夏で、日差しは絶好調で気温も高くて。それなのにうすら寒い。気温を感じる身体も器官もないのに。頭がどうにも痛く、爪先が覚束ない。できるなら今すぐここから逃げ出してしまいたいような。けれど絶対にそれだけはしてはいけないような。

 どうしてもその手と繋いでいたくて力を籠めるけれど、当然のように指先は宙を掻いた。

 重くなる足を叱咤して、ソーマの背に隠れるように歩き続ける。幽霊とは、斯くもさみしき存在であると、こういうときに突き付けられる。

 数十メートル歩いて、長い廊下が終わりを迎えた。陽の光の指す四角く切り取られたその中心に、大きいだけの簡素な四角い石碑が聳えていた。左端から横書きに名前が規則的に小さく掘られていて、下の方はまだスペースが余っている。これから先、ここに埋まる人の為のスペースであり、抑えられない犠牲者の悲哀でもあった。庭、と呼ぶには緑が足りず、墓場と呼ぶには仰々しいそこに、石碑だけが長閑に佇む場所。誰かが定期的に掃除をしているのだろう、微かに砂埃が積もる以外は綺麗なものだ。

 その目前に二人は立って、じっとそれを見つめた。目の良いソーマが静かにひとつの名前を指差す。

 

桜庭冬暁

 

 美しい、名前だと思った。

 今頃そう気付いた。あなたのその名前が、とても美しいと言う事に。今更。

 

 ――『ぼくが朝。きみが――。二人合わせて一日だよ』

 ――『夜は?』

 ――『……………アッ』

 ――『……二人合わせても完璧じゃないなんて、母さんったら絶対にネーミングミスよ』

 ――『アー……なら、夜担当を見つけたら解決!』

 ――『えめんどいからヤだ』

 ――『そんなぁ!母さん泣いちゃうよ、どうすんの!』

 ――『自分のこと棚に上げてんじゃねーわよ』

 

 忘れられたままでよくもいられたものだ。

 こんなに大事な記憶を。

 

『フユキ』

 

 思い出した?碧の眼をした少年が脳髄に囁く。

 

「、おい。ユウカ、……ユウカ!」

 

 暗転。

 

 

 

 

「ユウカ!」

 

 呼ばれて、振り返る。

 

「どうかした?」

「どうしたもクツシタもないよ。今冬!ここ外!君薄着!ツッコミ所はワンシーンに一つに抑えて貰っても??」

 

 駆け寄ってきた少年が、ケンケンと犬のように高く吠える。黒い髪と青い瞳。ユウカと呼ばれた少女と同じ特徴を持つ彼は、顔立ちも少女によく似ていた。物資も栄養も少ないので背格好も似たようなもので、初見で誰しも血の繋がりを二人に感じるだろう。それもそう、だって二人は遺伝子レベルで限りなく似通った姉弟。

 

「ご飯できたから、とっとと帰るよ」

「カンパン?」

「薄カレーもあるよ」

「世知辛い世の中ねぇ」

 

 同じ血を分けた、双子だった。

 

 普通、男女の双子は一卵性双生児としては決して生まれない。例に漏れず桜庭家の双子も二卵性双生児ではあるのだが、不思議なほど二人の外見は似ていた。栄養不足からなる発育不良で体の凹凸は少なく背も低くて、中途半端に伸ばされた髪を後ろで無雑作に結び、リュックサックに入っていたその日着れそうな服を無作為に選んで着ている。ぱっと見てすぐに、似てるな、という感想を大半の人は抱くだろう。だがそこは男女、当然よく見れば普通に見分けがつく。

 そんなわけで桜庭家の双子は順調に、偶に入れ替わりネタをしたり相方に寄せたりしてそれなりに周囲を混乱させ、双子としては健全すぎるくらいに育った。自分がもう一人いるようで不安になったり同族嫌悪したりもなく、比べられてあっちがどうのそっちがこうのというので辟易もしない。ユウカとフユキは自然に手を繋ぎ、自然に笑い合い、自然に喧嘩して、自然に一緒に育った。そうすることが、いちばんしっくりきた。

 世界はアラガミによって、滅びを迎えつつある。

 アラガミが現れて一日で町がひとつ消え、一週間後には二つの国が消えていた。一年経つ頃にいよいよ人類が微々たる反撃を始め、だがそれを上回る圧倒的物量で押しつぶされた。偉い人は言いました、二倍の数には勝てない。なるほど道理である。そういうわけで、アラガミが現れて十五年を優に超えた今、ほぼ全ての国家がその機能を停止し、生化学企業フェンリルという組織が世界を牛耳っている。唯一アラガミに抗う手段、神機を生産し、管理しているのだから当然だ。そしてその組織に入れない人々は、国が機能しない下での人間でいるしかなくなった。つまり、蟻並みに無力だということだ。

 それはその日の食事ひとつ見ればわかることで、食料自給率は何処の国も十数パーセント以下を低迷し、壁外に限ればほぼゼロである。

 そんな中、桜庭家は一家離散も大きな怪我も病気もすることなく、平均的なそこそこの不幸には度々見舞われるが、一家仲良く、なかなか幸せに生きてきた。その日の食事も困るような生活だけれど、命を危険にさらして物資を探す日々だけれど、それでも、少なくとも、ユウカとフユキは幸せだった。

 

「もうここの拠点も限界かもね」

「うん。壁も床もボロボロ。もうちょい綺麗なところじゃないと、やっぱ真冬は厳しいなあ」

「誰ですかー、これぐらいいけるいける余裕余裕むしろちょっとぼろな方が風通し良くて気持ちいいとか言ってたひとはー」

「ユウカです」

「あなたでしょ」

 

 ささやかながらも深刻で、楽しくってくだらない日々が。心底から大切だった。

 




ユウカちゃんのおはなし
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