天を泳ぎて地に戻りきよ   作:緑雲

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長かったのでひとが死ぬのは次回です!これには死ネタ苦手勢もにっこりでしょう


幽霊、追憶

「フユキ!こっちこっち!」

「あ、ちょっとユウカ!待ってったら!」

 

 夕暮れのマーケットは、当然大賑わいだった。行き交う人の頬は上気し、どこかで焼き串でも売ってるのかもしれない、香ばしい匂いが鼻先を掠める。マーケット中は特に無防備なので、通常の集団の何倍ものパトロール役が有志で存在し、外で生き慣れた人々は客も店員も逃走の仕方など十分心得ている。よっぽどな巨大アラガミが数体も出なければ滅多に死者は出ない。まだこの辺りにこんなに人が隠れていたのかと驚愕する大人数がそこに集まっていた。どこもかしこも騒がしく、肝っ玉ばあちゃんがたたき売りする声、おっちゃんが持ってけドロボー!と野次る声、若い人たちがあれこれ確認する声、子ども達がはしゃぐ声、そのどれもが当たり前に響く場所。誰もが終末の世界など知らないように、そこは希望と熱気で溢れていた。

 勿論大荷物振り回すユウカやフユキも例外じゃない。

 

「おばちゃん!包帯二巻きと、消毒液を1Lください」

「あららお嬢ちゃん、高いよ?何と交換する気だい」

「ガソリン2タンク、あと粉ミルクでどう?」

「ああ、ありがたい。ここらの地区で丁度足りなかったんだ」

 

 アラガミから逃げるのに自動車が有利なのは明らかだ。そう考えるのはみな同じで、今やガソリンは何にも勝る貴重品だ。だが幸いにもここは昔工業地帯であった場所、狩りつくされていないところではまだ掘り出すことは多く、ユウカの集団は運よく充分な量を見つけられたのである。

 

「ほら、おまけだよ」

「わっ!良いの?」

「粉ミルク分だよ。ありがとうね」

 

 ぽぽんっ、と二人分のバーベキュー風串野菜が手渡され、ユウカとフユキは二人でニッコリ顔を見合わせる。マーケットには時々、こういう幸運があるから大好きだ。

 

「久し振りの野菜だ~」

「あちっ、あちゃちゃッ、おいひ」

 

 ガラガラ荷物を押しながら焼きたて野菜を頬張る。カボチャ、大根、カブ、ゴボウ、レンコンと謎なラインナップ(たぶん単に採れたてなだけな野菜を適当に焼いたのだろう)だが妙に美味いそれにかぶりつき、口元についた甘じょっぱいたれを舐めとる。

 

「あと何買うんだっけ」

「いまおえひぇんふ(今ので全部)」

 

 野菜串を咥えながら一覧とワゴンに乗った物資を目視で確認して応える。夕日はもうすっかり地平線に下半分を沈ませ、辺りを真っ赤に染めている。売ったものも多いが同じくらいの量も買っているので、帰るのにだって時間がかかる。今から戻ってもおそらくキャンプに帰るころにはオリオン座が頭上にきらめく時間帯になるだろう。懐中時計を確認するも、大丈夫、指定された時間には十分間に合いそうだった。

 

「しっかし、おまけいっぱい貰ったね」

「まあ僕らどう見ても子どもだし……もしやユッキーわかってよこした?」

「どうせ父さんの入れ知恵でしょ」

 

 あの義理人情と筋肉で生きているような人間にそんな小狡い手が思いつくはずがない。荷物の上には想定外の物、お菓子とか、可愛らしいリボンとかそういうものがいくつか積まれている。その中のひとつに、砂糖菓子を詰めた瓶がひとつあった。砂糖の塊なのである程度保存が効いたのだろうが、おそらく賞味期限は過ぎている。だが食べられないニオイはしないそれは、見た目だけでも十分な価値があった。

 

「星の子みたいだ」

 

 フユキが瓶を夕日に照らす。砕けた角の欠片が強い日差しに照らされてキラキラ光った。フユキと違って文芸系統な事はまったく分からないユウカには、ガラスの破片に似ているなという感想しか抱けなかった。これが雅力の差ってやつか、とこの時代でマッタク必要ない力を備えた弟に微笑む。その無駄さが、無意味で尊いフユキの言葉選びが、ユウカは好きなのだ。

 

「ね、ユウカ。僕さ、君の名前がすごく好きなんだよね」

「それ、前にも聞いたよ?」

「そうだっけ?ぼくが朝。きみが夕焼け。二人合わせて一日。うん、きれいだ。母さんも洒落た名前を思いつくよねぇ」

「夜は?」

「……………アッ」

「……二人合わせても完璧じゃないなんて、母さんったら絶対にネーミングミスよ』

「アー……なら、夜担当を見つけたら解決!」

「えめんどいからヤだ」

「そんなぁ!母さん泣いちゃうよ、どうすんの!」

「自分のこと棚に上げてんじゃねーわよ」

 

 それにおそらく、ハルカはあまり深く考えずにつけただろう。自分たちが春と秋だから、子どもは夏と冬にしよう。そんな適当な理由だ、たぶん。ついでに双子だからどこかしら対にしたかっただけだろう。勿論そんな両親の遺伝子を遺憾なく受け継いだユウカは冷静にそう分析したし名前の美醜などとんとわからなかった。きっとユウカが捨ててきたものを、ぜんぶ拾って出てきたのがフユキなんだろな。

 

「ね、フユキ。これからもあなたの見てる世界を、姉さんにも教えてね」

「ユウカこそ。勝手にどんどんひとりで行かないでね。いつでも僕の手を握っていて」

 

 当たり前でしょ、二人は互いの言葉に晴れ晴れしく笑った。

 

 ―――ベースキャンプから仲間が、忽然と消えているのを知ったのは、月が昇った直後だった。

 

 

「争った形跡はなし、火は?」

「消えて随分経ってたみたいだ、砂が冷え切ってる」

「アラガミを発見して速やかに退避した、っていうのが今のところの知見かな。血痕もないから、気付かれる前に逃げたんだと思う」

「乗り物はご丁寧に一台、原付があるしね……」

「行先くらい書置きしておいてよ……」

 

 ガクリ、と二人して項垂れる。人の気配がないと分かった直後に十分きっかり周辺を見て回ったが、獣っぽい新しい足跡がある程度でアラガミの姿はなく、既に去った後であることが窺えた。つまりひとまず、ここは今だけは安全である。

 尚、消えた仲間は大丈夫なのかという軽いパニックや不安や心配は二分で収まった。あの両親がピンチに陥る場面がイマイチ思い浮かばなかったのが原因である。二分で現場考察始めるとかそれでも人の心はあるのかと自分でも思うが、あの両親から生まれたのだから仕方ない。

 

「物資どうしよう。置いて行く?」

「仕方ないね。必要そうなものだけ持って行こう」

 

 幸い前にもカゴがついているタイプのダサい原付なため、積める荷物も多い。フユキにはバランスをとってもらわないといけないが、ハルカの息子なのだからいけるだろう。できるだけ物が入るように詰め込んで、重量ギリギリを攻めつつの荷造りは三十分もすれば終わった。先にユウカが運転席に乗り、片手で抱えられる程度のバッグを持ったフユキが荷台に乗って取っ手にしがみついた。

 

「ウワ、これ怖いよ」

「我慢して。けどどうしても無理そうなら言ってね荷台壊すから」

「はぁーい」

 

 フユキが乗れないなら荷物なんて腐れ。ハルカが改造したおかげで音が最小限に抑えられた原付がゆっくりと地面を滑る。当面は、元々の到着予定地点を目指して走ることになるだろう。

 

「よくこのド深夜で運転しようと思えるねっ!」

「夜のほうがアラガミの眼が効きにくいんだから今のうちに行くしかないでしょ!もしかしたら追いつくかもだしっ」

 

 身を切るような風に負けないような大声で会話しながら、真っすぐ前を見てハンドルを操作する。集団からはぐれるなんてことは実はよくあることなので、二人とも運転の仕方は一通り教わっている。結果、単車はユウカが、車はフユキが上手い事が判明した。二人とも互いの得意分野の運転はほぼ出来ないことだけが残念である。

 地上の光の9.9割が消えたこの時代、月は大袈裟なほど明るく地上を照らす。今日は特に満月だから、とびきり目が良い方ではない二人でも容易に周囲の様子がわかって大変よろしい。

 三時間走り続けて、後ろ姿どころか土煙さえない道路に諦め、中継地点その2になるはずだった場所で二人は夜を明かすことになった。

 

「予定地に着いて誰もいなかったらどうしよう」

「そうなったら、他の集団に拾ってもらうだけよ。私たち中々腕は悪くないし、どこでだって大丈夫」

 

 約二週間ごとに移動をする私たちなのでバッティングは結構な頻度で起こる。そういった場合、合流するか離散するかで行動は大きく変わるが、大体は後者だ。合流ならそのままその地点を宿とし、離散なら情報交換を交わし、場合によっては物資の交換などをした後にどちらかがその地点を離れることになる。後者がすんなりいくのは少し難しい。どちらも綿密な計画あって移動したのだから、次の滞在地点をすぐに決めるのは困難だ。そういった事を含め、移動を始めるとは言え切羽詰まっている集団ではそれが難しいことだってある。閑話休題。つまりどこかの集団に入りさえすれば、いつかは必ず、また会えるはずだ。

 

 しかし所詮この世に都合がよろしいことなどなく。両親の捜索は困難を極めることになる。

 

 それというのも、滞在地点にいた集団が双子の知る人たちとは違っていたのが始まりで。しかもその集団がまた頭の固い連中で柔軟性がなく、双子のことをただの子どもと拒絶したのである。荷物だけ奪われるは癪なのでとっとと原付に跨って走り去った。

 さてここで問題なのは、ユウカが知っていたのは最初の到着地点だけだったということだ。

 困った二人は、仕方がないので近くのぼろっちい二階建ての家屋を拠点として生活することにした。長く住む人のいなかったらしいその家は完全に廃墟で、夜になるといかにもな雰囲気を醸し出すホラースポットとなるが、川が近い事もあって居心地はさほど悪くなかった。放置された物資の見つけ方やアラガミの回避方法などはとっくに叩き込まれていたし、身の回りのことも体調管理もエンジントラブルも、双子にとっては朝飯前のことだった。そうして一週間経ち、二週間経ち、そろそろ一月が経とうとしていた。

 

「フユキ、寝ずの番、交代の時間だよ」

 

 人手がないとこれが大変だ。まさかアラガミがいつ襲ってくるともわからぬのに爆睡もできない。一応足を引っかけたら音が出るタイプのトラップをいくつか仕掛けているが、それにしたって寝入っていたら聞こえない可能性がある。こうして代わりばんこに休むことになるのは必然であった。

 フユキは毛布にくるまり、家屋の屋上で鼻の頭を真っ赤にしていた。もうすぐ二月になる真冬の夜は、文字通り凍えるほど寒い。懐中時計を手渡し、その隣に座った。

 

「またそんな薄着で……」

「毛布にくるまるから大丈夫」

 

 フユキの毛布に無理矢理身体を滑り込ませ、二人でぬくぬくと温まる。彼がずっと使っていただけあって体温が移っていて温かい。毛布から出て行こうとしないフユキに、ユウカは小さく首を傾げて彼の表情を窺った。いつもなら溜息と小言ひとつ落としてさっさと眠るのに。

 

「ねぇユウカ。ユウカはどうしてフェンリルに行こうとか思わなかったの?」

 

 生化学企業フェンリル。世界を牛耳りアラガミを倒さんとする者たち。けれど、ひどく残酷でどこまでも現実主義でもある。誰しもを受け入れられないそこに入ることが出来るのは、神機使いになる可能性を持つ者と、その親族だけだ。

 

「僕ら二人とも、パッチテストは陽性だったじゃんか」

 

 そう、実は二人とも、神機使いになる素質は充分にある。時たま遭遇する親切なゴッドイーターが、希望の切手代わりに簡易検査パッチをくれるのだ。それに引っかかることができれば、壁の中へ入れる、安全な場所へのチケット。けれど、桜庭一家はそこへ行かなかった。特に話し合うこともなく、自然とそうなった。

 そういうものなのだと納得していたユウカはウーンと唸った後口を開く。

 

「いやぁ、だって私ってば、アラガミに負けたーって思っちゃったから」

「えっいつの間に戦ってたの」

「いや物理的な話じゃなくてね。戦う気力もないっていうか、逃げた方が早いっていうか……」

 

 ユウカにとってアラガミとは捕食者であり、天敵だ。例えばネズミにとっての猫のような。シマウマにとってのライオンのような。いて当然の存在。アラガミがいる世界が常識なのだから、仕方ない。

 あらゆる種族は、滅びるようにデザインされている。ずっと続く明日なんてなくて、永遠に変わらないものがないように。そこに人間が適応されない理由がない。

 とどのつまりユウカは――抗う事を諦めたのだ。

 

「自然の理に抗うって、そんなに必要なことかなーって。ネズミは猫を根絶やしにしようとか思わないでしょ?ていうかぶっちゃけ、そんなに憎む理由がないし」

 

 そうだ、ユウカには理由がなかった。父と母がいて、フユキがいれば何もいらなかったから。集団のみんなはもちろん大事だが、哀れなことにユウカは、集団の誰かが欠けた決定的な瞬間を未だ見ずにいる。それはフユキもそうだ。つまり、現実感がないのも問題だった。

 

「フユキはフェンリル行きたいの?」

「んーー、あんまり」

 

 苦笑に近い失笑をフユキが零す。同時にほの白い息が宙に吐き出された。

 

「壁の中って窮屈そうだ。それに、僕がアラガミ討伐に向いてると思う?」

「思わない」

「でしょ?」

 

 例え神機使いになると同時に超常的な身体能力を手に入れたって、基礎が低ければ高が知れてる。自分が良いゴッドイーターになれないと自己分析した故だった。

 

「そういえば、アラガミは地球の浄化機構って、この前読んだ本に書いてあったな……」

「へぇ、面白い考察ね」

「なんていうか、星が限界を迎えたから起きるとかなんとか……昨日拾った本だから、後で自分で読んでよ」

「えぇ……何それチャンドラセカール限界?白色矮星になっちゃうじゃん……」

「ウン意味不明な語句使うのやめてくれる?」

「なんで同じ父さんの講義聞いてるのに分かんないの?」

 

 黒板やホワイトボードを見つけた日のアキトがついついはしゃいで、あらゆる講義を聞かせてくれるということがかなり頻繁に昔あった。楽しそうな父がわけわからん授業をニコニコ笑顔でしてくれるのが可愛かったので一生懸命聞いていたのである。その中に、天体科目の授業も幾ばくかあった。

 

「惑星が死ぬときに達する質量の限界だよ。死ぬ間際の惑星は最後に真っ白に、それまでで一番強く輝くの」

「へぇ、どんな光景なんだろう」

「そのときには人類はとっくに干上がってるよ。うお座のヴァン・マーネン星とシリウスのβ星みたいに、遠くからしか観測できっこないない」

 

 アキトがたわむれで地球のチャンドラセカール限界を導き出そうとしてユキトに不謹慎とチョップを入れられていたのを思い出す。ハルカがけらけら笑ってそれを眺めていたことも。その公式は流石に忘れてしまったが、その話はどうしてかユウカの心に残り続けた。

 

「なんだか寂しい話だね」

「どうして?」

「だってそれまでで一番強く輝くのに、きっと美しいだろうに、それを誰にも見て貰えないんだ。誰も傍にいてくれないし、誰もその美しさをしらない」

 

 見上げれば、たくさんの星が瞬いていた。星見表はとうに失くしてしまったので、どの星がどの星座かは、もうわからない。それほどに、空は星で埋め尽くされていた。三日月とは言え月明りがあるというのに、素晴らしい眺めだ。しかし今見える星のどれにも、知的生命体がいる痕跡はない。だから、この惑星が燃え尽きたとて、観測できる誰かはどこにもいないということだった。それを寂しいと思える感性をユウカは持ち合わせっていなかったけれど、フユキが言うなら、きっとそれは寂しい話なのだろうなと思った。

 

「私も、死ぬときはフユキが側にいてほしいものね」

「不吉なこと言うのヤメテくれる?そういうのフラグって言うんだからね」

「でも、フユキもそうでしょ?」

「まあ……そうですけどもー」

 

 私たちは元は一つだった。この世に生まれる一瞬前にかみさまに分けられただけの、元は一つの卵子だった。二人で二人、一人と一人。もう決してひとつには戻れない。けれど確かに、二人は双子なのだから。片割れだけ残るなんて、まっぴらごめんだ。人は惑星よりずっとちっぽけで、ずっと弱く、ずっと我儘で。だから、ひとりで死ぬのは寂しいのだ。

 




次回でユウカちゃんの昔のおはなしは最後になります。
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