天を泳ぎて地に戻りきよ   作:緑雲

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三話連続投稿ですお気をつけて


あなたがくれた朝と夜

 

 いつもよりよく星がよく見えるな、と思ったら、どこにもない月に今晩が新月だったことを理解した。

 

『見て、今日も星がよく見えるよ』

 

 どこからともなく聞こえてきた声に振り向いて、誰もいないことに苦笑する。あまりにも当たり前のことだった。

 驚くべきことに、ユウカは生きている。

 ひどい傷、間違いなく重傷レベルではあるが、それでも、まだ、息をしている。生きているなら、フユキにユウカを見捨てる選択はあり得ない。指先が切れたからと言って指を切り落とすか?額から血が出ているからと言って首を落とすか?否だ。フユキにとって、ユウカはそういうレベルの存在だった。ベルト代わりに巻いていたワイヤーで彼女の胴体と自分を巻き付けるように背負い、歩き続けて、丸二日経った。こまめに休憩をとって水分を取らせたりはしているが、この分ではあと一日もつかどうかだろう。けれど、それでいい。どうせ、そうもたない。

 

「闇夜の方が、星はキレイなもんだね」

 

 強く輝く月がないからだ。太陽にばかり縁のある僕らだけれど、月担当はそういえばいなかったな。だがどんなに星が綺麗に見えたところで路頭が明るくなるわけでなく、見晴らしが良くなるわけでもない。

 

「ユウカ。……夕夏、どうか起きないでね」

 

 僕の頭部からは、今も僅かに血が滴っていた。

 ユウカは、あまり関係ない。水と食料を探そうとしてユウカを隠して行動していたところを、倒壊した家の瓦礫に巻き込まれただけだ。手足は動く、思考回路も問題ない。――いや、とっくにもう問題ばかりなのかもしれないが。

 休憩は終わった、歩き出さなければ。

 

「あ、そうだそうだ」

 

 ポケットにいつの間にか入れられていた懐中時計を取り出す。見覚えのあるデザインのそれは母のもの。おそらく、おつかい前にハルカがユウカに貸したのだろう。最早形見となってしまったそれを眺めて苦笑した。何を託そうとしていたのだか、この姉は。ちょっとした呪いを懐中時計に施して、姉の懐に押し込んだ。

 ユウカを元通り身体に縛り付けて、腰のバッグに僅かな食糧と水を詰め込む。踏み出した足は抗いがたいほど重く、鉛が喉に詰まっているかのように呼吸がか細い。それでも歩く。出血は止まらない。このまま歩いて、運よく、辿り着けたとしても、きっとこの命の灯は消えていることだろう。

 けれどそれは、いいのだ。

 

『フユキ、もうちょっとだよ。がんばって歩こ』

 

 本当は運動があまり好きじゃない姉の声が耳に蘇る。うん、そうだね。もうちょっとだ、頑張って歩こう。

 十中八九、辿り着けない。

 姉の息が止まるのが先か、僕の心臓が停止するのが先か。僕の足が、あの壁向こうの地面を踏むのが先か。頭の出血ははっきり言ってひどい。出血だけじゃない、降ってきた瓦礫は大きく重く、腫れと位置からして最悪の場所を打ち付けたらしい。意識ははっきり言って保つのがやっとで、数字を数えることすら危うい。冷静な判断も的確な行動も取れない。そういう、怪我だ。

 ああ、馬鹿らしい。何が合理的だ、論理的だ。感情的な問題を冷静に解決するほど馬鹿らしいことがあるか。

 ただ僕は、この馬鹿な姉に生きてほしいだけだ。

 そのためなら今ここで死んだって構わない。無理だ、できっこないなどという言葉は認めない。過去も他人も未来さえ関係ない、くだらない。僕が、いま、それをできるかだ。

 奥歯を噛み締め、爪先を丸めて、一歩、踏み出す。

 星空は回天し、空がぼんやり明るくなる。明度は秒刻みで徐々に明るくなり、空の端が、ぼんやり黄色に染まった。

 足が重い。もう動けない。周囲を確認する余裕も、もうない。目の前がふらつく。どっちが上で、どっちが右かもわからない。けれど、それでも、歩く。歩く。

 歩く。歩く。

 歩け。

 歩け。

 歩け。歩け。

 

「――――――――――ぁ」

 

 陽が、昇る。

 眩いほどの白、包み込むような金色、労わるようなオレンジ色。その手前。朽ちかけたビルが立ち並ぶ荒野。目の前に続く道の先、もうほとんど目の前に、大きな壁が。

 暁。

 そうだ、僕だ。

 ―――僕だった。

 

 眩い光が辺りを包む。それは陽光であり、視界の明滅であった。

 いつかの雑談が脳裏に過ぎる。

 チャンドラセカール限界。

 

「きみが」

 

 頬を熱い雫が伝う。噛み締めていた歯が離れ、口元が不格好に歪む。

 脚は最早勝手に動き、呼吸はその濃度を徐々に減らした。

 惑星は死ぬ間際、それまでに一番、美しく大きく輝く。今ならわかる。それがどれほど孤独で、もの悲しく―――愛と希望に溢れたものなのか。

 

「優しい人達にめぐり会って、」

 

 今まで、友達なんて碌に作れなかったけど。多分壁の中には同じくらいの子どもくらいいるよ。いや、年齢なんて関係ないか。君は君が思ってる以上に優しいし愉快だし馬鹿なんだから。

 

「笑い合える仲間をつくって、」

 

 すぐに、友達くらいできるさ。

 

「素敵な恋なんかもしちゃって、」

 

 僕じゃきみにもう、朝を運んであげられないけど。

 

「―――しあわせに、なれますように」

 

 僕がいなくても。

 

「夕夏。ありがとね」

 

 大丈夫。

 

「大好き」

 

 扉を、叩いた。

 

 夕夏。何度でも、言うけれど。僕、君の名前がとても好きなんだ。夏の夕暮れってさ、鮮やかで優しくて、力強くて、長くてさ。一回見たら、絶対忘れらんないんだよね。ユウカの笑った顔は、それに似てる。僕、君の笑った顔大好きだから。

 瞼が落ちるその間際、今生で最も多く見たひとの苦し気な顔が見えた。苦しいということは、生きていると言う事だ。僕はもう、苦しくはなかった。

 一つが二つになった僕ら。この世に落とされる一瞬前に。だから不時着後にすぐ会えた。

 

 だから、二度目の離れ離れも、きっとすぐ、また、出逢えるよ。

 

 ユウカ、ユウカ。夕夏。

 

 

 生きろ。

 

 

 フェンリルさん。ユウカの未来を、どうぞよろしく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 うわー。これユウカ大丈夫なの?ほんとにこんな不愛想男で良いの?あーあーそんなに嬉しそうにしちゃって。実の弟がここにいるってのにさ。

 

『ごほん、そういうことで、お手数ですがわたくしめが成仏できるべく力を貸してくださいませんかね』

「他を当たれ」

『当たれる他があるなら私だってそうしますーーっ!誰がこんな顔だけ良い無愛想男に好き好んで頼むか―――ああーーーージョークですう本心じゃないんですぅ!!』

「よくその歳まで生きていられたなお前……」

 

『ほーんと、楽しそうにしちゃってさ』 

 

 ふてくされたような言葉とは裏腹に、自分でも唇の端が上がっているのが分かった。

 僕が命がけで生かしたいのちは今日も無為な時間を過ごしている。だがそれで良いのだと思った。フユキはあたりまえの事をしたに過ぎない。ユウカが当たり前にフユキを庇ったのとおんなじ。

 

 ずっと強がっていたやさしいやさしい夕夏。

 君が変わるところまでは、見届けても許してね。

 

 




あなたに優しい月が昇りますように




そんなわけで次の回からはボーナスステージという名の蛇足(本編)です。GEBは全編できたら良いな~~~~~~~とかテキトーに考えています。ただ、ここから先は書き溜めていないので亀更新or書き溜め終わるまでの更新停止となると思います。ユウカちゃんと言うクソヤバ新型新人がひくほど大暴れしながら周囲(主にソーマ)をぶんぶかぶんぶか毎日毎日ジェットコースターのように振り回す話です。わーたのしそー^^
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