天を泳ぎて地に戻りきよ   作:緑雲

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少女、初陣

 

「お前は外出身だったよな?」

「はい。中々刺激的な毎日でしたよ~」

「壁外を刺激的で終わらせるお前もお前だが……んじゃここらへんの地形は分かるか?」

「バッチリですです。資材ポイントまで完全に把握してるくらいですよ!」

「俺より玄人じゃねーか」

 

 贖罪の街にて、リンドウとユウカは任務に赴いていた。新人には定番のミッションらしい、オウガテイル一体の討伐を言い渡され、リンドウはその付き添いとなっている。最初の営業に上司が付き添うのと同じようなものだ、訓練は一通り終わらせたつもりではあるが、実地となれば話も違う。

 

「ところでリンドウさん、ソーマさんは上手くやれていますか?虐めとかされてないですか?」

「オカンか?」

「ジョークです。ソーマさんなら虐められたらやり返す、倍返しだ!くらいの気概はあるはずですもん」

「ネタが古いなお前」

「よく言われます!」

 

 少女が茶目っ気たっぷりにペロッと舌を出して笑った。なるほどなぁ、とリンドウは忍び笑う。明るい少女だ、軽快で賑やかで悪戯っぽく強引で、探し物がうまいタイプ。自身の痛みを理解しているから、他者の痛みにも敏感で、そのくせ人と関わるのが好きときた。おそらく先天的なお人好しである。だがこういう馬鹿は嫌いじゃない。

 

「さぁ、実地演習を始めるが、用意はいいな?」

「はい!」

「オシ。命令は3つ。死ぬな。死にそうになったら逃げろ。そんで隠れろ。運が良かったら不意を付いてぶっ殺せ。あ、これじゃ4つか」

「大丈夫です私も今IQ0、2なんで」

「視力かよ」

 

 僅かに走った緊張感はそのまま駆け抜けて行ったらしい。5秒と持たないシリアスにユウカはにこりと微笑み言った。

 

「大丈夫、扱う武器は違いますが、私ちゃあんと見てましたから!」

「何を見てたのかお兄さん聞くのがこえーわ」

 

 訓練生はアラガミ討伐に駆り出されないし討伐映像なんてものもない。もしもソーマのワンマンプレイを受け継いでいたのだとしたらゾッとする。問題児がまた増えてんじゃねぇだろうな、とリンドウは顔をひきつらせつつも、「まとりあえず生きて帰るぞ、そうすりゃ万事どうにでもなる」とせめてもの言葉をかけた。

 

「当たり前じゃないですか。ちゃんと一緒に帰りましょうね、リンドウさん」

 

 目を細めてくしゃりと眉を寄せて笑うその顔は優しさと労りが込められ、こりゃ良いお嬢さんを捕まえたなと万年部下な青年に心中で微笑んだ。

 

 

 物陰からひっそりと距離を測りながら接近し、神機を構えてタイミングを窺う。初めての、経験だ。少し離れたところにいるリンドウさんがひらひら手首を振ってニッと笑みを浮かべる。お前さんなら大丈夫だ、そう言われているようで安心したが、不安の一切を拭えるわけではない。ユウカにそうできるひとは、世界でただ一人なのだから。

 心臓がばくばく五月蠅くて、心臓ってなんて重いのだろうと笑みを漏らした。身体を取り戻してからずっとそう、どこもかしこも重くって仕方なく、それなのにどこまでも歩いていかねばならないのだから人間って大変だ。そんな大変な人間に戻りたかった、戻り得た。こんな必然からなる奇跡を起こせたのだから、あんなちっぽけなアラガミくらい楽勝だ。きっとそう。

 建物の陰からそっと標的を目視し、息を止める。直後、地面を蹴り飛ばし目標小型アラガミ、オウガテイルの一体に斬りかかる。オウガテイルは敵を見つけた瞬間必ず一度嘶きを上げる、その無意味な特性に狙いをつけ、ボサッと開けられた口へ神機を突っ込んだ。一番柔らかいところに引っかかりは作れた、次は捌けばいいだけの話だ。最も抵抗が少ない水平に近い小さな角度に刃を瞬時に調節、チャキリという小さな金属の刃音を聞き終える間もなく肉と表面の甲殻を斬りつけた。

 

「ん、ん?」

 

 思ったより角度が水平寄りになりすぎてしまったのか、予測よりも浅い傷となってしまった。一太刀でやれ、というのは流石にバスターブレードな彼等しかできない芸当だろうが、ショートにはショートの使い道がある。

 ユウカは勢いのままに着地したオウガテイルの三メートル後方で踵をブレーキに方向転換し直ぐにまた前へ跳躍する。もっと早く動けるはずだ、もっと、速く!

 鈍色の刃が広い街路に閃く。一直線上を流星のような速度で飛び越えて、その度に刃は血飛沫すら切断し悲鳴すら掠め取った。二つの陰が地に沈む。一切の反撃すら許されず声すら上げずに生命活動を停止せしめられたオウガテイルは、体中から滂沱の黒々とした液体を流して虚ろな眼を濁らせていた。

 もっと上手く斬り裂けるものだと思っていたが、やはりソーマのようにはいかないものだ。とは言え勝利は勝利、ユウカさん大勝利ー!と声を上げようとしてアッと声を上げる。

 

「アー、あンな、バースト訓練……」

「アハハハー……やり直しですか?」

 

 半笑いで頷くリンドウに、ユウカはああ~~~と大きく項垂れた。

 

「だがま、新人にしちゃあかなり動けてる。つーかむしろ動け過ぎ、だな。ソーマになんか入れ知恵でもされた、って雰囲気じゃないが……」

「そうですか?私が持ってるスキルなんてサバイバル能力とサイエンスクッキング能力くらいですよ」

「そうか、っていや待て待て待てツッコミ所しかねーわ!」

「カッターの最も切れる角度は十五度なので、カッターの厚さと神機の厚さに比例させて最適な角度を求めたつもりだったんですけど、カッターよりも日本刀のほうが感覚としては近いんですかね?製造方法が全く異なるから切れ味も切り口も違うし刃の角度も違うからそれらを含めて修正、」

「あまってもう着いていけねーわやめて。頭パーンなるわ」

「なんでですかまだ百字も喋ってないじゃないですか」

「頭良さそうな話全般無理。お前の同期も多分死ぬだろうから程々にしとけよ」

「わかりました、今度ゆでたまごの最適時間でも仕込んどきますね」

「ああまあそれなら」

「卵の最適のゆで時間は卵の直径=0.0015d2loge[2(お湯の温度-初期温度)/お湯の温度-黄身の最終温度]分なので卵の直径を50mmと仮定、初期温度を」

「OK、俺が悪かった」

 

 圧倒的台所の科学。家庭の味も母の味もへったくれもない情緒ゼロ手作り料理だ。父がタンパク質の化学反応と卵の熱伝導率をシッカリ講義した後に完成したゆで卵を出した時にはナオミまでもがチベスナ顔をしていた。ハルカとフユキは終始どーでもよさそーにニコニコしていた。

 ちなみに以上の式はニュー・サイエンティスト誌に大真面目に発表された列記とした公式である。

 

「マ、ともかく、次行くぞ次。今頃まんじりとまってやがるぜ、あいつ」

「はいっ。リンドウさんもそうでしたか?サクヤさんが初めて出撃したとき」

「ハハハハ、おめーさてはかなり目敏いな?」

「ふふふ、どーでしょー」

 

 いやあのやりとりで親しい男女の仲でないわけがありますかよ、と心の中だけでユウカは爆笑を堪えた。どっからどう見ても結婚間近のカップルだ。さっさとその左の薬指を売却済みにした方が良いですよ。うふふと意味深に笑うユウカと顔を引き攣らせるリンドウの軽いやり取りの後、二人の耳元でタイマーが鳴ったときのような機械音が鳴り響く。

 

『オウガテイル無事討伐完了です!お疲れさまでした!』

「おっヒバリすまん。任務は達成だが訓練は未完成なんでな、近場で手頃なアラガミはいるか?」

『えぇっ。ええと少々お待ち下さい…………ううん、北に2キロほど行ったところで中型アラガミの反応はありますが……』

「あーまぁ構わねぇさ、それで。北に2キロだな、了解」

『えっちょっとリンドウさん!ユウカちゃんは今日適合したしんじ、』

 

 ブツッと音を立ててリンドウが無線を切る無慈悲な機械音が響いた。聞きたくないことはハナから聞かない主義のようで、リンドウは「さ、任務継続するぞー」と暢気な声音で言って脚を動かした。『あのあのあのリンドウさん!?まさか通信切ったなんて言いませんよねあの!?』と喚くヒバリの切実な声に心底申し訳なく思いつつ、ユウカもソッと通信の電源を切った。ごめんなさいヒバリちゃん。上官同士の板挟みはユウカは真っ平ご免であったので。

 

「リンドウさん……」

「おー??なんだよ怖いのか?」

「はあまあそれはそうですけど、良いんですか通信」

「良かねぇけど、マ、俺くらいのゴッドイーターともなると多少の勝手は許されんのさ。たぶん」

「わあ、とっても曖昧」

「心配すんな、大丈夫だから」

「どっちが?」

「どっちも。びびっても俺がフォローしてやる」

 

 からからと晴れ晴れしく笑うその姿はなるほど頼もしく、そしてその悠然たる態度には安堵感を齎すものがあった。若い頃苦労したんだろうな、とユウカはなんとはなしに思った。

 

 結局中型アラガミと予想していた通りひと悶着あり、ユウカとリンドウが帰還したのは夜の七時を過ぎた時間となった。

 

 

「遅い」

「中型アラガミがゲボラじゃなくサリエルだったのがな。運が悪かったわ~」

「初陣でサリエリに新人突っ込む馬鹿がいるかッ!怪我こそなかったから良いものを………いやむしろ、何故怪我がないんだ?」

 

 神機を保管庫に格納した後、あらゆるひとに苦笑いされながら、報告しにエントランスホールに向かおうとしたその廊下で、仁王立ちをする女帝が立ち塞がっていた。こうして並ぶと、この姉弟は確かに似ている。目元とか、すっと通った鼻筋だとか、何より二人の間に漂う親しい空気が雄弁に物語っていた。

 かなり失礼なことを問いかける彼女に、私は不満に思うでもなく喜ぶでもなく事実だけを述べた。茶化して聞いてはいるが、察するにかなり部下想いかつ弟想いと見る。そういうひとを悩ませるのは本意ではない。

 

「殆どリンドウさんがやっちゃいましたもん。私ちまちま切りつけながら遠くから撃ってただけですよ」

「そうか、良い判断だ。新人とは思えない冷静な状況判断だな」

「エッ、あっはい、あの、ありがとうございますっ」

「新人の演習が満足ではなかった事も鑑みて、今回の独断行動は大目に見よう。だが、」

「アッ待ってくださいオチが見えたやめて絶対怒られるやつじゃんすかやだやだやだ!」

 

 私は許そう。だがコイツが許すかな!っていうオチでしょ分かってるんだから。そしてその場合、ユウカに最も効く説教の主は、あのぶっきらぼうで天邪鬼な青年に他ならない。自発的に怒られにいくのは良いが、不可抗力で怒られるのってちょっと違うと思うのだ。事実、今回私はマッタク悪くない。悪くはないが、心配は、それはもちろん、かけただろう。

 

「リンドウさん……!!」

「アー、ハハ。悪かった。事情一緒に説明してやるから、ホラ、な?」

「当たり前ですぅ……!」

 

 リンドウさんがすっと脇に逸れて、扉へ促すような哀れみの視線を向けて来た。エントランスへ向かうための扉は開閉ボタンを押さなければ開かない構造になっている。そして、リンドウさんがそれを押してくれる感じではなかった。なんでそういうことするの?運命は自分の手で切り開けって事なの?だったら私運命の奴隷で良いよ……。

 そぅっと震える指をボタンに押し当て、その振動で呆気なく扉は開かれた。強い光に照らされた明るいエントランスにはなんと、――ソーマさんの姿はなかった。

 

「あ!ユウカ!」

「……なんでエリックがいるの?」

「ぐはっ!」

 

 悪気なく放った言葉が、赤に近い茶髪の青年の心臓をシッカリと貫く。身体をくの字に曲げて胸を抑えるエリックを慰めるでもなく、混乱のままに私は言葉を重ねた。

 

「え、なんでエリックなの?ここはソーマさんとの感動の再会シーンからの愛を確かめ合うところでしょ?なんでいるの?」

「ぶげらっ!」

「そんなんだから空気読めないってエリナに言われるんだよ?」

「ぐああああ!!」

 

 ファイヤー!アイスストーム!ダイアキュート!といった感じで連鎖を繋げていく度に上がる悲鳴に楽しくなってきたところで、肩に手が置かれる。モスグリーンの瞳が憐憫を湛えて語る。そこまでにしておけよ。ちっ。エリックめ、運の良い奴。リンドウさんに感謝する事ね。

 

「で、エリック。私のダーリンはどこなの?」

「君ね……普段は絶対そんな風に言ってやらない癖に……」

「当たり前でしょ」

 

 そういうところだよキミ、と言わんばかりの視線を鬱陶し気に振り払って、呆れ半分な彼の言葉の続きをじっと待つ。

 

「自室だよ。健気だよねぇ」

「………………………」

「え、ちょっとユウカ?死んだ?」

「………………………あ、」

「あ?」

「あんちきしょーーーーッ!なーーんかい言ったらわかるのあンの馬鹿は!!!」

 

 何やら視界端で何人かがきゅうりを見つけた猫のように飛び上がった気がしたが無視し、エレベーターを待つのすら惜しんで非常階段へ転がるように飛び込んだ。

 ユウカは激怒した。かの無知暴走の男を矯正せねばならぬと決意した。ユウカには彼の心がわからぬ。ユウカ壁外の蛮民である。しかしひとの心の機微に関しては、人一倍に敏感であった!

 

「ソーマさん!」

「ッ!?」

「『ッ!?』じゃなーーーい!!」

 

 何勝手に引きこもって来訪者に驚いてるんだこの人は!……いや冷静に考えたらフツーに驚くな?引きこもってる最中にノックもなしに扉を空けられたら「うっせぇババア!勝手に俺の部屋に入ってくんなっていつも言ってんだろ!」とか言われても仕方なくもなくもないかもしれない。やだソーマさん反抗期?あ、それはいつもか。

 

「ソーマさん、私は今、とぉっても怒ってる。なぜなら!」

「そこは考えさせるところじゃないのか」

「なぜなら!なんかソーマさんが一人でいじけてるから!」

「無視か」

「モグラ叩きみたいなツッコミやめてくれる?」

「じゃあまずそのモグラ叩きみたいなツッコミをさせないような言動をしてくれ」

 

 まるで私の一挙一動全てがツッコミ所しかないみたいな言い方やめて欲しい。真顔で言われると本当にそんな気がしてくる。

 

「そんな気がしてくるではなく本心からの言葉なんだが」

「えっソーマさんてばエスパータイプだったの?てっきりあくタイプかと」

「黙れゴーストタイプ」

「今はノーマルタイプだし!ちゃんとぶつりこうげきダメージ受けるし!……弱体化してる!?」

「落ち着け。なんの話をしに来たんだ」

「あ」

 

 そうだった。私はどっかりとソファに腰を下ろすソーマさんの横に礼儀正しく正座して真剣に彼を見つめる。

 

「ソーマさん。言いたい事があるならちゃんと言って。我慢とか遠慮しないで。そういうの、距離を取られたみたいでやだ」

「我慢したわけじゃ」

「なら、羞恥って言った方が良かった?」

 

 エントランスでのリンドウさんやサクヤさんとのやり取りの後、そっと気まずげに視線を逸らしたソーマさんを、私は当然目敏く見つけていた。

 正直、この人の中にそういう感情ってあったんだ、と思った。

 だってあの時、あんなにもハッキリと愛の告白をするような男が。私とのやり取りを身内に見られて恥ずかしいなんて。エェェ!!?今更ァァ!!!??とあの時口にしなかった私を誰かに褒めてほしい。

 

「エントランスで待っててほしかった訳じゃないよ。でも命がけの初仕事終えてきた私に、ソーマさんは何某かを言う義務があると思います!」

 

 私も大概素直じゃないし面倒な自覚はあるけど、ソーマさんてなんか、それに輪を三十くらいかけて面倒だ。素直じゃないとも言う。

 ソーマさんは頭痛を堪えるように額を手のひらで覆って、浅く息を吐いた。

 

「………………………心配した」

「それだけ?」

「………………………無事で良かった」

「それだけ?」

「………………………………………おかえり」

「うん!ただいま!」

 

 蚊の鳴くような声で、耳まで赤く染めたかわいい人は、降参したようにがっくりと項垂れた。

 

 私たちは、もう幽霊と同居人じゃなくなった。

 姿も見えれば触れもするし、別れて行動するときもあれば一緒に居る時間もあるしそもそも部屋は別々だし、今は自分の人間を生きている。擦り寄れば温かい。もうすり抜けることも、ない。もう互いが互いに依存する理由だってない。けれど離れ難くて。

 無意味だった距離に意味が生まれ、節度と言う名の壁が生まれ、常識と言う名の隔たりができた。それらに彼が苦しんでいたことはわかっていた。ほんとうに、笑えてしまうくらい馬鹿で困る。

 桜庭ユウカが生きているのはソーマ・シックザールが生きているからだって、言わなきゃわかんないのかなぁこのひと。

 

「………なに笑ってンだ」

「ソーマさんが可愛くてつい。これが馬鹿な子ほどかわいいってやつかー」

「殴るぞ」

「効きま……いや効くね!?そうだった今私ノーマルタイプじゃん!」

「等倍だから安心しろ」

「いやソーマさんの特性絶対てつのこぶしかちからもちでしょやめて!?あいたたたたたアイアンクローやめろやこの暴力系ヒロインめ!」

「誰がヒロインだ誰が」

 

 




ユウカちゃんの押しの強さと察知能力は世界救えるレベルですが、本人がひくほどポンコツなのであまり役に立っては無いです。
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