技術部の結晶、と言う名の朝食、もといベーコンレタスサンドイッチ味のレーションを舌の上で転がす。ベーコンとレタスの味らしき味覚は感じ取れたが、肝心のパンがどこにも見当たらなかった。いやBLTの主役はパンじゃなくてベーコンとレタスだ、ならばパンがなくとも良いのではないか?だがパンがなければサンドイッチとしての体裁が繕えない事は明白だろう。しかしそれだけの理由でパンをBLTの本質とするにはやや早計が過ぎる。BLTにおける総重量の割合と質量を換算して、だが量が多いというだけでパンをBLTの本質の範囲内とするには、
「なに難しい顔してんだ?」
「ベーコンレタスサンドイッチについて考えてた」
「聞くだけ無駄だったか~」
「コウタ、もうご飯は食べた?」
「まだだけど……え、今朝そんなやばいの?」
「ベーコンレタスとサンドイッチについてホワイトホールが拓ける」
「……ユウカ、オレの分いる?」
「くれるなら貰うー!」
プリン味レーション程度で音を上げているクソザコ子ども舌の彼には荷が重かろう。そうこれはボランティア、断じてカツアゲの類ではない。そのような言い訳を心の中で並べ立てているのを察知したのかなんなのか、右後方から勢いよくスッ叩かれて僅かにつんのめる。
「イッタ!」
「コラっ人のモンを取るな!いやしんぼかお前は」
「はぁい。ごめんねコウタ」
本日同じ任務へ出撃するバディは、同期同格の彼、藤木コウタである。基本的に陽気・短気・能天気なパーフェクト陽キャ野郎で、初対面でガムを差し出せる程度のコミュニケーション能力を持つ、かなり付き合いやすいタイプだ。もちろんユウカとの仲もすこぶる良く、会って二秒で意気投合、五秒で喧嘩、十秒で肩を組んだ姿が目撃されている。つまるところ相性がよろしかった。しかし少し軽薄なところがあるコウタと、行けるところまで行っちゃうユウカとでは、なんというか、とても周囲に心配をかける組み合わせでもあった。
「いやオレ的には引き取ってほしいんだけど……」
「まあ朝ご飯なんて身体的には良いところなんてないしね。消化器官が目覚めきってないから、胃が汚れるだけだし」
「マジかよ!?え、でもよく言うじゃん『朝ご飯はちゃんと食べなさい』ってさ」
「育ちが良いね君は本当に。朝ご飯はぶっちゃけどうでも良いんだけど、頭にはデンプンを回さないと脳が働かないんだよ。んで、食事には基本日本だと特に白米、聞いてる?」
「長い三行」
「この白いレーションだけ食べればオーケ、ッイ"!なんでですか!」
「食堂のおばちゃんの眼を真っすぐ見つめてもう一回言ってみろ、な?」
「はい!言ってきますね!」
「やっぱやめろやめなさいっ!お前はマジにやるやつだったなこのバカっ!」
「人の心がないのかお前はーーーッ!」
「貴方達、朝から元気ねー」
男二人がかりでしがみついて待ったをかける少女の頭をやんわりと押し留めて静々と笑ったのは、第一部隊の美しき狙撃手サクヤであった。美女と美人に弱いユウカは勿論一切の抵抗を止めて着席する。サクヤさん今日もお美し~~~!神すら嫉妬する輝き~~!と心の中だけでうちわをぱたぱた振って、外面では「おはようございますっ」と軽くハイテンションで挨拶するにとどめた。
「はい、おはよう。今日はコウタとの任務だったわよね?」
「はいっ。敵はコンゴウですので、ガンガン攻めようかと!」
「そうね。ヒットアンドアウェイ方針が最も刺さる相手よ。頑張って」
「はい!」
「おい、おいおい、おかしくね?俺が一応直属の上官だよな?」
「サクヤさんやさしいからすきです」
「サクヤさんルマンドとかくれますもん」
「俺だってジュース奢ったりとかしてるだろ!?」
「筑前煮オレとか?」
「いつも思うんですけどああいう苦いともしょっぱいともつかない飲み物どこで買ってくるんですか?」
「返答のIQに違いがありすぎると思うんだが!?」
「リンドウ、大きな声を上げない」
「はい」
サクヤの冷静な一言でスンッと真顔になってはモソモソと食事を再開するリンドウに、ガキ二人が怒られてやんのー、やーいやーいとクスクス笑い合う。「夫婦と姉弟じゃん」「完全に親子」と方々でコソコソ囁かれていることも知らず、コンソメスープを啜った後に顔を上げたリンドウがそういえばとユウカに話しかけた。
「そういやソーマと一緒じゃないなんざ珍しいな。喧嘩でもしたか?」
「朝っぱらから任務ですって。私が出撃するまでには終わらせるって言ってましたけど」
「任務開始まであと2時間だよな?」
「そうですね。よしコウタ、そろそろ出発しようか」
「え、お前ソーマと仲悪かったっけか?」
「すこぶる良いに決まってるでしょ。いいから行くよ!」
「ちょ、待った待った!俺のプリンレーション!」
「なんだかんだ好きなんじゃん」
「いや違うんだよこれはなんつーかさあ!クセになる感じ!?」
トレーを回収口に戻しに行く途中でさえワァワァうるせえ新人二人を、ベテラン二人はなんだか徐々に心配になってきて不安げな視線で見つめた。死相が出ているとまでは言わないが、なんだろうか、この幼児におつかい頼んじゃった感。
「ソーマに連絡入れとく?」
「いやあついらも一端のゴッドイーターになってきたし……実力的には申し分ねえし……大丈夫だろ……」
多分。
*
鎮魂の廃寺。アラガミが発生してから世界中に頻発している異常気象の一環によってか、ここは一年中緩やかな雪が降り続いている。炎を放出するアラガミの為か、旧新潟県のように数十メートルの雪の壁が形成される等の事は不思議とない。どういうメカニズムなのか解明したい気持ちがないでもないが、ともかく今はアラガミ討伐である。いつもの装備にマフラーと手袋の防寒着を追加してみたが、ゴッドイーターは寒暖差にすら強いらしい。その程度の装備でも多少肌寒いくらいで特に凍えるとまでは感じなかった。護送用ヘリから降下すると、強く踏みしめられた固い雪が二人を歓迎した。フと頬を羽のような雪が掠める。
「思ったより寒くねぇー……どーなってんだこの身体」
「便利だよねえ」
「まーな。んじゃ、いっちょ一狩行きますかっ」
「うん。目的の大型アラガミはまだこっちに来てないみたいだから、今のうちにザコをぶっ飛ばそう」
「オー!」
元気よく方針を決めたところで、二人はサササと雪の上にも関わらず機敏かつ静かに、遮蔽物に隠れながら進行し始めた。二手に分かれる案もあっただろうが、二人は何せ未だ新人の域を出ない未熟者。一人より二人の方が安全で強いなんてことは微生物でも知っている事だ。ともかく慎重に。それこそ我らがリーダーの教えの一つである。
ギ、ギ、と踏みしめた雪が立てる音一つすら惜しみつつ、速やかにバッサバッサオウガテイルとザイゴートを叩き落とした。捕食形態になった神機が蛇のように伸びて、アラガミの開け放たれた口へ勢いよく潜り込んでいく。谷底のような暗い色はタールのような光沢があって、ユウカはこの形態が少しだけ苦手だ。
数が多い訳でもない小型アラガミを始末するのは、新人ゴッドイーターの二人でもそう難しい事ではない。ヘリから飛び降りてから十分と経たない内に殲滅し終え、マップ上に示された赤いポインターを頼りに目標の中型アラガミ、コンゴウの討伐に向かう事となった。
コンゴウははだかんぼの大きな猿のような見た目のグロテスクなモンスターだ。顔面には赤い仮面のようなものがひっついていて、おそらくイミテーションだろうが耳のようなものがくっついている。その下に隠された大きな口は首という概念を無視して肩口まで裂けていて、いかにも異形といった有様だ。動きは俊敏で、腕力も尋常でない。その拳を一つ振れば、ひと一人どころか戦車もブッ飛ぶほどだ。その上、立ち上がればその巨体は人間三人分にも勝る。
はっきり言って、確実に脅威に相応する存在だ。家屋の隙間に潜り込んで、のそのそ動く巨大猿人の動きを観察しているだけでも、ユウはその身震いを抑えきれないほどであった。。なのにゴッドイーターとしては、こんなのを倒せてもなんの自慢にもならないらしい。不思議なものだ。
「ねえコウタ。これはガチめに聞くんだけど、恐い?」
「……正直に言って?」
「正直に言って」
「……………ぶっちゃけ、ハイパーーーーー恐い」
「だよね、良かった。私だけだったらどうしようかと思った」
息を潜めながら、コソコソと二人で顔を見合わせて、ホッとしたように笑い合う。コンゴウとはだいぶ距離があるので、二人の声も、神機が奏でる僅かな駆動音も向こうにはわからないようだった。
ユウカはコウタの笑った顔を見て、それから神機を持ち上げる細腕を見た。ユウカの脚と同じだ、ふるふると小さく震えている。武者震いではないのだろう。
「死ぬのもイタイのも恐いけどさ、母さんと妹を置いて行くのが一番恐い。オレが死んじゃったらどーすんだってさ……」
「妹に、お母さんか。いいね、賑やかそうだ」
「うん。どっちもあれしてこれやってってやかましくてさ。特にノゾミの方なんてオレが家に帰ったらその場で遊びに巻き込んだりバガラリーごっことか仕掛けてくンだぜ」
「めっちゃ仲良しじゃん。コウタは良いお兄ちゃんだね」
「そっかな。そうだと良いんだけどサ」
照れくさそうに鼻の下をこするコウタに、ユウカは憧憬の滲んだ顔で笑いかけた。少しセンチメンタルな気分になってしまうのは、この振り続ける雪が悪いのだ。
震えが止まった二人は、笑みを消して真剣な表情で互いに顔を近づけた。眼玉の白い部分が反射した光が、暗い瞳に灯をともしたようにぎらぎらして見えた。
「オレがまず怯ませて、その間にユウカが捕食。バースト受け渡しして貰って、二人で総攻撃。基本戦術はこれでいいよな?」
「うん。ムズカシー事企てても、コウタは忘れちゃうでしょ?」
「違いないや」
遮蔽物の向こうを見れば、丁度コンゴウが背中を見せて腰をどっかりと下ろしている所だった。暢気そうな背中にしたり顔で口の端を持ち上げて、二人は静かに陰から脚を踏み出した。
最初の一撃はユウカが叩き込んだ。しかし、ショートブレード故、硬い肌に浅い傷を小さく作るのみで留まってしまう。意にも介さず雄たけびを上げるコンゴウをついでに二、三切り刻み、パンチが飛んでくる寸前で後ろへ飛び退いた。続いてコウタが十分な距離を保ったままバレッドを連射する。腕を振り上げて威嚇の姿勢を取る化物の背中へ回り、素早く捕食。すると、真っ赤な鮮血が噴き出した。
アラガミには弱点がそれぞれ存在する。アラガミ細胞の結合が緩い部位の事だ。ここを攻撃することで、全体のアラガミ細胞結合の崩壊を促せるのである。コンゴウの弱点は尻尾、結合崩壊箇所は顔面、同体、背中だ。
どうやらそんな初歩的な事を忘れるくらい緊張していたことを自覚したユウカは小さく微笑んだ後に、ガンタイプに神機を変形させて砲口をコウタへ向けた。
「よろしく!」
「サンキュー!」
雪深い夜にぼんやりと身体が発光する。どういう原理なのだろうか。アラガミ由来の細胞が活性化している証だそうだが、こんなにわかりやすく活性化を示す必要があるのか。その発光するためのエネルギーを運動エネルギーへ是非回してもらいたい。
バレッドの方が余程ショートブレードよりダメージが出るので、互いの動きを予想しつつ、二人はコンゴウの攻撃から十分逃れられる範囲内で引き金を引き続けた。コンゴウによく効く火属性のバレッドが、灰色の世界を轟音を響かせて流星群のように飛んでいく。
『コンゴウの顔面結合崩壊です!』
「やった!」
「止まらないでよ!」
「わかってるって!」
敵性アラガミの状況を観測しているヒバリからの報告に歓声を上げるコウタを、鎌鼬のような風の剣が襲う。コウタは横へ二転して軽々その攻撃を避け、すぐに膝をついた安定姿勢でバレッドを絶えず撃ち放った。
パイプから放たれる高威力の空気砲がユウカの通る端から背中ギリギリを飛んでいく。中々尻尾を狙えない状況がそうして続くが、幸いにもバレッドの命中は悪くない為、背中、胴体と順調に結合崩壊が進んだ。
しかし大きく身体を捻って、大回転するコンゴウのぐるぐる攻撃とかいう馬鹿みたいだが地味に強い上移動しながらの攻撃にフッ飛ばされ、二人は一旦後方へ下がらざるを得なくなる。その瞬間を狙ったかのように、コンゴウは素早く身を翻し、巨体に見合わぬ俊敏さでその場から逃げ出した。
「ゲッ逃げた!」
「バースト解けるバースト解ける」
「怪我は!」
「ない!行こう!」
「オッケー!」
相手の姿を互いに一瞥して確認した後、直ぐに情けなくドタドタと逃げていくコンゴウを追う。早くも全体的にボロボロなので、焦らなければ討伐は目前だろう。昏い朱の気配を察知しつつ、油断大敵とバディに視線で戒める。当然!と返ってくる挑戦的な視線が、胸の内に安心感を湧き立たせた。
どっかりと腰を下ろして暢気にも食事しているらしいコンゴウへ、二人同時にバレッドを発射した。
「いやー、楽勝楽勝!完勝だったね!」
「うん。中型って聞いたから超絶強いかと思ったけど、なんとかなるレベルで良かったねー」
回収のヘリを待ちながら、モウモウと黒い煙をあげるコンゴウを眺めて暢気に感想を言い合う。周囲にアラガミの反応はない。故に周囲の警戒を怠るなという小言は意味をなさない形骸と化していた。
コウタの言う通り、コンゴウの討伐は思っていたよりも非常にスムーズに終わった。回復剤も殆ど消費せず、Oアンプルをいくつか消費したくらいで、物資の補充も最低限で済む事だろう。体力にも余裕がある。しかし、初の中型アラガミで二人はガッチガチに緊張し、気疲れは半端ないので、おそらく今晩はいつも以上にグッスリだろう。
「やっぱオレとアンタって相性抜群じゃね?ユウカがザクーッってやって離れた瞬間オレがバンバーーンってさ!コンビネーションってーの?」
「確かに戦いやすかった。けど、コウタのお陰だと思ってたよ?違うの?」
「えーっ?……ウーン、や、オレはここだーって思った時に撃ってるだけだしなぁ」
「そう?じゃあ本当に相性がいいのかも」
「だろだろー?」
「もしくはコウタの語彙力が足りないかだね!」
「あり得る予想すんの止めてくんない!?」
「あ、そろそろ護送ヘリが着くみたいだよー!」
「話逸らすの下手くそかお前ぇ!」
ワンワンと轟音を唸らせて風を切る羽の音が遠くから聞こえて、白い雪を体のあちこちから払いのける。しかしどつき合いながらなので、かなり余計に時間がかかったばかりか、雪玉をぶつけ合いもしたので体温が著しく下がった。バカの見本市みたいになった二人は、二の腕を必死に擦りながら鼻を啜った。
いよいよ護送ヘリが頭上に差し掛かった頃で、不意に、コウタが思い出したように言った。
「そういやユウカ、家族は?」
コウタの無邪気な質問は誰に咎められるものでもなかった。桜庭ユウカは、とてもとても明るい少女だったから。明るくて、優しくて、年頃に馬鹿で図々しくて、ひとに愛されて育てられたことが容易に想像につくような、そんな少女だ。演じてるわけでもなく吹っ切れているわけでもなく、それは彼女の自然体で、美点で、痛ましい過去を持っているだなんて、まったく。
「みんな私を置いていっちゃったよ」
愛より悲しみ深い声音で一言だけそう言ったユウカに、コウタは息を呑んで、それからすまなそうに笑った。ごめんと謝るのは容易いが、そうするのは違うのだろう。彼女は、きっと命を繋いで貰って、必死に生かされたのだろうと、コウタにはわかった。
「なら、これから大事に生きていかなきゃな」
「うん。それに、生きる意味もあるしね」
「カーーーッ!リア充爆発しろ」
「ゴッドイーター合コンでもすれば?幹事やってあげるよ」
「マ?神」
「秒で抜けるけど」
「薄情者ォーーーーーッッ!!!!!!!!」
「うるさ」
うひうひ笑いながら、ユウカは内心でコウタの観察眼と洞察力に舌を巻いていた。ユウカが口にしたのはたった一言なのに、それだけでコウタには充分なようだった。謝られたって困るし、憐れまれるのはもっと困る。どうしようかな、と困ってしまったユウカが馬鹿みたいだ。まだ底は知れないが、得難い友を同期として迎えられた事だけは、二人共にしっかりと理解できた。
ソマ主書きたくて書きたくて仕方なくて無理矢理時間作って書いたのにコウタとユウカの話になってた。は?マジ意味わからん