ばぎゅあー、ずばーん、ばきばきばきー、すぱぱぱぱーん。
以上の擬音を五億倍くらい物騒にして騒音にしたら、おそらくこの戦場に似つかわしい音になるだろう。ふわふわ宙に浮いては毒霧を散布するザイゴードと、地を駆けるオウガテイル、根差して不動のコクーンメイデンの三種の小型アラガミを相手にして、ユウカは新型らしくあっちこっちの戦場を走り回って手伝いながら、安定した動きで刃を閃かせていた。切り裂く剣は飛ぶ鳥のようにしなやかで鋭く、火球を避ける身の熟しは落ち葉のようにひらりひらりと掴み所がない。剛柔併せ持つといったような感じのその戦場の姿だが、まだ羽化の最中といった未熟さと危うさがあり、よくよく目を引き付けた。
合間に捕食してバーストを受け渡しては、方々から軽い感謝の言葉が上がった。メンバーの内一人の微々たる不満そうな雰囲気を感じ取ったが、ユウカは上官に倣って気づかない振りを貫き通すことにした。
大きなアクシデントや怪我もなく、間もなく任務は終了。周辺区域からアラガミの存在を根絶した事を確認しつつ、発煙筒を頼りにリーダーの元へ駆け寄った。
「気が抜ける掛け声でバースト受け渡しするのを止めろ」
「開口一番それ??その前にバーストをもっと有難がって。全体を見て行動できる私偉すぎでしょ?」
「調子に乗るな」
「乗るしかないこのビッグウェーブにッだだだだだだ!スイマセンオッシャルトーリデスチョーシ乗りましたッ」
「ソーマ、それぐらいにしないとユウカの頭が変形するぞ」
「しろ」
「うわーーん!サクヤさぁんソーマがいぢめるー!」
「はいはいもう困った子たちねぇ」
「甘やかすな!」
「ドウドウ。ソーマお前な、お前の方が先輩なんだから後輩のやりやすいやり方で動けるよう譲歩してやれ」
「なんなんだそのお前の方がお兄さんなんだから我慢しろみたいな言い方は……」
第一部隊は以前と比べてグンと賑やかになった。その原因は言わずもがな、サクヤの背中から半身だけをひょこりと出して忍び笑っている年少のゴッドイーターである。本日片割れが不在だが、新人ゴッドイーターはどちらも活きが良く明朗とした性格で、揃った時なんかソーマは眉間の皺が取れないくらいだ。サクヤは時々困り気味だがリンドウは流石大雑把なので元気だなーくらいにしか思っていない。
「でもユウカ、貴方が部隊に入ると緊張感がなくなるっていうのを方々からよく聞いてるのは本当よ」
「ハハッ!クレーム貰うの早いぞお前」
「ウッ」
ユウカとコウタが入隊して、幾ばくかの時間が流れた。新人、というレッテルがまだ剥がれないまでも、防衛班や偵察班にくっついて任務を達成する機会を幾つも乗り越えている。着実に経験とやらを積んでいるのだ。
「だって私がゆるゆるな時はソーマさんが真っ先に怒ってくれるでしょ?当たり前の事を直球で叱るんだったら、他の人には私が悪くってソーマさんは正義の側にいるように見えるじゃないですか」
「……………は?」
「アー、そゆ事。必要悪的な感じか?」
「そうそれです。まずはソーマさんの『なんか悪い奴』みたいな風潮をどうにかしようかと思って」
「大きなお世話にも程があるんだが」
「ていうかそれカミングアウトしても良いやつなの?」
「あんまり効果なかったのでもう良いです」
それはつまりソーマと第一部隊以外の他隊員との距離は全く縮まらなかったという事である。己の全く預かり知らぬところであれやこれや画策していたらしいことを今更唐突に暴露されて、ソーマは情けないやら腹立たしいやら呆れるやらでもう若干投げ遣りな気持ちになった。虚無とも言う。
「仲良しソーマさん大作戦は絶対成功させるからね、ソーマさん!」
「……………もうどうでも好きにしろ………」
キラッキラな笑顔を意図的に浮かべるユウカに、ソーマは仏もかくやなアルカイックスマイルを向けた。口元が痙攣している。
残酷な有様にリンドウが少し罪悪感を抱き始めた頃、ようやく護送ヘリ到着の目途が着いたようで通信が入った。
「早いなー、やっぱ新人がいるとヘリが使えて最高だワ」
「え、そういう感じだったんですか?」
「そ。ヴァジュラ倒せるようになったらジープの使用許可という名の滅多な事でヘリ使うんじゃねぇよ通知が来る」
「世知辛いですね……」
「単独任務の方が珍しいから、最初は他の人に運転を任せても大丈夫よ。道も不安でしょう?」
「はい、とても」
「壊すな「無理」
「食い気味に拒否するな」
「あんまり壊しすぎると給料から天引きされるわよ」
「…………ソーマさん、ドライブ付き合って!」
「……………………………………」
言葉だけならソーマもそう悪い気はしなかっただろうが、如何せん前後の会話が悪い。ソーマは今はそこそこ命が惜しいので、危険にわざわざ飛び込むことはしたくない。しかし他に出るであろう犠牲者を予想し、自分に来るであろう負担を考えれば、素直に頷くべきなのは明白であった。物凄く渋々首を縦に振ると、「やったぁありがとソーマさん!」と弾丸のように吹っ飛んできて腰にしがみつかれた。もうホントどうとでも好きにしてくれ。
いちゃいちゃするカップルの姿のはずなのだが、どことなく漂う残念臭によって柴犬とその飼い主といったような光景に幻視せざるを得ない。強く生きろ、という大人二人の生温かい視線が煩わしくて、ソーマは地獄まで届きそうなほど大きな溜息を吐いた。
「けどお前もコウタも、中々筋は悪くない。こりゃ、俺がほっといても大丈夫そうだな」
「リンドウさん、他部隊に配属予定でもあるんですか?」
「そろそろデートの予定が入りそうでな。じゃじゃ馬姫にほっといて貰えねーんだわ」
「………ああ、なんか、特別任務的な奴があるんですか?大変ですね」
「ソーマ。お前もカノジョにデートつってンの?」
「はッ倒すぞ。アンタと一緒にするな」
ソーマが時折一人で仕事している姿を見ているが故の当然の帰結だが、結び付くの早すぎである。
「マ、また新人が配属されるらしいからな。それまでには戻ってくる。ちょっとの間だけさね」
「新人!後輩!」
「残念だが、向こうは他の支部で活躍してた期待の新人だ。実践経験は少ないが、腕は向こうが上かもな」
「そんなぁ」
「ははは、精々仲良くしてやれよ……いや、お前には言うまでもないか」
「全力で慣れ合っていく所存です。まあ、ソーマさん以上のコミュ障はいないでしょ!」
「誰がコミュ障だ、………」
「ソーマさん?」
「……いや。なんでもない」
急に背後を振り返ったソーマの顔を下から覗き込む。眉根を軽く寄せて虚空を睨む男は、怪訝そうな色を群青の双眸に浮かべる。ソーマさん、とユウカがもう一度呼ぶと、すぐにユウカに向いた目元は和らいで細められていた。切り替えが早いのは美点だろうが、すぐに隠されてしまうので困りものだ。ユウカの不満を感じ取ったのか、宥めるような掌が降ってきて逆に居た堪れなくなった。小さいこどもじゃないのだから。
間もなくヘリが飛んで来て、四人はアナグラへ無事帰還となった。
*
灯台下暗しとはよく言うが、実際にそれを体験することもよくよくある。そしてそういう時は、大抵なんとも腹立たしく思うのが常だ。
「なんでいる」
「合鍵くれたのソーマさんじゃん」
いやその通りなのだが。しかし帰還して神機を片付けるや否や部屋を尋ねたり食堂や訓練場へ散々探した姿が自分の部屋にあったのだからそう言いたくもなるというもの。暢気にひとのベッドで寛いでいる横っ腹を無言でベシベシ叩いて行き場のない怒りを適当にぶつける。
「った!え、何?いたっ」
「別に………」
「言いながら叩かないでよっ!いたっいたたっ!勝手にベッド使ってごめんって!」
そこもだがそれじゃない。
雑誌をいくつも広げられ占領されたベッドの合間に腰かけた。部屋主より寛いでる少女は、配給のエネルギーゼリーから口を放してゴミ箱へ放り投げた。
「そんなに何を見てたんだ」
「新人さんが超絶イマドキっ子だったら話についてけないなーって思って、勉強してたの」
「無駄になりそうな努力だな」
「は?すぐにぴちぴちぎゃるの言語を使いこなしてみせるし」
「お前の引き出しは1980年代で止まってる。諦めろ」
「適確に正論吐くのやめて。泣いちゃうからやめて」
ドスッと腰の入った頭突きがソーマの肩にめりこむが、少女の力が弱いのかソーマが頑丈過ぎるのかろくなダメージにならなかった。
ユウカを囲むように散らばった雑誌は大半がファッション誌や女性誌だが、合間合間にサイエンス誌や医学雑誌が挟まっている時点で何かが違うような気がする。手元にあるのがベラペレな時点でなんかもう駄目だ。
「……気張り過ぎるなよ」
「うん。それで、何か用があったの?」
「今のが用事だ」
「…………うん?………んー?うん、わかったよ」
浅黒いてのひらが先程連打した場所を宥めるように行ったり来たりする。さざ波みたいで心地よいそれは手慰みのようにも慈しむようにも感じられた。
多分、今日の任務終了後の、あの不自然な空白に込められていた疑心に因る何某かを口にしようとしていたのだろう。逸らされた視線に確信するが、ユウカは少し唸って彼の希望通り頷くだけに留める事にした。入隊時の一件から、ソーマは少しは遠慮というものを忘れたようだったし、ならばまだ不安とも躊躇ともつかない、未だ些細としか言いようがない出来事なんだろう。
ユウカはそう結論付けて、それから揶揄うように笑った。
「ソーマさんは少しは張り切った方が良いと思うけどね」
「言ってろ」
可笑しそうに小さく綻ばせた口元に、戯れのように唇をつける。覆いかぶさるような影の外で、雑誌のいくつかが床に落ちる乾いた音が遠くに響いた。
*
「聞いた?新型がまた配属されるって」
「えぇ?それ初耳。ここにきて新型ラッシュだね」
「ロシア支部から、支部長が連れてきたらしいよ」
仕事を終えたゴッドイーター達が屯するエントランスは、さざめくように賑わっていた。噂話に似た最新情報が、女子隊員たちの秘密のお話によって伝聞されていく。
「大人気ー、だね」
「新型なんて、早々配備されるものじゃないもの」
「そうなんスか!」
「二人も新型が居るのは、全支部でもここぐらいだろうな」
「「はーん」」
「上官の話に少しは関心を持て」
「いや実感湧かないんですよ、まだ入隊して一ヵ月のペーペーですもん」
「そういやそうだな」
エントランスの二階、出撃ゲートとノルンへのアクセス機器が配置された共用休憩スペースにて、第一部隊所属の隊員ら全員が集合していた。ソファでそれぞれ楽にしつつ、栄養ドリンクやら缶コーヒーなんかを飲んで歓談している。
「お前らにはわからんだろうが、新型神機の恩恵ってのは絶大なんだよ。神機の銃剣が可変式ってだけじゃなく、バースト受け渡しのお陰で生存率、討伐率は段違いだ」
「へー」
「そうなの?」
「……まあな」
「おー前ーらぁーー」
きゃらきゃら笑う新人ゴッドイーター二人の頭をリンドウが長い両腕でロックした。あははやめてくださいーと愛らしい悲鳴を上げる子どもらに、サクヤは慈愛を、ソーマは呆れと微笑ましさ半々の視線で眺める。
「お前たち、何をしている」
「親睦を深めておりました。で、そっちが噂の?」
「ああ。―――本日からお前たちの仲間になる、新型適合者だ」
ツバキと、その後ろに従うように現れた少女を視認し、全員ソファから立ち上がって彼女らを迎える。
「はじめまして、アリサ・イリーニチナ・アミエーラと申します。本日一二〇〇付けで、ロシア支部から、こちらの支部に所属になりました。よろしくお願いします」
少女アリサの眼は冷ややかで、その表情は蝋で固めたように強張っていた。北の大地出身特有の白い肌と淡い色彩も相まって、まるで研ぎ澄まされた鋼のような印象を受ける。人の温度を離れて久しい、冷えた鋼。
「女の子ならいつでも大歓迎だよ!」
「……よくそんな浮ついた考えで今まで生きて来れましたね」
「言えてる」
「ハ、奇跡に等しいな」
「うるっさいよお前ら!」
「藤木コウタ、反省文が書きたくなければ黙っていろ。彼女は実戦経験こそ少ないが、演習では抜群の成績を残している。追い抜かれぬよう精進するんだな」
「……りょ、了解っす」
演習の成績は散々だったコウタが口端を引き攣らせた。演習なんて教官の指示通りに動けば大体Aを貰えるはずなのだが、コウタは少しそそっかしいところがある。注意されてやんの。ぷぷぷっと袖に隠して笑うと肘で突かれた。
すると、ヴァイオレットの双眼がより一層鋭く吊り上がり凍てついた。ワア恐い。
「アリサは今後、リンドウについて行動するように。いいな」
「了解しました」
「リンドウ、資料などの引継ぎをするので、私と来るように。その他の者は持ち場に戻れ。以上だ」
ツバキの発する緊張感が最後の一言により一気に霧散し、コウタが一歩前に出てアリサを質問攻めにする。ツバキとリンドウが離れていくのを横目に見ながら、再びユウカはアリサをじっと見つめる。そして、困り果てていた。
ああ、似ている。とても。
グーッとコウタの顎に手をやって退けさせ、アリサの眼前に躍り出る。
「はじめまして!私は桜庭ユウカ。貴方と同じ新型だよ、よろしく!」
「ああ、貴方が……。よろしくお願いします」
「アナグラに来るのは初めて?良ければ案内しよっか」
「……いえ、大丈夫です。構造は既に頭の中に入っていますから」
「そう?じゃあ自分の神機がどこに仕舞われてるかわかる?」
「え。……ち、地下二階の神機格納庫ですよね?」
「残念、私たちの新型神機は未だ改良の見込みがあるから研究所に近い地下一階。リッカさんがよく見てくれてるんだよ、一緒に挨拶に行こ」
「え、は、はい?」
「自分の神機を整備してくれてるんだから、当たり前でしょ?」
「あ……、ハイ。そうですね……わかりました、同行します」
ユウカは笑みを絶やすことなく、しかし慎重に、彼女には触れないように先導して歩き出した。本当は今すぐにでも抱き着いたり、手を引いて歩き出したかったが、それは彼女には逆効果だろうと察する程度は出来た。
「ロシア支部ってどんな所?国土広いし、やっぱりここより人数多いのかな」
「いえ。ロシアは大半が氷の大地ですから。国境線も守らなくて良い分、一般支部と変わりませんよ」
何よりユウカは迷っている。こんな状態で、彼女と向き合うのは不誠実だろう。だが、それでも彼女は似ている。似ているのだ、まだユウカと出会ったばかりのソーマに。だからこそ、困ったもんなのだ。