煉獄の地下道エリアのようにマグマに熱された土地もあれば、鎮魂の廃寺エリアのように年中雪が降っているような土地もある。極東はアラガミの最前線と相成ってからというもの、局地的な異常気象が蔓延していた。まだ日本という国があった頃、国の自慢であった四季は最早昔話の中にしか存在せず、今では気温が多少変動するだけの日々が平時となっている。その気質は年を経るごとに増してさえいた。
とはいえ、この島国は水に沈んでもいないし大陸と合併してもおらず、また海面水位が下がったと言うわけでもない。故に温帯湿潤気候から脱しているわけでもなく、モンスーンがなくなる事もないのだ。故に今の時代も7月に近付けば気温は上がるし暑くもなるのだった。
「幽霊のときさー、ゴッドイーターって体力も底なしなんだなーってソーマさん見て思ってたんだよ」
「実際体力もつくからな」
「そうだね。でもやっぱソーマさんはおかしいと思う!なッが!遠!なんであんな平然と歩けたの!?」
「鍛え方が足りないんじゃないか?」
「は~~あ~~~??煽り力まで高めなくて良いんですけど!」
シレッと心にもない事を言う男の口端をこれでもかというほど引っ張るが、当然のように大したダメージになっていないようだった。その頑強さが今ばかりは何よりも憎らしい。
只今二人が何を延々と歩いているかと言うと、何という事はない、ひどくありきたりで当然とも言うべき理由である。神機こそ携えているが、本日二人は正真正銘丸一日非番。偶の休日に恋人たちがすることなど、どの時代であってもそう変わらない。
先日任務帰りに約束した通り、思い出深い彼の地へとピクニックにしゃれ込んでいるのだった。逢引、つまりデート以外の何ものでもないそれである。
「クッ……幽体だったら鼻歌混じりに飛んでけたっていうのに……」
「普通は肉体がある事が前提条件なんだが?」
「ない時期があったんだからしょうがなくない?」
「しょうがなくない」
「ソーマさん、正論が人を救ったことは人類史上未だかつて一度としてないんだよ。正しさっていうのは万事変化し続けていて、確かなものは在り得ない。そして私もね、そんな非情理で無慈悲な返答を求めてるんじゃないの。一時でも良い、僅かな安心だけで救われるものだってある」
「長い三行」
「正論
つらい
やめて」
三行というか三ワードで心情を説明せしめたユウカに、ソーマが堪らず喉でクツクツ笑う。ああだこうだ屁理屈を並べ立ててはいるが、ちょっと休憩しよう、の一言すらないのだからお察しというものだ。
しかしながら、ユウカが少し疲れ気味なのは事実であった。何しろ彼女はと言えば、ここ最近任務がある日ない日問わず延々とリンドウに連れ回されていたのだから。
ハッキリ言って、その振り回しっぷりは異常と言えた。リンドウは良き上官、良き神機使いだが、それは同時に彼の普段の仕事量の多さを物語っている。アドバイスや指導は僅かな空き時間で少しは口を出せるだろう。しかし、育成となると話は別だ。なので、平時そう言ったことは教官ツバキや、副リーダーとして辣腕を奮うサクヤの仕事だった。なのに、ユウカにのみ彼が個人的に付きっきりで指導している。正直言って下種な勘繰りをしかけたソーマであったが、色々な意味で無理があるので早々にその思考は放棄した。毎日傷だらけのくたくたになって帰ってくるユウカに対してあまりに無礼な思考でもあったので。
「アイツの個人指導とやらはそんなにキツいのか」
「まあね~~。嘆きの平原ってほら、山間にあるじゃん?流石に足腰が痛んでさあ」
「キツいのって傾斜かよ」
そりゃアラガミを追っかけていれば山に入る事もあるのだからキツいだろう。ソーマが聞きたかったのはそういう事ではない。
「キツいっちゃキツいんだけどね、全部必要な事だってわかってるからさ~~何も文句言える立場じゃないっていうか、……これパワハラでは?」
「厳密に言うと少し違うな」
「立件できない……」
「むしろ労働組合も裁判所もクソもない中でハラスメントをどこに訴える気だ」
「ねえ私思うんだけど言葉遣いが悪いからソーマさんって近寄り難いって思われてるんじゃない?」
「なんもかんも唐突か」
「今からクソって言う度に共同貯金口座に100fc入れてね」
「昨日コウタがお前に借りてたルー〇ーズDVDのパケ見ながらめちゃくちゃ青い顔してたぞ」
「は?あのクソ野郎許さん」
「100fc」
「はい」
端末からチャリーンと軽やかで悲し気な音色が響いた。流れるようにユウカも問答無用で参戦する事になっていた。仁義なき醜い争いに今後発展しそうな予感を同時に二人は察知したが、さほど重大な事態にはならなそうなので放置した。どれくらい溜まるのかへの興味が勝ったのである。
「リンドウさん臨時リーダー投げる要員仕立てたいだけだよ、絶対」
「出世株というやつか」
「褒められてもサンドイッチしか出ないよ」
「今回は割と褒めてる」
「え、……ふふふ……」
事実ユウカのこの頃と言ったら打てば響くと言って差し支えない成長ぶりだ。元より彼女の指示は的確であったが、最近はより着眼点が鋭く冴えている。元々平行思考が得意なことも拍車をかけ、眼前の状況や仲間の様子だけでなく、端末やオペレーターからもたらされる情報、各場所の資源の減り具合や天気や地面の環境の変化までよく気のつくようになった。神機の扱いだって、もうすぐソーマに並ぶ勢いだろう。正に飛ぶ鳥を落とす勢いというやつであった。そんな彼女の成長が喜ばしいやら嬉しいやら幸いやら悔しいやら心配やらと心中は複雑である。
しかしまあ、少し不気味ですらある噛み切れなかったらしい彼女のはにかみ笑顔も誤魔化す為なのか羞恥の行き場を探してなのかの頭突きなんかも全くホントに変わらないので。ソーマとしてはあまり問題ではないのだった。宥めるように小さな頭に手を持っていくと、セルフで撫でられるように擦り寄ってくるところなんか、いつも通りソーマの心臓に悪い。
一方、ユウカも珍しいソーマからの褒め言葉に完全に有頂天になっていたし、大好きな手が降って来たのでもうめちゃくちゃに胸がいっぱいになっていた。落ち着きがないというか乙女力が足りないので、おそらく周囲に誰も居なかったら銅鑼でも鳴らしながら大声を上げていただろう。
そうこうしている間も足は進み、いよいよ目的地が近づいていた。
あの頃見上げた見事な桜色は既に散っていたが、代わりに生命の輝きらしい青々とした緑が空を覆っている。木陰に入ると、清涼な風が頬を掠めて吹いてゆく。きらきらと陽光が緑に反射していつもよりずっと輝いて見えた。
荷物やら神機やらを木の根に立てかけ、その横でユウカが大の字に転がる。
「ハァ~~……涼し……地上の楽園って感じ……」
「せめて脚は閉じろよ……」
「あっ、失敬失敬」
サッと脚が綺麗に揃えられ、大からTの字になったユウカの横にソーマも腰を下ろす。周りを背の高い建物に囲まれているので見晴らしは良くないが、その分コソコソしなくてもいい点は悪くない。どこからアラガミが出現するかわからないのが現代だが、こう細い路が二つあるだけならば音ゲーのノーツのように処理すれば良いだけなので気楽なものだ。
理屈ではそうだとわかってはいるものの、それにしても秒で寝息を立て始めたユウカは危機感をどこぞに捨ててきちまったんだろうな。ソーマはここまでノー天気になる事は出来るはずもないので、仕方なしにユウカの脇に手を差し込んでグッと身体を持ち上げ引き寄せた。人肌を察知してか頭がゆらゆら動き、やがてソーマの太ももあたりに落ちる。
「………かたい……」
「やわくて堪るか」
狸寝入りだったようだ。ゴロンと仰向けになった顔がソーマを溶けた表情で見上げている。
「ソーマさん先に休む?」
「後で良い」
睡魔の最高潮みたいな顔をしたユウカの瞼に掌を乗せる。「重い」だなんだと可愛くない声が幾つか上がったが、今度こそ寝落ちしたらしい。規則正しい呼吸が同じところから漏れ出て来た。軽さや小ささも相まって小動物のようだ。
頬に触れれば以前より少し痩けた感じがする。やはりリンドウは近いうちに殴ろう。あの男は何をそんなに急いているのだか。まさか今更命の危険を感じた訳でもあるまいに。
木漏れ日が揺れる長閑なそこは、ソーマでさえも眠気を誘うほど安らかであった。端末にアラガミの反応はなく、他に生き物の気配もない。傍らでは愛する女がこれ以上ない程寛いでいる。満ち足りた心地だ。接した場所の体温が温い。あんまり気分が良いので、鼻歌まで鳴らす始末であった。
しかし、そんな微睡みに水を差す輩がどうやら居るようだった。立てかけた神機をいつでも揮えるよう手を伸ばす。完璧な充足感の内に居たところに横槍を入れられたので、かなり殺意は高めであった。ムクッと膝の上から頭が上がる。
「なんかきた?」
「……なんでもない。寝てろ」
「いや、おきるおきるおきます……」
「もう行った」
「あ、そなの……」
正確に言えば、問題ない範囲の気配と理解したのだが、説明する気はないので雑に誤魔化した。再びストンと眠りに落ちたユウカの髪を手慰みに梳きながら、ソーマはジッと一点を睨んだ。この場所を囲う建築物の向こう側、ここ最近各所で感じている不可思議な気配。こちらを観察するように遠くから見つめてくるその視線に、苛立ちと腹立たしさ、そして確固たる敵意を以て視線を返す。邪魔をするんじゃあねえよ。
どれほど睨みつけていたのか、やがて気配は踵を返して遠退いていった。どんな姿をしているのかは知らないが、確実に陰湿なアラガミだろう。全く鬱陶しい。
今にも舌打ちしそうなソーマの顔面にペチッと掌が当てられた。すっかり目を覚ましたらしいユウカのものだ。
「顔コワイよ」
「そういうのも好きなんだろ」
「うわバレてる……」
「まだ三十分だぞ」
「んー。スッキリしたからもう良いよ」
ユウカが身体を起こして大きく伸びをした。昼寝から起きた猫のようだ。まだ少し眠たそうではあったが、双眸にはしっかりと理性が宿っていた。身体を軽快に翻したと思えば、器用にソーマの頭を自分の膝に導いた。温いし、ちょっと信じられないくらい柔らかい。何故この脚でアラガミの装甲を叩き割ろうとかできるのか、ソーマには甚だ不思議でならない。
「ぼうや~はよいこ~だねんねしな~」
これ以上ない程嬉しそうにニコニコと笑顔を浮かべながら、わらべ歌を口遊んで小さな手はソーマの側頭部を撫で始める。絹のように滑らかで癖のない髪は、触れている方がむしろ癒されそうなくらい艶があった。同じリンスを使っている筈なのに、なんとも納得できない格差である。ユウカがムッとしながらその白銀を両手で掻き回すので、ソーマは可笑しくて軽やかな笑い声を上げた。
ソーマ:今ユウカと一緒にいるんだから邪魔しないで欲しい(殺意)(物理的説得)
ユウカ:あったかくてしあわせ。ソーマとオフの時は基本IQ2
こんな趣味にしか走ってない話だけをアップしても良いのかと悩んだ結果もう一話の投稿でした