ユウカは激怒した。
必ず、かの邪知暴虐の上官を除かねばならぬと決意した。ユウカには政治はわからぬ。ユウカは、入って一ヵ月の新人である。野で学び、恋人に現を抜かして生きて来た。しかし邪悪に関してだけは、人一倍に敏感であった!
「良いからヴァジュラ討伐行ってこい」
「呆れた王だ、生かしておけぬ」
「もうメロスは良いからな」
何をこんなに騒いでいるのかと言えば、リンドウの言った以上の事はない。ユウカ以下第一部隊に大型アラガミ、ヴァジュラの討伐任務が下ったのである。ヴァジュラは極東支部所属ゴッドイーターにとって一種の登竜門だ。何しろ強いし速い。反則である。
ヴァジュラなんて余裕だろ何舐めた事言ってんだと思われるだろうゴッドイーター上級者諸君にわかりやすく難易度を伝えるならばこれは、ようやく漢字を覚えたばかりの小学一年生に『人間失格』を読ませるような所業だ。なんかもう色々と駄目である。そういうことだ。
「大丈夫だ、お前らの力量なら十分倒せるから。サクヤとソーマもつけるし」
「無理ですよ恐いですよ!」
「俺からしてみればお前の洞察力の方がよっぽど恐いわ」
「いやどう考えてもアラガミの方が恐いじゃないですか命の危機を感じますし」
「その命の危機多分誤報だから安心しとけ」
しかし、実際のところユウカは漢字を覚えたての小学生ではなく、漢字検定二級くらいなら受かるレベルの識字能力と知識があり、また思考能力も『人間失格』を読むのに申し分ない程度であった。充分ヴァジュラに対抗できる能力を備えているのだ。それはコウタも同様である。
「リンドウさんは来てくれないんですか」
「ゴッドイーターはフォーマンセルが理想だからな。それに俺はアリサと組んで別件。悪いな」
素気無く断られ、ユウカはがっくりと肩を落とした。生還率を少しでも上げたいというユウカの訴えは天に届かなかったのである。大体いつもそうなので、ユウカは今更落ち込みはしなかったが。
「第一部隊をよろしくな」
「……フォローされる方にそれ言ってどうするんです」
「いんや、お前はフォローする方。新型の性能ってだけじゃなく、お前はそうできるやつだ」
ユウカは隊員をよく見ている。故に前回の任務の後日、コウタはバッキバキに凹んだし、ソーマは数十秒ほど固まっていた。彼女の指摘が事実以外の何物でもない、個々の改善点であったからだ。尚、当然アリサは聞きに来てなどいない。
「俺がいなくっても生還率下げんなよ~」
「………………はーい………」
ユウカの力量を完全に看破しているリンドウに、盛大にむくれた彼女はいかにも不服そうに渋々首肯した。未知なる敵に生きて帰れるか不安になっている新人にかける言葉ではない。むしろ積極的に肩の荷を積んでいる。
「じゃ、セリヌンティアリサをよろしくお願いします」
「へぇへぇ」
この前進言したばかりだというのに暢気なひとである。ぜーったいアリサは何かしらやらかすと思っているのだが、リンドウはそうは思わないのだろうか。
「あ、そうだリンドウさん」
「なんだ?」
「『アリサ係』なるあだ名が私についているようなんですが、何か心当たりはないですか?」
「ア?………あ、……ハハハ、さあなー?」
「そうですか知りませんかそうですか。ちなみに私は馬鹿にするのは好きですが馬鹿にされるのは大嫌いなんです」
「ハハ……そういや小耳に挟んだようなー……」
「不名誉な綽名をつけてくれた人には是非とも来月の嗜好品交換券の四割を譲渡して頂こうかと思ってるんですよー」
「………………………………きっと用意してくれるな、ウン!ハハ!」
「ですよねー!」
今月と言わないところがまた嫌らしい。確実に来月分を毟り取る気満々である。ユウカはやられっぱなしで良しとしていられるような部下ではない。リンドウが口元を引き攣らせる一方で、少女はニッコリと完璧な笑顔をしていた。
「あらあら、そんな事をしていたの、あの人」
「そーなんですよ!もう、サクヤさんからもキッチリ叱っておいてください!」
「はいはい」
ヨシヨシと頭を撫でられてすっかり機嫌は上昇傾向になる。近所に住んでてよく可愛がってくれるオトナのオネーサン感がスゴイ。家庭教師とかしたら一財産築けそうだ。
目標アラガミの小型アラガミ及びヴァジュラが誘導された贖罪の街は閑散としていて、当たり前だが人の気配が一切ない。入口の高台に差し掛かったところで、一旦全員が装備の再確認をする。万一にも他部隊との戦闘が重ならないようにとの時間稼ぎとも言う。任務開始時間までおよそ数分といったところで、ユウカは今まで周りに居なかったタイプの頼り甲斐のあるお姉さんに構われていたのだった。
イチャイチャする女子勢の一方、男子達は装備確認の会話しかない。会話があるだけマシなところが泣ける。
「新人を任せられるくらい、貴方を信頼してるってコトよ」
「それは素直に嬉しいですけど、……いややっぱりあんまり嬉しくないような……任務に引きずり出されますし……」
「ああ、それはね、確かに。あの人も何考えてるのかしら」
「すみません夫婦の時間を邪魔してしまって……」
「夫婦じゃないわよ」
「じゃあ夫婦間近恋人の時間を邪魔してしまって……」
「かわいくない事を言うのはこの口かしらー?」
「なんでですか私悪くないじゃないでひゅは」
頬を思いきり抓り上げられて痛みはないが抗議の声を上げる。どことなく腹黒そうな笑みを浮かべていたサクヤだったが、間抜けなユウカの顔を見て溜飲を下げたのかほんわかと目じりを下げた。デレデレしているとも言う。可愛がられているんだか面白がられているんだか。
「おい。時間だ」
「ひゃーい。ヨシッ、じゃあみんな、任務を始めます!リンドウさんの教えをくれぐれも、ゼッタイ、なにがなんでも、シッカリ守るよーに!」
「落ち着いて戦えば大丈夫よー」
「その油断が隙を産むんです!慢心ダメゼッタイ!コウタ復唱!」
「慢心ダメゼッターイ!オシッ、やんぞ相棒!」
「モチのロンよ!生きて帰ろうね……!」
「馬鹿な事言ってないでとっとと行くぞ」
「ハーイ」
初めての敵相手に武者震いする同士のコウタとユウカがガシッと健闘を称え合って腕を組む。そんなユウカの首根っこを掴んで、ソーマが真っ先に高台から飛び降りた。心の準備をさせて欲しい、というのがユウカの心情だが、永遠に踏ん切りがつきそうにないような気もしたのでこれは有り難かった。
細い路地の向こうの開けた場所で、まずコクーンメイデンなんかの小型アラガミを討伐する。いつもより増してどこか固いような気がするのは、ユウカの気のせいではない。強いアラガミが出現している場所では、不思議と小型アラガミも強度が増して攻撃力も上がる傾向にあるのだった。中々思うように倒せない中、唐突にヴァジュラが飛び掛かってくる。
「ちけぇぇええ!コッワ!」
「何あのあらゆる生老病死を飲み込んだみたいな顔!コワッ!!」
「四の五の言わず戦えバカ共!」
緋色の鬣を大きく開き、漆黒の巨躯を俊敏に動かす。四足や尻尾にしましまの模様が見られるところが可愛いと言えなくもなくもなくもないが、やはり何処からどう見ても人類の脅威だ。獅子を連想させる姿はまさに強さと獰猛さの象徴といった有様である。
2tトラックよりも大きな図体をしているくせに並みのゴッドイーターよりもずっと素早い動きを繰り出してくる肢体から脚力で逃れる。動きに耐性がなければ予測もできないので、ユウカは取り合えず攻撃を避ける事に専念することにした。三発でも喰らったら死ぬだろうと言う事は容易に想像がつく。
隙あらば攻撃しつつも攻撃を避け続ける。ヒットアンドアウェイをするユウカとコウタに、援護するサクヤ、中心的に攻撃するソーマでちまちまと相手の体力を削っていく。
大きく巨体が跳躍して、ユウカに向かって飛び掛かって来た。ちょっと横や前後に跳ぶだけじゃ避けきれないと咄嗟に理解したユウカは、素早く盾を上へと構えた。両腕がブッ壊れそうな負荷がユウカに一身に掛けられる。ゴッドイーターでなければ、両腕の骨は粉々に砕かれていた事だろう。遠くに仲間の呼び声が聞こえた。
構えたままの盾がミシリと嫌な音が鳴る。ヴァジュラの前足二足に掴まれて、その爪と握力に悲鳴を上げているのだ。長くはもたない。大きな跳躍のお陰でソーマは遠い。コウタとサクヤの砲撃に嫌そうな顔をしてはいるが、まずはユウカを確実に殺そうとしているらしい。かくなる上は。
「だぁぁああらッしゃああッッ」
盾を思いきり横へ振り払って、空かさず柔らかそうな腹を深く切り刻む。痛がったらしいヴァジュラが仰け反り、大きく身体を起こした。二足で立ち上がりかけたそこを逃さず、素早く離脱する。
「大丈夫!?」
「ウッワ返り血やば!」
「マ?腕が痺れたー」
「無事みたいね!」
『アラガミ、活性化します!』
「ゲッ」
ユウカの一撃が引き金になったらしく、まだどこも部位崩壊していないのにこの報告。ヴァジュラは身体を反って咆哮を上げた。この世非ざる化物の声が、ビリビリと大地を震わせる。無論、ユウカも鳥肌を立て脚を一瞬竦ませた。
今までも既に速かったその動きが、段違いに素早くなる。最早目で追う事はほぼ不可能になり、全員各々の勘と本能に従って回避行動を取った。ここぞとばかりに、ユウカが溜め込んでいたバレッドで全員にバーストモードを付与する。
突進、跳躍、次々と飛来する雷撃。その距離を誤ったコウタがまず被弾した。身体が動かなくなり焦燥するコウタの前でユウカが盾を広げる。
「スタンってッ、こういう感じなん、いッ」
「叩けば治りそう?」
「昭和のテレビじゃねーんだぞ!」
ランダムに飛んでくる雷撃を盾で受け止めながら軽口を叩き合う。そう言うユウカの腕も何度もガードしている影響で痺れかかっていた。トニカク攻撃範囲が広い。跳躍一つとっても一度ジャンプした程度じゃ避けられず、まともに受け止めるとその器用な前足で盾にヒビを入れられる。その上スタン耐性の装備も整えなくてはこうして一瞬にして有能な狙撃手がお荷物になる。厄介な敵だ。
「いけるよ!」
「オッケー、じゃ援護よろしく!」
「了解!」
コウタの景気の良いバレッドに身を屈めながら、全速力で一直線にヴァジュラに迫る。まずは捕食。そして直後に後方に飛んで猫パンチを避け、今度はユウカが大きく跳躍した。
太陽を背にして、全体重と重力をショートブレードにかける。顔面に強烈な一撃を喰らわせた後、二、三と素早くその傷を広げるように連撃した。
悲鳴を上げて首を振り、頭上に紫電を纏わせるヴァジュラの無防備な背中に、黒いオーラを纏わせたソーマの重い一撃が深々と突き刺さった。
ヴァジュラは相当ダメージを喰らったのか、咆哮を上げながら周囲一帯を青白い光に染め上げた。
「くッ」
「ウ、ぁああ!」
モーションを完璧に理解しているソーマは盾を開いたが、ユウカはまともに直撃して苦悶の声を漏らす。
どういう仕組みの攻撃方法なんだと脳内では強がって悪態を吐けたが、身体の方は思わず膝をついてしまう。何ボルトだか何アンペアだか知らないが、稲妻に等しい電流を喰らっては如何に神機使いであっても平気ではいられない。全身が焼け焦げるような痛み、身体の中に満ちていた酸素が全て吐き出され、全身が収縮する。
跪いたユウカを良い餌認定したのか、ここぞとばかりにヴァジュラが大きく口を開けて突っ込んできた。完全に捕食行動のそれだが、ユウカは当然冷静であった。口の下にお髭生えてるー、なんて無意味な事にすら気が付いた。別に現実逃避なんかではない、ユウカにはその姿が無防備にしか見えなかっただけだ。無様にかっ開いた口に、ユウカは一も二もなく突きの体勢に入った。脇腹あたりから渾身の力を込めて振り抜く。
母音しかない鼓舞の悲鳴を上げながら、ユウカは神機をヴァジュラの咥内に思いきり突き刺した。吐き出す血と吹き出す血にまみれながら、そのまま捕食形態へ神機を切り替える。柔らかい体内を、神機の中のアラガミが好き勝手蹂躙した。
結果、ヴァジュラは盛大に口から血液のような液体を吐いて、地にと沈んだ。あと一ミリでも爪が横にずれていたら、ユウカの身体を切り裂いていただろう。今更ながらその事実にオシッコを漏らしそうだった。戦っている時はアドレナリンが出て良いが、終わると途端にこうだ。崩れ落ちるようにユウカがペタンとその場に座り込む。
「…………………………終わったー………………」
「無事か!」
駆け寄ってユウカの目線にまで屈むソーマに抱き着いてしまいたかったが、勿論ユウカは懸命に堪えた。恐かったし、痛かったし、逃げ出したかった。けれど、ユウカはやっぱり堪えた。姉の性質とでも言うべきか、リーダーの資質とも言える、それは明確に強がりであった。
「うん、ヘーキ、ダメージが深かっただけ。皆怪我は?」
「ユウカ程じゃねぇよ。だいじょぶか?肩貸そっか?」
「ちょっと休めば大丈夫だよー」
「コラ。強がってないで回復錠飲みなさい」
「本当に大丈夫ですよ?」
「駄目。今まで膝ついてる貴方なんて見た事なかったわよ。我慢しないの」
「はぁーい」
ポーチから回復錠を取り出して一息に飲み込む。あまり美味しいものでもないが、命を繋げる大事な常備品だ。
ソーマを見れば、拳が少し震えていることに気づいた。多分、助け起こしたいのを懸命に堪えているのだろう。未だ仕事中なので、私情を挟むのは容認できないらしい。もし万一ここでアラガミが襲撃した場合、迎え撃つのはソーマの役目だからだ。によによしそうになるのを堪えつつ、ユウカは少しは回復した身体を勢いよく起こす。
「はいっ、もう大丈夫、動けるようになりました」
「まだゆっくりしてても大丈夫よ。終了時刻よりも大分早く終わったもの」
「いえいえ、大丈夫です。むしろ早く帰りましょ!」
「そう?でも動けるなら、そうよね。疲れたら言うのよ?」
『緊急です!――あっ、今大丈夫でしょうか』
「ヒバリちゃん?うん、戦闘は終了してるし、大丈夫だよ」
ピピッ!と全員の耳元で通信の応答音が鳴り響く。続いてヒバリの声が緊迫感に満ちていたので、その場の空気が引き締まった。
『付近に中型アラガミ反応!サリエルが二体そちらに迫っているそうです、迎撃をお願いします!』
「おい、こっちは新人がヴァジュラの初討伐を終了したばかりだぞ」
『バイタルサインは安定しているので、一番近い第一部隊が相当だと命令が、………すみません』
「ヒバリちゃんのせいじゃないでしょ。全部アラガミのせい。ダイジョーブ、行けるよ!観測お願いね!」
『はい!精一杯務めさせて頂きます!』
ソーマが人でも殺せそうな舌打ちを響かせるが、代わりにもう不満の言葉は発しなかった。ソーマだけじゃなく、コウタやサクヤもどことなく不満そうな雰囲気を漂わせているが、口にはしないようだった。ユウカ達は兵隊だ、命令には逆らえない。あるいはユウカが大丈夫ならばと渋々引き下がったようだ。
「けどよりによってサリエルかよー、しかも二体」
「リンドウじゃないけど、報酬は是非弾んで欲しいわね」
「狙撃二人には苦労かけるけど、お願いね。私も射撃頑張るから」
「ふざけるな、お前は後方支援だ馬鹿が。怪我の回復最優先にしろ」
「わかってまーす。じゃあもう一仕事、頑張ろっか!」
ユウカが拳を握って放った号令に、各々ながらも全員応えた声が澄み渡った青空に響いた。
ヴァジュラは初回戦った時クソ舐めてて苦労したので、戦闘描写も熱が入るというものです。
次回は問題のあの回ですね