天を泳ぎて地に戻りきよ   作:緑雲

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少女、超克

 地を蹴って、蹴って蹴って走る。

 命令されたことはきちんと覚えている。ヴァジュラの捜索と、討伐。この二つだけだ。

 だからアリサはこの二つだけ、主に後者のみを考えて神機を振るえばよいのだけど、何故だか、先程からひとつも上手く行かない。どうしてかしら。

 心と体が別物みたいに乖離していて、足元がふわふわしている。正に浮足立っている有様であった。

 土を蹴る音が遠く、耳鳴りが常時鼓膜に突き刺さっている。

 透明な壁に囲まれているみたいな。もしくは、深い深い水底にいる時に似ている。現実感がない。

 ドォン。という銃声が、自分の手元から発せられているのだと知覚できても自覚できない。

 反射で引き金を引いたアリサの身体はゴッドイーターとして非常に上出来であった。そのこころが多分に未熟だとしても。

 

 土煙をまき散らし眼前に着地するヴァジュラの、なんと空想染みた事だろう。

 

 赤いたてがみ沸き立たせ、紫電纏うその姿は荘厳そのもので。

 アリサの苦しみの中心をあまりに貫いていて。

 どうしたら良いのかわからなくなった。困りながらも身体は高性能で、次々とステップを踏むかのようにヴァジュラの攻撃を避け、指は勝手に引き金を引くのだ。

 脳内で何か、イメージのような映像がチラつく。

 

『この言葉で、君はいつでも強くなれるんだ』

 

「強く……」

 

 強くなりたいな。強くなりたかったの。

 ずっと。

 

『なら、ほら、思い出して』

 

 いちにのさん、で、強くなれるんだって。

 オオグルマせんせいが言ってたの。

 

『oдин два…』

 

「うるさい……」

 

『oдин』

 

「うるさいうるさいうるさいうるさい!」

 

 アリサは手の甲で額をブッ叩き、喚くように大声を出した。

 頭の声が煩わしくってイヤになる。ヴァジュラの咆哮が忌々しくて腹が立つ。

 怒りに任せて、アリサはOPの残量も気にせずバレッドを撃ちまくった。当たろうが当たらなかろうが構わなかった。

 激情に任せて武器を振るう様は、癇癪を起す子どもそのものである。だがアリサはそれでも構わなかった。

 何かが見える気がしたのだ。ウザいオッサン医師の言葉でなく、厭味ったらしいキザ支部長でもなく。何か、アリサがついつい忘れてしまう、大切にしなければならない何かが。

 ヴァジュラが前足を振りかぶる。

 すかさず飛び退いて、つんのめったヴァジュラの顔面へバレッドを撃ちこんでやった。痛みか衝撃かで悶絶し仰け反る化物はひどく滑稽で、なんだか嗤えた。

 そうだ、笑えた。

 脚は震え腕は震え、手汗が尋常でなくうなじの冷や汗も夥しく、その吐息すら張り詰めた糸が張っているが。それでも。

 笑えた。

 笑みを作ることができた。強がりでもなんでも、人は危機的状況でも笑う事ができる。

 あの人たちのように。

 

 本当はずっと。

 

「アリサ!」

 

 後方から声がしたかと思えば、黄色の火球がアリサを跨いでヴァジュラへと着弾した。続けて間断なく、弾幕とばかりに色とりどりの火球がヴァジュラへ襲い掛かる。

 

「一旦下がって!」

「オレ達が隙を作るよ!やーいこっちだ化物!」

 

 声はひどく聞き馴染みのあるものだった。一つは優しくて玲瓏とした声。もう一つは溌剌として邪気の一切がない声。

 その声が、その存在たちが、アリサの凍り付いた脚を溶かしていく。

 二人とも、真剣な顔だった。だが余裕のない顔ではない。毅然として、負けないって顔をしていた。

 

 本当は、ずっと。最初から。

 ―――わかっていた。

 

 いちにのさんで強くなれる魔法なんてない。

 アリサはきっと永遠に弱いままだ。この神機も永遠に重いままで、後悔はずっとつきまとって。

 リンドウのように、サクヤのように、コウタやソーマのように、――ユウカのようには、なれないままだろう。

 でも。それでも。

 

「やああああーーーーーッ」

 

 悲鳴のような絶叫をあげながら、アリサは神機を振りかぶった。

 剣を使うのは好きじゃない。自分の非力さを思い知らされるから、斬った感触が掌に残るから。

 だがそうも言ってられない。なりふり構っていられない。

 例え本当に永遠に弱いままであったとしても、弱いままでいられはしないのだ。そんなことは、自分自身が許せない。

 

 強くなりたいのだ。たとえそれが無理だとしても。無用な心配をかけたくない。信頼されたい。信用されたい。

 

 もう二度と、後ろに庇われるなんて、背負って走ってもらうだなんて失態は――見せたくない!

 

 それは見栄であり、意地であり、安いプライドなのかもしれないが。

 けどそれを抱えてこそ、醜く愚かで美しい人間というものだ。

 力いっぱい踏み込んで、無様な剣戟をそのそっ首に叩き込む。紅の刃がヴァジュラの首を深く刻み、手持ち花火みたいな血飛沫が上がった。

 続いて、抉り込むように刃を進ませ、短いブレードで、アリサは殆ど力づくで、引きちぎるかのようにヴァジュラの大きく太く、黒々としていて邪悪で、岩石よりずっと固いその首を、勢いよく刎ねた。

 ゴトン。と切り離された首が遠くに落ち、身体の方は僅かにふらついた後横へ倒れる。

 その土煙、返り血を以てしても、アリサには汚れ一つないように見える。

 赤を基調とした服や装備が赤を目立たせないからではない。銀色の髪に赤が散っても、透き通るような白い肌が火傷を負っても、拭った手がその汚れを伸ばしても、その姿は一向に美しいままであった。

 まるで月下の白い狼が、獲物を仕留めて気高く遠吠えを上げているような。

 

「サクヤさん、コウタ。援護有難うございます。お疲れ様でした」

 

 アリサがニコリと笑って二人へ労わりの言葉をかける。

 今ここに、アリサは立ち直ったのだ。

 けれどそれは、元に戻ったという意味ではなかった。

 気高く強く仲間を大事にする、まさしく狼のような、一人のゴッドイーターがそこには居た。

 

「もう大丈夫なのかい、アリサ」

「ええ。もう二度と、……もう二度と、惑わされたりしません」

 

 靄が張れた青空のような顔のアリサに、コウタは口角を上げて一つ力強く頷き返した。

 

「んじゃ、ユウカを探しに行きますか。アイツどこで道草食ってんだろ」

「そういえばそうね。変ね、道に迷う子でもないのに、駆けつけるのが遅れるなんて」

「……何か面倒事に巻き込まれてるんじゃないでしょうか。何故でしょう、心配になってきました。ヒバリさんに通信を入れてみましょう」

「ハハ。いくらアイツでもそうそう危険な目には――」

『ユウカちゃんが突如現れたもう一体のヴァジュラとお一人で交戦中です!至急応援願います!』

「――――あーもーアイツほんとなんなのっ?」

「ホントに困った方ですねッ」

「つべこべ言わない、総員、行くわよ!」

「はいっ」

「了解ッ」

「――アリサ、四時の方向まっすぐ上へ60度、撃って!」

「ハイっ?」

 

 突如聞こえて来た声――誰より信じる我らが隊長の声――に、アリサは指定された寸分たがわぬ場所へ装備していたバレッドを反射で撃った。

 直後に轟音のような唸り声が空へ地へ響き、紫の稲妻が四方八方へ打ち付けられる。それらはアリサたちには当たらずめくら滅法といった様子で、アラガミの眼が既に潰されている事は容易に分かった。

 悲鳴を上げながら、ありとあらゆる手で追手を阻もうと必死で逃亡する滑稽な姿の人類の天敵を、次いで現れた少女が魚でも捌くみたいに、軽やかに両断する。既に致命傷は負っていたソレに、アリサが足止め兼ダメ押しをして、そしてトドメを入れたのだろう。

 首を落とされたヴァジュラと仲良く並んで地に臥せった新手に、ハンと鼻で笑ってユウカは三人に向き直った。

 

「そっちも片付いたみたいだね、お疲れ様。帰投しよっか!」

「いや今お前助けにいこっかーみたいな話してたんですケド!?」

「え、そうだったの?ありがとう、でも見ての通り大丈夫だったよ」

「……………そうですよね…………私なんかがユウカを助けるなんて……烏滸がましかったですね…………」

「ホラ落ち込んだ!アリサ落ち込んだよー!あーあさっき折角立ち直ったのになー!なんだこの隊長最悪かー!?」

「ユウカ、流石に、間が悪すぎると思うわ」

「サクヤさんまで!?ウッソぉー、アリサごめんってばー!良い子良い子!アリサは良いゴッドイーターだよ!私が保証する!」

「そんな当たり前の事のように今更言わないで下さい」

 

 アリサはゴッドイーターだ。ゴッドイーターなのだ。

 守護者であり破壊者。

 抗う事を決めた者。神を殺してでも、運命に抗うと身に刻んだ者。

 両親との幸せな思い出、あの日のかくれんぼの結果。自らの罪。ロシア支部での優しい思い出。奪われてしまった、涙が出る程尊い時間。

 

 自分はどうしてゴッドイーターになったのか。

 

 復讐の為だ。あの日失ったものを、どうしても受け入れられなかったからだ。他人の倖せをぶち壊しておいて、のうのうとのさばるあいつ等が許せなかったから。目を逸らして現実から逃げ続けていた。

 けれどユウカは言うのだな。

 

 アリサはゴッドイーターなのだと。

 

 立ち向かえると。こんな無様な自分であっても、必ず。

 必ずや抗えると。いいや、アリサの無益な復讐ですら、既に抗いであり、立ち向かった結果であると。

 そう当たり前のように言うのだ。

 

 きっと彼女には最初から答えが見えていたに違いない。アリサがそこへ辿り着く事も。

 悪い気分ではなかった。むしろ、泣きたくなるくらい、心地よかった。

 

「ユウカ」

「なに?」

「ありがとう」

 

 万感の想いを込めて口にしたが、言葉にするとあまりに薄っぺらいような気がした。こんな一単語へ押し込めるには、あまりにも。

 あまりに足りない。

 だがユウカは微笑むのだった。アリサへ優しく、すべてを見通す湖のようなエメラルドグリーンの瞳を細めて。

 

「どういたしまして」

 

 アリサの想いを、そうやって過たずいつも、受け取ってくれるのだった。

 

 

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