天を泳ぎて地に戻りきよ   作:緑雲

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少女、就任

 

 言い付け通り全員無傷で帰投した四人は、神機を格納庫に戻して早々にエントランスへ直行した。

 するとソーマが既にそこには居て、四人に、というかユウカに「遅かったな」と一言告げて迎えた。ブーブーと未成年組から不平不満のブーイングが上がる。

 

「相変わらず一言足りねー奴だなー」

「ドン引きです。ユウカ訳して下さい」

「えー?遅かったから心配しッモガガ」

 

 全然躊躇とかせず直訳しようとしたユウカの口を、いい加減パターンが読めてきたソーマが音速で塞ぐ。スパァンと良い音が鳴ったユウカは口元を抑える掌越しに、痛みからの声か抗議の声か、「ウボァ」だか「オッホホ」だかの奇妙なくぐもった声を上げた。

 

「早かったわね、二重の意味で」

「足手まといがいなかったからな。そっちは?」

「小型が次から次へと、加えてヴァジュラ追加って感じだったみたい。ユウカが全部倒しちゃったけれどね」

「ユウカ」

「ふはほーほふへふ」

 

 せめて弁解くらいはさせてあげたら?と呆れるサクヤをガン無視し、ソーマは鋭い目付きでユウカの双眸を貫いた。

 まあユウカにそんなもん効くわけもなかったしなんなら構ってくれて嬉しいくらいの勢いである。

 この野郎。半ば本気でイラッときたが、ソーマは仕方なしと掌を離した。

 彼女にとってそれは、別に無茶でもなんでもなかったのだろう。単純に、それが出来る力量があって、無理がなく効率的で、必要だからそうした。それがわかったから、ソーマはもう何も言わなかった。

 ユウカはニコッとソーマへ笑ってから、周囲を見渡しつつ首をかしげる。

 

「教官まだ来てないんだ。結局何があるって言うんだろ」

「アレじゃね?給料アップとか」

「下がる事はあっても上がる事はないでしょうね、特に貴方は」

「ひでぇ!じゃあじゃあ、特別休暇!」

「全員集められる程の事かしら、それ」

「じゃあなんなんだよー!」

「あはは」

 

 任務帰りでも終日賑やかしい第一部隊の元へ、カツンと高いヒールの音が鳴った。

 その途端お喋りをやめ、全員素早く整列する。姿勢は正してないし服は着崩してるしで態度は完全に最悪だが、反して精悍な顔つきにツバキは満足そうな顔をした。

 

「全員揃っているな。ではお前たちに通告がある。桜庭ユウカ曹長」

「はい」

「執行部から正式な辞令が出た。貴官を本日付けでフェンリル極東支部、保守局第一部隊の隊長に任ずる。励めよ」

「謹んで拝命致します」

 

 その一礼といったら隊員の模範として教科書に載せたいくらいであったが、ユウカの表情はそれら全てを台無しにしていた。

 どっからどう見ても「は????」といったような感情を隠しもせずに、しかし滑らかに対応するので、並んで横にいた隊員四人は腹筋にひどく力を籠める事になった。まともな奴などおらぬと言わんばかりの光景である。

 地獄より深い溜め息を吐いたツバキが、額に手を当て眉間を揉む。

 

「何か不満が?」

「引き継ぎ一切されてないんですが」

「安心しろ、それは既に済んでいる。お前がリンドウ失踪前より日頃していた仕事は全てリーダーがすべき雑務だった」

「なんにも安心できませんよ!は!?もうリンドウさん絶対許せないんですけど!!通りでなんか書くもん多いなと思いましたよ!はーーキレそう」

「仕事がスムーズになって良かったじゃないか」

「そりゃ中間管理職はそうでしょうねえ!え?全然許すことができないです。リンドウさんがいなくなってからイチキレてます」

「こんなところで???いやまってまって、出世じゃん、大出世じゃん!え!?同期同格からリーダー就任出たんですけど!!祭りじゃん!!!!」

「ごめん今給料以上の仕事を今までさせられていたっていう事実に打ちのめされてそれどころじゃない。ただただキレそう。リンドウさん覚悟しとけよ………最後に見る顔を私にしてやるからな………」

「ワーー落ち着いてください。ほら、リンドウさんがちゃらんぽらんなことなんて今に始まった事じゃないでしょうっ、今更キレるまでもありませんよっ、ねっ?」

「ごめんなさいリンドウ、一つも反論できないわ……」

「ええい貴様ら揃いも揃って騒々しい!ユウカ、書面での辞令がある、ついてこいこのバカ新リーダーが」

「アイタタタタ、イタイですー、ついてきますから、放してくださいー」

「何が『イタイですー』だばかもの。黙れ!」

 

 ツバキはユウカを捻り上げると、ほぼ拘束したような体勢のままでツカツカ足音高らかに歩き出した。隊員達は「いってらっしゃ~い」と「おめでと~」の間の引き攣った笑顔で二人を見送る。

 長い廊下を半ば引きずられながら、チラとツバキを見上げる。

 

「なんかこう、リーダーになる際の注意事項とかないんですか」

「ない。お前なら万事問題ない」

「信頼という名の丸投げではなく?」

「ではなく。……むしろ、お前はもう少し無能であるべきだった」

「私は有能ですか」

「考えうる限り十全にな」

 

 本当に有能だったなら、リンドウさんはいなくならなくても良かったんじゃないですか。

 咄嗟に言葉が出そうになったけども、ユウカは無理矢理口をつぐんだ。未練がましいそれは、後悔を通り越してただの弱音だったからだ。

 代わりにへらっと笑ったユウカを、ツバキは引っ張ってしゃんと立たせ、それからその頭を撫で回した。犬を撫でるような手つきだ。

 

「よくやった。こんなに早く身を立て名を上げたのはお前が初めてだ。手柄だ、誇れ。リンドウもきっとこの上なく喜ぶ」

「帰ってきてもこの座を返してやりませんからね」

「その意気だ」

「…………わすれるみたいで、嫌です」

「それでもお前が第一部隊のリーダーになったんだ。いつまでも代理や副であって許される筈がない」

「誰が許さないって言うんですか。支部長ですか?」

「第一部隊の隊員全員がだ。全員の推薦、賛成を貰っている」

 

 ツバキの必殺に、ユウカは流石に黙るしかなくなった。

 どうして。いや、いつの間に。

 口を噤んだユウカは、くしゃくしゃにされた髪を指で梳くように直して、また上目でツバキを見上げて、それから床へ落とした。

 ――自分はそんな大層な人間じゃない。

 痛い事も辛い事も嫌いで、毎日重圧に押しつぶされそうになってる。いつだって辞めてやりたいと思っている。

 本当はいつだって怖いのに。

 アラガミも、傷つくのも、失うのも。

 もう大切な誰かを見送りたくなんてないのに。

 

「できないか?」

「やります。……強がりじゃないですよ」

「わかっている」

 

 ツバキの口ぶりからして、サクヤどころか、ソーマでさえも、ユウカが隊長に適任であると推薦したのだろう。にわかに信じ難いが、だからと言って問い詰めに行くほどには無責任にはなれず。結局ユウカは黙って頷くしかないのだった。

 別に嬉しくない訳じゃない。むしろ、自分の頑張りが認めて貰えたみたいで誇らしさすらあった。

 けれど、それを上回る重責の念に押しつぶされそうだった。部隊全員の、いいや、殲滅部隊第一の隊長ということはつまり、この支部の隊員の中で最も強いということだ。この支部全員の命を預かる場面もあるのと同義だった。何という傲慢なのだろうか。

 だが俯いていて助けられる命があるわけもなし。

 ユウカは顔を上げて、込み上げてくる嘔吐感と動悸を飲み込んだ。

 腹を決めたユウカへ、ツバキが挑発に近い笑みを浮かべる。

 

「第一部隊隊長、就任おめでとう。気分はどうだ」

「最高」

 

 口元を引き上げて即座にそう返す。半分本気、半分皮肉であった。

 目を切った先は支部長室。

 入隊して僅か一ヵ月の新人に隊長職を投げて寄越した、大層な狸が根城である。

 三度ノックして中からの返答の後、境界を破るような心地で入室した。背後で閉まる扉の隙間から、ツバキの激励の視線を背中で受け取る。

 

「こうして向かい合って話すのは初めてになるかな。君の活躍はここまでよくよく届いていたよ」

「勿体ないお言葉で御座います」

「そう警戒しなくてもよろしい。今日は疲れているだろう、長話はしないとも」

 

 ヨハネス・フォン・シックザール。極東支部の支部長でありながら、生化学企業フェンリルを実質的に築いた人間である。実際、ユウカが読んだアラガミに関する資料の殆どにその名前は至る所に現れる。間違いなくアラガミ研究においての立役者の一人だ。

 研究者として極めて優れていたのに加え、政界を渡り歩き生化学企業でありながら同時に私設軍隊として、そして最早一つの国家としての今のフェンリルを恙なく成立させたその手腕は正しく天才のそれである。

 そんな男を前にして、警戒するな身構えるなというのはあまりに無理な話だ。故にユウカは一切警戒を解かず、握った拳を更に握りしめた。

 ヨハネスはそんな小娘の気丈さなど鼻で笑い、何の価値も見出していないかのような冷静な眼で机の書類を手繰り寄せた。

 

「呼び出したのは他でもない。第一部隊リーダー就任にあたっての権利と、義務についてだ」

「権限の拡大ですか」

「その通り。リーダー専用の個室、情報閲覧の制限解除、作戦行動中の権限の拡大等だな。ああ、部屋は雨宮リンドウが使っていた部屋を君にあげよう。いつまでも片付いていないようだから、ついでに掃除もするように」

「承知しました」

 

 いや全然欲しくねーしやりたくねー、オメーがやれっつーかやれるもんならやってみろやこのスポンジボブが。とユウカは思ったが勿論言わなかった。顔には若干出た。

 

「では次に義務についてだが、第一部隊リーダーには通常の任務とは別に、特務と呼ばれる特殊任務が課せられる。無論報酬は出る」

「謹んでお受けします」

「まだ内容も教えていないのに?」

「それがアラガミ殲滅であれば、是非もありません。個人的にも倒せるアラガミは可能な限り殲滅しておきたい所ですので」

「傲慢だな。素晴らしい」

「畏れ入ります」

「快く引き受けてくれるなら、こちらとしても心強い。追って指示を出す。今日はもう休みなさい」

「……よろしいのですか」

 

 てっきり馬車馬のように働かされるのだろうと思っていたので、ユウカはつい思わずそう聞いてしまった。リンドウの疲労具合を見ていれば自然な疑問と言えるが、それにしたって、ユウカのそれは本当に無意識であった。

 ヨハネスもユウカがそう零してしまうのは予想外だったのだろう。ほんの一瞬目を瞬かせ、次いで僅かに苦笑した。それは能面や外面ではなく、ヨハネスの本心からの感情に思えた。

 

「私にも労わる心くらいはあるよ。疲れているだろう、自主見回りも今日は禁止だ。早めに寝ること。よいね」

「へ、へえ。承知しました」

「よろしい。退室なさい」

「はい。失礼しました」

 

 校長室から出るときの生徒みたいな気分で、ユウカは恐る恐る後退って退室した。

 事実恐ろしかったからだ。

 平然とリンドウを処理しておきながら、アリサの洗脳を放置しておきながら、ユウカの体調を慮ってこようとする。その一貫性のなさがひどく不気味だった。一体何を企んでいるのかがわからないところも更に不安を掻き立ててくる。

 口元に手をやって出そうな色々なものを堪える。吐いた空気がひどく冷えていて、こめかみに汗が伝った。

 息を整え、自分の胸をドンと一つ殴る。

 横目に柱を縁取る銀色で自分の顔色を確認した。大丈夫、いつも通りだ。

 ぷしゅ、と空気を圧縮する音が響き、扉が開かれる。パンッ、パパンッ、と火薬の音が弾けるが、そのあまりの敵意のなさにユウカは呆然と立ち尽くした。

 

「リーダー就任おっめでとーー!」

「おめでとうございます!」

 

 色とりどりの色紙が舞い、紙テープやフィルムがユウカに降りかかった。クラッカーは人に向けてうってはいけない。

 エントランスに戻って来たと思ったが、そうじゃなかったかもしれない。

 露出した配管には可愛らしい色紙がはっつけられ、天井からは何故か各国の国旗が下がっており、きらきらと輝くクリスマス用らしきリースがそこかしこに飾り付けられている。そして、使用済みのクラッカーを手に持つコウタ、アリサ、サクヤの後ろには、ソーマやエリックだけじゃない、ユウカが話した事のあるすべての人たちが一堂に集まっていた。

 

「ユウカのリーダー就任パーティするっつったらさ、こーんなに集まっちまったんだぜ!」

「当たり前じゃないの、ユウカちゃんったらスゴイわ!」

「ユウカ、おめでとう!」

「おめっとさん!俺にいーい仕事回してくれよな!」

「さっすが、俺が見込んだゴッドイーターだ!大成すると思ったんだよ俺は!」

「ま、あんま張り切り過ぎんなよ。はしゃいでコケたらかっこわりーからな!」

「タツミさん、防衛部隊長直後に腕折りましたもんね!」

「カノン、ピンポイントに傷を抉らないの。おめでとう、第一部隊リーダーになっても、私とまた命の奪い合いをしましょうね」

「物騒なんだよおめーはよ……。実入りの良い仕事があったら、俺を呼べよ。ま、よろしくな」

 

 それからも延々と、祝いの言葉が漣のように続いていく。ゴッドイーターが多いが、リッカら整備士や、食堂や掃除のおばちゃんまで。エントランスを埋め尽くさんばかりの人波を、ユウカは紙吹雪をくっつけたまま呆然と見渡した。

 最近配給が厳しくなってきたにも関わらず、背後には美味しそうな食事が並び、みな嬉しそうな顔をしている。

 「あんたが主役」タスキを肩に結ばれ、頭に三角帽を被せられ背中を押されて、お誕生日石に座らせられ。雨あられ如く労わりや褒める言葉が降ってきて、時に伸ばされた手がユウカの髪の毛をかき混ぜていく。

 押し流されそうになるのを脚力で堪えながら、ジッと隊員達を見つめ、詰るような声を出す。

 

「知ってたの?」

「あー……知ってたっつか、まあ、ユウカくらいしか務めらんないだろ、どー考えても。教官にもそれとなく聞かれたし」

「どいつもこいつも、お前以外の名前を出さなかったらしいぞ」

「なにそれぇ」

「観念なさい。今日から貴方がウチの自慢のリーダーよ」

「急にポーカーフェイス上手くなるじゃんウチの隊員……」

「サプライズですからっ」

 

 撫でられ、小突かれ、微笑まれ、肩を組まれ、――心から、祝福されて。

 どんちゃん騒いでいるのにツバキどころか誰の注意も受けず。むしろ冷やかし、顔だけでも出しにと来る顔見知りばっかりで。

 ユウカはずっと。

 ずっと。

 どうしようもなく。

 ――恐ろしくてたまらなかった。

 

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