支部長から命じられる大型アラガミ討伐任務をこなしたり、サカキ博士から頼まれるアラガミのコアを回収したり、通常任務を消化したり、壁周辺のアラガミを時折掃除したり、と多忙な――というか八方美人的な外面を維持しつつ、僅かな自由時間をのんびり過ごす。字面を見れば社畜極まった生活のように見えるが、ユウカとしてはそれなりに満足であった。
何しろ、この時代は娯楽がとにかく少ない。というか無い。なので、仕事が山盛りということは、それだけ時間を潰せるということだ。仕事人間なわけではないが、食料の調達やら医療行為やらをしなくても良くなったユウカは外に居た時よりも割かし暇で、だらだらするのを止せばもう資料庫ぐらいしか行き場所はない。
そもそもユウカにはいっぱい有能な仲間もいるし、任務配分を間違えなければそうそう困った事にもならない。
のらりくらりと生きつつの順風満帆な日常。
「っふー……。これで、今日の任務は全部完了ね」
「お疲れ様です。いやー、結構早く終わりましたね」
近接戦闘寄りのユウカと遠距離神機のサクヤでのペア任務は初期の頃よりも高頻度でよく入れるようになった。
というのも、ソーマ、アリサ、コウタの三人組が、個々なら有能なくせに合わせると不安定になるめんどくさいトリオであったことが原因だ。
同じ部隊の隊員同士でありながらロクな連携もできないなど言語道断。
というわけでユウカとリンドウは積極的に三人組プラス子守の四人パーティで任務に就かせていたので、自然と余った二人が別任務に就いていたのである。
しかし、ズッコケ三人組も随分変わった。ここ最近目覚ましい成長を遂げるアリサや、それに触発されたコウタ、前より幾分か協調性を理解し始めたソーマ。
もう子守は必要なくなったのである。相変わらず三人で任務に行くとぎゃーすか騒がしいし色々派手にぶっ壊してぼろぼろで帰ってくるけども。でも皆、誰かを思いやったり守ったり、互いを庇い合うという事がどういうことなのか。その為にどう動くのが最善なのかを無意識下ですら考えている。
つまり、もう三人は大丈夫だということだった。今頃三人で仲良く討伐任務に当たってる事だろう。
そういうわけで、ユウカとサクヤはのんびり羽を伸ばして、二人組で仕事が出来るようになったのである。
「ユウカも、中型の任務はもう随分慣れたでしょう?」
「そうですかねー。できれば無傷で終われるようにしたいですけど」
「それってもしかしなくても部隊員全員が、よね?」
「いや私だけ無傷で済んでどうするんですか」
「いやそうだけど。……待って、貴方なら本気で実現しそうで怖いのだけど。擦り傷はセーフよね?」
「状況によって破傷風の恐れがあるので正直ささくれ一つでも許し難いです」
「…………」
「すみません流石に冗談です。検討しようとしなくて良いです」
「もっとわかりやすい冗談を言って?お姉さんびっくりしちゃうから」
「あはは。でももっと効率的に動ける余地はあるな、ってのはホントです」
「そういうことを考える余裕が出て来たってことでしょう?流石ね」
「え~~~褒めてもアメちゃんしか出ませんよ~~~?」
「このご時世下だと結構良いものよねそれ」
損にも得にもならない話をだらだら続けながら撤収作業を続ける。死屍累々の地面からコアやら素材やらを抜き取って、神機を肩に担ぐ。
日はまだ中天から少し傾き始めたばかりで、午後の時間はまだたっぷり残っているだろう。よく出動している為素材がよくよく手に入る。ここらで装備を新調しても良いし、その後余裕がありそうなら壁外周辺のアラガミの掃除もして……、と脳内でやる事をピックアップしていく中、サクヤに呼び止められて思考を中断し振り返った。
「ユウカ。ちょっと話があるんだけど、この後少し構わない?」
「この後ですか?はい、今日はもう何も用事ありませんので、大丈夫ですよ」
事実、隊員の話より優先すべき事は何もないのでそう言えば、サクヤは「良かった」と安心したように微笑んだ。
話の内容に因るが装備は今日は諦めて、後日ソーマとでも見に行けば良い。壁外掃除は、まあ少し頑張ればどうにかなるだろう。
笑顔の裏で予定を組み立て直しながら、ふと頭の隅を嫌な予感が掠める。
サクヤさんからの相談か。――困った事じゃなきゃ良いけど。
ユウカが部屋を訪れると、中は平時と変わらないちょっとだけ散らかった部屋のままだった。取り急ぎ洗濯物干しっぱなしは止めた方が良いと思う。特に下着。
「浴室乾燥あるんだから使いましょうよ」
「実はアレ最近調子悪いのよね。修理頼んでるのだけど来なくって」
「そういう事は早く言ってください。もー。私から管理部に報告しますね」
「有難う、助かるわ。ちっちゃい冷風しか出てこないのだけど……」
「あーそれフィルターが詰まってるんじゃないですか?良ければ見ますよ」
「え?貴方家電まで見れるの?」
「いやソーマさんが」
「そこ他力本願なのね」
「生まれた時から廃墟で生活してたので。家電なんて伝説上の存在でしたもん」
「それもそうだったわね」
「生まれた時からここに居ましたが」みたいな顔して平気で機械弄るからウッカリしていたが、ユウカは列記とした外出身。両親の影響で機械いじりはそこそこできるが、これは生業と呼べるほどのものでもない。何とも悲しいが、ぶっちゃけ生活を豊かにする安全な機械は、ちょっとユウカの把握の範疇外なのだな。
じゃあ早速見ますね~~~、とかで話逸らして、今日の話有耶無耶にならないかなァ。ユウカはちらとそんな不埒な事を考えたが、当然そうはいくわけもない。
「コーヒーで良い?」
「勿論。あ、手伝いますよ」
「貴方ビーカーで測ろうとするから嫌よ」
「正確な方が良いじゃないですか」
「ミリ単位でズレを失わせなくて良いから。もー、座ってて」
「はぁい」
不服さを隠しもせず、ユウカは口を尖らせて渋々ソファに腰かけた。
少しして手渡されたコーヒーを、まずは一口飲む。それは交換できる嗜好品の中のひとつで、ユウカもよく馴染んだ味をしていた。
「最近、あの三人をよく組ませるようになったけど、ユウカ先生のお眼鏡には適ったって事かしら?」
「お眼鏡って……そんなんじゃないですけど、そのようなものです。もうあの三人はきっと大丈夫ですから」
「ソーマも?」
「……ソーマさんって、そんなひどいんですか?」
「ずっと前とは比べ物にならないほど良いとは思うわ。明らかに舌打ちの回数減ったもの」
「あの。ソーマさんがコソコソ言われてるのって、やっぱ出自が原因なんですか?」
「あぁ……ええ、それもあるのかな。ソーマって、ちっちゃい頃からゴッドイーターしてたのだけどね。その時から、もう強いのなんのって。だから、うーん、多分妬みや僻みもあるんだと思う」
「ハーーー……なんで人類って弱いくせに身内で殺し合うんですかね」
「……ソーマがゴッドイーターになった頃ね。私はまだフェンリルで働く前だったんだけど。アナグラの中でさえも、まだアラガミがよく生み出されたり。壁で防ぎきれなかったり。外よりはまだマシだけど、安心ってほどじゃなくて」
マグカップを両手に包んで、サクヤがぽつりと零すかのように話を始める。
ユウカは外で生きて来た。母が居て、父が居て、弟が居て、集団のみんなは優しくて、ユウカとフユキをいつだって大切にしてくれた。
「みーんなピリピリしてて、怖かったなぁ。誰にも余裕なんかなくて、……当たれる場所があれば、子供相手だって当たり散らしてた」
――でも、それって本当に幸運な事だったんだ。
他の集団だって、その頃のハイヴ内と変わらない、暗い眼をした人たちは沢山居た。
「初めてアラガミへ強力で有効的な力を振るえたゴッドイーターは……最初ヒーローみたいな存在だったわ。でもね、そんなの本当に最初だけ。ゴッドイーターは万能じゃない、誰かの命の保証じゃない。しかも、アラガミを喰らって強くなる。正義のヒーローなんて土台無理な話だったの。――その象徴が、ソーマよ」
ソーマは現在主流として使われている神機の一番の適合者だ。
祈りと非道な実験から生まれたソーマは、忌むべき対象であったのかもしれないが、同時に畏れられてもいたのだろう。彼の母が祈った通りに、いつの日か、必ずや人類を救う決定打になる筈だ、と。
だが、そんな「いつか」は来なかった。
少年はヒーローには成れなかった、少年は、ただの一人の、ちっぽけな人間なのだから。当然だ。当然なのに。
英雄は生きているだけでは唯の咎で、死んで初めて正義となる。
「……最低ですね」
「そうね。大人として弁明のしようもない。どうにもできなくて、ごめんなさい」
「良いですよ。ソーマさんが気にしてないですし」
「そこで、私のせいじゃない、とか言わないところ、本当、ユウカよね」
ユウカはぐっと眉間の皺を深くして、視線を逸らした。実際、サクヤのせいじゃないし、彼女は彼女で出来る事はしたのだろう。
ああ、本当に。――嫌なものを知ってしまったな。
サクヤがごく唐突に、棚から取り出したディスクをユウカに差し出してくる。それは先ほどコーヒーの粉を取り出していた時と変わらない、ぎこちなさの欠片もなかった。
最初からそうしようと決めていたから、そうしただけの仕草。
「ロックがどうしても解除できないの。リンドウの腕輪がないとダメみたい」
サクヤが双眸に理性の火を灯らせて、それでも微笑みながらユウカにディスクを差し出す。
何の変哲もない、安っぽい銀色のありふれた情報記録ディスク。直近の嫌な記憶がよみがえりそうで、すぐに思考を追い出した。
ユウカはまず「受け取りたくないなー」と思った。
けれど受け取らないでいる事も出来なかったので、己のあまりに不義理な思考をなかったことにして苦笑しつつ手を差し伸べる。
ディスクは硬質な感触のみをユウカに残して、それ以外に特段情報を渡すことはなかった。
「流石にクラッキングは出来ませんよ」
「わかってる。それにそれは複製よ。ロックも中に入っているだろう情報もダミー記録も何もかもそっくりそのままコピーしただけのもの」
益々受け取りたくなかった。
ボールペンより軽いくらいの質量なのに、片腕だけダンベルを持ってる気分だ。
「貴方に持っていてほしい」
「……わかりました」
いかにも深刻そうに真摯そうに頷きながら、ユウカはほとんどまったく別のことを考えていた。
この人は、受け入れてしまったのだろうか。
今も写真を飾るのをやめられないほど大事にしているのに。目の下の隈を化粧で誤魔化すほど夢に見るのだろうに。
その癖に懸命にリンドウの足跡を追って、前を無理やり向いて進もうとしているその姿は、たぶん正しいものなのだろう、尊いものなのだろう。
だから未だに彼の死を拒絶したままのユウカは、きっといつまでも最悪だ。
「サクヤさん」
「なぁに?」
「必ず見つけましょうね」
「……うん。ありがとう」
苦手でもないコーヒーが舌が痺れるほどに苦く思えて、ユウカは左手を握りしめて堪えた。
短め