天を泳ぎて地に戻りきよ   作:緑雲

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少女、遭遇

 

「頼みたい事が!」

「近いです」

「できたんだよ」

「離れればそれが許されるわけじゃないですからね?」

「この任務に行ってきて欲しい。あ、メンバーもこちらで打診しておいたから大丈夫だよ」

「話があまりにも早い」

「というわけで」

「拒否権は?」

「お願いするよ!」

「話聞いてくれます?」

 

 サカキの研究室に呼び出されたと思えば唐突にこれである。正直入室して目の前に仁王立ちした博士が居るのを見た瞬間嫌な予感はした。

 距離を取ろうと体を仰け反らせつつ、任務の内容が映っているらしき端末を受け取る。

 

「ヴァジュラとシユウですか」

「うん。出来れば一体ずつ倒してくれ給え」

「えー……各個撃破の方が早く終わるんですがー」

「そうかい?わかった、じゃあソーマに、」

「あーーー偶には地道な作業も良いかもですねー皆の成長もみたいしー!」

「冗談だよ。ソーマには別の仕事を任せてるから」」

「は?そっちも私がやるから早く詳細吐いて下さい」

「悪いがそれは越権行為だねぇ、桜庭クン。それにソーマに怒られるよ」

「全部貴方にだけは言われたくないんですけど……」

 

 最近重点的に沈黙の廃寺のアラガミばかり狙う任務をやたらと回してきたかと思えば、急に拍子抜けである。一時は本気でアラガミをこの世から駆逐し尽くすのかと思う勢いであったのに、どういう風の吹きまわしか……。

 何にせよ、ユウカに拒否権などハナからない。

 

「ともかく了解しました。謹んでお受けいたします」

「うん。よろしく頼むよ」

 

 ニコ!と音を立てて笑うペイラーに、一方ユウカは小さく嘆息した。

 何を企んでいるのか。完璧に造られた笑顔からは、何も読み取ることは出来なかった。

 

 

 音を吸収する真白の地を、神機を構え忍び足で踏む。足跡がつけた端から消えていくので、潜伏には向いているが探し物には特別向かない。

 苛酷な環境でも耐えられるのがゴッドイーターの身体的特徴の一つであるが、それでも体力を消耗しない訳ではない。

 長時間寒さに身を晒し汗が冷えた為だろう、コウタが「ブェェエエエックションッッ」と運動部の円陣よりもデカいクシャミをした。鼻水垂らして肩を震わせ、下唇を突き出している。

 

「ちぇっ、みっつかんねーなぁ」

「最近ここら辺狩りつくしちゃって、見つけるのも一苦労だね。ザコすら殆どいないや」

「とっくにこっから尻尾撒いて逃げ出してンじゃねーの?ここまで徹底してりゃ近寄らんくなるっしょ」

「でも奴ら進化する力はあっても学習能力はそんなにないからなぁ……。同族同士で意思疎通してるわけでもないし……」

「帰りたくなってきた」

「私なんて任務見た瞬間から帰りたかったわ」

「は?なんで」

「こっちの事情」

「そんなめんどい陰謀的なの絡んでンの?」

「さあー……。言っちゃえば、わかんないのが怖いんだよね。意図が見えないっていうか」

「オレ思うんだけどランダム性のあるグッズって廃止すべきだよな。好きなキャラが当たりとか外れとかいう概念に当て嵌められるのが地味に許せなくね?」

「1ミリも私の話聞いてくれないじゃん」

「不安が漠然とし過ぎてて聞いてて眠くなってきた。もっとアリにもわかるように言ってくれ」

「せめて人類としての知性くらい持ってよ。前頭葉弄りまわすよ」

「セルフロボトミー手術じゃん」

「セルフの意味履き違えすぎでしょ」

 

 毒にも薬にもならない会話とは正にこの事だろう。

 ゴッドイーターとして毎日着々と成長しているユウカとコウタにとって、ヴァジュラやシユウなんて準備運動くらいのものだ。

 任務時間がド深夜でさえなければ。

 成長するにしたがって仕事も増えていくのは世の常だろう。あっちもこっちもと人手の足りないところに引っ張り出されている内に陽があっとう間に落ちて。朝には復活していた気力も同様である。

 そんなわけで「かったりー」という空気を隠そうともせず足をぷらぷらさせて歩く二人は、最早忍ぶという発想がない。一言で言えばほぼ深夜テンションなのである。

 別の場所を散策しているサクヤとアリサもたぶん同じようなもんだろう。

 

「にしても、ひでぇ世の中だよな。俺ら未成年だぜ?これ完全に深夜労働だろ」

「倫理観を守ってればアラガミに襲われないって言うなら今頃世界中マザー・テレサだらけね」

「共産主義者大歓喜じゃん」

「その感想は心を失い過ぎてるわ流石に」

「えー、でも昔はそうだったんだろ?争いなんか全然なかったらしいじゃん」

「そんなわけないでしょ。『JUST BECAUSE IT ISN'T HAPPENING HERE. DOESN'T MEAN IT ISN'T HAPPENING』だよ」

「……『此処にはそれがないだけで、何も起こってないわけじゃない』?」

「大体合ってる」

「でも少なくとも、日本とかいう国があった頃は、ここは平和だっただろ?……帰ったら家族がおかえりって言って笑ってくれて、メシは腹いっぱい笑いながら食べて、ゲームとかで夜更かしなんかもしちゃって……そんで、明日何しようかなって、楽しい事ばっか考えながら眠るんだ。そんでまた、当たり前のように明日が来るんだよ」

「……そうだね」

 

 きっとそう単純な事じゃない。そうわかっていても、ユウカは微笑んで頷いた。

 どの世界でもどんな時代でも、その時なりの苦労や辛い事とかがあって、そんな幸せな日々はほんの一握りなんだろう。

 でも理想を語って何が悪いんだ。実際には違うのだとしても、そう在ろうとすることはきっと悪い事じゃない。

 

「でも、エイジスが出来ればそんな世界が来るんだ。そんな当たり前の倖せってやつがさ」

「そうかもね」

「なんでそこ断言しねーんだよ」

「良いの?たぶん希望とか色々粉砕しちゃうよ」

「……やっぱイイデス……もう俺が信じられるのはコイツだけだー」

「それが噂の妹ちゃんが作ったやつ?」

「そ!カワイイだろー」

 

 ニヨニヨと相好を崩してコウタは布の切れ端で作ったらしいマスコットに頬ずりする。

 程よくデフォルメされたそれは素人目ながらもよくコウタの特徴を捉えていて、大変出来が良い。一針一針、大事に縫ったのがわかる。良いお守りだ。

 

「今度遊びに来いよ。や、ユウカが良ければ、だけどさ」

「うん。そっちの都合の良い日がわかったら教えてよ」

「マジ!?オッケー!今度帰ったら二人に言うわ!」

「うわマジ?上司の家宅訪問とか拷問以外の何ものでもなくない?なんでそんなテンション上げられるの?」

「いやユウカは上司以前にオレのダチじゃん」

「愛。コウタは私のベストフレンド。感謝永遠に」

「なんで最後急にリトルグ〇ーンメンになった?」

 

 雑に会話しつつどつき合っている内、フッと月明りが翳った。

 直後、積もった雪が地面と共に抉れ、雪が風圧に乗って二人に吹き荒ぶ。

 アラガミのくせしてようやく真打登場と言うわけか。シンと冷え切った夜空の目を覚ますように家屋を軋ませるほどの咆哮が上がった。

 二人としては、今更そんな強者感出されても。といった感じだ。さんざ探させやがって、このクソヴァジュラ野郎。

 

「ソッコーで終わらせる」

「了解」

 

 

 無事ヴァシュラを十分と経たず倒し切り、有言実行せしめた二人は、新たなる獲物を求めて再び彷徨いだした。

 討伐目標の片割れ、シユウの捜索である。

 とはいえ、こちらはさして苦労もなく発見できた。別動隊のサクヤとアリサが先に開戦していたからだ。

 流石にシユウとドンチャンやっていればその戦闘音は激しく、ユウカたちのところまで震動が伝わってくる程だった。

 間もなく合流した四人総出でシユウを叩き、大きな怪我も事故もなく殲滅は成功。

 後はコアを回収して任務も完了、の筈だった。

 此処に相応しからざる人物の声さえ聞こえなければ。

 

「それ、ちょっと待った!」

 

 驚き過ぎてそのままコアを捕食しそうになるのを制し、声の発生源を振り返る。丁度坂道の麓から、悠々と歩いてくる姿が見える所であった。

 

「サカキ博士、それにソーマさんも。なんでここに」

「このオッサンの護衛だ」

「あーちょっとちょっと、説明は後。ともかくそのアラガミはそのままにして、ちょっとこっちに来てくれるかな」

 

 ユウカはサカキの言葉に一瞬返答に窮した。

 アラガミの死体は、通常黒い煙と共にすぐに地面に崩れ溶ける。だがそれは、コアを取り除いた場合だ。

 コアをそのまま放置した場合、高確率で他のアラガミが捕食に現れる。死体漁りだ。コアという資源を求めて、同類の死体を貪りに来るのである。アラガミの死体が大きければ大きい程アラガミを引き寄せ、しかもそれは、上級の大型アラガミであることが多い。

 

 つまり、アラガミの死体をほっぽり出しっぱなしというのは非常にリスキーな行動なのだ。

 

 リーダーとして部隊員の命を預かっている身からすれば、叶う事なら出来得る限り回避したい。

 だがサカキの言葉は提案の形を取ってはいるものの、所詮第一部隊リーダーという身分でしかないユウカにとっては、それは命令以外の何ものでもないのだった。

 舌打ちでもしないとやってられない状況だが、ユウカはそんな不平不満をちらとも表に出さなかった。即答こそ出来なかったものの、一拍置いていかにも神妙そうに小さく一つ、確かに頷く。

 サクヤ、コウタ、アリサの三人には、「きっとサカキ博士なりの考えがあるんだよ。従おう」といった旨の理解ありそうな寛容な視線を寄越して納得してもらう。

 実際にはバチバチにキレているし、「私の仲間が結果的に傷ついたとしたら今ここで殺してやる」といった風な感情で腕が怒りに震えていたが、勿論表面には平静を保っている。

 サカキの手招きに従って、シユウの死体が確認できる程度の距離で家屋の陰に隠れ、様子を窺う。

 説明をして欲しいと視線で訴えかけるが、立てた人差し指を唇に当てる「シーッ」というポーズに口を噤まざるを得なくなる。

 見ればソーマもだいぶ目が死んでおり、散々はぐらかされたらしい事が窺えた。

 

 月の傾きが天上付近に差し掛かった頃、サカキが懐中時計から顔を上げたまさにその時である。

 

「来たよ!」

 

 サカキが喜色ばんだ声を上げるも、所詮只人のサカキが気付く程度の事など、ゴッドイーターである五人はとっくに気付いていた。

 暗闇に浮き上がるように真白の、二足歩行の生物がゆっくりと歩いている。

 それは人間に酷似した骨格・容姿をしていて、しかし人間にあるまじき無色素であった。

 アルビノだとかそんな次元ではない。月明りに照らされ、まるで発光しているかのように輝いている。

 

 それは少女だった。

 ボロ布を申し訳程度に纏って、既に絶命したシユウを今正に両の手でかき分けて、暴走した初号機みたいにコアをぺろりと喰らった少女。真っ赤な粘性の高い液体を滴らせて、金色のまなこを異様に輝かせる。

 しかしどうしてか。汚れて不審なその少女は、どうしようもなく美しかった。

 誰にも踏み荒らされていない新雪のような、月の愛娘みたいな女の子だ。

 

 ゴッドイーターとしての本能が駆け寄って神機を構えたが、脳の片隅がジンと痺れたように使い物にならない。

 だって目の前の存在は、見た目には、完全に人間の女の子だったから。本能が警鐘を鳴らしても、腕輪をした右手が熱されたみたいに熱くなっても。

 人間として十余年生きた桜庭ユウカが声高に理性を訴えるのだ。

 

「オナカ、スイタ……ヨ?」

 

 あるいはそれが人で在るならば。と。

 

「ひぃ!」

「撃っちゃだめ!」

「へ!?や、でもユウカこいつ」

 

 アラガミだ。そんな事はわかっている。

 だがそれでも。

 

「いやー、ご苦労様!やっと姿を現してくれたね!」

 

 サカキの声に全員が我に返ったかのように正気を呼び覚まし、神機を油断なく構えながらも視線をそちらへ寄越す。

 

「君たちがいなければこの瞬間には立ち会えなかっただろう。特にソーマ、ここまで護衛してくれてありがとう」

「礼なぞいらん。それよりも、どういうことなのか話してもらおうか」

 

 あまりに暢気なサカキの様子に、ユウカとソーマは内心イラッとしながらも神機の構えを解いた。

 腐ってもアラガミ研究の第一人者。その彼が無防備にもあらわれたということは、つまり、当面の危機はないということだろう。

 

「いや、彼女がなかなか姿を見せてくれないから、しばらくこの辺一帯の餌を根絶やしにしてみたのさ。どんな偏食家でも、空腹には耐えられないだろう?」

 

 相変わらず胡散臭い笑みを崩そうとしないサカキに、ソーマが低く舌打ちする。

 

「悪知恵だけは一流だな」

「『偏食家』、ね……つまりこの子は」

「おっと!これ以上は私のラボに移動してからにしよう」

「またソレですか」

「ここが危険なのは本当。さあキミ、ずっとお預けをしていてすまなかった。一緒に来てくれるね?」

 

 サカキが近づくと、少女はぴょこんとうさぎのように小さく跳ねて反応し、頭を勢いよく前へ下げた。

 

「イタダキマス!」

 

 沈黙が場を支配する。天使が通ったという表現の方が柔らかみはあるだろうが、今この状況においては『沈黙』以外に形容すべき表現はなかった。

 ウワァ。みたいな空気が流れる中、責任者の一人として代表して、ユウカがおずおず話しかける。

 

「……エーと、了承?」

「イタダキ……マシタ?」

「違うそうじゃない」

「一応、通じているようだね」

 

 これ通じてるって言えるんだ。スゴイな。とユウカは思ったが言わないでおいた。

 ユウカとしては犬猫とコミュケーションを試みている気分だった。というかどういう語彙だ、誰だ教えたのは。

 

「ていうかこの子どうやって連れてく気ですか?まさかロープで縛るわけにもいきませんし。目を話した隙にダッシュしそうな感じの落ち着きの無さですよ」

「そうだねぇ……このスタイルが一番安全かな」

「オイそれ首輪」

「博士、人権について話し合いませんか」

「ハハ、流石に冗談だよ」

 

 懐から赤い首輪を出してきたので流石にアラガミ相手よりドン引きしてしまい、自然少女(仮)への同情心が微量ながらも積もる。

 頭痛を堪えるように額に手をやって数秒、ユウカは「えいやっ」と手を伸ばした。

 が、その腕を振った先で丁度スッポリ掴まれる。白い少女の手を取ろうとした手は空を切った後に、硬くて浅黒い掌に絡めとられた。

 

「あのー、ソーマさん?」

「お前のやろうとすることなんぞ丸っとお見通しだ」

「いやソーマさんは上田ポジションでしょ!?」

「ユウカ、そこじゃないと思います」

「いやそうなんだけどツッコまずにはいられなかったっていうか、じゃなくてソーマさん、今のが最善でしょ?」

「知るか。おいオッサンテメェが責任もって連行しろ」

「はいはい。まあそういう約束だったしね…」

「はあ?なんの力もないパンピにヤバいの押し付けられるわけなくないですか?」

「一応簡易版反アラガミ障壁は持ってる」

「そんなの、」

「桜庭くん、大丈夫。君の大事な人達を傷つけるようなことはしないよ」

 

 ユウカは反論しようとして口を開き、躊躇の後に結局閉じた。

 それを了承と見なしたサカキが、少女の腕を取って歩き出す。坂を下ってゆく彼を追いかける形で、ゴッドイーター全員もそれに続いた。

 

 

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