天を泳ぎて地に戻りきよ   作:緑雲

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少女、隠し事

 

 シオの家出騒動から一夜明け。

 やはり服を見立てるのは早すぎたかと、計画は頓挫したかように思われたが、サカキはけろっと「じゃあ彼女に合うような素材で作ろうか」と再度立案した。科学者ってコレだから……と呆れはするものの、まあ、シオに新しい服を宛がってやるのも楽しそうなので、第一部隊の面々は協力を続行することにした。

 しかしシオに合うようにとは言え、アラガミの素材を使って服を作るとは。

 聞く人が聞けば発狂しそうな話だ。というかアラガミ研究者が聞けば、貴重な素材を何に使っているんだと漏れなく涙するだろう。

 しかしそれも一人の少女の為だ。その涙は呑んでもらう他ない。

 肝心の素材は、ユウカが溜め込んでいた素材倉庫からその殆どを補填した。最近は神機の強化も頭打ちになって使い所に困っていたところだ。丁度いい。

 

「それで、この服は誰に着せる予定なのかな?」

「訓練場の模擬オウガテイルちゃんに着せようかと思って……」

「いや死ぬほど滅茶苦茶な嘘じゃん。すごいな、よくそんな二秒でバレる嘘を堂々と言えるね」

「信じてくれる可能性が1%でもあるならそれに賭けたかったんだ」

「キミ、絶対賭け事とかやっちゃだめだよ?皿洗いまで三十分ともたないから」

「敗者の最終形態RTA走者か私は」

 

 実際にユウカがカードゲームをしたなら、カウンティングと確率計算と言い包めのトリプルコンボで大変ひどい有様になる事は、ソーマとのゲームで立証済みだ。運も良いので並みのギャンブラーじゃカモになるだけなのだが、ユウカは優しいので勿論何も言わなかった。今度みんなで遊ぶ時にでも誘ってみようかなぁとは思った。

 ニコニコと笑顔を崩さないユウカに、近々ひどい目(カモ)に遭いそうな技術屋リッカは、困ったような、何処となく楽し気な曖昧な表情を浮かべる。

 

「実は、もうサカキ博士からちょっと事情は聞いてるんだ」

「茶番だったじゃん!」

「うん。仕返し」

「えっ、お洋服作るのそんな嫌だった?サカキ博士しばいとくね、ごめん」

 

 何か弱みでも握られていて強要とかされたのだろうか。サラッと脅された先日を思い出しながら拳を掲げる。

 だが、リッカは呆れたように首を横に振って話を続けた。

 

「違うよ。洋服づくりは楽しかった。発想が斬新で、作成案も緻密でよく出来てたからすごく勉強になった。何より新しい何かを作るのはやっぱりワクワクしたよ。喜んで協力したさ」

「ならどうして?」

「キミが隠すような嘘を吐くから、ついね」

「……あー、うん」

 

 言い訳を重ねようとして出来なくて、ユウカは気まずげに視線を逸らす。謝ろうと口を開いたユウカをリッカが制す。

 

「わかってる。キミは何かを守りたかったんでしょ。でもね、次は仲間外れしちゃイヤだよ」

「……うん」

「言いたかったのはそれだけ。……責めたかったワケじゃないんだ」

「わかってる。けどやっぱり、ゴメンね」

「謝らないでよ。良いから次からは、力にならせてね」

「うん。必ずそうさせてもらうよ」

 

 ユウカとしてはそんな「次」は永遠に来ないでほしいが、何が起こるかわからないのがこの仕事である。嫌な職場だな。善人が少なからず居るところがより一層嫌な所だ。

 

「これからまた任務?多いね、最近」

「まあね。一応、これでも第一部隊のリーダーですから」

「それもそうか。帰ってくる頃には、出来てると思うよ」

「ほんと!?わー、なるべく早く帰ってくるね」

「待った!キミが早くやるってなるとマジ時間足りなくなるからそこそこのんびり戦って来て!キミこの前グボログボロ2分で倒してたよね!?」

「大丈夫大丈夫ー。今日はボルグ・カムラン3体とコンゴウ4体討伐しなきゃだから時間かかるよー」

「修羅の国すぎないその任務!?」

「いや一つの任務じゃないよ。同じ討伐対象の任務があったから連荘で受けさせてもらっただけ」

「よくやるよね、ホント……気を付けて」

 

 ニコッ!と音を立てて笑ってみせて、右手でブイサインを作る。心配無用、と言葉もなく示す彼女に、リッカも晴れやかな笑顔を浮かべた。

 そうだ、この少女はこれでも第一部隊のリーダーなんだ。入隊から最速でリーダーに抜擢された世界でも指折りの新型ゴッドイーター。心配なぞ、する事すら烏滸がましい。完璧に杞憂だった。

 

 

 一発目。第一部隊との任務は滞りなく、甚だしく予定通りに終わり、ユウカはまた他の任務に出る隊員や、本日の任務は以上で終了の隊員らを見送って、自身も次の任務地へと向かった。

 二発目は愚者の空母にてカレル、ジーナとの危うげない任務。続いて同じ任務地にて、カノンとの局所的に勃発した小型アラガミの一掃任務を終わらせた。

 今日は軽めに終わらせよう。リッカとの会話で今日の予定を組んでいたユウカであったが、アナグラ帰還後にヒバリに呼び止められる。

 

「何か不備でもあった?」

「いえ、あのぅ、……支部長がお呼びです」

「ああ、帰ってきてたんだ。支部長室だよね、了解」

「疲れてるでしょうから、って言ったんですけど、大事な話だからって」

「良いよ良いよ、大丈夫。気を遣わないで、ね?」

「けどユウカちゃん、最近規定任務数を大幅に超えてます。あまり無茶をされると、また教官に怒られますよ」

「それは恐いな……いよいよヤバそうになったらまた教えて?そろそろ非番を取るよ」

「わかりました。本当に。お願いしますね」

「はぁい」

 

 何事にも時間が一番重要だ。そして壁の外に出られている時間が今最も惜しいユウカとしては、頭の痛い話である。任務数を入れれば、その分外に出られるのだから、そりゃ詰め込んじゃうよね普通に。

 でも確かに最近怪我が多くなってきたしなあ。ここらで一旦休息でも取ろうかなあ。

 気が進まない支部長室への道のりでそのようなことを考えながら足を進める。

 扉の前で一度呼吸を整えた。支部長室に行きたいひととか、存在するのかな。少なくともユウカは願い下げだ。

 しかも今日はシオのお披露目もあるから、早く研究室へ行きたいのにな。話が早く終わると良いけど。

 ふっ。と息を短く吐いて、開閉センサーへ手をかける。空気の境界を破るような感触の後、扉が開かれると同時に足を踏み入れる。

 室内ではヨハネスが壁に掛けられた絵画を見ていたところだったようで、こちらに背中を向けて立っていた。

 絵画、というか芸術方面にはとんと疎いユウカには何の絵なのか、どんな感慨が浮かぶものなのかまったく見当もつかない。飾っているからには好きな絵なのだろう。あまり明るい絵ではなさそうだが、まあ、企業名をフェンリルなんぞにするひとだ。ひととは違う感性で生きているのだろう。

 ヨハネスはユウカに気づくとすぐに身を翻し、ユウカに向き直る。

 

「やあご苦労。暫く留守にしていたが、ヨーロッパ出張中も君の活躍はよく耳にしていたよ」

「は。光栄です。支部長こそ、長旅お疲れ様で御座いました」

「ありがとう。ふ。どうやら期待通りの働きをしてくれているようだね。極東支部長としても誇りに思うよ」

「勿体ないお言葉です」

 

 この人いつも最初に上げて来るなあ。ユウカは最近の無茶とか個人的な捜索とか事情とかが頭を駆けまわっていて内心ではひやひやしていたが、流石に表では慇懃とした態度を乱さなかった。

 

「さて、あまり時間もないので、本題に移ろう。君を呼び出したのは他でもない。今後、リーダーとして特務についてもらう」

「今まで支部長から仰せつかっていた任務とは、また別の?」

「ああ。今までのものは言わば特殊なだけの任務だ。多少の無茶が求められるだけのもの。これから君に頼むのは、もっと多岐に渡り、そして同時に、一つの原則を軸に設けられる」

「原則、ですか。それは一体どのような?」

「特務は全て、私自身が直轄で管理する、という原則だ。無論、任務中に得られた物品もその例外ではない」

 

 ユウカは思わず口を噤んだ。

 任務中の戦果戦利品資材、それら全てがヨハネスの懐に入る。任務自体も支部長から直轄。

 それはつまり、彼の私兵になるという事と同義ではないか?

 

「なお特務は、全てが最高レベルの機密事項であると心得てくれ。その性質上、殆どの特務はチームではなく、単独で熟すことになる」

 

 案の定である。

 生化学企業フェンリルの下につくのとはまた別に、ヨハネスの命令に常に従うべし、といった腹積もりだろう。簡単に言えば、ヨハネス派閥に属しろということだ。

 

「その見返りに、入手困難な物品と相応の金額を提供させてもらう。君なら例え単独でも困難な任務をこなすことが出来る……私がそう判断したものと思ってくれ。特務の発注は更なる信頼の証でもある」

 

 イラナイ……とユウカは思ったが勿論言わなかった。代わりに、いかにもそれっぽく力強く頷いた。

 

「前リーダーだったリンドウ君……彼もよく私に尽くしてくれた。彼ほどの男を失ったのは、実に大きな損失だった」

 

 拳を握りしめる。気付かれないほど細く、長く呼吸を深く繰り返す。今にも嘲りや罵倒が口から出ていきそうだったが、奥歯を噛み締めてそれら全てを押し留める。

 

「だが、今は彼に勝る逸材がここにいる。君には期待しているよ。早速で悪いが、特務を一つ申請してある。頑張ってくれ」

「奨励のお言葉痛み入ります。ご期待以上の活躍をお約束します」

 

 ユウカは礼儀作法とかそういうの実のところ結構苦手である。外で生きて来たのだから当たり前だ。でもそういう取り繕いが重要だというのは、父の講義で理解している。

 背筋を正していること。それから自信満々そうに見えること。その二つだけを意識して、ユウカは粗野だが清潔感のある仕草で一礼する。

 下がってよろしい、と言われ退室してやっと、ユウカは喉の奥で笑った。

 そんな言葉で鼓舞されるような奴が居たら見てみたいわ。

 携帯端末で特務内容を確認して苦笑する。単独任務故に、時間の指定がない事が唯一の救いか。

 面倒事を一旦すべて頭の片隅に追いやって、ユウカは廊下を駆けだした。目指すは研究室、シオのお披露目である。

 

 

「セーフ!?」

「おや、惜しかったね~」

 

 研究室へ滑り込むと同時に、お疲れーとめいめい声に出迎えられる。だがその眼には僅かな憐憫があり、成程、一番に目にすることは叶わなかったらしい。

 だがそれを差し引いても、ユウカはその姿を見て顔を綻ばせた。

 

 ふうわりと空気に揺れるスカートは百合の花弁のようにお淑やかで透明感があって、それを濃い緑のフリルが各所でグッと引き締めている。胸元の金色のバラは彼女の瞳を写し取ったようにキラキラと輝いている。背中にあしらわれた白いリボンが宗教画にある天使の羽根のように広がっていて、まるで童話のお姫様みたいな愛らしさがあった。

 女の子だ。絵本から飛び出してきたみたいな、可愛らしい一人の女の子がそこに居た。

 

「すごい、シオ、すっごく可愛い」

「んへへー!そでしょ!そでしょ!」

 

 両手を頭にやって、照れくさそうに少女が笑う。その仕草はちょっと女の子っぽくなくて、多分コウタ辺りから影響を受けてる。でも居心地悪そうに脚を擦り合わせるところはサクヤに似てて、その笑顔はアリサに似ていた。たくさんの時間を、過ごしたんだな。みんなで。

 この上なく機嫌よさそうに、シオはふんふん鼻歌を歌いながらユウカにぐりぐり擦り寄った。そんな彼女の頬に手をやって、改めてその全身を見やる。

 

「なんていうかな、こう言うのって、多分おかしなことなんだろうけど……。シオ、立派になったねぇ」

「はは、なんかちょっとそれ、わかる」

「もう二人とも、それじゃ親戚のおばちゃんみたいよ」

「本当にそう思ったんですもん」

「なー。あんなボケッとしてたのにさ。カンガイブカイよなぁ」

「漢字変換できてないのが丸わかりですよ……まあでも、そうですね。シオちゃん、すっかり女の子って感じです」

 

 多方面から伸びる手に撫でられて、シオはすっかりご満悦だ。顎の下を撫でられている猫のようにリラックスした彼女はむふー、と鼻息を荒くしながらより一層ころころと笑う。

 

「でもシオね、さっきまでブーたれてたのよ。せっかくのお披露目なのにユウカもソーマもいないーって」

「あれ、ソーマさんも居なかったんですか?おかしいな、終了予定時間はとっくに過ぎてるのに」

「予定外のアラガミが来て、任務が長引いたんだ」

「うわ噂をすれば。すごいタイミングで帰って来たね」

 

 研究室の扉に寄りかかるように入室してきたソーマは、一日中捜索に振り回されて草臥れたのがわかる疲れっぷりだった。ソーマだーと嬉しそうに飛びついてきたシオを軽々と避けるくらいの余力はあるらしいが、目つきはいつもの三倍悪いし姿勢も悪い。

 

「ついさっき切り上げろと命令があってな。やっと解放されたんだ、少しは労え」

「お疲れ様。怪我は?」

「ない。報告書は、……後で寄越す」

 

 欠伸を噛み殺しつつの間の空いた言葉に苦笑する。どうやら本当に疲労困憊らしかった。

 

「ソーマ!シオ、カワイイか!?リッパだな!?」

「あ?あー……はあ、まあ悪くないんじゃないか」

 

 ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねるシオを一瞥した後、雑にそう評したソーマだが、ユウカらは「おお」と軽くどよめく。

 

「ウワソーマにしては最大限素直じゃん。大丈夫か?」

「ユウカ、ソーマ連れて早く帰ってあげて下さい」

「後で差し入れ持っていきましょうか?」

「三人してひどいね……わかるけど……」

 

 疲れすぎて脳が動いてないと判断されたらしい。悪態一つ吐かないだけでこれである。

 しかし当のソーマは言い返す気力もないのか睡魔が勝ちつつあるのか、軽くイラッとしただけで何も言い返さないようだった。珍しい事もあるものだ。

 

「って言っても私これから任務だし、……ソーマさん一人で部屋戻れるか心配だなあ、コウタ付き添って、」

「はあ!?」

「えっなに」

 

 シオ以外の全員に異口同音で叫ばれ、さしものユウカも肩を跳ねさせる。

 こわこの人達、といった完璧被害者っぽい顔をしているが、今は夜の七時だし既にユウカは朝から幾つか掛け持ちしていた筈だし隊員たちの見立てが間違っていなければそこそこ―――いやコイツは疲れてはなさそうだな。

 

「いやでもこの時間から出撃ってアホか!待て待てどの任務だ朝礼で言ってたっけかそんなん」

「言ってない。さっき急に入ってきたやつ」

「なんですかそれ!ちょ、私も行きます!四十秒で支度します!」

「ううん。難しくないから一人で大丈夫」

「夜って時点で難しい任務だと思うのだけど」

「大丈夫、その程度なんでもないですよ」

「その程度って、」

「ユウカ」

 

 喧々諤々ユウカに詰め寄る言葉が、その一声でピタリと止んだ。その声音は、隊員や友人、同僚のそれとはあまりにかけ離れていたから。

 大きな掌がユウカの腕を取ろうとする。だが、彼女は静かに躱した。

 

「バレやしねえよ」

「そうかもね」

「なら、」

「ダメだよ、ソーマさん。これは私の仕事だから」

 

 美しいグリーン・アイが煌めいている。安っぽい蛍光灯の下であっても、例えアラガミを目前にしていても。

 それを嫌という程知っているから、ソーマは額に手をやって深々と息を吐いた。

 

「大丈夫。なんでもないよ」

「……そうか」

 

 ――そうかじゃないだろ。

 ソーマはクソ、と悪態を吐きそうになるのを堪えた。

 だが他に何も言えないだろ。

 自分だって、そうだ。ソーマだって彼女に伝えていない任務、彼女の知覚外の出撃など、巨万としている。自分が彼女に何かを言える資格などない。いつも、そうだ。

 そんなにもしてくれなくて良い、だなんて。

 そう言ったところで、ユウカに本気でそう信じさせてやれないなら、そんな言葉は自分の痛んだ良心を救うだけで終わりだ。

 

「程々にな」

「うん!」

「もー、ホント。気をつけろよ、マジで」

「そうです。いつでも手伝いますからね」

「わかってるって。ありがと」

「行ってらっしゃい」

「はいっ、行ってきます」

 

 それはコウタやアリサ、サクヤも同じだったらしく、皆ぎこちないながらも、ソーマを倣って彼女を見送ることにしたようだった。

 ユウカはどの言葉にも余裕の笑顔で応えて、手を振って研究室を去って行く。

 

 ――『私も、今起きたとこ』

 

 何度、見え透いた嘘を彼女に吐かせ続ければ、自分は気が済むのだろ。

 ユウカはよくやっている。隊員の事をちゃんと見て、アラガミと充分以上に渡り合って、任務も危うげなく熟して、最近誰かに託されたらしい『個人的な私事』も探って、アナグラ全体の、壁周りの追いつかないアラガミ掃除もやって、――こんな頑張ってる奴がもっと頑張ってくれて!

 

「ちょ、おおい!」

「アナタバカなんですか!?」

「そんな勢いよく出来る普通!?」

「ハ?」

「いや顔!拳!」

 

 たらっ、と鼻から粘性の高い液体が滴る感触がして拭えば、滅多な事では出ないようなレベルの量の血液。無意識の内に自分の顔面へフルスイングを叩き込んだらしい。

 乱雑に血を拭って、啜ったぶん口へ逆流してきた血が気色悪く、うえ、と軽く嘔吐く。

 

「なんなんですか急に!ホラ鼻拭いて!」

「いら、ぶっ」

 

 ハンカチを鼻に押し付けられ、渋々顔面を整える。コウタが半笑いでそんなソーマの首の後ろをトントンと叩いた。

 

「それ迷信だ、やめろ」

「ウソォ!つか元気じゃん。え~……なになにどしたん」

 

 どうしたも何も。

 そうだ。何をうじうじしているんだ自分は。

 後ろ向きなのも短絡的思考なのも面倒事には巻き込まれたくないのも、あの頃と全く変わらないし変わるつもりもないが。

 

 いつでもふらっとしている彼女にブレーキ踏まずに押し入るのは、いつだって自分の役目ではないか。

 

 俺は一体何をしているんだ。

 

「気合が必要だっただけだ」

「それであの良いパンチ?一発入魂どころの話じゃなくね?」

「ドン引きです」

 

 コウタとアリサは完全に馬鹿を見る眼でソーマに呆れながら、ティッシュやらゴミ箱やらと甲斐甲斐しく世話をしてやる。1R終わったボクサーがコーナーで休憩しているのと見紛うような光景であった。

 不思議な力関係だなあと思いながらも、笑いを噛み殺しつつサクヤが口を開く。それにしても、気合って。恋人同士は似ると言うけれども。

 

「それで、気合は入魂できたの?」

「…………アイツ、次やったらタダじゃおかねぇ」

「あはは!なら良かったわね」

「良くないですよ!もう、男の人って……」

「いや一緒にしないでくんないっ?ここまで馬鹿のつもりねーんだけどっ」

「安心して下さい方向性が違うだけでアナタも充分ですから」

「充分なんなんだよ言ってみろぉ!」

「バ」

「お前が言おうとすんのかよ!言うなよ!今最もお前にだけは言われたくないよ!」

「今のは完全にフリだろ」

「フリ……ああ!ジャパニーズオスナヨ!」

「オイお前もユウカの入れ知恵真に受けんなこの真面目バカ」

「今最も貴方にだけは言われたくないんですけどッ!?」

「はいはい、そこのお馬鹿さんトリオ。サカキ博士の研究室といえどあんまりうるさくしないの」

「私の研究室と言えどってなにかな……」

 

 そのまま取っ組み合いの喧嘩にでも発展しそうな問題児たちをそれとなく引き離してやんわり仲裁に入る。三人とも隠れボケ特性だから、放置したら手に負えなくなるのだ。

 その端で打ち捨てられたようにサカキが勝手にダメージを喰らって項垂れている。

 そんなカオスな空間に、一握の良心であるシオが唐突にサカキの頭を乱雑に撫でた。

 

「よしよしー」

「ウッ。もう私の味方はシオだけだよ……」

「えーやだー」

「裏切り早っ」

「うわ。間違いなくユウカの教育の賜物ですね」

「反抗期早そうだなーアイツの教育」

「その分終わるのも早そうじゃない?早熟してそう」

「死ぬほどドライかアホほどバイタリティ溢れてるかのどっちかだろな……ソーマ、頑張れよ」

「うるせぇ触んな」

 

 照れんなって!とウザ絡みするコウタをブッ叩く。

 気合は入れた。バックアップは、頼りないが、一応居る。

 変わるつもりなんかない。だけど、今のままではいけないのだろう。

 ユウカはソーマになにもしてやれない、と過去に言った。ソーマも、それで良いと返した。

 だがそれではいけないのだな。

 今のままじゃ。

 だけど。ならば。

 ソーマは、ユウカの何に成れるのだろう。

 

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