天を泳ぎて地に戻りきよ   作:緑雲

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少女、鏡写し

 

 疲労した身体を引きずってアナグラに帰還した一行を一番に迎えたのは、緊急警報のサイレンだった。アナグラ内のサイレンには複数種類がある。これは外部居住区にアラガミが侵入した事を意味する緊急迎撃出動のものだ。

 すわ出戻りか、と身構えた第一部隊と入れ替わるように、タツミら防衛班が反対口から駆けてきた。

 

「お前ら無事だったか、っと、すまん急ぐからまた今度な!」

「手伝いいりますか?」

「いらん!俺らの仕事だ、殲滅部隊はゆっくり休んでな!」

「お前たちは新種相手だっただろう。従来の雑魚共は俺達に任せておけ」

 

 こちらを気にかけさえしながらも準備の手を澱ませず、出撃ゲートへ転がるように飛び込んでいった背中を見送る。

 緊迫感を連れて行った彼等と同時にサイレンも鎮まり、弛緩した空気が流れた。一陣の風が吹き抜けていったようだった。

 

「最近、外部居住区へのアラガミ侵入、増えたと思いませんか?」

「……外部装甲の偏食因子が、アラガミの変化に追いついてないんだってさ」

 

 アリサの疑問に、コウタが呟くように応えた。その目線は、防衛班が出て行った出撃ゲートへ未だ向けられている。

 コウタの家族は外部居住区に住んでる。心配になって当然だろう。

 

「コウタ。顔だけでも見に行ってきなよ」

「や。いいよ、ちゃんと避難してると思うし」

「それでもだよ。ご家族が不安がってるでしょ。しっかり大黒柱してきなさい」

「う。でもさ」

「命令。アリサ、コウタの分の報告書も書いてやってくれる?」

「えー?もー今回だけですよ」

 

 いかにも恩着せがましく言うアリサだが、指先でくるくると髪の毛を弄って嬉しそうに胸を張っているし、顔は満面の笑みだ。微笑ましいほど、頼られて嬉しいです!と隠しきれていない。

 完全に喜んで引き受けているアリサを後目に、コウタがグッと唇を噛んで苦し紛れに「職権乱用だろォ!」と言った。

 

「埋め合わせは勿論してもらうよ。新種のアラガミ狩り、明日から付き合って貰うからね」

 

 新種のアラガミにまで外部装甲が対応しきれていないのが問題なら、その問題の新種のアラガミから因子を採取すれば良い。

 常に進化を続けるアラガミに対しての対症療法でしかないが、現状出来る外部装甲への改善策はそれしかない。

 つまり、新種のアラガミから偏食因子を集めまくれば良いのだ。

 涼しい笑みを浮かべるユウカに、コウタはくしゃっと顔を歪めた。

 

「ゴメン、ありがと!行ってくる!」

 

 手を振るユウカに背を向けて、出撃ゲートへ踵を返す。

 彼女の表情には柔らかな笑みといつくしみが浮かべられていた。誰よりも頼もしく思う、皆のリーダーの顔であり、コウタの親友の顔だ。

 彼女の提案全部がコウタの為だった。その思いやりを無下にすることは不義理だ。

 けれど、アナグラ内を駆けながら、コウタは彼女のやさしさに甘えていてはならないのではないかとも感じていた。

 ユウカは間違いなく立派な第一部隊のリーダーになった。隊員を庇った時以外での怪我を見なくなった。みんなを守ろうと、いつでも心配りをしていてくれる。

 なのに。

 なんか、なんかが、取り返しがつかなくなっていくような……。

 

「お兄ちゃん!」

 

 きちんとアナグラ内の民間避難場所に避難していた家族は、何事もなく無事だった。駆け寄って来たノゾミを全身で受け止める。

 やはりコウタの顔を見て彼女たちも心から安心したようで、その表情は晴れやかだ。

 コウタは先までの思考を振り払い、意識して笑みを作った。家族に余計な心配はかけたくない。

 

「コウタ。任務から帰って来たばかりじゃないの?」

「うん。ユウカ、ウチのリーダーがさ、ちょっとでも顔を見せに行けって」

 

 家族が心配になって見にきた、とスレートに言うのは流石に気恥ずかしくて多少誤魔化す。概ね嘘はついてないし。

 母は「そうなの。優しいリーダーさんね」と嬉しそうに微笑んだ。なんとなくバレてる気がして、鼻先を指でちょいちょいと掻く。

 

「怪我はしてないのね?」

「ウン。元気元気!」

「アラガミ倒したのに?」

「オレたちの部隊、ちょーつえーもん。今日のアラガミなんか、そんな強くなかったし!」

「ほんと?お兄ちゃんすごーい!」

 

 なんて真っ赤な嘘だろう。口角を引き上げながら、内心で微かに自嘲する。

 来る途中に回復錠を打っておいて良かった。

 この程度で母と妹の笑顔を守れるなら、軽い自己嫌悪くらい安いもんだ。

 

「ねえお兄ちゃん、次はいつお家に帰ってくるの?」

「えー?うーん、次の非番いつだっけな……」

 

 頭の中でスケジュールを思い浮かべるが、アラガミの出現次第では休みは消し飛ぶので、あまり意味のある思考とは言えなかった。

 思い出すフリをしてお茶を濁す。

 

「あんまり無理しないでね」

 

 母の柔らかな笑み。その姿は、贖罪の街の廃協会にあった女性の像にすこし似ていた。赦しの微笑み。

 コウタの強がりをわかっていながら、その嘘までも受け入れて、気付かなかった事にしてくれている。それこそにコウタは救われているのだ。

 母のやさしさに、妹の無邪気さに。いつだって。

 この笑顔を見る度に思うのだ。この二人を守ろう、と。その為なら、なんだってしてやる、と。

 

「あーやっぱしばらく家に帰れないかも。忘れてたけど、明日から忙しくなるんだ」

「えぇー!」

「ノゾミ、わがまま言わないの。コウタ、無茶だけはどうかしないでね。出来れば、怪我も」

「わかってるって!だいじょーぶ、俺強いし、皆のカバーだってしてるくらいなんだ、ぜ」

 

 それは嘘ではなかった。コウタ自身、最近の自分の成長が目覚ましいものだということは理解していた。近頃は、防衛班だけじゃなく、偵察班の仕事も手伝っている。大切なものを守る為であり、仲間が今よりもっと戦いやすくなるように、自分も戦えればと思うから。褒められる事も、それと同じくらい反省する事も増えた。

 それなのに言葉に詰まったのは。ふと気づいてしまったのだ。

 

 ――なんで俺、いつもユウカの背中ばっか見てるんだろう。

 

 それが色恋沙汰なら救いがあったが、コウタの背筋に湧き上がってくるのは寒気だった。

 戦闘中、アリサにサクヤ、ソーマやシオの顔はよく見ている。彼等の視線や表情から、彼等の行動を予測する為だし、単純に敵を引き付けて前に出る事は少なくない。

 なのに、ユウカの戦っている時の顔は思い出せなかった。真っ先に思い浮かぶのは、細くて薄い少女の背中だった。

 

 不意に、二人の背後に視線を引き付けられた。

 二人の背後遠くは無骨な鉄の壁がある。鈍い灰色に映る反射に、ゴッドイーターの良い眼が己の姿を見つける。

 

 取り繕う自分の表情は、直前に見た親友の笑みと全く同じかたちをしていた。

 

 二人との会話を切り上げ、コウタは来た道を早足で戻った。

 おかしいとは思ったんだ。ユウカは書類仕事が不得手な訳じゃない。むしろ物凄く得意だ。講義といっしょで、彼女は筋道を立てて話を纏めるのが巧い。

 苦も無くキーボードを軽く叩いて、唸るコウタを感じ悪く笑っていた。

 そんな、一ヵ月にも満たない少し前のやり取りが、手の届かないほどに遠くに思えた。

 彼女にとっては些細な仕事だ。それなのにアリサに頼んだ。その理由は。

 

「ユウカ!」

「うわっ!……びっくりしたー、なになに?急に」

 

 出撃ゲート前。帰還したらさっさと格納庫なりに行くので長居することは殆どない。

 だがユウカはここに居た。装備が整えられていて、中身が減って萎んでいたポーチは膨らんでいた。

 

「あ、や。ど、どっか行くのか?」

 

 今から出撃するのだと一目でわかった。

 朝のミーティングには言っていなかった任務を。たった独りで。

 だが、コウタが口にしたのは誤魔化すだけの言葉だった。

 いやだって、ユウカが言わなかったということは、彼女にとって知られたくなかった事なのだろう。隊員であり仲間であり、親友である自分には、明かせない何か理由が。

 それを暴いて良いのだろうか。

 自分は、母と妹の笑顔に救われているのに?

 

「うん、ちょっとね。すぐ帰ってくるよ」

 

 あ、嘘だ。

 直感的にわかった。たぶん、いつかどこかで、自分も家族に言った言葉だったから。

 

「…そっか。気をつけてな」

「うん、行ってくるね」

 

 笑え。笑え笑え笑え。

 何にも知らない振りして笑え。

 馬鹿だ俺。

 なんで来ちゃったんだよ!

 これじゃ俺、ただユウカに嘘を吐かせに来ただけじゃんか!

 さっきと同じ笑顔で、今度はユウカが背を向ける。

 見慣れた背中。

 ありったけの荷物を、押し付けた背中だった。

 

「あー……ソーマの気持ちがわかっちまったわ……」

 

 これは自分を殴りたくもなる。

 誰かに殴ってほしいとかいう甘えも許されないような気がするからだ。

 あそこまでフルスイングする気にはなれないし、自覚してて自分を殴るのも無意味のように思えた。壁に肩を預け、そのままずるずると床にへたりこんだ。ヘタレ、正に自分に似合いの称号だ。

 この期に及んで思い浮かぶのは、母と妹だ。

 なあ母さん、ノゾミ。

 オレ、間違ってンのかな。もしかして二人も、オレを見て、こんな気持ちになってンの?それなのに許してくれてンの?

 

「ごめん……」

 

 誰に宛てているのかもわからない謝罪が、空虚に室内へ小さく落ちた。

 自分は強くなった筈だ。皆を助けられるぐらいに、強くなった。

 なのに、どうしてまだこんなにも無力感に苛まれなきゃならないんだろう。

 誰かの望む姿でありたいと願うのは悪い事じゃない筈だ。なら、この胸の痛みはなんなんだよ。

 

 理由も正解もわからないまま、目まぐるしく日々は過ぎ去って、ある朝それは訪れた。

 

「リンドウの腕輪信号が、また確認されたようだ」

 

 この前のアラガミと似たタイプのアラガミの反応。ヴァジュラによく似た、あの魔王染みた風貌の奴だろう。

 空気さえ恐怖で震え上がらせるあの威圧感を思い出して、隊員皆の表情が引き締まる。

 

「今回も、私情を捨てて、冷静に任務を熟せ。いいな」

 

 ユウカが力強く頷いた。

 そのまなざしに、迷いはないように見えた。それが彼女が見せているものなのか、本心なのか。コウタには、やはりちっとも、わからなかった。

 




一番に気づくのはコウタって決めてた
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