前回来た時よりは幾分か片付けられたサクヤの部屋の扉を潜る。
無言のまま真っすぐにアーカイブへ向かい、リンドウの腕輪を認証システムに通した。
画面にデータが映し出される。レポートとリストファイル、実行ファイル。
二人で画面の文字を追い、その一端の把握に努める。リンドウは随分と用心深かったようで、何をどこまで掴んでいたか、その結論や結果、反対の意志等の記述は見当たらない。
内容はざっくり言えば、『エイジス計画』とは別に『アーク計画』というものが何者かの手によって進められている。『真の人類救済のための計画』であるらしいが、詳細は不明。更なる確信を求めて、エイジス島へ潜入する予定であり、その目算が立てられている。
誰に報告しようとしていたのか、そもそも後ろ盾はいたのか、独断だったのか、リンドウ自身はどういうつもりだったのか。これらのファイルに明確なものは何もなかった。
実行ファイル以外の全てのファイルを開き、目を通し終えて、どちらともなく視線を合わせる。
「サクヤさんは、リンドウさんのこの活動をご存知で?」
「いいえ。……いいえ、何も。こんなことを、していたなんて……」
「そうですよねぇ。うーん、思ったよりまずそうなものが出て来ちゃいましたね。支部長の不正とかサカキ博士の致命傷でも出て来るかなと思ったんですけど……まあそんなんで消されないか」
その程度の戯れだったら、いいとこ厳重注意か人質でも取られるかだっただろう。
しかし事実として、リンドウは消されている。
であるならば、彼が計画遂行に於いて明確に邪魔であるとされたからだろう。そして、このアーク計画を確実に遂行する為であれば、相手は手段を択ばないのだな。そんな輩の建てた計画なぞまず正常である筈がない。
気になるのは人名が連ねられたリストだが、これが排除対象なのか保護対象なのかイマイチ判断がつかない。
というのも、もし排除対象だとしたらチャートがガバすぎるし、保護対象だとしたら違和感がある。
兎も角、計画の全貌を把握せねば判断もつけかねるが……。
「ユウカ」
サクヤの声に、思考から現実へ引き戻される。
ガーネットの双眸は、一心にユウカに向けられていた。
どうする? と言外に問われている。
悩む気持ちはある。これで良いのかと自分を信じ切れないところがある。ユウカは未来なんかわかんないし、どうすれば良いかなんか、ユウカだって教えて欲しいくらいだ。
けれど、信号が変わったら進まなければならない。
「橘サクヤ。――第一部隊リーダーとして、エイジス島の調査を貴女に命じます」
「はい。拝命します」
「バックアップにアリサをつけます。くれぐれもお気をつけて」
「あら。私だけじゃご不安かしら。ご自身の部下が信じられませんか、リーダー殿?」
「万一に備えてです。諜報任務の経験もついでに積ませたいですし、丁度良いのでいろはを叩き込んでおいて下さい」
「ついでで私の仕事の難易度上げないでくれる?」
「サクヤさんならできるって、私信じてますから!」
「あーはいはいわかりました。もう」
ぷりぷりと怒りながらそっぽを向かれる。
サクヤもアリサも優秀な人材だ。戦線から一時的とはいえ抜けられるのは痛いが、仕方があるまい。
もしこの『アーク計画』が自爆テロに近い計画だとしたら、見過ごしちゃいましたエヘでは済まない。首謀者の性質からして多分違うとは思うが、それはただの希望的観測だ。人間って案外、すぐ壊れるし。
「アリサには私から話しておきます」
「わかったわ。……今更だけど、ここもこの計画の首謀者の監視下だったら……」
「そうですね。通常でしたらそうでしょうね」
「待って、いつの間に何をやってたの?」
「サクヤさんもヒバリちゃんとは仲良くしてた方が良いですよ」
「何してるの本当に???」
「まあまあそろそろ……」
『――館内のスタッフに通達します。先程外部からのクラッキングを感知し、守秘義務規則に則って一時的に通信設備を切断していました。現在は設備を復旧しましたので、通常通りのご利用が可能です。ご迷惑をおかけした皆様には、心よりお詫び申し上げます。繰り返します――』
「じゃあサクヤさん、今日はお疲れ様です。お茶、ありがとうございました~」
盛大に引き攣った笑顔のサクヤから視線を切り、ユウカは実に爽やかな笑顔で退室した。
ユウカはヒバリにクラッキングの『事実』を伝えただけで、ヒバリは通報に対してマニュアル通りの行動をしたに過ぎないのだが、面白いから黙っておくことにした。
「ヒバリちゃん。お疲れさま~」
「あ、ユウカちゃん。情報提供ありがとう!おかげで今回はシステム侵入を未然に防げたよ~!」
状況の確認のためヒバリを訪ねると、彼女はニコニコ晴れやか笑顔でユウカを迎えてくれた。
エントランスは通信設備遮断の理由について尋ねに来た熱心な数名が居たのみで、混雑時間を外したそこは閑散としていた。
大事になっている雰囲気はゼロであるらしい。
ユウカは如才ない笑顔でヒバリに駆け寄り、さも心配していましたよといった顔で眉根を寄せて首をかしげてみせた。
「ログどうだった?」
「あ、ユウカちゃん。うーんそれがね、セキュリティに侵入した足跡を解析してもらっても、使用型番は旧式すぎて遡れないし、『歩き回って満足した』みたいな感じで意図も読めないし……なんか対策するにはどこを強化すれば良いかって感じだしそもそも対策しなきゃいけないほど、この侵入者に危害も加えられてないし、そんな相手に対策するほど暇もお金も無いし……って感じで~、結局何にもしなさそうな感じがびんびんする!」
「すげー腰おもいじゃん」
「そうなの! 情報がすっぱ抜かれてからじゃ遅いのに~~!!」
「まあまあ」
もだもだ怒るヒバリを宥めるように微笑みかける。
この分じゃ、わざわざユッキーたちに手伝って貰わずとも、自分で侵入なりしてしまえば良かったかもしれない。
念には念を入れてみたが、やはり向こうにザコを構っている余裕はないらしい。となると計画は最終段階に近い、あるいは山場を迎えているのだろう。どちらにせよ、突き崩すなら今だ。
「ユウカちゃん?」
「ん?」
「なにか嫌な事あった?」
ヒバリが気遣わしげにユウカを見やる。
そこにはシンプルな心配の色があって、ユウカの胸を締め付けさせた。
ユウカはヒバリに嘘をついたわけでは無い。だが真実の情報を渡したわけでも無かった。欺瞞で煙に巻いている相手から真摯な感情を向けられると、どうしようもなく罪悪感にさいなまれるような心地になる。それが喉を締め付けているような息苦しさを齎すのだ。
だがここですべてを詳らかにしたところで、一体誰が得をするというのだろう。誰も救われやしない。何一つだって良い方向に好転しやしない。
一度欺くと決めたのだ。それを貫くしかないのだ。そうして一番良い結果を引きずり出すしか無い。
それが嘘ばっかりな自分に出来る精一杯なのだ。
故にユウカは然したる苦労も無く微笑んだ。いつも、そうしているように。
「・・・・・・いや、これからあるかもしれないから憂鬱なカンジ?」
ヒバリが訝しそうに此方を見やる。
あるいは予知めいたユウカの言葉に不吉なものを感じ取ったのだろう。買いかぶりである。ユウカは漠然とした不安を抱えているのみに過ぎない。
この先どうなるかを知っているのなんか、神様だけだ。ユウカは神様ではない。知力はハリボテ、腕力は偽物だ。
抗い続けるだけだ。
ただそれしか、出来ない。いつだって。