『おにーさーん、ここ、高純度ダマスカス銅落ちてるよー!』
すっかり素材収集が板についてきた幽霊が、ここ掘れワンワンとばかりに高らかに声をあげる。アラガミにすら聞こえない声は、ソーマにとっては良いセンサー代わりだ。
「ああ」
『ていうかほんとに嘆きの平原まで歩くの?遠いよ?めっちゃ遠いよ?』
「時間指定があるわけでもない。ゴッドイーターには日常だ」
当然だが、真っ赤な嘘だ。ゴッドイーターは希少だし、それ故に仕事も多い。道中の無駄な戦闘で身体的にも時間的にもロスをわざわざするもの好きなどいない。普通は、護送を呼ばなくとも、自分でジープやらバイクやら運転して移動を行う。だがそうせねばならない決まりはない。
「行くぞ」
『はぁーい』
神機を肩に担ぎ、大きすぎない程度の歩幅で歩く。相手は幽霊なのだからそんな気遣いはいらないとは思うが、ついうっかりではぐれてしまっては面倒なことこの上ない。
周辺に人の気配はなく、何処も彼処もボロボロに食い荒ららされ、無事な家屋は一つとしてなかった。幽霊は鼻歌を歌いながらあちらこちらへ飛び回っているようで、声が遠のいたり、不意に近づいたりしている。
「―――………それで、」
『んー?』
「ここらに、見覚えはないのか」
『えー?見覚えって言われても……………』
彼女の声が途切れ、訝しんで最後に声が聞こえた辺りを振り向くが、彼女の姿も影も見えないのでどんな表情をしているのか何があったかもわからない。声をかけようとした間際、どことなく頼りなさげな、困惑しているかのような声音が発された。
『えと、まさか歩いてるのって』
「次の任務へ行くからだ」
『ありがとうございますお手数かけます』
「聞け」
『えっ聞いてるよ。任務に行くついでに私の記憶探してくれるんでしょ?』
そうだがそうじゃない、と全く理論的ではない言葉を吐きそうになった。何故気付かないで良いところにわざわざ気付くんだ。
『ん~~、ちょっと、わかんないかな』
困ったように唸り声を上げる声に、まあそうだろうなと納得する。ここは神機使いがよく訪れるエリア、すなわちアラガミが来襲しやすい場所だ。ここに見覚えがあるということはほぼ同業者であるということだが、今までの言動からその片鱗も見えないことからまずありえないだろうとは思っていた。
「気になるところがあったら言え」
『根拠なくても良いの?』
「そんなナリでも思考する能力はあるんだろう。なら直感は無碍にできるものじゃない」
『わかった』
返答する声は素直で短く、彼女の真剣さが読み取れた。成仏するのが怖いと宣う彼女だけれど、この曖昧なままでいようという考えはないらしい。
『この辺りに名前とかはないの?』
「特別用もない場所につける名前なんざない。便宜上、旧市名やらなんやらを使う時もあるが」
『じゃあここは元はどんな名前だったの?』
「逗子」
『なんか重そうな名前』
「漢字変換できてないのが丸わかりだ。馬鹿がバレるぞ」
『えっまだバレてなかったの!?』
「手遅れだったな」
『でしょー?』
笑って同意するとかほんとなんなんだこいつ頭だいじょうぶかとソーマは思ったが、彼女は幽霊なのだし何一つ大丈夫ではないからむしろ問題はなかった。
『あっお花!お兄さーーん植物あるーー!』
「…………食べられないぞ、それ」
『えー。なんだ』
「幽霊の癖に食欲があるのか?」
『食べたいとは思うよ!………食べられないけどさ』
「不憫な奴」
『うっさいわ。今生きてるのにそれを謳歌しないひとに言われたくないですー。もっと楽しんだら?生きる気あるの?』
「お前よりはある」
『そんな悪態ばっかつくから友達の一人もいないんだよ!!このぼっち!!!』
一瞬踏み出した足先が止まったが、その後問題なく動き出した。誓って言うが動揺なんざしていない。そう、直接言われたのは初めてだから驚いただけだ。
『え……言い返せないとかまじか?本気で友達ひとりもいないの?うわ………え………ごめん………』
「死ね」
『もう死んでますけど……』
「なら殺す」
『いやいやいや、落ち着こう。友達いないならほら、私がなってあげるから。優しくて賑やかでかわいい女の子だよ!』
「ざけんな誰が死人と仲良くなんかなるか」
『ド正論!』
わっ、と泣き出したらしい彼女の鼻を啜る音が聞こえる。幽霊も鼻水は出るんだなとどうでもいい事が脳を掠め、それを無視してすたすた足を動かした。
『よーしわかった!』
「……………一応聞くが、何がだ」
『私、あなたに友達をつくってあげるよ!』
「無駄だったか」
『え~~だってだってだってさ~~、さみしいじゃんよ~~ぼっちなんてさ~~~』
「大きなお世話という言葉を知らないらしいな」
『いやうん今のは冗談っぽく言ったけども。友達は大事だよ、一般的な観点から言ってもね』
「ゴッドイーターに一般的な観点から見たものが当てはまるのか甚だ疑問だが」
『そんな屁理屈を言わない。お兄さんならもちろん知ってると思うけど、会話をしないと喉の筋肉が衰えて誤嚥が発生する恐れがあるんだよ。気管に食べ物が詰まるのが危険なことはもちろん、肺に入ったら肺炎の元ともなる。だから、世間話程度でも会話は必要、そして会話には友人が必要。はいQED』
ガチめの医学的な指摘を受けて、流石に反論の言葉を失う。そこは友情努力勝利が人生には必要不可欠とかそう言うのがお前のキャラじゃないのか。
『そりゃ……キャラじゃないのはわかってるけど……理論的に、理性的に言わなきゃあなたは聞いてくれないじゃん……それくらいはわかるよ』
ソーマの表情から言いたい事を読み取ったらしい彼女が、ぶすくれた声でそう言った。それは拗ねているようにも呆れているようにも聞こえたし、深く悲しんでいるようにも聞こえた。
「関係ないだろう、お前には。俺のこれからなんざ」
『今、関係があるじゃん』
「誤嚥を引き起こすのは年齢的にもっと重なってからだ」
『でも今、私は貴方に友人がいないなんてさみしいよ』
「俺はそうは思わない」
『そりゃあ、私がいるもんね』
「自意識過剰にも程があるな」
口では彼女の言う言葉を否定してはいるが、そのことばが『正しい』ことだと言う事はわかっていた。けれど『正しい』事が何時如何なる状況でも正しいとは限らないことを、ソーマは知っている。
『ね、友達つくろ』
「…………お断りだ」
『いたらきっと毎日楽しいよ。朝会って挨拶して、くっだらないことで喧嘩して、雑に仲直りして、帰ってきたら、おかえりただいまって、お疲れ様って言い合うの』
彼女の言うような未来があるなら、多分、悪くないものなのだろうなと考えるだけの知識も常識もあった。それなのにどうしても、ソーマには手が届かないほど遠い景色の出来事でしかない。他人を信じられないソーマには。
「くだらないな」
『………そっかー。残念』
彼女にソーマの事情は何一つわからない。言っていないし、言うつもりもなければ、聞く宛てもないだろうからこの先知る事さえないだろう。久しぶりに、過去に対して舌打ちした。煩わしい現在の状況に、それに対する、脳の片隅にある自らの心地にも。
そうして三時間の散歩は、何の成果もなく終了した。彼女の思い当たりはなかったし、記憶のひとつも思い出せなかった。
今回は一話だけですというか多分これからはずっとそうです。そう、推敲が終わってないからネ!