天を泳ぎて地に戻りきよ   作:緑雲

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リアルが死んでてギリギリまで投稿忘れてた


幽霊、焦燥

 

『全っっっ然、記憶が戻らない………』

「何を今更」

 

 グエー、ギガガー、ガギャオー。アラガミの悲鳴をBGMに、幽霊が深刻そうに呟いた。

 幽霊が幽霊となって一ヵ月と少し。引いては幽霊とソーマが出会ってそれと同等の時間が過ぎていた。幽霊は律儀に日数カウントしていたらしく、丁度三十日経った日の早朝に『一ヵ月記念に写真撮ろ!一生忘れらんな~いつってズッ友とか写真に落書きしよ~!』「なんでそんな積極的に地獄のメモリアルを刻もうとするんだ?」などという会話をした。写真を撮っても彼女が映らないのは既に実験済みである。

 

『いやいやいやだってやばくない?一ヵ月だよ?一ヵ月なんも進展ないとかある?ない』

「反語」

『つまり一ヵ月無為に過ごしたってことでしょ?やばすぎ四天王じゃん』

「脊髄で話すのをいい加減やめろ」

『さりげにボケかましてくるお兄さんに言われたくない』

 

 一ヵ月延々と隣でマシンガントークやら鼻歌やらを聞かされたら毒されもする。

 

「それで、何か具体的な案でもあるのか」

『ないよー!ないから困ってるんだよー!』

 

 助けてー!と嘘泣きを始める幽霊に、ソーマは深く溜息を吐いた。もうとっくに助けてるだろ。

 

『記憶喪失を治す方法って何……?やっぱ物理じゃないとだめなやつ?幽霊に記憶戻る権利とかねーから的な?』

「薬物投与はできないし催眠も効かないからだろ」

『自我が強くてごめんなさい』

 

 ソーマが正論を投げかけると、間髪入れずに速攻で謝罪が返ってきた。わざわざアーカイブやらで検索し、それをダウンロードさせた端末片手にやってはみたのだが、結果はお察しだった。正直ソーマも馬鹿々々しい事この上ないと薄々気付いてはいたのだが、妙にテンションの高い彼女に押された感はある。

 

『もうだめだ……私なんてどうせきっとこうしてお兄さんに憑りついて生きていくんだ……』

「生きてないだろ」

『ウッ』

 

 平時なら笑い飛ばす類の正論も、どうやら彼女は相当に心にダメージを負っているらしく、追い打ちとなってしまった。よよよ、と嘘泣きを始める幽霊を他所に、ソーマは倒したアラガミから素材を捕食した。淡々と作業してはいるが、ソーマはこれでもかなり彼女について真摯に考えていた。なにしろ悉く幽霊が成仏する気配がない。意志はあるのに、方法がわからないのではあんまりに哀れだ。

 

「おい」

『はぁい……』

「……次の任務まで少しだが時間がある」

『あの、ほんとごめんね』

「耳元で煩くされると鬱陶しいからな」

『ハイ……』

 

 ソーマは思わず顔を僅かに歪めた。いつもならここは、『うそうそ~~なんだかんだ楽しい癖に~~!』とかなんとか殺意を抱きかけるほどの煽りを入れて来るところなのに。何か、あったのか、と聞こうとして、止めた。彼女の痛みは彼女だけのものだと感じたからだ。ソーマがいつも、そうしているように。

 彼女の記憶の痕跡を探せられればと周囲を探索し始めて五分も経たない内に、ソーマの端末がけたたましい着信音が鳴り響いた。いつものことなので端折るが話の途中だがアラガミだ!というやつだ。悪いと思いつつ、幽霊に声をかけようとするが、口を開く前に叱咤される。

 

『人命がかかってるときに私の事なんて些事だから!ハイハイ駆け足!』

「………後で時間は作る」

『いーよ』

 

 ひらひらと手を振る彼女が見えるようだった。少々苛立ちつつ、ソーマは端末をポケットに突っ込んで指定ポイントへ向かった。

 彼女のそういうところが、ソーマは嫌いだった。

 

 

『お疲れ様ー!ってお兄さん腕!傷!血!』

「……やかましい……」

 

 少し離れた場所にとはいえ人がいるというのに、ソーマは思わずそう零した。躁鬱か。先程まで異様に静かだと思っていたらこれである。心配して損した。いや心配などしていないが。

 

『回復錠!回復錠改!!いつも思ってたけどアレ何でできてンのお!?傷塞がるって意味わからなくない!!?』

 

 その発言には開発者が関係者にいる身として無言を貫きたいが、いかんせん騒々しい。思わず反射で舌打ちをしそうになったが、舌に力を籠めることなく歯茎をなぞった。今は比較的いつも通りだが、先程までは妙だった。どんな行動で彼女が動揺するかわからないなら、下手な手をわざわざ打つ必要はない。

 喚き声を右から左へ聞き流し、回復錠を左腕に打つ。明らかな矛盾なのだが、錠と書いてあるのに注射器なのは何故なのだろうかと益体もない事を考えた。

 痛みがスッと引き、乾いた血の下で皮膚がじくじくと動くのを感じる。要は、元々高いゴッドイーターの治癒力を瞬間的に高める液剤なのだが、詳しいことはソーマにもわからない。わかりたくもない。

 一息吐いたその時、インカムにノイズが走った。通信が繋がる直前に聞こえる特有のそれに、ソーマは咄嗟に身構える。

 

『みなさん!今すぐそこから離れて下さい!』

 

 オペレーターの声が耳に届くと同時に、大地が独特の唸り声を上げるのを感じた。――アラガミだ。アラガミが、生まれるのだ。

 インカムを抑えて困惑する暢気なゴッドイーター達の間を通り抜け、直感で導き出した出現予測地点と彼らの間に立ち塞がった。

 アラガミはどこから来るのか。どうやって生まれるのか、ゴッドイーターなら殆どが知っている。彼らは――地中から、産まれいずるのだ。ずず、と本能が不快を訴えて来る気味の悪い音がそこかしこから響いた。僅かな、地響き。ぬるり、と硬質な皮膚の切っ先が地面から生える。地面を抉るでもなく、土が盛り上がるわけでもなく、まるで地に愛されて生まれてきたように円滑に。神機を下段に構える。

 多分、彼女がこれを見ていたなら、いつも通りであったならば、タケノコみたいだねなんて笑ったのだろうに。

 アラガミが産声を上げたと同時に、前へ勢いよく跳躍する。一撃で仕留めるのが最も効率的かつ最善手ではあるのだが、そう上手くはいかない。相手が大型アラガミ、ヴァジュラであるなら猶更。

 まず前足を抉る。ヴァジュラの前足は固い皮膚で覆われており、ソーマのバスターブレードで手っ取り早く砕くのが定石だ。できれば弱点である尻尾を狙いに行きたいが、リスクを犯して大打撃を喰らわせるよりは、慎重に丁寧に崩していった方が総合的に安定する。だが神機で一発入れたところで止まるヴァジュラではない。予備動作なしの突進を咄嗟の横跳びで避け、そこでやっと味方がいたことに気づいた。しまった、と思ったのも束の間、なんとかガードに成功したらしく全員臨戦態勢を取っている。ド新人でないことが幸いした。これだからお守りができないと散々揶揄されるのだ、自分は。自分自身に舌打ちしながら、再びヴァジュラの足元に張り付く。

 本当ならヘイト集めの囮役がいれば楽なのだが、彼らにそれを期待するには経験が少なすぎるし、ソーマがやるにしても攻勢に欠けてしまう。

 

「う、あああぁあ!!」

 

 雷撃に直撃したらしい青年が膝を折る。神機を支えに立っているが、回復の時間が必要な事には違いない。

 

「退がれ!」

 

 声を荒げるが、アラガミにも悲鳴を知覚する聴覚がある。そして弱った奴から狙うという合理的判断力もある。だからソーマと同じく足元に張り付いていたゴッドイーター二名を振り払い、青年にその爪と血に滴る牙を向けるのは必然のことであった。

 誰一人欠けることなく。その考えが焦りを生んだのかもしれない。ソーマは普段なら絶対にしないミスをした。

 あろうことか、その青年の前に身体を滑り込ませたのだ。

 

『―――お兄さん!!』

 

 遠くで、自分にしか聞こえない悲鳴が聞こえた。

 展開したシールドは防ぐためではなく押さえつけるために開かれる、左肩に深々と刺さった牙がこれ以上進まないように。

 聞こえる荒い呼吸が自分のものなのか、背後で動揺しながら蹲る青年のものなのかわからない。きっと、どちらのものでもあった。

 けれど青年は這い蹲るだけの人間ではなかった。杖代わりにしていたそれを、ソーマの脇腹のすぐ横から突き出して、特大火力のバレッドをヴァジュラの顔面に打ち込んだ。

 悲鳴を上げながら仰け反るその無防備な腹を、ソーマがすかさず真一文字に引き裂く。見せかけの血が二人に降り注いだ。アラガミに臓腑はない。ある必要がないからだ。ヴァジュラは一定のダメージを受けてしまったからか、仰向けに転がってその全活動を停止した。感情的に表せば、死んだのである。

 ふっと緊張が抜けて、神機を地面に突き刺す。アナドレナリンがその放出を止め、傷の痛みが脳に訴えてきたのである。肩を貫通した傷は身体の中身を抉り、肉と骨がぎちぎちと音を立て、真っ赤な血液が足元に血だまりを作る。流石のソーマでも意識が飛びそうになるほどの深手を負ってしまった。適切な行動がとれなかった自分が何より悪いのだから、仕方のないことだ。ずるずると神機に寄りかかって地面に膝をつく。青年らがアラガミをそっちのけで群がり、ソーマに肩を貸した。何某かを言い合っている気がするが、ソーマにはもう聞こえていなかった。耳が上手く音を拾えないのだ。そうだ、幽霊。彼女は。彼女、は。

 

 

 ふと目を開ければ、薄暗闇にぼんやりと白い天井が見えた。窓から白い月が煌々と光を窓から差し込ませているので、目に映る殆どの者が視認できる。壁時計を確認すれば、夜中の二時を回っていた。

 

『起きたの』

 

 淡々とした声が耳を打つ。静かな夜に丁度いい音量はしかし、彼女には似合っていなかった。

 

「……ああ」

『私も、今起きたとこ』

「幽霊なのに寝られるのか」

『睡魔は特に、感じないんだけど。真似事くらいはできるみたい。また一つ発見だ』

 

 なんとなく、彼女の言葉は本当ではないのだろうなと思った。嘘でもないのだろうが、真実でもないような。夕日に照らされる彼女の姿が瞼の裏に蘇る。瞳に澱を宿した黒髪の、浅瀬色の目をした少女。人は誰しも一側面だけでは生きられない。彼女がいつも明るいだけでなく、焼けつくような静けさも持っているように。子どもっぽく笑うこともあれば、少女のように騒がしく、少年のように皮肉っぽく、大人よりも優しさを持っている。その一貫性のなさが、人間なのだ。

 こんなに美しい月夜なのに、丑三つ時なのに。それでも彼女の姿は今、ソーマには見えなかった。それを、今は。胸が押さえつけられるように感じるから。

 踏み込みたいと初めて思った。このクソッタレな人生で初めてのことだ。けれどこんなに美しい夜ならば、この誰もいない病室ならば、それが許される気がした。ソーマでさえも。

 

「……お前、」

『ね、お兄さん』

 

 沈黙が流れた。同時に声をかけあうなんてことは今までになかったことだからだ。そんな些細な事が今のソーマには浮足立つ要素のひとつに過ぎず、少し迷ってから彼女に先を譲ることにした。彼女がそう?とさして気にした様子もなくそれに従う。

 

『なんで、あの時飛び出してったの?』

 

 あの時とは考えるまでもなく、ソーマにとってはついさっきのことだと言う事がわかった。咄嗟に身体が動いた、ただそれだけのことで、それ以上は何もない。あの青年に特別見覚えがあった訳でも、それが最善の行動だと思ったわけでもない。経過をすっとばして、結果があれだったというだけの事だ。だからそこに、相応しい言葉は存在しなかった。

 彼女もそれが分かっていたのか、ふっと息を吐き出すように小さく笑う。

 

『私の事なんて、考えてもくれなかったんだね』

 

 張り詰めた声だった。ひび割れたガラスのような、南極に浮かぶ永久凍土のような。誰にも触れられず、どこにも行けないものの声音をしていた。

 

『あなたが傷ついて、私がどんなに心配したかなんて、痛かったかなんて、全然』

 

 予想外の方向から来た銃弾に、ソーマはなすすべなく撃ち抜かれた。避けてはいけないと感じたからだ。けれど避けられないなら、どうすればいいのだろう。 

 

「それは、その余裕がなかったからで」

『それは、嘘だ』

 

 ソーマらしからぬ弁明のような声を、彼女がいっそ優しい位の声音で遮る。嘘だったかと言われれば嘘ではないと答えるが――考える時間が全くなく、またほかの道もなかったかと言われれば、――決して、そうではなかった。

 

『あなたは結局、自分が優先的に――死にたいだけなんだ』

 

 彼女の一言一言が、ソーマを貫く。彼女の言葉はすべて、どうしようもなく、本当の事だったから。

 だが、これからは、とソーマは拳を握りしめる。ソーマは聞いてしまったのだ、あの時、ソーマにしか聞こえない声の、悲痛な叫び声を。意識が落ちる間際に確かに、落ちる水滴を幻視したのだ。ソーマを呼ぶ、声を。

 

「今後あんなことはしない」

 

 ソーマが傷つくだけで彼女が泣くのならば、その心情はまだソーマには理解できなくても、そうならないようにしようと思えた。ソーマの中に住む小さな己が裏切り者と、半端者とソーマを罵っていようと、知ったこっちゃなかった。誰に誹られても、彼女が悲しむよりは良いと思った。思ったのだ。思ったのに。

 

『信じられない』

 

 けれど彼女は、そう言った。

 

『友達はいらない、食事も楽しもうとしない、生きる理由もない、そんな人を』

 

 ―――今、どんなに変わりたいと思っていたとしても。

 

『信じられるわけ、ない』

 

 ―――過去を変えることはできない。

 自分が今まで如何に杜撰に生きてきたかを変えることは、決して。狼少年を信じた人間がいなかったように、ピエロを見て心底から憐れむ人間などいないように。

 

『――――名前もっ、教えてくれないくせに!』

 

 呼び留めようとして―――できなかった。名乗ってなければ、彼女の名前だって知らないことに、そのときになって今更気付いた。

 呼び留める名前なんて、なかった。

 これからなんて、なかったのだ。

 静寂がその場に満ちる。彼女は、行ってしまったのだ。どこかに。それだけが、ソーマに今理解できる唯一の真実だった。

 

「それでも、俺は、………」

 

 一瞬だけ、彼女が帰ってくることを信じた。「呼び留めても良いんだよ?」なんて言ってひょっこり悪戯っぽい声で。けれどその時はどれほど待っても来なかった。

 彼女の嫌いな朝が来た。いつもはなんてことはないそれが、ソーマには深い絶望が滲んでいるようにしか、見えなかった。

 一番最初に、彼女を助けるのが真実彼女のためだったならば、――そこに嘘がなかったなら、きっと。

 何も間違えはしなかったろうに。

 




わかりあえないって、かなしいね^^;
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