童顔系潜入捜査官 作:くりっぷ
走るのだ。信じられているから走るのだ。
間に合う、間に合わぬは問題ではないのだ。
人の命も問題ではないのだ。
私は、なんだか、もっと恐ろしく
大きいもののために走っているのだ。
***
左ポケットの中のピンクの携帯がブルブル震える。椚ヶ丘学園へとおれの足は向かっていた。この計画はもうおれが声をあげたところで引き返すことなどできない。防衛省、警察庁、日本政府だけの話ではない。各国の合意を経て決定されたんだ。上のお偉いサンはもう終わったあとの話までしている。まア、気の早いこって。実験体のサンプルを寄越せやら、代表研究者の柳沢の囲い混みを画策したり、ここぞとばかりに日本の防衛のためだと抜かして隙をうかがったり、水面下では幾つもの思惑が交錯して世界は仮初めの平和が成り立っている。
思惑を抱えているのはなにも大人だけではない。驚いたことにこの子たちは世界中を敵に回しかねない一か八かカケに躍り出た。その証拠にE組のグループチャットはひっきりなしに通知音をならす。行動力が有り余りすぎるってのも考えものだな。...そんなことを思いながら、自身の警察学校の在籍時を振り返ると他人のこと言えないくらいヤンチャしていたことを思い出し、若さってすごいと一周まわって感心した。
どんな結末を迎えようと、彼らを見守ると決めたのはおれだ。
「「「「「飛鳥ッ!」」」」」
ふらりと体のバランスが崩れる。左の腕から下の感覚がない。ポタリ、ポタリと血が滲んでいく。
右腕で茅野さんを支え、潮田君に向かって彼女を放った。重さをなくした腕はグラリと傾き、口からは荒い呼吸が漏れる。
意識が朦朧とする。
ここに来てフラグ回収か......ジジイの幻聴まで聞こえてきた。
我ながらついてない。フラフラと覚束ない足取りで、走馬灯が駆け巡る。
早速だが、君には、ある場所に潜入してもらう
すべては月の破壊と、ジジイのそのひと言から始まったんだっけ......もともと選択肢なんてなかったようなものだ。
今は大いに悩んで結構です。
その悩みが君自身の成長につながりますから。君の決心や覚悟......
君が求めている『答え』がみつかりますよ。
この学び舎でね
始めは危険生物だと思って警戒して......でも、このタコと来たら、エロ本読むわ、パニクるわ、無駄にこだわりがあるわ......なんだか警戒するだけおれが阿呆みたいになって......
意識が浮上する。遠くから誰かに名前を呼ばれている。ぼんやりと瞼を開けると、黄色いまん丸い頭につぶらな黒い目の担任がいた。
「飛鳥君!」
「意識が戻ったみたい......!」
そうだ。飛鳥進。おれの潜入している中学校で使った名前だ。額にのせられた触手がひんやりして、だんだんと意識が覚醒してきた。うっすら開けた視界に心配そうな顔つきのクラスメイトの顔がのぞきこむ。
「飛鳥君......君には帰る場所があるのですから、そう易々と命を投げ棄ててはいけません」
「羽がもがれた鳥に帰れ、か......深入りしたツケがまわってきたんだ。馬鹿だな、おれも.....」
陰を落としたおれに殺せんせーは触手で重症だったはずの腕に触れていた。
「いいえ。君はただの籠に囚われたか弱い雛鳥ではありません。その立派な志はむしりとられようがまた再生しますよ。何度無茶しても、死にかけても、君は生き抜くんです。それこそ不死鳥の如くね」
ハッとしてそこを凝視すると、おれの斬られたはずの左腕はきれいにつなげられていた。
「...
礼を言えば「ヌルフフフ」と特徴的な笑い声が返ってくる。
「君がいなくなったら、哀しむ人がいるってことを忘れないでください」
「......だったら、あんただって......」
やんわりと首を横に振られ、その先はとても口には出せなかった。
―――あんただって、遺される気持ち考えろよッ!!
「......わるかった、茅野さん......それに皆も」
心配をかけた謝罪か、
影が射す。真っ暗な夜空に星が散らばっている。ああ、静かで何処か幻想的だというのに。空の三日月が憎らしい。
弱りきった殺せんせーを全員で取り押さえ、潮田君が心臓を刺す。
「......逝きな、殺せんせー」
「えぇ......頼みましたよ、飛鳥君」
おれと殺せんせーが最期に交わしたやり取りだ。
彼は
自分が死ぬ運命だと。
そして、その死を受け入れている。
生きろ。とは言えなかった。あんなに穏やかな顔つきで、満足に満たされている。
泣きじゃくる子どもたちとともに教室へ入れば、それぞれの座席に卒業アルバムとアドバイスブックが置かれていた。
自分の座席に腰掛け、アドバイスブックを見ると、潜入捜査官の心得や即席変装の仕方、潜入中に知り合いと会ったときのやり過ごし方、ヌルヌル逮捕術......お節介なほど、こと細かく書かれていた。
アルバムとアドバイスブックを鞄にしまい、ロッカーや机の中をみて、何も残っていないことを確認する。荷物も思い出も置いていけるわけないから全部持って帰りの身支度に取りかかる。
子どもたちは、泣きつかれて眠っていた。アドバイスブックが開いたままになっており、微かに寝息が聴こえる。彼らを起こさないように、足音に気を付け、教室をあとにした。
東の空から太陽が顔を覗かせ、朝焼けを目に焼き付けながら山道を下る。大がかりな装置を作ったせいか、重機の跡が地面に残っていた。そんな状態の山を下る途中、まるで待ち伏せていたかのように烏間さんがそこにいた。
「......卒業式には出席しないのか」
すでに保護者役から欠席すると連絡しているのに、わざわざ聞くなんて......もうすでに
「すでに卒業済みなもので......皆には上手いこといっておいてください。キレイごとは教師のお家芸でしょう?」
ニッコリ笑って答える。烏間さんは眉をグッと寄せた。
「黙って出ていくつもりか」
「Need not to know......これ以上は時間切れです。貴方にも仕事があるように、おれも後始末があるので」
【飛鳥 進】とは暫くお別れだ。ニッと挑発的に笑って、その場を去る。
暗殺教室の最後のチャイムが背後で鳴り響いた。
【飛鳥 進】
元ネタはシン・アスカ
(機動戦士ガンダムSEED DESTINY)
警察官成り立てでまだ若さ特有の青臭いところがある。
この度、裏社会の闇や大人の水面下のやり取りをみて不信感を抱く。
心の支えはE組。たまに携帯の写真をみて、心を浄化している。
ただの偽名だと割りきっていたが、気に入っていて、これからの潜入捜査でちょくちょく名乗る。
たぶん次の潜入先はお酒の真っ黒いところの予定。