童顔系潜入捜査官 作:くりっぷ
翌日、教室へ入るとターゲットが汚物を撒き散らしていた。控えめに言って、気持ちわるい。近づきたくないが、【飛鳥 進】は慈悲深い子。今では見なれたスクバから、箱形ティッシュを取りだして押し付けた。あの大洪水だったら、ポケットティッシュだけでは足りない。ターゲットは「飛鳥君、ありがとうございますぅぅ~」とグズグズ声で箱形ティッシュは残像がみえる勢いで消費されていった。
ガララッと教室の扉が開くと、「寺坂君!」と殺せんせーが飛び付いた。分泌物を撒き散らされ、正直もっと怒っていいと思った。
しかし彼は暗殺をすると宣言し、クラスメイトに協力しろと要求した。
暗殺に興味がなかった普段の彼ならここでキレて教室を出ていくはずだが......予想外だ。彼がアクションをする【何か】があったのか?いったい何を吹き込まれたのやら......
結局、殺せんせーがゴネてぞろぞろとプールへ向かうことになった。......だが、【飛鳥 進】は昨日から体調がわるいことになっているので、水着には着替えずに外で待機していた。昨日の烏間さんに証言した手前、そういうことにしておいた方が都合がよさそうだ。
平屋の裏側の壁に背を預ける。もう7月になり、暑くなってきた。日陰があるところで状況を整理する。
寺坂君は【誰か】から暗殺計画を持ちかけられ、その話に乗り実行中、というわけか......その誰かさんはわざわざ【E組生徒】をプールへ誘き寄せた上で殺せんせーを狙っているのか......
......マズイ。これはおれの任務案件【E組生徒の安全】に引っ掛かる。
思考から戻ると、すでに彼らはプールへ向かっていた。ここからプールまで歩いて10分程度......いまなら間に合う、いや間に合わせる!!おれは急いで烏間さんへ電話をする。山の斜面の不自由な足場で携帯を持つ手がブレる。
「烏間さん!今すぐプールへ来てください!」
『わかった。すぐ行く......!』
おれの焦った声と同時に山に響く轟音に察しがついたらしい。電話口の烏間さんに緊急性は伝わった。
おれがプールがある場所に辿り着くとそこには、茫然と膝をつく寺坂君がいた。
***
破壊されたプール跡地から少し離れたところにすでに何人か救助された生徒がいた。殺せんせーは仕事がはやい。
そして、寺坂君を唆したのはシロだった。初対面のときといい、妙に殺せんせーや触手に詳しい。自慢気に暗殺作戦を披露し、自分によい浸っているような節がある。イトナ君の触手に手を加えたという発言から、研究畑の人間ではないかと推測する。
【シロ】という名前は偽名か、あだ名か、何かの比喩、もしくはコードネームか.....
思考の波に揺れつつも、彼らの会話は広がっていく。
「お前、ひょっとして今回のこと、全部奴らに操られていたのか!?」
「目的もビジョンもねー短絡的なやつは、頭のいい奴らに操られる運命なんだよ」
寺坂君の発したその言葉は、おれの最終的な任務まで見据えられていて、核心に近かった。
暴走しないように子どもを懐柔して、コントロールできるようにしておけ
直接言い渡されたわけではないが、遠くない未来そう命令されることもあり得る。建前からその裏の真意をくみ取ると、おれが指令されたことはそう捉えられないとは言い切れない。遠回しでまどろっこしい。日本語って、ほんと......
知らぬ存ぜぬ、でシラを切り通せたらなぁ......
ろくでもないやつに拾われたら大変なことになるぞ、現在進行形の経験している自分にちょっと気分が落ち込む。
背後からバタバタと黒服の大人がかけてきた。あぁ、そうだった。おれが呼んだんだった。
「無事か!?」
「シロとイトナ君の暗殺だそうで、とりあえず無事です」
状況を短く伝える。ざっと周囲を見渡し、生徒を無事だと判断した烏間さんはテキパキと部下に連絡し始めた。今回の事態を彼は事前に把握できていなかったらしい。
低い崖の下では赤羽君を水たまりに蹴落としていた。寺坂君が始めにしたのをきっかけに、日頃の赤羽君への愚痴を開いていく。面と向かって言う彼らは、冗談口で実に学生らしくて、少し眩しく目に写った。
いつの間にか殺せんせーが左隣にいて、「飛鳥君が烏間先生に知らせてくれたんですね」と話しかけた。「まぁ、『事件や事故があったら110番』て言いますしね」とヘラりと笑って返す。この教室での事故及び事件は国家機密に触れるから実際に110番はできない。だから、生徒は110番の代わりに緊急コールを登録し、烏間さんたち防衛省が対応することになっている。和やかにワイワイ水を掛け合っている彼らを見つめれば
「飛鳥君も高みの見物してんじゃん!」
目ざとくおれを見つけた。いや標的に変えた赤羽君がこちらに指を指す。バッと注目され、殺せんせーを仰ぎ見るが助けてくれないらしい。顔が黄色と緑のシマシマ模様になっている。トンと軽く背中を押す――たぶん潮田君――のを甘んじて受け、バシャンッと受け身をとった。
半袖のシャツは水に濡れ、下に着ていたタンクトップの色が透けている。体にシャツが張り付いて、しっとりと濡れた前髪をかきあげる。
「よってたかるなんてひどいな」
俯いたまま伏し目がちに告げると、皆の反応と言えば真っ赤な顔でぷるぷると口を抑えてる。文句や小言を受けるかと予想していたのに意外な展開である。
「「「「「目に毒すぎる」」」」」
「ヌルフフフ......これはイリーナ先生に報告ですかねぇ」
あのタコは終始ニヤニヤしていた。
=============
報告書
防衛省からの調査結果で触手生物を鈍らす効果があるスプレーであると判明した。現在、