「リサ、集中して」
「ご、ごめん友希那」
あんなことがあって、アタシは練習に集中できずにいた。できるわけなかった。
主催ライブまで一週間なのに、最後の追い込みなのにどうしよう。
こんなバラバラな演奏ダメだ。否、アタシだけがバラバラだった。
他のみんなは完璧。今までよりも一番上手いと言っても過言じゃないのにアタシだけはレベルが追い付いていないみたいだ。
「ダメ、もう一回。そんな演奏じゃ最高の演奏とは言えないわ」
さっきから同じことを言われている。
ずっとずっと同じことを繰り返してる。
何度も何度も何度も、変わらない現状。
どうしたって上手く弾けない自分が嫌で嫌で仕方ない。
「湊さん、一度休憩にしませんか。結構時間経ってますし」
「……そうね。十五分休憩にしましょう」
そう言った友希那はそっとスタジオから出て行った。アタシのことを一度見てそのまま去った。その目をアタシは見れなかった。
「あ、アタシもちょっと外出てくるね!」
「今井さん」
急ぎ出て行こうとするアタシは紗夜に呼び止められる。首を傾げるアタシに紗夜は真剣な目を向けていた。
「話、いいですか?」
「いい、けど……」
多分、紗夜にはバレているのかもしれない。
ライブ前だしアタシの不調の原因は明らか。これは話しておくべきなのかもしれない。
紗夜について行けば着いた先はスタジオに備え付けられているカフェだった。
飲み物を頼み、席に座る。飲み物を一口飲んで一息つく。
「今井さん。芹沢さんと何かありましたか?」
「……ははっ。やっぱりわかっちゃうよね」
紗夜に、同じ竿隊で背中を任せている相手に隠し事なんてできなかった。
「一昨日の木曜日、芹沢くんと二人で遊園地に行って来たんだ。好きな人が相手だったから楽しくて、すっごく楽しくて時間も忘れて楽しんでて。
__最後、アタシのリクエストで観覧車に乗ることになったんだ。夕日の差すゴンドラ内で二人きり。マンガとかドラマで見るシチュエーションにドキドキしてた。このまま距離が縮まってくれればいい。そんなことばっかり思ってた。
……思ってたんだ」
「……そこで、何かあったんですね」
____キス、されたんだ。芹沢くんに。
「え……?」
紗夜の驚いた顔がアタシを覗き込む。アタシは苦笑い気味の顔を伏せた。
「もちろん、そういう雰囲気になってキスしたわけじゃないよ。あれは事故。観覧車が揺れた時にバランスを崩してしちゃっただけ。言ってしまえばただの事故。事故だったけど確かにされたんだ。
嬉しかったし浮かれたよ。だって好きな人からのキスだもん。嬉しくないわけない。
けどそんなアタシの想いとは裏腹に彼はずっと謝ってた。申し訳なさそうに謝ってた。それが、アタシは嫌だった。
アタシは嬉しかったんだよ。それなのにキスしてしまったことを過ちだと捉えられている気にしかならなかった。実際、芹沢くんはそう思ってたんだと思う。
嫌、だったんだ。謝られるたびにアタシが隣にいるのは力不足だって言われてるみたいだった。
やっぱり芹沢くんはアタシじゃなくて友希那のことが好きなんだって思い知らされている気分だった。
だからアタシは芹沢くんから逃げた。誰よりも彼を想ってる自信があるのに気まずいからって逃げ出したんだ」
「かっこ悪いでしょ?」
そう言って不器用に笑えば紗夜は眉をひそめていた。
話したことに後悔はないしアタシが思っていることは全部言った。だけどやっぱ、今言うべきではなかったかもしれない。せめてライブが終わるまで待つべきだったかも。
ここで紗夜とまで変な空気になったら元も子とない……。
「なるほど。そんなことを思っていたのね」
「っ!……友希那」
アタシたちの会話に突然参加してきたのは友希那だった。片手にはアタシたちと同じコップが握られている。
「湊さん。盗み聞きなんてタチが悪いですよ」
「偶然よ。私は飲み物を買いに来ただけだもの」
まさか友希那に聞かれてたなんて。想定外どころの騒ぎじゃない。
どうしようどこまで聞かれた。今の話を聞いて友希那は何を思った。アタシに何を抱いた。
わからない。今幼なじみが何を考えているのかアタシにはわからない。
「リサは翔が好きなのは私だって、そう思っているのね」
「……それがどうかしたの」
「そんなの妄想にすぎないわ。くだらない妄想をしている暇があるなら練習に集中しなさい」
友希那から告げられたのは無慈悲な言葉だった。
普段なら簡単に流せていたであろう言葉。だけど今のアタシを怒らせるには十分すぎた。
「湊さん。いくらなんでもその言い方は……」
「なに、それ。アタシが考えてること全部ムダだって言いたいの!?」
「……そうね。そう言っているわ」
「勝手なこと言わないでよ!何回、何十回アタシが考えてきたと思ってるの!?それなのにその悩んでる時間を簡単に否定して、芹沢くんに好かれてる友希那にはアタシの気持ちなんてわかんないよ!!」
「……ええ。わからないわ。そうやって簡単に自分の想いを捨てようとする人のことなんて、いくら幼なじみでも理解できないもの」
「ッ!」
「湊さん!言いすぎです!」
「紗夜は黙ってて。貴方は関係ないわ」
仲裁に入ろうとした紗夜を友希那は退ける。
友希那との一体一のケンカ。そんなのしたのいつぶりだろう。なんてどうでもいいことを考えていた。
「リサ、貴方は盛大な勘違いをしているわ」
「勘違い?なにそれ」
「翔の想い人は私じゃない」
「なんでそれを友希那が断言できるの。本人に聞いたわけじゃないんでしょ?ならそんなの憶測でしか!」
「憶測じゃないわ。私は絶対違うのよ。確信を持って言えるわ」
「どこからそんな自信が湧いてくるの」
「簡単なことよ。だって私は」
翔に告白して、フラれているもの。
「「っ!?」」
友希那から告げられたのは想定外の真実だった。
「ちょ、ちょっと待て!いつ、ていうかなんで……」
「告白したのは二週間くらい前ね。それになんでと言われても好きだから、と以外言えないわ」
「え、うそ……だって……」
「嘘だと思うのなら翔に聞いてみなさい」
アタシは混乱していた。
だって芹沢くんの想い人はずっと友希那だとばかり思っていたから。それ以外はありえないと思っていた。
なのにその友希那が芹沢くんにフラれた?なんでどうして。それならなんで芹沢くんはアタシの前でいかにも友希那が想い人であるかのように装ってたの?
意味がわからない。
「リサ。貴方は私と違ってフラれたわけじゃない。だからその恋を諦める必要はないと思うわ」
「……けど、芹沢くんがアタシを好きになるかどうかなんて……」
「はぁ……揃いも揃ってめんどくさいわね」
「へ?」
「リサ、貴方今度のライブが終わったら翔に告白しなさい」
「えぇ!?」
今日は何度驚かされればいいのだろうか。友希那に大人しくしているように言われていた紗夜もこれには反論せざるを得なかった。
「み、湊さん?それはいくらなんでも横暴なのではないですか?」
「そんなことないわよ。だってリサは翔のことで練習に支障をきたすまで悩み続けている。ライブが終わった後も長々とモヤモヤとした気持ちを抱えられるのは困るもの。それで場の空気を乱しては意味がないことくらい紗夜もわかっているでしょう。それなら言ってスッキリした方がいいわ」
友希那の言葉にハッとした。
確かにアタシはずっと芹沢くんから逃げてばかりで今までちゃんと向き合ったことはなかったかもしれない。
……なら、これは彼ときちんと話せるチャンスなんだ。
「言いたいことはわかりますが、それこそ今井さんのペースがあるのではないですか?そんな無理矢理させたって……」
「……うん。わかった。やるよ」
「い、今井さん!?」
「友希那の言ってることわかるもん。逃げて、逃げ続けたって何も解決しない。だったら玉砕覚悟でいくのも手だよね」
「ええ。そう言うことよ」
「……まあ、今井さんがそういうのなら止めませんが」
紗夜はため息をついて、友希那は優しい笑みで、アタシのことを見ていた。それに対してアタシはどんな顔をするのが正解かな。
苦笑い?告白することに対して不安そうな顔?
……どれも違うよね。せっかく
「やっと今井さんらしい表情になったわね」
「これならこの後の練習は大丈夫そうね」
「うん!任せてよ!いい演奏するからさ!」
うじうじ悩んでいた過去の自分よりも今の自分の方が何倍もいい。前を向いていればそのうちきっと。
ねぇ芹沢くん、アタシはキミのことが____。