ライブ当日も普段と変わらない朝が来た。
「……よしっ!」
決意は固まった。
アタシはベースを背負って家を出る。すぐライブ会場には向かわず隣の家のインターホンを鳴らした。直後扉が開く。
いつもと変わらない表情。だけど心の奥はとても熱く燃えていることだろう。
「おはよー友希那」
「おはようリサ。行きましょう」
アタシの隣を歩いてくれるのが友希那でよかった。本音をぶつけた今だからより一層そんなことを思うのかもしれない。
「ねえ友希那」
「何かしら」
今日のライブは芹沢くんも見に来る。
そのことは当然友希那も知っていた。
「今日のライブ、最高の演奏にしようね!」
アタシは彼にいいものを見せてあげたかった。
その想いで友希那に笑顔を向ける。
「当たり前よ。それ以外ありえないわ」
友希那は珍しく挑発的な笑顔だった。
アタシの本気は伝わったみたい。
「会場にいる全員をRoseliaの
「あははっ。さすが友希那」
「リサも同じ思いでしょう?」
「ふふっ。まぁね」
考えていることは、きっとみんな同じ。それとプラスでどんな想いを抱いているか。今日重要なのはきっとそれだけ。
控え室の扉を開く。笑顔のみんなに気持ちは高まっていた。
リハを終え、残すは本番のみになった。アタシはステージ袖から会場内を覗く。
会場内は超満員。みんな待ちきれないのか既にペンライトを振っていた。
そんな一階席から目を離しアタシは関係者席に目を向けた。
友希那が呼んだ音楽会社のプロデューサーのすぐ隣に芹沢くんはいた。ちゃんと来てくれたことに嬉しくなる。
だけどどうしてかキミは浮かない顔をしていた。悲しげな顔だった。
会場の空気にもキミの雰囲気にも合っていなかった。
どうしてそんな表情をしているのか気になって仕方なかった。
「リサ姉どうかしたの?」
「へ?」
そんなアタシに声を掛けたのはあこだった。
スティックを片手にアタシを見て首を傾げている。
「な、なんでもないよ、なんでも」
ライブ前にRoseliaの最年少に心配をかけるわけにはいかなくてアタシは咄嗟にウソをついた。それに対してあこはアタシにジト目を向けていた。
なんとなく誤魔化せなさそうだと思った。
「あっ!わかった!リサ姉緊張してるんでしょ!」
どうやらあこはアタシの変化を緊張ととらえたらしい。間違ってはいないから否定はできなかった。
「大丈夫だよリサ姉!上手くいくよ!だってあこたち宇宙一かっこいいバンドだもん!!」
「あっははっ!うん。あこの言う通りだね!」
堂々と胸を張ってそう言うもんだからつい笑顔になってしまう。あこらしくて正しい。頭を撫でてあげれば気持ちよさそうな声を出した。
「あこ、猫みたいだね」
「猫か~。あこ猫よりもっとかっこいいのがいいな~」
「あははっ。基準そこなんだね」
「けどリサ姉。芹沢さんが来てるなら全力で楽しんで笑顔のリサ姉を見せた方が絶対いいよ」
「……うん。そうだね」
あこは子供っぽいけど時折誰よりもいいことを言う。今日がその時らしい。この子は人を笑顔にするのが得意だ。
芹沢くんがどんな表情をしていても関係ないよね。アタシはアタシの演奏で芹沢くんを笑顔にすればいいんだ。
簡単なことだよね。アタシは自分を、アタシのことを信じてくれる仲間たちを信じて弾けばいい。それだけのことだから。
「リサ」
友希那がアタシの名前を呼ぶ。振り返ればアタシやあこと同じように燐子の作った衣装を身に纏った三人がいた。
もう準備はばっちりみたいだ。
「時間よ。私たちの音楽を聴きに来た人たちが待っているわ」
集まったアタシたちは円陣を組んだ。片手を前に出し重ねていく。
「貴方たち、私について来てくれる?」
「当然です」
「もちろんです!」
「……はい……」
「言わなくても答えは決まってるよ」
「なら全力でやりきりましょう。
友希那はステージに向かって歩き出す。アタシたちもそれに続いた。
忘れられない最高への始まりだ。
ライブは、今までで一番いいものになった。
誰一人間違えることはない。
真剣に、みんな笑顔で目を合わせて。
最高の形でライブを終わらせることができたと思う。
大切なライブは幕を閉じた。
だけどアタシにとってはここからが本番だ。
「リサ。片付けなら私たちでやっておくわよ」
「え?」
衣装から私服に着替え、控え室の片づけをしようとしていたら友希那にそう言われた。キョトンとしていると隣にいた紗夜にため息をつかれる。
「今日は、芹沢さんに想いを伝えるんでしょう。ならここで時間を使っている場合なの?」
「さ、紗夜……」
「別にリサがいなくたって片づけくらい時間以内に終わらせられるわ。だから早く翔のところに行きなさい」
そう言う二人に逆らえる気はしなかった。逆らったらめちゃくちゃ怒られそうだし。
それにその気遣いを無下にするほどアタシは鈍感じゃない。
「……ありがとう。行ってくるね」
アタシはカバンを持って控え室を飛び出した。途中であこと燐子とすれ違ったけど今日ばかりは「また明日」とだけ言って走った。まあ明日、Roseliaの練習はないんだけど。
片付けをするスタッフさんたちを避けてアタシは階段を駆け上がる。関係者席入口と書かれた扉を開けばそこにはまだ人が残っていた。
一人は芹沢くん。そしてもう一人は、あの音楽会社のプロデューサーだ。何やら話をしている様子。アタシが見ていることには気づいていないみたいだった。
「だから何度も言っているでしょう。今更言ったって僕たちの意思は変わりませんよ」
「まあそう言うな。私が出している提案はそれほど悪いものではないだろう」
「いいかどうかは関係ない。僕が貴方の提案を飲む気がないのは、貴方たちの行いのせいだろう」
なんだろう。何の話かわからないけど聞いちゃいけない気がする。
そう思って扉を閉めようとした瞬間。
「そう怒るな。湊のバンドが解散したのは何も私たちのせいではないのだからな」
「え……」
「そう思っている段階で、何の罪も感じていないのでしょう」
湊のバンド。あのプロデューサーが指しているその名前はきっと友希那のお父さんのこと。だけどなんでその名前が今飛び交う。だって芹沢くんに何の関係も……。
「あっ……」
「……Roseliaの」
「今井さん?」
気を抜いて扉にもたれかかれば扉が開いてギーと音を立てて開きバレてしまった。
「なんだね。私は今彼と大切な話をしているのだが」
「大丈夫だよ今井さん。もう話は終わったから」
「っ!何を」
「今更、貴方方と手を組む気はないんですよ。僕も、父さんも」
そう言い残し芹沢くんは歩き出す。「お待たせ。待たせてごめんね」なんて言って見慣れた笑顔を見せた。約束はしていなかったのに、ここから逃げるための演技かな。
歩き出す芹沢くんに続く。ふと関係者席を見ればプロデューサーが怒りに満ちた表情をしていた。見なかったことにしてアタシは歩き出した。
「芹沢くん、さっきの話……」
「なんでもないよ。今井さんは気にしないで」
そんなこと言われたって気にしてしまうのに。
「そのうち話すから」って、キミの言うそのうちっていつなの。
「それより今井さん、どうしたの。迎えに来るなんて」
「へ!?あ、いや、別になんでもないよ。いつも迎えに来てもらってるから今日は迎えに行こうかと思って」
ウソ。そんなのウソじゃん。そんな言葉じゃ彼には何も伝わらない。
天然タラシな彼には多分、ストレートな言葉じゃなきゃ伝わらない。
だったら。
「……ごめん。ウソついた」
「え?」
「迎えに行こうと思ってたってのは、建前。本当は、芹沢くんに言いたいことがあったから」
「言いたいこと?」
「うん……」
深呼吸。キミには伝えるならどんな言葉で着飾った方がいいのかな。
きっかけとか、話してみた方がいいのかな。どうなんだろう。告白って初めてだからわかんない。
「え、えっと……あのね……」
「……今井さん。ゆっくりでいいよ」
あぁ。どうしてキミはそんなに優しいんだろう。そんな風に言われたらもっと好きになっちゃうじゃん。
「ねぇ、芹沢くん」
気づけば簡単に切り出していた。さっきまで悩んでいたのがウソのよう。
なんで、直前まであんなに悩んでいたんだろう。告白の仕方がわからないなら、自分の想いをそのまま言葉にすればいいだけじゃん。
「アタシ、芹沢くんのことが____」
prrrrr
「「っ!?」」
アタシが言葉を全て口にする前に電話のコールが鳴った。アタシはこんな着信音にしていないから多分芹沢くんのもの。
「ごめん」と謝ってから芹沢くんはそれを取った。
タイミング、最悪。その音に驚いて、心臓がありえないほどバクバク動いていた。出かけていた言葉が喉の奥に突っ掛かる。
「父さんからだった。何時に帰るんだって聞かれたよ」
「そ、そっか。なんて返したの」
「今から帰るって」
アタシはまたぎこちない。だってさっきまでアタシ告白しようとしてたじゃん。それなのにそんな邪魔のされ方ある?
さっきまでは多少雰囲気あったし勢いでどうにかできた。だけど雰囲気も何もない状況で、アタシに告白できる自信はなかった。
「……」
「……」
無言。流れる静寂。空気は重い。
アタシはここから何を切り出せばいいのかわからない。
「……じゃあ僕は帰るね」
「あ……」
このまま帰ってしまったら一生言えない気がする。けど芹沢くんはもう帰らないといけない。なら。
「あ、明日!午後五時三十分!CIRCLEに来て!!」
ただ全力だった。
勉強もバンド練習も恋愛も何もかも全力でやっていたから。
だから中途半端で終わらせたくなかった。
キミに、アタシの本気の言葉を伝えたかった。
キミは少し戸惑って、視線を泳がす。けどすぐアタシのことを見つめた。真剣な眼差しを向けて、そして笑った。
「うん。わかった。また明日ね」
いつも通りの笑顔だった。だからアタシは安心した。
今までと同じような日常が明日も続くんだって信じて疑わなかった。
それがなくなると、そう知ったのは次の日。
彼はアタシに、大きなウソをついていた。
アタシは彼の言葉を信じて疑わなかった。
だって今まで約束を破られたことはなかったから。
だからアタシは彼のついたウソに気づけなかった。
次の日なんてそんなもの、アタシたちの関係には存在していなかった。