午後四時二十分。アタシにあったのは虚無感だった。芹沢くんの想いに気づけず、それどころか自分の想いに気づかないフリをしてきた付けが回ってきたのだと解釈した。
神様はアタシに怒ったのだろうか。あまりに意気地ないから二度と会わせないと思ってしまったのだろうか。
そんなのあんまりだ。
やっと自覚できたのに。
やっと、友希那たちの手を借りてだけど決意を固めたのに。
やっと……伝えられると思っていたのに。
これも自業自得なのかな。
もう、わかんない。
どうするのが正解だったのかすら、わからないよ。
「リサ、着いたわよ」
あの後泣き続けたアタシの手を友希那は引いてくれた。引いて車まで案内してくれた。
周りからは変な目を向けられていたかもしれない。それでも友希那は何も言わずに手を引いてくれた。
アタシのために、引いてくれた。
車の中は無言だった。アタシはずっと俯いていた。
そんなアタシに友希那は声を掛ける。家に着いたのだろう。そう思って視線を上げた。
「え……なんで……?」
目の前にあったのはCIRCLEだった。首を傾げるアタシとは裏腹に友希那はテキパキと車から降りていく。そしてアタシの手を引いた。
「待ってよ友希那。なんでCIRCLEなの……」
「話はまず、アレを受け取ってからよ」
また友希那はアタシにわからないこと言う。
手を引かれたまま中に入った。
そこにはまりなさんがいた。
「リサちゃん、待ってたよ」
待ってたって何。アタシまりなさんと何か約束してたっけ?そんな記憶全くないのだからきっとまりなさんとの約束なんてない。だけどその約束を友希那だけが知っていた。
「まりなさん」
「うん。ちゃんとわかってるよ。先に一番のスタジオに行ってて」
まりなさんの言葉に従って友希那は歩いていく。
手が離れないからアタシもそれに続いた。
スタジオに入ってから約一分後、まりなさんは現れた。
さっきと違うのは手に箱を持っているという点だろうか。
まりなさんは少しだけ言いにくそうな表情をして、手に持っていた箱を差し出す。
「今日の朝、これを預かったの。今日、リサちゃんに渡してほしいって言われて」
バレンタインデーのプレゼント用のチョコのように綺麗に包装された箱。それほど大きくはない。重くもない。
どこにでもある、ただの箱だった。
「預かったって、誰から」
「翔くんだよ」
その名前を聞いた瞬間にその箱が少しだけ重くなった気がした。
アタシがずっと想っている人物の名前を、ここで聞くことになるとは思っていなかった。
丁寧にラッピングを剥がしていく。中から出て来た白い箱。そして手紙。
『今井リサ様へ』
達筆なそれはあの日日誌を書いていた彼の字と同じだった。
薔薇のスタンプを剥がして中身を抜き取る。
二つ折りにされている手紙をそっと開く。六枚ある手紙の書き出しにはこうあった。
『手紙という形になることを許してほしい。今から綴るのは僕から君へ送る真実だ。どうか最後まで聞いてほしい。
僕は父さんの都合で海外に行くことになった。君が手紙を受け取った頃にはもう空の上だと思う』
友希那が言ったことは真実だった。
同時に日本から彼がいなくなった現実を押し付けられる。
理解、したくなかった。なぜ彼がこんな文を書いているのかも、なぜアタシに送ったのかも、知りたくはない。
だってもうアタシはそれを知ってしまっているから。こんな形で知りたくはない。
それを知って認めてしまったら、想いが爆発して戻れなくなりそうだった。
続きを読むのが怖くなってアタシはそっと手紙を閉じた。
「読まなくていいの?」
友希那が問う。
「……読めないよ」
アタシはそう返した。
「そう」と短い言葉が返ってくる。
アタシは既に泣きそうだった。
「別に、読みたくないというのなら私は強制しないわ。だけどそこに書かれていることはすべて真実だと私は思っている。色々なことが書かれているはずだから、もしかしたらリサが辛くなるようなこともあるかもしれない。
だけど私は読むべきだと思うわ。彼を想っているのなら、なおさら。
それとも、あんな別れ方をされて嫌いになった?」
首を横に振る。
アタシが彼のことを嫌いになるだなんてありえなかった。
「なら、読んであげて。その方が翔も喜ぶわ。
それに手紙を貰ったのはリサなのよ。好きなように解釈すればいいと思うわ」
それだけ言って友希那はまりなさんと一緒にスタジオから出て行った。
アタシはおそるおそる手紙を開き直した。
『直接伝えるべきだということは理解しているよ。だけど僕にはそんな勇気なんてなかったんだ。
君には謝らないといけないことがある。だからまずはその謝罪からさせてほしい。僕は君にとんでもないウソをついていたんだ。
君に恋人役を頼んだ時に僕は、二つ上の女子大生に告白されて断ったけどあまりにもしつこくてつい恋人がいるとウソをついた。そうしたら証拠を見せてほしいと頼まれた。だから君に期間限定の恋人になってほしいと頼んだ。
君はその頼みを嫌な顔せずに受けてくれたよね。正直、嬉しかったんだ。だけどその嬉しさは恋人役ができたことにあるわけじゃない。
今だから言えるのはこの時既に僕のウソは始まっていたんだ。
そもそも僕に告白してきた女子大生なんていないんだよ。あの話は全部、僕の作り話だ。君はそんな作り話を疑うことなく信じてくれたよね。そんな優しいところも今井さんの魅力かな。
僕がウソをついた理由は一つだけ。もう、君ならきづいているかもしれない。それでも言わせてほしい』
____僕は、今井リサさん。君のことが好きです。
『何がきっかけかは正直覚えていない。
偶然クラスが一緒で、みんなよりも君は派手に見えた。最初は近寄りがたい人なのかと思っていた。
だけど君は見た目こそ派手で雑そうなのに誰よりも周りを見ている人だってことに気づいたんだ。
気遣い上手で困っている人を見つけたら放っておかない。
見た目に反したその行動に、いつの間にか僕は君のことを目で追っていたんだ。
声を掛けてみたら話しやすくて君の優しさを知った。
君に触れあえば触れあうだけ、君への想いは強くなっていったんだ。
本当なら、普通に告白したかった。
できるものなら本物の恋人になりたかった。
だけど僕にはそれができなかった。
その理由が父さんの仕事のことだった。
元々は友希那のお父さんと一緒に活動していた僕の父さんだけどバンドが解散してからは一人ぼっちに近かった。同じようにバンドをしていた仲間たちが解散を機に音楽から離れていく。そんな光景を間近で見てきた父さんは口癖のように言っていたんだ。
「俺たちの音楽はこんなところで止まっていいもんじゃない。だから俺は一人でも絶対に折れたりしないさ」
その言葉で今まで頑張ってきた。そしてその頑張りを僕たち家族も応援していた。だから実力が認められて海外に行くと決まった日、僕は父さんについて行くことを決めた。だって父さんの夢が一歩前に進んだから。そんな有言実行できるかっこいい父さんの活躍を近くで見ていたかったから。
けどそれは同時に終わりでもあった。
海外に行くと決めた以上日本を離れるという事実は消せない。だから僕は最後にやりたいことをやり遂げることにしたんだ。
それが、あのウソの正体なんだ。
きっと告白して成功したとしても何年離れることになるかわからなかった。数年だけかもしれないし、もしかしたら一生あっちで暮らすかもしれない。
そんな状況で、告白することは到底僕にはできなかったんだ。
だから恋人役と言って、想いを役の裏に隠して君と一緒にいることを選んだんだ。
恋人役なら色々なところに不思議に思われることなく出かけられると思った。
初めて行った水族館も、お揃いのキーホルダーも、君が聞かせてくれたベースの音色も、バイトで頑張る君の姿も、ライブでのかっこよさも、一緒にタピオカを飲んだことも、そして遊園地で遊んだことも。
全部全部全部全部。僕にとっては宝物の時間だった。
ありがとう。君を利用してごめんなさい。
僕に後悔はないんだ。
こうやって本来なら伝えられない想いも伝えられているから。
だけど君は、きっと違うよね。
僕に言いたいことがあったと思う。君の、好きな人の変化に気づけないほど僕は鈍感じゃないからね。
わかってたよ君の想いは。知っていて、知らないフリをしていた。
最低だろ。最悪だろ。
それでも僕は君が好きだ。
ねぇ。君は僕のこと、好き?
なんてね。答えは今は聞けない。
もし僕が日本に戻ってきたら、もしもその時まで君の想いが変わっていなかったらその答えを聞かせてよ。
また君と会える日が来ることを願っています。
今まで本当にありがとう
芹沢翔』
アタシはすぐに白い箱に手をかけた。中身を見るために開く。
入っていたのはピックの五枚セットだった。色は左から順に赤、白、紫、ピンク、青。すぐにRoseliaのメンバーカラーだということが分かった。
そしてもう一つ。メッセージカードも入っていた。
『ハッピーバースデー。良い一年を』
そこには一日早い誕生日のメッセージ。ということはこれは誕生日プレゼントなのだろう。
芹沢くんが女の子にプレゼントをあげたことがないのはなんとなく察せた。
おかしくて笑みが零れてしまう。盛大に笑って、涙が零れた。
「芹沢くん、アタシ待ってるからね」
手紙はプレゼントと一緒に箱の中に戻してアタシはスタジオの扉を開く。
今日のアタシは昨日よりも胸を張って好きだと言えそうだった。