今日は、アタシと芹沢くんの初デート(仮)の日。
デートでどんな服を着たらいいのかわからなくて、とりあえずネットで得た知識を利用することにした。
相手はあの芹沢くん。普段友達と遊ぶ時よりも気合が入っていた。
「あ、今井さん!」
「芹沢くんお待たせ。ごめんね待たせて」
待ち合わせ場所である駅前に着けばそこには既に芹沢くんがいた。その周りには何故か数人の女子たち。その人たちに何かを言った芹沢くんは笑顔でアタシに駆け寄ってきた。後ろの女子たちの視線がアタシに突き刺さって痛かった。
「いや、僕もさっき来たところだから大丈夫だよ」
「あの人たちは?芹沢くんの知り合い?」
聞けば芹沢くんは困った様子で頭を掻いていた。
それにピンくる。
「も、もしかして、ナンパされてたの……?」
苦笑したのを見る限り正解なのだろう。
「彼女と待ち合わせしてるからって言ってもなかなか離れてもらえなくて。気持ちは嬉しいけどその誘いには乗れなくて。だから今井さんが来てくれて助かったよ」
「彼女」と言われアタシは少し恥ずかしくなる。
だけど今は事実だから否定はしない。
「ここにいるのもあれだし、行こうか」
「うん。……っ!」
さりげなく握られた右手。驚いた声を上げれば芹沢くんはどうしたの?って優しく笑いかけた。
ずるい。なにその余裕そうな笑み。緊張してるのはアタシだけなの?やっぱり芹沢くんは女の子と遊ぶことにも慣れてるわけ?
「いいでしょ?僕たち付き合ってるんだから」
「……そう、だね」
「ごめんね。ここを抜けるまでだから少しだけ我慢して」
別に嫌がっているわけじゃないのに嫌がられたと思われたのか。手を引いて先頭を歩きだす芹沢くんの背中を見つめた。改札でICカードを通し、入り組んだ駅内を歩き目的の電車を探す。
アタシよりも断然大きくて広くて頼りがいのありそうな背中。なんだか羨ましい。
目線を下に移す。握られた右手と繋がる左手。初めて感じる温もり。温かくて。それが少しだけ震えていた。
なんで……?慣れてるんじゃないの?ふと目に入った彼の横顔。
さっきまでの柔らかい雰囲気はなくてお堅い緊張してるって表情をしていた。それについ笑みが零れる。
なーんだ。芹沢くんもアタシと同じだったんだ。
仲間がいることへの安心感は、アタシの緊張をほんのちょっと解いてくれた。
さっきの余裕そうな笑みも見栄を張っていたのかな。
自分が緊張していると知られたら相手まで緊張すると思ったんだろう。アタシの憶測でしかないけど、そこまで気遣ってくれるなんて彼は本当にいい人だ。モテないわけがない。
緩く握られている右手をキュッと握り返せばわかりやすく肩が揺れた。それでもアタシの方を振り返ることはなくそのまま目的の電車に乗り込んだ。
昨日芹沢くんと連絡を取った結果、初デートに選んだ場所は水族館だった。
水族館なら楽しめないなんてことはない。
遊園地のように向き不向きもない。
そのうえ近くにあって行きやすい。
その三つをクリアしていることもあってアタシたちに反論はなくすぐに決まった。
「わー!見て見て芹沢くん!クラゲがいるよ!」
「うん。そうだね」
「あっ!こっちにもいる!ふわふわしててかわいいよね!」
久しぶりに来た水族館。小学生以来の入館だからアタシはその景色にテンションが上がっていた。綺麗な風景に心が躍る。
ふと芹沢くんが笑った。視線を移せば口元を覆って笑いをこらえているように見える。
「芹沢くん?どうしたの?」
「ううん。あまりにもはしゃいでるから、なんだか意外で」
それにアタシはつい頭を掻いた。
ギャルという見た目はいい印象を持たれることが少ない。不真面目そうだとか軽そうだとかそんな的外れなことばかり言われる。友達だって、最初の頃は少し不真面目な子が寄ってきた。アタシがイメージと違ったのかすぐに離れていったけど。
芹沢くんもそんな風に思っていたのだろうか。
「なにそれ。はしゃいじゃダメなの?」
「そんなことはないよ。けど子供みたいでかわいいなーって」
「なっ……」
子供みたいってバカにされているよう。確かに芹沢くんは大人びているけど同い年だ。不服です、と頬を膨らませば「ごめんごめん」と笑いながら謝られた。
「水族館って、行きなれてると思ってたよ」
「え?なんで?」
「友達とかとよく行ってそうだし。ほら、彼氏とかと来てそうだなーって」
目を丸くしていたアタシの隣で君はそんなことを言った。
何か壮大な勘違いをしていることに気付いたアタシはそれを否定する。
「いやいや。友達と水族館なんてほとんど行かないし、そもそもアタシ彼氏いたことないから」
「へ?」
今度は彼が目を丸くする番だった。パチパチと二、三度瞬きを繰り返しアタシを見つめている。
「か、彼氏いたことないの?」
「ないよ?アタシ恋って経験したことないから」
幼なじみのことが心配でその面倒を見ていたから他に目を向けている暇がなかっただけかもしれない。
そんな生活に慣れてしまった以上それが当たり前になって。
だからこそ友達の話す恋愛話が羨ましいと思っていた。彼氏や好きな人の愚痴を言いつつも徐々に見せていく幸せそうな表情に何度憧れを持ったことか。
それでも特定の誰かが好きなんて思ったことはない。
恋愛は興味はあってもあまり自分には関係ないものになっていた。
「……意外だね、本当に」
「よく言われるよ」
告白されたのだって芹沢くんが初めてだよ。
芹沢くんは驚いたような表情をして、そのあとそれが申し訳なさそうなものに変わった。
「ごめんね今井さん。そうだと知らずに僕のわがままに付き合ってもらって」
「いいよ別に。アタシが引き受けたことなんだし芹沢くんは気にしないで?」
そんなアタシの慰めの言葉を聞いても彼の表情は晴れない。彼は先輩と付き合えないことを証明するためにアタシを利用していて、アタシはそれをわかっていて付き合うことにしたのに。納得してくれそうな様子はない。
これは、少しだけイタズラをしてみようかな。そう思って手を握る。
彼の肩がわかりやすく震えた。暗闇の中、彼に笑いかける。
「それよりデートの続きしようよ。アタシ、イルカショー見たいな~」
きっとアタシは彼に何も思っていないからこんなことができるのだろう。
彼に対して恋愛感情を持っていないから安易に手を繋げてしまう。
彼はアタシのことをどういう風に見ているんだろう。不真面目な同級生、かな。
「うん。じゃあ行こうか」
握られた手に少しだけ力が入れられた。彼が優しく笑いかけたのがわかる。
少なくとも嫌われてるということはないし、いいかな。
イルカショーのやる水槽に行けば既に人がたくさん集まっていた。主にいるのは子供連れの家族。その中に紛れる数組の恋人たち。
何故かイルカが一番見えるであろう最前列はあまり人で埋まっていなくて首を傾げる。
『前の列の方はイルカが飛び跳ねた際濡れる恐れがあります。ポンチョを販売していますのでお買い求めください』
なるほど。だから最前列とか人がほとんどいないんだね。
イルカショー自体見るのが久しぶりだから近くで見たいけどさすがに芹沢くんを引っ張って最前列に行くわけにもいかないよね。
そう思って芹沢くんを見れば心なしかワクワクしているように見えた。もしかしてと思って問いかける。
「芹沢くん、イルカ好きなの?」
「うん。好きだよ。イルカだけじゃなくて海の生き物は結構好きなんだ」
「だったらさ、一緒に最前列で見ない?」
「え?けど濡れちゃうよ?」
「ポンチョ、買えば大丈夫だよ。だから、ね?」
アタシが頼めば芹沢くんは簡単に折れてくれた。二人でポンチョを買って子供たちの誰よりも前に座る。少しだけ恥ずかしくて二人で目を合わせて笑い合う。
「子供みたいだね」
「たまには悪くないでしょ?」
「そうだね」って言う彼にはにかんだ。
「いや~結構濡れたね~」
「ポンチョ買わなきゃずぶ濡れだったね」
久しぶりのイルカショーはとても迫力があって楽しかった。散々水を被ってそのたびに笑って、楽しい時間だった。周りの子供たち並みにはしゃいでいたと思う。
「でも芹沢くんがあんなにはしゃぐなんて意外だったな~」
「それは僕のセリフだよ。今井さん、めちゃくちゃはしゃいでたね」
「すっごく楽しかったからまた見に来ようよ!」
「……うん。また一緒に行こうか」
彼は微笑んでアタシに言った。アタシも彼に笑顔を返した。
「今井さん、何か買うの?」
「うん。せっかくだし記念になるものが欲しくて」
帰り際お土産屋さんに寄ったアタシたち。お土産を真剣に悩むアタシとそれを見守る芹沢くん。
お土産屋さんにはぬいぐるみやクリアファイル、キーホルダーなど種類は様々、たくさんの生物のグッズがあって悩んでしまう。
「やっぱりあんまり大きいと持って帰るのも大変だよね……」
「そうかもしれないね」
「無難にキーホルダーにしようかな。少なくとも邪魔にはならないだろうし」
「それならイルカのキーホルダーにしたら?今日すごくはしゃいでたわけだし」
そうやって芹沢くんはアタシをからかう。その件に関しては彼だって同じだったのに。
「だったらお揃いにしようよ」
「え?」
「アタシも芹沢くんもイルカショーが一番盛り上がってたし、それに芹沢くんイルカ好きなんでしょ?」
提案のつもりだった。楽しい時間をくれたからそのお礼のつもりだった。アタシが買って、彼に渡すつもりだった。
「ね~これは?かわいいっしょ?」
キーホルダーがかかっているラックから一つ取る。
イルカが二匹、勾玉のように円を作っているペアキーホルダー。二匹のイルカはニコニコ笑っていた。
パッと見た瞬間にいいなーと思った。だから彼から同意を貰えれば買おうと思っていた。
「それがいいんだね?」
返ってきたのは想定していなかった言葉。首を傾げている間に芹沢くんがアタシの手に持っていたキーホルダーを抜き取る。そのままレジへと足を運ぶ姿を見てアタシは慌てて止めに入った。
「ちょ、芹沢くん!アタシが払うって!」
「ううん。僕に払わせてよ」
少しくらい、彼氏っぽいことさせて?
そんなこと言われたら反論できない。ただかっこいいと思った。