学校でクラスメイトと話している時のキミ、アタシと話している時のキミ。
同じなようで全然違う。そうだと気が付いたのはつい最近のこと。
クラスメイトと話している時の芹沢くんは紳士的。
誰と話していても相手が傷つくようなことは絶対に言わない。優しく笑って、相手の言葉を肯定しつつも自分の意見はしっかり持っている。何か相談事を受けているのなら相手の言葉を待って助言の言葉をかけるだろう。みんなを信頼していた。
それは教師たちも同じこと。優等生の芹沢くんを気にかけている教師は多い。将来有望だとかよく言われているところを目にする。その度に芹沢くんは笑顔を向けていた。
けど、アタシと話している時はどうだろう。
告白された時。デートに行った時。駅で偶然会った時。部屋に招いた時。バイト先に現れた時。全部、初めて見る表情だった。
赤く染まった顔。緊張に震える身体。アタシを見つけた時に安心したように力が抜け、部屋では慣れない空間に戸惑って。と思ったら顔を近づけて大胆なセリフ。
きっとクラスメイトが見たら驚くだろう。芹沢くんを好きな子たちが知ったら恨まれるかもしれない。それくらい、彼の見せる顔は学校とは違って。多分、アタシの特権。だからこそわからなくなることもある。
「え?僕が今井さんを選んだ理由?」
放課後の教室。日誌を書いていた芹沢くんは顔を上げアタシの問いに首を傾げた。
そんなにわけのわからない質問でもないのになーと思う。
「うん。だって真面目で芹沢くんをただのクラスメイトだって思ってる子はたくさんいるじゃん?それなのにどうしてアタシを選んだんだろうなーって」
ずっと疑問だった。口の堅いクラスメイトはアタシの他にもいる。別にクラスメイトに限らず隣のクラスや他校の人でもよかったはずだ。
そもそもアタシは芹沢くんと釣り合うと思ったことはない。
芹沢くんは優等生でアタシはギャル。教師に褒められる注意されているアタシ。その二人が付き合うのはアンバランスで、きっとみんなに知られたら不思議に思うだろう。
芹沢くんと仲のいい女子は他にもいる。だからこそわからなかった。
どうして彼はその子たちに頼まなかったのか。興味本位ではあるが知りたかった。手伝っているのだから教えてくれてもいいと思った。
「そうだね……」
芹沢くんは頭を掻いて苦笑する。「これは僕の勝手な想像だから怒らないで聞いてほしいんだけど」と続けられ今度はアタシが首を傾げる番だった。
「僕の思い描いてた今井さんって、モテる人だったんだ」
「へ?」
「見た目で判断していたから偏見だったって今ならわかるんだけど僕の中で今井さんは日常を楽しんでいる人だった。友だちに連れられて始めて行ったライブハウス。誘ってた人が来られなくなったから代わりに呼ばれて、正直興味なんてなかったんだ。
中に入れば女子だらけの空間。少しだけ居心地が悪くて、本当はすぐに帰りたくて。ライブが始まってからの熱気が息苦しくて。本気で帰ろうかと思った時にRoseliaが現れた。
クラスでも話題になってたしバンドを組んでることは知っていた。けど見るのは初めてで。
今井さんたちの演奏を見て、世界が変わった気がした。同年代の、それも女の子たちがこんなに迫力あってかっこいい演奏をするんだって本気で感動した。
僕たちのいるところから物理的な距離は遠くない。なのに君はとても遠い人のように感じられた。
それがきっかけで僕は今井さんに積極的に話しかけるようになった。僕は憧れてたんだ君に。だからそれに少しでも近づきたかったのかもしれないね」
芹沢くんは照れたように笑っていた。顔に熱が集まるのを感じた。
「僕が君を選んだのは、とっても私的な理由だよ。君のことを知りたかったから。例え恋人のフリだったとしても同じ時間を過ごせば僕の知らない君を知れると思ったから」
聞く人が聞けば告白にもとれるその発言。それをいい顔で言うんだから他の人に聞かれたら勘違いされそうだ。
芹沢くんはアタシのことが気になるということだろう。けどそれは人として、クラスメイトとして。恋愛対象ではきっとない。
「こんな理由に今井さんを付き合わせていることは正直申し訳ないと思ってる。けどそれでもこの気持ちに嘘はないから」
「そっか……。面と向かってそう言われたのは初めてだから、なんか照れちゃうね」
「それはごめんね」
「いいよ別に。嬉しかったから」
Roseliaを見て憧れを抱いてもらって嬉しくないわけがなかった。
だからちょっとしたプレゼントをあげようと思った。
「芹沢くん。これ、あげる」
「え?これって……」
「うん。Roseliaのライブのチケット」
アタシがカバンから取り出したのは七月十五日に行われるライブの関係者席のチケットだった。次のライブの会場は一階が一般客、二階が関係者席になっている。正直一階はオールスタンディングだし見えない可能性もある。だから二階席の方が見やすいのだ。関係者の特権だと思う。
元々は親を呼ぶ用でもらっていたものだったけどあいにく仕事があるらしい。偶然余ってしまったチケットだし、Roseliaの演奏を見てもらうにはちょうどいい機会だと思った。
手渡せば「いいの?」と聞かれる。親がいけなくなったことを話せば受け取ってくれた。
「ありがとう今井さん。楽しみにしてるね」
芹沢くんは喜んでくれていた。
今までで一番いいものにしなきゃいけないと心に決めた。
「それじゃあ早く帰ろう。アタシ、クレープ食べに行きたいなー」
「お供しますよ」
「やったね!☆」
「早く行かないと暗くなるよね。僕、すぐに日誌書き上げちゃうね」
そう言って芹沢くんは日誌と向き合いペンを走らせていく。そんな芹沢くんのことを頬杖をついて観察していた。
窓から差し込む夕日が彼を照らす。俯いているからあまり顔は見えない。それでも時々上がった顔はとても真剣で。日誌なんて適当なことを書けばいいのに本当に真面目な人だと思った。
目と鼻の先に彼はいる。手を伸ばせばすぐにでも触れられる距離。夕日の差す教室に異性と二人きり。少女漫画でよく見るシチュエーション。少女漫画の主人公の可愛い女の子ならドキドキして何か決定的なシーンがあって告白でもするんだろう。
傍から見たら今の状況のアタシと芹沢くんはそうなってもおかしくないのかな。わかんない。だけど。
「……今井さん。そんなにじーっと見られると書きにくいんだけど」
「いいじゃん別に」
このなんでもない空間が心地いいと思っているのは多分、本心。
アタシは芹沢くんと一緒にいることが楽しいんだ。
「芹沢くん、字キレイだよね。羨ましいなー」
「そんなことないよ」
「そんなことあるって。書道でもやってたの?」
クラスメイトとするくだらない世間話がぎこちなくないのも、きっと相手がキミだから。他のクラスメイト以上に心を許しているから……かな。
芹沢くんと職員室に書き上げた日誌を出してアタシたちは正門を出る。向かうのは駅前。他にもクレープ屋はあるけど芹沢くんは電車通学らしくそっちで買った方が都合がいいみたいだった。
「芹沢くん。芹沢くんは何にするー?」
「うーん。バナナクレープにしようかな。今井さんは?」
「アタシは……うん。ストロベリーチーズケーキにしよっと」
メニュー表には色々な種類のクレープが並んでいた。この前食べた時はガトーショコラの入っているクレープにしたから違うものを食べようと思った。メニュー表に乗っている写真が既に美味しそうだった。
お金を払ってクレープを受け取る。一口食べればストロベリーの酸味とチーズケーキの甘さが合わさってものすごく美味しかった。これは何個でも食べられそうだと思った。
「ん~!美味しい~!!」
「ははっ。いい食べっぷりだね」
「だって美味しいんだもん!」
「今井さん、美味しそうに食べるね。食欲がそそられちゃうよ」
「美味しいのは事実だよ?食べてみる?」
「へ?」
アタシが話の流れで芹沢くんにクレープを差し出せば芹沢くんは固まった。なんだか渋っているように見える。アタシはこのクレープの美味しさを知ってほしいだけなのに。
「食べてくれないの?」
「た、食べる……っ!」
アタシがそう聞けば芹沢くんはアタシのクレープを一口食べた。「どう?」と感想を求める。
「あ、まい……」
真っ赤に染まった表情でアタシから視線を逸らす。なんでそんなに顔を赤くしてるんだろうと疑問を持ちつつアタシはまたクレープにかぶりついた。
芹沢くんの表情はしばらく赤いままだった。